【タバスコペパーソース】昭和の新日本プロレス26【リズムタッチ】
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>>604
東村山の生中継はアドニスオートン組の反則勝ち
健吾を仕留めたダイビングラリアット〜バックドロップのツープラトン攻撃を浜口が受けた直後に寺西乱入で終わり
貪欲な浜口が身を持ってマンハッタンコンビの連携技を盗んだ試合だな >>608
藤波が短時間で仕留められた横浜文体のTVマッチ
入場時から猪木が椅子持ってキレまくり、試合開始後も延々紙テープが投げられてケロが終始注意し続けた修羅場だった
暴動まではいかないけど両国の藤波木村VS長州斎藤に近い荒れ様
試合後リング上でインタビュー受ける猪木のテンションも異常でアノ野郎コノ野郎を連呼してた >>609
次の鹿児島では革命軍の波状攻撃を喰らいまくってた 80年代前半の新日ブームって幻の儚かったな、80年から83年までの3年足らず、ブームの立役者タイガーマスク引退で終演
猪木がアントンハイセルなんてくだらねえ誇大妄想事業にのめり込まなきゃ黄金時代は更に続いたろうな >>604
これ、試合結果がほんとに最低限の部分しか書いてないなw
タッグはどちらが勝敗に関わったかわからんし、フォールか反則かもわからん、引き分けの△は片方だけ
テレビ中継された試合の資料だから結果はオマケで書いてるだけかな >>611
あれは浜口気の毒なくらい食らいまくってたなw
特にカーンのバックドロップがえげつなかった覚えがある >>605
巨人戦で一番、視聴率が良かったのは王監督時代で優勝がかかった試合でも無いのなぜか
20%台後半と言う数字を叩き出す時もあった。松井のメジャー行きから目に見えて落ち始めた。
巨人に払うTV放映料は日テレは関連会社扱いでかなりの低額だったが他局は1試合に1億
と言われていたまさに巨人戦TV中継黄金期だった。
ブッチャー初参戦のワンナイトマッチ6.24蔵前決戦は水曜日スペシャル枠で視聴率は
17.1%を取り同時間帯の巨人戦は24.8%だった(ビデオリサーチ)
ちなみに他局はTBS・秘密のデカちゃん・16.6%、NHK・いのち燃ゆ・10.8%、
東京12ch・三波伸介の凸凹大学校・8.2%、フジ・銭形平次・7.6%だった。
観客動員と特番枠でのTV放映料の収益と新日は笑いが止まらかった。
この頃の巨人戦と視聴率で渡り合っていた新日ブームはやはり凄かった。
同週の全日中継の視聴率は9.7%だったが夕方と言う時間帯を考慮しても
悪い数字では無かった。 >>609
しかし浜口は「あれを始めたのは長州浜口組が最初」と言ってるw 浜口が加入する前の革命軍がすでにマンハッタンコンビのツープラトン攻撃パクってるのを
長州もカーンも大人だから黙ってるんだよな、都合の悪いことは忘れる浜口の思考に
誰も何も言わない、酒の量も増えるからめんどくさいし しかし国際でセミ メインをやってたM井上が
全日行って 前座に落とされたわけだし
新日行った浜口の方が まだ存在感あると思うが
でもM井上は死んでも新日行かないだろうけど >>621
落とされたというか大型揃いの全日本の中ではバランス的にも相応の立場だろう
アジアタッグにも国際時代から絡んでたわけだし >>620
維新軍の革命軍の凄さを最も実証した浜口がというのが一番の皮肉 >>586
試合形式はともかく、メンバーは結構面白そうな顔ぶれだったな。
オーバーザトップで失格にならなければ、叩かれることもなかったと思う。 >>621
アジアタッグかジュニアのどっちかのタイトルに常に絡んでたんだから
前座落ちとまでは言えないだろう。 M井上が新日に上がってたら猪木の延髄くらって
サマーソルト受け身を見せてくれたかな マイティもあのサイズだと新日で誰とやらせれば合うかねえ
浜口みたいなポジションじゃなきゃ、結局中堅どころに落ち着いちゃうか 猪木も国際勢にはひどいことしたからな。井上は全日本で正解だと思う 井上は全日移籍直後はマスカラスの王座に挑戦したし
アジアタッグを獲って馬場、鶴田、天龍、原に次ぐ存在だったんだから
充分優遇されてたんじゃないか。
浜口だってヒールサイドじゃなくて正規軍に入ってたら
新日でも木村健吾の下あたりにされてただろ。 >>629
それでも浜口のピークは全日本に行っての鶴田戦とされるからな
新日本でのピークはやはり猪木との変則マッチか >>633
なにが「それでも」なんだかわからないんだが。 浜口のレスラーとしてピークは維新軍という意見が多い気がする
はぐれ軍団の時よりあきらかに負けがなくなったし、健吾兄さんとタイガー戸口を
序列の面で完全に上に行ったし、全日ジャパン時代は谷津の下にさせられ
インタータッグにも絡めなくなったし、マイテイに喧嘩売って抗争盛り上げようとしたけど
馬場に無視されたし >>635
では特定の試合ではどれかと言えば思い付かないんだよな
強いて言うならやはり年末最後の六人タッグか >>635
新日時代は吉川町の猪木戦、全日時代は鶴田戦がベストバウトだと思う
猪木はバックドロップホールドっぽいジャーマン、鶴田には必殺技フルコースで手厚く葬られた 一番惜しいのはやはりタッグリーグでの猪木・ホーガン戦がノーテレビだった事かな
思えばホーガンとの対戦はテレビでは一度もやってなかったはずだけに 浜口絡みでは猪木の20周年だったと思うけど猪木シン組対ベイダー浜口組も良かった。試合前の「猪木!猪木!燃えろ!」のマイクパフォーマンスは浜口ならでは タッグで前田からフォールを取った試合もあるな、維新軍の浜口なら >>637
いや鶴田戦は空中胴締め落としだから必殺技フルコースとは言えない。
バックドロップは中盤あたりで形勢逆転の一打としてだしただけ。 あそこまで 新国際軍団を悪とした新日もそうだが
あの帰れコールはねえだろ >>643
リバースオブザビートが帰れコールにマッチし過ぎたというのもありそう >>641
バックドロップ直後のフォール、鶴田が2カウント目で起こしてる
シングルマッチで決め技をここまで見せた試合は超世代・天龍以外だと浜口だけ >>645
鶴田の怪物ファイトの開眼試合でもあるんだよな
その意味では長州とのフルタイム戦にも劣らない 国際軍時代にあった藤波との試合が良く噛み合っていた >>627
マイティvs猪木、藤波、長州、木戸、荒川・・・名勝負製造機になり、地方でも大人気になりそう。
マイティが藤波をフェンスに振ってショルダータックルに行くも両者フェンスアウトはやると思う。
大都市圏では「何だそのパンツは!?」というヤジは飛んだはず。
アンドレがマイティの技を受けまくって最高視聴率を取るかも。
マイティがホーガンにサマーソルトは見たい。 90年代の超世代全盛期でも川田はマイティに試合後よく殴られたんだよな >>642
7月の札幌だね、藤波&前田vs長州&浜口
戸口の介入はあったけど浜口が前田から取って、8月の電コロ同一カード再戦では藤波が浜口から取った >>625
流石にアジアタッグをフットルースに明け渡した後は世代交代かと思ったがその翌年の平成突入後に最後のジュニア返り咲きを果たしたのには驚いた >>628
ひといこと、なんて思わんけどなあ。
本人たちもビッグマッチのメインでガンガン使ってもらって、むしろ感謝してたし。 >>652
猪木ファンだったけど猪木vs国際軍の3対1の試合は流石にねえよと思ったわ。
ただあの当時、実質的なメインはタイガーマスクの試合だったから許せたけどね。 新日国際提携時代はエース格が一切相手をせずに、会社が潰れた途端にメインで起用するって方が
ヒドい話だと思うけどな、ビジネスってそんなもんだけど。4の字固めリングアウト勝ちとか
不透明な勝ちブックを受けて、国際勢を全国放送してあげた全日の方が良心的には思えるよね。 1対3をやる前に
蔵前でシングル2連戦をやってたんだから十分厚遇だろ
木村は動きがウスノロすぎて自分でまともに試合を作れないんだから
上で使おうと思ったらああなるのはある程度は仕方がない >>656
浜口と寺西を蔵前のメインで使う手段とも言える
レフェリーが三人もいたのでむしろ4対3にも見えたし 元国際で新日に移って脚光を浴びたというと若松もだな。まあでも満員の蔵前や大阪府立で
やんやの歓声の中で試合をできた事。甲子園の阪神巨人みたいなもん。震え立つような気分になっただろう。 ラッシャー、もう一花新日で咲かせてほしかった
イメージ的に子分たちに裏切られ孤高となり外人と結託してこれからどうなるのか
という時期にUWFに行ってその後は馬場のところで敵対からのおちゃらけマイクで前座要員
Uに行かずに正規軍の助っ人のような立場で維新抜けたあとマシン軍団と戦っていたらなぁ
案外、新日でラッシャーのマイクセンスが開眼したかも
若松とのマイク合戦とかもあっただろうなぁと妄想 木村がユニバーサルへ行かなかったら正規軍で猪木とタッグ結成後失踪
ドタバタしたロープワークをするマシン2号が登場
猪木に「お前木村だろっ!」って言われてただろうな >>621
大仁田や渕やウルトラセブンwがいくらやってもチャボの牙城を崩せない
(大仁田の場合勝敗は別として試合観てる誰もがチャボとの力量差は普通に感じていた)
そこでマスカラス戦以降中堅として息を潜めていた井上が
「まだ井上がいるじゃあないか!」的に最後の砦として起用されるって流れだったので
あれはむしろJr王者井上の実力者ぶりを強調するのには良い方に働いたんじゃないかな?
もし大仁田に代わって全日登場後わりとすぐにチャボに勝ってても
「新日のJrはフレッシュでカッコいい四次元殺法のタイガーマスクで、
それに対して全日は小太りのオッサンで奇声発しながらコロンと廻って落ちる井上…」
って感じに当時のファンからは見られてたと思う 若手三羽烏最後の一人、マジックドラゴンは起用されなかったんだっけ 猪木とはぐれ国際軍団の1対3、何が問題かサッパリ理解出来ないな。大会場であれだけ盛り上げたのは凄いと思うが。 >>661
新日本で言うならコブラに代わって星野がと言いたいがそれ以前にジョバーをやり過ぎていたのがネックか
当時の井上はアジアタッグ王者でまだ若手の越中・三沢を破った後だったのでタイミングも絶妙
蔵前では国際時代の花柄タイツを付けるなどシチュエーションも万全だった >>664
当時の井上は長州より分厚い体だがジュニアか? 当時のジュニアなんていい加減、コブラもヒロも明らかにジュニアの体型ではなかったし。 >>667
そもそも既にグレッグやトラビスが挑戦してたんだから >>662
挑戦はしていない。
帰国後すぐシングルであたって
リングアウト負けしてそれっきり。 >>669
ドラゴンが挑戦したのは井上が取っての初防衛戦の時
井上と逆に寺西の場合はようやく本来の領分に戻れた印象 >>662
井上のインターJr初防衛戦の相手がマジック・ドラゴン
流れるようなオースイスープレックスで丸め込まれてた 考えて見れば三羽鳥は全員が井上のジュニア王座に挑戦してたんだな
そして最後に降りた相手が渕でジュニア初挑戦の武道館が舞台 >>663
自分もそう思う、木村とのシングル2連戦で格の違いは歴然だったし1対3やらなかったら国際軍団はお払い箱になってたと思う >>674
シングルはないけど、6人タッグではある。 新日にあがった国際軍団は大会場で猪木とメインで対戦したけど、
逆に井上は大会場のメインで馬場と対戦したことあるの? >>604
この画像の記事はどこに載っているのでしょうか? >>678
井上は入団扱いだからな
フリーの木村たちとの比較は出来ない 井上は全日以降は糖尿で国際時代よりもだいぶ萎んだ
国際時代の身体はパンパンでラッシャーと列んでも遜色ない身体つき >>659
84年2月の蔵前
木村は藤波とシングルだったけど、あの場内の「木村コール」はどういう意図だろう?
あの日は藤原vs浜口や、キッドスミスコブラの巴戦が印象が強くて
メインの猪木vsアレンや長州とホーガンのタッグ対決の印象が薄い
木村コールは前年にボロボロの腰で猪木とシングルでKOされて
猪木が木村を認めるような公言とかしてたし、その流れかな?
あとは札幌事変の以後の藤波の態度とか? >>682
あの三つ巴戦が書店DVDに入らなかったのが不思議
他の公式戦も含めて一巻分の価値は十分あったのに >>674
86年の福井市体育館でシングル戦実現してるが
2分21秒リキラリアットで秒殺されてる この時期の井上は血盟軍も含め元国際勢とやってる印象が強い 全日VSジャパンの対抗戦で
G馬場VS寺西のカードが
何故か没になってしまった
どちらが勝かはわかってるが
この対決見たかった!!!! >>686
変則マッチの時も最初はシングル三番勝負で猪木対寺西もあったんだよな >>688
当初通りシングル3連戦だったら寺西浜口にフォール(ギッブアップ)勝ちしてラッシャーにリングアウト負けと結果は一緒になってたと思うけど興奮度は天と地の差あったでしょうね? 浜口の維新入りは、強そうな方に寝返った卑怯者のイメージしかないわ。
ラッシャーが可哀想に見えた。 そんなこと言っても会社の事情なんだから仕方ない。マサとカーンは全シリーズ日本って
わけにいかないし、長州の常時パートナーが必要だったんだろ? 浜口も実質リーダーだった国際軍団時代に比べれば下がったとも言えるし 長州、浜口組はオールスター戦以来関係者の評価が高かったから
タッグを組ませてみたいという話があったと聞く 国際軍団のリーダーが実質浜口だなんて誰も思ってないけどな
腰が悪かろうが動きが緩慢だろうが、リーダーはラッシャー木村以外ありえない 当時は会社の事情なんか知らんわ
ただラッシャーを裏切った浜口が卑怯に見えたって話だろ はぐれ国際軍団でやってきたのに浜口にも寺西にも去られ
しかもついこの間まで闘っていた維新軍入り
このアングルは少年ファンにはラッシャーがかわいそう、浜口と寺西は裏切り者と映ったけどな
この孤立したラッシャーを生かすアングルを組んでほしかったなUに行く前に >>684
隙あらば福井だなww
もう15年くらいやってるだろ 確か長州の話では「浜さんだけは自分の要望で組んでもらった」と
言ってた。マサや谷津はアマレス繋がりでって事だけど。 新日国際提携時代は一切使わずに、会社が潰れた途端にメインに使う新日が一番卑怯だよな。 浜口に制裁みたいな試合は組んでたような
ラッシャー寺西とタッグで当たったんだっけ? どうせ新日はこんな考えだろう
「R木村は商品的に使いきった。 こらからは長州
長州の脇役に浜口を使おう」 >>697
卑怯というか木村が気の毒には見えたな
ただ国際軍団が小林や剛が今更戦力にもならなければ
軍団のメンバーってかんじにもなれずに
結局3人以上に勢力拡大も出来ない以上、
1vs3をやった時点でそれ以上そのままの形での展開はないわけで
日本人軍団抗争の相手を革命軍にシフトするのもまた仕方なかったね
木村の腰の具合考えれば長期欠場で一旦姿消して
半年とか一年後に正規軍と革命軍の抗争中に突然乱入して
劣勢の猪木または長州いずれかを救出して
そのまま正規軍か革命軍の「重鎮」ポジション入りとかでも良かった気がする R木村
日本プロレス→東京プロレス→国際→新日本→旧UWF→全日本→NOAH
やっぱり全盛期は国際 >>696
トップは木村でもヒールとしての煽り役やチョッカイ役をやってたのは田コロでの挨拶からずっと浜口だからな
牽引役という意味でこれほどリーダーという呼び方が似合う例もない
それにそもそも最初に新日本に一本釣りされたのは浜口だとなれば他の二人に対してのブッカーだった事にもなるだけに 煽り役やチョッカイ役がリーダーっておかしな思考持ってるんだな
しかもブッカーとか妄想まで >>706
> それにそもそも最初に新日本に一本釣りされたのは浜口だとなれば
その「一本釣り」に関しては国際末期に肝炎で休業していたうえ
なにより嫁が浅草の人で東京下町の寺の家出身の新間がコンタクト取りやすかったため
当時の状況下では水面下の窓口として適任だったってだけではないかなあ?
浜口があんなに威勢の良い気合キャラに大化けしたのって新日マット以降のことで
国際時代はマット上ではイキのいい小型ブルファイターって以上でも以下でもない
もし木村や寺西が誘い(元々吉原さんルートでの対抗戦って話でもあったし)に乗って来なければ
浜口単独でも新日が引っ張って何か別のいい役回りまでわざわざ準備したかは正直疑問
戸口やナガサキ以下のポーゴ程度の雑な扱いになってたんじゃないかな? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています