あれふ壬
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
唯一の己としての自己は、もっとも大切で、親しいものだ。 人間のアイデンティティのありかは、どこかひっそりとした場所に保たれ続けるような、 この自己にあると考えることができるだろう。 他者が知ることがなく、知っている<核>のようなもの、それが自己自身である。 そして他者が他者であるのは、他者には固有の自己があり、 ほかの人から侵すことのできない性格のものだからである。 他者の心をのぞきこむことができるとすれば、それは他者ではないし、 こちらもこちら自身ではなくなるはずだ。 自己を知るということは、哲学の歴史においても長い伝統がある。 「汝みずからを知れ」というアポロン神殿に掲げられていた警句を対話のモットーとした。 当時の人々が(そしていまでも同じように)、自分にとってもっとも重要なものであるはずの 魂のありかたに配慮せずに、自分の名声や富や身体の健康ばかりを気遣っていたからだ。 この警句が示したように、自己とはすでにあるものというよりも、 みずからに配慮しながら、つねに新たに実現されていくものだと言うべきだろう。 近代資本主義の創世記においては、市場での交換というシステムは、 国家などが介入しなければ、ごく円滑に作動し、 人々に最善の結果をもたらすものと考えられていた。 売買は基本的に、双方にとって利益のあるものでなければ行われないはずである。 売り手は売ることで利益を獲得し、買い手は買うことで自分に必要なものを入手する。 市場においては「神の見えざる手」が働いていて、 自由な交換こそが社会の全体に最善の利益をもたらすと考えたのだ。 しかし市場は全能ではない。 まず労働力や土地のようなものは、ほんらいの意味では交換できる性質のものではないために、 市場での取引にはそぐわないものだった。 人間の働きや大地は、なくなったら新たに作りだせる工業製品のようなものではない。 大地震や津波のような災害は、市場の力の及ばない猛威をふるう。 そこに市場原理を適用しようとすれば、被災者などの貨幣をもたない人々はただ苦しむだけである。 環境保護、最低の生活保障、疾病や災害からの保護など、なすべき事柄は多い。 市場原理はたんに人々の欲望に応じた商品を提供するだけでなく、 新しい欲望を作りだすことで、新たな市場を創設しようとする。 健康産業、ジム、ゲームなど、 新しい欲望は新しい富につながるというわけだ。 すべての生物は、外部の環境から栄養を受けとり、排泄物を外部に放出することで、 体内で一定の状態を維持している。 これはホメオスタシスというメカニズムである。 これに異常が発生すると、その生物は病気となるのであり、やがて死にいたることになる。 また地球は、太陽から熱を受けとりながら、そのエネルギーの一部を ふたたび外部の宇宙に発散することで自然環境を維持している。 しかし地球でのエネルギーの消費が多すぎると、永遠に続くと思われた このシステムにゆらぎが発生する。 地球を囲む空気の膜に破れが発生したり、エネルギーを十分に放出できずに、 地球の大気の温度が上昇したりするのだ。 人間が実在することは、事実としてあるのではなく、人間が選びとる生き方だ。 日常の生活において、 人々と雑談にふけり、映画を鑑賞し、テレビゲームに没頭する。 いわば自分のもつ真の可能性を実現する営みを忘却しているわけだ。 しかしあるとき理由のない不安にかられることがある。 世界のうちで楽しく暮らしているうちに、 本来の自分のありかたを忘却しているのではないかという思いがたちこめるのだ。 不安の力に動かされて、 自分に固有で唯一のものである死の可能性に直面し、 みずからの実存を選びとるようになると考えるのである。 「実存は本質に先立つ」 どのように実存するかを選択することで、 人間という生き物の本質を示すのである。 その意味で本質よりもまず実存が先にあり、 人間は日々の生で選択することで、 その実存的なありかたを輝かせるということになる。 主体(サブジェクト)と客体(オブジェクト)という概念は、思考の根本にあるものだ。 事物に働きかける主体として生きたいると同時に、さまざまな影響を受ける客体としても 生きている。 映画を観るために都心に出かける私は、行動する主体としての私だが、電車に乗って運 ばれる私は、鉄道会社から見れば乗客という客体である。 主観的および客観的という形容詞になると、合意がかなり違ってくるので注意したい。主 観的ということは、個人的なかたよりがあるという含みで使われるし、客観的というのは、 その個人ではなく多くの他者から見た場合という意味になる。 主観的なものはたとえば文芸の領域に属するものであり、客観的なものは科学の領域 に属することになる。 「象徴(シンボル)」とは、感覚で知覚することのできない抽象的なものを、現実に知覚で きるもので代表させることだ。 鳩は平和の象徴であり、王冠は王の権力の象徴である。ただし象徴は記号とは異なる。 地図のお寺のマークはそこに寺があることを示す記号にすぎない。ところが鳩が平和の 象徴として使われるとき、そのことを直感的に理解しながら、平和の理念に思いをはせる。 一本の十字架は、たんに教会のありかたを示すだけでなく、イエスの生涯とその後二千 年間のキリスト教の歴史について考えさせるのだ。 自然は象徴に満ちている。人間はそのさまざまな事物を象徴として使いながら、自然を 思考のモデルとしてきたのだ。 西洋の中世の世界では、神が自然の事物を使って暗号を書き記しているのであり、人 間はそれを解読することで、世界を理解することができると考えた。 人間は太古の時代から、神話、宗教、文化などのさまざまな分野で象徴を作りだし、 その象徴の力によって交流してきた。 詩の言語の多くは、言葉のもつ象徴的な力を巧みに利用する。詩人たちは言語を使って、 ごくふつうの事物や事柄から、豊かな想像力によってあっと言わせるような象徴的な意味 を作りだしてくれる。ときには、世界の見え方が変わってくるような詩作品もあるくらいだ。 詩には伝統的なシンボルを破壊して、新しいシンボルを作りだしたり、忘れられていたシ ンボルをよみがえらせたりする力がある。 また右と左という二元論的な対立に象徴的な価値を与える社会も多い。右は正義や強さ や善を象徴し、左は不正や弱さや悪を象徴するとされてきたのだ。日本でも左を忌む風 習と、反対に左を聖なるものとする風習とが、ともにまだ残っている。 象徴はこのように人々の思考を左右するほどの力を発揮するほどの力を発揮することが あるために、政治的に利用されることもある。 それだけに、こうした象徴が拘束する力をもつことにも注意が必要だろう。平和を象徴す る鳩やキリスト教の十字架の象徴は無垢(むく)なものではない。 そして学校での君が代斉唱のように、国歌や日の丸などの象徴は、この象徴が代表す るものに服従するように、無言の圧力をかけてくるのである。 情報というと堅くて抽象的でデジタルなイメージがあるかもしれないが、実は人間的なも のである。情報というのは知らせのことだが、それを受けとった者にとって意味があり、そ れに基づいてなんらかの行動が求められる知らせなのだ。 情報には発信する者と受信する者が必要だ。情報はあらゆる者が発信することができる。 取り巻く環境そのものも、さまざまな情報を提供している。たとえば山登りをするときを考 えてみよう。この岩は登ることができるか、どこに手をかけどこに足を置けばよいか、岩が ぼくたちに問わずがたりに情報を伝えてくれる。犬であれば、その岩からもっと別の情報 を取りだすに違いない。気持ちのよい場所か、ひょっとすると熊が出てくるような場所か、 自然環境そのものが多数の情報を知らせてくれる。 ところが受信する側は、生物であることが多い。情報が情報としての意味をもつためには、 受信した側がこれを情報として認識し、その意味を解釈し、それに基づいて行動すること が必要だからだ。 鳥の群れは警戒を要する生物が近づくと鳴き声などで情報を発信する。鳥たちはその情 報に従って行動しないと、生命を失いかねない。大地震がまざまざと教えたように、地震 が起きたという情報が伝えられても、それは津波をもたらす危険があるという認識がない と、高い場所に避難するという行動につながらない。その危険性の認識がない人々には、 地震情報はほとんど価値のないたんなる知らせにすぎないのだ。 情報は受信する側にとって有用なものでなければならない。そうでなければ、ほんらいは 情報と呼ばれない。インターネットにおいては、さまざまなニュースが報道され、さまざま な見解が表明されている。インターネットの検索サイトでキーワード検索をすると、無数の 情報がヒットしてくる。かつては検索サイトは情報のヒット数の多さを誇ったものが多かっ たが、あまりに過剰な情報は、情報としての意味を失ってしまう。 そしてほんとうに探している情報は、この意味のないデータの集積のうちに隠れてしまう。 自律(アウトノミア)とは、みずからに適用される法を作成して、これに従うこと。 習慣、風俗、法律などの外部の規範に疑いもなくやみくもに従うのではなく、みずから掟 を定め、その掟に従う主体であることを目指すのである。 人間が家庭では父親に従い、宗教の問題では教会に従い、政治的な領域では支配者 に従うようなありかたをやめることが、実践的な理性の重要な目標であると考えたのだ。 しかし完全な自律が可能なのかどうか、そこには三つの罠がある。 まず最初の罠は、自律が理想として追求されることで、忘れられてしまう問題があるとい うことだ。自律することは自由になることだが、自由であることそのものは、なんら価値の ないことである。もしそうなら、空を飛ぶ鳥だって自律して生きていることになるのではな いか。自律的な決定を下す主体であることが大切なのかどうかは、それほど明らかでは ないのである。 第二の罠は、自律することが自己目的となるとき、そこにある幻覚が生じるということだ。 自律的な存在として決定するのは精神の営みである。自律的であることを求め、そして そのありかたを実現するのは理性なのだ。そしてこの決定する理性は、自律的な決定 に従わないものを律し、支配しようとする。 この支配する理性がまなざしを向けるのは、自分の身体である。身体が柔軟に理性に 従い、よこしまな欲望をもたなくなることは、自律の重要な実現である。しかし自分の身 体が理性に完全に支配されるとき、ほんとうに幸福がおとずれるのだろうか。 父親、宗教的な指導者、政治家という他者に支配される代わりに、そのまなざしを自分 の内部に植えつけて、自分で自分を支配しているだけではないのだろうか。理性が他者 による他律的な支配を代行しているだけではないのだろうか。 第三の罠は、自律する主体は理性のまなざしを自己に向けざるをえず、他者へのまな ざしを必要としない独話的な主体となることだ。自律的でない他者を批判し、他者の自律 を促そうとする。そこには自己に対する冷徹なまなざしとともに、他者に対する冷たいま なざしが生まれかねない。 自律と関連して、自己決定と自己責任の問題。 自己決定という概念は、その決定をみずから下すべき主体にこそ、決定の権利を認めよ うということだ。これまでは学校や病院でも、学生や患者のためによかれという判断のも とで、教師や医者など権威のある人物が決定を下すことが多かった。しかしそのよかれ という判断が、決定の影響を受ける人物にとって望ましいものであるかどうかは、それほ ど自明なものではない。できる限りその決定の受け手の自由で自律した判断にまかせ ることが、もっとも好ましい結果を生むのではないかと考えられはじめたのだ。 もちろんそれが望ましくない結果を生むこともあるかもしれない。その場合には、決定者 は自己責任を負うことになるだろう。学生の総意で制服の廃止を決定し、学校側がそれ を受け入れた場合に、さまざまな問題が発生するかもしれない。しかしその責任は妥当 な範囲内で決定を下した学生たちが負うことになる。 決定には責任がつきものだからだ。しかし学生たちはこの決定に責任を負うことによって、 決定について、制服のような制度について、おそらく多くのことを学ぶことができるだろう。 かつてはイタコや呪術師など、シャーマンとなる人々がいた。自分の生まれた社会にとけ こんで生きることができず、やがて神秘的な力と交信する能力をもっていると判断された 人々である。 異常であることで、正常の人々にはない予見能力や治癒能力、神や死者と交信しり能力 をそなえていると見なされたわけだ。このとき異常であることは、一つの重要な威力となる。 異常なものが社会や時代に応じて異なるのはたしかだ。かつて異常とされていたことも、 やがて異常ではなくなることがある。それでもこれは文化ごとに異なるものにすぎないと 片づけてしまうべきではない。 異常は恐れるべきであると同時に、魅惑する力をもつものである。文学も科学も、異常な 現象と取り組むことで、創造的な力を発揮してきたことを忘れないようにしよう。 資本主義の社会においては、労働が人間から疎外され、人間にとって苦痛なものとなっ ている。 労働者はたしかに賃金を受けとって労働しているが、労働者が製造する製品は、労働者 にとってはよそよそしいものである。ネジを切るだけの旋盤工(せんばんこう)や、包装紙 だけを作るだけのパートタイマーなど、自分がそもそも何を作っているのか知らないこと も多い。 労働者は自発的な意図と工夫によって労働することが少ない。上司の命令に従って分 業体制のもとで働くからだ。やりたい仕事につけた人は幸福だが、多くの場合、労働する ことに心からの喜びを感じることはないものだ。ほんらい労働は人間の精神の発現であ るはずなのに、それが労働者にとってよそよそしいものになっているのだ。 労働者はつねに他の労働者と競争関係にある。共同の作業のうちでたがいに相手の働 きを助けながら競うのではなく、他者に優越することで、自分の価値を示さねばならない。 そして労働者の仕事は賃金という形で評価される。自分の能力そのものではなく、賃金 という貨幣の価値で、人間の価値が決められるかのように。 この疎外された労働をなくすためには、革命によって共産主義の社会を構築するしかな いと考えていたが、それはたんなるユートピアに終わった。疎外されないほんとうの労働 というものなど、ないと言わざるをえない。資本主義の社会において、疎外されたまま孤 立して生きざるをえないのだろうか。 人間を超越した絶対者を信仰する営みは一般に宗教と呼ばれる。 とくにキリスト教では、唯一神を人間から超越したものとして、人間と神の存在の位格を 隔絶させた。キリスト教の神は無からすべての事物を創造した絶対者であり、この絶対 者から見ると、人間はだれもが無にひとしいもの、平等なものに見えてくる。 社会の経済的な土台として奴隷を利用し、女性や外国人を差別するのが通例だった古 代の社会において、人間だれもが平等であることを理念として示すことができるようにな るためには、この超越する絶対者という思想が大きな役割を果たしたのだった。 空腹になり、渇きを覚え、眠気に襲われる。いつでも何かしら欠如感にさいなまれて、そ れを満たそうとして苦労している存在である。しかしこのように苦しむ存在であることによ って、世界のうちで生きることの意味が生まれてくる。 人間が身体をもち、さまざまな欲求に苦しむ受苦的な存在であることによって、他者に同 情し、他者とともに世界を構築すう意思と欲望をもてるということである。自分が苦しんだ ことがある者だけが、他者の苦しみを理解することができるはずだ。 理性は、自分がいずれ死ぬことを認識している。しかし自分の死を自分のこととして実感 するのは、「パトス」的なものである不安によってである。そのような存在である人間は、 世界のうちに身体をもって存在し、自己に配慮し、他者のために思慮し、不安を感じなが ら自分の生き方を見つめなおす。人間は受動的な存在であることで、初めて能動的に行 動し、人々と連帯し、実存として存在することができるのである。 (パトスというギリシア語には二重の意味がある。情念という意味と受難という意味だ。英 語などでも「パッション」という語は情熱という意味のほかに、受難という意味を受けつい でいる。) いまではパトスは不安や驚き、死の恐怖などに襲われて、感情的に高揚した状態や悲 壮な様子を指すようになった。19世紀のロマン主義では、このパトスに襲われた状態に おいて、天才的な創造が可能となると考えた。 深い感情に襲われるとき、それまでにない新しい<眼>が開けることがあるのはたしか だろう。たとえば悲劇などを鑑賞するなら、作中人物の運命が観客の感情を嵐のように かき立て、観客は、人間の運命に深いところで共感するのである。 一つの時代にはただ一つの思考の枠組みが存在し、すべての問いはその枠組みの内部 から生まれ、その外部にあるものは思考されず、問われることがないと考えた。 たとえば中世には、世界を解読すべき書物のように考えることがあり、フランス革命まで の時代には、すべてのものを表象として考えることがあう。 そして近代では、表象として世界を見ることをやめなければ生まれなかったと考えるのだ。 「パラダイム」の概念は、科学の発展を分析するために作られた道具であり、その時代の 科学者にとっては周知のものである。 しかし「エピステーメー」はその時代に生きる者にとっては無意識的な思考のパターンで あり、透明で見えないものである場合が多いという違いがある。またこれは科学だけに考 察の範囲を限定しないために、広い範囲をカバーできるという利点がある。 それでもパラダイムとエピステーメーは同じところを見つめているのである。 人間は物自体を認識することはできず、「表象」を把握するにすぎないことをその哲学の 根本に置いていた。 さらに、人間はそれによってしか事物を把握できず、それはつねに過(あやま)つもので あると考えた。 しかし問題は、人間がどのようにそうせざるをえないか、どのように過(あやま)たざるを えないかという側面にある。 人間が真理と考えるものは誤謬(ごびゅう)であるかもしれない。 しかし人間は誤謬を真理と信じ込むことによってしか思考することができない。いわば表 象は不可避な誤謬だということになる。 「風土」という概念は、日本の倫理学者が作りだしたものだ。日本で生まれた概念で、い までは西洋でも受け入れられている。 特定の地理的な環境のもとで生まれる民族的に固有な特徴と、その特徴についての自 己了解である。それぞれの社会には固有の風土があり、その社会で生きる人々の生活 や思考は、その刻印を受けざるをえないのである。 すべての民族は固有の風土の影響を受けながら、しかもそれをみずから作りだしていく ものである。相互作用のうちに、自己を規定し、了解するわけだ。自由であるというのは、 何もないところで自己決定することではなく、風土に働きかけ、超越する自由でもある。 自然が暴威をふるうことがないヨーロッパでは、自然を人間に従属させるという人間中心 主義的な思考が生まれやすいと考える。人間は風土的な環境のうちで初めて自己了解 に達することができるのはたしかだろう。 世界の歴史とは絶対的な精神が個々の民族に固有のありかたから解放され、人類とし ての人間の自由が実現されると考えた。このように民族は歴史のさまざまな段階で固有 の役割を果たすと考えたのであり、風土の概念も、東アジア、西アジア、ヨーロッパに固 有の特性を割りあてることで、歴史哲学を踏まえようとしたのである。 現代では歴史学や政治学の分野で、地理的な環境を重視する地政学が、この風土の視 点を受けついでいる。 「フェティシズム(物神崇拝)」とは、ある種の性的な倒錯で、ほんらいの性愛的な身体器 官ではないものに異様な愛着を示すことだ。最近ではフェチと略されている。 しかし性的な局面だけではない。たとえば、自然に聖なる力があると思いたくなることが ある。日本でも月山(がっさん)とか高野山(こうやさん)などは聖なる山として信仰を集め てきたし、神社などには聖なる樹木(じゅもく)がまつられていたりする。自然の事物を聖 なるものと考える素朴な自然宗教のことも、フェティシズムと呼ぶことがある。 聖なるものとして崇められているのは、どこか崇高なところのある自然の事物だけでは ない。資本主義の社会では商品や貨幣もまたフェティシズムの対象となる。 貨幣はそれ自体においては価値のないものでありながら、すべての物を購入する力を そなえたものとして、使用価値のあるさまざまな物よりも優れたものと見なされることが ある。ここに貨幣に対する物神的な崇拝が潜んでいることはたしかだろう。 貴金属店に飾られた多数の貴金属商品がどこかオーラのような威光を放っているのは、 このフェティシズム的な力によるものだ。 欲望の対象でありながら、手の届かないもの、どこかに聖なる力をそなえたものに見え る。それはデパートなどに麗々(れいれい)しく飾られた商品たちも同じことだ。もともと “おまけ”にすぎなかった人形が、オークションなどで高額で売買されたりすることもない わけではない。 物神崇拝をしがちなのは、こうした商品や貨幣だけではない。物だけでなく、何かを絶対 的なものと信じ込んだ瞬間からフェティシズムは始まるのだ。 たとえば真理とか、正義とか、人権などの崇高な概念はそれだけで絶対的な価値がある かのように思えて、魅惑し、異議を唱えるのが困難になる。 真理とは人間が必要とする誤謬(ごびゅう)の一種にすぎないと哲学者は言い放った。真 理は絶対的なもの、聖なるものとして崇めるべきものではなく、それについて考察すべき 対象にすぎない。 自分たちにとって絶対的なものと思われるものについて、それを物神化していないかどう か、偶像崇拝しているのではないかと、一度疑ってみてもよいかもしれない。哲学や形而 上学なども、実は真理へのフェティシズムに囚われているかもしれないのだ。 さまざまな制度も、一度その権威を保ち続けることが多い。たとえば新聞などのマスメデ ィアが発表する意見や報道は、正しいものと信じ込まれやすい。しかし実際に記事を書い ているのは個々の記者であり、寄稿者である。新聞に書かれているからといって、その事 実内容を調べずに信じ込むのは、新聞という制度を物神化することではないだろうか。 ・プラトン(紀元前427〜前347) ・アリストテレス(前384〜前322) ・デカルト(1596〜1650) ・カント(1724〜1804) ・ヘーゲル(1770〜1831) ・マルクス(1818〜1883) ・ニーチェ(1844〜1900) ・ハイデガー(1889〜1976) プラトン 古代ギリシアのアテナイの名家(めいか)に生まれ、政治家を志していたが、師としてい たソクラテスが刑死したことにショックをうけて、政治の道をあきらめた。それでも哲学の 道を通じて政治にかかわろうとする志は失われず、最高の国家は哲学者が統治する国 だと考えていた。 プラトンが書き残した文章の多くは、ソクラテスとその他の登場人物の対話として描か れている。哲学が思想の体系のようなものとしてではなく、人々との対話として展開でき ることを示したことは、プラトンが残した大きな遺産でもある。 初期の対話編には実際のソクラテスの姿がうかがえるが、イデアの理論を語り始める 時期からは、プラトンがソクラテスの口を借りて語っていると考えられる。真なる実在(イ デア)の世界と、生成し滅び去る世界との二元論的な対比は、プラトンが初めて確立した ものだ。プラトンの哲学はイスラーム世界を経由して西洋の哲学に大きな影響を与えた のである。 アリストテレス 生まれたのはギリシアではなくマケドニアで、父親は宮廷(きゅうてい)の医者だった。 若い頃にプラトンの学校アカデメイアに入学し、プラトンに才能を見込まれた。やがてそ こで教えるようになり、プラトンの死後にはアカデメイアを継ぐことも期待されたが、実現 にいたらず、アテナイを離れて生物学の研究に没頭するようになる。その後、マケドニア の若い王子の家庭教師を依頼される。この王子がやがてアレクサンドロス大王となる。 二人の間でどのような会話が交わされていたか、想像するとおもしろい。 デカルト フランスに生まれたデカルトは、それまで哲学の世界を支配していたキリスト教の神学 であるスコラ哲学の伝統を断ち切り、「考える自分」という視点をもちこむことによって、 近代の哲学の端緒を開いた。 彼は、スコラ哲学が計画なしに建て増しされた住宅のようなものであり、しっかりとした 土台がないと考えたのだ。そして哲学の土台となるのは、いまここで考えている自分の 疑いのなさにあると指摘した。 「わたしは考える。だからわたしは存在する」 これだけが確実なことであり、すべての学問はここから出発すべきだという彼の確信は、 その後も多くの哲学者にインスピレーションを与えたし、つねに立ちもどるべき思考の拠 点でもある。 また数学の分野での貢献も大きかった。すべての事物を三次元の空間に位置づける 彼の座標の考え方は、近代の空間概念の土台を形づくった。 カント 当時はドイツ領だったケーニヒスベルクで生まれ、終生この地を離れなかった。それで いて、外国の地理に詳しく、訪れる外国人をその土地についての知識の豊かさで感嘆さ せることが多かった。思想的にもイギリスの経験論やフランスのルソーの思想などをしっ かりととりこんで思考を組み立てた。哲学者が大学の教授となるという伝統を作りだした のもカントだ。 人間の知覚には固有の様式があり、人間特有の仕方でしか世界の事物を認識できな いことを明らかにした。これは、天動説から地動説への転換になぞらえて、コペルニクス 的転回と呼ばれる。そしてこの固有の認識の仕方のために、客観的な世界が開かれ、 自然科学のような考察が可能になることを示したのだ。 このカントの洞察を経て、フィヒテからヘーゲルにいたるドイツ観念論の流れが生まれ るが、そこではつねに世界を認識する主体としての人間の地位が問題になる。ただカン トは認識のの理論だけではなく、道徳論や平和論でも大きな道を開いた。他者を手段 ではなく、目的として扱わなければならないという原則などは、いまでも道徳律として重 要だし、世界平和を目指した理想も、重要な指針となっている。 ヘーゲル ドイツに生まれたヘーゲルは、最後にはドイツ最高峰のベルリン大学の哲学教授に就 任し、プロイセンの国家を支える哲学者となった。哲学者がたんに大学教授としてだけで はなく、国家を支える理論的な体系を提供する役割を担ったのは彼が初めてだろう。そ れだけに批判されることもあるわけだが。 なによりも弁証法の理論を確立したことで名高い。カントは客観を認識する主観の地位 を高めると同時に、それを二元的に対立させる傾向があったが、彼はその対立を統合し ていく弁証法的なプロセスを考えだした。すべてのものが内的な矛盾や対立を統合する 運動のうちにあるという弁証法の考え方は、歴史を考える上でも役立つ視点だ。 彼の歴史哲学は、西洋の歴史をすべての人が自由になるプロセスと捉えるもので、歴 史に一つの目的があることを示した。これはキリスト教的な見方と切り離すことができな いが、歴史を解読する一つの視点を示したものとして注目される。現代にも、歴史とは民 主主義が世界に拡大するプロセスと見るヘーゲル的な歴史哲学が力を得ているほどだ。 歴史哲学に裏打ちされた美学の理論や、精神の運動を詳しく考察した精神現象学の理 論は、いまもその生命を失っていない。 マルクス ドイツに生まれたマルクスは、ヘーゲルの理論を根本から作り直して革命の理論を構 築した。彼の思想は旧ソ連や東欧でマルクス主義の国家を生み出す現実的な力を発揮 した。社会主義の実験は結局は失敗に終わったが、彼の思想の重要性はいまなお失わ れていない。 彼はヘーゲルから弁証法の思想を受けついで、それを歴史に適用した。歴史とは社会 の内部にさまざまな矛盾や対立が発生して、それを内的に解決する運動だと考えたのだ。 そしてさまざまな思想は、この運動を表現するものであり、ときにはイデオロギーとしても 機能する場合があることを示してみせた。 資本主義の経済的なプロセスを詳細に解明した『資本論』は、資本主義の社会におけ る労働の疎外や、貨幣を物神化する傾向など、さまざまな問題をえぐりだす書物となっ ている。なぜ資本主義では周期的に不況や恐慌が発生するのか、効率的なはずの分業 がどのような働きにくさをもたらしているのかなど、現実的な問題を考察するためにも、彼 の分析は役に立つ。 ニーチェ ドイツに生まれたニーチェは、哲学の分野で独特な思想家として注目を集めるようにな る。健康を害し、漂白するうちに狂気に襲われ、晩年の十年間は家族の看護を受けなが ら狂気の闇を漂うようになる。 彼の最大の功績は、キリスト教の道徳を分析しながら、道徳というものが普遍的なもの ではなく、歴史的な背景をそなえていることを明らかにしたことだろう。彼は、キリスト教の 道徳は弱者の道徳であり、強者にたいする怨恨(ルサンチマン)に基づくものであることを、 さまざまな視点から考察し、カントにいたる哲学もこうした道徳の刻印を受けていることを 示したのである。そして近代の西洋そのものが、その刻印のもとで「神の死」というニヒリ ズムのうちにあると主張する。哲学において近代批判の視点がはっきりと示されるように なるのは、ニーチェからだと言えるだろう。 ニーチェの思想は、永劫回帰(えいごうかいき)などユニークな理論に事欠かないが、 『ツァラトゥストラはかく語りき』など、ドイツ語の散文として卓越した文体を誇ったことも忘 れられない。ふしぎな感傷の漂う曲を残した作曲家でもあった。 ハイデガー ドイツで生まれた、現代の哲学の土台を築いた哲学者。哲学をその歴史的な伝統だけ でなく、みずから生きる経験に基づいて考察するという姿勢は、多くの成果をもたらした。 生きるこの世界のありかたを詳細に考察した『存在と時間』の存在論的な分析は、サルト ルの実存主義など、多くの哲学者に影響を与えた。 さまざまな事物に囲まれ、他者とともに世界のうちに生きているが、世界のうちで生きる ことがどのような意味をもつか、人間が時間のうちで生きるというのはどのようなことか、 環境世界とは何か、人間にとって死がどのような意味をもつかなど、基本的な問題を考 察するための理論的な手掛かりを提供したのが彼だったのである。 実際オレは女に嫌われるくらいの性格してる。 愛せないからな。 かといって男しかいない防衛大のような空間に居てもイジメの対象で、 たとえば手足しばられて暴行、気を失ってもバケツから冷たい水ぶっかけられ、 さらに暴力を振るわれる、そして作文用紙に「ごめんなさい」と延々と書かされたり、 サイフから煙草買わされたり、暴行だけでなく暴言まで浴びせられて、 精神崩壊起こしてしまったら胸倉つかまれて抵抗した挙句首しめられて、 窒息死される。 社会に出るということは、自己を隠して生きるということだ。 精神が擦れてしまった。自分の気持ちを文字でアウトプットするということは心の働きにも 考慮しなければならない。なぜならそれは、いわば妄想もからんでくるからだ。思考に縛 られてしまう。束縛が強ければ強いほど神経がとがり「見られている」感覚に陥ってしまう。 忌々しいよ自分は。こんな気持ちで明日神社に参拝してもいいのだろうか。感謝の心が 一瞬のうちに消えてしまった。今は願いに乞うっている。これではダメなのだ。いまの自分 に人の心がないばかりに希望を臨んではいけないのだ。生きていることに感謝する気持 ちが自身に置かれた立場なのだ。生かしていただいているということに。 「滝に打たれたい」でググったんだが恐ろしく広告がゴテゴテの見づらいページだらけで 調べる気が失せた。情報くらいシンプルにしてくれよ。切実に思うわ。 働いてなきゃどうどう胸張ればいいのさ。精神障害でもオレはそうやって生きるやれるこ とはやってるからな。 自分を必要としてくれる人たちはいるから、こんな底辺でも生き方しだいで見える世界が ちがうんだと伝えたくて、つたない文章を徒然書いているのだよ。 明日(今日)はデイケア行くかなと思ったんだが祝日なんだよな。それにお彼岸だから墓 参りをするつもりだった。 人からクズと言われようが跳ね除ける力をこれからも培ってゆく。 神社は行ってよかった。歴史を見るというのは、理解は難しいが感じることはできる。実に 有意義だといえよう。 感謝を祈ることだな。念仏も必要だ。こころの灯だってことも言えるしな。 こんな穏やかな気持ちは久しぶりだ。だからこそ謹まやかに主張を控えることもできる。 誰かに伝えることなんて、結局ないに等しい。人間は背中で語ることしかできないからな。 特に子どもの目線からいえば。 俺は主役きどりはしないが、あくまでモブでいるよ。モブにしかできないことを信じている。 つまるところ目立つやつには近づかないようにもしてることはある。俺はゲイだからな。 目立っちゃいけないのだよ。 世間では秘密にしてるよ。家族はもちろん、信頼できる人や長く付き合いそうだなって人 にはカミングアウトしてるが、なかでは嫌がる人もいる。人の性的指向がどうでもいいと 吹きながら、こちらも安心できないし、互いに緊張しあっている。望ましくないことだ。 まあ、「嫌われたくない。」これに尽きるってことだ。相手からすれば離れたい気持ちにな るんじゃないか。だから俺は「去るもの追わず」という「嫌いになって人間を証明すれば」 というラブソングのような立場を取る。 まあここで口頭にすれば、人を否定しないと自分が人間だということが証明できないのか、 という自己理論を提示してしまう。鞘に収めておこう。 この穏やかな空模様で消えぬ悲しみを聴き続けていると安心する。 トワイライトタウン(ロクサス編)の曲が流れだした。 幸せなど、トゥリビアルだ。自由を獲得するために犠牲は必要だ。 災害にも前向きになって、他国間との距離感も取れてえ。 やっぱ家に引きこもっている方が生きた心地がするわ。 誰にも干渉されず思考に耽ることができ、なおかつ衣食住を保障してくれる環境さえあればこれ以上の幸せなんて言うことないわ。 始めは見当たらなくたって逃げたくないから笑っているんだろう。挫けそうなこころをふる い立たせて。 明るい未来がなくたって、投げ出すわけにはいかないだろう? なんだかハァハァしてるわ。なんかあったっけこれから… Link's Awakening Remastered OST - Overworld https://youtu.be/c78wAIB29GY いろいろとあるけれど2chまたは5chの影響力って意外と大きいのかもしれないな。最近 なんかは特に。TwitterなどのSNSでもさかのぼれば当掲示板だしな 科学の持つエンターテインメント性。何も知らない人間からしてみれば、「何か知らないけ ど凄いことをやっている!」と見える。これは圧倒的なまでにエンターテインメントだ。 エンターテインメントには人が集まる。そして人に付随するマンパワーやマネーが集まる。 それは時として強大な力になる。この力を取り入れられるかどうかは重要だ。 科学プロジェクトにおいて、「これは厳密に計算された計画でありエンターテインメントで はない」というクローズドで冷めた態度を見せれば、そういった力は得られないだろう。 科学の原初に立ち返れば、それは名も知らぬ者たちが好奇心と探究心とで切り開いた 道である。文字通りのフロンティアの開拓。その意味で、科学とは本質的に「野性的」な 行為であると思うし、ならば野性に任せて熱狂するエンターテインメントにもなりうると思 う。科学とは「凄い」のだ。 Pokemon Mystery Dungeon 2 - Primal Dialga Remix https://youtu.be/2_gw2uCbwVE Pokemon Kanto Trainer Battle Theme (FRLG Ver.) Remix https://youtu.be/sN3XVuqxJH4 【Remix】MegaMan Network Transmission - Zero Gravity Area (StarMan's Stage) https://youtu.be/AzRY_6fJm88 Molgera Battle Theme Remix ゼルダの伝説 風のタクト モルド・ゲイラ戦 BGMアレンジ https://youtu.be/CXW53DTVFjQ 感情の音楽もいいが、論理の音楽もいい。 むろん機会が多いのは前者だが。 世の流れに逆らって一匹狼になる人もこれから増えるのだろうか… 世は決して交わらぬ二律背反の根底。善と悪の区別もない。 Rito Village - Day (The Legend of Zelda: Breath of the Wild OST) https://youtu.be/Nlg43w1aK8M ぶっちゃけこの元号の意図は祈りに近いと視する。そりゃはっきりとはいかんわね。 カマ語は役が下がりますよ。 標準語の方が男前っす。 声も低くないと。声も身長もほどほどコンプレックスっすから、いい歳して。 包容力も大事です。自称にはなりませぬが多少は太ってたほうがモテます。 掲示板で会ったセフレがいます。パートナーや友だちではなく、ホントにセフレだけです。 座って後ろから抱かれてシゴかれたことが忘れられないっす。 ナイモン(つい最近までライモンかと思ってた)とかいうアプリで出会う手段は先進的です が、なかなか手を出せません。女になりたくないからアナル処女を頑なにつらぬく心理と 似てます。 女を不幸にさせてしまう。万が一できたらその子まで不幸にさせてしまう。そんな考えが 付き合うこころをはばんでます。 ある程度女性と付き合うと、相手に「あなたの考えていることがわからない」となじられま す。その後すぐ別れるようになります。経験ではなく憶測です。 謎の人とはよく言われたことがありました。確かに欲望はおさえるほうで、だいたいメラン コリーな気持ちで過ごさせてもらってます。 たまにV&Bの不死者ブラッドを思い出しますが、男は一人でいたほうがかっこいいという いびつな考えをもっています。 こんなに自虐的なのはかえって安心だからです。傷つくくらいなら始めから嫌われてい たほうがいい。 女性から離れていくのでは無くて ピントを絞っている状態だと思うんですよ 「付き合うって何?」 高校の頃はその程度の思考でした。遅れてますね。告白されて一度は付き合いました が求めてるものを見抜けませんでした。すでにその時は欲望がないままでしたから、い や見て見ぬフリをしていたのでしょう。気持ちに嘘をついていたんです。 >>196 もう少しわかりやすくお願いします。ご迷惑お掛け致します。 自分を世間により強調する事で ついが見つけやすく成るとゆうか。 札を揚げて見つけられやすく成るとゆうか 仮想空間ならなんでも書けるというおごったこころ、…慢心はありますね。現実ならだれ かに聞いてほしいけど、言う機会がない、ならばここでこうしてアピールすれば、だれか は見てくれる、そんな淡い希望をいだいてます。結局「さびしい」だけなのでしょうか… また中島みゆきの糸を思い出します。あれは男女の関係をうたっているように見えて隠 された意味、いわゆるメタ思考をのぞんでしまうんです。 もう一人の自分は、女性と結婚して、しあわせなのだろうか… でも扉を開ける気にはなりません。彼、彼女にはわたしなどしらずに幸せでいてほしい。 仕合わせなんてのぞんでない。 そんな不幸な気持ちでごまかしながら人生を踏んでいるのが今の段階です。 意見一致をもとめているように見えて反感を買うでしょうが、あくま私の世界観です。かた れるようになるには、前提を踏んでからもそうですが、時間がかかります。 だから、意味不明なんです。すでに飽きられていることでしょう。 それがセフレであれ結婚であれ 思ってるだけじゃ相手が敏感じゃない限り気づかれないけども それを醸したり言葉にする事で「合言葉?」みたいに成って繋がる?を 絞ると表現したかたちです よく自称霊能者にこういう考えを持つ人が多いように見えます。ネトウヨもだいたいこんな 感じです。「しかるべき対処する」と言いながら何も実行しないんです。適当に私なんか が不幸になったら、結果論で嘲笑うだけです。それを待っているだけなんでしょう。 >>207 たしかにそんな会話が女性とできるようになったら、できたら素敵だなって思います。結 局より好みする傲慢さとプライドが私の隠された気持ちなんです。だけど誇示するつもり はない。これだけは言っておきます。いたらなあというニュアンスでオッケーです。 その(いたらなあ)の触手から 誰かしらと一期一会でもこれからも語り合えたならいいですね >>210 そうですね。そう思います。ただこの手の話を続けるのは、疲れます。せいぜいピロートー クが妥当でしょう。ありがとうございます。 時間も時間、そろそろ寝るよ、おやすみ…、と互いに了解得て、明日になれば日常会話 に戻ります。そんな何気ない時間が、人間は、輝いているようにも見えます。 Xenoblade Chronicles OST - Eryth Sea (Night) https://youtu.be/-h7aLWZHCco 某会社のプログラム実施するようだ。参加すると電話で伝えた。最近はほとんどの人(ち ゃんと日本語が通じる人)とのコミュニケーションは円滑で、話のネタがないから緊張した り焦って気の利かない喋りはしない。冗談も言えるようになってるし、笑わせることもでき る。だからさみしいとか辛い思いはしないし、グループの中でひとりになっても平気。ふら れたら難なく反応し、それなりに主張して、相手らに意見を求められることも増えた。 窓にうつるボクはこうやって詩を書きながら歩いてるこの空の下を僕は今この夜空の下 と書いた 歳をとればとるほど綺麗ごとが疎ましくなってね、こういう歌詞にとてもロマンを感じるの。 本音と建前はバランスがたいせつだと思うけどね。どっちかに傾いても物足りなさを感じる。 Musica relaxante para tranquilizar a mente, aliviar o estresse, e lindas paisagens! https://youtu.be/xu3EfaZQogM 民主主義国家を高々と謳われば、それに基づいて議論すれば私の存在は多数決で抹殺の対象となるだろう。 まあそもそも何々主義って何?考えるだけでバカバカしいがな。 自らを弱者として権利のみを主張するのは疲れないか? 強者と勘違いして善意の押し売りをするのも考えてしまうが。 俺も一年の隔離入院のちはすっかり爺趣味になったよ。ぼーっとすることが 多い。川の流れを見つめるだけとか、土鳩が群がっているところをひたすら 眺めたり……それだけでも人生は捨てたもんじゃないぜ、と今は思うよ。 わーわー騒いでるのもいいけど、むしろ自分はひょうきん者だし……でも、 一人でもの思いに耽っていたほうが自分らしいや、とは思う。 Rockface Rumble - Donkey Kong Country 3 https://youtu.be/VApfPda9hX8 IT業界は別に養分取るのに適さない業界だと思い込んでいる。 志があるだけで目標を定めていないから人間性が変わらないんだろうな。 生きることの意味と価値について問いかけるようになると、我々は狂ってしまう。なにしろ 意味も価値も客観的に実在するものではないのだから。 受け身vs受け身が自分のコミュニケーションの問題点となる。たとえば磁石のN極の一 方がN極だった場合、たがいに退け合うことで距離を縮められないように、話が上手くい かない。つまりお喋りにどこか違和感を持ち始める。これは自身の話術で補うものだが、 生憎、一度その空気にさせてしまったら次回以降容易ではなくなる。嘆かわしい。 それでも相手の一方的なお喋りに相づちを打つだけになるよりは、相手の気持ちを汲み ながら共感や冗談、反発までできるような色合い鮮やかなコミュニケーションを取ること に充実感を持てる気持ちもある。 A型なんで、対話するならやはりA型のような人間と絆を深めたい。B型の友人が多かっ た身としては。ただしこの論は俗に言うこと。それに隣の芝生は青いだけかもしれない。 共産主義の読書会とかいう、そんな、秘密の研究会に連れて行かれました。共産主義 の秘密会合も、れいの「東京案内」の一つくらいのものだったのかも知れません。自分は いわゆる「同志」に紹介させられ、パンフレットを一部買わされ、そうしてマルクス経済学 の講義を受けました。しかし、自分には、それはわかり切っている事のように思われまし た。それは、そうに違いないだろうけれども、人間の心には、もっとわけのわからない、お そろしいものがある。慾、と言っても、言いたりない、ヴァニティ、と言っても、言いたりない、 色と慾、とこう二つ並べても、言いたりない、なんだか自分にもわからぬが、人間の世の 底に、経済だけでない、へんに怪談じみたものがあるような気がして、その怪談におびえ 切っている自分には、いわゆる唯物論を、水の低きに流れるように自然に肯定しながらも、 しかし、それによって、人間に対する恐怖から解放させられ、青葉に向って眼をひらき、 希望のよろこびを感ずるなどという事は出来ないのでした。 非合法。自分には、それが幽(かす)かに楽しかったのです。むしろ、居心地がよかった のです。世の中合法というもののほうが、かえっておそろしく、(それには、底知れず強い ものが予感させられます)そのからくりが不可解で、とてもその窓の無い、底冷えのする 部屋には坐っておられず、外は非合法の海であっても、それに飛び込んで泳いで、やが て死に到るほうが、自分には、いっそ気楽のようでした。 日蔭者(ひかげもの)、という言葉があります。人間の世において、みじめな、敗者、悪 徳者を指差していう言葉のようですが、自分は、自分を生れた時からの日蔭者のような 気がしていて、世間から、あれは日蔭者だと指差されている程のひとと逢うと、自分は、 必ず、優しい心になるのです。そうして、その自分の「優しい心」は、自身でうっとりするく らい優しい心でした。 当時は、さまざまの型のマルキシストがいたものです。虚栄のモダニティから、それを 自称する者もあり、また自分のように、ただ非合法の匂いが気にいって、そこに坐り込ん でいる者もあり、もしもこれらの実体が、マルキシズムの真の信奉者(しん"ぽ"うしゃ)に 見破られたら、烈火の如く怒られ、卑劣なる裏切者として、たちどころに追い払われた事 でしょう。 俺は常に終わりを求めていたが今は終らない変わらない環境を望んでいる。たかが気分 次第で判断が左右されるのが底の浅いヒトのこころだ。 Persona 4 Arena OST: Shadows of the Labyrinth https://youtu.be/GCSVBX2KRS8 欲情するのは男だけど女性にもてそうとはつい最近でも言われた。 冗談だろ?と思うことにした。とりあえずヨイショなんだなって。 やさしさを信じ全てを許して、慈しむようにただわかちあって、わかりあって。 しかし平成20年から現在までは自分にとっていい時代にしてくれたな。これからも長い 道程が続くかもしれないが、配剤であれ、天は私をどう見てるか。 いや、私を見てるなんて滅相もない。見るべきひとは眼が輝いていて前にすすむヒトだ。 私がみるんだ。この世界を。私は私なりに世界で踊る。 そんな理想もあるかもしれない。踊らされている可能性は否めないと自覚しながら。 善人ほど、欲にくらんだ道選びながら、失敗すると責任を誰かに押しつける。 人間の弱さを突き、おためごかしにそそのかして、破滅に導く、邪悪な蛇と呼ばれる存在だ。 人間の生き死にを嘲笑する、悪魔とか邪鬼とか呼ばれる存在だ。 やらなきゃだめだ。人間を滅ぼさせないために、奴を先に滅ぼすんだ。 犯罪意識、という言葉があります。自分は、この人間の世の中において、一生その意識 に苦しめられながらも、しかし、それは自分の糟糠(そうこう)の妻の如き好伴侶で、そい つと二人きりで侘(わ)びしく遊びたわむれているというのも、自分の生きている姿勢の一 つだったかも知れないし、また、俗に、脛(すね)に傷持つ身、という言葉もあるようですが、 その傷は、自分の赤ん坊の時から、自然に片方の脛にあらわれて、長ずるに及んで治 癒するどころか、いよいよ深くなるばかりで、骨まで達し、夜々の痛苦は千変万化(せん "ぺ"んばんか)の地獄とは言いながら、しかし、その傷は、次第に自分の血肉よりも親し くなり、その傷の痛みは、すなわち傷の生きている感情、または愛情の囁(ささや)きのよ うにさえ思われる、そんな男にとって、れいの地下運動のグループの雰囲気が、へんに 安心で、居心地がよく、つまり、その運動の本来の目的よりも、その運動の肌が、自分に 合った感じなのでした。 「金の切れめが縁の切れめ、ってのはね、あれはね、解釈が逆なんだ。金が無くなると 女にふられるって意味、じゃあ無いんだ。男に金が無くなると、男は、ただおのずから意 気消沈して、ダメになり、笑う声にも力が無く、そうして、妙にひがんだりなんかしてね、つ いには破れかぶれになり、男のほうから女を振る、半狂乱になって振って振って振り抜く という意味」 神をまた責めました。暴力をふるわれ、感謝も休みもなく、その境遇を呪い、両親のこ とを忘れて、自分を憐(あわれ)みました。 オレたちは何を求めて、何を信じてここまでやってきたんだ。世直しは救われるんじゃな かったのかよ。なんつったってこんな結果に。 正義も悪もない。勝ち組の歓声は気持ちしだいだけれど、こんな結果になったら誰もが 負け組ね。そういう区別も、うるさいのよ。あとはデッドラインで争うのみ、人間を滅ぼすか 自分が生き残るのみよ。どうせ先が見えてるけどね。 オレは遠い空の向こうまで駆けたい。いや、駈けたいんだ。自由が俺のとりえさ…だから って神は信じないが人間の非情はこうだっていうのか。善意が損するだけじゃねぇか…! 殺すしかないのよ。栄光をつかみたいんでしょ?道徳なんて今さら気にすることじゃない わ。貴方の行動で何人の犠牲者が出たの、知らないんでしょ。それともその後ろめいた 気持ち、見て見ぬフリしながら気づいても遠ざけてたなんて笑えるわよ てめぇ…!もう一度言ったらブン殴るぞ…!女だからって容赦しねぇぞ…! もうやめるんだ。私たちが目指していたものは地獄という皮肉なものさ。だからそこで生 きる価値を見出していくんだ。 ハッ、この滅びしか見えない世界で生きるか!いっそ俺もここで死にたいよ!オマエラ を殺してな! けっこの手りゅう弾も不発かよ…救えねェな…。すまん、俺もイカれてるぜ。爆発しなくて、 よかったな……。 お犬が来たぞ。まだ俺たちを追ってやがる。マルクス主義者どもが…何が警察だ。 人の皮を被った「よそ者」だろ?なんであんなに人間らしく生き生きとしているんだ? 上手いメシを毎日食っているんだろう。自分たちは安全、だけど仕事はキッチリする。社 会に認められ、必要とされている有難い存在だ。 仕事か…。もう知ってしまったらやる気なんて起きないぜ。「こっち」の方が居心地いいよ。 クソアマはせいぜいほざいてろ。俺は自分のことしか考えない。イカれた人間もどきだっ て「協力者」に過ぎないよ。 ちっライターが…火が足りねえ。リーダー、火つけてくれねえか。 (リーダー、駆けようとする) (反射で手で押さえつける)おいッ!殺されるぞ!早まんなよッ! また会おう。しばらくな。おまえはまだ死なない目をしてる。信じてるよ。 この白痴ナルシスト!詩は一人の時だけにして。早く逃げるわよ! 「働いたほうが、いいんですか?」 「いや、あなたの気持は、いったいどうなんです」 「だって、学校へはいるといったって、……」 「そりゃ、お金が要ります。しかし、問題は、お金でない。あなたの気持です」 「どうですか?何か、将来の希望、とでもいったものが、あるんですか?そりゃ実に、心配 なものです。あなたにも、生半可な気持ちでいてもらいたくないのです。立派に更生の道 をたどる、という覚悟のほどを見せてもらいたいのです」 ……あなたを見ると、たいていの女のひとは、何かしてあげたくて、たまらなくなる。… …いつも、おどおどしていて、それでいて、滑稽家なんだもの。……時たま、ひとりで、ひ とりで、ひどく沈んでいるけれども、そのさまが、いっそう女のひとの心を、かゆがらせる。 自分は神にさえ、おびえていました。神の愛は信ぜられず、神の罰だけを信じているの でした。信仰。それは、ただ神のムチを受けるために、うなだれて審判の台に向う事のよ うな気がしているのでした。地獄は信ぜられても、天国の存在は、どうしても信ぜられな かったのです。 運動も文化活動も、誰かの助けにあって、生かさせていただいている。こんなこと口に出 すもんじゃないけど、今は書ける気がするんだ。そして神は信じないが、神のムチは望む と信じられる。慈悲を乞うつもりではないが、自分は地獄に落ちる身だと思っていた方が かえって安心できる。なにもかも妄想だが。むろんドラッグとか精神に危ない道の気配は 今のところはないので… 「なぜ生きる」って本はあるけど「なぜ生きてるの?」って本があってそれを手に取ってる 夢を見た。 Aria of the Soul | Super Smash Bros. Ultimate https://youtu.be/DZUqZluxqDs 1 Hour of Relaxing Nighttime Animal Crossing Music + Night Ambience Sound https://youtu.be/9N4Nd0Ct5yU 自分が本当に変なこと言ってる時に「ごめん、ヘンだよね」と相手に気遣うことが必要かも。 脱出不可能重力の虜(とりこ)に棄てるのは易い。ここではあえて手放さない 昔も今も太陽に憧れを抱いています。外の顔が月ゆえに…(はたまた二重隠しともいえるでしょうが) 紫の男性は悪くないな。ちょっとうろたえる。逆に自分が紫だったら気どるだろうし だけどそれがわかったつもりでいられるのが不思議なんだ あくまで想像の域であって、まずはそれを定義しろと言われたら程度の知れた返事しか 出せないが 巧みな宣伝方法が必要である。未知数すぎてワケワカメ。外人はとりあえず喜びそうだ が… …一人ペルソナ二体が普通だとしたらの場合で言ったまでだ 5の新キャラはペルソナ二体使いこなすのか、はたまたワイルドなのか。主人公と何々し てファンを煽るのだろうか アトラスはそんな媚びた真似はしないか。もっと記号の向こうを顕現させようとしてるん じゃないか 個人スレでコテハンつけてまで言いたいこと言ってるので、今日の書き込みは時間が経 った後のダメージがでかそうだ。 他人の目を気にするようになったのは健康を取り戻しつつあるからなのか Divine Bloodlines (Castlevania_ Rondo of Blood) [New Remix] https://youtu.be/_0wGdMzDvQI Lost In Thoughts All Alone (Nohr) Crystal Extension Edition https://youtu.be/PzosCX05iDY Lost Painting (Castlevania_ SotN) [New Remix] https://youtu.be/pQDRpIPiRtw Lament Of Innocence (Castlevania_ Lament of Innocence) [New Remix] https://youtu.be/Mp-wp90icSg I'll Face Myself - Super Smash Bros. Ultimate BGM Extended https://youtu.be/ZQqbGs4weoI 人生とは、矛盾との付き合い方を学ぶための長い授業のように思われます。 書物の中、とりわけ「格言」としてまとめられた言葉の中に、矛盾を感じることもある。 あと3日休んだら卒業できない学校の夢を見た。辛かったのは覚えている。夢でよかった。 見るしかない試合を。ブレイブルーみたく数こなせばそれっぽい動きはできる Lost In Thoughts All Alone - Fire Emblem Fates Flute Cover https://youtu.be/Rm85RQKgGhI テイルズオブジアビスの続編出ないかな アッシュと融合したルークの旅をみてみたい ティアは髪切ってね いやなことされて、自分に返ってくるなら、人間なんてとっくに滅んでんじゃない?アリや 動物にだけじゃない、人間同士でも、踏みつぶすようなことをしたり、金のために大勢が 死ぬようなもんを作ったり。されていやなことばかりが溢れてる。なんで人間が滅びない のか、不思議だよ 歌は意味がわかったほうが覚えやすい。聴く人に、意味を伝えたい気持ちが入るし、気持 ちが入らないと、うまく歌えても、本当には相手の心に届かない。 仲良かったはずの人が他人と仲良くしていると妬いてしまう感覚が今日は出た。 余計なこと喋ってしまうと信念が揺らぐ。意識が少し虚ろになり活動に支障きたしてしまう。 しばらくは黙っていよう。彼女も疎んでいるんだろうな…。彼と一緒になりたいなら、邪魔 はしたくないが、それでも正直妬む気持ちにはなる。 彼女からは返事が来ないだけでここまで不安になるとは……、大したことないな俺も。 依存症だな。昔から今も変わらず。こういうやつが殺人を犯すのだ。 彼女も乙女であり、幸せになりたいんだ。日陰者の私はいるだけで彼女の 希望を阻んでいるのかもしれない。本音は少し喋った。彼女と私は価値観が 違うと感じ、彼女もまた意識してしまったのではないか。 私の存在で彼女を苦しめているのだとしたら私の方から折られねばならない。 とはいえこのモヤモヤ感はなんなんだ。 >>366 好きっていうのかなあ。この人とお話ししてて楽しいなって思うと、それは好きだったって言うんかね。 毎日話せて、それが当たり前だったのに距離取られると寂しいって気持ちに なってしまった。これは事故なんだ。この気持ちと向き合えば向き合うほど それは自分らしくないと思う。初めてだから戸惑っている。やっぱ好きだっ たんかな…。 はっきりと嫌われたわけじゃないんだけどね。なんかあったわけでもないの に、自然と話さなくなって別に気にしていなかったんだけど、久しぶりに話 したと思ったら自分より他人の方が仲良くなっちゃってて、これ妬いている んだなと思った。 >>372 それな 俺の好きはちょっと気難しいかも… とはいえ意外と能天気なんで ってか返事きた笑 異性でも同性でもセックスはなりゆきだぜ。イメージダウンか?残念だったな! 最近は専ら同性だな。異性にしても素人なんで昔の話だし、残念なヤツです。 いいんだこれはシャドボだ。何にしても気楽がいちばん。人生を謳歌。 俺のような奴もいるから、命は、たいせつにしとけよ。 好きだ好きだと積極的に言う人もいれば、頻度なく控えめに好きだけどって自分は後者。 気難しいんだけど 意外と普段は能天気にやってますって 解釈しときまーす 演戯してる時が輝いているんじゃないかと思ったまでです 俺はパートナーがいるから、なんてことないお喋りでも元気もらってます。 元気もあげてます。 必要な嘘はあってもいいが、そんな言わなくていいことごちゃごちゃ話す必 要はないな。スマホなんで思考がカオスだ。そわそわしてる。 戯れですよ。こんなん。まぁ昨日はどうなるか不安だったんだけど。今回は 刺激的だった。良い意味でも、悪い意味でも。だから気持ちを前にすると矛 盾も生じる。文字打ちながらだと考えすぎてしまうな… 書いていて申し訳ない。一連のレスを白紙に戻したいくらいだ。 まあハートフルに生きるのはほどほどにしたほうがいいね。 俺も疲れた。 気持ちを前に出すと、せつなくなるんだな。なんか……渇いてるぜ。アホらし。 >>392 個性だと思えばいいさ。普通なんて、人それぞれだろ。価値観の相違っていうの。難しくいえば。 今は身体動かしたんで、吹っ切れてます。 つたないけど、その日その日の感情の移り変わりって、結構面白いですよ。 よく男は馬鹿にするでしょうけど、ここで振る舞う分には構わないっていうか。 他人さえ良ければ自分はどうだっていい感情になりやすいから、恋愛については表現 が下手くそなんだ。これも個性だと思えばいいか。ついさっきパートナーから俺は気を使 うから使わなくていいぞと言われたばかりだ。 ジョギング中にいろいろ考えたこと書きたいと思ったが忘れてしまった。思い出したら記し ておこう。 クソだろうが彼の意志は後世に継ぎたいね。発表しない作品を作り、自己表現への糧に する。作品とリアルはけっして切り離せないものだと、もう既にみんなわかってるだろう。 次はどんなツールが流行りだすのか。気をうかがっている。 そして苦手な恋愛要素だが考えていくにつれ眠くなる。 よく「現実逃避」と言われるがその意見には反対する。現実を逃避することで自我を保つ ことができると考えれば、その時間に使うことは無駄ではない。自我を形成できるのだ。 そして溜まったストレスを解消できるのだ。 まあ一度統合失調症に罹患したんでね。その頃の想いに執着してる自覚はある。 安易なことに走りやすいのは、人間の弱さなのだろうか。この性こそ安易に片づけること はできない。まあ理系のプログラム通りに動いてるからどうあがいても人間ではなく動物 だと馬鹿にされるのだろう。ごちゃごちゃ言ったって、要点まとめで一閃されるのが私。 「まあ」なんて多用してるからこれは議論ではなく「おしゃべり」。現実は一人で会話してる のだ。 人に表情をうかがう作品なんて、なんと矮小なものだろうか。 オレは彼のあの頃のツイートに涙を流した。夜中に祖母の家に行き、寝ているはずの祖 母が「どうもありがとう」と普通に口にしたのだ。寝言だろうか。それを見てさらに声を押し ころし号泣した。そのツイートは後で確認しようとしたが、消えていた。 この素人がいいところを見せようと舞い上がっているわけではない。 この不安はいくら説明しても、あんたには実感できない。 誰かに信用される、いい仕事を任される。だが、いつ裏切られ、存在をおわれるかびくび くしている。 あの人は不安なんてあるのかなあ。。。 あたしもそれほどないというか、やっぱり結婚して一緒にいる人がいるのは違う あたしを好きになってくれてありがとうと思う あたしを好きになってくれて人みんなに思うわ。。。 詩は「私」と「あなた」で表現されるため感受性が強い人は縄に引っかかれ やすい。あなたは目を覚ましなさい、 と言ったところで主役の座をどうして も譲りたがらないのは実際は社会に適 応できず常に孤独感に苛まれている。 どうでもいいがこっちに被害浴びせられるのは勘弁な。今知能知能レスしてるのは別人 だ。言うまでもなく俺は知能は低い。 ついに気持ちが前に出てしまったか。想定の範囲内だがな。 だいたい壁に向って話しているだけなんで、気楽に適当に書いていっていいですよ。 返事できるか保障できませんが。 なら、壁に向かって話しかけてる人の脇で ひとり遊びしてる子どもみたいなものとなる 自然の情景を五感がより昇華して脳裏にインプットされると素晴らしい。 普通辛いことは忘れようとしますが、 あなたは辛かったほど想い出が多くそれが 楽しく変わる不思議さがあります。 あなたの歌声は至福の境地に誘い、感性は高ぶり、生きる喜びを甘受する。 ロストラブ悔し泣きなどしないけど たかが頬ぬらす、流れる涙をバネにして あなたに抱かれたい。 日経の「キセキの高校」ってシリーズもの鍵開けるけど読み気にならん。 勉強って意味なくね? 高校生の「なぜ」引き出す まさか日経がこんな記事を載せるとはな…。 読売でやってろ。 中央公論新社のゲリラ戦争 理解するには時間がかかりそうだ。 Colors Flying High - Persona 5: The Royal Music Extended https://youtu.be/MA0PwXNJxCQ Your path Your alibi That you hide behind Claiming might makes right Raise your fist to the sky What you longed for, fool Is coming near It's like you're colorblind, Telling us who to love and who to hate And fighting the fire With the memories Of a royal thief Staying true to your convictions Seems they say it's harder to To escape So chose a color to live by Don't throw away your virtue Give it all Be the best 'Cause I've been left with you You can rule the world with colors flying high You know that if you stay true Green or blue Red or white You can't lose With your colors flying high So choose a color, you will fly Find out for your convictions Give it all Be the best 'Cause I've been left with you You can rule the world with colors flying high Your genuine intention Green or blue Red or white You can't lose With your colors flying high それこそ誤謬じゃないの?放棄と完遂を同一視するなんて 生きる意志がないと、この世界は私をはみ出し者として扱うのね 答え出せるのかな天さん エッセンスだけは残してるようだけど 全世界の皆が「こんな世界消えて無くなれ」と思えばいいのよ 愛や慈しみ、それで生命なんて肯定してそんな面倒くさいモノを広めたのは神にも騙しうるペテン師ね THE BACK HORN - 罠 https://youtu.be/BPxvOpD6iD8 みんな生命の束縛にに勝とう。「死」の勝利を咆哮し、望むんだ。 全ての人の魂の戦い https://youtu.be/tpSgOlpYGco バイオリズムの低下している時は負の認知が麻痺するのだ おれは陽が沈む太陽の中、中禅寺湖で釣りでもしてるかな 「楽観」はもう二度と訪れない。生きることが保障されてる なぜ人は高みを目指すのだろう。生きることに麻痺しているのか。死に抗っているのか 抗って、抗って、抗った先に生の実感が味わえるというのか 何もないところから大爆発し、宇宙が生まれて、事故で星が生まれて、その中で地球が生まれてしまって… 灼熱地獄だったはず地球が突然冷却し始め、海が出来、微生物が生まれてしまって 微生物という生物が微生物を喰って、その連鎖で、勝った者だけが残り、連鎖し、進化する すると生き物が登場し、海だけしかなかった世界から陸ができ、生き物はなぜか這い上がって 隕石ですべての生き物が消滅したはずのなかから、新たな生き物が生まれ、なんでかしらないけどヒトまで生まれて ヒトは賢いから他の生き物を喰い、淘汰し、突飛に進化する狡猾な生き物なのだ すると脳の影響で、ヒトは自分を否定し、他人まで否定し、何かを求める 価値観というのは優先順位を現わすのだ。生を取るか、死を取るか。 エロスとタナトス、だがヒトは必ずタナトスを臨むマゾヒストであることを実感するであろう バイオリズム的に危ない行動だが、また思考停止するんじゃないかこの塵は 午前4時44分44秒にポケモンGOで玄関を見ると「メタモン」と名乗る髪の長い白い服を着た血塗れの女性が立っているらしい うーん…セフレからライン来ねえなあ。夜更かし不可避 しかし鼾うるさくて3時間くらいしか寝てない。別に今体調は悪くないけど 彼もカニプレイとか言って進んでオレに抱きつきたがる 「消される」とか自惚れも甚だしい。書いてなんかその気になってる奴は馬鹿だ。 表現によって社会的に抹消されることなんて無いのだよ バンクシーアートってのは超昔からありますよ。今の時代は可愛いもんですよ。冷やかしじゃないですけどね 少なくとも5ちゃんやっててそれを挑戦しようとする奴等は大したことはない。 【スティーブ・ジョブズ氏を殺害】 Android半導体勢力 *フジテレビ本社サイド誘導によって スティーブ・ジョブズ氏(元Apple CEO)が 集団リンチ後、虐殺された上 【神戸の海に死体が投げ捨てられました】 Android半導体🤖勢力とは ・NTT ・Google ・Apple ・Windows ・SONY ・任天堂 ・他 an 警察は街で「中途」精神異常者に職務質問しても彼らを異常者としては扱わないし、 口頭で彼ら彼女らを異常者と言わないという暗黙のルールがあるそうだ。 ただ「病院は行ってるんですか?」とボロを出したことがあって、 彼、彼女らの神経を逆なでさせてしまい、結果失敗するケースは珍しくない。 強制医療保護入院は憎しみ増幅し、その塊だ。 せいぜい「おうち帰ろ」が無難か… それでもちゃんと家に戻るか監視はするが キャサリンのことだが 俺はKサリンでもCサリンでもなく Qサリンという新たな可能性を選択する人間であったが 現在はKだけのようだ。 女に興味ないだけか、女装もあまり… 友人のネタバレさえなければ……! Qサリンはなんとなく察しはついてた だがキャサリンはアトラスデビューしたソフトなので 結末は想像の域から逸しているだろうと期待しながら進めてた P4U2もそうだが男の多いスレに行くと必ず悪意でレスするので 陣痛に効いて涙を枕で拭きながら憎しみを込めてスレッドごとNGするのであった ちなみに現在その板は行ってない。というか男のニオイがするスレはまず見ない 野鳥観察板でもいい大人たちばかりで癒されてたけど、やっぱりそういう居心地のいい 穴?ってもんは潰されるのよね 苺カスタードパイを入手した 珍しくない?なんか パイで苺って >>527 ギュッ(悦)って >>528 女子力のあるスレでどうぞ 一応メモっとくか Relaxing Background Guitar Music - meditate, focus, study, think 夢板なら女子力のある宝物のようなスレはあるだろう ここはそうでもなく純男の地味で地味で地味なスレですから 他愛のないことしか言わない遊びをすることにしますた 長文スマソ 言った序にいっちゃうと 生の苺が煮えたパイは微妙だった シフォンケーキにしとけば良かった〜 脱線だけど〜 北海道のお土産でチーズスフレ一度だけ食べた事があーる チーズ蒸しパンとは違ってもっとふあふあしてた 崩壊しても問題無い時はいーと想いまーす 因みに動物のうんちからカビ菌の胞子?立ってるの見たことありまーす チーズじゃなくてもバターや蜜はいらないよ そのまま食べるのが正解 仮面ライダーよりショッカーみたいなのが好き。ちんこもっこり スケベなんで他スレも覗きます 権蔵のひとりごととか イケメン警官に腕掴まれて交番へ連れてかれるまでがテンプレ その気にさせておくのはやめとくか。 プラスになるようなことは基本言わないほうがいいのだ、人間関係においては。 すると自然とマイナスなことも言わなくなる。 これは仕事の職場が証明してくれる。一部例外は除くが >>561 いやそうでもないな。人付き合いも増えて精神が安定してるから 浅草おおばん、上野24行くくらいだからな 次は新宿24でもとは思うがあそこは外人だらけだという噂を聞いた もう学生時代の友人には会えないな 大人になって会ったことはあるが話のネタがほぼない 桃鉄でキングボンビー引っかかってざまあwってやられるくらいしかネタができねえ 今やると滑る自信はある そんな大したリアクションは 高校時代までよね ブレイブルーは見るが、野郎4人集まってゲーム実況投稿とかは見るに堪えん 明日からの合宿は大丈夫だろうか… いちおう社会で一回以上ずっこけた人の集まりだが……。 Underwater & Ocean Themed Video Game Music (Vol. 2) https://youtu.be/41oMUHAU6e8 奥田民生の無限の風は夏って感じだな ただ今の天気には合わないけど パフュームの願い(アルバムじゃないやつ)は落ち着くなあ。 だけどもしかしたらって距離は平行線 くぅ〜(/ω\) ♪だけど〜もしかしたらって〜距〜離〜は〜平行線 きゅんきゅん(*´∞`*) 持ち曲 ・ハートを磨くっきゃない/TOKIO ・ALIVE/藤井フミヤ ・罠/THE BACK HORN ・孤独を繋いで/同上 ・Answer And Answer/9mm Parabellum Bullet ・Termination/同上 ・にんじゃりばんばん/きゃりーぱみゅぱみゅ ・Shangri-La/電気グルーヴ ・陽炎/フジファブリック ・アフターダーク/ASIAN KUNG-FU GENERATION ・無限の風/奥田民生 ・夏祭り/ジッタリン・ジン ・Last Smile/LOVE PSYCHEDELICO ・ツバサ/アンダーグラフ ・願い/Perfume 道化で本当のこころを誤魔化すしかないんですよ その道化で人に舐められるんですが つらい 体格良い人は俺をチビだと馬鹿にする 俺は引っ込み、自信をなくし、抱え込む 親の見栄のために誰も相談できず、そもそも論理が通らないので辛い気持ちを表現できず 憂鬱な気持ちで通い日々を過ごす やがて不登校になり、家に親がいないときは居間でゲームする 床ずれで起き上がると、ノートPCでピアキャスやなんVを閲覧する 食事は拒否するが、親が置いてくるので、どうしても胃に流し込む Dawn Sky この街の演戯も傷も君には関係なのにね 本当のこころを言及していませんでしたが そう、存じ通り、私の時代ではタブーだった、性的マイノリティです 苛められる恐怖におびえていました ネットとはとても便利で2chでは半角文字板の「勇気がなくて見れないページ」で漁れるんですよ 精神有害と診断されてましたが、見たくなるのは人の性でしょうか 話は変わりますが サブカル通しての付き合いは苦手です ゲームとか、アニメとか、深い話になるとうろたえます 今はいい時代ですね。 これからも静かに暮らします。 就職は考えていません。 そもそもこの年齢で会社にってね(笑) やるなら力仕事かもしれません ならまだ鍛える、まだ充電期間です 人付き合いもフィーリングですね 合う人と一緒にいればいいのですが 会社だとそうはいきません 価値観が似ている人でもそうでもない人でも 相互理解が必要でしょう こころは傷つきますが 自分はここではみ出し者でいるから存在意義がまもられているのですよ 安心するのです。優しい気持ちになれるのです。不安は感じないんです。 社会に出ると、それは…… 無理して何か喋ろうとする姿勢って、なんか疲れるよね。 気が利いたこと、プラスになることは意識しなくていいんだ。 今日はあまり自己主張しなかったので楽なのは楽だが、なぜだか安心しない 人に合わせるのもどうしたものか 俺が潰れちまいそうだ 世の中いいやつと悪いやつに別れるなら俺は悪いやつだ。 しかも悪いやつに成りに行ってる。 そうしないと落ち着かないのだ。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
read.cgi ver 07.5.1 2024/04/28 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる