【2次】漫画SS総合スレへようこそpart79【創作】
元ネタはバキ・男塾・JOJOなどの熱い漢系漫画から
ドラえもんやドラゴンボールなど国民的有名漫画まで
「なんでもあり」です。
元々は「バキ死刑囚編」ネタから始まったこのスレですが、
現在は漫画ネタ全般を扱うSS総合スレになっています。
色々なキャラクターの話を、みんなで創り上げていきませんか?
◇◇◇新しいネタ・SS職人は随時募集中!!◇◇◇
SS職人さんは常時、大歓迎です。
普段想像しているものを、思う存分表現してください。
過去スレはまとめサイト、現在の作品は>>2以降テンプレで。
前スレ
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/ymag/1404139251/
まとめサイト(バレ氏)
ttp://ss-master.saku@ra.ne.jp/baki/index.htm(ジャンプの際は@削除)
WIKIまとめ(ゴート氏)
ttp://www25.atwiki.jp/bakiss (……。耆著は残り160弱…………)
160弱? 全555発で先ほど根来に300使ったのなら、260弱ではないのか?
いいや計算は合っている。忍法任意車。本来は男しか使えぬ、交合の精を介した憑依の術だが、イオイソゴは磁性流体化
の肉片を切り分けた半身または他者の肉体へ溶かし込むコトでいま一人の己を地上へ召喚できるのだ。
それをして盟主の下に残してきた三分の魂のイオイソゴに持たせてある耆著こそ
ちょうど100。
(で、あるから、追撃のわしの残弾は160弱)
拳銃であったなら無限にも等しい数値だが、機関銃となると些か心もとない。乱射は、選べぬ。
イオイソゴ=キシャクの耆著『ハッピーアイスクリーム』!
物体を磁性流体化させても消滅はせず何度でもリサイクル可能!
だが、元が耆著であるため瞬間移動的な転送でイオイソゴの手元に戻すのは不可能!
回収の手段は!
(1)直接、取り入れる(主な手段は『拾う』)。
(2)磁力操作で肉体のどこかへ、物理的に引き寄せ取り入れる。
のいずれかのみ! ちなみに1個1個、遠隔操作で武装解除して手元に戻すのは不可! これは磁性流体化後もリサ
イクル可能な利便性ゆえの制約! 個々の、使いまわせるだけの頑丈さを追求した結果、イオイソゴの精神を源泉として
いる筈の555発の武装錬金は、まったく別個の、一種独立王国の景観を呈した武器となり、奇妙な話ではあるが個別個別
への解除命令さえ突っぱねるほどになった。とはいえ悪い話でもない。武装錬金はふつう、創造主のダメージへの動揺を
して存在の解像度を下げるものであり、数の多い物であればあるほど些細な主のうろたえで10や20簡単に消滅する弱み
を抱えるが、ことイオイソゴの耆著に関しては彼女がよほど決定的な打撃を喰らわぬ限りまず消えない。喰らいながらの埒
外からの奇襲といった芸当さえ耆著が出来るところを見ると、個別解除のできなさは、或いは防御より攻撃を取った実利
的思考ゆえか。
ともかく1個1個は遠隔解除で手元に戻せぬハッピーアイスクリームだ。武装解除──武装錬金総てを核鉄に戻す方の
──を選んだ場合、555発の耆著は総て一括してイオイソゴに戻る。が、根来対策として地下ならびに樹中に『鳴子』を配し
ている以上、武装解除は下策でしかない。鳴子までもが手元に還ってしまうのだ。盟主のもとに残した分身だって無手になる。
ちなみに任意車発動中に武装解除した場合、核鉄は魂の多い方に戻る。盟主の方にいるのは三分の魂のイオイソゴ……。
(つまりじゃ。『追撃戦』のさなかに飛ばしまくるのは危険……! 鳴子の結界がわしがどれほど素早く動こうがついてくる
のは、規則正しく配置しておるからじゃ。……すくら、すく…………すくらぷ? えと、すく何とかを組んでおるからして、鳴子
の結界は、磁力の堅牢極まる構成ゆえ影法師のごとくついて来るのじゃが)
円山に乱射する物はその限りではない。普通に外れたり、キラーレイビーズに弾かれたりで、位置も距離もバラバラな
散らばり方をすると回収要件は(1)(2)とも大変満たし辛くなる。
追撃の真っ最中なのだ、イオイソゴは。
ルートから遠く離れた弾丸は拾い辛い。
(ある程度までなら本体(わし)からの磁力誘引で回収できようが……)
しかし砂場中央を高速で縦断する棒磁石がだ、端の方の砂鉄まで回収……できるだろうか。
現実的ではないよとポニテ少女、首を振る。
マッチ棒と、瞬間強力接着剤で考えてもいい。同じ12本でもピチっとした立方体に組み上げて接合したものと、頭の
向きや配置の角度がまったくバラバラなものをそのままくっつけたものでは、耐久性に明確な差が出る。立方体と、雑然、
一端だけを摘んで全力疾走した場合、どちらが先に壊れるか問われたら誰だって後者を指差すだろう。
鳴子の結界は立方体の要領で規則正しく編みこまれた幾何学の立体。乱射の耆著が陥るは混淆極まるマッチ棒。しか
もそれは距離を置いて散乱する。イオイソゴの放射する磁力戦はリフレクターインコムの如く耆著から耆著へと伝わり、
引き寄せるが、しかし離れるほどに、周りの耆著の数が減るほどに、減衰もまたするのだ。しかも主は追撃によって絶えず
前進する。遠ざかっていく……。 (既に根来対策に555発中300発割いている都合上、無為の乱射で空費してはならぬ!)
実は犬飼、イオイソゴを斃さずとも勝てる。弾丸をゼロにするだけで、実はいい。
(そう。奴はたった160発弱の弾丸を使い尽くすだけで任務を果たせる。何しろ耆著は遠ざかっていく円山を最も手軽に撃
てる手段であり、且つ、わし自身の最大加速の……手段)
前者は、舟形という、ほぼ銃弾の形をしている部分から分かるだろう。後者もまた磁力系武装錬金ゆえの特色。
(むろん耆著が払底しても使える忍法はあるにはある)
先ほど犬飼に見せた吸息かまいたちなど好例だろう。ただこちらは最大射程およそ30メートル。ロケットスタートで200
メートルは先行した円山相手では牽制にもならない。
(他の忍法も『いくつかを除き』射程は足らぬ。耆著がなくなったら……少なくてもわし、『無傷では』、円山を殺せん)
これはイオイソゴが戦略的に万全な立場にあればまず成立しえなかった特異な勝利条件だ。盟主の護衛と根来の警戒を
同時にこなしつつ、超加速で逃げすさる円山を追わねばならぬという極めて限定的な戦局に身をやつさざるを得なくなった
からこそ犬飼に、割きに割かれた3分の1以下の耆著を払底させるだけで敵の重鎮を詰めるという予想外の幸甚を恵んで
しまっている。
……だが!
(奴はこの隠された勝利条件を知らぬ!)
厳密には、確定しようがない。
(弾丸を使い尽くさせての勝利ぐらい当然描いておろうが、あと何発かという点については想像しようがない! ひひっ、そ
うじゃろ。何せ想定の基底たる全装弾数からしてまず迷う。仮にわしの名前から五百(いお)五十(いそ)五(ご)と仮定でき
たとしても)
根来対策や盟主側の分身にそれぞれ幾つ配したかという読みでまた迷う。
(更に犬飼は、わしの耆著の回収要件も知らぬ。『乱射で散らばった耆著。個別に解除して戻せるか否か』? ひひっ。
遠隔操作で戻せるとあれば実質弾丸は無制限だと危惧をする……)
頭を使うタイプであれば、更に踏み込んだ警戒もする。
(武装解除。仮に残弾をゼロにしても、武装解除で手元に核鉄が戻るコトを想定した場合……再発動からの全弾発射と
いう罠に釣り込まれ覆滅されるのではないかと……考える!)
イレギュラーに思えるが、武装錬金の持ち主同士の戦いにおいて決して珍しくもない棋譜である。カズキが秋水に仕掛けた
『武装解除後、胸内の核鉄で逆胴を受け止めつつサンライトハートでカウンター』といった戦法などいい例だ。戦士は古今の
そういう例をカリキュラムの中でいやというほど叩き込まれ、警戒せよと仕込まれる……忍びゆえに知っているイオイソゴ
だから、犬飼も例外ではないとそう断じる。
(あるいは、幸いかの。解除再発動一斉射を根来への警戒が為やれないからこそ、危惧してもらえると助かるが……)
だからこそというか、逆にというか。160弱の耆著の打ちつくしイコール己の敗北という事実はなんとしても悟られたくない
イオイソゴだ。犬飼相手に追い込まれているというなかれ。彼女は、実質的には、盟主や根来、円山といった戦略的価値
も座標もバラバラな者たち3人を同時に相手どっているのだ。銀成での足止めですら相手集団はまだ同じ座標に居たし、
何よりそれらに目を奪われていたればこそ、根来の思わぬ奇襲で戦略構想を壊された苦い経験がある。今度は彼を警戒
しつつ、逃げる伝令を追い、一方で分身に首魁の守護をもやらせるという、ともすれば一兎も得ずな多角経営を望まずして
やらされている不遇の立場。弱卒と称される犬飼相手に弱味を掴まれかねぬ瀬戸際にあるのもやむなしというか、戦歴5
00年のイオイソゴだからこそ、決定的な露見も根来の奇襲もどうにか免れられているというべきだ。これがディプレスや
クライマックスといった連中であればとっくに根来の奇策(アシスト)に嵌められ、犬飼たちを逃がしている。
(…………いちおう、耆著が尽きても円山を殺す忍法……ある) イオイソゴの煌めく瞳に映った像は果たして本当に幻か。正中線を区切りとする真っ二つな彼女と……遥か彼方の円山は。
(じゃがそれは本当に最後の手段……! なにせ『あの忍法』の発動要件は──…)
肉体の、磁性流体化、解除!!
(あらゆる打撃斬撃を無効化できる優位性を敢えて捨て、わしがわしを両断せねば円山は……殺せん!)
イオイソゴの方は人間型ベースのホムンクルス調整体だから、『両断』程度では死なぬ。胸の章印が壊れないからだ。
だが根来ならばその瞬間は逃さない。イオイソゴは円山を殺すところまでは出来る。だが根来には……殺される。磁性流
体化を解除しているのだから、当然だ。金が香車を取って桂馬に取られる……白熱だが、馬鹿馬鹿しい。
(しかもそのとき犬飼めが生存しておったら最悪! 奴の口から盟主さまの所在と特性合一のからくりが戦団に伝えられ
てしまう……!)
はてな。しかしそもそもイオイソゴ、分身を盟主の方に残しているのではなかったか。任意車なる魂を2つに割る忍法の
効力下にあればたとえ火力戦団最強のブレイズオブグローリーが直撃しても残る一方に魂が戻り、事なきを得るのではな
かったか。七分の魂のイオイソゴがここで討たれたとしても盟主の傍でリスポーンできるとすれば死への恐怖など無用な
のではないか。
(確かに分身(ほけん)は盟主さまの傍に残しておる。じゃが、だとしても、こっちのわしが根来に屠られる事いこーる『伝令
阻止失敗』! れてぃくるの危機を防げず終わることに変わりは、変わりは…………!)
忍びにとって使命を遂行できぬのは何より屈辱だ。何より見た目こそ幼いイオイソゴだが、連続生存年数ではレティクル
ナンバーワンの最年長、任を果たす責任感がある。(連続生存年数という曖昧な言い回しをしたのは、一定期間ごとに時間
跳躍しなければならないウィルが居るからだ。彼は総計では2万年近くの時間を繰り返しているが、『誤ってもループすれば
いい』という習慣が身についているため、その精神は老練さとは真逆なゲーム世代のままである)。
(何より恐ろしいのは……!)
ぶるっと身震いするイオイソゴ。老獪だからこそ任意車の致命的な弱点を彼女は強く把握している。分身の、どちらか
一方が斃されてももう一方に魂が回帰する任意車。一見ぜったい死なぬ無敵の忍法だ。『分身の片方が斃されても、残る
片方に、魂が戻る』のだから。
(じゃがもう片方の傍には……)
黒い、剣聖が、居る。
(あの御方(おんかた)は犬飼に対しむしろ協力的で好意的……! あると、まずい……! 『合わせうる手段』ばあると……
まずいまずいぞ、任意車は、まずい……!)
ちょっと考えれば分かる、とても簡単な弱点だ。平素綽々としているイオイソゴの顔がねじくれて汗にまみれる。
根来の奇襲を恐れている理由もそこだ。それが任意車の万一と重なれば任務失敗どころではない。死ぬのだ、純乎とし
て分身2つもろともに。それも皮肉にも……『いま守らんとしている味方のせいで』。
いやじゃいやじゃ、そんなばかな死に方いやじゃ。
内心のイオイソゴは見た目相応のあどけなさで両目を不等号にして首を振る。牧歌的でもすらある大粒の涙が極太マジッ
クで描いたような眦の端からぼたぼたこぼれた。
(うー)
低い鼻を酒酔いのように紅くして半目で涙ぐむ。
(なーんか、犬飼の方が……天運に恵まれとらんか…………?) かれ個人は大したコトはない。だが、根来や、盟主といった、外圧の導火線と近しい立場にあるのが奇妙だった。いや、
前者については先ほどの攻防をみれば意図的に利用しているのは明らかだ。だがその大前提を作ったのは後者ではな
かったか? 千歳の失明で根来を挑発したイオイソゴの、本拠地に戦士が押し寄せてくるまで篭城を決め込むという最善手
を潰したのは盟主の予想外の単独出撃なのだ。
(……。まさか単独出撃は……わし抹殺も兼ねておる…………?)
まさに閃電の如く脳髄を貫いた不安の黒雷をしかしイオイソゴは縋るように否定する。
(お、お手討ちになさるつもりなら、出奔直前の斬撃をして成されていた筈……!)
論拠、だった。根来という外圧に懊悩している原因は、盟主の、故意の悪意のせいではないとする論拠だった。
照星の生首などで散々と犬飼たちを揺さぶり悪辣に振る舞ってきたイオイソゴが、信奉する盟主に裏切られるのが怖く
て怖くて仕方ないらしいというこの心理的境地。奇妙とはいうなかれ。むしろ極めて人間めいた忠誠心だ。
ぴりぴりと肩が痺れる。ずっと感じている『影からの殺意』の漠然とした気配とは違う、奇妙な感覚だった。磁性流体化し
ている膚(はだえ)の、物理と粒子のなまなましい直感が神経を炙るさまに、イオイソゴは訳もなく浮つく。
(何かが………………おかしい。大気全体より来たれりこの不可思議なる伝導の正体は…………『何』じゃ? 巨大な台
風の直前のような…………空襲警報のうーうーのような……それでいて、555年の我が生涯のなか遭逢したあらゆる感覚
と全く違う根源的な恐怖を孕んだ……この痺れるような感覚……果たしてなんじゃ? なんなのじゃ……?)
死の予感であるかも知れなかった。
だが、犬飼がきっかけで、ドミノ倒しの如く落命の絶望へ落とされるうるのではないかという想定じたいは既にある。
想定したものがやりがちな「ま、ないだろうけど」については、ない。『下手に犬飼へ手を出せば、死ぬ』という、訓戒は、
長塀の街の十字路で、駆けて飛び出せば撥ねられるから、いったん止まってミギヒダリ見ようよ程度の気安さでイオイソ
ゴを縛っている。
が、犬飼じたいは結局、王や桂馬の虎の威で辛うじて取られずいる歩にすぎない。
(貴様のその思わぬ使命感には敬服しておるよ。じゃが貴様はわしの最終目的では、ない。円山の離脱を達成させてや
る義理はないし、ただでこの首くれてやるつもりはもっと無い)
10年。鳩尾無銘を喰いたいと願い続けたこの10年は……長かった。年を重ねるたび1年が短くなるとはよくある話。な
ら高齢者の10年もまた光陰なのだろう。だったら555年生きているイオイソゴにとっての10年など単純換算すれば55歳
の1年程度の期間ではないのか、長いとはとてもいえぬではないか。
いいや違う。相対性とはそうではない。美女と過ごす1分と、指先にライターの火を直接押し当てる1分では感じられる
長さが違うまったく違う。
55歳の1年。
確かに若者の体感時間に比べれば短いだろう。
だが、喰わねば腹が減るものを一切喰うなと命じられた1年であるなら、長い。
イオイソゴの10年もしかりだ。
(愛しさゆえに喰いたくて喰いたくて仕方なかった鳩尾無銘を喰えずに終わったら──…)
犬飼ごときのせいで落命して、阻まれたら。
この10年、一体なんのために生きて来たのだという話になる。
いかに年齢を重ねようと、不自由な時間への絶対的な苦痛は、時間に対する曖昧模糊とした相対的な知覚を剥がし取る
のだ。こらえ性はむしろ年寄りこそ低い。自由を甘受した期間が長いからだ。老いゆえの弱音も駄々の激しさに結びつく。
10年も我慢したごちそうを、犬飼のような、突然人生に飛び出してきただけの者に阻まれるのは我慢ならないから。
イオイソゴは無言で両目を鋭くする。
(乱射はできん。犬飼相手に打ち尽くせば円山を狙えなくなるし……後の根来に殺される率も高まる)
一瞬の思考のあと駆け出す老嬢。 (あの風船は複数層構造! 1発2発程度の着弾では逆に円山をば加速させてしまう)
(大量に当てれば或いはじゃが、乱射はできん)
(となると……バブルケイジを完全破裂させるには、そう、畳につかうような、長い針のようなもので全層貫通するか、または……)
後に『コードネーム:タングステン0307』と呼ばれる犬飼円山の激越なる退き口の半分は、瞬く間に、過ぎる。
……。
…………。
. ………………。
”それ”はモチベーションではない。
祖父の、話である。
確かに戦士長だった犬飼老人は10年前、敗走中のレティクル追撃のさなか『とある幹部』から負わされた傷のせいで非
業の死を遂げているが、しかし原動力ではない。
犬飼倫太郎がバックリと無惨に裂けた頸から鉄くさい猩々緋の襟巻きをたなびかせながらイオイソゴ=キシャクに仕掛け
てきたこれまでの、度を越えた追撃妨害の原動力では、ない。
祖父を殺した組織との戦い。
真当な娯楽作品であれば無理やりにでも因縁とする関係性であり、或いは戦団上層部が犬飼倫太郎を先遣隊の1人に
抜擢したのも復讐心ゆえの爆発力を期待してのコトかも知れぬが、だが彼本人に敵討ちのつもりは全く無い。
(じいちゃんは今でも大好きだけど、死因的にこの木星の幹部が無関係なのは明らか。燃える方がおかしいのさ)
そも中堅以上の戦士のほとんどは混同しているが、犬飼戦士長の退役は、レティクルによって落命した1995年の8月2
0日ではなくその前年たる1994年12年31日。ほぼ定年退職といってよかった。にも関わらずそのあとも戦士を続けて
いたよう眼力鋭き防人衛でさえ錯覚しているのは、犬飼老人が指導員として週4日ほどのペースで戦団に顔を出し、誰か
しらの戦士を教育していたせいだ。
一戦を退いた主たる原因は健康。ガンなどはなかったが、戦団の進取的な医療技術では除去不能である老衰に近似値を
示す『加齢ゆえの慢性疾患』を4つも抱えており、うち1つが法律上難病と喧伝しうるものと判明した瞬間坂口照星は半ば強
引に犬飼戦士長の除隊を推し進めた。
古傷も、多かった。『バーバリアン・ハウンド』なる錬金術の産物を嗅ぎ当てる武装錬金を有する犬飼戦士長は、その探知
能力を脅威とみなした敵に攻撃されるコトがまま多く、その細かな傷の重積はまるで老化を待っていたがごとく一気に開花し
全身のあらゆる箇所を蝕んだ。脊椎損傷のような現代医学でお手上げな傷に限っては、さしもの戦団有数の医療技術を
以ってしても完治状態を保持できるのは過酷な前線で戦い続けるのなら7〜8年、引退し静かに暮らしても2〜30年が限度
──直しきれなかった僅かな瑕疵が、日常的な磨耗によって年々無視できない大きな亀裂へと変じてゆく人間的摂理は避
けられない──であり、老年期に達すると一気に”ゆり返す”のだ。
不遇の多い犬飼倫太郎の生涯に一筋の光を与えたのは皮肉にも、祖父の持病と古傷であった。もしレティクルの蜂起が
1994年の大晦日以前であったなら、周囲を恨みつつも怪物化による復讐だけは良しとしない辛うじて正義側な精神は、
恐らく培われなかったであろう。
一線を退いた祖父は8ヵ月後の死出の夏まで時間のある時は必ず孫と過ごしていた。キラーレイビーズに合わせた追跡
術の伝授はもとより、大きな街へのショッピングや遊園地訪問、虫取りや雑談、ファミリーレストランでの昼食などといった、
普通の家族が普通にやるような他愛のない交流を限りなく重ねた。
大柄でカイゼルひげがトレードマークの、ハンドラーというより海賊の親分めいた偉容の犬飼戦士長は戦団にあっては
厳粛極まる上官として敬われており、犬飼自身、正月ぐらいにしか逢わなかった幼い頃は内心恐々とはしてはいたが、いざ
かれが退職すると評価は一変。自分に対しては妙に優しいというか『ゆるっゆる』な、そこらにいそうなおじいちゃんの顔を
よくする祖父に段々と、家族の誰より懐くようになっていた。 ハンドラーの家系にあって本物の犬が苦手という致命的な欠陥な抱えていた犬飼は、祖父以外の親族からは落ちこぼれ
と常に指をさされ笑われていた。
祖父だけは、しなかった。犬を好きになれとすら言わなかった。いつも連れている、犬というより馬ほどの大きさした黒い
生物を、孫と逢うときだけは他に預けていた。
犬嫌いの克服のきっかけを作った訳ではない。
戦士としての心構えを訓戒たれた訳でもない。
犬飼戦士長はただ1人の祖父として、それが持ちえて当然の愛情を、何気ない交流の端々で孫へ示していたに過ぎない。
平凡な形容になるが、人が、怪物にならず済むために必要な、ぬくもりというべきものを、無条件で、与えたのだ。 祖父がレティクルとの戦いで戦没して棺の中の人物となった時、犬飼は唯一の暖かな家族を喪ってしまった痛嘆の赴くま
ま、取りすがって一生分の涙を流しはしたが、不思議と恨みは込み上げなかった。
『大きな決戦がある。1人の戦力でも必要だ』。祖父が出撃前そう親族の誰かに話しているのを幼い犬飼は偶然聞いていた。
誇りに思いつつも、退役せざるを得なかったほどボロボロな体と突き合わせ、どこかで覚悟はしていた。
「ボク、戦士になるよ」
最後の交流は自宅でだった。雑談の割合が多かったが、思い出ばなしは極力避けていた。してしまうと、本当に祖父が
死んでしまいそうで怖かったから、気弱な犬飼は──『今までありがとう』が言いたくて言いたくて仕方なかったのに──
避けていた。
「ボク、戦士になるよ」
と何かの拍子で兼ねてよりの、しかし口に出せば不相応だとどこからか半畳を入れられそうな夢をポロリと漏らしてしまっ
たのは、有体にいえば『未来』を祖父に見せたかったからだ。未来を示唆しさえすれば、祖父は漫画か何かの主人公のよう
うに、窮地の中で未知なる力に目覚めて虎口を脱し、めでたしめでたしの有り様で自分の下へ帰ってくるのだと、論拠もなく
縋るように少年は思い込み……たかった。
「そうか」
祖父は可も非も述べなかったが……皺くちゃの眦が更に皺まみれになるほど目を細めた。
. 祖父を殺した幹部については、10年前の決戦の終盤、音楽隊リーダーらしき金髪の剣士によって絶息させられたとする
見方が一般的だ。だがもし仮に生存していたとしても犬飼はさほど殺したいとは思わない。
(ボクは……ボクらしくない考えだけれど、最後の対面の時、言いたいコトはなるべく言ったつもりだからね。何気ないコトに
なるべくお礼を言うようにもしてた。今までの気持ちを込めて……お礼を、ね)
幼いなりに覚悟はしていた。
戦士の家系に育ったから、死は市井の人間より身近で生臭い。ハンドラーの一族に生まれたから、いつか仲良くなりたい
と思っていた大きな生命が時に驚くほど呆気なく消散するのを知っている。
起こりうるコト、だった。 両親や親戚の口からたびたび聞いている勇猛な名前が訃報の主語になるなどザラだった。物心ついた時からしょっちゅう
傷を負い、危篤ゆえに『今度こそは難しいかも』と聞かされ蒼褪めたコトさえ──現役の頃はさほど交流はなかったが、実の
祖父なのだ、少年が逝去を恐れてどこが不思議であるだろう──二度や三度ではなかった。
10年前の決戦直前の戦団は、ぴりぴり、していた。入隊さえまだの10歳な犬飼さえも遠くから感ぜられるほどぴりぴりと。
『今度のは、ありえないほど大きくて厳しい戦い』と訳も無く腹が下るほどの雰囲気が漂う中、祖父が、ただでさえ老いと衰微
でなめし皮のような面の皮に重油を塗ったような”ただならぬ”顔色で孫(じぶん)を訪ねてくれば──…
最悪など想定して当然ではないか。
だから犬飼は幼いなりに永訣を、悔いなきものにできるよう、務めた。せせら笑われてきた落ちこぼれだからこそできうる
対処だった。齢10にして彼は、感情任せにやろうが、打算を組み立てようが、失敗し、後悔を重ねるコトがあまりに多い世界
の辛酸を嘗め尽くしていたから、祖父との最後になるであろう対面においては、いやだ行かないでと爆発させてしかたない
引き攣れた情感も、見栄やおべっかのような格好のつけたさも、やれば絶対後悔すると幼心に分かっていた。だから全部を
湿って絞られる喉奥に叩き込み、いつも通り振る舞った。
ただ1人、自分を人間として愛してくれた祖父が、愛してよかったとずっと安心できるよう、静かに、誠実に。
だから点鬼簿に蓋棺事定を刻まれてしまった冷たい祖父を見ても、悲しみ以外の負の感情は湧き起こらなかった。津村
斗貴子のようなほぼほぼ殺戮者といっていいホムンクルス全体への復讐心を得られなかった代わりに、周囲からの嘲笑へ
の感想を間違った形で爆発させかねぬ不安定さも持ちえず済んだ。犬笛の所持者以外総て噛み殺す狂犬病状態がデフォ
ルトと言いつつ、制御解除自体は、犬飼自身の完全なる任意で行えるキラーレイビーズなど正に証拠ではないか。奇兵奇兵
と言われながらも彼は、おのが武装錬金の狂的なる状態を、完璧といっていい統御の支配下に実は置けているのだ。 犬飼老人の死因は若い戦士を兇刃の軌道から突き転ばした直後襲い掛かってきた追撃だった。
肝臓破裂のショックと出血が引き金らしい。
庇われた若い戦士も4年後、発狂した信奉者の機関銃から幼い男児を守り抜いて世を謝(さ)った。
人を守り、死ぬ。
犬飼の密かな理想の1つではあった。されど無常にも彼はそれを成しうる実力が、なかった。人間のやっかいな屈折が
生じるのは、私利私欲を強く糾弾された時よりもむしろ、憧憬してやまぬ『暖かな正しさ』の体現者に自分がなれぬと思い
込んでしまった時である。
人を守る力が欲しい。最初は純粋だった気持ちが、心ない仲間からの罵倒や、うまくいかない焦りのせいで、功名心め
いた挑戦の意欲になるまでさほど時間はかからなかった。おぞましい、強い敵と戦いさえすれば、自分も強くなり、周囲から
認められるのだと、半ば鼓舞するような感情で彼はずっと、掛け違ってしまった思いを……続けていた。
奥多摩で敗北する、までは。
コ レ ホムンクルス
──『武装錬金は人に害を成す化物を斃すための力で』
──『人を殺すための力じゃない』
──『人を守るための、力だろ?』
(だからボクはアイツに腹が立つ。ヴィクターVに、腹が立つ) きゅっと歯噛みする犬飼の眼前ではちょうど、レイビーズBの爪が木星の幹部の肩口をバシャリとドス黒くしぶかせていた。
ひひっという笑いが響き、漆黒の、水銀のようにプニプニした大小さまざまな無数の真球が、残影を描いて航空する少女の
毛筆の跡のような長い体にスゥっと吸い込まれ癒合する。ゲル状スライム状の磁性流体化の体に爪撃など効かぬ……分かっ
ていた筈の、しかし様々な理不尽な出来事のせいですっかり忘れていたコトを改めて突きつけられるのはまったく業腹だと
犬飼は、思う。
(ヴィクターVの件なんか正に……!)
武装錬金が人を守るための力であるなど、犬飼はとっくに知っていたのだ。人生の躯幹だった。羅針盤、だった。祖父や、
彼が命がけで救った若い戦士から、無言のうちに学んでいた。学んでいたからこそ、他者を救うために命を使いたいと心中
私(ひそ)かに望んでいたからこそ、犬飼は苦しんでいたのだ。
蔑んでくる周囲をそれ以上の武装錬金で、力で、捻じ伏せるという、一番分かりやすくて、楽な手段にだけはどうしても出
れなくて、だからずっと、伸びない実力という現実との板ばさみで…………苦しみ続けていたのだ。
確かにやらかしてしまえば制裁は受ける。だが……溜飲じたいは、下げられる。イジメっ子に石で逆襲して何が悪いと、そ
ういう論理だ。裁判では通じないが、人を小ばかにするコトでしか何事かを発散できぬような親族など、落ちこぼれに復讐さ
れても仕方ないではないか。
火渡ならやる。
戦部でも、やる。
強者なら選択する。自力救済に対する社会的な制裁さえ堂々と捻じ伏せただ一言。『俺を、舐めるな』。
されど嗚呼。犬飼はできない。想いがブレーキをかけたのだ。
『腹の立つ親族もまた家族なんだ、じいちゃんの、家族なんだ』。
……殴れない。
なのに割り切れぬ幼稚な精神性の持ち主はよく妄想をする。犬飼も、する。
親族らが強大な化物に襲われ絶体絶命という時、居合わせた犬飼にその怪物が『憎いだろ? それで復讐しな』と核鉄
を投げてよこしてくる想像の中の犬飼はいつだって、親族ではなく怪物の方へ武装錬金を差し向ける。親族が好きという訳
ではない。死ねばいいとは思う。だが見殺しは違う。直接殺めるのは、更に。逆に守ってやるコトが最大の復讐なのだ。お
前らは落ちこぼれのお蔭で助かったんだ、ざまあみろと、今際の際の網膜に、安全圏へと逃げていく親族どもを焼き付けて
やって、ようやく溜飲は真の意味で下がるのだ。高邁をぬくぬくと貪る奴らだからこそ不可能な、『じいちゃん』の誇り高き
生き様を、犬飼だけは何の立場も有さぬからこそ……できるのだ。したい、のだ。
ひねくれた自己犠牲の、精神。
見失っていても、見失ってはいない正しい心。
なのにヴィクターVは。
犬飼にとっては、やがては人を、祖父が守り続けてきた世界を、ただ害していくだけの『怪物』に過ぎなかった少年は。
犬飼という、人を救う夢のため、苦境のなか辛うじて人道を守っている青年を。
ただ功名心に駆られた理念なき有象無象の戦士として扱い……高所から説教を、した。
──『人を守るための、力だろ?』
(わかってんだよとっくにそれ位…………!)
心に秘めた、したくてもできない正心(ゆめ)にまるで気付かず落ちこぼれ扱いしたのだヴィクターVは。親族と、同じように。
もちろん犬飼の正心(ゆめ)など、再殺当時の立ち居振る舞いからは到底察しようも無い、埋もれた、分かり辛いものでしか
なく、故に彼がヴィクターVを無理解と詰るのは難癖でしかない。 ただ、戦士が怪物に説教されるのは立腹だし、何より前段の犬飼の機微からすると『ヴィクターVは人を見殺しにしたら
自分も怪物確定で死ぬしかないから、だから説教して助けた、自分が助かるため綺麗事を弄した』という想いはずっとわだ
かまっていた──そもそも犬飼だって、『ヴィクターV』の真情の総て知っている訳ではないのだ。向こうが自分を理解して
いないように、自分も向こうを正しく知悉してはいない……という所にまでは卑屈な考えは及べない──から、
(ボクは、アイツを……憎む)
オマエ
頚動脈を切った理由のうち、『小さな方』の1つである。怪物が無理やりポケットにねじ込んできた命だから捨ててやるとい
う当てつけの気持ちは他に別個として佇んでいた『首を切る、最大の理由』を電撃的に後押しした。
しかし、状況は、悪い。
(に、200メートルはあった距離が……!!)
軽く振り返った円山円は、仮面様に顔面覆う風船の薄膜越しに見える黒ブレザーの少女の、突如として近(おお)きくなっ
ている輪郭に背筋を粟立たせた。
50メートルを、切っている。
(あ、あれだけ犬飼ちゃんが苦労して稼がせてくれた距離が……!)
75%減!
頚動脈切断に端を発する数々の策謀の重合で捻出したロケットスタートによる彼我の距離200メートルの実に75%が!
(15秒で! 削られた……!!)
悪夢のような出来事はまず照星の生首の全力投擲から始まった。先ほど根来の奪還を危ぶむあまり携行していると指摘
された筈の彼女の思わぬ行為に犬飼が刹那のあいだとはいえ攻めあぐねた瞬間、無数の弾丸が生首めがけ嵐のように
放たれた。
(まさか!)
思うころにはもう遅い。円山めがけ170メートルほどスッ飛んだ照星の生首は弾幕の先陣を切る耆著に辺り蕩けた瞬間、
後続する黎(くろ)い水平霖雨を天の河でも飲み干すように受け入れながら、右側頭部をぼこっと波打たせた。ガスの浮いた
干潟のように薄かった泡は瞬く間に角立ち、角は飴細工の倍速再生のように捩れ、分岐し、枝を不可視の力でねじって伸ば
したように整えながら少女の形へと再生した。すなわち、イオイソゴ=キシャクそのものへと。
同時に耆著を放った方の肉体はいつの間にか白い裸形もむき出しになっており、それは次の瞬間、胸から下を溶かして
散らす。木に降りかかったそのしぶきが如雨露で軽くかけた程度の物に留まったのは恐らく、先ほどの無数の弾丸の中に
肉片の殆どがまじっていたせいだろう。
「ひひ。外道風に言おう。一分の魂で動きしイソイオゴ=キシャク、ここに殉教(まるちり)を遂げまする。──」
指を立て得意気に消滅するイオイソゴの傍を通り抜け、
(……知っていたのに、阻止、できなかった…………!)
犬飼が歯噛みするのもむべなるかな。銀成で既に割れた筈のネタにまんまとしてやられたのだ。イオイソゴ版の任意車は
ムーンフェイスとはまた違った分裂の厄介さを孕んでいる。魂を込めた耆著を種の如く他者の肉体に植え付けそこから再生
できるのだ。この手段で銀成におけるイオイソゴが、斗貴子たちを足止めする直前、金星の幹部グレイズィングの肉体に隠
れ潜んでいたればこそ、足止めのイオイソゴが根来の奇襲に端を発するブレイズオブグローリーの直撃を受けたにも関わら
ず、絶息をまぬかれ、再生できた。
ああ、だがまさかその『他者の肉』にまさか照星の生首を使おうとは! 先ほど指摘されたように手放せば根来に取られる
やも知れぬのにまったく大胆不敵、イオイソゴは初手から危険を犯した!
(ひひっ。どうせ乱戦になれば試せぬ仕儀よ。根来に回収されるのは確かにまずくはあるが、わしの”ぺぇす”で呼び出せる
場合に限りそうではない) 肉片ごと融かし授受したらしい。再生したスカートのポケットに手を入れ絶大な期待を滲ませるイオイソゴ。何を隠し持っ
ているかは不明だが、根来が照星に釣られた場合、それで斬るつもりだったのは明らかだ。妙手という他ない。そも一撃で
斃せるはずの犬飼を放置して円山を追うと決めたのは、根来の存在があるからだ。犬飼を、”かまける”と根来に奇襲され
る隙が生まれるから放置しているという構図は、言い換えれば根来さえ初手で排除してしまえば犬飼→円山の順番で悠然
と各個撃破できるというコトに他ならない。
(……ひっひっひ。どうやら根来めの判断力は健在であるらしい。そうだわな、場が煮え滾ってもない時に奇襲をかけても
意味は無い。照星の生首を手にできても、直後すぐさま斬り伏せられたら無意味……じゃからのう)
まったく巧者という他ない。根来が出ればよし、出なくても円山との距離は縮められる任意車の授受であった。
果たして再生の硬直分だけ伝令に前進され距離を開けられたイオイソゴだが、それでも!
差し引き! 結果! たった! 15秒で! 200メートルあった円山との距離を50メートルにまで、短縮!!
犬飼に構わず追跡に専念という基本方針が見事図に当たった形である。
(ひひっ。斯様な距離であれば根来対策の鳴子はとうに円山をも圏内に捉えておる。忍法人くい花に転化し奴ばらを呑む
のも可能じゃが……その隙に、鳴子を解いた瞬間に奇襲されてもつまらん)
イオイソゴはあくまで根来を『引きずり出す』つもりだ。犬飼と円山を悠然と絶体絶命に追い込んで、それを助けに『出ざる
を得ない』状況を作る算段……。
スカートの中にある謎めいた、形見と称す、『短刀ほどの長さの、柄ある武器』を小さな指で撫でる。
(爺御の怨念を武装錬金特性で……昇華すれば、しーくれっととれいる何するものぞ……!)
. 追われる円山は絶望しかない。
彼には僚機がいた。キラーレイビーズA。先のロケットスタートのどさくさに紛れ下半身をパージしたAは、その縮小ゆえ
万一円山がバブルケイジのスーツを喪った場合、騎(の)って逃げられなくなってしまったが、見返りとして中空を飛び回る
──奥多摩における戦いで見せていたあの状態だ──コトが可能となった。
その機動性であれば、乱射の大半は、弾ける。しかも残るBからDは犬飼ともどもイオイソゴの傍……。円山への射線を
抜本的に大きく逸らせる。つまりAの役割は運悪(よ)く届く残弾掃討であるから、1体でも申し分は、ない。
(そう思っていたのに、乱射ならばいなしつつ合流地点へ行けると思っていたのに……!)
15秒で、余剰距離の75%が減殺された事実は震撼するに充分だ。
犬飼の戦慄は円山以上。
(何とか引き離さないと!)
かれの乗るキラーレイビーズBをCが咥え……轟然と投げ放った。森の未舗装な地面を駆ける限り中空飛び回るイオイソ
ゴを決して抜けないのがレイビーズだ。(だから追いつかれ、この戦端が開いた)。
だから軍用犬で軍用犬を投げる。もちろん捕捉前多用できなかったのを見ても分かるように、乗組員への重力の負担とか
多用したいならピッチャーをどう追いつかせるんだとか、諸々の問題と無理を抱えた手法だが、ああしかしイオイソゴと円山
の距離は50メートルを切っている! やらざるを、得なかった! (ひひっ)
万朶の枝の中、磁力加速で青々とした葉を何枚も回し落としながら円山めがけ滑翔していたイオイソゴが不意に全身ごと
振り返った。すぐ後ろを追撃していた犬飼が(攻撃される……?!)と戦略的な期待を交えつつも本能的恐怖で臓腑を痢の
感触にくつろげた瞬間にはもうイオイソゴ、傾いだ独楽の如く全身を倒しつつ旋転を始めている。前方への全力シュートか
ら後方へのオーバーヘッドなるコンボなどサッカーにはまずないが、そういう、体勢だった。
パっと見は黒タイツな鎖帷子に覆われた榾(ほた)の如きなよなか左足を右に向かって鋭く切り上げ→同方向に胴体もん
どりうって遊泳→余勢の赴くままポニーテール側からリクライニング→体重の旋転を乗せた左足の蹴りを──…
といった滑らかで流麗な動作はおよそ一瞬の間に完了したため犬飼が実際目撃できたのは、結局。
マサカリの如く肥大化したドス黒い左足が滑腔したての砲弾のような唸りを帯びて迫っている、風景。
すぐ、理解した。即死だと。居合いの前の藁束だと。浴びれば最後、胴体が両腕ごと、豆腐でも切り分けられるように真
一文字に断ち割られると理解した犬飼は乗機たるキラーレイビーズBに回避を命令。果たしてそれは叶ったが彼の消えた
地点の背景を占める木々に一条の眩い銀閃がきらめいた瞬間イオイソゴはニンマリと会心の笑みを浮かべる。
「王手、飛車取り。──」
ぞっとするほどの艶笑だった。外観の、7〜8歳のあどけなさに、臘(ろう)長けた人ならざる魔性の笑みを彫り込む少女。
そも七罪と幻三罪を標榜するレティクルエレメンツにあって大食を司るイオイソゴであるがその食人衝動はホムンクルス由来
のものではない。人だった頃から既に人肉を貪ってやまなかったいわば人鬼なのだ。で、あるから、そのおぞましさは、忍び
としての絶大な自信と相まって微笑に凄絶な構造色を与えている。