犬飼は訳もわからぬといった様子で僚友を見ていたが、ほぼ死微笑の面頬の下に真紅の瀦(みずたまり)が絶望的な
速度で広がっていくのを認めた瞬間、森全体へ木霊する同口同音の電撃的な迸りは彼を円山に駆け寄らせる原動力と
相成った。

「メ! メルスティーンお前!! いったい何を……!!!」

 座り込んで円山を抱え、彼の核鉄を傷に当てる犬飼の咆哮に答えたのは戦部であった。

「今しがた奴が言った通りだろうさ。『特性合一』。バブルケイジに身長を吹き飛ばされた瞬間、その特性そのものと化した
のさコイツは」
「特性そのもの!? どういうコトだよそれ!!?」
「ふ。究極の破壊、それは合一。ぼくは10年前の敗北で悟った。『並みの抵抗では壊される』。ならどうすればいいか? 
簡単さ。ぼくはぼくを壊す特性そのものになってしまえばいいと。陽明学の死地の脱し方さ。万物の観念が幻想と考え、
天地と人間に差がないと認識し、己が全身を総ての循環が抵抗なく通過していくと考えれば、たとえ形而上においてぼく
の五体が千切り裂かれたとしても……破壊者の五爪にこびりつく破片のぼくからぼくは再生できるのさ」
「なっ…………」
 犬飼という卑屈げな青年の顔が歪んだのも無理はない。常人には計り知れぬ観念だ。
「まあ深く考えるな。要するにこいつは……2m足らずのこいつは、4m分の身長を確かに吹き飛ばされたにも関わらず、
再生し、反撃したということだ」
「そ、それぐらいお前の激戦にだって」
「どうだろうな。俺はバブルケイジで消滅したコトがないから分からん。ダメージであれば高速自動修復する激戦だが、身長
の吹き飛ばしは果たしてダメージと認識されるか、どうか」
 つまりワダチの修復能力は激戦以上……? 唖然とする犬飼に荒武者めいた記録保持者は太く笑う。
「メルスティーンの面白いところは再生ではなく反撃にある。合一を解除する際コイツは、自分が受けたダメージを斬撃に換
算して……返した。だから円山が倒れたのさ」
「っ! それじゃまるで例の鳩尾の敵対特性──…」
「あれより始末が悪いさ」。陣羽織姿の大男は肩を揺すった。「敵の武装錬金特性を反転させ相手にぶつける鳩尾でも、
その最中負わされたダメージぐらい素直に受け入れる。だが……メルスティーンは」
「総てそのままそっくり相手へと……返す。ついでにいうと鳩尾の敵対特性は相手の武装錬金によって威力が上下し、もの
によってはまったく無害の場合もあるが…………ぼくの特性合一は刀にて確実にダメージを返す。蓄積で、壊す」
(ふ、ふざけるな!)
 犬飼は歯噛みした。
(だ、だったらどう斃せっていうんだよ! 戦団最強を誇る火渡戦士長の五千百度の炎に合一したら……どうなる!? 斬撃
は火炎同化さえお構いなしに切り裂いてダメージを通すのか!? もしそうなってしまったら……

いったい誰がこいつを倒せるっていうんだよ……!?)

 戦部の眼光は寧ろ彩度を増す。

      解除                                       バブルケイジ
「円山が最善手を打ったにも関わらず斬撃が返ってきたのは、メルスティーンが武装錬金それ自体ではなく既に発動した
『特性』そのものと一体化していたせいだろう。いわば究極の後攻。身長を吹き飛ばされるという、確定済みの事象と合一
しそれを斬撃に転嫁した以上」
「武装解除しても手遅れだったという訳だ。鳩尾の敵対特性を浴びた武装錬金は、伝え聞く銀成の限りでは創造主(津村
斗貴子)の気絶に伴う武装解除と同時に鎮静したというが、ふ、ぼくの特性合一に斯様な宋襄の仁はないと思って頂こう。
当方を攻撃したという事実が存在する限りは……相手が矛を収めようが、死のうが、合一の斬撃は必ず返る。相手の破
壊を糧に……循環的斬撃で以って壊し返す!」
『昔』一戦交えたカウンター使いから学んだ知恵さ……悪びれもせず盟主は嗤う。