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八田氏は「プロレスが栄えれば「アマレスも栄える」という考えだったからな。 女子レスリングが注目されるようになったのは
浜口京子の隣りでアニマル浜口がギャーギャー騒いでいたのも大きい >>388
「プロレス」と「レスリング」の距離が今ほど開いてなかった時代だったからなあ
今のプロレスはそもそもレスリングなのか?という疑問すらわいてくる >>345
性急だったのかも。
一足飛びに馬場と闘う、インターに挑戦じゃなくて
とりあえずUNの挑戦者として坂口や大木らと闘う、ということにすれば
世論(?)も日本人対決やむなし、頂上決戦せよ、となったかも、ね。 大相撲ニューヨーク公演のときに
「アメリカ人の観客から相撲とプロレスはどこが違うのかと聞かれた」と
NHKの中で解説の親方が言っていた。 >>385
本当の愛妻家は、インタビューなんかでことさら言わないもんだけどな。
ボクシングの井上尚弥がリング上で家族、家族と言うけれど、
誕生日もクリスマスも、何も買ったり祝ったりしてもらってないって
テレビのバラエティーで、ーあの親父は我が家はイベント重視じゃないとか答えて言って
、俺メチャクチャ損してるやないですか!と言ってたからな。 >>392
86年11月に馬場、鶴田、天龍、輪島がノースカロライナ州シャーロットに遠征した時の放送で、
解説の佐藤昭雄が「アメリカ人にとって相撲は神秘なスポーツらしいんですよ。ファンから
『スモウっていうのは一体どういうものなんだ?』と聞かれたけど、プロレスと勘違いしている
ファンもかなり多いですね。」と言っていた。
輪島はアメリカ修行中に一緒にトレーニングしていた若手が相撲に興味津々で、四股の踏み方を
教えてやったらスクワットじゃなくて皆、四股を踏んでいたとか。トレーニングそっちのけで、
皆で相撲を取って、勝った奴にハンバーグを奢るとかしていたらしいw アメリカでステイさせてもらった家のご主人に
「相撲っていうのは結局コミックショーなんだろ?」
と言われたなあ
英語が下手だったからうまく説明できなかったけど
そのご主人は若い頃にアマレスをやっていた方で、手持ちの
ビデオカメラでパンクラスの試合を再生したら(そんなものを
アメリカまで持っていくな自分w)喜んでくれたけど アメリカ人にとって日本相撲協会は世界最古のプロレス団体らしい。 自分が生まれる前からずっとそれでやってるのでオカシイと思わないが、
外から指摘されると妙で理屈にあわない、しょうがないよな。
売春は違法なのにソープランド
賭博は禁止なのにパチンコ
とか。
相撲がコミックショーというのはその類いなんだろう。 競馬も合法賭博だし。
日本人の体格でヘビー級で迫力出そう
とするには相撲と言ったら北の湖体型が眼に浮かぶ。
でマワシで尻を出している。 相撲自体を見たことがないから、あんな太った身体で格闘技と
いえる動きが出来るわけがない、というイメージがあるらしい
我々はデブが一瞬のぶちかましで組むかぶつかるかして、ほんの
数秒で転がすか押し出すかすれば結着するものだと知ってるけれど
外国人はどんなルールで、どんな決着で勝ち負けをつけるものか、
という基本的な事すら知らないんだよね
だから、レスリングみたいに何分間もポイントを取り合ってせめぎあうとか
ボクシングみたいに動き続けてダメージを与え続けるみたいなイメージで
見たら、選手がこんな身体でいられるわけがないだろうと思うみたいだね
けっきょく、相撲の初っ切りとか、プロレスのお笑い試合みたいに
「笑える容姿のコメディアンが、打合わせ通り攻撃するふりをしたり
追っかけ合ったりする伝統芸能コント」みたいに思っていたみたいだ
野球を知らないヨーロッパ人はアメリカで野球選手を見て
「あんなに腹が出ていてアスリートなのか?」
と驚くらしいけど、スポーツとしてのルールを知らないとあの身体や
衣装道具立てだけ見たら、「スモウ・レスリング」というやつは絶対に
スポーツになんかなりえないと思われちゃうみたいだ
日本人が期待するほど、相撲の実態は知られているわけじゃないから それを言ったらレスリングだって最重量級は相撲取りみたいな体型の
トップ選手がいくらもいるんだけど、相撲取りは全員あの体型だからね
猪木と戦ったアクラム・ペールワンを初めて見た時、日本のファンは
「こんなに腹が出ている人間が英雄って、パキスタンのプロレスって
どんな試合をやっているんだろう」と不思議に思っただろうけど、
外国人も相撲取りの体型と衣装を見て「コミックショーとしか思えない」
と思うのも仕方ないのかも
逆に一度あのぶつかり合いを見てしまうと、一気にファンになる外国人が
多いのも事実なわけで
フランスの右翼・サルコジが「とてつもなく太った男の取っ組み合いの
どこに魅力があるのか。知的なスポーツとはとても言えない」と相撲を
酷評した時に、同じフランスのジャン・コクトーが相撲を「バランスの奇跡」
相撲取りを「薔薇色のヘラクレス」と絶賛した言葉が引き合いに出されたなあ >>367
実際にはそのあたりの数歳の年齢云々は別に大して関係なくて
それよりも根本的にプロ野球の世界に一旦籍を置いて
挫折した選手やドロップアウトした選手を馬場が受け入れるとは思えないな
仮に宮城がレスラーになって結果的にモノになってもならなくても
馬場にとっては昔のトラウマを刺激する存在でしかないだろう
ましてリアルスポーツの世界から心ならずも転向して
そこから苦労して長嶋や王に負けないほどの大成功を収めたのが
馬場の大いなるプライドでもあったわけで
あの時代のまだ真剣勝負のスポーツを標榜していたプロレスの内幕を
一介の「プロ野球の落ちこぼれ」に明かす気にはなれないだろ そもそも宮城本人がプロレスに行きたいとは思ってなかったろう。
在日二世三世でもないのにわざわざ韓国名を名乗って韓国プロ野球で
野球を続ける道を選んだりしたくらいだし。 >>403
レフリー昏倒が試合展開に何一つ影響を与えないというのが斬新w >>402
>そこから苦労して長嶋や王に負けないほどの大成功を収めたのが
>馬場の大いなるプライドでもあったわけで
確かにプロ野球からドロップアウトしてあれだけ成功したのって、
馬場以外ではジャンボ尾崎しかいないもんなあ
芸能人だと坂東英二とかもそうかもしれんが、坂東は野球でも
そこそこ実績残したから挫折とはいえんか。 >>402
宮城自体が当時否定した記事は読んだ。
「本人が全くその気がないのに、どうしてそんな話が出るのか。」
という内容だった。
200%ないとか言ってあるのがプロレス界だからわからんが。 >>406
> 芸能人だと
長嶋一茂がいるじゃないか。 八名信夫が東映フライヤーズの野球選手からの挫折だが
俳優でトップをとったわけじゃないしちょっと微妙か 一茂は無一文になって食べるために芸能界入りしたという悲壮感が全く無いからな
お坊ちゃまの道楽にしか見られていなかったもん >>408
さすがに一茂を馬場や尾崎はもちろん、坂東ともいっしょにしちゃいかんな
曲がりになりにも自分の実力でポジション築いた人間と親の七光りの
差は歴然としているし >>411
親の七光りだけだったらとっくに消えてるだろ。
芸能界もそこまで甘くない。 一茂は練習の時は松井と並んでポンポンスタンドに放り込むパワーあったと言うし、もし七光り無しでプロ入りしてたらどんな打者に成長してたか、或いはもっと早くクビになってたか、興味はある ノムさん 確執説の一茂について激白
一茂は1987年、ヤクルトにドラフトで1位指名され、入団。野村氏が90年に
監督に就任すると、出場機会が激減。93年、父・長嶋茂雄氏が監督を務めていた
巨人に移籍した。
野村氏は「長い間、監督やったけど、後にも先にもこういうタイプはいない。
いい思い出がないんだ。あんだけ大きな身体して、怖がり。腰を引き引き
バッティングするから、せっかくいいもの持ってるんだけど、花開かない。
練習ではすごいんだよ。いいもの持ってる。試合では……。ドラフト1位だよ。
なんとかしたいと思うよ」と振り返った。
一茂は「(打撃フォームの)軸の問題では」というが、野村氏には「腰を引き」
ボールを怖がっているように見えたという。指導法に悩み、日米野球の時、
メジャー側の監督に「非常にボールを怖がる選手がいるんだけど、どういう風に
指導したらいいか?」と質問しに行ったという。
しかし米監督は「バイバイ」と一言。「教えようがない」と言われたという。
「選手育成ってのが監督の大きな仕事なんだけど、もう、どうしようもないから。
球団の社長と相談して、『オヤジの元へやるのが一番じゃないですか』」と
野村氏から提案。「無償で巨人へトレード」させたことを明かした。 素人目に見ても、いつも打席の外側に立って腰が引けてるようには見えた >>414
野村もカツノリのこと考えたら一茂のことどうこういう資格はないわな
それはそれで、親父は一茂について
「本当はプロゴルファーにしたかった」
「中学時代一度野球をやめたブランクが後で響いた」
「高校はレベルの高い桐蔭に行ったほうがよかったかも」
等々言ってたな。
息子が選手として成功するとは思ってなかったようだし、
巨人で引き取ったのは自ら引導渡すためだったんだろう。
百田三世や藤波二世はどうなることやら。 マー君 神の子 不思議な子
カツノリ 俺の子 普通の子 野球選手としては、坂東>>>一茂>>>>尾崎>>>>>馬場 藤波二世は何であんなにちんちくりんなのかな
美男美女の子なのに 一茂はもしかしたら最初から空手やってたら大成功した可能性も 一茂は間違いなく七光りでしょう。
江角マキコに、ドラ息子と
落書きされたり最悪ですがね。
特に年齢いって親とそっくりのナルシストに
どんどんなってますね。 野球好きなんだね。
ゴールデンの時は野球が邪魔で放送が無くなったり、22時30分の時や深夜の時は延長で録画しくじるし邪魔でしかなかった。
土曜日の夕方17時30分が全日中継では一番良かったかな。
後年、野球がテレビからほぼ消えたと思ったらプロレス中継はとっくの昔に終わっていたけどさ。 >>422
土曜17:30〜18:30のころは裏のサンライズロボアニメ&戦隊と被って
小学生だった自分はどっち見ようか大いに悩んだ。 >>425
土曜日夕方の全日中継は昭和55年スタートらしいから、それ以前はライディーン、コンバトラーVとかゴレンジャーを見ていたと思う。
プロレスのほうが子供心に嵌まったよ。鶴田、マスカラス、テリー、リッキー、スレーター、ブッチャー、シーク、ブロディ・・・。
正義対悪、日本人対外人、わかりやすいもんね。 そういや2人がかりで鶴田が1人コーナーに捕まって
助けに入る馬場がレフリーに制止されて
観客のストレス満載な時に、馬場にやっとタッチ成功して
場内大喝采の中16文ってのが多かったな。 >>424
そういうお前は一茂本人だろ?ww
もし、親父が亡くなっても
今通り、一茂がテレビに出ていたら
実力を認めるが、多分、追い出されるよwww 鶴田は全日に入団して駒とかのコーチを受け、中央大学卒業(73年3月)と同時に
ファンクファミリーのいるテキサス州に武者修行に出されているけど、
なんで巡業に帯同させて下積みを経験させなかったのかな?
まあ実戦デビューして僅か2ヶ月でドリーのNWA王座に挑戦できたから
よっぽどのセンスがあったんだろうけど…
でも、もし国内の前座で半年でも先輩のシゴキとかに耐えさせていたら
何年も“善戦マン”と言われるレスラーになっていなかったかも⁇
前座の下積みなく、いきなり海外武者修行に行ったのは
坂口と鶴田だけなのかな? >>432
谷津とかもそうじゃないか?新日の前座とか出たことなかったはず。 プロレスの技術教えるって
元々運動神経が抜けてるアスリートは
見りゃ出来る事レベルのしかないからな
ロープにしろグラウンドにしろ、大道芸だから
えげつないシゴキに耐えて精神力で
這い上がるとかしてれば坂口も鶴田も谷津も
変わったかも知れないけど
辞められたら困るからね
レスリングや柔道関係の心証悪くするし
坂口は欲が無いまま終わったし
鶴田は抜群のセンスに説得力が足りない
谷津はこうすりゃ良いんでしょみたいな驕り
飼い慣らされたサラリーマンで終わった 一茂は銀座でママをやってた奥さんもなかなかのクセ者。 今、世間を騒がしている馳もプエルトリコでデビューしてるよね。
でも、彼はジャパンで少し巡業に付いて回っていたかな。
馬場にも指導を受けて、その流れでプエルトリコに新倉と遠征してデビューした。
谷津は1980年12月にMSGでデビューという、今では考えられないデビュー戦。
因みに、MSGから直ぐの場所で同じ12月にジョン・レノンが射殺されている。 >>432
全米での下積みは必要だったかも。
ヒートのさせ方、ベビーとヒールの違い。
間の取り方の多彩さ。
とか。
馬場は長期に行けたが、鶴田はあまりにも最初から出来すぎたので
短期で日本のメインイベンターになった。 ファンクのテリトリーだけじゃなくて
もっといわゆる武者修行だったらよかったのかもね、カブキのいうように。
ハングリーな環境に置いて鍛えていればな、とはないものねだりかもしれないが。
ドリーにしてもどうしても「馬場から預かったお客さん」だから。 70〜80年代にかけて 馬場の後継者は鶴田、猪木の後継者は藤波とばかり思っていたが
全日は天龍、新日は長州が飛び抜けていったね。
やっぱりプロレス界を引っ掻き回す(変える)のは、
優等生な長男より縛りの少ない次男坊の方が、プロレス界を良く視えていたのかなw >>439
>短期で日本のメインイベンターになった
これはしようがないよね。インタータッグ王座のパートナーは鶴田以外考えられなかったし。
旧日プロ勢の誰かをパートナーにしてたら、人気も盛り上がらない上崩壊の原因に
なりかねない。
>>441
鶴田より天龍のほうが、藤波より長州のほうが年上なんだけど次男w
まあそれもプロレス的でいいかな
昔国際や全日に来たロンドンバス兄弟も弟のほうが年上だったしw >>441
長男がいなけりゃ、歯向かう相手がいないからな。
そういう意味では、天龍と長州は得な立場だわ。 長州は日大講堂でエル・グレコ(オカマじゃない)戦でデビューして
それから海外でない?
デビュー戦でいきなり“サソリ固め”だったね >>438
阿修羅の金銭感覚のずれまくりエピソード
国際に入団して暫くしてからアメリカ遠征にいく事になったのだが所持金たったの3万円
自宅から成田まで贅沢なタクシー移動で料金なんと2万円
自宅に腕時計を忘れたのに気付き成田で6000円の腕時計を買い、残りは4000円
飛行機の出発が大幅に遅れた為に現地の空港に迎えに来るはずのジェイクロバーツは試合のため迎えに行けず代わりにガールフレンド二人が迎えに来た
この時に腹が減った阿修羅はハンバーガー屋に入り自分が食べるだけでなく二人のガールフレンドに気前よくおごるのだが
ハンバーガー代で残りの4000円を全部使い果たし、あっという間に財布の中はスッカラカンになったのでありました
ソースは2000年の紙のプロレスの阿修羅インタビュー >自宅から成田まで贅沢なタクシー移動
これがわからんな。
近鉄時代にもう電車は乗りたくない、ってなってたのかな。 >>445
77年に猪木とシンがフェンスマッチをやった時、白スーツ姿でリング下で試合を見てたな >>442
>鶴田より天龍のほうが、藤波より長州のほうが年上なんだけど次男w
実際の年齢はともかく、デビューしてプロレス活動始めた時期はチョシュ&テンルーより
ドラゴン&ジャンボの方が先だからねぇ、しかも鶴田が馬場と全日のメイン務めてた時に
天龍はショッパイ試合ばっかして日本とアメリカ行ったり来たり
藤波がジュニア王者になってドラゴンブーム起こしてた時に
長州はゴッチ道場逃げ出したり、政治的配慮で北米タッグにムリヤリねじ込まれたりしてた
長男が前線で苦労してるときにモノにならず燻ってる次男という図式は間違ってない >>450
本当だ!知らなかったよ。サンクス。
ペンシルバニア、メリーランド、コネチカットとMSGの前に色んな場所でやっていたんだね。 ペンシルバニアもメリーランドもコネチカットもプロレスファンだからこそ
すらすら出てくる地名 ペンシルベニアやコネチカットは英文学の知識が多少でもあれば出てくるぞ >>432
鶴田は対戦相手やタッグパートナーのネームバリューに頼らずに
試合を盛り上げたり興行を締めるというスキルを身に付ける場面がなかったな
先輩格の大物外人たちが衰えた80年代後半頃からそれがはっきり現れてくる
天龍や四天王とは相手が技を受けてくれる文楽に試合が作れたんだがね ほう、プロレスではなく文楽の試合をしていたのか、、、 >>447
プロレス入りする前もそんな感じでやってきたんだろうか >>458
駅員の給料でそんな散在してたらあっという間に無一文になる
現役時代は合宿やら遠征やらで忙しかったのと人の金で寝食できる
機会が多かったからなんとかなったけど、ラグビー引退したら
たちまち金に窮して会社にいられなくなったんだろう >>442
新日の場合は本当は長州が長男なはずだったんだよな。 元子「馬場さんの長男はジャンボ、次男が天龍、三男が三沢、四男が小橋、五男が秋山」 馬場にも、元子にも好かれなかった川田が愛社精神が1番高かったというのが面白いんだよ。
現実でも、血縁者は寄り付かないけどよく遊びに来る近所の子供とかいるじゃん。
最終的にその子に遺産が渡って揉めたりとかさ。 >>462
全然違うじゃねえか
https://www.tokyo-sports.co.jp/prores/273886/
直接に英才教育を施された最後のレスラーでもある。
長男は故ジャンボ鶴田さん、次男は故三沢光晴さん、三男・川田利明、四男・小橋建太、
そして最後の五男坊が秋山…元子夫人は独特の表現で、秋山への思い入れを語った。 >>456
その大物外人たちと及第点なプロレスができてたのが鶴田のすごいところなんだよ、あのキャリアで。 >>436
妹はそれを嫌って兄の結婚式をtテレ朝の海外取材を理由に欠席したと言われる
>>437
事件直後に鶴田は泣いていた・・・
射殺現場のダコタアパートとMSGはかなり離れている。タイムズスクウェアから
MSGは徒歩でも行けたけど。MSGのガイドツアーに参加したら地下の小ホールも案内
されてゴングではそこでもプロレスやボクシングに試合が行われたと紹介されていた。
>>439>>456
日テレ・原Pも「促成栽培で無くヒールとした客に反応を見ながら会場をヒートアップ
させるテクニックを数年かけてじっくり身につけるべきだった」と残念そう
だった。新人時代の原はテーズに「直接、自分の手元でじっくり育てたかったがヨシワラ
が許してくれなかった・・・肉が固く付きすぎたきらいはあるがいいレスラーになった」
と高評価されていたが国プロは既に無くリップサービスの必要は無いのにハンセンの
首折りの餌食に天龍となっていた頃のインタビューだったからかなり違和感があった
>>442
殴打までされたかはわかないけど「パートナーに大木さんか上田!」と日プロ残党組に
詰め寄られた馬場が「"全日百年の大計"のために絶対に譲れなかった!」と自著に
書いていた。この判断は間違ってなかったし「馬場・大木vs.ファンクス」では・・・ >>466
次男が天龍で…っていう表記も確かにあったぞ。
そのときの人間関係で、そりゃ違うだろ。 >>468
蔵前のメインとしては地味だけど
馬場大木で勝てず、大木上田でも負けて、とでもなって
こうなりゃ若さに賭けようと鶴田を抜擢して奪取、でも時間的には変わりないんだけどね。
結局、一年以上ファンクスに預けていたんだし。
想像してみたら
馬場大木×ファンクス
デスト×マスカラス
鶴田×モロウスキー(後楽園での一戦は流に鶴田一番の好勝負と評されている)
これで「大木じゃあだめだな、あのセミの前でスープレックスをばんばんやっていた若い衆はいいんじゃね?」
となったかもしれないし。 >>470
他所から来たって、鶴田もアマレスから来たし、馬場もジャイアンツから来たし。 他競技の掃き溜めがプロレスだったからなあ。
相撲が最たるもので。
輪島も相撲で弱くなってから(といっても横綱としてだが)
プロレス入りってふざけんなと思ったもんだし。
まあ個人的には相撲移籍組は納得できないなあ。今でも。 >>472
馬場はオヤジだろうが、一緒にするな!! >馬場大木で勝てず、大木上田でも負けて、とでもなって
>こうなりゃ若さに賭けようと鶴田を抜擢して奪取、でも時間的には変わりないんだけどね
馬場がまだ日プロのエース張ってて鶴田が日プロ入りしたんだったらそういう演出もありだけど
舞台は全日だからな。
馬場としても日テレとしても日プロの顔を立てたりアングルに絡めたりする必要性全然ないし
新団体としてのフレッシュさをアピールするにもここは鶴田一択でしょ。
あの日の鶴田のジャーマン見て、ほとんどの客は「すごい新人だ」と満足したのでは?
「あんな若造じゃだめだ。大木じゃなきゃ」と思ったなんて奴ほとんどいないでしょ。 全日本プロレス創立10周年興行蔵前大会には
花籠親方(元横綱輪島」からお祝いの花をもらってるからな。
二子山親方(元横綱初代若乃花)
鳴戸親方(元大関貴ノ花)
横綱若乃花(若三杉・後の間垣親方)
イーデス・ハンソンからもお祝いの花が届けられている。
力道山が二所ノ関部屋ということで相撲関係者は全員が二所一門。それも阿佐ヶ谷系列。
花田まさる氏が相撲協会を退職してアメフトに挑戦したりスポーツキャスターをやったりしていたが
これも日テレのバックアップ。 https://www.youtube.com/watch?v=iu32rZagnDI
ヘーシンクの登場で大歓声w
知名度は鶴田より全然あるし、期待されていたのがよく分かる。
この日、沖レフェリーの引退セレモニーがあったんだよな〜
デストvsマスカラスの夢の対決もあり、5日後の新日最強タッグより
熱気を感じる >>473
まあ相撲は日本のプロレスにとっては
最大の人材供給源なんだから、角界との関係は
いいほうが決まってる
アメプロだって、レスリングよりフットボール出身者の
方が多いのでは?
>>476
輪島とはこの時すでに縁があったのか
まさか本人も数年後にプロレス入りするとは思ってなかったろうけど
二代目若乃花も一時期プロレス転向の噂が流れたな
年寄株取得して自然消滅したけど
>>473
門が馬場についてあることないこと書きまくったのは
この日の沖レフェリーの引退式の舞台裏で揉めたのも一因らしいね
まあ「お前が辞めたせいで食い扶持だった日プロが潰れたんだ」
って恨みが一番大きいんだろうけど >>478
>二代目若乃花も一時期プロレス転向
二代目若乃花は、大関の若三杉時代は
良かったが、横綱に昇進してから、さっぱりダメになった。
本人がプロレスが好きで転向の噂がたったんではなく
相撲でダメだから、プロレス入りしかないだろう?
と言われた。プロレスファンにとっては
大変、迷惑、侮辱的な話だった。 >門が馬場についてあることないこと書きまくった
でも、馬場の「強さ」については、ぼろくそなわけでもないのが
ある意味信憑性あるような、うまいやり方だと思う。
時期によるんだろうが、猪木より弱いとは書いてない。
ただ豊登、大木、マンモス鈴木より弱いと書いているかな。
ピストル外人にはまったく問題にならない、みたいにも。
プロレス365を通読してだが。 >>479
二代目若乃花にプロレス転向の噂が立ったのは、
ふがいない土俵が続き引退の危機が迫ってたのに、
年寄株をまだ取得しておらず、引退後も協会に残れる目途が立ってなかったから
(だから間垣株を取得すると同時に自然消滅した)。若乃花に限らず、
大物力士にプロレス転向の噂が立つときっていつもこんなだよね
>>480
>マンモス鈴木より弱い
馬場の凱旋帰国の一戦で相手を務めた鈴木が馬場を圧倒して面目潰したってやつか
でも当日の試合見てたほかの選手も客も、誰一人としてそんな証言してないんだよな
一緒に海外修行出されて同じテリトリー回ってたのに、一人だけ先に逃げ帰ってきて
「馬場の根性を見習え」とさんざん馬鹿にされてた鈴木が馬場より強いと言われてもねえ >>471
漫画の見すぎ。
現実問題そんな展開あるわけない。
馬場大木や馬場上田わ誰が見たいねん。
客がガラガラで、赤字出たら誰が責任取るんだよ。
それに新団体ってことをアピールするには鶴田という新戦力を起用しないといかんのだわ。
実際に鶴田で正解だったし。
大木使おうなんて、一体誰が望んで、誰に気を使ってるのか。
あと、モロウスキーが一番の名勝負、って、流の嫌味だってのがなぜわからん。 >>477
ヘーシンクが知名度あるって当たり前だろ。
日本柔道がこいつにケチョンケチョンにされたんだから。 >>480
大木、猪木との道場セメントマッチで、馬場が一番弱かったって書いてるだろが。 >>467
若い頃はだいたいどの選手も経験や引き出しが少ない分
格上の達者な選手相手にがむしゃらにぶつかっていき
とにかく出来ること全てを思い切りやってみせるみたいな試合が
ファンや観客の共感を生む良い試合になるもんだけど
鶴田の場合「若大将」「将来のエース」といったイメージと裏腹に
若い頃からマスカラス戦やロビンソン戦テリー戦など
基本的に自分のスタイルややりたいこと、
自分の見せ場を強引にでも優先するタイプの相手と丁々発止
そういう相手にちゃんと「エエカッコ」させてやる試合の方が評価高いのが
よくも悪くも鶴田というレスラーを表している
若いのにそういう錚々たる面々相手に達者に受けてみせてた時代と
ベテランになって下の人間の攻撃を全て受けきったうえで跳ね返す怪物時代
鶴田ファンが評価する鶴田ってだいたいがこの二つの時期のどちらかに集中する
逆に言うと“全盛期”“脂の乗った時期”の
本来レスラーとして一番おいしくて自分を主張できるはずの頃の鶴田は
意外と勝敗の結果とフィニッシュシーンくらいで個々の試合ぶりは印象に残ってないんだよ >>480
門は力道山にスカウトで入門した猪木に対して、生活のため泣きついて
入門が許可された馬場
ベンチプレスで生涯60kgしか上げられなかった馬場
いざという時にはセメントで立ち向かう猪木、セメント恐怖症で尻込みする馬場
力道山が馬場に付けたあだ名が「お化け」「割り箸」「モヤシ」
…等々、散々な書きようw
あとインター王座で力道山1代限りの貸与で900万円、復活で1800万円とか
UNベルトは遠藤幸吉とミスターモトがパシフィックコーストヘビー級ベルトの
スペアにネームプレート部分だけを作り替えデッチ上げたインチキタイトルとか
虚実が混じっているから信じてしまうんだよなw セメントに弱いとかピストルに弱いとかいうのも
無意味な価値観だな。
そんなこと言ってるから、力道山時代には
スターレスラーが生まれなかった。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています