【ラッシャー】国際プロレスpart15【グレート】
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>>383
アマレスラーは投げた後ホールドしたままフォールするから投げっぱなしはやらない。
スタイナーズが見栄えのいい投げっぱなしにしただけ。 投げっぱなしにしろドリー式のWアームにしろ
会場の後ろまで見えるように大きくゆっくり決めるのが
昔のアメプロのスタイルだからね
あとアマレスの各種の反り投げは
投げてそのままブリッジで固めてフォールを取る技(投げでダメージ与える技)ではなく
あくまで相手を仰向けに倒して自分が上に乗っかった体勢を作るための技なので
アマレス出身だからってそのまま固めて云々は実はあまり関係ない
実際にアマレスで比較的よく使われるスープレックス系?の投げ技は
バックをとって後方への投げではなく
サイドスープレックス(横抱きにしてひっくり返す所謂「俵返し」〜カレリンズリフトもこれ)と
腕を閂に極めてのフロントスープレックス
(これもブリッジして頭支点で巴投げの要領で引き込んで「裏返す」ための技)
アマレスではバックを取った場合でも
取られた方が前重心で四つん這いになって防御するケースが多いのと
ジャーマンやバックドロップのような高く持ち上げて後ろに投げるより
ローリングしてポイント取る方が攻める側にも有効&合理的なため
そもそもアマレスラーが首やブリッジを鍛えるのは
第一義的にはスープレックスで投げてそのまま固めるためではなく
プロレスと違い両肩が付いた瞬間フォールになるため
グラウンドの攻防で上から乗られてフォールされるのを逃れるためだから 今日は木村の武道館での初メイン日
国際出身での武道館のメイン経験者はあとは原だけか 投げっぱなしよりホールドした方がダメージは厳しそうじゃないかと思うんだけど
ランニングネックブリーカードロップを改良、衝撃力メインにしたラリアットってのがあるから
そういう見地からの流行かな。
……東三四郎と馬の助の遣り取りを思い出した >>388
それは虎吉とのやりとり
馬之助はジャーマンを狙ったら相手が防御の為に
腰を屈めたところを頭から前に落とすと言うセコイ技w 馳が投げっぱなしジャーマンは投げられたら受け身取れば良いだけな技って言ってたな 78年頃の木村VSオックスベーカー、かつて木村がデスマッチで足を折られた姿を
ベーカー本人が?プラカードで漫画チックに描いて入場w おまけに放送席の前で
生肉をガツガツ食って野人キャラを演じるサービスぶり。その他、翌年はスミルノフと
チェーンマッチでIWA挑戦権を争ったり、国際外人エースの一角を担ったが親日も全日も
まったく彼の個性は生きなかった。。 決め技がハートパンチではなぁ、日本ではちょっとな。
同じパターンでマリガンも新&全では良くなかったな。
この手のタイプは試合以外で頑張らないと難しかったんだろうね。
西部劇の酒場の喧嘩的に会場全体を荒らし回らないと。
それらが国際にはあったからいくらかは陽の目を見たんじゃないか?
そうなると新日ではシン、全日ではブッチャー&シーク以外は認められなかったのかと考えてしまう。 >>391
ベーカーとスミルノフが仲間割れしたタッグマッチ、草津のノックアウトされっぷり
が見事だった。その後のストンパー来日シリーズ初戦のスリーパー失神といい、
急に目覚めたような仕事ぶり。もっと前からそれができれば良かったのにね。 Gスピのヤス・フジイ特集後半は、買って読むか立ち読みか、判断に迷う。 立ち読みなんて10代20代の若人?
ある程度の年齢になったら立ち読みするのは恥だよね >>390
ジャーマンは受け身を取る準備ができるけどテーズのバックドロップは受け身を
取る暇がなく危険と鶴見が話していた。 >>397
テーズ自身はジャーマンをイリーガルな技だって言ってたと
流が書いてなかったっけ? >>397
あのドン・レオ・ジョナサンでさえも、テーズのバック・ドロップで
半失神状態になってたからなあ。 >>396 いい歳してるからこそ立ち読みだよな
まともにいい歳してたら他に読みたい本は山ほどあるはず
プロレス本を最優先で買うのは、いい歳の取り方とは言えない >>398
イリーガルと言ったのはパイルドライバーだな。
バックドロップは落とした方をコントロールできるが、ジャーマンは落とす角度を調整できないから危険。
ゴッチもマットがひいてない板張りリングの時代だから、置きに行くようなジャーマンだったはず。 戸口がアトミックドロップをアスボムと呼ぶのが、何気に格好良い。
戸口と言えば、木村とのシングルでガンガン攻めまって最後は負けた
試合があって、テレ東のディレクターが戸口が攻めてる場面を全カット
して放映したら、戸口がテレ東のディレクターに文句を言って、
馬場が戸口に「馬鹿野郎。テレ東さんが木村を立てるのは当たり前
だろう。カットされたくなければ、カット出来ないような試合をしろ」
と説教したエピソードが好き。 正直見た目中年以上が立ち読みしてると惨めったらしく見えるから止めた方が良いよ 正直見た目中年以上になったらプロレス本買ってるところ見られないようにした方がいいよ 立ち読みが許されるのは購入を前提とした品定めとして
最初から買う気のない立ち読みなど無銭飲食と同じ
>>407
最下層ほど無駄に人目を気するんだなw プロレス関係の書籍の品揃えは昔後楽園に有った山下書店がピカイチだった プロレススレ、それも37年前に潰れたマイナー団体のスレにわざわざやってきて
プロレス本買うのみっともないとか、他の本買えとか書いてる奴って・・・
ヒマとかバカとかニートとか、生易しい言葉で表現できない異常さだ そもそも年取ったらGスピみたいなゴツい本立ち読みしたら腕が疲れる。 >>411 わざわざ自白しなくていいよw
平気でエロ本買えるような羞恥心がない奴にな >>409 無教養な奴には、そもそも羞恥心も欠落してるとはw ローランボックも木村健吾戦で投げっぱなしジャーマン使ってたような。 >>392
個人的にオックス・ベーカーは好きなレスラーだったんだけど、 決め技が
欲しかったよな。ラッシャーとの試合でも、ラッシャー が試合の組み立て
に苦労していた(ように見えた)。「じゃあベー カーに相応しい決め技は」
って聞かれても思いつかないけど。
対照的だったのがスミルノフで、何でも器用にこなすけど、どれも決め技と
しての説得力に欠けるんだよな。全日に来た時のジャンピンク・キックはな
かなか良かったってと思うけど。 若輩者ですまないが決め技といえばモンゴリアンストンパーってフィニッシュ何だった?踏んづけるだけでフォールなの 踏みつけってちゃんとだせば説得力あるフィニッシュになると思うが
ストンパーのは遠慮丸出しで説得力がなかった >>421
G・馬場の16文キック(全盛期)より
モンゴリアンストンパーの踏みつけの方が
フィニッシュとして説得力(迫力)があったなぁ。
それを言えば、G.バレンタインは、ただのエルボードロップだし、
ブラジルはただの頭突きが決め技だった。 >>422
でも若き日の猪木に特製の人参ジュースを御馳走してくれるいい人 >>424
「その後、勃起が収まらなかった」って聞くけど、人参は下半身に効くのか? >>421
普段多いのは仰向けに倒れた相手の両足をつかんで股越しにみぞおちあたりを踏みつける
胃袋蹴りというか胃袋潰し的な踏みつけ
でも木村とやった時のフィニッシュは
転がってる木村のパンチ頭を無造作に連発で踏ん付けるように蹴飛ばしたw
完全にヤカラのステゴロ戦法w 鶴田の試練の10番の木村戦観た。
全日主催なのに、客は国際ファンも多いし花束贈呈も圧倒的に木村の方が多い不思議 IWAミッドヘビー級選手権って
認定開始時点(昭和44年)から
「世界」とか地域が限定されていない
タイトルなんだな。
後にNWAに加入して「世界」を外されたタイトルは
いくつかあるが、WWWF,PWF,NWF
その理由とは違う日本最初のタイトルではないかな?
「世界」をつけるのはおこがましいと考えたのか? >>433
IWAは名目上、吉原社長がヨーロッパのプロモーターを回って、
国際のメインタイトルとして創設した経緯がある。
国内的には、国際とヨーロッパのプロレス社会が作ったタイトルで、
当時の日プロがNWAのアメプロを突っ走っていたことへの対抗策でもあった。
だから、名目上IWA本部はパリにあることになり、タッグチャンプ決定戦は
フランスで行われた。
このシナリオ作者は吉原社長。シングルチャンプは日本で作り、結果として
ロビンソンが日本側エースと国際のコーチにまで引き上げている。
IWAのタイトルに『世界』が付くか否かは、まず国際がヨーロッパ路線を作らざるを得なかった
背景と、AWAとの提携によって国際が『AWA極東支部』の看板を掲げて、ヨーロッパ路線から
フェードアウトして行ったことに関係があると思う。
自分としては、AWAとヨーロッパの2つのルートを生かしていればなぁぁぁと。
結論は、お金とお金を生み出す根拠としてのテレビ局の意向なんだろうけれど。 >>434
いや、レスをもらって、こういうことを
言うのも失礼だが、、
8行目までは知っている。
問題は。なぜIWAの
ヘビーとタッグ王者は「世界」なのに
軽量のミッドヘビーは「世界」も付かないし
地域名がないのか?
ということ。
WIKIには「IWA世界ミッドヘビー」となっているが
当時の雑誌やその後の資料にも、単なるミッドヘビーと記されている。
9行目以降の理由は、
IWAミッドヘビーがAWAと提携した後に
認定され、その影響で「世界」を外したと言うなら
それは時期的にオカシイ。
同タイトルの制定は昭和44年2月。AWAと接近したのは
同年の秋以降だろ? 案外答は他の諸々の行き当たりばったりな事項でもわかるように
「吉原さんが細かいことには適当で無頓着だったから」
あたりだったりしてw >>432
稲妻次郎とのlWAミッドヘビー戦で決めたな。
あと新日で前田にもやった。 寺西のジャーマンって結構ブリッジがグチャっと潰れる確率が多くない? >>432
フィニッシュにはならなかったけど、新日でキラー・カーンに決めた試合。
スーパーヘビー級を相手に互角に渡り合って、改めて「寺西は巧いなぁ」
と思った。 >>439
寺西はワンハンドバックブリーカーもカーンに決めてたな。
藤波がドラゴンバックブリーカーと称して使ってた時期があったが
寺西の方が遥かにうまかった。 寺西のジャーマン
日本リーグ争奪戦、蔵前で小林邦昭をフォール。
新日vs国際初戦、浜口、寺西vs長州、木戸で木戸とジャーマン合戦。
新日に来て2戦目の蔵前で健吾に見舞うもロープブレイク。
佐山タイガー最終戦の蔵前で一発 >>441
日本リーグ争奪戦じゃなく日本リーグ争覇戦。 IWAのミッド・ヘビー級という呼び名は、ヨーロッパのマット界ではヘビー級のすぐ下として
設定されていた。と言うことは、国際プロレスのヨーロッパ路線に移行せざるを得なかったことと
無関係ではないだろうな。
ただ、世界ミッド・ヘビーから単なるミッド・ヘビーに呼称が変わった原因は、AWAとの提携を
社長が大きく考え、AWAとの提携以外の細かいことはどうでも良いと思ったのが大きいんじゃないか。
IWAヘビーのベルトにしても、ロビンソン・ベルト、小林がミラーから奪ったベルト、グラハムのベルトと
何回も変更しているし。 >>444
事実誤認がヒドイ。
訂正してやろうかと思ったが
バカらしくなった 原のWWUジュニアベルトはまんま寺西のミッドヘビーをリニューアルしたやつか?
それか全くの新品なんかな? WWUジュニアのベルトは、テレビ東京の負担で新調した。
本来なら200万円するところを、テレビ東京のディレクターが値切って
80万円で作らせた。 ミッドヘビーのベルトは初代IWAタッグベルトで代用してたからベルト自体ない 「国際はマイナーな団体なのにヘビーもタッグもジュニアも世界王座を保持してて凄いな。
全日も新日も世界王座は一個も保持してないのにな。」
とプロレスファンになりたての頃は思ってた。 >>448-449 サンクス。
あのデザインはオリジナリティがあって好きだな。各団体の代表王座ではNWFや後期IWA世界はWWFぽいし、
PWFは昔からの世界王座の標準的な形だし。 WWUヘビーってボックが王者じゃなかった?ジュニアは国際が作らせたに違いないが。 キッドやマーク・ロコも初来日は国際だったんだよな。 グラハムからのIWAベルトは真ん中にパンチパーマで大仏みたいなレスラーがいるが、
木村に見えるよな。 >>122
秩父特訓で編み出した延髄斬り対策の肝臓破り水平打ちって結局ださなかったな 「実録・国際プロレス」を読んでいるけど、やっぱり面白い。
国際の選手はほとんど海外遠征を経験しているし、それぞれ苦労人だから
話の内容に味があるね。
それにしても、TBS打ち切りの時から
すでに給料の遅配が始まっていたというのは驚いた。
よくそれから7年も持ったもんだな。
阿修羅原が入団した時、こんな状況だったというのを
知らされていたのかな。 国際は小林が猪木に負けてTBSに切られた時点で実質終了していたようなもんだったんだと思う
その後は12チャンネルという生命維持装置で生きながらえてただけ
井上の「うちじゃお前(アンドレ)のギャラは払えないぞ」で分かるように外人レスラーにも
全日新日レベルのギャラは出せなくなってたみたいだし 大人になって5年、10年なんてホントあっという間に過ぎ去ってしまう感覚になって、
その上で考えると国際が存続したほんの?10数年ってどれだけ凝縮された月日だったんだろうと思う。 でも、実質終了して延命していた12チャンネル時代の方が
語り草になっている。 今でこそ12chってステイタスと評価があるけど
当時は番外地だからな。
12chが放映って言っても
今なら、MXテレビで……みたいな感じかな。 でもTBSの末期も土曜午後の14:30から30分でカードも
金網が放送出来なかったからショボかったんだよな TBSと放送交渉してる時に、NETとフジ共交渉してたらしい
NETかフジどちらかが先に放送OK出したけど、その3局で1番放送網が大きかったTBSを選んだらしい
後の事を新日や全女の事を考えたらNETかフジで放送してた方が長く放送してくれたかも 12チャンネルとしては国際プロレスアワーより世界のプロレスみたいな番組の方が安くあがるのかね?
WWFのレッスルマニア3の放送は予算が掛かったようだけど 世界のプロレスって海外のプロレス番組を買って日本語実況を追加しているだけでしょ
そんなに金はかからんと思う
12チャンネルは同じような形式で海外のサッカー試合の番組もやってたね >>464
三菱ダイヤモンドサッカーね、前半と後半を二週に分けてやってた テレ東が、世界のプロレスで流すのに、フリッツにダラスの
試合映像を売ってほしいと持ち掛けたら、フリッツは当時ダラスに
いたカブキに相談し、カブキが「関東地方はカバーしている地上波局
だから、怪しい話じゃないし、乗った方が良いですよ」とアドバイス
した。だから、世界のプロレスはダラスの試合が多かったし、カブキの
試合も数多く相談されていた。
ダラスや、当時下火になっていたミネアポリスの映像は安く買えた
だろうけど、マクマホンは強きだっただろうから、レッスルマニアの
映像は高かったんだろうな。 最後の方は経費のかかる外人は呼ばず、日本人抗争というアイデアは浮かばなかったのか?
鶴見と大位山じゃしょうがないので、木村に対して、井上を中心に反乱軍という形。
原を木村側にするか、井上側にするかでその後も変わり、原をエースにするのなら、
木村側に付けてから仲間割れさせて対戦という手もある。
選手は揃っていたんだから、好勝負続出だったはず。 あの頃は、興行的にも、テレビ的にも、外国人が目玉だったからね。 >>450
当時として「世界」を名乗るのはむしろ「NWAに加盟できなかったから」というのが正確なんだが >>466
その先行放送のおかげでダラスのマイナー怪奇派レスラーのカブキが凱旋した時日本で大カブキブームが出来たんだからカブキとしてはしてやったりだろうね
ダラスにいたらフレアーのNWAに挑戦とか絶対無理だろうし 幻想が膨らんで語り継がれているけど、全日本や新日本に比べたら
華が無くて場末感満載で、お金を払ってまで観に行こうという人は
少数派だったんだろうな。
もちろん、俺は観に行くけど。 >>470
世界のプロレスはカブキが凱旋帰国してから1年半後に放送開始だぞ >>469
今さらそんな誰でも知ってる解説いらん。 世界のプロレスでカブキの試合が放送される事は、アメリカでも
トップで活躍している事を日本のファンに知らしめて箔を付ける
というメリットがあったね。ただ、それで得をしていたのは馬場と
日本テレビ。本人は試合給500円アップだったのは、確かに気の毒だな。
先行放送で得をしたのはウォーリャーズだね。
テレ東も、いきなり放送を打ち切るのではなく、世界のプロレスと
国際プロレスアワーを1ヶ月交替で放映し、世界のプロレスでは
ジョーやスミルノフがアメリカで暴れまわる姿を放送し、国際
プロレスアワーでは木村や井上がジョーやスミルノフを迎え撃つ
姿を放送すれば、どうにか持ちこたえたかも、とか思うけど、
テレ東が国際にそこまで協力する筋合いは無いよね。
あと、はぐれ国際軍団にしろ、全日本移籍組にしろ、国際プロレスが
潰れた後の方がレスラーとして脚光を浴びたし、経済的にも豊かに
なった。国際が潰れて良かったとまでは言わないけど、あのまま
ジリ貧で存続しても、誰も幸せにはならなかったような気がする。 >>474
ラッシャーにしても国際所属期間が15年、
全日本に上がった期間も15年なんだよね。
いつから全日本に正式所属になったかは知らんけど。
貰ったファイトマネーの総額は全日本の方が多いんじゃないかな? 大日本プロレスのデスマッチ見たら、国際のデスマッチは全然デスじゃないもんな 国際プロレスのDVD見たけど、昔の人はよくラッシャー木村とかむさくるしくて鈍臭いプロレス見れたんだな
馬場や猪木と同時代で、わざわざ国際を見に行くのは、余程、物好きだったんだろう >>477
見に行くというのは会場というなら俺は地方住みだったし、巡業が訪れば団体関わらず
観戦に行ってたぞw。もちろん茶の間でも三団体見てたな。国際アワーは度々、別番組に差し替えられたり、
ともすればいつ打ち切りになるから分らんしw、むしろ貴重な視聴体験だったな。 >>475
国際の15年間は若手〜エースの時代だし、ギャラの未払いも
あったから、貰ったお金の総額は、全日本の15年間の半分以下
だったでしょうね。 >>454
マスカラスのIWAベルトも同じ人が作ってたんだよな >>463
あの時代のアメプロは
まだ自分のテリトリー内のローカル局(CATV)向けのTVマッチに関しては
ビッグマッチの客寄せ用の素材でしかないから二束三文のはず
日曜の昼にやってたC級ゾンビ映画とかと同じでパックでひとやまいくらで買い付け
おそらく日本向けに編集する手間と金のほうが高かったはず
マクマホンがレッスルマニアでPVビジネス導入できたのも
やっぱりNY、ニュージャージー、ボストン、フィラデルフィアとかの東部大都市をカバーしてたから
逆にいうと各地のプロモーターの互助組合であるNWAだと
いくらフレアーは知られててもビッグマッチで戦う相手が各テリトリーのローカルエースだから
広域向けの商売にならなかった
結局全米を自らカバーしてるT・ターナーのものになって
WCWに看板架け替えるまでNWAってローカル興行だったからね フレアー対ローデスのNWA世界戦を世界のプロレスでやってたけど
二人のリングコスチュームが妙に豪華で、ファッションショーみたいだった >>481
世界のプロレスはTVマッチは少なかったぞ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています