ザ・ファンクスを語ろう [無断転載禁止]©2ch.net
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>>2
キン肉マン「大和魂が守ってくれるさ」
テリーマン「大和魂か・・・」
って奴か
でもテリーマンのモデルってマードックも入ってる気がする。
カーフブランディングが得意技だし。 長州にサソリを極められたテリーをドリーが場外から引っ張る
倉持「美しき兄弟愛」
ただの反則だろw ハンセンのインタビューを読むとテリーは地元の憧れだったんだな テリーとブッチャーは“あの試合”で双方が同時に大ブレイク。
それ以来は全日の看板カードに。
馬場の存在やマスカラス人気をも食って。 テリーファンの友人が
猪木ドリー戦で
テリーが姑息に猪木の足を引っ張って邪魔してる場面を見て
大ショックを受けてた Gスピリッツのテリーとハンセンの対談はイマイチだったな。
最強タッグにハンセンが乱入した時前後の話が知りたかった。 >>14
同意。終始当たり障りの無いトーク。
まあ仕方無いけど。 Gスピでこんな対談見たいな
猪木vsテリーorドリー〜団体を超えたライバル
ブッチャーvsシン〜俺がNO.1ヒールだ
井上vsストロング小林〜俺はオマエを許さない、俺の後のエースをしっかり務めろ
前田vsジョージ高野〜俺はオマエに敵わなかった・・・ >>13
そんなシーンあったの?
あの試合はベビー同士の名勝負で、そんな演出は無いと思っていた。
当時の外人は必ず悪いことをしなければいけなかったんだろうか。 >>16
猪木vsファンクス
テリーとハンセン同様、当たり障りのない昔話になりそう。
ブッチャーvsシン
気に入らない発言が原因で乱闘になり、通訳のウォーリー山口氏が乱闘に巻き込まれて流血する。
井上vs小林
終始シラケっ放し
前田vsジョージ
屁理屈vs天然ボケで会話が成り立たない
みたいな内容になりそう。 日プロ時代はドリーはともかくテリーはヒールだった。
ヒールっつってもヤンチャなドリーの弟って感じの。
確かドリーと猪木の試合で、猪木がドリーをコーナーに振った時。
シニアが素早くリングに上がってコーナーにベタリ。
そしてドリーはシニアに激突。
っちゅうてもコーナーに激突すんのを防ぐ為にシニアが自らドリーの防波堤に。
ドリーのダメージを和らげる為に。
確かこんなシーンを動画で見た記憶が。
あと日プロ時代はドリーとブッチャーは普通に組んでいたと聞いた。
たまたまシリーズが重なって、それでファンクスとブッチャーも組むカードがあったって。
この時代は日本人VS外人が基本、っちゅうか当たり前だったから。
だからファンクスとブッチャーのタッグも全く違和感ない。
意外なコンビでも夢のコンビでもなく。
こんな事を聞いた事ある。 新日は猪木がエースだが全日は外人のテリーがエースで年間通していないからダメだった。 日プロ崩壊以降、ファンクスとタイガーマスクはプロレス界に貢献しましたね
彼らに並ぶ存在は居ないんじゃないかな 新日は猪木一本だった。
81年から佐山タイガーが登場して二枚看板にもなったが。
逆に全日では馬場がエースの役割をテリーに任せていた。
でもテリーは一年中日本にいるわけではない。
トップは馬場。
全日の場合は複数エース制度だったな。
しかも本当のエースはテリーでも馬場でもなくブッチャーとまで言われてる。
しかし時が経って平成に入ると新日は複数エース制度。
逆に全日は三沢が絶対エースという立場に。
時が経って新日と全日の制度が逆になったのも面白い。
特に90年以降の新日は三銃士中心でも長州や藤波もいた。
更には猪木もスポット。
全日は鶴田がセミリした以降は完全に三沢の時代。
川田、小橋がどう頑張っても三沢がトップ。
馬場は既に象徴的立場に。
新日も三沢みたいに絶対エースを作れば良かったが。 テリー人気絶頂の頃の映像見ると、まるでアイドルを応援してるかのような女性が目立つな。
それまで若い女性ファンがあんなに、プロレス会場に来るってことはあったのだろうか。
クラッシュギャルズ全盛の頃のファンとノリが似てるようにも感じた。 でもテリーはブッチャーほど世間に知名度は浸透しなかったな。
マスカラスも同様。
テリーやマスカラスはシンやハンセンより知名度の浸透度合いは劣るだろう。
ブッチャー>>シン=ハンセン>テリー>マスカラス
こんな感じかな?
80年代初頭で。
まあキン肉マンのキャラにテリーマンとか、それなりに浸透はしていただろうが。
『テリー』という響きもよくて言い易いし。 >>22
新日の方が単独エースの全日より興行的に上だったんだから
ほかの選手の活躍の場を奪ってまで誰かを絶対エースにする必要はないよ
むしろ、なんで馬場は川田をもっと盛り立ててやらないのかなと不思議だった 90年代の新日は『何でも揃ったデパート』が売り言葉だった。
誰かが倒れても代わりは幾らでもいる。
永島が言ってたな。
で、70年代から80年代前半の全日もそんな感じ。
中心者ブッチャーとテリーの抗争、夏はマスカラス。
最強タッグはファンクス。
新日では外人が本当の意味での主役は有り得なかった。
でも全日は外人主体。
そして馬場もここぞという時には主役張って。
80年代前半の全日も『何でも揃ったデパート』だね。 >>19
テリーのド派手で不格好なアクションってシニアから継いだんだw
漫画タイガーマスクでもファンンクス親子はダーティな防衛しているし
日プロ時代は絶対ベビーではなかったと想像
逆に全日本では最初からベビー前提だろうね
鶴田を預けた先がヒールだとまずいだろうし 日プロ時代は外人=ヒールだったから。
反則しなくてもヒール扱いに。
だからファンクスも必然的にヒールと。
全日に移籍してからは確かにヒールではなくなったかも。
そしてテリーもNWA王者になった。
ファンクスとして日本でもある程度のステータスができた。
でも転換期はブッチャーとのタッグ戦だな。
これでテリーとブッチャー双方が大ブレイクした。
一つの試合で双方が大ブレイクって前代未聞だと前に記事で書いてあった。
どちらかが大ブレイクならあるけど。
或いは既に大ブレイクした者同士の凄い試合とかも。
やはりブッチャーもテリーもお互いが必要不可欠だったんだな。 >>19
日プロでも、ドリーとブッチャーのコンビは無いよ。
海外でドリーとシークはあるけど。 テリーが2回目の来日で
ドリーを差し置いて
馬場のインターに挑戦してるのは意外だな
この時点でシングルでそれほど大物だったっけ? テリーはブッチャーのフォークでブレイクした以降、全日でタイトル獲得してないよな。
NWA、PWF、インターヘビー、インタータッグ、UN、アジアタッグ・・・ タイトル路線よりアイドル路線になったんだな。
ブッチャーはタイトル幾つも獲得しとるが。
更にブッチャーはCカーニバル優勝もあったし。
でもブッチャーは最強タッグ優勝はなかった。 テリー、ブッチャー破り涙のチャンピオンカーニバル初優勝!!
テリー、ブロディ破り、兄ドリーが奪われたインターヘビー奪還!!
テリー、馬場の32文キャッチして伝家の宝刀でPWF奪取!!
外人にしては感動できるアングルができると思うが・・・ 秋山がデビューした直後に先輩レスラーからアドバイスを
求めていて、ドリーからは「いつまでもあると思うな親と髪」って
言われたとか。秋山にとって一番身にしみた言葉だとか。 ドリーって若貴の若みたいだね。
ルックスはお世辞にもカッコいいとはいえない(NWA王者だった頃はともかく)のに
テリーのアイドル人気のお蔭でドリーまで「世界のアイドル」とか呼ばれてた テリーはリングアウト負けや反則負けはあっても基本ピンフォール負けはNGとしてたらしい。 テリーがインタビューで
「俺は猪木は今でも大嫌いだが、素晴らしい選手であることは認めている」
って言ってて ちょっとじ〜んと来た パクった猪木からテリーへ感謝の言葉はあったのかな? 81年の引き抜き時には馬場よりテリーが怒っていた。
猪木は許さないとか新日を潰すとか。
最初にブッチャーを引き抜かれた時には。
だから猪木とテリーがあの頃に試合やればガチ不穏試合になったはず。
もしもシングル組まれたら。
テリーVSブッチャーは作られた遺恨試合。
むしろ両者に信用信頼があったから名勝負にもなった。
でも猪木とテリーなら信用信頼は全くない。
特にテリーには。
いくらスーパーベビー同士でも試合になればギクシャクしたはず。
名勝負にはならなかっただろう。
不穏な中から危険な試合展開で逆に面白い試合になったかも。 大仁田のファイトスタイルってテリーのパクりなんだよな >>35
それ、故・あおやま英雄がゴングの『ジャングルリング』で描いてたネタだぞw
>>42
メンタル的なところもよく似ている。感情を強く出してすぐ泣くところとか。
大仁田はテリーのことを「ずっと兄貴のような存在」と言ってる。
そう言えば“右利きテリー”ディック・スレーターは「アメリカでは『テリーが俺のスタイルを真似ている』と言われてるんだぜ」
と言っていたな。80年代前半だと実際そんな感じかもしれないな。 ファンクス×ウォリアーズほどマッチしなかった試合もないな。
双方ワーストバウトだな。 >>81
1981年なら不穏試合になればテリーに分があるだろう
テリーはぎりぎり全盛時の体格を維持してたし
猪木は糖尿病発症前後の最悪のコンディションだし
70年代ならともかく80年代はテリーの方が強いだろう
共に30代後半なら、日本人では外人の体躯には生まれついてのものだし敵わないだろうし >>48
スタンドの殴り合いならテリーだが
スタンドで組みつく、グランドになったら猪木の方が強いな。 アメリカではスピニングトーホールドって使用されてなかったのかな? >>50
確かドリーがキニスキーからNWA取った時のフィニッシュがスピニングトウホールド。
89年のテリーvsフレアーの時も使ってたが、スピニングトウホールドって痛みが伝わらない。
テリーのは足首グイグイやるがドリーのは回ってるだけで足のどこが痛いのか不明。 日プロ時代に猪木VSテリーはやってる3本勝負で2対1で猪木勝ち越し >>51
ドリーが馬場との初シングルでこの技で1本取ったときは
客がポカーンだったらしいね スピニングトーホールドって、相手の膝の裏側を攻める技かとずっと思ってたが
実は足首を固定させつつ、ひねり上げる技なんでしょ?
ずっと知らなかった、それまではギブアップするのは確かに疑問だった すぐ片足で蹴られて跳ね返されそうだが取り合えず食らいますw ステップオーバートーホールドを見栄え良くしてフィニッシュにしたモノ
って俺のプロレスごっこ経験から言ってみる >>57
昔はディーン・マレンコがWCWやWWEでのフィニッシャーに使っていたな>テキサスクローバー テキサスクローバーホールドでサンシャインからギブアップを奪いかけたんだぞ >>59
あれは効くよな・・・膝が抜けちゃうよ。
6,7年前の真樹日佐男の格闘技イベントでの5代目タイガー(美濃輪)のデビュー戦で
クルンやったら後楽園が大爆笑になった。
キックの興行でバチバチやってるのにドラえもんみたいなタイガーマスクがクルンと回ったから・・・w 佐山がダイビングヘッドバッドやるが相手まで届かずに自爆することがある。
当たらなくてもリングの振動で相手が跳ねるんだよ。
あれは効くぜ つべでプエルトリコでのファンクス、ロンスター✖マスカラス、インベーダーズっての見つけて軽くショック受けた
世界のアイドルがSMスナイパーなんだもん >>54
スピニングトウホールドって本当に効くのか?
余った足で蹴り倒されるのがお約束の展開じゃね? 中学生の頃にプロレスごっこで友達にかけられた時、脹ら脛が
こむら返りした様な感じになって本気で悲鳴上げたよ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています