白土三平総合スレ part 16
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三ちゃんの漫画、本当に面白いよ
同時代の漫画でこんなに垢抜けてるのは凄い
オーパーツ具合でもちばちゃんと並ぶ! 即死対策はどれくらいやればいいのか未だにわからん
過去スレを見たら20連投していたこともあって
何もそこまでと思った >>1乙
前スレ>>997
過去スレ11までスレ番号にちなんだサブタイ?が付いてたので無くなったのはなんとなく寂しいとは思ってたけどだからと言って無理に付ける必要は無いよね
何か面白いの思いついた人がいたらその時は付ければいいけど 1966年、ゴールデンコミックスで復刊された忍者武芸帳を読んで感激する矢口高雄先生
その頃の手塚先生「忍者武芸帳が6年も前に出たことを知らないとか嘆かわしいですなあ」 いや手塚先生の発言は「漫画賞の審査員なら忍者武芸帳くらい把握しておいてほしい」
という意味であって、一般のファンに向けられたものではないんだけど 手塚先生は本当に忍者武芸帳を貸本で読んでたの? と思ったが
平田弘史先生の漫画も「魔像」に載った頃からチェックしていたようなので
ましてや忍者武芸帳ともなればガチで追いかけていても不思議はないのだった >>11
確かにゴールデンコミックスとか出る端から押さえていそう
小学館の編集に頼めば持ってきてくれるだろうし デビューした時期で考えると僅差ながら
つげさん、白土先生、水木さんの順になるので
実はつげさんが長兄・劉備のポジションだという説 >>16
商売の神様である割には金銭を気にかけていそうにないといわれるけど
(利益ではなく義で行動する関羽だからこそ信じて敬えるのだという説も)
白土先生もお金に執着している様子がないよね >>18
金を軽蔑したりわざと無頓着なのも、ある意味金に執着してることだから
白土三平ぐらいのスタンスがちょうどいいのかも
金を払うということが一番価値を認める行為だから、そういうのは大事にしてたんじゃないかな チャップリンも「人生には勇気と想像力と少しのお金が必要だ」って言ってるし
「貧すれば鈍する」という格言もあるし
億万長者でなくても少しくらいは蓄えがあれば精神的に余裕ができるのは確かだね >>19
贅沢するわけじゃなく吝嗇するわけでもなく
水木さんにスパゲッティをおごったり、つげさんを旅行に連れて行ったり
白土先生は静かだけれども温かみのある人だというね >>20
お金に拘るといえば水木さん
白土先生の推薦で「テレビくん」が受賞した時
自分が業界批判をしていたと知られたら賞を取り消されるのではないかと心配し
あまり気を揉んでいるので、それを見た人たちが皆で笑い転げたそうなんだけど
何しろ本人にしてみれば腐ったバナナの生活から脱出できるかの瀬戸際だからねえ 白土先生が、水木さんの賞金が半分になったのを気の毒がるわけだ 講談社児童まんが賞の賞金の使い道にしても
白土先生は百科事典の購入、水木さんはまず質草を請け出しに行くという違いがあったとか 貸本末期のどん底でも佐藤まさあきと楳図かずおは明るかったそうなんだけど
佐藤「また貸本マンガの売れる日が来るさ、ねえ楳ちゃん!」
楳図「そうですとも、これからですよ!」
佐藤「水木のおっさんのは売れないけどな」
当時の佐藤プロで取り扱っていた水木さんの漫画はガチで売れてなかったらしい
それがガロで白土先生と二本柱になるのはもう少し先の話です >>24
白土先生ほんとうに勉強熱心だよなあ……
その裏打ちがあっての作品になってるんだけど……
水木しげる先生の教養もすごいけどね
今みたいにファンタジー全盛の時代ではなく
誰もオカルト知識なんてほとんどなかった頃に
魔法陣だのカラバだのソロモンだのバンバン出てくるし…… 山岸凉子先生の高校時代、漫画を読んでると友達には笑われ大人には怒られるので
人目を憚りつつガロを買いカムイ伝を愛読していたそうなんだけど
他の子と違うことをやっていると白い眼で見られるというのが生々しくて
世代が違っても共感してしまう 一方、同じ頃の矢口高雄先生は貸本屋に突撃し白土漫画を買っていた
山岸先生(高校生)と矢口先生(銀行員)では立場が違うし地域差もあっただろうけど
当時の社会で白土先生の作品がどう受容されていたのか興味深く感じる しかも女性と男性でもだいぶ違うよね
矢口高雄先生の漫画の中では白土三平を勧めてくれたのは女性だったけど
やはり彼女も白土漫画の美しさに惹かれてたのかな >>26
今と違って、こども漫画家に大卒は手塚治虫位でほとんどいなかった時代だけど
白土・水木・石森…みんな本は沢山読んで勉強してるイメージだね
その頃は作家でも松本清張や山本周五郎や池波正太郎や小学校しか出ていない文豪が活躍してたけど
作家になる前から、今の東大生の何倍も本読んでいたろう >>26
で、百科事典だけど、今のようにネットでなんでも調べられる時代じゃなかったから、資料的意味合いもあるだろうけど
高校中退の白土三平としては、沢山本を読んで得た教養にプラスすることの「総合知」という意味が合ったのでは想像してる >>29
銀行の先輩だったFさんだね
その人が貸してくれた雑誌にはマガジンやサンデーもあったようなので
時期的に白土先生のワタリ、水木さんの鬼太郎、手塚先生のW3も矢口先生は読んだんだろうけど
再び漫画家を志す契機になったという点でカムイ伝はそれらと一線を画してたんでしょうね 山岸涼子の高校時代の話と同じ体でいくと大の大人しかも銀行員なんて立場の人が職場の休憩室で
マンガを回し読みしてたら頭の固い上司や同僚から叱られそうなものだけどその違いは何だろう 実際に矢口先生は上司から説教されてるんだけど
それは自分で描くところまで行ってしまったからで
読むだけなら特に何もいわれなかった模様 カムイ伝どころか忍者武芸帳の頃から白土先生の漫画は大学生に愛読されていたと手塚先生の自伝にあるけど
高校生の頃はまだ大人からの抑圧が強く、大学生や社会人のほうが読みたいものを自由に選べるってことかな 白土先生の漫画が高校生や大学生に喜んで読まれていることに手塚先生は批判的だったし
そもそも描く側も高校生を読者と見なしていなかった節があるんだよね なお手塚先生は白土先生だけでなく赤塚不二夫先生にも
「おとなを意識しすぎ」と苦言を呈しておられるので
小中学生のために描くことこそ我らの本分というお考えらしい >>37
影丸伝みたいな貸本劇画はもともと中卒高卒で働いてる連中が読んでるイメージだけどね
年代的には高校生大学生でおかしくない
手塚先生的には大学生みたいなインテリは漫画読んじゃいかんと思ってたのかね? >>38
少年・少年画報・漫画少年といった月刊誌時代の漫画はまさしく小学生がターゲットだったね
週刊誌時代になって、徐々に中学生に読者を広げていった感じ
「ハリスの旋風」も「巨人の星」も主人公は中学生からはじまる
少年マガジンでいうと「ワル」「愛と誠」「幻魔大戦」あたりの時代だと舞台は高校になって
あきらかに読者の年齢層の中心が高校生になってる
漫画表現が成長したのか、読者が幼稚化したのか、まあ両方の要素があるんだろうが >>39
読者層が拡大していくことを手塚先生が素直に喜ばないのって
白土先生や赤塚先生に対するやっかみだけでは説明がつかない気がするのよね
大学生は作品を無心に読まず、理屈っぽく論評したがるから嫌いだとか?
(具体的には東大を出て漫画を対象に評論活動を行った石子順造とか) ところで手塚先生にとって1960年代後半の最大のライバルは白土先生と赤塚先生なんだろうか
白と赤があるから青もついでに欲しいところなんだが水木さんでいいかな 桑田次郎
はて桑の実は青紫だっけ赤紫だっけと検索したら
熟す度合いによって両方ありうるようです >>43
青系統は藤子先生に水木さん、さらには水野英子先生と豪華だけど
真っ青はいないかな(失礼ながら青柳裕介はワンランク落ちる気がする) 青山剛昌の活躍は手塚先生の死後なんだよね
でも初期の作品は見てるはず 紫系統は多いのか
萩色の萩尾望都もいる
水色は水島新二も忘れちゃいけない
70年代のライバルだね >>40
白土先生もガロ創刊の時点ではローティーンを主な読者と想定していたけれども
蓋を開けてみたら大学生に人気が出てしまったんではないかと夏目房之介が考察していて
そういう潮流を拒むかどうかで白土先生と手塚先生の姿勢が分かれたってことなんですかね
まあ手塚先生も現実には割と流れに棹さしておられたと思うけど…… ガロなかんずく白土漫画の読者層について夏目房之介は何か書いていたはず
と思って検索したら14年前のITメディアの記事が出てきたんだが
青林堂編集部の高野慎三と権藤晋が別人だとあったので驚いた
……権藤晋って高野慎三のペンネームだよね? >>40
ワルは後から読んだくちですが
少年マガジン連載だったのが信じられんかったですな
銭ゲバとかも
70年前後でしたっけ?
それらは手塚先生でなくとも対象年齢を上げすぎに思えたです。 オド
不老長寿の妙薬をテーマにした白土先生の「イシミツ」(1964年)に登場
両手を失っても常人の限界を超えて生き続け、仙人のような存在として農民たちに慕われる
我王
不老不死の地をテーマにした手塚先生の「火の鳥・鳳凰編」(1969年)に登場
両腕を失っても常人の限界を超えて生き続け、鞍馬山の天狗として伝説になる 手塚先生って普段は自嘲するくらい理屈っぽい方なのに
我王が400年も生きていたことに何の説明もないのが気になっていたんだが
「白土さんが天然の蜂蜜でキャラを長生きさせてるんだから
我王もそれくらいのノリで平安末期まで生きてていいだろう」とか考えてたりして >>50は日本語が不自由で48歳迄働いたことが無い童貞在日ヤマモト一成。
まぼろしパンティ基地外関西弁ageレス馬鹿京都偏差値30台馬鹿高卒w 無料配信で「銀牙 流れ星銀」を観てたら
忍犬 伊賀の赤目が登場してきてコーフンしております(´∀`*)ノ 赤目って名前はやっぱり白土先生から来ているのかねえ
車田正美の聖闘士星矢にあるキグナス氷河のエピソード(海の底で眠っている
お母さんの亡骸に会いに行く)が忍者武芸帳へのオマージュなのは確定してるんだっけ? 赤目は伊賀の実在の地名だけど漫画家が使う場合は白土三平オマージュでしょうね
白土世界の「赤目」
人名:カムイの師匠(カムイ伝)
地名:赤目の観世音(無明/くぐつ返し)
動物:兎(赤目)
魚名:アカメ(赤目の大事)
鉱物:砂鉄(赤目の大事)
武器:毛利玄達の秘術(赤目の大事) >>55
うん、車田本人がインタビューでそう言ってたのを読んだことがある。 つげ義春さん日本芸術院の会員になったんだね。スーツ着てた
つげさんのスーツ姿って初めて見る。白土先生のは見た記憶がない >>58
ありがとう、本人が公言しているなら確定ですね あれは最初に読んだときに影丸伝まんまやん!て思うたがやっぱりそうか…
ていうか聖闘士星矢自体が白土三平マンガぽい
聖闘士というのが忍者の修行みたいだし
美少年が殺し合いするのも美少女キャラがかなり強いのも白土イズムを感じる NARUTOの作者は鳥山明に私淑したそうだけど
忍者ものを描くにあたってはアニメ版サスケの影響も多少あると語っていた
1974年生まれの人なんだが、その世代の漫画家でもまだ直接的な影響があるのはちょっと意外 子供向けのシリアスな忍者ものでアニメ化されるような有名作は限定されているから
古典的名作を鑑賞して勉強しようと思ったらサスケか伊賀の影丸になるのかな おれも1974年生まれだけどサスケのアニメは余裕で見てたよ
カムイ伝第二部も連載中に読んでたし… サスケと忍風カムイ外伝は90年代にもBSで再放送してファンを多少増やした
あまり原作から改変のないクオリティの高いアニメがあって良かった なお岸本斉史は鳥山明以外に大友克洋からも影響を受けており
その大友克洋は白土先生の大ファンなので間接的な影響もあるんではないか >>52
若くして死んだ茜丸との対比でしょうが
確かに長生きしすぎてましたな。 >>69
無職童貞48歳在日ヤマモトも無駄に長生きし過ぎだな 古谷三敏さんが手塚治虫の秘密部屋に迷い込んで、元ネタになった本がたくさん並べてあったので感動してたら
「ここには入らないでください!」って怒られたというエピソードがあるが
白土三平先生のマンガもあったりして…… >>69
まあコスモゾーンとかいっておけば説明したことになるんでしょうけどね
白土先生のほうも長寿の秘訣を蜂蜜の一言で済ませてるんだし そこには三洋社や青林堂から刊行された貸本版の忍者武芸帳や狼小僧やサスケがずらりと!
手塚先生「見い〜たあ〜なあ〜」
古谷先生が手塚先生のところにいたのは1961年までだっけ?
じゃあ貸本版サスケ(1962年刊行開始)には間に合っていないかな すみません>>73は>>71へのレスです
貸本なのに買えるのかと突っ込まれそうですが
三洋社の長井勝一に注文を出せば取り寄せられたんじゃないかな さすがに少年は堂々とバックナンバーが並べられてたとは思うのでw 美少年があられもない姿をさらす白土漫画にめらめらと対抗意識を燃やし
アトムをもっとエロく描かねばと決意する手塚先生であった どこまでいっても手塚治虫は無理して描こうとしてる、横山光輝先生みたいに大して可愛くないはずの正太郎くんなのに、自然と色気を感じるみたいなのは無いって、安彦良和先生に言われてしまってたな
対して、白土三平先生は可愛さも色気も普通にあるんだよな
手塚先生は白土三平コンプレックスよ 大して可愛くないはずのキャラなのに自然と色気を感じさせるといえば矢口高雄先生もすごいと思う
ずっと手塚先生に憧れてきたけど、手本とすべきは白土先生だったと気づいて切り替えた判断力はお見事 横山先生の人物絵は記号的だとずっと思ってたけど言われてみれば色気はちゃんとあるね 手塚先生はCOM誌上で毎月ガロを批判しては
「今月号の『ガロ』の何ページの『カムイ伝』の何コマ目のデッサンがくるってる」
などと細かい難癖をつけていたと佐々木マキが糸井重里との対談で回想してるんだけど
そんなことがあったの? 少なくとも佐々木マキ自身は1970年に手塚先生から叩かれたことがあるが
すぐれて個性的な楽曲がNHKに送られてきたので作曲者に出演を打診したら
精神病院にいる重度の患者だったという逸話を手塚先生は引き合いに出し
佐々木マキの漫画をありがたがるのは狂人(原文ママ)の音楽を褒めそやすようなものだ
と当てこすっておられる。あんた医者ですよねと言いたくなるが1970年の倫理観だからなあ 今でも優れた芸術家は狂人と紙一重というイメージはあるからなあ
でもまあ真剣に心の病気に苦しんでいる人達からしたら腹立たしい事か つげ義春さんだって不安神経症だしねえ
一般的な「狂人」のイメージには当てはまらないだろうけど
佐々木マキが駄目なら「ねじ式」はどうなんだと思ったんだが
ガロに掲載されている分には許すというのが手塚先生のお考えらしいです
(当時、佐々木マキの漫画は朝日ジャーナルに載っていた) そこまで言われてしまった佐々木マキだが
ガロそのものに対する手塚先生の対抗意識に自分も巻きこまれたんだろうという認識の模様
手塚先生が白土先生に向けて銃を乱射するから流れ弾を受けてしまった感じ? 佐々木マキの人柄とか知らんからなあ
発言に信憑性があるかは分かんないよね
まあCOMのバックナンバーをチェックしてもしそういう記事がなければガチで狂人…
というのは可哀想でも、手塚治虫に批判されたことを恨むあまり記憶が膨らんでるとかはありそう ジュン事件とかを見る限り、手塚先生は激昂した後で我に返って反省する人のようだから
佐々木マキが抗議していれば意外と素直に謝ったんじゃないかという気もする ジュン事件にしろ佐々木マキ批判にしろ
子供が喜ばないような漫画は駄目だという点で手塚先生は一貫してるので
白土先生ですら、対象年齢が上がって大学生や高校生向けになったと苦言を呈されている
火の鳥の黎明編とか未来編とか、カムイ伝に匹敵する作品を子供向けに描くという意識が見て取れる
ただ注文をつけるだけじゃなくて御自身の主張を実践するあたりはさすが手塚先生だと思いますね
(まあ火の鳥も後のほうになるにつれて対象年齢が上がっていくんだけど) >>88
火の鳥は一部父が持っていたのを読んだけど小学生の時に何かが受け付けなくてシリーズを読む気にならなくなった
その話は奈良の大仏建立の話で技術者のひとりだった主人公が死んでヒロイン?が亡骸?首?遺品?を抱いて泣いていたような記憶があるけど何せそれ以降シリーズそのものを拒否ってたので記憶が曖昧
多分このスレの人達にはすぐ分かる話だろうな
同じ作者と知らずに友達の家でブラックジャックは夢中で読んでたから本当に当時何が気に入らなかったのか自分でも分からない
今読んでみたら平気なのかも? 火の鳥は太陽編だけ妙に大人向けに感じられるんだが、あれは野性時代で連載されたからじゃないかと思う
異形編の後は掲載誌がなかなか見つからず、いっそコミケで売ろうかと手塚先生が言い出すほどだったので
野性時代でも御の字だったんだろうけど、マンガ少年の廃刊は痛手だったに違いない
白土先生は描きたいものをビッグコミックで描けたので幸運だったといえるかも >>89
それは火の鳥・鳳凰編やね
おっしゃるとおりの内容なんだけど、なんか情念が渦巻いているような作品で
主人公の技術者は手塚先生自身、そのライバルである我王は水木しげるがモデルじゃないか
などという説が唱えられたりしている模様ですよ(俺自身はその説に懐疑的ですが) COMの手塚治虫の随筆『まんが賞の審査をして……』を読んで、この対象年の漫画ってそんなに不作だったのかなと思い調べてみた
そしたら確かにこれといった作品があまりないのね
テレビ番組や映画のコミカライズが多いこと多いこと
随筆で触れられた作品以外で目にとまるのは『パーマン』『魔法使いサリー』くらいかな
あと前の年の受賞者の水木しげるの作品がめちゃくちゃ多いのは興味深い
依頼に追いつかずに盗作しちゃったのか 鳳凰編は小学生の頃行った床屋で読んで感動した記憶がある
この間久しぶりに会ったら、まだお元気に仕事をされていて嬉しかった
床屋のおじさん、マンガを見る目があったな >>92
手塚先生はコミカライズに厳しいよね。久松文雄もそれで注意されていて
手塚先生曰く「ベテランになれば、オリジナルを手がけて勝負するくらいの
プライドを持とうではないか。まんが家として」だってさ
1966年の漫画賞に話を戻すと、比較対象が忍者武芸帳だったばかりに
ムロタニ・ツネ象がもらえなかったのはさすがに気の毒だと思うんだ 久松文雄といえば風のフジ丸のコミカライズ
サスケのリメイクもしているそうだけど俺は読んだことがないです
さらにジャングル大帝も手がけてるんだが、そんなのよりオリジナルをやれって手塚先生…… 手塚治虫のジュンや佐々木マキ批判は、石森や佐々木マキにではなく、実験作に対して深読みする周辺に腹立ててのことじゃないの?
まあそれでも石森や佐々木マキ本人は腹立っただろうけど彼らとてそういう手法は長続きしなかった
そういう意味では手塚は本質をよく見てたのかも?
対して白土三平先生のは確固たる意図をもって描かれたマンガだから、ジェラシーは感じただろうけどぐうの音も出なかったと思う ジュン事件については週刊読書人の2018年3月16日号(3231号)で中村一彦が詳しく述べてるんだけど
とある編集者がジュンをモーツァルトの音楽になぞらえて褒めたところ手塚先生が激昂し
COMの編集長(山崎邦保と思われる)に連載打ち切りを命じたそうな
中村氏によると石ノ森先生が小学館漫画賞を受賞する前だったそうだから
1967年、ジュンの連載が開始された直後の出来事でしょう クラシック音楽に造詣が深い手塚先生の前でモーツァルトの名前を
軽々しく出してしまった編集者が迂闊だったんだろうけど
何がまずいって、手塚先生は虫プロの社長でCOMの編集部に対する言葉には
強制力があるはずなのに自重してくれないことですわ
白土先生もガロの実質的なオーナーで支配力を振るえる立場だったはずだけど
つげ義春さんを見つけ出して漫画を描かせるなど影響はプラス方向だったように見えますね 石森の実験作にみんなが勘違いする悪影響を心配したんでしょうな
でも手塚も過剰反応したことを後に反省したしジュンみたいな漫画も別に主流にならなかったから
白土三平先生は見込んだ作家にあれこれ言うような野暮はしなかったね
後にガロでデビューしてくるのは長井勝一が無償で描かせてる作家ばかりだから誰も偉そうに言えないしねw ジュンの連載は続行されたし手塚先生は反省して石ノ森先生に詫びたので
破局的な結末は回避されたんだけど、そもそもブチ切れないでよとは言いたくなるよね
この件に限らず、手塚先生は虫プロの経営者であることを真剣に考えてるのか微妙に怪しくて
中川右介の『アニメ大国 建国紀』によると、手塚先生がマンガの執筆で多忙を極めていたので
虫プロは仰裁に時間がかかりすぎて非効率の極みだったとか 一方の青林堂は白土先生が決裁者ではないので効率的だったけれども
小学館によるガロの買収話が持ち上がった時、長井勝一はどう回答するか
自分自身で決断することを余儀なくされて苦しんだのだとか
悩んだ末に断り、俺も同じ考えだったと後から白土先生が言ってくれたので
感激したそうだけど、これはちょっと長井さんに同情しますね >>96
実験作を過剰に持て囃す風潮に危機感を抱いたんだろうね
一部の芸術が小難しい解釈を必要とするものになって庶民から離れていった流れをなぞられてはたまらんと >>99
ジュンの何が気にくわなかったのか手塚先生は明確にしていて
「セリフのないまんがなんか、まんがではない」ということなんだけど
その翌年には白土先生が「孤島の出来事」を発表し、これもセリフがないのよね
(さらに後年「サバンナ」を描くけど、これは正直かなり実験的な作品だったと思う) 「孤島の出来事」を手塚先生がどう思ったのかは何も伝わっていないはずだけど
セリフのない作品を手塚先生は描いていないんだっけ?
だとしたら自身の主張を曲げなかったことになりますね 筒井康隆が実験作ばかり書いてるうちにファンの多くを逃してしまったのは不幸にして筒井に手塚治虫がいなかったせいなんだ ジュンは、ゼルツニックプロダクションの有名な芸術的映画のパクリイメージが
鼻についてたまらんでしょう。元の映画を知らない人はそういう感じがしない
だろうけれども。あの映画をパクっている漫画は石森だけじゃないがね。 >>103
イシミツは不老長寿をテーマにしている点で興味深いんだけど、130ページちょっとの連作短編なんで
白土先生的にはそれで語り尽くしたってことなんだと思います
まあ火の鳥も永遠の生命というテーマに正面から取り組んでいたのは最初のうちだけで
途中からはコズミック害鳥に振り回される人々が右往左往する話になってましたが 手塚治虫にも風刺漫画のような大人向けの短い作品には台詞無しはあったような気がする
でもそれは根本的に別物だしね 石森は露骨に映画をパクってるのが多いね
あれだけのページ数描いてたらしょうがないんだろうけども! このスレでちょくちょく引用される手塚先生の「まんが家一言診断」
(劇画を描いている連中で絵がうまいのは白土三平氏だけ発言の出典)でも
石ノ森先生はパクリ丸出しである点を注意されているのよね 手塚治虫はアニメでは果敢に実験作作ってるよね
台詞ないのも多かったような
さすが妾と公言するだけある >>102
誰かがジュンをモーツァルトの曲にたとえたので手塚先生が激怒したってことだけど
俺みたいに無学なのが聴いてもモーツァルトは快く感じられるのよね
その点ストーリーを喪失した漫画は旋律のない音楽のようなものだとすれば
そりゃあ手塚先生にしてみれば利いた風なことを抜かすなってなるだろうねえ 「白土三平の忍法秘話はベートーヴェンの合唱幻想曲のようだ」とか言ったら
手塚先生の怒りが数え役満になるんじゃないかと前スレで書き込んだのは俺ですが
ジュンをモーツァルトにたとえたことに対する怒りの原因が上記のようなものだとしたら
忍法秘話がベートーヴェンでも手塚先生は悔しがりはしても逆上はしないかな? >>81
その佐々木マキと糸井重里の対談は知らないけど、COM誌上で手塚治虫が毎号ガロを批判していたというのはないですね
COMは創刊からリアルタイムで読んでたけど、度々引き合いに出てる随想マイマイカブリ以外には見当たらない
佐々木マキは2011年の自選短編集のあとがきでも手塚治虫に狂人よばわりされたと主張している
1969年夏頃の文藝春秋に載ったというのだが、ググったら真相はこんなことらしい↓
https://lovelovedog.hatenadiary.org/entry/20120419/sasaki
手塚治虫も大人げないが佐々木マキもうらみを盛りすぎw 佐々木マキは上記対談を読む限り、友達になりたくないタイプだがw
作品は好きで自選短編集も持ってるし、あとがきも読んでるはずだけど
手塚治虫に関するくだりはまるで忘れてた >>117
なぜか自分もまったく同じで手塚のくだり忘れてた
佐々木マキは絵本も好きだしファンなんだけど……
これはどっちかというと佐々木マキのイメージの方が悪くなるなあ 佐々木マキの盛りすぎの手塚ガロ批判話を見るにつけ、他山の石というか
手塚治虫が白土三平に嫉妬していたのは事実だろうし、白土ファンとしては気分の良い話ではあるが
強調しすぎるのは、贔屓の引き倒しになりかねんと自戒するものであります >>116
ありがとうございます。佐々木マキと糸井重里の対談というのはこれですね↓
https://www.1101.com/n/s/maki_sasaki/2020-01-16.html
聞き役の糸井重里も割と適当な合いの手を入れていますが
朝日ジャーナルで連載したときの支度金が10万だったとか話自体はおもしろいです
佐藤まさあきのところに居候していた平田弘史先生に、お金がなかったらアパートも
借りられないだろうと白土先生が渡した原稿料が6万円だったそうですから
10万とはさすが天下の朝日という感がありますね >>119
事実は事実として存在するでしょうが、怪しげな噂話の類を
面白エピソードとして消費してしまう態度は困ったものだと思ってます
佐々木マキとの対談における糸井重里がまさにそれで、手塚先生がカムイ伝の些細な
デッサンの狂いにまで血眼で難癖をつけていたとかいう話を聞きとがめるでもなく
「人間的には糞だけど、人ではなく神だから仕方ない」と落としどころを用意している
手塚先生に全部おっかぶせた上で免責してしまえば、佐々木マキの盛りすぎた話を
検証する手間も省けるから、その場限りでは如才のない態度なのかもしれませんが
しかし手塚先生がカムイ伝に対抗して同じ忍者ものの「どろろ」を描いたって
どろろを忍者ものと捉える人は初めて見ましたわ 糸井重里って軽薄なんだよな
原発のプロパガンダもホイホイ乗っちゃうし どろろはどう考えても水木しげるの妖怪ものの影響だよな 石ノ森先生による回想もあるしジュン事件は史実なんだろうが
手塚先生がジュンを褒めていたとする真逆の証言もあることはある
虫プロで手塚先生の秘書を務めた真佐美ジュンのブログ
https://blog.goo.ne.jp/mcsammy/e/2f337ec80f87f852098cd539e3f38d50
なお、どんな漫画が好きかと手塚先生に質問された野口勲(火の鳥の担当編集)が
他の作家の名前をバカ正直に挙げてしまったため、気分を害した手塚先生の差し金で
他社の編集長に脅かされたという別の事件に真佐美氏は言及しているが
当事者たる野口氏の証言によると、他社の編集長というのは秋田書店の阿久津信道
そして好きな漫画家を手塚先生に問われたときに挙げたのは白土先生の名前だったそうな >>122
80年代に作った「まず総理から前線へ」っていう反戦コピーのポスター作った事を安倍政権の時には「後悔してる」って言ってるし
体制におもねる日和見主義者って感じだよね >>123
どろろの凄絶さはカムイ伝のそれに対抗したものという説を
ブルボン小林が唱えてるし、白土先生と水木さんの両方の影響がありそうだけど
カムイ伝に対置される手塚先生の作品って一般的には火の鳥だよね >>125
そういう意味では、手塚先生の糞エピソードが出てきたときに検証を試みるのではなく
30年前に死んだ人に厄介ごとを押しつけてしまえば角が立たないと判断するのって
まことに糸井重里らしい態度ではある
まったく関係ない話かつ自分語りになるけど、佐々木マキといえば
子供の頃はムッシュムニエルが大好きでしたね なんであれ死んで反論できない人の悪口は聞きよいものではない
COMで毎回ガロの悪口書いてたというあきらかに事実に反することをメディアに載る場で言う人間はどうもね
作品の素晴らしさは大いに認めるけど、恨みつらみが凝って思考が歪んでしまう人なんだなあと思うばかり
仕事はできるけど、一緒に飲みに行くと他人の悪口ばかりで酒がまずくなるタイプの人だね 妖怪退治って点ではどろろは水木作品に対応してるけど
内容的にはどこか牧歌的な水木作品よりもヒリヒリする感じの白土作品に近いというの分かる
ていうか自分もそう思ってた
何しろ階級闘争史観がっつりな展開だし
神様はどろろ一作で水木・白土の強敵両人に対抗したのかもしれない >>128
COMに掲載された手塚先生の文章は確かに言いたい放題の代物なんだけど
ガロだけを標的にしていたわけではなく全方位にふっかけているし
(ちばてつやですら「ハリスの旋風」の連載打ち切りを勧告される始末)
その中にあって白土先生は最上位の評価を与えられていたのだから
手塚先生の態度はおおむね公正なものだったと個人的には考えている >>129
白土先生と水木さんを一度に相手取ろうとするとは
関羽・張飛と同時に戦おうとするようなもの
さすがは手塚先生というか、神は神でも戦神である 佐々木マキと糸井重里の対談で手塚先生に言及した箇所はいろいろ問題があるが
その次の回で、自分が子供の頃からつげ義春さんは「一流のマンガの先生だった」
と語っているのは嬉しい。佐々木マキ(1946年生まれ)の子供時代って
1960年頃だろうけど、当時のつげさんは貸本漫画家として静かな支持を得ていたんやね
で、そういうのを見ていた白土先生がガロの創刊後につげさんを呼び寄せたと ジャンル漫画ばかり描いて人身すり減らしてたつげ義春先生に
もっと自由なものを描いてはと釣りや初たけ狩りにさそいながら勧めた白土先生まじ天使 >>124
この記事読んだ限りでは手塚さんの差し金で野口氏が編集者に脅されたというのは違うのではと思われる
気分を害したのはそうかもしれないけど、そのせいで原稿が遅れて話を聞いた編集者が勝手に切れたように読み取れるんだけどな
お前のせいじゃ、どうしてくれるんだ、ごるぁ! って
宮崎さんの言い草といい、手塚さんは不当におとしめられがちだね
今も続くアニメーターの不遇の原因に関する神話なんてネットではすっかり定着してて宮崎さんは罪深過ぎる
まぁ、若い頃の歯に衣着せぬ同業者批判なんか読むと佐々木マキみたいに根に持つ敵は多かったろうなと察せられるけど 阿久津「どうです先生? 原稿できてます?」
手塚「いやあ全然……うちの社員が白土さんのファンだそうで最悪な気分ですよ」
阿久津「けしからんですねえ。いっちょ俺がシメときますわ」
こんな感じだったのか?
それだと手塚先生の差し金というより阿久津信道の暴走っぽいが >>134
阿久津編集長が野口氏の襟首を掴んで身体を揺さぶりながら
恫喝の言葉を吐いたというのは遺憾ながら事実だそうだ
また手塚先生の関与もあったらしいのだが
その原因について当事者たる野口氏の見解は真佐美氏とは異なっており
阿久津の恫喝は「原稿の催促で手塚先生を悩ませるな」という趣旨だったと考えている
つまり冒険王の原稿を早く取りたい阿久津と、COMの原稿だけでも遅らせたい手塚先生の
利害が一致した結果の事件だったというわけで、こっちのほうが腑に落ちるような気がする
やっぱ手塚先生やばいわとか、仕事の量を調整してよという感想にならざるを得ないが
野口氏の推察が正しければ白土先生は無関係ですね 佐々木マキの対談の相手って糸井重里じゃないよね??
手塚さんがガロ批判に血眼になってたみたいな謎の言い掛かり以外は佐々木マキに共感できること多かった
杉浦茂が間接的に手塚さんに言及したエピソードも興味深いなあ
長井勝一もこのスレで批判もされてたけど、ちゃんと仕事紹介してあげたりしてて、やっぱり作家に寄り添った編集者だったのではないかと思える カムイ伝の連載が終了するまでは原稿料が出てたんだぞ
(白土先生のお金だけど) >>137
本当だ、糸井重里じゃなくて奥野武範ですね
勘違いしてました。申し訳ありません 揺れ動く手塚治虫の心情って興味深い
自分が開拓したストーリーマンガの地位向上を願う気持ち
歴史ある大人漫画へのコンプレックス
今の目から見ると両者は別物だろうと思っちゃうけどそれは置いといて…
とにかくそれ故にレベルの低い漫画の氾濫は許せない
丸ごと盗作みたいなのももってのほかだし、自己満足で完結しているような実験作が目立つのも嫌(ひっそりやってる分にはいい)
とにかく、しょせん子供漫画とバカにされたくない
ただし漫画の質上げの旗手は自分でありたい
だからやたら質の高い漫画の登場には嫉妬してしまう
そこに関しては感情的になったり冷静になったり揺れ動く
他者の描くレベルの高い作品に対する矛盾した感情
興味深い >>106
えっ? いや筒井さんには
小松左京さんが居たでしょう
まあ晩年は不遇でしたが
個人的には虚無回廊の続きを書いて欲しかったですね。 西の手塚 東の白土
と言っていいほどの存在だったんだなあ
白土先生はトキワ荘みたいに神扱いはされてはないけど… 高野慎三の『神保町「ガロ編集室」界隈』を買った
つげ義春メインの内容だけど、もちろん白土先生も出てくる
高野氏が長井勝一から聞いた思い出話として
三洋社が儲かっていた頃は夜久勉・小出英男と三人で熱海に行って遊んだそうで
「札束を天井に放り投げ、舞い落ちる紙幣を芸者らに拾わせたという」
忍者武芸帳の収益でそんなことをしてたんかい 後に青林堂で、山上たつひこの『喜劇新思想体系』の単行本が売れた際も銀座で豪遊して、作者には豪華な御歳暮で誤魔化したという… >>144
手塚先生は神様で白土先生は仙人
ただ宮崎駿もアニメの神様とは呼ばれていないようなので
手塚先生は早くに亡くなったことで神格化が促進されたのかもしれないと思う >>146
そういう人だった長井さんが白土先生にだけは忠実だったのは
やっぱり結核で入院していたときに面倒を見てもらったことが大きいのかねえ
手術代の肩代わりはもとより、入院中の小遣いまで白土先生からもらっていたそうだから 人を裏切るなって説教までされてハッとしたらしいもんな
10以上も年下の白土先生にw 単行本の印税を契約書通り払ってあるなら何も問題はないけどね
あと手塚さんは生前から漫画の神様と呼ばれてたよ
それはヒット作云々よりも創始者・開拓者的な意味と内容・技巧面での他作者への影響の大きさから自然に呼ばれるべくしてそうなったと思う
自分ら世代にとっては手塚治虫を例え全然読んでなくてもそう称されてることに何の違和感もなかったなあ >>142
矢口高雄先生が初めてカムイ伝を読んだときの衝撃を
「すごい迫力」「すごいペンタッチ」「スピーディな展開」「とてつもない壮大なドラマ」
と振り返っているけど、特に最後の「壮大なドラマ」については手塚先生も対抗心を燃やしたように思われる
ただ壮大なドラマを小中学生に理解させるのは難しいんで、普通なら対象年齢を上げて描かざるを得ないんだけど
あくまでも子供向けの漫画でカムイ伝に対抗しうるものを作り上げてやろうとしたのが初期の火の鳥
その辺に手塚先生の陥っていたジレンマと、その矛盾を突破してやろうという野心のすごさを感じますね 1968年にビッグコミックが創刊され、手塚先生も「地球を呑む」の連載を開始
子供漫画の本分を離れ、大学生や高校生に喜ばれるものを描いていると白土先生を
常日頃から批判していた手塚先生も本格的に青年漫画に手を染めたわけだが
子供漫画を描き続けつつ青年漫画も描くのだから変節ではなく戦線拡大だともいえる
そんなことをやってたら心身に多大な負担がかかるはずだが
手塚先生どんなに苦しんでいても後悔だけはしそうにないんだよね >>152
手塚さんはドストエフスキーが好きで大河物語指向が元からずっとあったもんね 小学館はガロを買収しそこなったので代わりにビッグコミックを創刊したというけど
もしも買収に成功していたらガロが小学館傘下でビッグコミック化し
ガロで「地球を呑む」を連載する手塚先生が見られたってこと?
でも、それまでのガロの執筆陣で残るのは白土先生と水木さんだけというわけで
つげさんは「ねじ式」を描かないし、矢口先生が「長持唄考」でデビューすることもなくなりそう >>154
そういえば手塚先生『罪と罰』をコミカライズしてるんだよね
あれは明らかに子供向けの赤本漫画なのに、ヒロインが娼婦という原作の設定が残ってて
1950年代の作品にしては攻めた内容という印象を受けるんだが当時はどう受容されたのかな
そして、その『罪と罰』を22年後に復刻するのが青林堂なのだった 娼婦とか出しちゃっても直接的な描写がない限り別にかまわなかったんですかね
1957年に手塚先生は「複眼魔神」で女性の着替えを描き、これは問題視されたと聞く
そして1960年、白土先生は忍者武芸帳でキスシーンまで描いてしまうのだった 手塚治虫は1949年にキスシーン描いて叩かれてるよ
キャラクターがバラバラになるシーンも白土先生の作品で話題になった時に
僕がもっと前に描いた時はめちゃくちゃ怒られたって言ってる
愚痴ったのか苦笑しながら言ったのか知らないけど 補足
手塚治虫がキスシーン描いたのは『拳銃天使』
PTAからは敵視され、脅迫文が送り付けられ、新聞では特集が組まれるという大騒ぎになったらしい そうこうしてるうちに白土先生もすっかり落ち着いて仙人ポジションにおさまり張り合う対象ではなくなり
手塚治虫もその時その時の流行り作家を追い回してるうちに亡くなってしまうのだった 高野慎三の『神保町「ガロ編集室」界隈』読了
つげ義春さんはジープ型の車が好きで、白土先生が千葉でRV車を
乗り回しているらしいという話を正助さんにしたことがあるそうな
2017年に崖から転落する事故を起こしたときに運転していたのは軽トラックだっけ >>159
「デッドクロス殿下」でアトムが墜落してバラバラになる場面やね
発表されたのは1960年で、すでに貸本で忍者武芸帳の刊行が開始されている時期
手塚先生は後年その騒動を振り返ったとき白土先生を引き合いに出しているけど
「白土三平さんのザンコク忍者マンガが有名になるまえ」とおっしゃっているので
自分のほうが先に描いたと主張しているわけではないです ちなみに事故った軽トラのダッシュボードには未発表のまんが原稿が入ってたそうな >>163
そうでしたか。記憶違いでした
手塚さんは少年誌でやったから叩かれたんだね
ちなみにロストワールドでは衝撃の食人シーンがあるし、残酷度では最初からとんでもなかったんだよね、手塚さん 白土先生の生前の最後に発表されたラフスケッチが昔の絵柄のサスケだったじゃない
もし未発表作がその時代の絵柄だったとしたら熱いだろうなあ >>164
日本におけるRV車ってステーションワゴンだったりSUVだったり幅広いけど
どう考えても軽トラックは範疇から外れているよね
機械いじりの好きな平田弘史先生が旋盤とかをいっぱい持っているので
つげさんは羨ましがったそうだけど、白土先生のチェンソーとかには興味がなさそう >>166
東大を始め各大学で忍者武芸帳を読む学生がいたと手塚先生の自伝にあるけど
貸本で出た当時は一般に有名ではなかったというわけで、まあ妥当な見解やね
しかし忍者武芸帳が1966年にゴールデンコミックスで復刊されたとき
小学館漫画賞の審査員の多くが新作と勘違いして推したのを「情けない」
と手塚先生はおっしゃっていて、これらを組み合わせると
有名じゃない頃から俺は白土を知っていたというドヤ顔が浮かび上がるのだった たいへんな漫画家が出てきて在野で人気を博している!と手塚先生はソワソワしてたのに
他の業界人はノーチェックだったなんて俺の一人相撲かよと腹立つよな >>168
矢口高雄先生は白土先生に贈物をするのが毎年の慣わしで
白土先生から御礼の電話がかかってくると、とても嬉しそうにしていたそうだけど
最後は一介の漫画好きに戻り、発表する当てもなく無心に描いていた白土先生
最後は一介の漫画好きに戻り、大好きな先生と交流できるのを喜んでいた矢口先生
穏やかで温もりに満ちた晩年だったんじゃないかと思うわね スレの半分くらいは手塚治虫の話題だよな
それだけ影響力あるって事かな 手塚スレが化学調味料スレになってしまって元に戻らないので
こっちのほうが真面目に手塚先生の話をするのに向いてるのかも >>172
いま藤子不二雄A先生も発表しないノートに落書きして過ごしてるからなあ
そういう人って幸せよねえ 『神保町「ガロ編集室」界隈』からエピソードをもうひとつ
(ただし『ガロを築いた人々』で既出だったような気もする)
水木さんの講談社児童まんが賞の授賞式のとき
記念撮影のシャッターを切ったのは高野慎三だったが
フラッシュがうまく焚けていなかったので台なしになってしまい
二度と揃わない顔ぶれだったのにと桜井昌一を残念がらせたそうな
その集合写真に参加していたのは水木しげる、白土三平、長井勝一、佐藤まさあき、楳図かずお、桜井昌一
高野さんは「ねじ式」の誤植でメメクラゲを爆誕させたり、割と豪快にやらかす人という印象 >>173
影響力もさることながら、手塚先生はどんなにいじっても許されるという風潮あるよね
このスレで話題になった「デッドクロス殿下」の残酷表現に関する手塚先生のエッセイ漫画
白土先生への唐突な言及はあるものの至って真面目な内容なのだけれども
「これを描きながら僕は勃起が止まりませんでしたよ」などと手塚先生に語らせたクソコラが
流布してしまい、そっちが本物だと信じている人までいる模様 >>177
白土先生と長井さんはガロ、それ以外は佐藤プロの関係者だよね
「また貸本漫画が売れる日が来るさ! 水木のおっさんのは売れないけどな」
などと言っていた佐藤まさあきや楳図さんが授賞式に駆けつけてきて
壇上でしどろもどろになっている水木さんの心配をしてあげるという心温まる光景っす
佐藤まさあき悪い人じゃないよね? 性獣ではあるけど 辰巳ヨシヒロがあまり話題に出てこないけど
あの人ガロ系ではないけど「劇画」の名付け親だよね確か 辰巳ヨシヒロは重要人物だけど、白土先生との接点があまり見当たらないように感じる
漫画家としての矜恃がある人で(誰かさんと違って)同業者に噛みついたりしなかったとも聞く
兄の桜井昌一はガロ創刊の時点で漫画家を止め出版人になっていたので躊躇なく作品の批評をしたとか
そして白土先生にスパゲッティをおごってもらった一人でもある >>180
確か辰巳ヨシヒロは白土先生との面識自体はあるんだよね
長井勝一と連れ立って千葉まで訪ねていったら
漁師のおっさんと化した白土先生が出迎えたとか何とか ホラー方面の二大巨匠ながら作風が全く違う水木さんと楳図さんに接点があるとは知らなかった
交流のエピソードとか互いの作品についてとかどっかで語ってないかな 水木さんの漫画が佐藤プロから出版されていた頃
楳図さんは佐藤まさあきのところに居候していたというわけで
佐藤まさあきを介した縁なんだけど、授賞式に行くくらいだから面識は確実にあるはず
ところで矢口高雄先生のデビュー作である「長持唄考」には
楳図さんからの影響が見られると白土先生の奥様から指摘されたそうだけど
母親が娘を殺める場面のホラー的な演出を指したものでしょうね
矢口先生は意識していなかったみたいだけど、さすが巨匠というべきか 上京してきた直後の平田弘史先生も佐藤まさあきのところに寝泊まりしていたそうだし
佐藤まさあきって面倒見のいい人なんだな。性獣だけど
その後、白土先生に誘われた平田先生は「愛」などを描いてガロに掲載され
アパートを借りられるだけの原稿料を受け取ったのだった
文無し宿無しの平田先生を居候させてやったのは劇画界随一の性獣だし
そんな平田先生に仕事をあげたのは水木さんから妖怪呼ばわりされるほどの大妖怪だったが
平田先生自身も割と規格外の人なので特に問題はなかった模様 >>154
大河小説というとトルストイのイメージでドストエフスキーは文庫2−3冊程度でやたら長いのはないような
(カラマーゾフがなりそうだったけど未完)
まあ、手塚治虫が漫画化した罪と罰にしても、当時に漫画と比べたらたしかに大長編
それをコンパクトにまとめる手腕はさすがだと思った >>153
>子供漫画の本分を離れ、大学生や高校生に喜ばれるものを描いていると白土先生を
>常日頃から批判していた手塚先生
大学生が読んでるのを嫉妬していたっぽい発言はあったにても
「子供漫画の本分を離れ」なんて批判をしてたかなあ?
少年誌連載のサスケやワタリやカムイ外伝が残酷だとでも言ったのかな…寡聞にして知らないんだが >>187
「白土三平氏は児童まんがからはなれてしまって一部の大学、高校生の読者相手でしかなく」
「児童まんがだ、と知ってもらいたい。COMもガロも……みんな子どもむけまんがなのである」
出典はCOMの1967年3月号に掲載された「まんが賞の審査をして……」というエッセイ
ちくま文庫で出た『COM傑作選』の上巻に収録されてます
COMはまだしもガロを子供向けと見なし、白土先生がそこから逸脱しているというあたりが実に手塚先生らしい 白土先生はガロの実質的なオーナーなんだから何を描こうと自由だろうと思うのは我々が凡俗だからであって
ガロは三ちゃんの雑誌なんだから正しく舵取りしなきゃ駄目だと手塚先生なら言い出しかねない
手塚先生ってテラさん的な理念と個人的な嫉妬心が混ざり合ってるんだろうけど
白土批判はむしろ前者の要素が強く、だからこそ余計にやばい感じがする 辰巳ヨシヒロ劇画の名付け親にしては桜井昌一の弟さんでバリバリの貸本側なんだけど
後から彗星のように現れた白土先生に劇画の名声をぜんぶかっさらわれただけの人なんだよなあ
そもそも辰巳ヨシヒロをはじめ劇画工房もトキワ荘と同じく手塚信者が多いしね
佐藤まさあきもCOM側に描いてるしw
辰巳ヨシヒロはつげさんみたいに恵まれなかったけど晩年再評価されたのは救いか テラさんて漫画少年に投稿してたからアレだっただけで、ぶっちゃけ手塚まんがとは反目する立場よね
その手塚治虫がテラさんと似たようなムーブするところがあったのが面白いw まあ手塚先生もオワコン扱いされた頃から考えにかなり変化があったんじゃないかと思うけどね
その頃はまだ漫画は子供のものという固定観念から抜け切れていなかった
ところで性獣の家に居候したら宿賃代わりに尻を提供しなければならないんじゃなかろうか、などと淫らな妄想をしてしまう >>191
むしろ逆で、テラさんが手塚的ムーブをしていたというべきなのかも
おとなを意識しすぎるな、子供の気持ちから外れるなという手塚先生の苦言は
白土先生だけでなく赤塚不二夫の「おそ松くん」にも及んでいるんだけど
漫画の地位向上を悲願とする手塚先生にしてみれば
我が軍の最強戦力である白いのと赤いのが好き勝手してやがるという気持ちだったのかな テラさんというモンスターを作り上げ制御が出来なくなった手塚治虫!?
自分の弟分の赤塚氏にまで噛み付いてたもんなあ。
白土三平先生はそういったことを全くしようとしない大らかな人で良かった…… >>190
結局すべての根底に手塚漫画があるんだって
ちょうど読み終えたばかりの高野慎三『神保町「ガロ編集室」界隈』に書いてありましたわ
高野さんは戦後の手塚漫画に魅了されて育ったので物語性を重んじる
極言してしまえば白土先生もその上に乗っかってるんでしょう
一方、長井勝一の原点は「少年倶楽部」なのでユーモア第一、笑いが漫画の基本
なお長井さんにとって白土先生は別格である。繰り返すが別格である 白土先生も手塚チャイルドなのは初期作を見れば一目瞭然でね
ところで赤塚さんも後進の同業者に噛み付く点では色々ある人で…
盟友石森さんのチーフアシスタントだった永井豪は呼び出されて厳しいこと言われてるし
逆に手塚さんが永井豪には何も言ってないのって面白い
性や残酷は子供漫画にあっていいという立場だったんだろうな
自分がそれでさんざん叩かれてるし 漫画の根底にある二大潮流は手塚治虫と杉浦茂だと思う
手塚の影響が大きい藤子、石森、赤塚の中にも明らかに杉浦茂が入ってるし >>197
つまり赤塚先生は手塚先生にやられたことを永井先生にやってるわけで虐待の連鎖っぽい
一方、いろんな漫画があっていいという考えの白土先生がガロに呼び寄せた
つげ義春さんは佐々木マキの実験的な(有り体にいえば意味不明な)漫画を読まされたとき
僕にとっても難解だけど、こういう作品があればこそ僕の漫画もまた存在を許される
と語ったそうだが、なんか日本美術院の会員みたいな発言ですね。いや会員なんだけど 白土先生やつげさんはパワハラしそうにないから日本美術院の会員とかにふさわしいだろう
いや漫画家の評価に人格面を含めてしまったら駄目か
しかし1960年代後半に光文社から手塚全集を刊行する計画があったが
虫プロの経営がやばいという噂が流れた途端に掌を返して白紙撤回されたそうな
もはや人格ですらなく経営手腕を評価対象にされるとか漫画家も大変やね 手塚治虫がおそ松くんに苦言を呈したっていう具体的な内容分かります?
火の鳥におそ松くん登場させるくらいなのに 白土先生はセリフのない漫画を描いてるよね
挑発的だよな〜 虫プロの経営危機で光文社が手塚全集の刊行中止って
もしも青林堂の経営がやばかったら白土先生の単行本は小学館から出なかったのか?
と思ったが、ゴールデンコミックスでは手塚全集も(白土先生より後回しだけど)出たので
小学館のほうが光文社よりも寛容というか常識的な態度だったと思われる
というか青林堂が潰れたところで長井さんの責任だな >>201
漫棚通信のブログで引用されているようですよ↓
http://mandanatsusin.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_77ce.html
COMの1967年9月号に掲載された「まんが家一言診断」にあるようだけど
ちばてつやが「ハリスの旋風」の連載打ち切りを勧告されたり
石ノ森章太郎がパクリ丸出しだといわれているのに比べると
赤塚先生にはそこまで厳しくないと思います >>204
ありがとうございます
初めて目にする発言も多く、ここまで言ってたのかと驚きました
いやー、すごいなー
もちろん的を射ている部分も多いけど、でも「ちょっと先生、言い方…」って思わず制したくなるような言いっぷりですね
おそ松くんが大人を意識しすぎてるというのはピンとこなかったけど 手塚先生の言いたい放題のうち、ワタリが荒れているというのは理解できなくもない
特に後半は忍者バトルの連続で、あれはあれでおもしろいんだけど
手塚先生にとっては受け入れがたいものだったでしょうね 権藤晋によれば楠勝平もワタリのストーリー展開に批判的だったという
石川賢はバイオレンスジャックの結末に最後まで反対していたと『永井豪世紀末悪魔事典』にあり
彼はジャックのキャラクターがすごく好きだったからと永井先生が語ってるんだけど
楠さんもそれと同じような気持ちだったんじゃないかな バイオレンスジャックの結末はあれ評価してる人を見たことがない…
ワタリは後半で伊賀崎6人衆の焼き直しみたいなのが出るところはさすがにしんどくなる
手塚治虫はイガグリくんを始祖とするバトルものの面白さをあまり理解しないから余計にダメだったろうな >>205
白土先生が大学生や高校生向けのものを描くようになってしまった
という手塚先生の言葉は明確に苦言でしょうけど
赤塚先生に対しては「警告」に近い感じがします
赤塚先生のギャグは高度すぎて子供がついていけない状況だったのかもしれませんが
それは大人を意識したからというより自然にそうなってしまったんだろうと思いますね >>209
自然じゃないよ。はっきり狙ってた。
筒井やタモリに注目され評価されてるのを本人喜んだりハシャイだりしてた
そして彼らが喜びそうな「実験」に走って結局人気をなくした >>208
ワタリはキャラの魅力とアクションの勢いで押し切っているようなところがあって
そう考えると白土先生の作品にしては異色かも
ああいうのを後進が真似したらどうすると手塚先生が懸念していたのであれば
その点では割と的中していたといえるだろうか
まあ俺自身はワタリの美しい姿を見てるだけも満足なんですが >>212
『ワタリ』のころから梶原一騎が台頭してきて水島新司もそれに続いてイガグリくん的な漫画が子ども漫画の主流になってくるからね
対決や試合の連続ってのは週刊連載に適したスタイルなんだよな
ガロ誌の大河的な『カムイ伝』に対してサンデー誌には一話完結の対決ものの『カムイ外伝』を連載するなど
白土三平先生は嗅覚するどく時代について行ってたと言える
水木しげる先生も貸本『墓場鬼太郎』に対して、週刊誌では一話完結の対決スタイルだしね
『カムイ外伝』のスタイルなら描こうと思えばあれ無限に描けるもんなあ
実際後年にはビッグコミック誌で復活してたものね
大人向きに絵柄が変わってスピーディな展開は形を潜めてしまったけど
読者は大好きなワタリやカムイの活躍がいつまでも見たいわけだからね >>210
誰がうまいことを言えと
心から手塚先生を尊敬している赤塚先生でも叱責や警告を免れない
這いつくばって崇めたところで許してくれない精神性は拳王様や悪魔将軍に近いと思うっす
忍者武芸帳やカムイ伝を読んでダメージを受けてしまった手塚先生
「心地よき痛みというべきか……我らはこの日を待ち続けていたのだからな……」 手塚治虫や赤塚不二夫など漫画家のパワハラ気質が取り沙汰されるが
そもそも出版業界がとんでもない男尊女卑パワハラ社会だからそれに染まった結果とも言えるかも?
白土先生は作品のテーマ通り反パワハラ、反男尊女卑的な生き方を貫いてたっぽい?
自前の出版社を持ったさいとうたかをもかな? >>213
ワタリは秋田書店の白土選集では第三部が収録されていないのに
小学館のほうでは最後まで読めるので、ちょっと不思議な感じ
白土先生としては何かしら思うところがあったんだろうけど
マグマ大使の後半部のようなアシスタントへの丸投げではなかったってことかな? しかし、それでもワタリは描かれるべき作品だったと思う
自由に生きてきた人々がシステムに組み込まれていく過程を綴った物語であり
システムが確立した後の話であるカムイ伝やサスケの前日譚として重要でありましょう
スター・ウォーズでいえばエピソード1〜3にあたる部分やね
というか、ぶっちゃけワタリが美しすぎて辛抱たまらん
これについて述べるとスレを埋め尽くすことになるので割愛するが 書いて良いんだぞ
サスケ、ワタリ、カムイそれぞれファンがいる
狼小僧と桔梗にも少し… ワタリは「垢だらけじゃないの」とツユキねえちゃんに言われながら身体を洗ってもらってたけど
普段は風呂に入らなくても平気な忍びの天才が髪と衣服を整えたら女の子にしか見えない
という設定に激しく興奮する >>204
リンク先は懐かしい、COMで読んでたときの記憶が蘇る
「まんが家一言診断」は思い当たることばかりで結構核心を突いてるんだよね
ただ、当時も「うわあ、はっきり言っちゃったよ」感はあったし「手塚治虫だから言えるんだよな」とも思ったw
全体的に漫画家に対するより、評論家やマニアや彼らに漫画家が迎合することへの苛立ちが大きい印象
やはり白土三平への言及が多いけど、敬意を持っていることは伝わってくるね >>190
劇画というとさいとうたかを、佐藤まさあき、辰巳ヨシヒロらだけど
なぜか白土三平、水木しげる、つげ義春も劇画派でくくられることが多い
彼らは劇画という言葉を使っていないのに
評論家・マスコミから見ると、アンチ少年漫画的カテゴリーなのかな >>215
たとえば、このスレで話題になっている野口事件
手塚先生の意向で秋田書店の阿久津信道が虫プロの野口勲を恫喝したという事実があり
1. 野口氏が白土先生のファンだと知った手塚先生が原稿を描こうとせず、ブチ切れた阿久津がシメに行った
2. 原稿を催促されたくない手塚先生が阿久津編集長を使って野口氏に釘を刺した
どっちにしても結構やばい感じだけど、手塚先生の(悪い意味で)無邪気な性格と
原稿を取るためなら何でもやる編集部の没義道ぶりが融合しちゃってる印象 上記のうち1はさすがに荒唐無稽だろうと思うが、手塚先生なら締切破りの言い訳で
「だって、うちの社員が白土ファンなんですよ!」と言い出すかもしれない
なお野口氏は今でこそ冷静に当時を振り返っているが、事件の黒幕が手塚先生だと
小室孝太郎から知らされたときは屋根の上に上がって「手塚治虫の馬鹿野郎」
と絶叫したのだとか。誰かが虫プロを鉄火場にたとえていたが、本当に…… >>219
アテカ女装の件?
ワタリも、カムイと狼小僧もこなした女装を… >>220
手塚先生は実は藤子F先生とA先生の区別がついていなかったとか
リンク先のコメント欄にあるけど本当なんですかね
それはさておき、当たるを幸い薙ぎ払うという感じの文章が並んでるけど
白土先生を始め同業者に対しては最低限の礼儀とか敬意が感じられ
その一方で石子順造に対する敵愾心に満ちた態度が印象的
よっぽど嫌いだったのね…… >>197
永井豪さんは初対面の感想で
「何も言わないけど目は睨んできてた
俺は手塚ファンなのに」と嘆いてた
それが後には本宮ひろしの結婚式で
2人並んで座らされるぐらい親密になってしまって
手塚さんの葬式では
豪さん男泣きに泣いたとか。 >>224
アテカに変装したワタリはもちろん可愛いけど素顔のときほどじゃない
(だって素が美しすぎるから)
という点まで含めて理想的な女装だと思うっす >>225
まいまいかぶりの他の漫画家批評の文章も、元々は評論家の底の浅い評論に対し
もっと漫画家が批評し合ったっていい、俺が先鞭をつけてやるという主旨ではじめたわけだし
まあ、他の漫画家はだれも乗ってこなかった(影で文句を言う人はいた)みたいだけどw >>227
あのねえ
女の子だったらあんな可愛いわけがない
これは白土ショタの鉄則ね かつてワタリ第三部が収録されなかった理由はこういう説明がされてたのか…
↓
残余のワタリは確かにありますが、実情を申上げますと、作者が病気のため、執筆不可能になり、窮余の策として、赤目プロの方々が代作されたものです。従って、厳密な意味で白土作品とは申せないものです。選集刊行に当り、作家の良心として、先生はそれを拒否した次第です。この間の事情、ご賢察いただきたいと思います。 手塚さんは本宮ひろ志の作品はどう思ってたんだろうか、とふと思った
手塚賞のパーティーで本宮がやらかして口利いてもらえなくなったらしいけど >>231
ただマグマ大使は今日に至るまで後半が単行本未収録のままだけど
ワタリは小学館文庫とかで結末まで読めるんだよね
違いは何なのかな >>228
でも手塚先生の言葉に反駁できる地位や勇気のある漫画家って少なそう
1960年代後半にいたとしたら白土先生だろうけど、勇気はあっても興味はなさそう >>233
Gロボも今は単行本出てるけど横山光輝先生の生前は「絶対に出させない!」て態度だったんだよね
手塚治虫は新宝島を手塚全集のときにイチから描き直したりするくらい過激なまでのこだわりの人だから分かるんだけど…
白土三平先生はやわらか頭だから定期的に態度を軟化させる人だったんじゃないかねえ…
『カムイ外伝』の映画化も急に許可を出したり、『源とツグミ』や『2年ね太郎』なんかも生前に出たし(すぐ品切れなりましたが…) >>230
ワタリ連載中の白土先生の病気って胃潰瘍だよね
あの頃は業界でも手塚先生に次ぐ忙しさだったろうから無理もないけど
むしろ手塚先生がそういう身体の不調を経験してないように見えるのがすごい >>235
源とツグミは赤目プロが許可を出したことより
白土先生が関与してないのに復刊して売れると小学館が判断したのが意外だった
北野英明のリボンの騎士や森野達弥の鬼太郎は単行本になる見込みすらないのに
それらと違って完全オリジナルだから? 高橋留美子の推薦文がもらえたのが大きい? まあ手塚先生は肉体的にも60歳で一気に限界が来たしね
白土先生が胃潰瘍をやったことで仕事の仕方を見直し
我が身をいたわるきっかけになったのなら怪我の功名というか一病息災というか 手塚治虫はどー考えても精神状態普通じゃなかったよな
平均睡眠時間2時間も無かったんじゃあ…
白土先生は漁師生活で心身の平穏を保っておられたんじゃ >>235
久松文雄が魔神ガロンのペン入れを担当したときのことを
ふゅーじょんぷろだくとの1982年1月号で語っているんだけど
手塚先生の下描きはそれはもう雑なものだったそうな
「もう、全然わかんないんだよ。顔が宙に浮いてるようなのしかなくてね。丸と三角だけみたいな」
ワタリの第三部もそんな感じだったんだろうか
普段なら白土先生は緻密な下絵を描くし
手塚先生もペン入れまで自分でやりたがる人だったそうだけど 手塚治虫ってキャラの下絵を人に任せたりする人だっけ?
手塚プロのアシスタントは基本的にペン入れと背景をやってる印象しかない…
それだけにあたり状態で他人に下絵から先を任せた原稿は不本意なんじゃなかろうか?
白土三平先生をはじめ横山光輝や赤塚不二夫などの売れっ子の先生方は、上手い人に下絵を任せちゃう人が多いけど…
ワタリ第三部は小山春夫がコマ割りとあたりとって岡本鉄二が下絵を描いたんじゃなかったっけ? 実際、手塚先生にとっては不本意だったんでしょう
秋田書店版の魔神ガロンは海龍王を倒したところで終わっちゃってるから
ワタリの場合は第三部になっても絵柄の違いが目立ったりしてないと思うが
しかし久松文雄の仕事がいいかげんだったと責めるわけにはいかないようだ
久松さん本人の証言によると、その仕事の報酬をもらっていないそうだから 上品な手塚タッチを帯びた久松さんの絵柄はそうやって鍛えられたんやね
(下品な手塚タッチなんてあるのかと突っ込まれそうだが、その問題には立ち入るまい)
ともあれ漫画家にとって熟練したアシスタントがいかに重要かとわかるエピソードであり
白土先生が高いお金を払って小島剛夕を呼び寄せたのも頷ける とくに本人より達者な下絵を描けるスタッフは重宝されるよね
水木しげるもめちゃくちゃ美しい鬼太郎の時期とかあるもんね >>242
手塚先生が火の鳥黎明編を描いていたときのことを、担当編集だった野口勲が
「カリカリと原稿用紙にペンを走らせ」と回想してるんだけど
してみると本当に重要な原稿は自分でペン入れまでやってたんでしょう
魔神ガロンはそこまで重要じゃないから妥協したんだろうけど
それでいきなり「丸と三角だけ」というのも極端な話だし
白土先生が丁寧に下描きして、後はアシスタントを信じて任せられる
赤目プロのほうが効率よくやれそうな印象 >>245
水木さんって可憐な美少女も描けるんだなあと思いながら読んでて
その箇所はつげ義春さんの絵であることを後から知ったよ
行方不明のつげさんを呼び寄せた白土先生の功績かもね >>246
横山光輝先生もほとんど下絵になるところまで描いてくれるから楽っていうアシスタントもいれば
丸や三角で渡されて途方に暮れたって人もいるくらいだから
「この人はここまで描く」ってのは時と場合によるんだろうけど
手塚治虫に関しては「簡単なあたりだけ」ってのは緊急事態感ありますねえ
治虫はペン入れとかさせたら下書きなしでやるってのはよく証言されてますな
白土先生もあたりをどの程度の緻密さで描くかはムラがありそう
作品によってスタッフの関与がまちまちなのを見ると 魔神ガロンの代筆部分が単行本化されたのは手塚先生の死後だからね
生前は許さなかった
横山先生のジャイアントロボと同じ
マグマ大使が死後も単行本化されてないのはそれほど違うものになっちゃってるんだろうかね 白土先生が水木さんを講談社児童まんが賞に推薦したのは有名だけど
石ノ森章太郎の受賞にも白土先生の尽力があったと毛利甚八の白土三平伝にある
手塚先生は石ノ森先生の受賞を時期尚早と言いたげな口ぶりだったが…… >>248
誰が魔神ガロンのペン入れをしているのか手塚先生は把握していなかったらしいし
(俺が手伝ってることを手塚先生は知らなかったんじゃないかなと久松さんは回想している)
当時の混乱ぶりが窺えますね
精密な進行表を作成してから作業する赤目プロとはやり方が違ったようだけど
1960年頃の話だし、手塚先生も手探り状態だったんではないかと 手塚「石森君は打率はよくても決定打に欠ける感じなんですよね。安直な模倣も目立つし」
白土「まあ今後に期待をかけるってことで……」
手塚「白土さんがそういうんなら」
こんな感じだったのかな?
手塚先生の指摘自体は筋が通ってるのが辛いところやね ちばてつやさんの方が先に認められてたってのは意外やね
まあ、原稿が丁寧だもんなあ… 神様は荒ぶることもある
白土先生は仏様
サスケのリメイク版が単行本化されないのは何でかな
そんなに荒れてんのかな 完全ノータッチだからじゃない?
あと尻切れとんぼみたいだし…
だったら楠勝平名義でもなんでも良いから出してあげても良かった気がするが
代筆作が一番メジャーというのは良くないと思ったのかな?
そうこうするうちに商品価値が薄くなったので誰も強くは依頼しなくなったというのが真相のような気もする
生前に最後に出た単行本に予告だけは復刻されたね >>249
魔神ガロンのアシスタント担当部分は手塚先生本来の絵と比べると劣化が目に余る
という指摘はたまに見かけるけど、ワタリの第三部はそこまで違和感ないので
秋田の選集で未収録なのは単に白土先生の拘りの結果?
ガロンを代筆したアシスタントが久松文雄だとすれば当時は二十歳前のはずで
それはさすがに無茶したもんだという感想になりますね
そういう無茶を乗り越えて風のフジ丸の頃は立派に成長してたってことかもしれないけど ワタリ第三部、本当に些細な差しかないんだよね
白土先生は実はほとんど描いてない説が生まれるのも無理がないくらいこの頃の赤目プロの充実度はすごい
やっぱり気に入らないのはストーリーの方なんじゃない?
風魔くらいインパクトのあったワタリ一族がいきなり矮小化されたのは最初に読んだ時も気になったもんね >>254
ちば先生の受賞作である「1・2・3と4・5・ロク」は掲載誌が少女クラブなんだよね
候補の実力が伯仲しているなら自社の連載に獲らせたいという講談社の意向があったのかも
というのは、1966年の選考では「巨人の星」を講談社が特に推していたと手塚先生が証言しているから
しかし原作付きであるという理由で翌年に回され、石ノ森先生のサイボーグ009が先に受賞したとか
手塚(ストーリーを他の人に考えてもらうとか甘ったれてるのは許せませんね。石森君のほうがましです)
白土(巨人の星はすごく売れているそうだが、だったら賞なんかなくても安泰だろう)
こんな感じで手塚先生がテラさん的理念を貫く一方、白土先生が不純なことを考えてたら笑うけど 不純というけど、それはそれで受賞者を選ぶ理由になりうるか
講談社としては、どうせなら自社の作品に賞をやりたい
白土先生としては、恵まれない漫画家に世間の注目を集めるのも賞の機能だ
手塚先生としては、純粋に優れた漫画を受賞させるべき
1965年の水木さんの受賞では講談社の思惑と白土先生の主張が結果的に一致したとか? 白土先生ならそういう視線で選びそうw
ただ、石森氏は充分稼いではいたんでしょうが テラさん的理念と茶化しているけど手塚先生のほうが正論ではあるのよね
「恵まれない漫画家に賞をあげたい? 何いってるんですか
私がサスケの受賞に賛成したのはねえ、あなたを憐れんだからじゃなくて
ひとえに作品の価値を認めたからなんですよ(歯ぎしりしながら)
御自分を貶めるのは止めていただきたい」とウザ絡みしてくる手塚先生とか胸熱 >>241
え?丸首ブーンと金三角だけ?
手塚マイナーキャラの羅列で申し訳ないが。 講談社児童まんが賞はサスケ(1964)とサイボーグ009(1966)で
間に挟まれているテレビくん(1965)が相対的に微妙な印象なのは確か
その後の水木さんの大成功でみんな納得しちゃってる感があるけど
そこを白土先生の慧眼とするか手塚先生の正論とするか >>264
丸首ブーンは主役を張ったことこそないものの名キャラやぞ
どろろの父ちゃんを演じていたことがあるけど
あれはサスケの父ちゃんである大猿大助に相当するキャラだと個人的には考えてます
(アニメ版で声を当てている役者も同じ人である) テレビくんは読み切り、しかも少年誌では1作目なんで
それで受賞させてしまうのは時期尚早じゃないかという議論は前スレであったね
あまり悠長なことをいってたら水木さんが干上がってしまうおそれがあったわけだが 水木さん週刊誌に進出するにあたって白土先生に電話で相談したりして慎重だったからなあ
一戦必勝のつもりで必死に描いたテレビくんだから賞をあげて欲しかったね 相談に乗ってあげている白土先生は頼もしい兄貴分みたいに描かれてるけど
本当は水木さんより10歳も下なんだよね 手塚先生は「白土作品に遠く及ばない」という鬼畜な理由で
ムロタニ・ツネ象に小学館漫画賞を与えなかった人なので
「このテレビくんというのは去年のサスケに匹敵する作品なんですかねえ?」
程度の要求は突きつけかねない。そこで「俺はそう考えてますけど」と白土先生が答えた日には 毛利甚八の白土三平伝が電書で復刊されてるから買っちゃったよ
毛利氏が原作を担当した『家栽の人』おもしろいよね
ちなみにマンガワンで無料公開されてます 水木先生の児童まんが賞受賞は翌年に悪魔くんでならまぁ納得
もしくは第9回で鬼太郎が取ってたら誰も文句のつけようがなかった 水木さんは小学館児童まんが賞をもらったことで仕事が一気に増えて
貧乏から抜け出せたというけど、白土先生はどうだったんだろうか
受賞する前から仕事しまくってるように見えるんだが >>274
受賞作としてサスケと悪魔くんとサイボーグ009が並んでたら壮観だろうねえ
と思ったらサスケの翌年は丸出だめ夫だったわ。いや丸出だめ夫も悪くないけど 白土先生がサイボーグ009に肩入れしたというのが少し不思議だったんだけど
少年キングの連載は打ち切りだっけ? ほっといたら埋もれてしまうと案じたのかな
そうやって受賞した石ノ森先生に「パクリ丸出しだから、もうちょっと工夫しろ」と苦言を呈する手塚先生
そしてマガジンに掲載誌を変えて再開したサイボーグ009の最終回がブラッドベリからの借用という流れか 009の加速装置は海外SF「虎よ!虎よ!」(ベスター)からのアイデア借用
そこまでは許容範囲だと思うけど、奥歯が加速装置のスイッチというディテールまでそのまんまというのが石森流?
変身忍者嵐の伊勢海老を殻そのままで刺し身にするエピソードは山田風太郎の忍法忠臣蔵から丸パクリだし
すぐパクリパクリという風潮は好きではないが、石森氏のはあからさますぎてもうね 風太郎と言えば、横山光輝の「伊賀の影丸」の第一部は原作山田風太郎のクレジットが必要なくらい「伊賀忍法帖」そのままだけど
白土三平の人体改変忍者影一族も風太郎の影響を受けたと思われるけど、十分にオリジナリティがか担保されていて、あれをパクリという人はだれもいない 「伊賀忍法帖」ではなかった、「甲賀忍法帖」の間違いでした >>280
横山光輝先生といえば三国志も吉川英治の影響下にあるけど、特にクレジットはないよね
しかし藤崎竜が封神演義をコミカライズしたときは安能務が原作者となっており
時代が下るにつれて著作権関係は厳しくなっていくってことですかね 白土先生の作品で他者の小説を下敷きにしたものとしては「竜震(真田軍記より)」があるか
といっても原作である井上靖の「海野能登守自刃」に沿っているのは前半だけで
海野能登守の遺児である楓の仇討ちを描いた後半は完全な白土オリジナルの展開
もはや二次創作というべきだろうけど井上靖は知ってたんだろうか
東邦漫画出版社から貸本で出た頃から真田軍記が原作として明記されていたので
隠す気は全然なかったんだろうけど >>282
影響下というか、印象的な出だしから、吉川英治三国志オリジナルキャラまでそのまんまというのは… >>283
原作として明記されているなら(作者本人か管理者かは)知ってたんでしょう
明記もされず柴田錬三郎の「猿飛佐助の死」を霧隠才蔵に変えただけという短編が石森章太郎のであるけど
のちに柴田錬三郎原作で真田十勇士描いてるけど、柴錬はあの短編の存在を知ってたのか気になる 吉川英治と言えば、漫画でも映画でもTVドラマでも宮本武蔵と佐々木小次郎のヴィジュアルイメージは
ほぼ全て吉川武蔵のオリジナルキャラの影響の元にある
ああいうのはパクリとかではなく、作品が強すぎてイメージが定着しちゃってるからどうしようもないんだろうな
武蔵は老年の肖像画があるからまだしも、佐々木小次郎なんて不細工なイモ男かもしれないのに、絶対鏡隼人w >>284
三国志といえば、司馬懿の「戦えなければ守り、守れなければ逃げる」という言葉
これは大猿大助がサスケに教えた「戦えない獣はじっとしている
それでも駄目なら逃げる」の元ネタじゃないかと個人的には思ってる
ただし出典が諸葛孔明没後における司馬懿の公孫淵討伐(吉川英治の三国志にはない)
なので、かなり細かく読み込んでいないと拾えないはずだけど 横山光輝先生が吉川三国志を参考にしていたといっても
真の原作者は羅貫中だから吉川英治についてはクレジット不要……いや苦しいか
白土先生はシートン動物記の訳者の内山賢次に御礼をし
内山氏はその後ガロで執筆するなど交流があったそうですね >>287
白土三平先生、ほんと歴史書とかたくさん読んでて、けっこうマニアックな出典からネタ拾ってきてるフシあるから凄いんだよな
マニアックなネタだからってそのまま披露するわけじゃなくて一見荒唐無稽な内容に仕立て上げるセンスも凄い >>288
三国演義を読んでなかったせいで吉川英治の創作部分が分からなかった可能性があるんだよなあ…
当時あんまり気軽に手に入る翻訳もなかったと思うししょうがないんですが
連載が長期化するにつれて、大人も読んでると分かってきたんで、次第に色々な資料を手に入れて描くようになったみたいだけど >>289
ちなみに司馬懿の言葉はその後に「逃げられなければ降伏し、貴様はそれすらしなかった
ならば死ぬしかあるまい」と続くわけで、本来は冷酷な悪役の言葉なんだよね
白土先生がそれを攻撃される側のセリフにしたのであれば逆転の発想だけど、さて真相は >>290
横山先生が三国志の連載を開始したのが1971年で
三国志演義の立間祥介訳が平凡社の奇書シリーズで出たのが1972年
タイミングが悪かったともいえるかな
「司馬懿の言葉がサスケに取り入れられている」説が正しいとすれば
白土先生はの中国古典文学全集(1958年刊行開始)で三国志演義を読んでいたんじゃないかと思うんだけど
このシリーズは定価が1冊あたり620円で、全33巻を買おうとすれば2万円になるんですわ
いくら白土先生が水木さんからは富豪に見えていたといっても、そんな気軽に出せたかは謎 >>266
空気の底の一編で主役はありますが
それはともかく
なるほど サスケも参考にして描いてたりして
手塚さんならやりかねんな。 >>294
丸首ブーンはアトムのロボット爆弾の巻(1956年)が初登場
白土三平の漫画家デビューが1957年8月だから、
丸首ブーンをサスケを参考にして描くにはタイムマシーンが必要
どろろの父ちゃんにあてるのに大猿に似た自分のキャラをキャスティングなら可能性ゼロではないだろうけど >>288
私の持ってるシートン動物記は集英社版コンパクトコミックスだけど
内表紙に訳:内山賢次と表記されてる >>295
むしろ忍者旋風の佐助が丸首ブーンを参考にしている節があるが
>>266の主張はあくまでも「どろろ」の火袋が大猿大助に相当するキャラだという趣旨でしょう
どろろが貴族の女性から饅頭を恵まれたとき
火袋はそれを投げ返して護衛の侍どもと大立ち回りの末に死ぬわけですが
サスケがそんなふうに施しを受けたら大猿はどうしたかなんてことを考えますね
毒を盛られているおそれがなければ普通に受け取ってサスケに食べさせる? >>296
俺が持っているのは小学館文庫の電書版ですが
奥付に内山賢次の名前が明記されてますね
このシリーズがもっと続かなかったのが惜しまれる
白土先生の描く狼王ロボとか読んでみたかったです >>297
大猿は革命戦士でなくてあくまで忍者ですから、平気で食べさせるでしょうね >>292
水滸伝は百二十回本の原作を読んでると思う
吉川版は途中で作者が亡くなって未完になってるからね
横山版は改変しつつも一応ラストまで描いてる >>300
横山水滸伝は120回本なんだ
岩波のは旧訳も新訳も100回本だから、120回本だとすれば漢語で読んだのかな
たしか100回本も120回本もラストは一緒だけど、細かいエピが違うんだっけ? >>301
おそらく平凡社の駒田信二訳を参考にしたものと思われる
白土先生が読んでた説が出ている三国志演義の立間祥介訳と同じシリーズね
だったら横山先生は三国志をコミカライズするときも最初から立間訳を使えばよかったのに
と思わないでもないが、たぶん意図的に吉川三国志を原作にしたんじゃないかという気がする
それくらい人口に膾炙してたってことは想像に難くないんだが まあ大猿大助のセリフが司馬懿の言葉から来ているかどうかはさておき
白土先生なら三国志演義と水滸伝と西遊記と金瓶梅くらいは読んでただろうなと勝手に思ってます
いやサスケや桔梗ちゃんのどこに金瓶梅の要素があるんだといわれると困るのだが 水滸伝は荒くれ者の話だけどエロいエピはなくて(金瓶梅に集約してるのかもしれん)
その代わりと言ってはなんだけど、人肉食は頻出する
黒旋風の李逵が殺した相手を食ったり、盗賊夫婦経営の宿屋に泊まると肉饅頭にされたり
「人獣の宿」あたり、そんな雰囲気なきにしもあらず 金瓶梅的エロエロな世界のサスケとか想像すると
なんていうか……その…下品なんですが…フフ……勃起……しちゃいましてね…… >>304
あの人肉饅頭夫婦の何がすごいといって
普通に仲間入りして梁山泊百八星に名を連ねるんだよね
確か横山先生のコミカライズでは割愛されていたはず
「人獣の宿」とか「原人の墓」で人を犯したり食ったりしてる連中って
野蛮人なのか、はたまた倫理観がぶっ壊れた文明人なのか
どっちにしろ高貴なる蛮人を現代の日本に求めても得られるわけがないという
白土先生の突き放した視線を感じましたね 吉川英治の新水滸伝でも、梁山泊の仲魔に誘われた子守り中の李逵が、子守りしてた子供が邪魔だからとさっさと殺害するエピソードとかは、池に放り込もうとするのを止められるとかに変えられていた…
子供向けに描いてた横山水滸伝の李逵は愛嬌のあるだけのキャラに…(原作は無慈悲なのに情に厚く愛嬌もあるのが怖いんだよな)
サスケのセクシーな話とかは見たいけど白土ファンは残酷漫画は求めてないよね… >>307
すみません、残酷な話は求めてないけど、サスケのセクシーな話もみたくないです
桔梗やスガルや螢火のセクシーなら大歓迎ですが
もちろんサスケのセクシーなのを見たい人がいるのも否定はしないです いや 人間が出来ておられる
そんな事 僕はとても言えません 僕は義父が嫌いなんで
僕は3歳で父を病気で亡くし 母の再婚なんですが
48歳の今になっても心を閉ざした男なんでね
ボケても絡めませんわ 何せ向こうが「赤の他人」を貫いとるんで 何で親子関係を結んだんだか?意味不明な男です
母は3、4歳の僕に「反面教師にしたら良い」と綺麗事抜かしてましたが
いやいや 先ずは普通の教師に会わせえや
それでも 僕なりに真っ当な道を歩めたと思うのは
在日の親戚の古本屋から貰った手塚治虫や永井豪らの漫画でしたわ
昭和48年産まれの童貞の僕が
昭和49年に始まってる筈のけっこう仮面を単行本で読んでるんやから我ながら凄い!
どんな家庭環境やねん? >>304
人肉食が単なる殺人の延長でとりわけ猟奇的だという書かれ方してないんだよね
倫理観とは違うかもしれないけど、同じ水滸伝で、登場人物が入牢したときは必ず刑務官に賄賂渡して便宜を図ってもらうけど
それも非常にあからさまで、秘密裏でとか裏で手を回してという感じじゃなく当たり前なことになってる
日本だと「備前屋、お前もワルよのう」「お奉行様にはかないませぬ」「フハハハ」みたいにあくまで陰の話なんだが >>297
火袋父ちゃん 無謀やけど
せめてもの意地を見せてたなあ
大猿は食わしてたんじゃないですかね
多少腹が立っても、先ずは空腹を満たさないと
とか。 >>307
白土ファンが残酷漫画を求めていないというと奇妙に聞こえるが
おっしゃりたいことはわかる
情に厚く気配りができる設定のキャラが仲間以外の苦しみには無頓着で
それが当たり前であるかのように描かれるのは今日の創作でも間々あることだけど
そういうのは白土先生の作品には見られないものだと思う ところでサスケのセクシーな話といえば
遊郭に潜入しなければならなくなったサスケとワタリが
花魁の恰好させられる妄想とかしてしまうことがあるんですが
他人様に開陳しないよう自重しますんで堪忍してつかあさい
(なおサスケとワタリで30年くらい時代がずれていることは無視している) 白土漫画にもたまに食人は出てくるが
昔はわりと食人は行われていたという歴史を知らないと
三國志や水滸伝なんかの物語は奇妙に思えてしまうんやろね
それどころかわりと近代の阿Q正伝ですら誤読するらしい >>312
フフフ荒木飛呂彦先生は白土フォロワーだからな
このスレに現れるのは当然のことよ 花魁に変装とかサスケは怖がったり恥ずかしがったりしそう
ワタリはノリノリで廓言葉とか使いそう でもゴテゴテした女装をばっと解除して美少年の姿を現すのって格好よくないですか
たぶんサスケが恥ずかしさのあまり挙動不審になっているのを
ワタリが「この子は生娘なんで」とか言い訳してごまかしつつ
変装をかなぐり捨てた後は一転して活躍するんですぜ 花魁で生娘はありえないから禿(かむろ)だな
花魁のおつきの禿ならおかしくない
花魁のおつきの禿に恥ずかしがらせるようなことをする客は出入り禁止ものだけどね
サスケやワタリだけでなく、キギスやコッパも女装させてやってくれ
四貫目は遣り手婆に化ける >>319
ぬしさま、何をしてなんし?
ホホホ、それはオボロ影でありんす
それに、あちきはオナゴではごさりんせん
偽りとお思いなら、これを見なんし! >>322
風魔三部作だと四貫目は公儀隠密を辞めた後
風魔に仕事を斡旋してもらったりしつつ雲盗り暫平っぽい稼業だったようだから
そこにワタリがいたら爺の手伝いで遊郭に潜入くらいやるかも
サスケは……まあワタリに付き合っていたということで 女装はしないことにかけて定評のあるサスケだからな!
大猿大助のような大男も女変装は苦手そう >>324
それ美しい少年でも一向にかまわん
そっちのほうがむしろ良いとか相手が言い出すフラグっす >>327
むしろ大猿がゴツいおばちゃん(またはお婆ちゃん)に変装してマナーの悪い客をどやしつけて追い払って高笑いとかあってもいいんじゃないだろうか >>324
大喜びで股間に飛びついた稚児好きホモ野郎は
すり替えられた唐辛子を口に含んで悶絶 中国の食人に関する倫理感の違いは凄い
日本の飢饉の時の話とは全く別個の感触
吉川三国志がその辺のエピソードを改変してるのは当然やねえ
江戸時代の翻訳ではどうなってたんだろうとか気になる 劉安が妻の肉を劉備に喰わせた話は鎌倉武士の逸話「鉢の木」を引き合いに出してたな。 白土先生がシートン動物記で講談社児童まんが賞を獲ったときは手塚先生が審査員だったはずだけど
改めて読み返すと「フェニボンクの山猫」「ウォスカと赤頭の子狼」「スプリングフィールドの狐」と
すごく手塚先生好みの内容やね(手塚先生といえばマザコンでケモナーという風潮) 拷問シーンは子どもの時に読んでトラウマになった
溶けた鉄だったか鉛だったか飲んで死ぬとこもカッコよかったけど震え上がったわ 手塚スレは化学調味料スレとなっていたが、どうにか復旧したのか
何がグルタミン酸だ白土先生はイボテン酸たっぷりのベニテングタケでも召し上がるんだぞ >>335
ゴンのことが好きだったから、あの最期は本当に恐ろしくて悲しかった…… 幼少時に「白土三平フィールドノート」を読んで生き物やその食味への興味を強く持つようになったという
生物系ライターの平坂寛という人がいるんだけどその人がしばらく前にYouTubeにベニテングタケの食レポと
毒レポをしている動画を公開していて今確認したら不適切とかで運営によって動画が非公開になってた 三陸の奇妙な海の幸「エラコ」を食べる :: デイリーポータルZ
https://dailyportalz.jp/kiji/180925204015
平坂さんって、この人か
白土先生の足跡をたどっていくという感じの記事だけどおもしろかったです
しかしYouTube的にはベニテングタケは駄目なんやね >>339
他の人が真似すると危ないからという建て前はあるでしょうけどでもその割にはベニテングタケの食レポ動画は他の人も上げてるんだよなあ >>333
劉安みたいに忠義が極まった挙句の食人となると日本では安達ヶ原の鬼婆かな
手塚先生は安達ヶ原モチーフで短編をひとつ描いていたはずだけど
白土先生にはあったっけ? 黒塚の風がそうなんだろうか >>340
ベニテングタケ自体は違法でもないし
白土先生が少年時代を過ごした信州みたいに伝統食としている地方もあるけど
中毒することを目的として食べたと判定されたらアウトなのかねえ >>342
なるほど、合法ドラッグ扱いか
真田剣流で黒猿が要望を変えるために、草の汁を顔に塗って吹き出物出したり
土中の幼虫を丸呑みして嘔吐したりしてたけど、あれもちゃんと特定種類を知ってて描いてるような説得力がある >>338
平坂寛はその著書である『喰ったらヤバいいきもの』で
白土三平フィールド・ノートをファーブル昆虫記とともに幼少期のバイブルとしているんやね >>343
サスケもトネさんの気を引こうとしたとき幼虫を飲んで急病を装ってましたっけ
一方どろろは腹を空かしたら地面を掘って芋虫を食べていたけど
あれは泥臭そう。まあ味なんか気にしていないんだろうけど >>346
腐葉土の中に住むカブトムシの幼虫は土臭くて美味しくないけど、朽ち木の中に住むカミキリムシの幼虫は美味しいって信州出身の親が言ってました >>345
平坂寛氏もジャンル違いの白土チルドレンですねえ >>347
イタドリにつく蛾の幼虫を炭火焼で食べる話が白土先生の本にあったっけ
イタドリ自体、人間が山菜として食用にするくらいで美味だから
虫の味もやっぱり餌が決め手なんでしょうね どの虫は食べられるとか、どの草は肌をかぶれさせるとかは本筋と関係ない枝葉末節と思いきや
そういう生きていくための知恵の有無が最終的にサスケと服部半蔵の勝敗を分けることになるとは >>347
カミキリムシの幼虫はファーブル先生も(実験として)食べてたね
最初盲目の知人に食べさせて、美味しいと言ったあとで自分も食べたという鬼畜ぶりw
フライパンで炒めて食べるとホクホクしてクリーミイでとても美味しいとかなんとか >>343
あれ効果を知ってたとしても実行するのは躊躇うな
特に嘔吐剤的な幼虫
本当に目的の為に身を削ることが当たり前の職業なんだなあ>忍者
一回酷く吐いたくらいで鍛えた働き盛りだろう年頃の男が一気に乞食の様にやつれるかなという疑問はあるけど
それは草の汁で爛れさせた顔面と演技力で補ったと考えるか いくらカムイが徳川の秘密を握っているからといって
あそこまで犠牲が増えても追忍を送り出し続けるものだろうかと昔は思っていたんだが
公儀隠密も官僚機構の一部であり、コストの割に得られるものがないとわかっても
当初の計画を修正できずにいるというのは却ってリアルに感じられるようになってきた >>352
黒猿が一気にやつれたのもさることながら
息を引き取ると同時に顔の爛れが消えていくのはさらに空想的なんだけど
彼が許されたことの端的な表現として必要な演出だよなと思う
ブラック・ジャックでも人面瘡の男が死ぬなり本来の顔に戻っていたし >>353
そうなんだよなあ
情報化社会の今ですら政権のスキャンダルなんてたいしてダメージになんないのにましてや江戸時代
でも公儀隠密組織がお上の一大事だと騒げば予算も権力も手に入る可能性あるからああしたことはやるかもね
『風魔』でもそういう権力闘争は描かれてましたな そもそも戦国時代ならともかく、泰平の江戸時代に史実として抜忍追忍なんてのがあったか疑問ですけどね
薩摩藩に潜入してて正体ばれて命からがら逃げるなんてのはありそうだけど >>354
あれ結構説得力があって納得しちゃってたw
顔の腫れが引くって生命活動が無くなった証だなって
実際にはどうなるのか知らないから感覚的なもんだけど >>356
史実の忍びがどうこうというより、脱走兵的な存在としてリアルに感じられたのだと思う 雲盗り暫平も抜け忍だよね。
上様のお墨付きだけど。 暫平は円満退職だったね
真田剣流の四貫目はストライキの末に辞めたんで円満からは程遠いけど
少なくとも追忍に悩まされるようなことはない模様 Wikiの「忍者」にも抜忍への言及はあるな
存在は疑問視されてるけど、伊賀流の項には抜忍成敗があったと記述されてる
ただ江戸時代には、逆に抜忍して帰農することは予算節約のため推奨されたと夢のないことが書かれてる 四貫目の人生を想像してみる
1580頃 百地丹波の下忍として働く(大摩のガロ)
1581 天正伊賀の乱。伊賀から独立
1603頃 公儀隠密として服部半蔵の部下になっている(因童)
1605 半蔵に対してストライキを起こし公儀隠密を辞める
1615 フリーランスの忍者。風魔から仕事を斡旋してもらうことも(真田剣流)
これだと2回も抜けていることになるな
サスケやワタリはまた別の世界線ということで 上の年表では四貫目が半蔵配下になった時期が不明なんだが
本能寺の変の直後、神君伊賀越えで家康に協力した伊賀者が召し抱えられたそうだから
その中に四貫目も混じっていたと考えるのが自然か
「ワタリ」でワタリ一族を徳川の勢力に取りこもうとする半蔵と戦った
四貫目とは真逆の行動ってことになるけど 1582年だな
伊賀者に感謝した家康が召し抱えたが
服部半蔵の指揮下に入れられてしまい
家臣でもないのに威張り散らされたのでストライキ 伊賀越えの後で召し抱えられたとして1605年のストライキまで20年は半蔵配下で我慢していたのか
真田剣流の四貫目もだいぶ苦労人らしいので、せめてワタリという孫がいるといいなと思います >>365
大摩のガロだと、隠し子がいたからその子がワタリかもね
忍法秘話の四貫目は色々フリーの殺し屋やったり自由に生きてた時期もあるっぽい
騙そうとした雇い主の裏をかいて「これでわしから一生ゆすられるのよ」とほくそ笑んだりしてたから、金には不自由してなさそう >>354
ありましたね
手塚さんの白土作品へのオマージュなのかな? >>369は日本に国籍が無い
無職童貞48歳ハゲ在日ヤマモト一成
まぼろしパンティ基地自称スコッター
エロ画像基地外 >>368
アテカの遺した子(四貫目にとっては孫)がワタリだという意味でしょう
その設定だとワタリはサスケと同世代か、下手したら年下になるけど 大摩のガロの結末で根来忍者にさらわれた娘をようやく見つけ出したと思ったら
子供を産んで亡くなってしまったので、その子を育てるために公儀隠密を辞め
ハイリスクだけど高収入な雲盗り暫平的稼業に転職する四貫目とか
まあ作中の描写を見る限り公儀隠密は危険が大きい上に薄給っぽいけど ショタカムイ可愛すぎる…
でも誰にも懐かないだろなああれ
いや、露木鉄山に弟子入り懇願してたからそんなことないか 毛利甚八の白土三平伝が文庫と電書で復刊されて表紙が格好よくなったね
雪の降りしきる満月の夜、木の梢に独り座って刀と向き合うショタカムイの絵で
もう神々しいばかりに美しい。既存絵の使い回しでも、あれはやっぱり最高ですわ >>374
ショタ時代のカムイは可愛げのないところが可愛いんでネコ科動物的な魅力があると思う
青年になってからは割と人付き合いがよくなったけど 忍者の本分は戦闘ではなくて諜報だから
人付き合いが悪くては話にならんのだろうな 「大咬」では四貫目が鍛冶屋になって村に入りこんでいたし
(変装するだけではなく実際に鍛冶屋の仕事をしている)
月影の男もカムイに鹿肉を売りつけていたし、職人や商人のスキルは重要そう 忍者ではないが、宮本武蔵も有名な絵や木彫だけでなく
鍔を作ったり、弓を自製したり工芸に長けていけ、流浪の旅人でも裕福で小金持ちだったそうだ
忍者も剣士も生活力は大事だ 武蔵は金や名声に貪欲だったというのが近年の定説だな。 貪欲というより、自負が強かったんだろうな
尾張藩の仕官の話に三千石を譲らず、指南役の柳生兵庫でさえ五百石なので潰れたとか
当の柳生兵庫が「柳生但馬でさえ一万石だからの…」と武蔵に共感したというのは、山風の魔界転生
柳生但馬は剣技だけでの一万石じゃないんだが、武辺者の武蔵や兵庫には理解できないのかも
いわんや忍者においておや 柳生但馬守って白土作品では戦績が悪くて、忍者旋風では風魔小太郎に完敗
真田剣流では黒猿に破れて片足を失い、サスケでも大猿大助に負けてるんだが
一万石の大名になるくらいだから能力値を剣術に全振りしてなかったのかな 上記の黒星のうち忍者旋風の頃はまだ若く未熟だったわけだが
まあ全盛期でも相手が小太郎では勝つのは無理か…… 魔界転生や五味康祐の柳生武芸帳だと但馬守はラスボスに近いけど
一般的に大目付として政治家としての実績で剣法者としての評価は高くないみたいだね
剣客としては息子の十兵衛や尾張柳生の兵庫や連也の方が強豪のイメージ 柳生但馬守は真田剣流で黒猿に負けて片足を失ってるけど
五味康祐の柳生武芸帳でも 山田浮月斎との集団戦で片足を失ってる
片足の史実はないようなので、偶然なのかそんな伝承があるのか柳生武芸帳にインスパイアされたのか >>384
風魔小太郎も大猿大助も最強クラスの忍者だし
黒猿も仲間からの評価は高かったので、相手が悪かったとはいえそう ただ但馬守が忍者旋風の頃は若くて未熟だったといっても、それは小太郎だって同じだし
しかも風魔小太郎はその未熟な状態で石舟斎と引き分けているからなあ 柳生但馬守は大目付で名を成した官僚的イメージが強いけど
若年時は父の石舟斎と牢人して放浪したり戦陣の経験もあるから、忍者と戦っても不思議でないな 忍者旋風の後半に出てきた白仮面の男(佐助じゃない方)は
正体を明かさないまま退場したけど、あれって美女丸だよね? ショタカムイの可愛さに惹かれた時自分も小学生だったんだけど生意気な子ってこんなに可愛いんだと衝撃だったw
本当に御大は子供の可愛さを表現するのが上手い >>388
柳生石舟斎&但馬守 vs 風魔小太郎
剣と忍びの頂上対決やね >>391
ショタキャラの生意気さを横軸、表情の豊かさを縦軸としてグラフを作ると
ワタリが右上、狼小僧が左下でカムイが原点にいる印象 小学生の頃は外伝第一部しか読んでおらず、主人公であるカムイは当時の自分より年上だったので
その美貌は印象に残ったものの、さすがにかわいいとは感じなかったが
常風の話に出てきた太郎はかわいいと思いましたね ごめん太郎じゃなくて太吉だった
太吉の父親である春花使いの男もかっこいいと思ったが
冷静に考えると忍術対決としてはカムイの完勝であった 変な話になるが、外伝第一部といえばカムイに化けたコノマ
追い詰められて錯乱し凶行を繰り返すという無惨なストーリーなのに
本物のカムイにはない妙なかわいらしさを感じましたね
罪もない漁師のおっさんを水中から刺殺した後で
舟の中の魚を見て「ただの漁師か!」というところとか いや、かわいらしいといってしまっては語弊があるか
カムイの顔をしているのに、本物のような心身の強さが微塵もないのが理由だとしたら
むしろ気高いお姫様の痴態を見てしまったときの興奮に近いというか かあちゃんを殺すならおいらをやってくれ!ってショタを殺害したコノマカムイ……
白土先生の超名作『ざしきわらし』のゲン太にも似てるからむちゃくちゃ辛い…… 本物のカムイは天人に化けていると前回のラストで明かされているので
このカムイは偽物に違いないと普通なら察しがつくんだろうけど
その点を理解できてないまま読み進めてしまったので衝撃がでかかった >>397
まあ外伝第一部でカムイを苦戦させたのって他心通の男と天人の弟くらいで
他はおおむねカムイが圧勝してましたし……
親子二人で川を流れていった後、うまく逃げ延びられればいいんだが >>402
カムイが太吉の顔を思い出して殺害できなかったところが良かった
下人の回でも子供たちに優しいしタケ坊に嫌われたことにショックを受けるカムイ… >>400
カムイ自身「暗鬼」では慎重になるあまり旅の道連れを見殺しにしてしまって悔やむんだけど
そこへ本物の疑心暗鬼とはこういうものだとばかりにコノマの凶行を出してくるんですよね白土先生 「暗鬼」でも三太が巻き添えで死んでるんだけど
カムイは寝ている最中に罠で殺されかけた直後で、普通に考えたら三太が追忍
そりゃ行動を縛られるだろうと思うが、あんな極限状況でも赤目や大猿なら子供を救おうとするんだろうな >>403
カムイが子供たちからも怖がられてしまうくだりは石子順造の白土三平論でも重視していて
人を越える存在として怖れられながら生きるか、牛馬よりも卑しい存在として蔑まれつつ生きるか
カムイ自身も前者に傾いてはいたけど、その代償の大きさを表す場面だと指摘していたっけ >>402
初めてアニメで見た時は筏に乗せて流してるのが何故なのか理解できなくてよく分からない不思議なシーンとして印象に残ってたな
カムイにとっては初めから無関係な者としてまずは物理的に距離を離すしかなかったのか
まあ追忍側ではそれでは済まないから成果の報告がないことなどから彼らもまた追われる身になるんだろうけど
ただ外伝では明かされてないカムイばかり執拗に追われる理由が別にあるし
倒しに行ったこととその後敗れたと推測できる痕跡はあるだろうからそこを深く追求されなければ生き残る可能性は僅かにあると思いたい >>390
それに比べたらドッコに対する狼小僧の態度とか
山の中で出会ったクールビューティーが一方的に優しくしてくれるという
もうファンタジーの世界ですわ。まあネコ科とイヌ科の違いということで >>408
カムイに敗れて死んだと誤認されることを祈るしかないだろうか 抜忍狩りで子供まで巻き添えにして殺すとか鮫の生き餌にしても飽き足らない非道ですわ >>411
カムイが三輪三左と戦ったときなんか勝った直後にすかさず包囲されていたから
作戦の中心になる追忍の増援と監視を兼ねた連中が近くにいるみたいなのね
春花使いの男もそいつらに張りつかれていたらやばいけど
仮にいたとしてもカムイがうまく片づけてくれたと思いたい あの時は春花使いが長期間閉じ込められても誰も助けにもこなかったので単独行動という判断だったんだろな カムイ外伝第一部って絵もストーリーもあんなに美しいのに
重く暗いテーマで読者の心をバキバキとへし折ってくるんだけど
実は赤目プロの皆さんもドン引きしていたらしい
白土先生から権藤晋がそう聞いたと『ガロを築いた人々』にある >>414
洞窟の中で山椒魚やキノコを食べて頑張る春花使いを思わず応援してしまったことよ >>415
それで白土先生も妥協して小汚い劇画調になっていったんかなあ… 妥協したなら明るく楽しい能天気な絵になるはずだから、逆でしょ
本伝1部と外伝1部は同時期に連載されてるが、最初から本伝と外伝では絵柄は全くちがうね
本伝は小島剛夕、外伝は小山春夫が主とかなのかな
小汚いとは全然思わないが、劇画調というのが本伝外伝2部の絵のことなら、岡本鉄二が専任したからでしょ
本伝前半の小島剛夕の絵は気合が入ってて素晴らしいと思う
カムイ伝から離れたあとで描いたおぼろ十忍抄なんかはもう少し肩の力が抜けた、その分流麗な線になってる ちがうちがう
内容は譲れないから絵を陰惨に合わせたってこと! >>418
小島剛夕といえば、1960年代半ば(水木さんが貸本カイメツ期と呼んだ時期)の
貸本業界では人気トップだったそうなんだけど、白土先生が雑誌に移った後の
廃墟と化しつつある場所で奮闘し続けたともいえる
貸本漫画の終焉から剛夕の雑誌デビューまでは数年の空きがあるわけで
その間のつなぎとしては赤目プロでの仕事が理想だったのかなと思いますね 白土先生がカエルと一緒に跳びはねているのを見て独立を決意した
と後年の小島剛夕は語っているけど、これはもちろん冗談で
もとより他人の手伝いにずっと甘んじてるような人ではなかったんだろう
そのことは白土先生も承知していたので、赤目プロ全員を引き連れて剛夕の仕事場を訪ね
後々まで良い関係が続けられるよう自分の側から別れの挨拶をしたと毛利甚八の白土三平伝にある >>419
内容も譲らないし、絵も内容に合わせたのなら、絵も妥協してないじゃん
内容は譲らないけど、絵だけは明るくしたのなら妥協かもしれないけど 後期の絵柄は別に陰惨じゃないと思うっす
最後に描かれた「再会」とか同じタッチだけど普通に爽やかだよ 白土作品は惨であっても陰でないというか、乾いた残酷さだと思う
陰惨なのはむしろ手塚先生の得意領域かな。「最上殿始末」とか 外伝は一部を知ってた身として二部を見た時はあまりに絵が違うので馴染むまで時間がかかったけど
ビッグコミックで初めて見た友人(女性)はカムイかっこいいって言ってたわ
二部からオッサンになったって言ったら青年やって怒られたw彼女は特に熊のエピソードで泣いたと言っていた
熊のエピソード自分も好きだし猫のクロの話も好きだ
飯綱落としも霞斬りもあまり決まらなくなってしまってたけど柳生編前後が絵的に特に迫力があって好きだ 子供の頃にアニメで見て印象に残ってるのが微塵がくれと飯綱落とし
どっちも忍者の必殺技とするには忍者らしくないと今にして思うけど
漫画映えする技を考える為に相当知恵を搾ったんだろうな
よくあんなに印象に残る技を考えついたなと思う
特に霞斬り、飯綱落としは白土三平&赤目プロの動きのある絵でないと生きないよね
あと猿飛の術も 飯綱落としはプロレスのスープレックス(バックドロップ)がヒントだってご本人が言ってたけど
今の漫画家が描いたら、そのままバックドロップになったり、もっとひどいのは実際の試合の画像のトレースになるところ
ちゃんと猿飛の術のバリエーション=白土三平世界の動きになってる >>422
サスケみたいな絵でハードな話やるのが白土三平まんがのキモでしょ? >>424
手塚さんはペーター・キュルテンとか意識的に陰惨を狙うからな
ここの人得意の手塚治虫嫉妬説なら、楳図かずおに対抗したのかもしらんw >>428
あなたがそういうのが好きだというのはわかったし、そういうのがあってもいいが
別にそれがキモではないと思う >>429
ペーター・キュルテンについては、誰かに対抗したというより
虫プロが倒産寸前で追い詰められた心境が反映されたんじゃないだろうか 最後に出た自選短編集は劇画時代のものが何一つ収録されてないが白土三平先生の真意はいかに?
初期の忍者もので揃えてくれと依頼があったのかもしれんが
なんにしろ良い時代のものが多くてファンにはたまらん一冊だがね 変移抜刀霞斬りといえば、ウルトラマンがジラースを倒すのに使った技は
ウルトラ霞斬りといって白土パロディなんだそうだが、これ出典はなんなのかな
ドラマ本編では霞斬りとは呼ばれていないわけで、誰かが後付けでそう名付けたらしいけど DEAD OR ALIVEに出てくる飯綱落としはちゃんと白土先生の許可を得ていると
板垣伴信氏がDEAD OR ALIVE HISTORY: Team NINJA FREAKSで証言していた 白土忍法はネーミングも良いよね
微塵がくれ霞斬り飯綱落としもだけど
春花の術、迷い葉、おぼろ影、空蝉、憑き移し、カゲリ、ムササビ、蛍火、八本しめじ、波の鼓、etc
しめじはともかくいちいち詩的でええわ 白土先生は『キノコの不思議』で狂言の「くさびら」の魅力を語っているので
そこに由来があると思えば八本しめじも趣深い命名ではないか 岡田あーみんの『こいつら100%伝説』に分身シメジの術というのがあって
首から上だけが分身する不気味な術なんだけど、これはブナシメジに見立ててるんじゃないだろうか
つまり白土先生の八本しめじをホンシメジと解釈し、パロディとしてブナシメジを出したんだろうと
勝手に考えているんだが、あーみん先生の口から真相が語られる可能性はあるだろうか スギヒラタケに毒があるというのが発覚したのは白土三平先生もショックだったようだ >>436
虎尾返しもかっこいいけど、あれは白土オリジナルの命名なのかな?
うる星やつらに出てくる虎尾返しは白土先生からの本歌取りだと思う >>431
ペーター・キュルテンは1例で手塚さんの陰惨系の作品全般について言ったんだけど
どっちにしても、俺は手塚治虫がだれかへの嫉妬で描いた説はきらいなので皮肉で言っただけです >>440
ゴールデンコミクス「忍者武芸帳」の第一巻の巻末に白土三平本人の疾風剣の解説が載ってる
疾風剣と同じ剣として陰流「」「虎尾返し」「蛇尾返し」巌流「燕返し」
一部似た剣として一刀流「無想剣」心極流「鷹の羽」をageている
なので、疾風剣は白土三平オリジナルの命名、虎尾返しは既存の名称、だと思われます
なお、虎は日本にいないけど、水滸伝で武松が虎退治するときに虎の必殺技として尾を振って叩きつける
が出てくるので、このへんから武芸者が自分の剣に命名したのではないかと、勝手に想像してます >>439
あれ以降はキノコ関連の仕事は断るようになったんだっけ?
有害であること自体よりも、機序が不明で対策のしようがないというのが怖いよね >>442
なるほど
虎尾返しで検索しても白土先生と高橋留美子先生しか出てこないが
何が初出なのか気になる 天然理心流にも「虎尾剣」があるな
天然理心流は鍔迫り合いで関節を極めて投げたり、無人流っぽい動きがあって面白い >>441
劇画を描いている人たちで絵がうまいのは白土三平氏だけとか
ガロも子供向けの雑誌だということを忘れないでいただきたいとか
そういう面白発言は嫉妬というより手塚先生の理念の発露だと思うっす >>444
陰流の目録は国会図書館にあるらしいからそれじゃないの
陰流というと、スター・ウォーズのダークサイドみたいな響きがあるな
新陰流がジェダイの騎士で、影丸がベイダーで、無風がシス皇帝…
ただしダークサイドがレジスタンスだという大きな違いがあるけど >>446
その通りだと思うので、嫉妬だやきもちだと矮小化したがる小物的発想がきらいなんだよね
神様の人間的側面をさぐるという意味ならいいけど、矮小化することが目的になってるのがどうもね ガロも子供向けであるべき云々は白土先生に向けられた子供なんだろうけど
手塚先生は長井勝一のことは批判せず、福音館書店の松居直と同列に並べる高評価を与えているのよね
白土先生はうまいこと舵取りしていたみたいだけど
白土・長井ではなく手塚・長井の組み合わせだと少々やばそう >>448
何でもかんでも嫉妬の一語で片づけるのは手塚先生のパワハラ行為を
矮小化するものだと武田巧太郎が逆の方向から懸念していましたね
その辺をうやむやにしたい向きにとっても便利な落としどころだろうから
嫉妬深い手塚先生という単純化は異議を唱えられづらいんじゃないかと勘ぐっている 俺の言ってる矮小化は、「手塚神様視の矮小化」一点でね、
手塚本人は人間なので嫉妬やパワハラする人間性を評伝的に研究するのは面白いが、
神様視を否定するのが目的なのが見えちゃうのはみっともねえなと思ってます
白土三平を上げるために手塚治虫が嫉妬した対抗してこれ描いたとかは、面白いのはわかるが
これもすぎるとみっともねえなと思います
単に好き嫌いの話なんで、やめろとかはもちろんいいません しかし手塚先生の嫉妬深さが強調されるのは神様視を否定するためかというと
個人的には疑義があって、むしろ「嫉妬深い神様」というキャラ付けが進行してませんかね
たとえば古谷三敏が回想する、とある漫画を読んでいる最中に怒って床にたたきつけたという話
石ノ森章太郎のジュンを打ち切らせようとCOMの編集部に電話をかけたという中村一彦の証言
両者は深刻さの度合いがまったく異なるのに(虫プロの社長の所業として後者はやばいでしょう)
神様の嫉妬として曖昧に括られちゃってるなあと思うわけですわ で、そういう手塚嫉妬伝説における白土先生の立ち位置ですが
サスケの連載打ち切りを手塚先生が「少年」の編集部に要求したという噂を聞いて思ったのは
白土先生は防御力が高くて攻撃が通りにくいから標的役として手頃なんだなあということでした
前スレでも書いたんだけど、サスケではなく鬼太郎の打ち切り要求だったら後味が最悪でしょう 嫉妬深い神様みたいに面白おかしくしないで、もっと糾弾しろってこと?
私が興味がないだけで、そういうのが好きな人もいるだろうから否定しませんが
色んなエピソードがひょこひょこ出てきて、自分が使いたいとこで利用されてるだけだから
だれか(できれば複数)のきっちりとした人がきっちりとした評伝を書けばいいのにと思いますね
きっちりというのは、評伝のプロで漫画業界とは距離がある人
白土三平研究者だの手塚治虫を一番知る研究者なんてのはだめですw ×手塚治虫を一番知る研究者
○手塚治虫を一番知る編集者 >>454
いや別に糾弾自体が目的じゃないんですけど
批判すべき点はきちんと批判すべきだし、逆に濡れ衣であれば晴らされるべきだし
そこを曖昧にしたまま笑えるエピソードとして消費するのは良くない
面白おかしく語っていいことと、いけないことがあるだろうと思いますね まあ正直なところ
「手塚先生がサスケの連載打ち切りを『少年』の編集部に要求したが拒否され
サスケは常に人気トップ、アトムはせいぜい中くらいだとデータを突きつけられたので
奮起して『地上最大のロボット』を描き、見事に首位を奪還した」というのは
話としておもしろいと認めざるを得ません。さすが神様という感じがしますよね 批判とか糾弾とか声高なのはあまり好きじゃないけど
第三者的な腕利きが評伝を書いたら読んでみたいですね
白土三平より手塚治虫の方が毀誉褒貶が激しく利害得失ある人が多そうなのでなおさら思います 手塚先生の評伝はすごく難しそう
たとえば西崎義展に版権をすべて奪われたと手塚先生が涙を流していたと真佐美ジュンのブログにあり
トリトンの持ち逃げは有名だけど、すべてというのはさすがに信じがたい
しかし虫プロの社長室にいた人の証言なので無視するわけにもいかず
中川右介が『アニメ大国建国紀』でわざわざ検証していたはず
そうやって情報の真偽をふるい分けていくとか気が遠くなりそうですわ 結局この件については真佐美氏自身も思い違いと認めてるんだけど、じゃあ事実無根かといえば
片腕と恃む西崎義展に背かれて錯乱した手塚先生がそう口走ったというのはありうるよね
白土先生は御自身のことを語らず、逆に手塚先生は情報がありすぎて何が真実なのやら
どうにも悩ましいね カムイ伝全集の外伝1巻と2巻はたまに無料公開していることがあるね
万が一まだ読んでない人がいたら絶対に読むべきだよ! >>438
ここで、その名前を読もうとは!
まあ引退されてるし いや現役だとしても
語らんでしょう
ちなみに彼女は暗に自分のアイデアが
土田よしこ先生のつる姫じゃーの
ギャグを真似してしまった事を認めてる
どうでもエエ事を長文すみませんでした。 >>461
第一部が全部と第二部の最初の話
試し読みにはちょうどいい感じだね
子連れ狼なんかは全巻無料になっていて、名作が広く読まれるのは良いことなんだろうが
今時お金にならないといわれているようで妙にいたたまれない気持ちになる 全巻無料でも億の利益があった『静かなるドン』の例もあるからなあ… >>461
絵(印刷)が綺麗だったら、意味あるんじゃないの
愛蔵版とか新しいのより、旧くて小さい新書判の方が印刷が良かったりするから
絵(線)が綺麗なら電書で書い直すのもありかもしれない >>432
白土三平は自分では劇画とは言ってないし、他人が言う場合は自選短編集の時代のも劇画と呼ばれていた
劇画時代というのが岡本鉄二作画という意味なら、副題が「忍者マンガの世界」なんだし、
カムイ以外は忍者マンガの短編なんて描いてないんだから、カムイ伝第一部以前になるのはまあ当然
自選短編集は赤い竹と四貫目を除いてはすべて「くノ一」ものなのが一番印象的
白土三平フェミニズム短編集でもいいw
俺もファンだけどこの時代も好きだし、神話と伝説シリーズ以降もいい時代だよ >>468
電書も印刷も原稿の保存状態と製版(電書ならスキャン)の腕次第なんだよなあ
新しい自選短編集も「目無し」の最終話なんて線が潰れて、旧い新書判の方がはるかに綺麗だった
電書だとスキャンしてからのクリーンアップに期待できるのかもしれない >>463
在日の京都偏差値30台馬鹿高卒無職48歳ヤマモト一成のクソageレス荒らし
心底ウザい。
まぼろしパンティ基地外は黙ってオナニーしていろエロ基地外! 白土先生は影丸伝で一躍人気作家になってメジャーデビューもしたけど
貸本と同じノリで描いたら残酷だってことで打ち切りの連続だったらしいのね
この漫画を打ち切ってくださいって感覚の人が多かったみたいね
ところが光文社「少年」誌の桑田裕記者は『サスケ』の内容に口を挟まなかったから、あの美しくも残酷な物語を最後まで描けた
しかもガロ創刊の資金のためにサスケの出版権を青林堂に譲ってくれといったらなんとオーケーを出した >>471
シートン動物記も1巻無料
ということは灰色熊の伝記がまるごと読めるわけか
気前がいいなあ >>473
桑田さんは光文社から虫プロに移籍し、その後は赤塚不二夫のマネージャーだっけ
すごい人だ シートンも原作通り描こうとしたら打ち切りくらって単行本で描き足したとか… 小島剛夕に自分からコンビ解消しようと言いに行った話が凄い
カムイ伝は連載中だったのに >>477
サスケの単行本を青林堂から出すことを快諾するという形でガロの創刊を支援した
桑田さんが虫プロの役員としてCOMを立ち上げる。熱いね! アトムの手塚番でありながらもガロ創刊の立役者でもある人を招き入れて…
しかも打ち切ってください!伝説のあるサスケの連載を守った人でもあるとすると… このたびカムイ外伝の1巻2巻が電書サイトで無料だったので初めて読みました
19話りんどうでカムイが流砂に飲まれる時にその美しさに気がついたりんどう
流砂からなんとか脱出できたときにもその目に入って飲まれたようになったりんどう
ラストシーンで忍犬あかが何の気なく踏み倒したりんどうが何を象徴しているのか
よくわからなかったのですがどういう意味だったのでしょうか? 次回のネタバレなるが死の運命があかに移ったことを暗示してる ケダモノのあかには人間のくだらない感傷なんか関係ないってことでしょ えっと
竜胆が欲しい振りをしてカムイを流砂に嵌めたんだっけ?
ああいう読者の解釈に任せる風の話が一番好きだな。 流砂から抜け出したカムイのところへ、敵を片づけたあかがウサギを持ってくる
カムイが立ち去りしなに振り返ってリンドウの花を一瞥
その後を追うあかがリンドウを踏み潰していく
犬が花に嫉妬した説は荒唐無稽と思っていたが案外ありかもしれん カムイ外伝の電子版を読んで、雑誌に掲載された当時のことを思い出した。
「狂馬」の最後のコマの月に照らされる樹上のカムイの姿は確かに記憶がある。
時期的に別冊少年サンデーに再掲載された時だったんだろうな。
何十年経っても記憶に刻まれている美しいシーンだ。 >>482-487
ありがとうございます読みました
疑問に感じた人が他にもいたことといくつもの解釈が可能なのとそしてそれらの解釈が
どれも的はずれでなく頷けるものであることに感じ入りました
作品の懐の広さを示しているようで素晴らしいですね あかは外伝第一部を締めくくるために出てきて、そして死んだという感じだよね 白土三平先生がつげ義春をガロに招いたり応援したりしたのは有名だけど
長井勝一は三洋社時代からつげ義春をそんな評価してなかったらしいね
白土さんが言うならまあ…って感じで
白土三平の招きで寿恵比楼に滞在して商人宿に開眼して、ガロ誌で次々と傑作をものにしていくわけだけど
かの『ねじ式』を描いたときも長井勝一はこんなの載せて大丈夫かと白土先生に相談したとか… 長井さんは寿恵比楼まで「ねじ式」の原稿を持ってきて白土先生に意見を求め
白土先生は一言「載せていいんじゃないですか」と返事をしたそうだね >>493
長井さんの選球眼を疑わざるをえんなあ
あんな快作を。 まあ岡田史子の「太陽と骸骨のような少年」がCOMに掲載されたときも
編集長の山崎邦保が渋っているのを野口勲が押し切ったそうだから
本当に斬新で挑戦的なものが出てくるとトップは及び腰になるんでしょう ただCOMの場合は編集部内だけで完結していて
手塚先生の聖断を仰ぐということはしていないので
迷ったとき白土先生のところへ行く長井さんとは違いがあるよね >>494は疑う以前にまぼろしパンティ基地外の無職童貞48歳在日ヤマモト >>492
「ねじ式」は例の女医さんが猥褻と見なされるんじゃないか
と長井さんは懸念していたようだと高野慎三が回想しておるね
高野氏はそんな心配をよそに原稿をさっさと写植屋へ持っていったそうだけど ちなみに時系列としては
1968年4月 つげ義春「ねじ式」の原稿をガロの編集室に持ってきて長井勝一に手渡す
つげさんが原稿料を受け取って帰った後で長井さん「時期尚早だと思う」とコメント
高野慎三「大丈夫ですよ」と応酬して原稿を写植屋へ
したがって長井さんが白土先生に相談したのはその後のことで
すでに写植の貼られた原稿を見せて最終的な意思決定を任せたわけだけど
本当に何かあったとき白土先生の代わりに縄を受ける覚悟はあったんだろう長井さん 長井勝一は『ねじ式』について貸本組合の人らも怒ってると言ってたそうだけど何のことなんだろう 毛利甚八の本では「揉めている」となっており
怒っているというほど強硬なニュアンスではないけど
やっぱり女医さんのシリツが引っかかっていたのではないかと つげさんも、水木さんも、長井さんは白土さんの方しか向いてなかったって口を揃えて言ってるんで本当にそうなんだろな
でも白土先生は、長井には漫画を見る目があったと言ってる
そらまあ自分の最大級の信者に、漫画を見る目がないとは思わんでしょうなあ…
白土神が「つげさんの漫画は良い!」って言ったら「その通りです!」ってなったんだろうし
「スパゲッティ!」って白土神が言ったら「スパゲッティが食いたかったのです!」って言いそうな勢い そういえば白土先生にスパゲッティをおごってもらった面々の中に長井勝一も混じってたな なお比較対象になりそうな岡田史子の件について野口勲の回想を確認したら
山崎邦保が反対したのは「無名の新人にページを割きすぎ」という理由だったので
(といっても2ページだけ。8ページの作品を無理やり縮小して押し込んだ)
内容そのものが危険視されていた「ねじ式」とは状況がまるで異なってました >>503
水木先生が描くあの意志薄弱そうな表情いいよね >>499
その写植でメメクラゲになってしまったのか >>505
水木さんの回想によると、白土先生にスパゲッティをおごってもらったのは
水木しげる、つげ義春、長井勝一、桜井昌一
仙人めいた風貌の白土先生はともかく、他は揃いも揃って浮かない顔に描かれてるんだよね 白土三平先生の目力の強さは、水木さんの印象が色濃く出てるんだろうなあ
白土先生の回想では、駅で寝てたら蹴っ飛ばされたと言ってんだよなw >>506
大丈夫ですよと長井さんに言ったけれども、写植は大丈夫でなかったのか…… >>510
このちょこっとした脚が超かわいい
小島剛夕は天才か >>510
ここの流れでなつかしくなって電書の外伝買ったらこの絵が口絵に付いてた
思わぬご褒美だったよ
父が持ってた忍者武芸帳の表紙絵も印象深かったけどあれは小学館が出したやつなのかな
薄めの大判の冊子が2冊ずつ紙のケースに入ってるやつだった
実家にまだあるはずなんだけどどこいったのかな
同じやつが見れるなら見たいー
実家で家探しするしかないか ガロといえば、創刊号含む1960年代のガロがアマゾンに登録されてるね >>512
あの黒い重厚なやつな
持ってたけど邪魔だったからまんだらけに売ってしまったわ……
二束三文だった…… >>510
すごい美しく素敵な絵なんだけど、背景と人物を別々に重ねたアニメの絵にも似た違和感がちょっとあるんだよなあ
枝の上で浮いてるといいますか
でもそういう忍法ならOK 「バッコス」1巻だけ無料で公開されてたから興味本位で読み始めたんだけど
続きが気になって2巻3巻も買って読んでしまったよ
スカトロ、ホモ、ショタ、池沼、マゾヒズムと変態が煮こごりになっていて
良識ある人だったら目を背けそうになるだろうけどどうしても結末を見届けなければいけない気がした 俺も良識はないし、つっこみたくはないが(尻にではない)
知的障害を変態に含めるのはさすがにいただけない >>508
髭も髪もベタ塗りしていないので白髪っぽい感じになって
マジで仙人みたいな雰囲気ですわ、水木さんの描く白土先生 >>517
俺もつい流してしまっていたが、そこは大事なところやね >>517
知的障害を変態に含めたのは確かに間違いでした
しかしまあ、このような作品がビッグコミックで連載できたのは編集部の懐が広かったのか巨匠の描くものに誰も口出しできなかったのか およそ儲からなかったはずだから、それでも掲載してくれた小学館には
感謝していると白土先生ご自身が語っているね
何しろ神話伝説シリーズと異色作品集を合わせて単行本20冊くらいあるので >>515
常識的に考えて木の梢にこうは座らないだろって話なんだろうけど
カムイのポーズを木登りのリアリティより優先したのは正しいと個人的には思う 固定読者のいるカリスマだから、単行本の売上はある程度見込めるし儲からないこともないでしょう
連載の読者は大人だから、変態要素は大丈夫だろうけど、テーマが難解なのが商業誌としてはギリギリだよね
アクション要素はあるし表現自体は難解じゃないから、なんとか許容範囲だったのか >>522
515じゃないけど、
姿勢は問題ないけど、右膝が上がってるのに枝が向かって左下がりだから
カムイの右脚から尻にかけてが浮いた感じになってるということじゃないかな
枝の曲がりをちょっと変えれば、違和感はなくなるとは思うけど
違和感を狙ったのかもしれない >>523
ただ単に想念を連ねただけの作品だと本当に難解になるけど
「サバンナ」とかはセリフがなくてもストーリーは存在するんやね サバンナはすごくかっこいい作品だと思うけど未だに真意を測りかねている
人類の狂気の話だと白土先生は山口昌男との対談で語っていたそうだけど
天から降ってきた翼人の眼に光が宿る結末は人間性の回復を暗示しているのかな 白土先生の「孤島の出来事」がビッグコミックに掲載されたのが1968年
セリフが一切ない漫画はビッグコミック史上初だったはず(創刊から3号目だし)
悪名高いジュン事件の翌年だが、手塚先生がどう思ったかは記録がなさそう 手塚先生はジュンの連載打ち切りをCOMの山崎編集長に指示したそうだけど
結局これは実現しなかったんだよね
つまりCOMの編集部は手塚先生に対しても独立性を保っていたわけで
白土先生の意向が速やかに反映されるガロとはそこが違っていたように思われる 「孤島の出来事」の発表直後、「人間の運命」とか「非情、他人への無関心」といった感想程度でたいして話題にならなかった
それを「もっと人がさわぐと思ったが不思議に多くの活字家が沈黙したままだった」と評論家の峠あかね(真崎守)が書いてた
(沈黙してたのには手塚治虫含む)峠はCOM69年「いいたい放談/やぶにらみまんが誤解論」で
白土三平だけでなく楠勝平、石森章太郎、つげ義春も俎上にあげてモーンタージュやダブルイメージやシンボルという概念を使って解題してた
「とある孤島とは曲折的表現で、それはわれわれのもっとも良く知っているいる国であろう」
「漂流し白骨化した人間とは…ある国の運命のシンボライズ」
「岩にたたかれ…虫にくわれ…とは侵略という単語で表現できるだろう」
「(男の日記によれば)八月十四日に四ヶ月目に白骨化したのだ」
「われわれは四年間と解釈すればいい…すなわち昭和十六年〜二十年だと…」
「男は誰であるのか…捨てられたコカ・コーラと空を飛ぶジェット機の星のマークが教えてくれる」
「ジェット機は、どこへ飛んでいったか。それは今日の新聞を見ればよい」
峠あかねは、当時の読者や評論家はだれも「孤島の出来事」や「ねじ式」や「ジュン」をわかってないよ
先進でがんばってる漫画家の作品はせめてこのくらいのレベルで読み込んでくれよ、と言いたかったのでしょう >>529
だって白土先生は「この漫画を打ち切ってください!」て言わないもん…
相談に行ったら「載せて」でしょ、むしろ 訂正
峠あかね「いいたい放談/やぶにらみまんが誤解論」はCOM1968年11月号掲載です 古谷三敏先生の手塚アシスタント時代(1958-)の回想にあった
当時流行ってて大好きだった貸本の時代劇漫画シリーズを読んでたら
手塚先生がパラパラ読み始めてある場面に差し掛かった時に
「こんなのが漫画か!」と激怒して床に叩きつけたという話
あれ『忍者武芸帳 影丸伝』くさいなあ…… >>531
編集部が社長から独立しているCOMと、看板作家の意向が絶対視されるガロ
逆であるべきじゃないかとも思うけど、白土先生の影響力はプラス方向に発揮されるよね
行方不明のつげ義春さんを呼び出して描かせたり、「ねじ式」の掲載にゴーサインを出したり
文無し宿無しだった平田弘史先生に仕事を与えて原稿料を割り増しで支払ったり >>533
忍者武芸帳なら手塚先生は苦虫をかみつぶしたような顔で読み続けるような気がするので
どちらかといえば平田弘史先生とかの作品じゃないかと勝手に想像しています
特に根拠があるわけじゃないけど、古谷先生の虫プロ入りと平田先生の魔像デビューは同時期
手塚先生が平田先生の作品を当時から読んでいたことも確定しているので >>534
つげ義春はお互い漫画家だから付き合ったけど、漫画家じゃなかったら絶対合わない人間よね。実際(描かなくなって)もうずっと顔も見てなし…。
なんてこと言いながら、当時探して出してガロで描かせて、釣りしたりしながら励ましたりした白土三平先生…
その後も千葉に行った際はなんどもふらっと白土邸を訪ねて、忙しくて会えなくて岡本鉄二さんと話して帰ったりしたつげ義春氏… >>535
アシスタントの前ではボロクソに貶してた漫画でも
作家本人に会うと「あの作品は僕も好きなんです」なんて言っちゃう外面の人だからなあ
ホントわからんよなあ
平田弘史先生の手塚による公式評価は知らないけど
それはそれとして、その時は「認めねえぞ!」ってカッとなった忍者武芸帳だけど
のちに他の業界人が白土先生をメジャーデビューで初めて知ったいう態度とってたら
「私は前から知ってましたよ!巷で評判だったこの作品を知らないなんて嘆かわしい!」
なんてドヤ顔しそうな怖さもある… 実際そういうこと言ったから普通に最初から認めてた可能性もあるわけで……
ていうか素直な見方すればそうなるよね
サスケに児童まんが賞与えてるし >>530>>532
ありがとう、真崎守が「孤島の出来事」を論じていたとは
この頃の真崎守の文章はちくま文庫のCOM傑作選にひとつかふたつ入っているだけで
他は書籍に未収録だったかと思うが実に興味深い >>536
つげ義春さんは三洋社の事務所で初めて白土先生と会ったとき
たまたま持ち込んでいた「鬼面石」が白土先生の絵を真似た作品だったので
恥ずかしくて口をきけなかったと回想しているんだけど
白土先生はつげさんのことを先輩と呼び、すでに作風も完成していたと語ってるね
つげさんが白土先生の亜流から出発したという誤解がないようにとの配慮なのかな >>541
つげさんも手塚治虫に始まり、白土三平風、石森章太郎風、辰巳ヨシヒロ風、水木しげる風(手伝ってたから仕方ない)とすごい落ち着かない作家でしたな
でもそれでも確かな作風を見抜いて、自分の思うようなの描いてみたらと応援した白土三平先生すごい… つげ義春さんの『貧困旅行記』に、白土先生に連れられて
千葉県大多喜の旅館に泊まった話もあるんだけど、その後日談で
2年後につげさんが手土産を提げて旅館を再訪すると白土先生の近況を問われ
上総湊の家を仕事場にしているので寄ってきたところだと報告するのが好き
宿屋のおばあさんに「あんだと、ヒゲは湊にいるだと」といわれたとか https://www.meijigakuin.ac.jp/gengobunka/bulletins/archive/24.html
明治学院大学の言語文化研究所が出している紀要のバックナンバーなんだが
房総半島と作家たちの関わりを川本三郎が語っていて、白土先生やつげさんも出てくる
這々の体で上総湊に辿りついて店に入り、ビールを飲みながら白土先生のことを訊ねたら
おかみさんが「さっきもそこでラーメンを食べてた」と答えたので驚いたそうな >>546
歩き通しでも1時間はかかりそう
そりゃ川本氏がバテるわけだ >>547
おお、感謝します!
著作権については確かにおっしゃるとおりと思いますが
正直これはありがたいです https://youtu.be/JKhw0CKEhMk
リトルグリー・モンスター
世界はあなたに笑いかけている 少なくともネジ式は夢をそのまま描いただけなので何か困る >>552
そこは、「誤解」論ですからw
それに、夢をそのままと言っても作品化の時点でなんらかの創作操作は入るわけで
夢そのままだとしても、作者の作為がない分、よってきたる無意識を読者が解釈する余地はあると思います 佐藤忠男氏が死去
ガロにも創刊号の頃から文章を寄せてたよね
ご冥福をお祈りします >>554
おなじく ご冥福をお祈り申し上げます。 カムイって本伝第二部ではオジ的な年齢なんだろうか
正助にあんなでかい子がいるからなあ カツオやワカメは小学生でオジサンオバサンだぞw
まぁカムイは口入れ屋の番頭をやってた事もあるし、若く見積もっても20代中後半だろうな。
そういえばカムイ、正助、竜之進は同年だっけ? >>557
この3人の年齢差結構謎だよね
正助はナナと同年代と考えるとしてナナがカムイの生まれた時に弥助が締め殺そうとしてるのを止めてる回想があるから5〜7歳は離れてるんじゃないかと思う
まあ正助がナナよりやや年下の可能性はある
竜之進は初登場時の感じからカムイより10歳は上と予想
正助がおミネ姉ちゃんに憧れてる頃その相手と絶賛色ボケ中だったしふたりからは結構年上のはず
カムイの年は外伝2部で30位は行ったんじゃ無いかと思ってたら追忍からずっと二十歳前後って言われてたからなあ
二部は二十代半ばのつもりでかいてるのかも
一太郎が生まれた頃まだ十代半ばだろうからおかしくはない カムイの年齢
カムイ外伝二部は18歳くらい
カムイ伝二部は25歳くらい?
しかし漫画のタイトルになってるのに外伝でしか主人公感のないカムイ…… カムイと竜之進はそんなに歳はなれてたっけ?
草加一門が粛清されたころ、竜之進はまだ十代、16・7くらいだったと思う。
おミネとの恋愛も初々しかったし。
その彼をカムイが助けて刀をもらったのは、12歳くらいじゃなかったかな。
正助はその中間くらいの歳と思ってた。
「りゅうのしん」じゃなくて「たつのしん」だったのか、最近知ったぞ どの時点でカムイ何歳位って考察はこれまでも度々されてたけど読者ごとに結構印象バラバラなんだなと思ったな 影丸伝は歴史的事件も年表もたくさんでてくるから、考察のネタには事欠かないが
カムイ伝1部は歴的事件は振袖火事くらいで年号の特定が難しくてネタが少ない
2部の方は幕閣の面々も結構出てきて様子が違うが たしかに影丸伝とサスケとワタリは年号が決まってるから分かるけどなー
カムイ伝は現代的時間の概念から離れてるね
当時の農民の大雑把な認識に同期してしまうようだ… >>563
もう記憶は朧げだけど小中学校で習った江戸時代全体の農業史とか大まかな事件の流れとかが正助の少年〜青年期の十数年にまとめてぶち込まれてる印象で正助の青春時代怒涛過ぎるだろと思った記憶
歴史苦手だったから飽くまで個人の感想です
でもそのせいで時間の流れが特定しにくいのはあると思う >>564
脱穀機とか農具とかいきなり開発されるからね
ちょっと本を読んだだけであのショタがwww
シヴィライゼーションやってるみたいだ >>560
そのころ、竜之進は元服前の前髪だったから15歳くらい
カムイは、運動能力抜群とはいえど、
日本刀振り回すのは10歳未満には無理だから、11歳くらい
と思ってた
「たつのしん」振り仮名見なかったのか? 2年ね太郎の再販は厳しいかなあ
ね太郎ってネーミングも可愛らしい カムイ外伝一部を見たけど二部より面白かった
カムイが無邪気なところがあって手塚的な丸っこさが良い
二部はゴリゴリの劇画なんだもんなあ
一部はうまく作った話ばっかりだ まあ外伝第一部と二部では掲載誌も週刊少年サンデーとビッグコミックと異なってるしね >>570
矢口高雄先生は白土を直線、手塚を曲線と評し
自分に合うのは直線だと白土先生の流儀を選び取ったと「9で割れ!!」で語ってるよ
ずっと手塚先生に憧れていた矢口先生が大転換を遂げる劇的な場面だった 大別すると白土三平先生は手塚タッチ側と言われるけど両者はぜんぜん違うのが凄いなあ
そして白土タッチと言われる矢口先生も較べるとやっぱりぜんぜん違うのも凄い
直線的曲線的といえば、横山光輝や石森章太郎も直線を感じる 山岸凉子先生は手塚治虫に「かわいらしさ」を、白土三平に「美しさ」を見出し
自分が追求したのは美しさだったと白土先生の影響を語ってるんだけど
これなんかも手塚先生とは異なるところに白土先生の真髄があるとする言説やね >>573
1959年の忍者旋風はまだ手塚先生の影響が色濃いと思う
それが忍者武芸帳から真田剣流そしてサスケと経て
直線的で美しい白土流が完成していったんでしょう 白土三平作品がカムイの笑顔で終わったのは唯一の救い 矢口高雄先生は職場の同僚から貸してもらったガロでカムイ伝に触れて
漫画家を再び志したと回想しているけれども
実はマガジンやサンデーも借りていたそうなのでワタリやW3も読んでいたはず
まあ二十代半ばの銀行員が漫画に対する情熱を取り戻すのに
それらでは不十分で、カムイ伝でなければならなかったというのは無理もない 漫画は子供のためのものであるべきという考えに手塚先生は当時こだわっておられたので
高校生や大学生が喜んで読むような漫画を白土先生が描いていることには批判的だったが
矢口先生のように社会人を経て作家になる人が道標とすべきものとして
小中学生ではなく、より高い年齢層に向けた作品もあったほうがいいだろと個人的には思う
ただし、この議論が盛り上がることはなかった
1968年にビッグコミックが創刊され、子供向けでない漫画を手塚先生も描くようになって
争点が消滅してしまったからである 手塚治虫は時代の流れに迎合するしかなくなって
テラさんだけ原理主義者として置いてかれた
テラも最後は大人っぽい漫画を描こうとはしてたけど その後画業を退いたテラさんはパン屋に転職して納品先の小学校で生徒ともども行方不明になったんだっけ 漂流教室の関谷はテラさんじゃないから
白土三平先生の人身沼という短編がビッグコミック誌に掲載されているが
当時は貸本の作品の再掲載もやってたのか >>568
いずれはビッグコミックで描かれるとは思うが
今のゴルゴ13の様な絵柄なら勘弁してほしいな
絵師は星野伸之氏などを推薦したい。 戦後日本漫画は手塚治虫から始まってるのはもう歴史的事実だからなー
白土三平も水木しげるもつげ義春も初期の頃に皆んな手塚の影響を受けてる
平田弘史はどうか分からんけど >>570
あなたのいう劇画という意味がピンとこなかったが、要するに自分が嫌いな絵という意味ですな
白土三平は自分では自分の作品を劇画とは呼んでいない
白土三平を劇画と呼んでいた人たちは、サスケも劇画と呼んでいたから、カムイ外伝第一部も当然劇画
私はみんな漫画で、さいとうたかをや佐藤まさあきや自分の漫画を劇画と呼ぶ人たちがいるという認識だけど
カムイ外伝第二部の絵も大好きです 二部の劇画タッチより昔の絵柄が好きというと異様に噛みついてくる人が住み着いてしまったな… >>579
ガロが高校生や大学生の読み物になっているからCOMには小中学生のための漫画を載せる!
ならライバル意識で説明がつくけど、ガロも子供向けの雑誌であるべきだと注文をつけるあたりが
実に手塚先生って感じ >>587
そのムーブに関しては完全にテラさん上位互換だな…… >>582
もしかして星野之宣のことだろうか
(星野伸之で検索するとオリックスの元投手が出てくる) >>576
細かくて恐縮だが「カムイ外伝−再会−」の話をしてるんなら
ラストシーンは笑顔ではなく、心地よい風に身を任せるカムイの姿やね というのを確認するために「カムイ外伝−再会−」を引っ張り出して読み返したんだが
白土先生が旧制中学の頃にやった荒耕し(冬の間に固まった粘土質の田土を耕す)の
つらさを語るくだりが印象的だった
当時の白土先生は東京から信州に疎開してきて大変な日々だったんだけど
相撲が得意で強い鉄二さんにだいぶ助けられたんだとか 白土先生の死後のプロジェクトとしてアックスの追悼本だけなのは寂しい限り >>585
的外れで自論を展開したいだけみたい
劇画を毛嫌いしてもないんですがね
漫画夜話で口々に、カムイ伝は優れてるけど漫画としてはその前の方が面白いという意見が出た
自分も外伝一部を読んだら、こんなに魅力的だったんだと感じた
テーマ的には劇画でなければ支えきれなくなったのだろうが
マンガマンガしてた頃の瑞々しさは代え難い魅力で、手塚治虫が劇画に最後まで抵抗してたのもそれが理由なのでしょう
手塚は劇画を取り入れてもまだマンガしてたけど
白土は完全排除
それが惜しいという意味です >>586
住み着くも何も、Part1からいるのでw
それと>>585のどこも「異様に噛み付」いてはいないと思いますが
劇画という呼ばれ方がこうだったという話と
自分は第二部の絵「も」好きだというだけで、あなたと同じ用に第一部やサスケの絵も好きですよ >>581
人身沼ってどんな作品だっけと思ったら異色作品集に収録されてたわ
領主の命令を忠実に遂行していた忍者(見た目は四貫目系)が沼底の穴を塞ぐため
「天下太平、万民の幸せのため」と言葉を残して領主を道連れに投身する話ね
これは忍法秘話に入っててもおかしくない、というか実際ゴールデンコミックスでは入ってるのか >>594
的外れも何も、第一部の絵も第二部の絵も好きだと言ってるだけで持論なんて何も言ってないですよ
594のあなたの意見もまことにもっともで反論も何もない
ただ「劇画」というのがどこを指すかだけはっきりしてなくてひっかかるだけです
私はさいとうたかおや佐藤まさあきや自分で自分の作品を劇画と呼んでる人だけ劇画と思ってるけど
あなたは白土三平は劇画で手塚治虫はそうじゃなくてあとで取り入れたという劇画というのが何なのかわからないのです めちゃくちゃ突っかかってるやん
自分のこだわりは置いといて劇画風タッチの文意くらい解ろうよ >>596
60年に貸本に描かれたものが68年にビッグコミック誌に掲載された? 貸本で描いたものを大手週刊誌に再掲させ
そうやって得たお金をカムイ伝執筆に使う
白土さんは商売がうまいと手塚先生が言ってなかったっけ >>598
わからないから聞いてるのです
それ以外は個人の好き嫌いなので、つっかりも持論も何もありません
劇画ってさいとうたかおや佐藤まさあきや劇画の人だと思ってたのだけど
白土三平に劇画調とでない絵があるなら、リアル調の絵や等身の低くない絵が劇画なの? >>598
具体的に言うと
>>570が「二部はゴリゴリのリアル絵なんだもんなあ」なら何も感じませんでしたが
「二部はゴリゴリの劇画なんだもんなあ」というのが、ひっかかったのです
白土三平が一部から自分が劇画と呼ばれていたけど自分では劇画とは言わなかったのは大事にしたいと思っているので
>>570さんの「ゴリゴリの劇画」というのが「ゴリゴリのリアル調」という意味ならそれで納得なのですが wikiを見たら「劇画」の名称自体は辰巳ヨシヒロ考案のものとあるけど一般的には厳密に定義されてるものではないのでは?
「ゴリゴリの劇画なんだもんなあ」って言われたら自分はデフォルメされた子供向けの絵でない線の多いリアル調の絵って言ってるんだなと受け取るし一般的にはその文脈で通ると思うよ
用語にこだわりがあるのはわかったけどそんなにツッコむとこでもないと思うんだが 本気で分からないのかよ…
カムイ伝、カムイ外伝、ともに第二部の絵柄や作風が一般的に劇画調と呼ばれるやつね
神話伝説シリーズもだからね
しっかり覚えてね
そして辰巳ヨシヒロが言ってたけど絵柄だけが劇画ではないからね
劇画とはユーモアやデフォルメを極力廃した大人の鑑賞に耐えうるものとしてる
そういう意味でも白土漫画は影丸伝なんかの頃から劇画的な方向性に突き進んでいたとは言えるが
ビッグコミックに掲載されるようになってからは絵柄にひっぱられてか作風も完全に劇画調一本槍になった
白土三平作品は内容の重厚さがありつつもあくまでも「漫画」なところが魅力だと感じていた多くのファンが残念に思うのはそこ >>601
劇画を描いている人たちで絵がうまいのは白土三平氏だけと手塚先生がCOMの1967年9月号で述べているんで
このお考えに従えばワタリなんかも劇画の範疇に入るみたい
まあ手塚先生も劇画という言葉をかなり大雑把な使い方してるけど
カムイ外伝は第二部のみが劇画で、第一部は劇画じゃないというのは相当独特な解釈だと俺も思う >>593
河出書房新社が文藝別冊の特集号を作るべきだ >>605
当時の感覚で言えば劇画なんだろね
それはそれで理解できる >>606
あと小学館による白土三平全集の刊行
十年がかりで >>603
まあ劇画なる語の用法を許容するとしても、発端となった書き込みは
初期のサスケとかならまだしもカムイ外伝第一部の絵に「手塚的な丸っこさ」が
あるとしているので雑な認識の人なんだなあという思いは禁じえませんでしたね みなさん、ご返事ありがとう
昔、漫画劇画論争なんてものがあったり、劇画という言葉を漫画より一段高級なカテゴリとして安易に使う評論家がいたりで
その中で白土三平は自分の作品を劇画とは呼ばなかった(ガロ系全部ということでなく長井勝一は劇画と呼んでいた)
なので、白土漫画をすべて劇画なら昔と同じですが、途中で劇画に変わったと言われると違和感を覚えるのですが、
>>605さんのような意見の人もいるので、安心しました
あくまで劇画という言葉に関する違和感なので、白土三平のどの時代の絵が好きだろうと個人の自由で気になりません 好き嫌いの話に戻ると、カムイ外伝は第一部も第二部も大好きなんだが
といいつつ俺自身もサスケやワタリの頃の絵柄に特別な思い入れがあることは認める
しかし冷静になって考えると、それは煩悩を著しく刺激されるからであって
ついついサスケの女装姿とか妄想してしまうというだけのことかもしれん
我ながらキモいですな ちなみに、なぜカムイやワタリや狼小僧ではなくサスケなのかというと
作中で女装してくれなかったので妄想するしかないのだ >>609
単に線が多い絵がきらいなんじゃないの
>>604でも勝手に多くのファンの代表になってるし雑ではあるね ごめん精神病の人に餌を与えてしまった
読んでてまともな人ではないと気がついたよ >>611
自覚してるらしいからつっこみづらいが、たしかにキモいですw
性的魅力なら、外伝第一部のポニーテールが腰まである時代のカムイが一番かな
第一部と第二部を大雑把にくくられてたけど、第一部も各話でだいぶ絵が違うよね
空蝉と恐馬とか たとえば池上遼一先生はつげ義春さんの大ファンだけど
「ねじ式」などの重要さを認めつつ初期のつげ作品が特にお好きだそうだから
感傷的な理由まで含めた個人的な思い入れってのは揺るがしがたく根強いものがあるよね
↑サスケの女装を妄想している己を池上先生と並べて正当化を図る手口 狂馬の絵が好きだけど本伝一部の絵と似てると思った事があった
扉絵の目が黒かったり
似てると思った時期の絵と同じスタッフだったのかな >>615
いわれてみれば確かに「空蝉」と「狂馬」の絵は違う
しかも、それは外伝第一部から二部へと絵柄が遷移していく過程なのかと思いきや
むしろ逆行しているといったほうがよさそうなんだよね
「狂馬」「天人」「移し身」はコノマとの対比で
カムイの美しさが際立っていて、すごくお姫様っぽく見えるっす >>613
劇画調になる前のが単純に売れてたし全盛期だし、その時代の作品のファンが多いというのは純然たる事実
白土三平先生も神話伝説シリーズなど全く商売にならないのに小学館はよく載せてくれたと言ってるくらいでね
神話伝説シリーズの作品的価値は認めるが
自分は第二部から入った後発のファンだが第一部の絵柄に魅力されていって昔の作品とか集め出した >>617
どうだろう、小島剛夕がカムイ伝第一部の作画を担当していたのは1968年1月頃まで
「狂馬」の脱稿は1966年4月だそうだから、剛夕とは別の人が手がけたのかも
ところで小学館文庫で狼小僧を読んだとき、やけにエロいと思ったんだけど
あれも絵を仕上げたのは剛夕らしいね 別人を同一人物と捉える人間こそ雑だろ
>>613は節穴
こんな節穴が喚き散らしてキモい前に基地外だよ
基地外なら病院で治してくれ迷惑だよ 小島剛夕は自分名義のときの絵と白土三平だけでなくタッチだけでなくキャラ描写も変えてる
剛夕名義、諏訪栄名義のときの美男美女はほぼ同じキャラ(人相)だけど、カムイ伝の竜之進や楓はちゃんと白土漫画世界の美男美女
つくづく達人だと思う ここでよく出る「かわいさ」と言えば
小島剛夕が全国区なのは子連れ狼の大五郎のかわいさが大きかったと思うけど
剛夕が描いた幼児期のカムイのかわいさ(と同時に神々しさ)は格別だな
山丈でなくても拝みたくなる >>618
「狂馬」は「雀落とし」あたりと同じ感じですね(小山春夫?)
「空蝉」は本伝の途中からとか、
忍者武芸帳の原稿紛失でGCで出るとき書き直された伏影城落城あたりと似ている
ということは岡本鉄二か三平さん本人なのかな? 空蝉も印象深い話だったな
初読時は小学生だったから正直まるで意味が分かってなかったんだけど強く記憶に残る話ではあった
戦闘中の事故で視力を失って云々は「サスケ」の大猿の話とネタ自体は使い回しなんだけどこのエピソードは全くの別物に仕上がっててそれぞれ読み応えがある >>622
白土先生は小島剛夕を招聘することにより
カムイ伝を1カ月に180ページも描いたが、当然その報酬は高額だった
手塚先生は魔神ガロンの絵をアシスタント(久松文雄だったらしい)に丸投げした結果
作画崩壊を起こして後半を封印せざるを得なくなったことがあり、その経験からか
御自分でペン入れまでやることに拘ったが、たぶん過労で寿命を縮めてる 一方、石ノ森章太郎のマンガ日本経済入門を手伝った渡辺電機(株)の証言によると
その下描きは殴り描きとすら呼べないほど雑な代物だったが
指定されたとおりに仕上げると、読者の見慣れた石ノ森先生の絵が現れたそうな
極限まで省力化された下描きで、適当にかき集めてきたアシスタントに作業させても
ちゃんと完成するというのは量産に最適化された絵であり
白土先生や手塚先生よりも利口なやり方なのかもしれない
まあマンガ日本経済入門の頃の石ノ森先生の絵が魅力的かと問われたら
そうだと答えづらいのが正直なところではあるんだけど なんか小山春夫が下絵を描いた時は分かるなw
やたら目鼻立ちがキリッとしてるっつうか
小山春夫の漫画のキャラに似てるってそらそうか… >>589
ああっ!
大変失礼しました その通りです
ごめんなさい 星野之宣さんの事です。 >>625
「カムイ外伝−再会−」で伊児奈の兄貴が飯綱落としに対して
同じ返し技(自分の身体に爆薬を仕掛けて道連れを狙う)を使うも失敗
「秘術をもつ者はその返し技もこころえているのだ」とカムイがいうんだけど
空蝉の時はまんまと引っかかってましたよねという突っ込み待ちだったんだろうか
まあ外伝第一部のカムイは十代半ば〜後半だったと思うので…… 白土作品の忍者のうち最強は風魔小太郎だと個人的には思っていて
それは統率力もさることながら、他の忍者なら死亡フラグになるはずのものを
全部へし折ってしまう圧倒的な先読みの力があるからなんだけど
カムイも最終的にはその境地まで達したんじゃないかな >>630
一部のむささび姉弟のときも同じセリフ言うてた 対決の順番はむささび→空蝉なので
飯綱落としを仕掛けられた敵が田楽刺しを狙ってくることは想定していても
自爆は予想外だったわけやね >>632
飯綱返し対策は完了していると思ってたら空蝉で自爆技に引っかかってしまったので
再会の時は今度こそ完璧という気持ちをこめて呟いたセリフだったと思われる マンガ日本経済入門って一巻はあからさまに石ノ森とは別作家の絵だったけど >>632
むささび姉弟といえば、お姉ちゃんが丸太ん棒を使って
必死に飯綱落としのコピーを試みる姿に萌えたもんだ >>635
マンガ日本経済入門の1巻は名義貸しで、石ノ森先生は下描きすらしてないそうだ
雑きわまりないとはいえ自分で下描きするようになった2巻以降は
石ノ森先生らしい絵になっており、そこに凄みがあるという趣旨でしょう
ところでマンガ日本経済入門は全4巻のはずが電子版は3巻しかないのだが
広井てつおが作画した本来の1巻が電書化されておらず絶版状態とのこと 読んだことないけど一巻なくても内容分かるの?
一巻は独立した別の話ってことかな >>636
女子プロレスのスープレックスなら十分すぎるレベルだけど
飯綱落としは空中ブランコ技を道具もネットもなしでやる超人レベルだからなあ
唯一思いついたのが白く柔らかい胸を刃で貫く方法とは、悲しい限り 外伝で飯綱落としも霞斬りも破られた事が無いと言うので「シナドや手風との戦い忘れたんか?」となった
当時発表順のことわかってなかったんで
外伝一部に書かれた事が無かったことになってるなと後に思ってパラレルワールドと思うことにしたんだけど本伝二部で五ツがしっかり登場してて笑った
まあカムイの性格も外伝一部から結構引き継がれてる感じなので完全に別物扱いには出来ないか >>639
むささび姉弟って見た目はかわいいけど、自慢の体術も含めて
すべての要素でカムイに負けているという悲しいキャラだった
月影・むささび・常風あたりは、圧倒的に格上の主人公に敵が奇策で
どうにか挑もうとする構図がジョジョの奇妙な冒険の第三部っぽいと思う
もちろん実際は逆で、荒木飛呂彦先生が白土先生から影響を受けているのだが むささび弟の命まではとるまいというカムイの情け心が仇になったというべきか
お姉ちゃんに「殺されていたほうが」と嘆かれる事態になってしまったが
あの弟なら曲芸の得意な陽気な狂人として生きていけると思う
真の最悪とは、カムイに挑戦する順番が逆で姉がおかしくなってしまい
しかも三輪三左の娘みたいな狂い方をするとかじゃないかしら カムイの師匠の赤目は白土世界でも最強クラスだけど、特別な秘術があるわけじゃないのな
松林蝙也斎の師匠でもあるのだから、剣技も相当なものだろうけど
オールマイティで基本技のレベルがすごく高い体操の内村みたいなタイプなのか
大猿大助や影丸も同じかも >>645
術ばかりでなく滞在先で会得した生活術も農林業から漁業、土木、商業と多岐に渡る
しかも一度覚えた物は記憶が薄れたりしばらくやってないからと鈍ったりすることなくしっかり再現でき、そればかりか新たな術にも応用できるという
なんという羨ましい才能の持ち主であろうか
しかもそれだけの経験を積み重ねてまだ二十歳前後(追忍談)なんだぜ >>646
人物紹介で天才的忍者と言われてるカムイよりよっぽど怪物的存在なんだよな
それでいて人間味に溢れているところが憎めない
大猿も家族愛に溢れてるし影丸もやたら後進を見守ってるし「師」とか「父親」属性をつけてるキャラに共通のことなんだろうか >>648
赤目の弟子…シナド、カムイ、松林蝙也斎…コーチとして優秀すぎる
一見飄々としてるけど千代の富士や北勝海を育てた北の富士さんのようだw
風魔小太郎も同タイプだけど、少年時代の活躍も描かれてるのが恵まれてる 影丸も、影一族+狼小僧を育ててるし、スカウト力とコーチ力が凄い! >>640
お姉ちゃんが丸太を振り回す姿いいよね
むささび姉はむしろ丸太に振り回されてたけど、それもまた良し >>648
赤目はキクちゃんのことが好きだったんだよな
赤目ほどの術者ならキクちゃんの心を操ってモノにするなんて容易いことだろうに
それをしないとこが、抜忍にならざるを得なかった人間味なんだろう
赤目が欲に負けてキクちゃんの心を虜にしておけば、キクちゃんもあんな悲劇的な最期をとけなかったろうに >>650
カムイ伝だと、雲水姿の小頭がスカウト、赤目がコーチと分業制だな あの雲水姿の小頭で、搦の手風みたいな強者が出てきた時は焦った カムイ伝第二部を読み返してるんだが、猿の話がめちゃくちゃ面白く感じられる 齢を重ねなければ理解できぬものがあるということよ…… ショタカムイのエロスとタナトスは強烈すぎて年寄りには毒なので
最近は割烹着を着て御飯をよそってくれるサスケとか妄想している 変態妄想は自由だけど、書き込むからには時代考証を少しはw
前掛けに襷掛けでかいがいしくとかね
それとエロスはともかく、タナトスはいかん
変態でもいいから生きるんだ カムイ伝第二部でボス猿の名前がカミナリなのは幸島の猿をリスペクトしたものかな
といっても宮崎の幸島のカミナリはまったく違う人生というか猿生だったようだけど >>662
カムイ弟が斬首されるのは強烈でなあ
性癖こじらせるわあれ >>662
そうはいってもワタリのウェディングドレス姿とか素敵じゃないかな 白土先生は幸島のサルを参考文献として挙げているけど
二匹のカミナリの共通点は偉大なリーダーだったことと名前だけに見える >>667はいつもでたらめな日本語で他人と意思疎通出来ない無職在日48歳
まぼろしパンティ基地外山本 ワタリにウェディングドレスなんて想像しても似合わなそうとしか……
そもそも男児用子供服でも現代の服装似合いそうにない
カムイなら短髪にタオル巻いて作業服で建築現場に居ても違和感ない
リアル調の絵があるしな カムイ伝第二部を再読した
不動の姿をした謎の敵(=赤目?)と戦った後で
自分を完封できそうな忍者としてカムイが手風・ウツセ・阿多棒心の名前を挙げてるけど
手風はともかくウツセはカムイより格下で確定してると思ってた
カムイ自身の認識は違ってるのかな >>670
カムイは達人だから、ウツセほどの才能の相手を安易に格下認定はしないだろ
一度は上回ったとしても「男子三日会わざれば刮目して見よ」を肝に銘じてると思う >>670
ウツセは一度カムイを完敗させてる
それを棒心との修行で開眼して逆転したけどウツセの実力なら同じように成長の機を得て倒し難い強敵として再会する可能性は十分あると思う >>669
中村豪志のファンアートでサスケとワタリが初代プリキュアの格好をしてるのは
かなり似合ってたと思う >>673
それは知ってたけどウェディングドレスかーって
サスケもワタリも女物の着物を着せるのは抵抗ないけど割烹着とかウェディングドレスと言われるとな〜
大猿なら現代服余裕で想像できる、髪型のせいかな
死神少年キムかシートン動物記かに似たキャラがでてたからカウボーイスタイルもアリだな >>672
カムイとウツセは才能では互角、学習の差で勝敗が決まるというのが阿多棒心の評価だっけ
こりゃ外伝第二部も読み返したほうがよさそうだな…… 兄の阿多棒庵は実在の人物らしいが、棒心は架空のキャラだよね?
松林蝙也斎の弟の剣風も架空のキャラだから、同じ立ち位置かな
白土三平は虚実の皮膜をつくのがうまいし、歴史上の人物も渋いところを持ってくるね
忍者武芸帳の林崎甚助もそうだし、坂上主膳の仇討ちも史実だと知って驚いた
カムイ伝第二部の針ヶ谷夕雲も渋い剣豪で、顔が俳優の故伊藤雄之助そっくりなのがまだ渋い
あまり活躍場面がなくて残念 才能においてカムイと互角といわれると
ウツセ半端ないという感想にならざるを得ない >>669
ワタリもサスケも、あのリストバンドと脚絆あってこそよね >>678
主人公補正にも正(何があっても生き延びる、皆から慕われるなど)と
負(休む間もなく苦難が続く、親しい人がどんどん死ぬなど)があると思うが
サスケの終盤は正がなく負の主人公補正ばかりで哀れの極みだった ウツセはカムイに負けた後で抜忍になったんだろうか
あれだけ強ければ春花使いの男とかよりは逃亡生活も楽だろうけど >>679
手甲と脚絆さえあればいいと申すか
なお狼小僧は実際にそれ以外全裸の格好を披露したことがある模様 >>683
狼小僧の全裸がどうのこうのとか不真面目な書き込みでごめん あの浪人者は美少年の着物だけ切り裂くとか器用すぎ悠長すぎ変態すぎだろ
と思ったが、むしろ狼小僧が自分で脱いで目くらましに使ったのか
(つまりムササビの術) ムササビ姉弟を見る限り、あの術は敵を翻弄し疲弊させることが目的っぽいけど
狼小僧はムササビの術で視界を封じながら攻撃を叩きこんでいくのでハイレベルやね >>688
本来は回避技であるはずのものを攻撃に使ってしまう発想
1枚しか着ていないのに平然と脱ぐ大胆さ
二重の意味で過激だな狼小僧 ムササビの術で敵の眼をくらます→当て身を喰らわせて離脱
この動作を狼小僧はほぼ一瞬でやってのけてるんだろうが
変移抜刀霞斬りの時みたいにスローモーションで再生してもらわないと詳細はわからんな
いや美少年の裸をスローモーションでじっくり拝みたいとかいう話ではなくて わいが剣豪でも狼小僧のチンに目を奪われてやられてしまうと思います
恐ろしい術じゃ 狼小僧といえば、バンパイヤのトッペイも狼少年で、変身が解けた後全裸だな
少年誌で少年の裸のサービスシーン トッペイのお母さんは強さと美しさと優しさを併せ持つ完璧ぶりで
手塚先生のマザコンが遺憾なく発揮されていると思った
ところで手塚先生は講談社児童まんが賞の審査員として
白土先生のシートン動物記を読まされたわけだが
年老いた母狼を最後まで守ろうとし続け、親子ともども銃弾の雨を浴びて
一緒に斃れたシショッカの話とか激しく性癖に刺さったんじゃないだろうか ビッグコミック誌で劇画タッチになってから直接的になっていった >>693
サスケも幼い頃は服部半蔵の娘と素っ裸で戦っていたが
成長した後はさすがに脱いでくれなくなった
狼小僧は少年ならではの美しさの盛りに平然と脱ぐからな 水木しげるはカムイ伝の時代くらいに白土三平は絵もお話も上手いが人間ら描けてないと評価したみたいだね
白土三平先生のキャラって外見の美しいキャラだけじゃなくて
精神も漫画的に美しいキャラが多いからな
劇画タッチになるまでは白土先生はあくまでも漫画作品として内容も考えてたと思う
水木しげるもなかなか人を褒めないタチだからそのへんくさしたかったのかもね 白土無双というゲームを夢想したことがあるけどバッコスが最強キャラだと結論したよ
自己催眠でどんな動物でも自身に憑依させられる
背後を取っても背後を取られても技を極められてバッコスに屈服してしまう カムイ伝第二部で中根正盛の下にいた一太郎がいつの間にか
カムイと行動を共にしてるんだが、そうなった経緯は知りたかった
叔父さんと出会って自分の生き方を考え直したってことは
教育係のサエサもあまり非道な洗脳とかしてなかったのかな と思ったが、単純にサエサの洗脳をカムイの逆洗脳の技術が上回ってたとかだったら嫌だな
まだ幼さの残る甥っ子にカムイが何をしたのか想像するだけでハァハァ 一太郎は元の白土三平絵で描いたらワタリなんだろうなあ… もしも小学館がガロの買収に成功していたら
ビッグコミックが創刊されずガロがその役割を担うことになって
手塚先生が奇子やMWをガロで連載したり
やがてはガロオリジナルやガロスペリオールが派生してたんだろうか >>708
Wikiを信じるとすれば、小学館はカムイ伝だけが目当てのようだったから
カムイ伝連載のガロと言う名のビッグコミックが出版されて、
あとのサブカルチャを担うような漫画家が輩出したガロはなかった世界線になるんだろうね
蛭子能収 や根本敬の漫画が世に出ることはなかったかもしれない >>705
一太郎かわいいよね
忍びの実力はまだワタリには及ばず
サスケと同等くらいじゃないかと個人的には見積もっている >>710
ガロという名のビッグコミックに水木さんは引き取ってもらえると思う
でも「ねじ式」は掲載されそうにないよね >>694
しかも悪人のロックに惚れる倒錯ぶりで。 カムイ抹殺を命じられた結果、自分自身が抜忍になった一流の忍者
搦の手風、名張の五ツ、百日のウツセ
人材の流出が深刻でねえか 世界じゅうの抜忍をかき集め!一大抜忍軍団を組織する! >>715
手風とウツセはともかく、五ツは抜けた後でカムイと行動を共にしてるもんね カムイ伝のタブテはあれほどの辛酸を舐めたのに性格が歪むこともなく
第二部ではカムイからも頼られるまでになってるのがすごいと思う ボコボコにされても絶対に仲良くなりたい力には見習うところがある >>719
サスケのほうのタブテとか、カムイ外伝のコノマとか
美しく天才的な主人公に憧れて身を滅ぼしてるんだけど
カムイ伝のタブテもその一人かと思いきや大逆転ですぜ カムイ伝のタブテはなんであんなに出世してるんだと驚いた
カムイが抜ける前にも公儀隠密の仕事に干渉してなかったっけ?
ここら辺の記憶は曖昧だから干渉してたのは正助か竜之進のことだったかもしれない
ともかく二部では被差別民を束ねる存在として影響力を発揮してたようだしついでに日置や望月の勢力(これはスダレが統率してるのか?)とも繋がりがあるみたいだし一体何があったんだろう >>720
一途な思いを寄せられたからといって応えてやる義務はないというのが
白土先生の基本的なお考えなんだろうけど(例:飛天の酉蔵と要木周造)
タブテはカムイの弟分になりたいという願いを叶えたからマジ大勝利 >>723
江戸に流れて車善七の養子(非人頭)になったとかじゃないかな
車善七の居留地は寛文年間に新吉原に移されてるから、時期的に合う
カムイ伝は乞食頭になってるけど、カムイ伝は穢多(エタ)という言葉を避けたのか用語をずらして使ってる
穢多→非人、非人→乞食
穢多は世襲の身分だけど、苔丸みたいに他の身分から落とされた場合は非人になるから、カムイ伝の世界では意図的に曖昧にされてるのかもしれない >>714
>搦の手風、名張の五ツ、百日のウツセ
白土三平は二つ名をつけるのがうまいなあ
名張は地名だけど、風(しなど)のトエラとかもかっこいい
池波正太郎が二つ名をつけるのが名人と言わてるけど、白土三平も負けてない >>724
>一途な思いを寄せられたからといって応えてやる義務はない
それで一番に思い付くのがサエサ
でも一部の前半までは結構懐に入れてる雰囲気だったのに二部では完全に突き放してる
カムイ側の心境の変化が激しいように思う
なのに初めから嫌ってたってナレーションが酷い
まあサエサの方も中根に言ってた恨みつらみの大半が捏造になっちゃっててなんだかな
弄ばれたってお前が一方的に追いかけてただろとか父親の仇って横目殺したんはキギスや
横目殺害犯はもしかして御大自身が間違えて覚えてる?
霞斬りの犠牲者第一号だけどその時は例え父さんが殺されたとしてもカムイを取るとか言ってなかったっけ
まあ恨む気持ちの方が上回ったら以前は許せてた事が大きく反転するのはわかる >>725
養子にまでなったかはさておき、人格と能力を車善七から認められたってのはありそうやね
第二部で車善七が「さる筋から」といいながら北町奉行の石谷のところに果たし状とか持ってくるけど
ああいうのもタブテが仲立ちになっているんでしょう 車善七のお眼鏡にかなったタブテですら能力的にはカムイに遠く及ばないというと、カムイのすごさがわかる
ただ弟分にしてほしいと懇願するタブテをボコボコにしていた頃のカムイは
才能と美貌は極上だけど、その割に性格は結構ひどかった印象 カムイの美貌で身を滅ぼしたやつは多そう…と思ったがそうでもなかった…
サスケの界隈の方が死にすぎ! >>727
カムイに弄ばれたとか、父親を殺されたとかガチで信じこんでるんだとすれば
精神的に結構やばいところまで行っちゃってるような
あのサエサを救済するのは難しそうに見えるんだけど
一回くらいカムイが抱いてやればいいんじゃないかという
小池一夫的な解決策が過去スレで提案されてましたわ >>730
鬼姫はよく生き延びた
絵の道に進んだのが幸いしたんだと思う
サスケに惚れたりしてたら危なかったんではないか サスケに惚れてた方のタブテや、キクちゃんのあの無惨な最期!
俺のサスケに近寄るな!って感じがある 太田垣康男が10年連載を中断していた「MOONLIGHT MILE」の続編をPixivで不定期連載を始めた
スペリオールで「機動戦士ガンダム サンダーボルト」の連載をしながらなので作画コストを
かけられないからだろうかネーム状態でのこうかいなんだけど十分に完成原稿は想像できるクオリティ
作家としてのキャリアを見据えて今やらないと未完で終わってしまうという判断からこういう形での
公開に踏み切ったんだろうね
持続可能で完結できる創作目標ってのをどの作家も念頭に置いてほしいわ >>733
権藤晋が初めて白土先生に会ったときのことを回想しているんだけど
練馬の大根畑のど真ん中にある赤目プロを職場の同僚と一緒に訪ねたら
白土先生が仕事場に通してくれて、色紙に何を描こうかと聞いてくれたそうな
で、まずリクエストに応えて四貫目を一気に描き上げた後で
もう一枚は木々の間を飛ぶサスケを描いたというんだけど
頼まれずとも描くのがサスケというあたり、やっぱりお気に入りのキャラなのかな ドライに術としての性技は心得てそうだけどな(商人としてもソツなくこなしたように)
人は殺せるのに女とやれんということもあるまい >>738
会ったのがいつかによるね
サスケが看板の時代だったら、一番人気をサービスで描いたとも考えられる
手塚治虫がアトムを(後年ならBJか)描くようなもの >>735
童貞かどうかはさておき、アセクシュアルな印象があるとは思う >>738
現在公式に発表されてる中で最晩年に描いた直筆イラストがぜんぶサスケだったのを見て泣いたよ >>739
エロ要素をふんだんに盛り込んだ外伝二部以降でもカムイだけ終始ストイックを貫いてたじゃん?
ここに御大の拘りを感じるんだ
別にいいじゃないか
現代の若者の感覚なら童貞は恥ではなく美点(多分) >>740
権藤晋が初めて白土先生と会ったのは1964年だそうだから
サスケが連載されている最中で、カムイ伝は始まってるか微妙な時期やね
それにしても石ノ森章太郎のところでは押しかけてくるファンに対処しきれず
永井豪がこっそりサインの代筆をしていたそうだけど、白土先生は余裕がありそう >>743
カムイやワタリの色仕掛けって、相手が男でも女でも
手を握らせることすらなく堕とせそう
本伝第二部のカムイは精神攻撃系の術のレベルが上がりまくってるし >>745
作品の美学としてストイックなのはわかるが、
裏設定(妄想)考えるなら、(嗜好としてではなく)人は殺せても女はやらんてのは不自然だなと思ってたんだが
肉体的な性技を使うまでもないってことか、納得だな
その方が余計な精力を使わず、術者としては合理的 >>734
もう続きを描きそうにないから中途半端な単行本どうしようかと思ってた
完結させる意志があったとは素晴らしい
風雲児たちもそうしてくれてたらなあ…
ハンターハンターもそれでいいや 白土三平先生、漫画描く前からオヤジから絵を習ってたそうだね >>747
ですねえ 風雲児たちは
とにかく惜しい 新選組までは続けてほしかった
まったく冗談じゃない。 >>748
岡本唐貴のアトリエで早くから石膏デッサンを学んでいたそうだね
ただ、お父さんは手取り足取り指導するわけではなく感想を述べる程度で
白土先生も鉄二さんも独自に勉強していたらしい >>746
飛天の酉蔵がカムイに犯されるところを妄想して悶々としてたけど
術中に陥ったら男も女も大体あんな感じになっちゃうんだろうか
ただ酉蔵が実際に求めていたのはカムイとの肉体関係ではなく
真の願いは最後の瞬間に叶えられたのだと個人的には思ってる しかし酉様って元から生き急いでいる人だったとはいえ
カムイと関わり合いにならなければ、あそこまで早死にせずに済んだのでは
本人にとっては一瞬だけでも至福の時を過ごせたんだろうけど >>734
大友克洋は白土先生の大ファンだが
作品はきちんと閉じなきゃいけないという思いがあって
そこは白土先生を反面教師にしているそうだ
もっとも大友先生は「そもそも描かなければ未完にはならない」という
究極の護身を完成させつつあるような気もするが 白土先生そんな未完の作品多いか?
永井豪や杉崎ゆきるじゃないんだから >>756
火の鳥やカラマーゾフの兄弟や未完の名作数々あれど
未完なくらいなら書かなかった方がよかったとは、読者としては全然思えないからなあ
未完にしないために描かないというのは、事故に会わんために一生家から出ないにさも似たり >>757
江口寿史やたった一作すら完結させられない高谷良樹や萩原一至よりはまだマシだ。 大友克洋は確かに描かないが、あの程度で護身とは生ぬるいわ
真の護身はつげ義春さん。もはや不射之射と呼べる領域
つげさんはそもそも短編派だから護身不要だろという突っ込みは認めない >>757
まあ大友先生はカムイ伝が大好きだからこそ例示に使ったんだろうけど
ところで石川賢も実質的にほとんどの作品が未完だけど別に腹は立たない
その反面、永井豪の作品が未完だと承服しがたいものを感じてしまう >>759
ざしきわらし! イシミツ! 忍法秘話は最高だぜ
個人的には異色作品集も好きだが >>762
魔獣戦線とかオチなんざどうでもいいダイナミックな面白さがありますな >>759
短編もまた面白いというより短編が何より面白い
アイデア勝負やどんでん返しが上手いから
長編になるとキャラに思い入れし過ぎて脱線するところがあるんだよな
その脱線部分がまた面白いのがタチが悪いw
人生をかける程の壮大なテーマに取り組んでおられたので長編が代表作扱いされてるけど本来は短編〜中編にむいている人の様に思う 代表作と認知されている作品が未完なのはイメージに大きく影響するかな
ベルセルクとかバカボンドとか009とか サイボーグ009は地下帝国ヨミ編でいったん完結してるのよね
(その結末がレイ・ブラッドベリの「万華鏡」そのままなのは措くとして)
きれいに終われたはずなのに無理やり続きを描いてしまい未完になるのは
印象がよくないけど、だからって描くなと作者にいうわけにもいかないしなあ 無理やり続きを描いた結果、未完になっている作品の例としては
他には子連れ狼や銀河鉄道999があるか
同じ未完でもカムイ伝や火の鳥やベルセルクはその類ではないので
個人的には分けて考えることにしてるっす 未完ではないけれども終わり方が尻切れトンボな作品というのがあって
白土先生なら狼小僧、手塚先生なら三つ目がとおる
ただ狼小僧は狼の群と共に生きる少年、写楽保介は三つ目族最後の生き残り
どちらも人間社会とどう関わっていくかという問題を抱えており
その問題に簡単な解答がない以上、安直に締めくくらないのはむしろ誠実だとすら感じる
欲を言えば狼小僧の美しい肢体、もとい活躍をもうちょっと拝みたかったです サスケも珍しく最後まで打ち切られずに全うした長編作品だが
まさかあれで終わり?という感想を抱く読者が多数
ワタリは白土先生が倒れても無理に第三部が描かれたような作品だが
第二部で終わっても第三部で終わっても余韻が残りすぎる終わり方
長編でちゃんと完結感あってスカッと終わるのは忍者武芸帳影丸伝とか真田剣流とかバッコスあたりか
カムイ伝にしても未完のイメージあるが第一部で終わりなら未解決の伏線は多かったけどそれほど未完というイメージは持たれなかったのでは
大長編の終わり方としてはきちんとクライマックス感があったし多数の登場人物が整理(死亡)されて終わる 狼小僧は主人公がさすらいの旅の中で人々とふれあい
百姓を飢えから救うことで狼の住処をも確保するという
戦略的行動がとれるようになるところまで成長を描いてるから
むしろ区切りの良い終わり方をしたというべきか
当初のマガジンでの連載は狼小僧の復讐に巻きこまれたチコちゃんが死んでしまい
傷心のまま行方をくらますところで終了したわけで
その悲しすぎる打ち切りから貸本や他誌でエピソードを積み上げた粘り腰がすごい ちょっと思い入れのあったキャラなんだろね
影丸も関わってるもんね
そんな白土先生の気持ちが嬉しいよ >>772
確かに第一部だけのほうが締めくくられてる感はあるよね
それでも第二部を描いてくれてよかったと個人的には思うっす >>774
マガジンでの打ち切りから再開直後に描かれたのは
お父さんとお兄さんを殺された少女のために狼小僧が仇を討ってやる話なんだけど
あれって長井勝一が結核で入院しちゃって倒産寸前の三洋社のために
白土先生が自ら申し出て提供した作品なんだそうで
それが狼小僧の義侠心を見せたとも解釈できる物語だってのは
何となく感慨深いものがある 手塚先生は打ち切られたバンパイヤの続きを単行本で描き下ろそうとして果たせなかったそうだけど
白土先生が狼小僧で成功したのは、貸本ならではの柔軟性を活かしたってこともあるのかしら 手塚治虫はとにかく仕事を抱えすぎだよ!
打ち切られた話を自発的に同人気分で続きを描くなんてできるわけがない! >>768
それに関しては
ファンが再開を強く望んだのがねえ
結果グダグダになって。 カムイ伝ファンは望まなすぎたのが良かったんだね
狼小僧とかサスケとかたまに読み切りでも描いてくらいは言っても良かったと悔やんでる >>778
俺はドン・ドラキュラの続きが読みたいw >>779
白土先生と手塚先生は同時期にカムイ伝第一部と火の鳥をそれぞれ連載しており
どっちも巨匠のライフワークながら原稿料の出ない仕事というのが共通してたけど
火の鳥はせいぜい毎月30ページ程度、多くても60ページに満たない分量
一方のカムイ伝は多い月だと180ページに達することもあり、このアウトプットの差は
1. 手塚先生は他に仕事を抱えすぎ
2. 赤目プロには小島剛夕がいる
3. カムイ伝は小学館から単行本が出るので実はマネタイズできてる
4. 手塚先生は他に仕事を抱えすぎ
理由はこんなところか 白土先生はカムイ伝をやるに際してチーム組んで商業誌の連載と両立してやろうと計画したもんな
それでも65〜66あたりはサスケ、ワタリ、カムイ外伝で死にそうだったと思うけど! >>776
第二部でキギスが非人頭として立派にやってるのを見て安心した
第一部終盤の彼はかなり悲惨だったから
サエサは……どうにかして幸せを見つけられるといいね >>785
一番やばかったのは1966年の秋で
ガロ(カムイ伝)サンデー(カムイ外伝)マガジン(ワタリ)ぼくら(狼小僧)の4誌同時連載
ちなみに同時期の手塚先生を調べてみたところ
少年(鉄腕アトム)サンデー(バンパイヤ)少年ブック(フライング・ベン)少年画報(マグマ大使)
こちらも最低4誌は抱えていた模様 ただし白土先生は狼小僧の原稿を1961年に完成させていたそうなので
もしかしたら小島剛夕が手直しをするだけで済んだのかも
一方、手塚先生もどうやら限界だったらしく
マグマ大使の最終章を井上智が代作する事態になっている 仮にPLUTOやアトムザビギニングみたいな形のリメイク版カムイ伝があっても自分は読まないと思う
白土作品の雰囲気は白土氏本人の生い立ちやら人生経験から滲み出てると思うので
絵の上手い作家は数入れどあの重厚な世界観は描けないと思う シグルイみたいな感じのカムイ伝とかやだなあ
サスケやワタリにしてもあんな絵の作家は誰もいないし
リアルな感じに描かれても幻滅しますなあ >>791
俺も同じだな
白土三平が原作を残してて、岡本鉄二や小島剛夕が存命で引き継いで描いたとかならともかく
別人が作った物語では意味ないね >>792
リアルにリメークするとは限らんぞ
ショタ的に描いたら飛びつく奴はこのスレにも何人かいそうだw 意表をついて、鳥山明あたりでどうだ?
おら、カムイ!なら、一人称は合ってる >>794
古今東西のショタ描きを知ってるがな〜
白土先生や小島剛夕より描ける人ってちょっと思いつかない >>794
すまん花嫁衣装を着せられたサスケとか普通に妄想してるけど
ショタショタしい絵でリメイクされたら飛びつくってわけじゃないんだわ
それとこれとは別なので ちなみに、うら若い乙女を人身御供として要求する山神の正体をサスケとワタリが探ることになり
囮が必要なんだけど、ワタリの実力を見誤ったサスケが(こんな危険な役目おいらがやるしかないだろ)と思いこみ
ワタリはサスケの勘違いを訂正しようともせず涼しい顔をしているというような妄想です では、外国人から見た日本人を描けると言われた大友克洋でリアルな扁平顔の日本少年でw
雑魚忍者は大友の初期の貧乏学生のような風貌がいいな
と冗談のつもりだったけど、AKIRAの鉄男は手風に似ているし、大佐は大猿大助っぽい >>798
サスケでくノ一の術が一番得意そうなのは柳生十兵衛だな
一番だめそうなのは糸瓜斬死郎だ >>793
しかもPLUTOやアトム ザ・ビギニングみたいな成功作の裏には
注目を浴びずに消えていった数々の失敗作が転がってるのよね
具体例を挙げるのは憚られるが、スピネルで連載していた
リボンの騎士のリメイクは今でも一部が無料で読めるはず
大物作家にやらせればいいというものでもないらしく
永井豪の「どろろとえん魔くん」「魔神王ガロン」はどちらも打ち切り
ヒットが出るまで試行を繰り返せるのは手塚先生ならではの凄みだと思うが
同じことを白土先生の漫画でやられたら冷静でいられる自信がないですわ >>801
まったくのパロディとか、完全に新しいものを作るため設定を借りるだけなら(西遊記だの水滸伝だの四谷怪談だの)
歴史上の名作になったということで許容できるけど、まだそこまで旧い作品でもないしね
白土三平にかぎらず、作者自身が生きてるうちに作ったものがすべてだと思う
足すことも引くこともできない
個々のファンの妄想はそれこそ自由なんだから 俺らが描くしかない!
カムイが和尚さんで、ワタリとサスケと狼小僧を引き連れて、はるばる天竺まで日置領の秘密を取りに行く話を >>800
くノ一の術といえば、女に化けるのではなく
女を傀儡として操る術もそう呼ばれるという「くぐつ返し」には衝撃を受けた
そして、あの話の結末はさらに衝撃的でありながら一種の痛快さも含んでいると思った >>803
狼小僧が犬、サスケが猿で、あまったワタリはキジか
と思ったが、それは西遊記ではなく桃太郎だったわ 続編ではなく例えば鬼姫を主人公にしたスピンオフを永井豪がどろろとえん魔くんみたいなノリで描いたら読むわ >>784
連載をいっぱい抱えているのは二人とも同じなんだけど
白土先生はカムイ伝執筆の資金を確保するためで
手塚先生のは単に御自身の性分なんだろうね
ただ数多ある連載の中で火の鳥の優先順位が低めに見えるのは
虫プロが火の車で、お金になる仕事をせざるを得なかったからじゃないかという気が >>790
白土先生は1964年から房総の旅館で仕事をするようになるんだけど
手塚先生も富士見台の自宅を脱出し、中村橋のアパートを仕事場にしたというのが少し似てる
その仕事場は編集の立ち入り厳禁だったが、その掟を破ったのは火の鳥の担当編集だった野口勲
手塚先生に面と向かって催促するという暴挙に出た野口氏だったが
前日に彼を罵倒するというパワハラをやらかしていた手塚先生はその負い目のためか
おとなしく原稿を描き上げて渡し、深々と頭を下げて謝意を表したそうな
この一件以来、他の編集者も中村橋に押しかけるようになって手塚先生の安息は破られたという >>805
鏡隼人な桃太郎がカムイ!
ハマってるねえ…… >>810
いいえ。
無職童貞在日まぼろしパンティ基地外ではありません。 >>809
桃太郎カムイが引き連れるならアカとハヤテがいいな、死んでるが
猿がいない……歯っ欠け、は言うこと聞かねーから半助で >>796
白土先生の描くショタキャラといえば
カムイ伝第二部の猿パートでタテガミについていく仔猿がかわいいと思った
いや猿なんだけど 手塚先生はケモロリにただならぬ熱意があったんよね
「三ちゃんのはね、なんか違うんです!」とか言いそう ある程度まで擬人化する手塚先生と、獣そのままの白土先生では流派が異なるとは思う 白土先生の「フェニボンクの山猫」ってシートンの原作にほぼ忠実なんだけど
最後に山猫と子猫たちの亡骸を発見するシーンだけは改変されていて
原作では見つけるのはトムとお兄さん、白土先生のコミカライズではトムと妹たち
頭を垂れるトムたち3人の姿をシルエットで描くことで、山猫を悼む気持ちを表現し
山猫が母親であったことが同時に強調されているわけだが
結果的にめちゃくちゃ手塚先生好みのラストシーンになっていると思う
講談社児童まんが賞の審査員である手塚先生を攻略するための改変だったらどうしよう これはレオを悼むケンイチのパクリをごまかすために女の子に変えたに違いない!
せ、先生、これはシートン原作です!!
むむ…… あの巷で人気の白土さんもね、元になってるのは僕の漫画だったりするんですよ(ニッコリ 「フェニボンクの山猫」だけでなく「ウォスカと赤頭の子狼」や
「スプリングフィールドの狐」も母親の愛が描かれた作品なのよね
マザコンでケモナーという弱点を攻略されて白土先生に賞をあげることにした手塚先生
ついでに審査員の資格をゲットした白土先生は翌年さっそく水木さんを推薦するのだった 白土先生は水木さんの墓場鬼太郎を講談社児童まんが賞に推薦したというが
その年は森田拳次の丸出だめ夫が受賞した(翌年、水木さんもテレビくんで受賞)
鬼太郎は死んだ母親の産道から自力で這い出してきた子なので手塚先生好みではなさそう
そういう問題じゃないって? 白土先生ほんとそんな攻略してたとしたら忍者なみに策士すぎるだろ まあ墓場鬼太郎は気持ち悪がられるばかりで売れないと水木さん本人が嘆いたくらいだしな……
その時点で鬼太郎の良さを理解していたのは白土先生だけだったのかもしれん >>823
逆に思い切りブラックジャックっぽいんだけど
ピノコ=鬼太郎?
親が包帯に包まれてるのも一緒だ >>824
獣と子供への愛で攻略されたなんて、四貫目のヤマセの術にかかったガロのようだ どろろとかモロに鬼太郎や白土まんが風味だもんな
こういう題材でも僕の方が上手く描けるんです!って感じで描いて打ち切り
でもモロにどろろみたいな作品がのちにたくさん生み出される どろろはカムイとサスケが鬼太郎みたいに妖怪退治の旅をするという
コンセプトだったんじゃないかと伊藤ヒロが指摘していたけど
そこまで素材を詰めこみつつ上手に調和させるのが手塚先生の天才性だ
と美味しんぼ風にコメントしてみる そのサスケが実は女の子でした!ってオチ
もう〜手塚先生はやっぱり何も分かってないんだから〜
と倒れ込みました まあ、両性具有または性転換てのは
手塚先生のメトロポリス以来の持ちネタなんだからしょうがない >>830
どろろが女の子という設定は連載打ち切りのせいで活かしそびれたのかねえ
と思ったら、アニメージュプラスに掲載されている辻真先へのインタビュー記事では
手塚先生が最終話で唐突に持ち出したもので、あちこちで張られている伏線も
単行本化の際に描き足して辻褄を合わせたんじゃないかといわれておったわ
ところでアニメの百鬼丸はやけにごつい感じなんだけど
原作よりも大人びて見えるのはカムイと同じやね >>832
どろろとえん魔くん
の伏線かと思ったわw 因縁の講談社児童まんが賞の最後の受賞者はジョージ秋山先生
ジョージ先生16歳の時にこんなイカす論評を白土先生に貰ってる
https://twitter.com/saihato/status/1267329478281162752?s=21&t=C-NMTItu4vac0OjUIlyIwg
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) >>781
手塚先生はその点サービス精神旺盛だったよね
鉄腕アトムの連載終了後に「アトムの最後」を描いてくれるほどに 「少年」でアトムの連載が終わったのが1968年で
マガジンに「アトムの最後」が載ったのが1970年だから2年しか経ってなかったのか
たとえるならば1964年、サスケの一家が隠れ里に身を落ち着けたところで連載が終わり
サスケが家族をすべて失う後日談が1966年に別の雑誌で発表されるような感じ? >>835
主人公の顔ももう少し、悪人は思いきり悪人らしく
と白土先生から助言された結果が銭ゲバとアシュラは草 >>807
確かに火の鳥は低い
まあ テーマが重くて子供に受けない
と踏んでたんでしょう
しかし 後には学校の図書室などで
たいがいの小学生が知る存在になろうとは。 >>840
でも新しい漫画をどんどんモノにしていったから偉いッ!
秋山くんは後からあの世にきた白土先生によくやったと褒められてるよきっと…
オリはよお、ビッグコミックオリジナルの連載を44年もよお、あんまり休まなかったのによお…
白土三平は本誌でずっと休んでやがったんだぜえ!? >>838
まあ実際の連載も一揆に対する弾圧でお梅ちゃんが殺され
小猿が行方不明になるところで終わってるわけで……
しかしアトムは家族も友達もいない世界で目覚めて平然と戦いはじめるのね
大切な人を次々と失って精神的にボロボロなサスケを見るのも辛いが
悲しむことすらできないアトムには別種のきつさがあると思うっす >>842
浮浪雲の単行本ってどれだけ出たんだっけと思ったら全100巻を軽く超えてるのか!
しかしカムイ伝もそれくらい描いてくれたらとは言うまい >>835
なんだか白土先生のお人柄がありありと伝わる論評でほっこりするな
新人時代に大御所にこんな風に言ってもらったら自分ならすごく舞い上がるわ ですよね!
なのに「オリには尊敬する先輩はいないからよぅ、白土三平なんかはよぅ、休みすぎだから忘れられちまったのよ」とか言う素直じゃないジョージ先生は酷いですよね
これは私の妄想ではありますが… >>842
>>844
あのマンネリの固まり、似たような話を、44年間も描きつづけていたのか!!
話が発展するわけでもなく
主人公が成長するわけでもなく 初期には大学の入試に使われてニュースにもなったのにな >>847
まあ非常に細かいこというと、主人公の浮浪雲は人間的には老成していくよ
初期の頃にはすぐ刀抜いて戦ってたけど最終回の手前くらいに悪人を殺した時はもう20年ぶりとかそんな感じだったり… 『風魔』読み返したんだがコノミちゃん可愛いっす
猿飛の皆さんに術を教えてもらったってことは桔梗ちゃんの妹弟子くらいの立ち位置か
でも殺されちゃって悲しい 大忍術映画ワタリ観たんだがあれひどいなw
白土三平先生が激怒してもしゃーないw つげ義春さんの夢日記を読んだら、白土先生の貸本漫画で未読のものを
見つけたのでドキドキする夢を見たとあった。なお1976年12月8日付
つげさんの夢には水木さんが出てきたこともあるけど
いきなり虎が現れたので水木さんを見捨てて逃げたそうな >>851
俺は子供の頃に原作を読む前にTVで観たから、
「白土三平ってインチキ忍者物も描いてるんだ」と思ってしまったよw >>853
それそれ
当時の何かの雑誌のレビューに
「白土三平とかいうのが大学生にもてはやされているが、実際に見てみたら忍術合戦するだけのくだらないものだというのが分かった」
みたいなことが書かれてしまっていて
その評論家が救い難いアホなのは当然としても
これが白土先生が危惧してたことなんだろうなあと遠い目になりました… >>808
先生 可哀そうに
まあ自業自得ともゆうが。 >>854
いきなり話がずれるんだが、奥鬼怒の猟師料理に鹿の血の腸詰があって
ソレソレと呼ばれると白土先生の本に書いてあるのを思いだした 大忍術映画ワタリの主演の青影のデブショタの子
ワタリが大好きでどうしても出たくて撮影所に通って頼み込んだらしいな
そしたらワタリ役になっちまってそれは違うだろと自分で思ったって言っててちょっと好感度あがった 【速報】藤子 不二雄Aさん 自宅で死去
4/7(木) 12:36配信
TBS系(JNN)
速報です。
警察によりますと、日本を代表する漫画家の藤子 不二雄Aさん。本名、安孫子素雄さんがけさ午前、川崎市内の自宅で亡くなったことがわかりました。 ハットリくんは何代目服部半蔵なんだろうか
ケムマキケンゾウは公儀隠密ストライキのときの首謀者の子孫なんだろうか >>861
ハットリカンゾウだよ。
ボウコウやコウガンも居るんだろうな。 https://www.meijigakuin.ac.jp/gengobunka/bulletins/archive/21.html
明治学院大学の言語文化研究所が出している紀要のバックナンバー
24号では川本三郎が房総半島について語り、白土先生やつげ義春さんも出てくるが
21号には四方田犬彦の「白土三平の食物誌」が載っている
筑摩書房から出た白土三平論に収録されているものと内容的には同じはず 白土先生は昭和の巨匠では唯一の東京杉並区生まれだが
今の杉並区はガ〇ダムが溢れかえっておるわ いかにも白土先生は杉並の生まれだが、中島らもの『アマニタ・パンセリナ』には
「氏の故郷はかつて真田昌幸・幸村親子の領地だった東信地方だ」とあり
正直いうと俺もその印象が強い。故郷ではなく、戦争中に疎開していた土地なんだけどね >>862
ケムマキは甲賀者なので、むしろサスケの側というべきじゃないか
そう思えば、サスケを慕って勝手に兄貴と呼びそうな顔に見える 白土三平先生の時と違って、藤子A先生の追悼コメントが100倍はあって悲しい
お互いビッグネームだったのに >>856
荒らしにレスするのもなんだが、さすがに手塚先生の不幸を嬉しがりはせんだろう
自業自得呼ばわりしてるのは失礼ではあるが、まあ仕方ないんじゃね? ハットリくんの連載開始は1964年なのか
この年は白土先生がサスケを、横山光輝先生が伊賀の影丸を連載中
さらにカムイ伝の連載が始まった年でもあり、忍者漫画の黄金期やね 忍者10番勝負みたいな藤子A先生との共作もあったね >>867
宝塚の遊園地で鬼太郎のお化け大会をやっているのが気にくわなかった
手塚先生は「私の故郷ですよ!」と水木さんに絡んだそうだけど
白土先生は杉並にそこまで思い入れがあったのかな
毛利甚八の白土三平伝では「『カムイ伝』の原風景」として
大阪の小曽根村(現在の豊中市)を取り上げていたけど とり・みき氏がワタリに言及しておられる
たとえが古いというが、それを承知で白土作品を振り返るところに含意を感じる カムイ伝第二部で中根正盛が「服部二代の末路」に言及しているのを読んで
サスケの物語を踏まえているような感じがして嬉しかった
中根正盛って服部半蔵に比べると小物っぽいんだけど
忍者が官僚機構に組み込まれた後の上忍として生々しさがあると思うっす >>876
同感
ワタリはすごくいい
性格が微妙に小憎らしいところまで含めて完璧 >>878
影丸が無骨なおっさんキャラだったので少年漫画誌に向かないと白土先生が判断して
ショタにして美しい顔にリファインして生まれたキャラのような気がします
影丸や四貫目には思い入れがあったはずなので、そういう系統のキャラの決定版としてデザインされたのでしょう
そしてまんまと人気が出たという… ワタリ=美形のショタキャラ化された影丸もしくは四貫目説
ワタリには小悪魔的な魅力があると思ってたんだが
あれは四貫目のニヒルな性格の名残だったのか! >>879
サスケにちょっかいを出してくるのが四貫目ではなくワタリだったら凄いことになりそう
と思ったが、スガル谷とサカハギの争いの後で四貫目がサスケに語る言葉の重さは
おっさんならではのものなので、敢えて美少年対決にしなかったのはさすが白土先生というべきか >>880
そして四貫目そのものも、じいとして後ろにデンと構えてて活躍するしね
ありゃ白土先生的に完璧な布陣だったと思う
その前の狼小僧も、影丸をなんとかもう一度出したくて、
佐助というショタを前に出して人気をとっておいて、影丸を後ろに控えさせて…というのをやりたかったけど、
いまいち乗れなかった(打ち切りもくらった)からより万全なキャラ造形にしてのリベンジじゃないかと妄想してるんだけど… >>881
美少年対決は柳生十兵衛でやりましたもんね
あのあと最終編でしか絡まなかったのは残念
霧隠才蔵のときに少し出たけど… もしも四貫目の代わりにワタリがサスケと絡んだら
ワタリ「陽炎の術、知りたくない?」
サスケ「エッ、陽炎の術を……」
ワタリ「そら目の色がかわった……おまえも忍者だよ……」
こんなん妖しすぎるだろ
その後の「悲しいものよ忍は」で
おまえサスケとほぼ同い年のガキじゃんと突っ込み不可避になるだろうけど じゃあオイラもとっときの術を…
微塵隠れの術だね
えっ!? >>882
ワタリって才能においては最上級の忍者の一人だと思うんだけど
戦闘中に裏を読みすぎて窮地に陥ったりするあたり
経験を積んだ四貫目との差がうまく描写されてましたね >>883
最終章でサスケと十兵衛が対決して、二人して崖から落ちそうになるけど
サスケは子育てで、十兵衛は公務で修行の時間なんかないんだよというのが
よく伝わってくるグダグダっぷりだった
どうにか一緒に命拾いして十兵衛が任務のことを忘れたかのように
「よかったな」とサスケに声をかけるあたり
無惨さが際立っている最終章で一服の清涼剤という感じです 十兵衛も、のちにあんなごっつくなるなんて…
いやあれはあれでカッコいいけど! >>885
確かにワタリなら思いっきりサスケをおちょくりそう
四貫目は大人なので程々にしてやるだろうけど しかしサスケとワタリの掛け合いだとワタリが何となく年下っぽいイメージ
言い換えると年上にもかかわらずワタリにおちょくられてしまうサスケ 四人の子供の師匠になったり、子供さらいの話でも年下の子たちのリーダーになったり、小猿が産まれる前から、なんとなく振り回されるお兄ちゃん気質
問題のキクちゃんシリーズでも、なんとなくお兄ちゃん的なふるまいをしいられたし 逆にワタリは何となく弟っぽく見える
そう感じるのはカズラや姫丸との関係のせいか >>888
風魔小太郎は年を取っても痩躯のままだったのに……
カムイも中年になったら大体あんな感じじゃないかと思う イケオジ小太郎が将来のカムイの姿説採用させていただきます
影丸の少年姿がワタリ説も
実際クサレとの出会い編の少年姿はちょっとお兄ちゃんになったワタリっぽい >>891
自身もまだ幼いのに子供たちの面倒を見る羽目になって気苦労を背負い込む不憫キャラだよねサスケって ワタリは弟っぽい、というより姫丸がお兄さんっぽい
自分の命と引き換えにワタリを脱出させるところとか特にそう感じる
姫丸の真意を悟ったワタリが苦しげな表情をするのがすごく哀切なんだけど
あの小悪魔にあんな顔をされると正直いって萌えるものがある カムイもクールな感じなのにヤンチャ坊主みたいな顔するときがけっこうあるし魅力的だ(とくにカムイ弟が多かったか?) >>874
私が杉並区生まれなんで唯一無二の同郷巨匠なので
もっと持ち上げたらいいのにと思ってるだけ
ウルトラスーパーデラックスマンことラーメンの小池さんが名誉館長を務める
杉並アニメーションミュージアムがあって
今大塚康生追悼展やってる
白土三平追悼忍者アニメ特集でもやりゃーいいのに
来年でもいいから 鈴木伸一さんや大塚康生さんは白土アニメには関わったことないのでは? >>899
不死の呪いから解放されて正気に戻ったオウケンはめちゃくちゃ立派な武人なんで
悪くないリスペクトやね 「カムイ外伝 再会」を再読したんだが、これが本伝第二部の後の話だとすると
カムイは一太郎を置いて再び旅に出たってことになるか
一太郎は夙谷で暮らしているのかな? >>903
区のバックアップしてる公共アニメーションミュージアムで
個人的関係の有無は関係ないじゃん
アニメ史的杉並的に重要かどーか >>898
狼小僧も隼人の一家と仲良くなって
竜之助(=次郎丸)と一緒に遊ぶときは普通の少年の顔になってた 今さらながら死神少年キムを電書で買って読んだ
主人公は真田剣流の太郎みたいに変装を解くと美少年になるのか
と思ったが、そんなことはなかったぜ あれも面白いんだけど主人公が鼻でかなので
やっぱり読者受けとしてはワタリに行き着くんやろね キムは謎を残した終わり方だったね
氷漬けになっている兄弟が最後に出てきたけど
太古の昔に氷の中で仮死状態になったのが時を経て甦ったとか? >>909
死神少年キムは1962年から63年にかけての連載なのか
狼小僧とサスケが1961年から、カムイ伝が1964年からなんで
その間に挟まれた鼻でかの主人公は異色やね 古代種族の末裔もしくは生き残りというのは三つ目がとおる的なオカルト話にもなりそうだけど
白土先生のアプローチはむしろSF的に感じられるわね 現代劇とかSFやファンタジーみたいのとかも全然おもしろく描けるのがすごい 死神少年キムといえば、白人の鉄道労働者が給料を受け取るとき
黒人と金額が同じことに不平を言って「アメリカは平等の国だ」と窘められる
よく言われるのは「自由の国」なんだけど、そこを敢えて平等の国とするのが白土先生らしいと思う 日本もそうだけど底辺労働者は男女でも外国人でも学歴でも給料格差無いんだよなあ…
そこだけ平等が成立してる…
あ、外国人技能実習生問題は別ね! >>914
実際キムはおもしろいんだけど短期で連載終了したんだね
残酷すぎるとか難解すぎるという理由で軒並み打ち切られ
唯一サスケだけは光文社の桑田裕が太っ腹だったので長期連載になったというが もっと微温的な作品にしてくれという編集部に迎合せず打ち切りを選ぶことについて
大勢の弟子を従えている手塚治虫や横山光輝と違って金銭的成功とは無縁だと白土先生は
1964年に自ら語ったそうだけど、その3年後にはアシスタントの数で横山先生を追い抜いているのだった 1968年の『釣り』がまんがタッチの最後の作品なんだろうなあ
そのあと6年休んで劇画タッチで描き始める
そのあたりの経緯は誰も語らなかったね
これからも語られることは無いだろうけど 何か昭和のビッグネームの割りに作品が少ない印象を受けるのは、描いた総ページ数の半分以上がカムイ伝・カムイ外伝だからか >>916
死神少年キムにおいて、アメリカは平等の国だと発言した黒人は凄腕のガンマンだけど
肉体労働者として日々の糧を得ており、自由よりも平等な社会を目指す人物として描かれてるのね
それで思い出したんだが、凡天太郎が自宅の前に石仏と賽銭箱を置き
通行人から小銭を巻き上げていたという話を白土先生がして、その後で
ヤクザ稼業もできるのに、それをやらずに暮らしてるんだから尊敬すると語ったそうで
強者の自由を敢えて封印した生き方は白土先生にとって尊敬すべきものらしいです あと初期の作品が軒並み手に入りにくいからもあるやろね
甲賀武芸帳なんかも復刊されたは良いけど高くて…
しかも限定品だったからより高騰して… ところで白土作品の主人公で女装したのはカムイ・ワタリ・狼小僧で
サスケはしていないんだが、キムも女物の服を着たことはありますね
素っ裸で逃げ出したときに手近な服をかっぱらっただけなので女装ではないが >>921
それで思い出したけど
梵天太郎が長井勝一を白土三平先生に紹介した
→いや逆だよ俺が紹介したんだ
つげ義春が白土先生が杭の穴にはまったのを見て『西部田村事件』ができた
→俺はつげさんがはまったんだと記憶してるんだけど?
わりと記憶がばがばなタイプなのか?と思ってしまった
もちろん古い記憶だから分からなくなって当然だし白土先生が正しい可能性も否定しないけどw >>920
カムイ伝第一部・第二部・外伝がそれぞれ単行本にして約20冊か。まあライフワークやね
逆に手塚先生の火の鳥はライフワークのはずなのにページ数が少なく、その辺が対照的だと思う カムイ伝第二部の最後でカムイが一太郎を連れて夙谷に舞い戻るのは大丈夫なのかと思ったが
カムイ本人はともかく一太郎は公儀隠密というより中根正盛個人の手下という位置づけで
抜けたとしても追及が厳しくないという事情があったりするのかなあ ライフワークってんなら他の仕事を削ってもやれよ!と思ったが
漫画の締め切りを圧迫しまくって火の鳥のフルアニメーション長編をやったりして失笑された手塚サン… たくさん描けば偉いってものではないのは理解してるが
カムイ伝が第一部だけで6000ページあるのに火の鳥は全部で4500ページ程度だからね
COMにマンガ少年と掲載誌が相次いで廃刊になった不運は考慮すべきか でも描く気はあったけど志半ばに倒れた手塚さんと途中で描く気を無くした白土さんを比べるのはどうかと思う 手塚さんは200歳まで生きたとしても志半ばで倒れたろうし
白土先生は結論が出せなくてますます描けなくなっただろう怖さがあります >>929
火の鳥を連載させてくれる雑誌を晩年の手塚先生は懸命に探して
いっそコミケで売ろうかとぼやいた末にようやく野性時代を見つけたんだっけ
一方、白土先生はいつでもビッグコミックにカムイ伝を載せてもらえたのだが……
まだ漫画板に白土スレがあった2005年頃の過去ログを見たら
のっけから「タコ漁師白土三平先生のスレです」などと書いてあり
白土先生の悠々自適の暮らしぶりが伝わってくる >>930
白土先生がカムイ伝を第二部で終えて二度と再開しなかったことについて
末弟の真さんを喪ったことが理由じゃないかという説を見かけた
作画担当の鉄二さんならともかくマネージャーの真さんの死で? とも思うが
手塚先生はマネージメントでさんざん苦労し寿命まで縮めたように見えるから
重要な部分であることは確かなんだろうね もしかしたら妹の颯子さんも含まれているのかもしれない
(忍者旋風の紛失した原稿を復元する作業をしたそうなので)
小島剛夕が独立したがっていると知ったとき無理に引き留めなかったのも
弟たちがいれば続行できると信頼していたからではないかとは思う 虫プロの出版部にいた野口勲のサイトを見てたら
鉄腕アトムクラブでは石ノ森章太郎の原稿料がページあたり5000円だったと書いてあった
(水木さんはそれより1000円安くて4000円だったとのこと)
白土先生もCOMの1971年11月号に「傀儡返し」が、1973年8月号に「鬼」が
載っているんだけど、原稿料がいくらだったのか気になる >>934
もしかして、サスケの回転いなずま斬りの話、あれ自分たちがモデル!? 岡本颯子さんって二十歳前後の頃は忍者旋風の原稿の復元をしたり
ガロや塩谷太郎の訳書の挿絵を描いたりしていたんで、兄貴夫婦と伯父さんの手伝いが出発点やね
その後は自分自身の道を行き絵本作家として名をなしたけど 白土三平とは個人の名前ではない
白土作品を描く者すべての名なのだ 亡くなられた藤子A先生の毛沢東伝をまた読みたいと思ったら
電書で復刊されていて、しかも安い
長征を題材にした作品は横山光輝先生にもあるけど
ああいうものを白土先生が描くことはなかったな >>938
さいとう・たかを先生がビッグコミック創刊号の挨拶で
「スケールの大きな作品をつくるにはたくさんの人の考えを集めるべきだと思うし
そのようなシステムをとっている」と述べていて、それは赤目プロも同じなんだけど
白土先生の場合は兄弟で仕事してるというのが独特のエモさを帯びているよね >>939
権力者と戦ってる側の視点で描いてるのは首尾一貫してるからな >>942
2019年にNHKスペシャルに出演したときも差別について語っておられたね >>925
仮に、火の鳥は大人気であったとしても
未刊作を描ききったとしても
カムイ伝のページ数には及ばなかったと思う
他にも描きたがる人でしたから。 >>944
早い段階から女性の社会的不自由さに注目してそれについての作品をいくつも描かれていますね
あれすごいわ… 前にもレスしたけど、自選短編集は赤い竹と四貫目を除いてはすべて「くノ一」もの
白土三平フェミニズム短編集でもいいのではないかと思うくらい
思い入れがあったのだなと 女性が無惨に惨殺される描写にこだわったのも
決して主役にはなれないのに、殺害されるときは男女平等
ということを表現したかったのかもね アックスVol.109(水木しげる追悼号)のインタビューで
ヒロインたちに悲惨な最期を迎えさせた理由について
占領下で見た米軍のトラック荷台に載せられてた売春婦達の様相に衝撃を受けて
みたいなこと語ってた覚え
(本が手元にないのでうろ覚え) エログロ表現も手塚、白土作品では必要あるから描かれている、まずは話ありきの作劇方法といえば良いのか
これより下の世代の漫画家はエロやグロやキャラを描くのが最優先でお話は取ってつけたようなモノでしかないって感じに見える
この二人に影響を受けた漫画家は多いだろうけど作劇手法まで自分流に昇華できた人はほぼいないのでは? カムイ外伝を撮影した崔洋一……
俺は地図を見ながら、「何だよ、このマークは。ロケ地と近いじゃないか」と問い詰めるんだけど、それでも笑っていて。で、さらに問い詰めながら気づいたんだけど、マークが貼られている場所は、俺が怒って、誰かを殴った場所だったんですね(笑)。
https://www.moviecollection.jp/news/8651/ >>928
まあ 廃刊にならずとも
いつまでも描き続け
結局未刊になったとの説もありますが。 リイドカフェで連載中の「本田鹿の子の本棚」に出てくる杣水月という女の子
ベタ塗りしていない髪で片眼が隠れているんだけど
そういうキャラ造形を見るたびに伊賀面だと思ってしまう >>951
手塚先生は白土先生のマンガの残酷さに耐えられなかったのに
世評に負けて読むうちに慣れてしまい、いつの間にか自分自身の作品にも
影響が出はじめたと自伝で語ってるんだが正直いって怪しい
それは単に隠していた本性が現れただけじゃないのかと個人的には勘ぐっている
まあ素の自分をさらけ出すトリガーになったのが白土先生である可能性までは否定できないが 個人的に受けた印象を語るならば白土先生は残酷、手塚先生は陰惨、つげ義春さんは悲惨 >>957
的確な印象ですね
白土三平は歴史・自然・運命の「残酷」を劇的に描き出し
手塚治虫は「奇子」や「きりひと讃歌」で陰惨な人間関係を描き
つげ義春は「無能の人」のように赤裸々に悲惨な人生を淡々と描く >>961
見そこなったーー。再放送してくれないかな >>935
原稿料なんて雑誌に発表してたんですか? >>962
歴史探偵「戦国の忍び」
再放送4月15日(金)午後3:10〜午後3:55
>今回は戦国の忍び。舞台は伊賀でも甲賀でもなく関東!初めて見つかった忍びの武器は土や石で出来ていた。戦国大名のもと暗躍した謎の忍び集団の知られざる任務も明らかに! >>963
いや野口勲の回想記に書いてあることですよ
石ノ森先生の原稿料が5000円だと野口氏から聞いた水木さんは「自分もそれで」と
仕事を引き受けたんだが、山崎邦保編集長が4000円に減らしてしまったそうな
そういう出来事があったそうなので白土先生の原稿料が気になったわけです
手塚先生の評価では白土>石ノ森だったようなんだけど
原稿料を決めてるのは編集部で手塚先生は関与してないのよね それにしてもページあたり5000円ってガロよりゼロがひとつ多いな ちなみに貸本は200円だったので
500円の仕事でも長井勝一が持ってきたとき水木さんは大喜びだったそうな
しかし5000円の仕事ができるようになってからもガロで描き続けたのは義理堅いというべきか 当時の虫プロはアニメが大赤字で、その埋め合わせをすべき出版部門が
さらに赤字を垂れ流すという地獄のような状況だったそうだけど
ガロの10倍の原稿料を作家に払っていたのではね
一方ガロで描いていた人たち
白土先生「俺はカムイ伝を描きたいだけなんで」
水木さん「まあ長井さんは命の恩人だし」
つげさん「僕に描かせてくれるところ他にあると思います?」 水木しげる先生は貸本のは人間の原稿料じゃないとも言ってたぞ
そしてついには0円にされてガロからは退散するんだよな 水木さんが1972年までガロで描き続けていたというのが驚きだよ
その頃にはもう白土先生もつげさんもいなくなっていたのに なおガロの10倍の原稿料を払っていた鉄腕アトムクラブだが
実刷部数(実売部数ではない)が2万だったそうな
COMもその程度だったはず。ガロですら全盛期には8万までいったのに >>965
なるほど
まあ そりゃそうでしょうね
手塚先生自ら決めてたら
COMで描いてた人みな直接交渉に行くやろし。 >>974が何故このような馬鹿な発想が出来るのか?
頭をかち割って本当に脳みそが有るのか見てみたい。 つげ義春がトキワ荘に行ったことあるというのは有名だけど
白土先生はびっくりするくらい接点が無いネ
そもそも手塚治虫以外のトキワ荘勢は白土先生の名前を出すことも無かったネ 白土に言及したトキワ荘勢はせいぜい長谷邦夫くらいかな?
彼は漫画研究してたパロディ家だからまあ別格か 新漫画党内、劇画工房内、あるいはCOM界隈、ガロ界隈という仲間うちを除いて
横断的に物言う人が手塚治虫位だから、白土三平にかぎらず、他の漫画家への言及自体稀かと 漫画家は割と八方美人なので喧嘩を売りたがらないと手塚先生がおっしゃっているけど
貶すのは論外として、褒めるのも序列化につながるから迂闊にはできないのかもね
ほぼ唯一の例外が手塚先生で
劇画を描いている連中で絵がうまいのは白土三平氏だけといった
白土先生を持ち上げたついでに他の人を残らず落とすような発言をしている いや逆なのか?
劇画関係者を一刀両断にしたついでに白土先生を褒めてるのか >>976
いや COMのコラムで石森先生は
今 若者に受けている手塚さんと白土さん
といった意味の事を書いているで。 >>982
それは京都偏差値30台馬鹿高卒在日ヤマモトの読み間違えw ヤマモトといえばageレスだと思っていたので
sageてる書き込みに荒らしが噛みついているのを見ると不安になる 俺も初めてこいつにレスつけられてさすがにもう擁護できんと思った
今までも擁護してなかったが お詫び
>>982
レス番を>>981と間違えました。
大変申し訳ございません。 >>982
白土三平は劇画工房ではないから、当然
劇画工房は辰巳ヨシヒロ主宰の劇画家集団で彼らが自分たちの作品を劇画と呼んだ
白土三平は自分の作品を劇画と呼んだことはない >>987
元の文を読んで「白土三平は劇画工房の一員だった」と書いてるように読めるとしたらビョーキ >>986
謝罪できるのは立派だけど
あなたの問題点はレス番の間違いなどという些事とは別のところにあると思う 劇画工房の劇画宣言は反手塚漫画脱手塚漫画を標榜してた(まんが道の激画大助w)けど
手塚治虫が、劇画集団でない白土三平を劇画の一員としてるのは青少年向け貸本出身として同一視してたのか
当時の評論家が白土三平を劇画と呼んでいた風潮の影響かと思う(普通名詞としての劇画)
漫画評論家は漫画の進化系という意味で劇画という言葉に飛びついたんだろう
そういう感じがなくなったのは、MANGAが世界で市民権を得た頃から
劇画という言葉は歴史的役割は終えたと思うが、石森章太郎の「萬画」よりは遥かに漫画の足跡をしっかり残したなと思う >>988
どうもビョーキらしいので
「藤子は劇画工房には触れてるが(いるはずの)白土サンはいない扱い」
以外にどう読んだら正常か教えていただきたい >>974
どの漫画家にいくら払うなんてことまで手塚先生が決めるわけではないけど
COMの内容については編集長から手塚先生に稟議を上げていたみたいですな
してみるとCOMに白土先生の作品が掲載されたのは
少なくとも形式的には手塚先生の承認を経ていたのかも >>984
sage忘れると、内容に関係なく噛みつかれそうで気を使ってしまうw
いい加減消えてほしい >>990
こういっちゃなんだが「萬画」は言葉遊びの域を出ない空疎なものに感じられるわね このスレッドは1000を超えました。
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