あさきゆめみし 第百四帖
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いづれの御時にか、駄スレ、良スレあまたさぶらひたまひけるなかに、
いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふスレありけり。
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紫式部、源氏物語スレ 二帖
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あさきゆめみし 第百三帖
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/rcomic/1632878224/
VIPQ2_EXTDAT: checked:vvvvv:1000:512:: EXT was configured そもそも源氏の財産は基本、明石の中宮が継いだのでは?
基本女系相続でしょ
六条院の夏の御殿は、夕霧が里としていた場所だから夕霧が継いだのだろうけど
で、おそらく源氏の生前から薫は秋好中宮の猶子みたいな形になっていて、
彼女の秋の御殿が将来薫に譲られるという方向になってるんだと思う >>416
薫は秋好の財産(六条の御息所の遺産+中宮として蓄えた財産)も受け継ぐだろうけど、もちろん母親の女三の宮の財産(朱雀の遺産?)も受け継ぐからね。 >>416
冬の邸や蔵は明石の上のものだから、明石中宮はそれも譲られるだろうしね。 >>407
秋好は中宮になったし、母御息所の遺産もあるし安泰、てことね。
にしても、玉鬘への配慮は格別よね、源氏。こういう遺産相続の分配って、みんな源氏が生きてる時から知ってたのかしら? 遺産相続で争いが起きなくて良かったね
当時もそれ絡みでのトラブルはありそうだよね それにしても
秋好、明石と二代続けて中宮を出した六条院ってすごいね
現実でも藤原道長がそうだったように、栄華を極めた天下人だ
それが「若菜」で魂の地獄に落とされる。正負の法則だね。 >>421
思ったんだけど、明石女御が中宮になった、てことは、秋好が譲ったんだよね?秋好は中宮を譲った後、何らかの称号はもらったのかな?
中宮、ていう称号には収入があっただろうから、秋好はそれを譲った後、他に収入ある称号をもらったのかな?て思って。 >>422さん
その点は>>90さんが推測ではあるけどうまくまとめて下さってます >>423
ありがとうございます!
そうですよね、秋好には、皇太后あるいは太皇太后あたりが贈られているんでしょうね。源氏のため(その頃はもう夕霧のため?)に >>424
>>423
ありがとうございます!
そうですよね、秋好には、皇太后あるいは太皇太后あたりが贈られているんでしょうね。秋好は源氏のため(その頃はもう夕霧のため?)に明石女御に中宮を譲るのに、その秋好を無冠にしておく訳ないですよね。
秋好は、源氏一族の立身のある意味スタートになってくれた人ですしね。 いや、一度后になったら、自動的に皇太后なり太皇太后なりにスライドしますって
よっぽど何かしでかして廃后にでもならない限り 弘徽殿皇太后も藤壺中宮も既に無く、少なくとも三后の内2つは空いてるわけだから順当に秋好皇太后、明石中宮だろうね
ところで秋好宮は梅壺を曹司にしたのはなんでなんだろう
弘徽殿は頭中娘で、承香殿が王女御で埋まってるけど藤壺は空いてたよね? 薫の正妻になった女二宮の母が藤壺女御だったっけ
梅壺は道長姉が居住としてた住まいだし紫式部的には主人一家に縁ある部屋のほうが書きやすいとか事情あったのかもね 梅壺は、朱雀の時は、桐壺帝退位後、実家の右大臣邸に引きこもった弘徽殿の大后が参内する時に使ってたんだって(弘徽殿は朧月夜が使用)。 >>430
薫の母女三の宮の母女御(源氏女御)も、藤壺だったよね。 朱雀帝の時には女三宮の生母が藤壺女御だったかと。藤壺中宮の異母妹の女源氏の女御。姉妹で藤壺だしややこしいね。
異母でも姉妹ということで縁のある殿舎をゆずったのかな。朱雀が即位してからの入内なら被ってないよね。 >>433
同じ先帝の娘でも、藤壺の宮は中宮腹で、源氏女御(女三の宮の母)は更衣腹なんだよね。
同じ帝の皇女が二代に渡って入内、て、先帝の妃たちの実家はそんなに弱かったのかな? 式部さんの頃って村上帝から長男冷泉系と末息子円融系でちょっとした分裂がおきてる。
双方が正統であろうと静かーに争うワケね、それに藤原の兄弟争いも絡むって時代背景。
(史実的には冷泉系統が精神的に問題あるけど長生き、円融系は有能だけど短命)
それ以前にも皇統をまとめる為の内親王と帝の縁組も多いの。だいたい小梨で失敗してるけど。
物語もその辺りがモデルと言われてるね。
藤壺達の父帝て桐壺帝とは系列の違うみたいだし。途切れた系統の内親王立場を取り込んで正統の立場を固める。
実際に冷泉系の三条帝内親王(道長孫娘)が円融系の後朱雀天皇(道長孫)の后となり、子の後三条天皇(院政の開始)でやっとまとまったとされる。 あと源氏が自然の眺め好きな人だったから梅の花が堪能できる梅壺にしたとかいう単純な理由かもしれない
源氏の子である冷泉も美しい自然の景色、好きそうだし >>434
藤壺中宮が冷泉の後見がいなくて困ってたのと兄宮(紫の父)も帝位につけてない事から、藤壺の母后も実家が皇族か没落貴族の可能性が高いね
少なくとも左大臣家でも右大臣家系でも無い >>428
そもそも帝の妃たちが住まう部屋の中では藤壺て格式低いほうの部屋らしいよ
皇女の藤壺が藤壺の部屋をあてがわれたのは単に圧倒的新参だから空いてる部屋がそこしかなかったかららしい
○○殿が格式高い部屋で○○舎が格式低い部屋らしい >>438
建てた当時の話ね。
内裏図見れば分かるけど藤壺って帝の清涼殿に最寄り。
平安中期からは最有力后の殿舎とされ、安子、彰子、妍子ら中宮が多く出た殿舎になってる。
実際に中宮を輩出したのは藤壺→弘徽殿の順。格式あっても中宮出してない殿舎もある。
ちなみに明治天皇の美子皇后が最後の藤壺女御ね。彼女は女御入内して皇后立后。
結果的に格式一番高いよ。 >>428
単なる想像だけど、六条御息所が東宮妃だったころの御殿が梅壺だったとか?
母上ゆかりの御殿に入内したとか 現実は栄光栄華を象徴する御殿かもしれないが源氏物語内の藤壺て
一人目は不義の子を産み苦しんで二人目と三人目は違う女人に寵愛の座をとられ姫を産むも早々と病死という不幸を表すような御殿という位置づけだよね >>441
そんな内実はどうでも内親王から中宮、国母となって本人も「女として栄耀栄華を極めた」自覚はあるからね。
少なくとも余り物の格式低い殿舎では無く、創作でも中宮になるに相応しい場所ではあるわね。 冷泉帝の御代は
梅壺 秋好中宮
弘徽殿 頭中将娘
承香殿 王女御
妃としては他に左大臣の女御(殿舎不明)
梨壺 東宮とその生母
桐壺 源氏の宿直所
東宮が元服後は
桐壺 明石女御(東宮妃)
麗景殿 左大臣の三の君(東宮妃)
東宮即位後
弘徽殿? 明石中宮
藤壺 女二宮生母(麗景殿女御が移動?)
冷泉帝時代は左大臣の女御が藤壺使ってたのかも
左大臣って
・左大臣の娘が冷泉帝の後宮にいる
・左大臣の娘が東宮に最初に入内
くらいしか出てこないから同一人物かすらわからないけれど、
同一人物なら冷泉帝女御と東宮妃は姉妹で、東宮即位後は姉から妹に譲る形で藤壺が使われたとすると何となく筋は通る >>443
冷泉の御世の左大臣って誰だったんだろ?源氏の義父だった左大臣はその頃は太政大臣よね。ていうか、弘徽殿の女御や朧月夜の父親の右大臣は亡くなってるよね。冷泉の右大臣は誰だったんだろうね? >>428です
秋好や他二人以外にも女御がいたんだね
桐壺帝は后妃が多そうなのに比べて随分少ないよね
桐壺の左右大臣以外にも有力な藤原氏や源氏もいるだろけど、桐壺の左大臣って源氏が産まれた頃に既に左大臣だし、
桐壺帝よりも年上だろうと考えると、大宮が降嫁する以前に妻子も居そうだし、頭中が長男では無い可能性もあるのかな >>442
わざわざ麗景殿から藤壺に移動したのは母君が病気がちとかで陰陽師にこの場所だと物の怪に祟られやすいから
藤壺に引っ越ししとけとか言われたのかしらん
麗景殿てわりと格式高い部屋だったんだね、花散里姉は影の薄い女御様で晩年は経済的に苦しかったぽいけど
それでも少なくとも入内当時は実家含めて羽振りがよかったんだろうなと察しがつく 麗景殿といえばあさきでは源氏と花散里が初めて会った場所だよね(原作ではいつ知り合ったんだろう)
初対面では花散里のことを女房だと思ってくだけた口調で話してたのが、女御の妹君と知って慌てたのが笑えた(源氏の心の声:え?君ってお姫様だったのか。お顔も服も地味だしそうは見えなかった…汗) >>444
冷泉帝時代の左右大臣はどういう人なのかわかりませんね
夕霧と雲居の雁がなかなか結婚しなくて右大臣や中務宮から縁談の話が来ているという記述がある程度
勢力としては一番が源氏、二番目が頭中将、三番目は母后の縁で紫の上の父
髭黒も東宮の伯父としてそれなりに力があるけれど、大臣になるのは甥の即位の後 >>448
まとめると
朱雀帝時代は
弘徽殿大后父が右大臣から太政大臣へ、後に病死
髭黒や承香殿女御の父が右大臣
左大臣不明(源氏の舅の左大臣は病気で退官)
源氏が帰京後に内大臣
冷泉帝即位直後は
元左大臣が太政大臣として復帰
源氏はそのまま内大臣
上記右大臣はいつまで存命か不明だけれどしばらく続行か
太政大臣・藤壺の女院の死、秋好の立后などの後
源氏が太政大臣
頭中将が内大臣
源氏はあまり参内しなくなり、政務は内大臣が執る
源氏が四十になる前の秋に准太上天皇に
内大臣は太政大臣に昇格
冷泉退位、東宮即位の後
太政大臣辞任
髭黒が右大臣に昇格 >>441
一人目は「世間を騙して、この不義の子を天皇にしよう」と
開き直ったしたたか女だから、あまり・・・。 随分藤壺を悪しざまに言うけど、最初から彼女自身の選択肢なんて殆ど無くない?
腹心の女房に手引きされて、源氏を想う気持ちはあったにせよ、今でいえばレイプされる形で妊娠。
密通相手が帝自身の愛息子と世間に発覚すれば、自分どころか源氏や帝本人の不名誉にもなるから絶対に隠し通さなければならないし
当時の女性は政治や後継問題に口出しも出来ない
自分の意思で出来た事といったら出家の道を選んだ事くらいだよ 弘徽殿女御は政治や後継ぎ問題にいっぱい口出してるような気がするんだが で、弘徽殿が口出ししてたことと藤壺を悪意で表現することにどんな関係が? >>441
え?
藤壺って冷泉帝の出産後にもう1人娘を産んだの? 読み違いしてる
藤壺の部屋に住んだ女御が3人いてそれぞれの話だよ >>451
藤壺はかなりしたたかな政治家
だかそれがいい >>452
弘徽殿大后は息子の朱雀帝とその御代を守るために、桐壺帝に干渉したり
父の右大臣と組むことは、当時の母后のあり方の一つなので特におかしくないと思う
藤壺中宮の後見は兄宮しかいなくて弱いから後継者決定は桐壺帝主導になったし
冷泉帝の即位後は、政治的なことや冷泉帝の後見を源氏に任せている
弘徽殿大后や藤壺は自身のために権力を笠に着たのではなく
それぞれ息子を守るためにしたことだと思う >>457
皇太子(冷泉)の後見は源氏に、て決めたのは桐壺帝だよね。寵愛してるけど後見の弱い皇子同士にしっかりタッグを組ませたかったんだろうね。
八の宮(大君たちの父宮)に対する対応はどいなんか〜い、て気もするけどw八の宮の母親も、皇族系だったのかな?八の宮、後年、右大臣たちが冷泉の対抗馬にしようとしたくらいだから、血筋は良いんだろうからね。 >>456
源氏(=恋愛)を切って息子(=政治権力)を取る、てことだよね。 藤壺からしたら源氏のことは男としては受け入れられないけど、息子の後見者として必要だから失脚なんぞされたらたまったものではない、だからこそ出家して一線引いたんでしょうね
秋好を入内させるあたりはかなり冷静な政治家感があったわ、「朱雀院は退位されてもう余生なんだから入内させたって意味ないでしょ、懸想されてることは知らなかったことにしてうちの息子に入内させましょ」って感じ >>454
作中で登場する後宮で藤壺を賜った女性は3名だよ
@藤壺中宮(薄雲女院) 先帝の四宮(后腹で紫女王の父は実兄) 冷泉帝の母で源氏の永遠の思い人
A藤壺女御(源氏女御) @の異母妹、朱雀帝の女御、朱雀院女三宮の母
@と同じく先帝の娘ではあるが、母が身分の低い更衣のため臣籍降下(一世の源氏)
年齢的に父を早くに亡くしているので後見が弱かった
朱雀帝が皇太子だった頃に入内して寵愛を受けるも
朧月夜と弘徽殿大后が権勢をふるっていた為中宮にはなれず
朱雀帝との間に一女(朱雀院女三宮)をもうけるが、源氏が帰京して間もなく
「自分は後宮の争いに敗れた上、朱雀帝も権力を失ってしまった、
自分には明るい未来はない」と絶望して数え5歳の女三宮を残して死去
B藤壺女御(左大臣の三の君) 某大臣の娘、今上帝の女御、今上帝女二宮(落葉宮とは別人、叔母姪の関係だけど)の母
血縁的に@やAとはつながっていないかかなり薄い
某大臣の三女で、皇太子時代の今上帝に入内
今上帝のおぼえもめでたかったが、明石中宮が東宮を産んだので中宮にはなれず
今上帝との間にできた子供は女二宮だけ、娘には自分と違って幸せな人生を送ってほしいと大切に育てていた
娘の成人式の準備を整えている間にもののけに憑かれて死亡
同腹の兄弟がおらず(同腹なのはおそらく冷泉帝に入内した姉大君か中の君だけ)、
今上帝女二宮の後見が弱かった事から薫との縁談が持ち上がる事に >>461
…だいぶ独自解釈で話作ってるね
細かく指摘すると、また原作議論になっちゃうからためらいあるけど >>464
>>463じゃないけど、翻訳者によって解釈の仕方が違うから、てことじゃない? 大和和紀作品と牧美也子作品しか読んだ事ない
チラッと江川達也の読んでみたらなんていうか見方の違いが振り切ってた あさきの藤壺の「私は源氏の傍にいる女性達に嫉妬しています」という台詞と、
末摘花の兄の口癖や性格って、故・田辺聖子氏の源氏物語とそのまんまでなんだが。
田辺聖子氏自身も「藤壺の台詞は私が勝手に創作したセリフです」と言ってたし。
あさきゆめみしってパクリ漫画? >>467
田辺源氏の藤壺はそういうかんじなんだ!
谷崎源氏の藤壺は淡々としてるよね。 あさきは田辺訳を参考にしてあるんじゃなかったっけ
ソースはこのスレだけど
田辺訳は読みやすくて好きだ末摘花が須磨から帰ってきてもなかなか訪れない源氏を待ち続けて、やっと来て貰えるシーンはちょっと感動した 源氏と一番性格的に相性が良いのは誰なんだろうなあ
夕顔や空蝉みたいに触れなば落ちん風情の女性とはあんまり合わないような気がする
意外と朧月夜みたいな勝ち気な人が理解者なんじゃないかと思うけど >>470 末摘花が須磨から帰ってきてもなかなか訪れない源氏を待ち続けて、やっと来て貰えるシーンはちょっと感動した
これはあさきでもちょっと感動したよw
原作だと、末摘花って頑固一徹なかんじ(玉鬘へのお祝いを強引に届けたり)なんだけど、大和先生は末摘花に優しいよね。 源氏が求める要素を身分以外は備えて気を使わず扱える紫上
紫自身は忍従の人生だったが源氏としては最高に都合の良い女なので相性ヨシ >>475
源氏の都合しかないw
当時の女性は置かれた環境で生きるしかないだろうけど、それでも子どもの頃から源氏の支配下に置かれてそこから出ることも許されず…不幸と断言するのも違うような気がするけど幸せとは何か考えてしまった 花散里は恋愛ではないけど源氏がいつも心穏やかに過ごせる相手で、妻の中でも格上の方だし信頼もされてて1番バランス取れてると思う 源氏から向けられる異性愛を基準で考えると花散里は寂しい生き方になるけれども
気が合う夕霧の養母で死ぬまで安泰だろうから、源氏の妻の中ではかなり幸運だと思う 花散里自身も源氏に異性愛を求めて無いしな
生活の心配せず源氏の干渉も受けずに暮らせるなら幸せ 花散里にとっての源氏って典型的な亭主元気で留守がいいだからな 通いは間遠でもいつ見ても夫は格好良く、手のかからない出来の良い嫡男の世話を任され、性愛は無くとも妻としての待遇はNo.2
嫉妬や負の感情とも無縁の生活となりゃねぇ ぶっちゃけ父親の源氏より息子の夕霧とのほうが相性よかったからな
結婚してからも六条院に泊ったりしてて花散里が普通に衣装を用意してた
夕霧が途中まで雲居の他に藤典侍しか愛人作らなかったのって身の回りの世話をしてくれる養母がいたからその時点で満足してたからだろうね >>476
若菜までは紫も幸福の絶頂だったが高貴な正妻の降嫁でカゴの鳥の不自由さに気づいてしまった
それまでも無意識に自分の立場の強化も図っていたから根底では実家なしの不安を感じていたのかも
紫とちい姫は表面上愛で結ばれてるようで実は相互に利用し合う関係なんだよね いずれ中宮になって宮廷暮らしをする予定の女児の明石より
嫡男の夕霧の養母になった方が紫の上の精神状態は安定していたと思う
源氏が当てにならなくなっても夕霧が生活の面倒みてくれるから >>485
紫が養母となって夕霧との距離が近くなると無駄に源氏が嫉妬深くなり結局紫の精神は疲弊するので同じことでは >>486
経済的な不安が無ければ嫉妬も余裕で受け流せるのでは
紫の上が源氏の意に逆らえないのは後見人が居ないからだし
息子の夕霧が後見してくれるなら最終手段で出家も出来る 源氏は意図的に紫から権力や後ろ盾を排除してる
六条院を取り仕切る支配人以上の権限を与えなかった >>484
ほんとだね
女三宮が降嫁してくるまでは幸せいっぱいで六条院は華々しい御殿だったのが、降嫁以降は一気に色褪せたように見えたかも
以前は女の幸せとは何なのかと思い悩むことなんか無かったよね(源氏の女癖に悩むことはあったけど) >>488
頼れる人がいない紫を守れるのは俺だけだという思考回路だからね
紫の他の未来の可能性を潰して囲い込むことで満足してる歪んだ執着心 とはいえ、紫が兵部卿宮にあのまま引き取られていたら落窪まんまの扱いだったんじゃない?
良くて王女御の女房か。 >>491
紫の上の美質は源氏によって磨かれた、てかんじだろうからね。父宮に引き取られてたら、どう育ってたか分からないしね。 王女御(なんとなくブスのイメージ)が美女の異母妹をいじめるのか
そっちの話も読んでみたい
大和さんオリジナルで物陰で泣いてるところを源氏に発見されるとか描いてくれんかな 源氏の庇護がない紫も現代的な視点では人気出るかも
異母姉に仕えて宮廷に入り女房勤めをしているうちに生来の明るく前向きな気質や才能が開花するかもしれない
和泉式部や清少納言のように名のある女房になるかも でもやっぱり紫の上は正統派ヒロインだから
少女の時に源氏(王子さま)に見出され、華麗にさらわれて、彼の家(お城)で
マイフェアレディ的な教育を受けて、それに応えて見事なお姫様になる、
というおとぎ話の王道ストーリーを演じてほしい >>494
その時は
源氏「ここは王女御さまの御殿だけど、君は王女御さまの女房なの?」
紫「いえ、王女御は姉ですの」
源氏「えっ? ごめん」
そして後日源氏からは美しい薬玉が届いて、周りの女房達に羨ましがられるのでした 源氏がさらう前に紫が父親に引き取られてたら源氏はどうしただろう。諦めたかな。 しかし、本来の紫の上ってまんま落窪物語の王道ヒロインの設定焼き直しよね。
不幸な脇腹の姫、意地悪継母、冷たい異母姉妹、情けない父、略奪婚からハッピーエンド
式部さんのアレンジ力凄いわ。「私ならこう書く」キリッて感じね。
メデタシメデタシで終わらせないとこに作家力と問題提起力を感じるわ。
安定のシンデレラ物にライバル、浮気・小梨・内親王降嫁をぶっこみ複雑な愛憎を描ききる。 >>494
落窪読む限りだけど紫の継母がそんなおいしい思いさせないのではと思う
紫の上や落窪の姫みたいな境遇の子は実際にも結構いたのかな
脇腹でも美人の姫は家の良い手駒なので大事にされてたとは言うけど正妻に疎まれて父親が頼りなけりゃそうなっちゃう子もいるよね そう考えれば、雲居の雁はまだ恵まれた境遇といえるのかな?
母と別れた当初は大宮が養育したのも大きいし、夕霧との件の後は右大臣四の君がいる頭中の本宅へ引き取られたけど、継子いじめは受けてなさそうだし…
頭中に娘が少なかった事が幸いしたのかな 落窪は(紫もだけど)実母も祖父母も亡くして実父の家しか寄るところがなかったけど
雲居は頭中将が親権に固執したってだけで、それがなきゃ実母とその再婚相手も引き取る気あったからな
雲居の将来に差し障りがあったら別れた妻の再婚相手にどんな目で見られるかと頭中将がしきりに世間体気にしてたから
落窪みたいにあからさまに邪険に扱って冷遇するてことはなかったと思う >>500
正妻の四の君は雲居雁の母には嫉妬してても幼い雲居雁まではまだ眼中に無くて、娘の新弘徽殿の方が頭中将からはるかに大切にされてたのもあってずっと気にしていなかった
新弘徽殿が中宮逃したのに比べて、雲居雁が夕霧と結婚してより幸せそうだと周りから言われて初めて雲居雁にも嫉妬している感じ あさきだと、雲居雁はまるで再婚した母親に捨てられて孤独みたいだけど
原典ではそんなこともないよね
ことあるごとに頭中将や乳母たちが雲居雁の実母がどう思うか、って思惑を気にしてて
実母が目を光らせてる様子があった >>501-504
だね。雲居実母の再婚相手の扶養でそこで異父兄弟たちと育ってるのが気になって頭中が申し出ての引き取りなのよね。
雲居の母も内親王の元義母ならばと娘を渡したのではないかのなあ。
正室四の君なら渡して無いよね。
娘の将来に無頓着というわけでは無いと思う。血筋は良いとあるからおそらく皇族の出で、前夫頭中よりは身分下の人の正室になってそうなのよね。
物語の尺の都合でそこむで出てこないけど。
落窪とは色々違う。 本編宇治編で幸福な生涯と思えるのは朧月夜と今上女一宮かな
個人的な基準だから異論はあって当然 >>504
まあ雲居が実母と別れたのはまだまだ幼い頃だったし自分は母に捨てられたと思い込んでも不思議じゃない年頃なので
あさきの描写は特に不自然ではない
雲居母は娘が念願叶って夕霧と結婚したと聞いたら心の底から喜んでたので、やっぱり娘の事を心にかけてたんだなと思う 雲居の母の描写、本来はそれだけあったんだね
確かに別れたとはいえ実母が生きてる雲居と死別してる紫とでは父からの扱いも違って当然か… >>506
明石中宮もじゃないかな
身分ひくい母親から生まれたけど
唯一の源氏の娘だから二人の母親から大事にされて何人も皇子産んだ勝ち組 藤典侍も自立してる分だけ精神的に余裕あって良さそう
父も源氏の腹心で後ろ盾としても十分だし夫の夕霧は他に正妻いるけど正妻とも関係悪くなく付き合えてるし、六の君や子供たちも養子でも大事にしてもらってるとこはラッキーだよね >>510
そうですね、明石中宮も実母の身分以外はパーフェクトな人なんだけど三男で苦労しそうw >>511
劣化版和泉式部w
仕事も恋愛も楽しみながら長く続けて老後の行き先も自力で確保した手応えのあるいい人生
苦労もあったろうけど生来のポジティブさで明るく生きた >>512
自分は宮中の高級女官で花形キャリアウーマンで、出来の良い子供たちをたくさん産んで夕霧の身分高い正妻や義母(落葉や花散里)に育ててもらい出世させる、て、なかなか楽しそうな人生よね、藤典侍。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています