あさきゆめみし 第九十九帖
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いづれの御時にか、駄スレ、良スレあまたさぶらひたまひけるなかに、
いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふスレありけり。
語りませう。
この板は全年齢対板なのでエロ話がしたい人はpink板へ
ここは漫画あさきスレなので専門的な史実ネタや原文ネタはほどほどに
史実ネタは日本史板へ、原文ネタは古文・漢文板へ
あさきゆめみしに描かれていない人物及び竹河の巻ならびに
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紫式部、源氏物語スレ 二帖
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まったり雅に平和に語り合いましょう
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あさきゆめみし 第九十八帖
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朧月夜は尚侍(女官)と言っても、右大臣の娘、弘徽殿の女御の妹で、朱雀帝の寵厚く、て皆さん知ってただろうけどね。 >>329
>「紀元2600年のプレイボール」を別誌に掲載し資料などを集める時間足りなかったのかも
それもあるかもしれんが単純に当時は参考になる資料が今と比べて格段に少なかったらしい
作画の資料になりそうなものは国宝の源氏物語絵巻くらいで
京都御所の写真を撮りに行っても御所内はもう書院造りになってて平安時代の参考にならず
調度品と人物との大きさのバランスとか十二単を着た時の動きとか
アシスタントさんたちと一緒に苦労しながら描いてたって
あさき後半で作画が洗練されていったのは
長年の間に資料が集まって知識が蓄積され、それが絵に反映された結果もあると思う >>327
皇子でも皇女でも与えられる地位官位は同じだったのかな?(東宮は除いて)
江戸時代の大奥だと男子を生んだか女子を生んだかで、呼び名も待遇も違ってくるよね >>338
皇族は官位じゃなくて品(ほん)で格差があるはず
女三宮も降嫁当初は三品で、途中から源氏が紫の上のほうにばかり行くようになったんで朱雀院が二品に上げた
親王・内親王宣下の有無もそうだけど、何事も後ろ楯あってこそ
后妃の地位についてはこのあたりのサイト↓に解説があったよ
https://www.shikibunosato.com/f/monogatari42
https://bushoojapan.com/jphistory/kodai/2020/04/30/110208 >>339
ありがとう
突っ込みじゃないけど、官位は官職と位階のこと
位階が皇族の場合、品になります >>338
朱雀帝が退位前に朧月夜に、せめてあなたが御息所ででもあれば、て言ってたよね。どういう意味なんだろ? >>339
古代から、同じ天皇の子女でも、生母によって全然違うでしょ。 >>341
天皇や東宮、上皇などの子を産んだ女御・更衣などのきさきが「御息所」と呼ばれることが
多いんだよね。
原文で「などか、御子をだに持たまへるまじき」と単刀直入に言ってたのに該当する
部分なのではないかな 男女で差はないのかな?
江戸時代の大奥だと生んだ子供が男子か女子かによってお部屋様とお腹様と呼び名も待遇も変わったはず 東宮になれないなら男子でも女子でも扱いの差あまり無さそう
姫宮なら斎宮斎院の可能性もあるし、次の帝が兄弟でなければ藤壺みたいに入内もあり得る 朱雀帝は中宮を立てなかった
朧月夜が御息所だったら中宮になれたのかも
東宮を産んだ藤壺の女御は藤壺の宮の異母妹だから、弘徽殿大后が絶対に中宮にさせなかっただろうし
他の女御達も大后が睨みを利かせてたら無理だもんね >>346
東宮を産んだのは承香殿女御じゃなかった?髭黒の姉妹の。弘徽殿大后に気遣って色々大変だったかなあ、もしや早くに亡くなられたのはそれでとか。
朱雀が朧月夜に「あなたに御子がいたら」と言ったのって、子どもがいたら自分が出家後も心細くないだろうにって意味かなと思ってた。 朱雀帝に中宮がいなかったのって、座がふさがってたからなんじゃないかと思うんだよね
弘徽殿皇太后、藤壺中宮、そのほかに、先々帝とかの后がだれか生きてたのかも。
后は三人までだったから。リアル歴史では定子がそれを破ったけれど
秋好が中宮に冊立されたのは、藤壺の死後だからね。 >>347
自分が退位したらあなたは源氏とよりを戻してしまうだろうけど、あなたを思う気持ちは
源氏より私の方が上ですよ。
あなたにせめて御子がいたら良かったのに。
源氏との間にはきっとお子もすぐ産まれることでしょうね。
でもそうなっても身分に限りはあるから、産まれた子はただ人になりますけどね。
という生々しい話で言ってたんだよ >>346
朱雀帝はあんまり有力な家出身の妃がいなかった、て読んだことがあるな。 >>344
大奥は初期はその辺り緩かったイメージ。八百屋の娘が将軍の子供を産んだりしてるけど、後宮じゃ八百屋の娘が天皇と顔を合わすことはないでしょ。 >>349
わー、そういう意味なの?まじリアルな嫌味だねwww >>349 でもそうなっても身分に限りはあるから、産まれた子はただ人になりますけどね。
これは事実だもんね。 >>347 東宮を産んだのは承香殿女御じゃなかった?髭黒の姉妹の
あ、たしかそうだったよね!玉鬘が髭黒と落ち着いた頃に帝位に就いてたよね。ちい姫の夫だよね? >>347
そうだ、髭黒の妹だった
それで東宮即位後に外戚になったんだよね
当時って「子を授かる=縁が深い」という意味があったようだから、>>349の言うような感じだったのかな
あさきでも紫の上が、明石の君に子がいることを聞いて
「明石の方は殿との縁深き方、それなのにどうして私には殿のお子が生まれないのかしら」と嘆くシーンがあった >>351
出自は八百屋でも一応旗本の養女という形式を取って上がってるよね
後宮でも公家が下女に手を付けて生ませた娘を御所に上げて〜ということがあったかもしれない
娘の器量が良ければ自分より位の高い相手の養女にしてもらって典侍や掌侍あたりにできたら帝の目に留まる
後世に名が残ってる后妃でも「母不詳」となってる人がいたりするし
あくまで可能性として無くは無いっていうだけだけど >>349
そうだったんだねありがとう。うわあ…朱雀こじらせてるなあ。源氏は繁殖力低めだからか、ご心配の通りにはならなかったけど。
強烈な母親とスーパースターの弟を持って色々大変だった朱雀が、ずっと後に源氏にある意味最終兵器の女三宮を送り込んだのかと思うと…紫式部のスト構成力半端ないね。 江戸時代の大奥はその辺割り切ってたみたいね。正室は朝廷と公家対策に京から迎えて、でも政治介入されたくないから子どもはなるべく持たせない。
将軍生母は旗本の娘が望ましいけど、次期将軍候補を産んだからって実家が勢力持ちすぎるのも困るから、庶民の娘でも構わない。 的な。 >>359
家斉の正室(茂姫、島津→近衛家の養女)だけかな
家斉の五男を産んだけど3歳で夭逝、その後も女子を2人くらい産んでる
そういえば吉宗は父親が湯浴み番の下女に手を付けてできた四男だったけど、
兄達が次々に亡くなったんで棚ボタで紀州藩主→八代将軍になった >>359
将軍の息子として生まれて母親が正室なのは第三代家光だけらしい。後は脇腹だったり、出生時は分家の息子だったり。
第六代家宣の正室の天英院には女の子が2人生まれたけどどちらも夭逝。それ以外でも、姫なら正室腹もいたかも(あまり詳しくなくてすみません) >>361
度々すみません。将軍と正室の間の男子で将軍位を継いだのが家光だけ、って意味です。
359さんの書かれているように家斉正室が男の子を産んだものの残念ながら夭逝したようです。 大正天皇の皇后は脇腹で、母は庶民だったよね。
それで野育ちで体が丈夫だったらしいけど >>363
九条家のお姫様(庶出)だよね。道長のかなり後の子孫ですかね、途中には養子もいるだろうから実際の血の繋がりはよく知らないけど。 >>363
だから、宮家出身の香淳皇后には冷たかった、て説もあるよね。 >>365
で、宮さまとしてのプライドがすごく高かった香淳皇后は皇族でも華族でもない美智子妃を快く思わなかった、と
歴史は繰り返すのか…まあ自分とまったく違う価値観の持主が身近にいたら警戒するよね 美智子様がお嫁に来られた時の宮中って、桐壺更衣どころではなく怖かったのかな。大納言の娘の更衣でも肩身狭かったのに、皇族・華族ではない民間からのお輿入れだったものね。 >>355
そりゃ嘆くよ
当時の貴族の女なんて子供を生むことが最重要
紫みたいなのは例外で、ほとんどは跡取り娘なんだから実家の勢力を保つためにも子供を生まなきゃならなかった
自分で世話をするわけでもない、お乳をやるわけでもない、ただ生みさせすればよかったのにそれができない、しかも他に何もない紫の上は相当キツかったんじゃない
当然、今と違って一夫多妻で離婚の制限すらないのに >>359
単に正室腹ってだけでよければ慶喜がそうだね この時代の貴族の妻だと、育児の作業的な部分は乳母や女房にさせられるものね。教養とか躾の部分で母親の出番かな? それも外注はできちゃうか。
だからこそ産むことって代替不可能な重要任務だっただろうなあ。実家と疎遠な紫にとってはなおさら。 >>324
尚侍は女官の最高位、更衣は下位の妃だよね。 >>371
◯◯家秘伝の香の調合とか
その家の主一家にしか伝わらないものは
親が子に教えていたんじゃね?
明石だって琴の名手だけど教えたのは明石入道で
それも何代か前の先祖が時の帝から琴を伝授されて自分で何代目、なかでも娘は不思議と昔の音色を受け継いで、と
明石入道がさりげなく自分達はもともと立派な家柄であることや娘の才能をアピールしてたし
先祖より伝授された秘伝の◯◯とか
その家ならではの知識教養、技能、人間関係の積み重ねとか
現代でも各地の名家や旧家でありそうだけどそういうの全部ひっくるめて家柄だし
宮中での振る舞い方や人間関係やそこでうまくやっていくツボを教えたり
親でなければ教育できないことっていっぱいあったと思う 桐壺の更衣も、弘徽殿主催の香合で判者から「これは見事な薫衣香…!」って絶賛されてたもんね
亡き大納言が后がねとして大事に養育してたことが伺える
源氏が絵を得意としたのは母方からなのか父方からなのかどっちなんだろうか >>374
桐壺の香合わせはあさきのオリジナルだからな… えっ
てか、ここはあくまであさきを語るスレじゃん… あさきが途中から原作よりにシフトしちゃったから、オリジナル設定前提だと
考察のしようがないなぁ、と。 そもそもあの香って、帝が手配したものって話じゃなかったっけか 平安貴族にとって香は教養と財力の証だったわけだし
家に伝わる調合法もそれぞれ違ってた
帝から贈られたのは立派な香壺だったけど、中身ごとかどうかはわからない
末摘花の道具類みたいに、大事に守ってきた物なのかもよ >>371
医療事情も良くなかった当時、子供は多ければ多いほど良かったと思うよ。だから、子供が産まれてもすぐに乳人たちに任せてまたすぐに次の子を産む体勢に入ってたんだと思う。 桐壺更衣への偏った寵愛に後宮の女たちが怒るのはまあ分かるんだけど、その女たちが男子を生んでも東宮候補にはなりそうもないし、実家の命運が懸かってるというのはわかるようでわからない部分もある
寵愛してもらえたら、父や兄弟が出世しやすくなるとか?
あさきだと乳幼児が死なないけど、もし東宮に何かあればあわよくば、とか? >>381
子供以外にも寵愛があつまったら、親や親族が出世とかあったのかしら >>381-382
当時は第一皇子が必ずしも皇嗣になれたわけじゃなかったし(定子の産んだ敦康親王しかり)
逆に言えば、東宮が若くして即位することになったら弟宮が新東宮になる可能性も大いにあった
後宮で帝に寵愛されたら閨でおねだりして身内に有利な任官をしてもらえるかもしれないし
(江戸城の大奥ではおねだり防止のために上様がお泊まりの時には両隣の部屋で不寝番が聞き耳を立てた)
寵愛が深い姫の実家には貢ぎ物も届くしいろいろと潤う
帝や東宮の外戚になれたら家門の繁栄は間違いなし
後宮に上がった姫様には一族総出で期待をかけてるということ
子を産まずに帝と死別しちゃった女御の中には、臣下と再婚した人もいたみたいだよ ↑補足
帝の寵愛が深い方の身内は宮廷での発言力が増すから、人事(除目)に多大なる影響を与えられる
だから権力にあやかりたい人達が群がってくる
源氏も須磨から帰ってきた後に冷泉帝から厚遇されただけでなく、
後見人として入内させた斎宮が中宮になったことで臣下としては最高の地位に上った
仕える殿様が出世すればそれに従って家臣たちも出世できるので、惟光も参議まで行けたんじゃなかったっけ >>383
>子を産まずに帝と死別しちゃった女御の中には、臣下と再婚した人もいたみたいだよ
藤壺も冷泉を生んで立后することなく、子のない女御のままだったら
桐壺院の死後源氏と再婚の可能性があったかな?
葵はもう亡くなっているものとして >>380
当時の人は経験からわかってたんだね、母乳をあげている間は妊娠しにくくなること。だから産後すぐに乳母をつけて、次の妊娠に備えるんだよね。 >>381
帝の寵愛深い妃のところには、出世したい下級貴族がアピールしに来てたらしいよ。
定子のところにも全盛期にはわんさか来て自己アピールしてたのが、斜陽になってくるとさっぱり来なくなったらしい。 >>349
そうなんだ
私も347とおなじ、出家後心強いだろうにと配慮のセリフと思ってた
まあ、究極の上から目線の人だから相手の立場で考えるとか有り得えないよね
お子がいたらの部分は、自分が愛したからその愛の結晶が欲しかったの意味かな >>386
冷泉を産んでも産まなくても立后した可能性が無くは無いような
でも、もし女御のまま桐壺院と死別したとして、源氏がその気満々でも藤壺の宮のほうが断りそうじゃない?
姪である紫の上の立場を慮って >>389
子がいたらってのは、朧月夜の立場が安泰って、朧月夜の行く末を案じるゆえの言葉じゃないのかなあ
男女の別は書いてないけど、東宮の母にできるのにって意味合いとか >>390
この時代、腹違い種違いまで含めればみんなどこかで親戚繋がりがあるからそんな理由では遠慮しないと思う
女三宮と紫の上もいとこ同士なんだし
断るとしたら別の理由では? うーん
・桐壺院が亡くなった時は源氏24、藤壺宮29、紫の上16
・宮の身分のほうが上+院の寵愛が深かったという名誉がある
もし源氏と結婚したら宮が正妻になるよね
若い妻をもらったばかりの源氏から正妻の座を奪い取ったとヒソヒソされそう
この頃のアラサーって孫がいてもおかしくないもんね
明石の中宮も12で入内してすぐ懐妊したはずだし
なんというか、当時の世間体からいっても宮が受け入れるかなあ?
落葉の宮が「内親王なのに二夫にまみえるなんて」と苦悩してたという描写があったような
実際に再婚した女御は元々藤原氏出身だから立場が違うのかも 世俗では未成年売春などの案件では5ちゃんねるでは裏山の声多々
現代でも性風俗で若さが重要視されているのに、栄養状態の悪い平安時代なら尚更だろう
源氏のように若い正妻より中年女を寵愛するのはマニアの域だから、やはり源氏物語は女性が描いた世界だね
アンリ2世やチャールズ皇太子、ウィンザー公爵などと同類 チャールズとかマクロンとか現在でもリアルにいるし100人が100人同じような趣向じゃないだろうよ いやー、源氏も何だかんだ言いながら、密通発覚の直前まではかなり女三宮に
性欲的な執着は移ってたよ。
長年連れ添って、家政とか子供や夫の世話とか、そういう実務的な面だとかは
紫の上だよりだったにせよ。 源氏の息子冷泉だって老いて連れ添った妻たち放置して若い方に入れ込みまくるしな 源氏物語って千年の時を越えて、人間というか男女の真実を描いてるんだけど、理想の主人公がばば専ってとこだけは嘘臭くて興ざめだなあ >>387
特に名家からの嫁の子供はいくらでも欲しかっただろうからね。言い方は悪いけど、気持ち的には、一人産んだらさっさと次の子産め、てかんじだったんじゃないかな? >>391
朱雀は、自分(帝)以外との子供はただ人ですよ、て言ってるよね。 >>393
臣籍降下した源氏に、元内親王藤壺との結婚は難しいと思うよ。
内親王(女三の宮)との結婚が許されたのは源氏が太政大臣になってからじゃん。 >>396 源氏も何だかんだ言いながら、密通発覚の直前まではかなり女三宮に
性欲的な執着は移ってたよ
そんなシーンあったっけ?? >>388 帝の寵愛深い妃のところには、出世したい下級貴族がアピールしに来てたらしいよ
古今東西、権力者の周りはそうでしょ。 >>382
そりぁあ後宮って何が起こるか分からない伏魔殿だからね。子供がいれば、強力な武器になるよね。 >>402
直接的な描写ではないけど、琴の指導にかこつけて頻繁に泊まったり、合奏が上手く行ったから褒めてやるとか言って三宮のとこに行って泊まったり(その晩に紫発病)、そのあたりの話かもね。
院の手前…って言いつつ若い妻となかなかよろしくやってる印象を持ったなあ。 子供はいないし名家の出身でもなく、ダントツの寵愛だけを頼りに戦ってた紫の上って
良血でないし産駒も出せないけど、人気ナンバーワンのオグリキャップみたいな存在なのかもね 源氏の場合女三宮は単なる若い娘じゃなく藤壺の面影があるって話だからね
もちろん結婚した理由はそれだけじゃなく中年の危機とか正妻不在とかあるんだけど
ネットとか見ると男は初恋の人とか元カノとか忘れられない場合が多いしなんなら実際よりも美化してる点は源氏も同じ 結婚してみてからは藤壺の面影なんてこれっぽっちも感じてないんじゃない?
でも若いピチピチの子だ〜可愛い〜
ばっかりだったんじゃないかと >>405
あさきは少女マンガ枠だったから、あんまり生々しい描写はなかったからね… >>407
面影はないんじゃない?
源氏は、紫の上には藤壺の内面的面影を求めて、女三の宮には内親王(宮姫腹の)血筋的憧れを持ってたんじゃないかな? 琴を教えるために毎晩女三宮のところに通うって紫の上にも言い訳して足繁く通ってて、
いざ女楽が終わった後に「琴がうまく弾けたことを褒めにいく」みたいなことを紫の上に言って
女三宮のところに行くんだけど、行ったら女三宮がまだ熱心に琴の練習してたもんだから
「琴を教えた私のことも満足させてくださらないと」みたいなエロいこと言って、女三宮に
練習やめさせて御帳台に引っ張り込んで事に及ぶんだよね
それまで「琴を教えるため」って言い繕ってたけど、ああ言い訳だったのね、と分かるシーン。 >>408
紫の上が梛の精神で、あなたの帰る場所は私の元よ〜、みたいな気持ちになったら良かったかも…でもそれじゃ、物語にならないか… >>409
そうだねえ。あさきでは源氏と女三宮はそもそもそういうシーンの描写すらなかったものね。
その分、柏木との閨のシーンはやけに生々しくて驚いたよ。 >>413
実際は面影無かったけど藤壺の姪って聞いて途端にやる気出したからね
別にただの内親王でも良さそうなのにわざわざ設定するところが紫式部の上手いところだわ >>411
あれはスケベ中年オヤジ丸出しだったよね >>412
そういう風に育ってきてないからなあ
御殿でも同居に近くて源氏が独立の御殿を持ってたわけじゃないし
考え方を変えられれば楽だったろうね >>407
いわゆるド真ん中ってやつね
まぁ気持ちはわからなくもないけど失礼よね >>398
>理想の主人公がばば専ってとこだけは嘘臭くて興ざめだなあ
理想の主人公だからこそ愛する女性が年取ってもずっと魅力を感じて愛してくれることを
人々は求めるんじゃないの?
年取っても愛し合ってる老夫婦なんて普通に現実にもいるし
そういうのもあなたにとっては嘘臭くて興醒めなわけ?
女は年をとったら愛されなくて当たり前、なんて男のどこが理想だよ 歳の話をしたら源氏もジジイになっても光り輝くだの持ち上げられてるよな
あれに比べりゃ藤壺も紫も30代だったしまだ若いわ 源氏が四十の賀を迎えた年に女三宮が降嫁ということは
源氏40、女三宮14〜15、紫の上30〜32(←紫の上は年齢がはっきりとは判明してないらしい)
あさきで源氏が9歳の時に藤壺が14で入内したと書いてあるけど、桐壺帝は何歳だったんだろうか
源氏が産まれた時は弘徽殿が入内して3年くらいは経っていると考えると、
桐壺帝20前後、藤壺入内は帝がアラサーの頃
弘徽殿もそのくらいまでは綺麗なのに、約10年後に藤壺の懐妊後の試楽では口元にシワが入った婆になってる >>270
桐壺帝の桐壺更衣の扱いが当時の帝のあり方として外れてたって意見もある
多分身分に応じた扱いなら桐壺更衣はあんなに総攻撃受ける事はなかったと思う
桐壺更衣と住居交代させられた妃もいたからね 源氏と朧月夜が初めて契った夜、桐壺帝は弘徽殿女御を清涼殿に召してるんだよね
あさき絵だと完全におばちゃん化してて、ちょうど藤壺が中宮になってイライラしてる頃
帝も大変だ…けど、本来はこうやってちゃんと公平に扱わないといけないのだよね
閨でどういう会話するのか気になる
この夜開いてる戸から弘徽殿に入り込む源氏が
「こんなことからまちがいでもあったらどうするのだろう・・・・」
って思ってるのが笑える
間違いを起こすのはあなたですよ >>406
家とか子供とか関係なく、自分の魅力だけで勝負したのが紫の上だよね。 >>422
ほんそれ。弘徽殿からしたら自分が清涼殿に召されてる間に妹に手を付けられて…間違いを起こしてるのは他ならぬ源氏じゃんw
朧月夜もなぜか1人でほろ酔い状態?で人気のない細殿を歩いてたね。 源氏って、マザコンとかババ専とか言われてるけど、
母親の顔は殆ど覚えていないし、、
元服後は母親のことは殆ど言及しないし、母を弔うシーンも無いし、
弘徽殿女御に対しても母の仇というより政敵としか思ってないし、
母と祖母の実家である二条院も捨てて、あっさりと六条院に引っ越すしで、
言われるほどマザコンなのかなあと思う。
マザコンと思われる原因は、「藤壺が桐壺更衣とソックリだから」ぐらいかな。 >>418
現実として複数の妻をもてる権力者が老境になって老妻に性としての寵愛を傾けることってほぼない
老境になった妻は跡取りの母とか后として権力を握ったり、家族?として信頼関係があったりはするけど、性愛として一番になるのは世界中どこでも無理
一夫一妻の現代とごっちゃにされても困る
そもそも女の理想を書いたからというなら、初めから女遍歴の挙げ句に若い正妻を迎えないって 性的な寵愛って意味なら源氏の晩年は出家前の三の宮や中将の君みたいな召人が担当してるからな 紫の上も途中から母親みたいな心境になっていったしね 一夫一婦でない時代に寵愛だけで最後まで世の中渡ってくって現実的に厳しい
洋の東西を問わず寵愛は移ろいやすいもの
他のことは人間心理というか変わらぬ真実を突いてるのに、そこだけリアリティない
まあ現実的に財産分けもらって出家ってなったら話が盛り上がらないから仕方ないんだけど、少なくとも年ごとにますます美しくってのはまあアホだね 男性の中には、何時までも枯れない性欲に支配されてしまう方がいて
意外と大変なのねとこの流れで思う
個人的には明石入道がまさに一夫一妻で妻以外の女性の存在がほぼ無いところに好ましさを感じる
性愛よりも野心を優先にした結果なんだろうけれども
そのストイックさは魅力的に見える 紫はもう自分から源氏との関係を絶ちたがってた
それも一時の感情ではなく心の底から
その紫を必死に押しとどめて自分の妻として縛り続けていたのは源氏
私たちの愛がどーのこーのとかきくどいて最後には泣いてすがりついて必死になって
男女の愛の対象としての紫にこだわり続けたのは源氏のほう
でも読者はその源氏の心理に無理は感じてないんだよね、1000年前から
若い妻を得て紫を苦しめたことは事実でも
源氏が紫を愛していたこと、女として求めていたことを否定できる人はいないと思う
現実の男の性を考えると年配の妻は若い女に負けるのが当然、ババ専興醒めと言う人がいる一方で
紫を必死で求める源氏にあわれを感じる読者もいる
いろんな人がいて面白いね >>432
明石の方の言葉ではないけれども、紫の上は子どもという逃げ場がないまま
源氏の愛を盾に戦って、源氏から出家を阻まれたまま世を去ったから
源氏にとっては亡くなるまでずっと現役の女性だと私も思う
紫の上亡き後、暫く中将の君がそっちの世話をしていたけれども
身分の差だけでなく、一人の女性として最後まで源氏から愛された訳ではないし
紫の上への追慕は日々増していき、源氏ゆかりの全ての女性は
源氏を俗世に留まる原動力にはなり得なかったということそのものがあわれだと思う ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています