昭和の暮らしを懐かしむスレ・29丁目
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>>761
年代にもよるが小学生までだったな
80年代になってようやく中高校生が話をしてもOKのような感じだった 潮目が変わったのは、50年代('70年代後半)に入ってから再放送で盛り上がっていった「宇宙戦艦ヤマト」かな
それまで(40年代)は、4年生くらいになると、女子のほうが一足先にアニメを卒業してアイドルの出る歌番組、バラエティ、ドラマが話題の中心になっていて、まだアニメから卒業し切っていない男子を冷ややかな目で見ていた。
で、そんな女子連中が中学生になると「〇〇(声優)サマ~」と熱をあげ、逆にこの良さがわからないの、と、卒業しかけている男子を蔑むようになる。 >女子連中が中学生になると「〇〇(声優)サマ~」と熱をあげ
それは無かったなぁ
あくまでもアニメキャラに恋する中学女子だった
女子が美形キャラに熱を上げたのはマーグが最初かな BL好きな腐女子は「男性嫌悪」「現実逃避」などとさんざんに言われてこっそりと活動していた。
今は本屋に堂々とBLコーナーが設置されている ビデオは VHS を買うかベータマックスを買うかちょっと迷った 「ハイッ、おつりが120万円!」とか言う店のおじさんがよくいた 新幹線のひっきりなしにやってくる車内販売はうざったがってる人の方が多かった 昭和後期までウーロン茶なんて誰も飲まなかった。理由は「マズいから」。
どっかのメーカーが「痩せる」とデマを流してはやらせた。
ハロウィンを流行らせた陰謀は誰が何のためにやったのか知らない。
いずれろくなもんじゃあるまい。 昭和中期まで背広は一着、ネクタイは1本しか持っていない "着たきりスズメ" な人が本当にいて、おまけに靴下が白だったりした ハロウィンやイースターは夢の国の影響もあると思うよ 呑み屋の前の貧乏徳利ぶら下げて立ってる巨大キンタマの狸がなんだか怖かった CGじゃなく着ぐるみ怪獣映画の方が重量感があって良かったと今思う >>777
大半の子が生脚なのに、タイツで半ズボンの子がいてなんかかわいそうだった 東京に出てきて初めての冬、慶応幼稚舎の半ズボンに生足の制服見て外国人が驚いた顔していたのを思い出した。
僕もいまだに「これって児童虐待じゃねえの?」という気がしないでもない。
本人たちは案外平気なのかもしれないが。 おとなからは子供は風の子だと言われて薄着が推奨され、子供の間ではタイツは幼稚園で卒業するものって認識で小学生で履いているとバカにされたものである。 男子は夏に日焼けしていないと「なまっちろい奴」と馬鹿にされた バカな小学生男子に「ねえ、ちゃんとお風呂入った?」と聞かれ、「うん」と答えると「姉ちゃんとお風呂入ってるんだってよ、コイツw」と囃したてられた。
友達の口を横に引っ張って「いわなみ〇んこ」「机の上のウ〇コ」と言わせる遊び、なんてものももう誰もやるまい。 >>778
普通に考えればそのほうが温かくて快適なんだが、あの頃はとにかぐ皆と同じもの゙を欲しがる時代だったよね
皆で同じ服着て、同じテレビ見て、同じ音楽を聴いてた >>782
別な日に「ねえ、ちゃんとお風呂入った?」と聞かれ、
「いやぁ」と答えると、
「お前、お風呂入ってねぇんだぁ!ばっちぃw」と
囃したてられた。 >>779
子どもの頃は都内に住んでたけど、冬場の生脚、とくに苦にはならなかった
体操服が一年中半袖なのは如何なものかと思ったけど
長袖禁止ってわけじゃないのに半袖で通す子が多くいた >>783
長ズボンなら快適だけど、タイツはなんかモタモタして気持ち悪いじゃん
タイツなんて幼児かオバチャンのもんだと思ってた 膝小僧を擦りむいたりするのが当たり前な遊びをする男子小学生にとってタイツは不向き 帰りの会で、夕方五時以降には 口裂け女が出るそうですから、皆さん遅くまで神社で遊ばないで,帰宅しましょう。
などと担任の先生が言っていて 信楽焼のタヌキもエグいが、なんで各家庭や店先に
招き猫の大小さまざまな色のが置いていたんだろう。 今考えるとあれはなんだったんだろう的な
各家庭フリフリの垢抜けないフランス人形なる飾り物が何体も天井ちかくに飾られていたし。 いやな今の時代をわすれたい。
現実逃避には長閑な昭和を思い出せばいいわ。つかれた。 >>791,792
こけしを集めている人も多かった。
俺は、手足もなく、目や口が異様に細くて不気味で旅行のたびに土産として一体一体買い集めるのだろうが、どれも同じようにしか見えないのに、こんなのを大量に集めてる人の気がしれなかった。
各観光地の特徴が描かれたペナントを集める人のほうがまだ理解できたし、すこし憧れた。 >>789
おそらく全国の小学校で片桐君のあだ名が“機長”になった。
大塚君なら「角萬」(関東ローカル) >>791,792
昭和50年代は黒電話にフリフリなカバー
昭和55年頃から、家庭のトイレを女子トイレってこんな感じかと思わせるような乙女チックな色合いのカバーやマットで統一するのも流行った。 アパートのドアノブにまでカバーつけたがる女がけっこういた
不用心だこと コメディNo.1が人気だったころ、関西の坂田姓の子供のあだ名はみんな "アホ" だった >>(男子の)タイツ
タイツを履くと格段にトイレがしづらくなるので敬遠していた。
幼稚園年中組のはじめまでは腰がゴムの半ズボンとタイツ、ブリーフの3枚おろしでお尻丸出ししていたが、年中組中ごろ、年長ともなると年少と同じは憚れる。
前開きを使って3回も開けるのもめんどくさいし、布に何重も挟まれると残りそうだった。
タイツなしなら足のところからチョロンと出していた。
女子のタイツは小学校でもまぁまぁいた記憶。
女子は毎回全下ろし,ハンズフリーだしね。 幼稚園のタイツ履くと子供心にも女の子になったような気持ちになって恥ずかしかった
電車乗るとショタコンのおっさんが寄ってくるし 女子は幼稚園では色とりどりの毛糸のパンツだったけど、小学校に上がると体育用のブルマーで兼用してた。
体育がなくても夏でもスカートの下、いやズボンでもブルマーを履きっぱなしだった。
(登校日、日曜の公園、体育の着替えで目撃)
たとえ、同級生の男子であっても他人にパンツを見せないのがエチケットみたいに。 >>802
エチケット?
スカートめくりされたり、なんかの拍子でチラ見えしたときにパンツ見えたってはやしたてられたりするから、自衛するためでは? >>803
スカートめくりブームが消沈した小2以降でもブルマーの重ねばきをやめていなかった。
エチケットというより、身だしなみかも。
パンツがじかに見えるのは幼稚園児以下の小さい子ならともかく、小学生のお姉さんでは恥ずかしい、という感覚だったかね。
スカートめくりは、小1のとき、先生からばかりでなく,父兄会でも問題になって親経由でもたしなめられた。(園児以下の幼稚な遊びの認識)
担任も女だから男子に理解なんか示さないし、女子は結束して学級会でやった男子を吊し上げにしていた。
男子も下半身への興味は園児以下がウンコやチンチンを面白がってるような幼稚なことで卒業しなきゃな、という考えを植え付けられて、だれもそんなことをしたり話題にしなくなった。
(それ以上の機能があることなど思いもよらない) 「夏にズボンの下にブルマーって蒸れたりしないのかね」と思っていた >>805
夏に長ズボンを履いてた女子は覚えてないが、夏場に履かれていたショートパンツは生地も色も薄くて紺色が透けて見えていた。
体育のときはスカートやズボンをさっと脱ぐだけ。 水泳やトイレでもなければ、とにかくブルマーは絶対にぬがないので、彼女らが当時どんなパンツをはいていたのかは全くわからなかった。
自分ら男子と同じく、テレビマンガのパンツを卒業すると純白になるのか、漫画で見る花がらや水玉になるのか…
たぶん前者で、その反動で彼女らが中高生になると大きさもデザインも幼児用かと思える“ブリっ子パンツ”が流行ったんじゃないかと推測。 >>807
その女子中高生のおぱんつは見たことあんのか? 雑誌やチラ見で見たスーパーでの展開。
小学生の時の、ほぼ白一色だった子供下着売場とはかなり雰囲気が違っていた。
だから厳密にはクラスメイトとかまわりの女子がそうだったかは知らない。
それにしても、ずいぶん揚げ足取りに必死だね 信楽焼の狸もさることながら、たまに庭に妙にリアルなガマガエルの置物置いている家があって一瞬びびった
小さいカエルは好きだし縁起がいい物だそうだけど、どうも心臓に悪い
今は防犯用なのか大きい犬の置物置いている家がたまにあって、ギクッとすることがある
風水方面では犬は良くないって言われているらしいけど ... >>810
庭に置物なんてかわいい方で、昭和40年代には大人が手を回しても届かないような巨大な庭石を庭に置くのが流行ったぞ >>811
家の跡地で今は空き地になっている場所にデカい石だけ残っているのを見ると少しもの哀しい気持ちがするねw スカートめくり全盛期の頃
他人のパンツなんか見て、何が面白いの? とマジで思ってた
そんな事を言っていたらクラスの女子数名が
「ほれほれパンツだぞー」って自分のスカートをめくって俺に見せてきて
それを見ていた男子が担任に告げ口をして、何故か俺まで怒られた
今でも納得がいかない ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています