信長の野望で過大、過小評価されている武将スレ21
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なんで山本正之(しかも戦国すらない)
「戦国武将のララバイ」があるだろ 蒼天録までさかのぼっても一色はロクなのいないなぁ
神保だったら絶対正義の神保長誠とかいるけど
山名、赤松も信長の野望に通常登場してる組だと、そんなに優秀なのいないね
レジェンド系だと山名宗全とか、赤松円心は…出てたっけ? 赤松満祐って蒼天禄のレジェンド枠で
能力は政治68 統率68 知略47 野心65 義理33、とまあ、そこそこって感じなんだよなぁ
レジェンドの割にはしょっぱい
他作品にも出てたっけ? 蒼天のレジェンド枠はみんな過大で女武将並の適当査定だから
義教つながりなら
足利持氏 87 62 83
やってること上杉憲政より酷いのに強すぎるでしょ
幕府挑発しまくって滅ぼされてるのに >>469
あの時代のキーパーソンだったのにえらい能力低いな 尊氏世代からの武将でゲームやりてぇなぁ。隷属離反みたいな感じでシステム出来んかね 佐々木道誉や高師直を使いこなすのは難しかったダローナ 高師直と足利直義の対立とか描くんかな?
ただ信長の野望の天下統一みたいな分かりやすいゴールが見えないな 兵庫尼崎121.118.160.195ホスト名i121-118-160-195.s41.a027.ap.plala.or.jp
このIPでここでの書き込み全くなし
つまり無双興味なしが確定
無双どうでもいいと思ってるくせに個人攻撃のためだけに粘着して歴ゲ界隈をうろついている異常さ不審さ
間違いなく松本英光と同じ人間性
http://hissi.org/read.php/tubo/20190625/d0ZHNVBQT1ow.html
夜癇癪を起こしてから
昼間は落ち着かない様子でこのありさま
http://hissi.org/read.php/gamehis/20190626/NmpVZDMveHI.html
仕事もなく日がな一日他人への誹謗中傷に全てを捧げている異常な様子
まさにこういう状態
http://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-b6-bd/kuniheart_54/folder/252841/58/8826958/img_2?1469430586
長く見ていると信長スレ関連も相当酷く粘着されてる様子だし
結局、無双っていうかゲームとかそういうのはどうでもよくて、誰かを攻撃して騒げればそれでいいというのが透けて見える
こっちが無双の妄想話するしないなんて大概どうでもよくて、常にどこか適当な場所で適当な誰かを何かを攻撃できればいいっていう魂胆
歴ゲ板じゃなければ著名人や企業なんかのスキャンダルを短絡的に攻撃しにいってるのも容易に目に浮かぶし
結局人生が上手くいってないからそうなる
真・三國無双でも信長の野望でも、世の中の目に写る全てが何を見ても気に入らない楽しくない幸せがないから、何かを攻撃することで己を満たそうとしてる
人間適度なストレスは快感を得るっていうランナーズハイみたいな事象があるけど、こいつは怒りによるアドレナリンが快感だと勘違いしてるんだろう
仕事がなく暇でゲームしてもつまらなくて、それでボーッとしてると鬱病になるから、大して意味なんてなくても誰彼構わず煽ることで自分の中で怒りを自爆させてストレスを飼うことでアドレナリンにより活力を得ようとしてる
迷惑な話だ
こいつの行動を分析するとそこしか深層心理は見当つかないな
怒りなんて負の感情を元にしたストレスは万病の元でしかないのに
ランナーズハイみたいなのはスポーツを楽しむ幸せを元にしたストレスだから人の体に正しく作用するのに、無意味で無軌道な怒りによるアドレナリンが心や体を健康にするわけがない
無双も同じ
心から幸せにゲームを楽しむからこそ全てに意味がある
怒りのアドレナリンで人を馬鹿にし攻撃し続けることで精神を綱渡りするように保って生きてる奴は間違いなく殺人犯松本英光と同質
ネットで人を攻撃することをストレス発散だと言い、結果それでは飽き足らず人殺しにまで至った松本英光と同じレールの上に居る
己の不遇に対して怒りのボルテージを利用したストレス発散は解決にはならないということ
怒りを飼い慣らすことは不可能
人間や世の中の、そして真・三國無双やコーエーテクモの、光輝くもの、希望や幸せを求める心を捨て去った者は、松本英光と同じルートを辿って破滅する
っていう指摘に少しでも心当たりある、精神に潔白の無い奴は総アウトだよ >>443
大津城攻めは
9月8日に寧々の使者である孝蔵主等が開城交渉するが失敗
9月9日から城に銃撃や砲撃をしつつ堀を埋めていって12日に堀埋めが完了
13日に総攻めで三ノ丸と二の丸まで占拠して本丸だけにする
14日に寧々や茶々、高野山からの使者が交渉して降伏
って流れで琵琶湖を利用した堀が厄介なのと豊臣家の縁者だから殺さないように配慮しなければならなかっただけって感じなんだよなあ
京極家の史料だと毛利や筑紫には優勢に戦えるけど立花軍相手だと全く歯が立たなかったって扱いだし
立花軍が主力として戦ってたのは間違いないだろうね 9月12日付の石田三成の書状で
一 大津之義、去とては此節根をたやされ候はては、已來御仕置之さはりたるへきと存候
(大津のことは、この際徹底的に処分しなければ、以後の仕置のさわりになる)
一 丹後之儀隙明之由に候、少にても外聞に候間、彼表之衆當表に被立候樣に可然候
(丹後方面の人数がいらなくなった由であるから、その人数を少しでも大垣へ差し向けてほしい)
って書いてるから、西軍の戦略としては田辺城攻めをしていた軍を大垣へ来させて
大津城攻めの軍は時間をかけてでも徹底的に攻略させる気だったようなんだよな >>463
現在の定説は学会の権威である鬼頭宏が頭ひねって考えたもんだから
彼が死ぬまでは歴史人口学の定説は覆らんと思うよ 力と陰謀がすべて
そしてやりたいように生き振る舞うのが室町人だからな
対外的にもやりたい放題で歯止めがきかない最強の日本人の時代が室町 話題になったから気になって室町時代の守護大名調べ始めたら面白いな
戦国時代でも見る苗字多いし南北朝に別れたifシナリオやってみたくなった >>481
そうなんだおもしろそうはおもしろそうだな
「人口から読む日本の歴史」 水野勝成さんに立花宗茂並みの
能力寄越せや
立花宗茂と水野勝成さんがやった事
ほとんど変わらないだろうが
立花宗茂が過大評価過ぎるわ 秀吉が宗茂を西国一とか持ち上げたのが悪い
あのハゲネズミ適当に褒めすぎ 上洛した宗麟が、将軍様に道雪を自慢したのが影響したのかな そもそも道雪も普通に歳とって足腰が不自由になっただけっぽいのに
若い頃に落雷に遭って半身不随になったとか誰が考えた話なんだろうな 基本的に厳しい軍律で道雪が育てた家臣の存在はでかいと思うわ 道雪は無類の褒め上手で部下をやる気にさせてたみたいだね 立花や高橋なんてありふれててイマイチ
戸次や吉弘のほうがレアでかっこいいのに 吉岡、吉弘、臼杵の過小感
大友の最盛期ってあんまり歴史小説でも題材にされないよな 吉岡は謀神毛利元就を狼狽させた戦国きっての知将
大内輝弘の乱とか三国志で孔明がやる様な策だよな 1568年ぐらいだと毛利と並んでギリギリ日本最大の大名かな大友 田原氏の反乱の始末から頭角を現していった柴田礼能も出ないしな
豊後のヘラクレスって異名のインパクトもあるし主役の小説もあるんだけどな >>504
蒼天録DLCには柴田礼能が出てたな
統率79ぐらいあった記憶があるわ >>499
諸葛亮が活躍してるのは三国志「演義」な >>489
覚書がダメなら
立花も能力下がるだろ
今伝わる宗茂の武功の大半も
ソース家臣が残した覚書が元ネタでしょ? >>507
宗茂については九州征伐、肥後一揆、碧蹄館の戦い等については秀吉とか他の武将の書状で活躍してることが
確認できて裏付けが出来るし、露梁海戦は島津家の川上久国雑話、大津城は京極家の大津籠城合戦記なんかで
立花家の活躍が過剰なほど書かれてるから何気に他家の史料での評価も高いんだよな
徳川実記なんかでもかなり評価高いしね 良質な史料で目立った武功がこれだけ確認できる武将も中々いないよ
並び称される忠勝の武功なんてほぼ分からない 幸村と宗茂はコーエーが戦国末期のエースと認定してるし
信玄謙信氏康辺りと比較して能力査定をすると尻すぼみになって
後ろの時代のシナリオ作れないという理由で信長の野望は同時代の人との相対評価
つまり幸村宗茂は絶対下がらない まあ大きく下げられることは絶対ないわな
両者とも大志で統率が90台から80後半に落とされたりと色々弄られてはいるみたいだが 宗茂はまだ事績あるからわかるけどな
確かに忠勝はよーわからん 宗茂周りを調整するんなら紹運はいまの全国にも名だたる名将っぷりから下げていいと思うな 宗茂というか、立花軍の強さは小野、由布、十時といった手練れの家臣がいたってのも大きいな 戦術レベルで言ったら本多忠勝より榊原康政の方がよほど活躍してるんだよな
司馬遼太郎の『覇王の家』で、「(忠勝は)戦場の空気を読むのが上手く、家康は常に彼を本陣に置いて助言を聞いた」
みたいな書かれ方をしてたはず(最後に読んだの10年前だからあやふや)で、
軍を率いた武功が無いのに四天王っていうんならそういうことなのかもしれん。近代軍制的に言うなら参謀か 直政が傷だらけだったのに忠勝は戦場で一度も傷を負ったことがなかったなんてエピソードもあるんだっけ
初出がなんなのか知らんけど。 >>506
こういう奴って正史も演義も読んだことないんだよな 龍造寺隆信って武勇の人ってよりは実際のところ謀略家って感じだよなあ >>518
専門家でもないのに原本なんて読んだことあるわけがない
ただ、赤壁の戦いの周瑜の功績を吸い取ったり、政治家としては有能であっても軍師ではない諸葛亮を軍師に仕立て上げる為に上記のような功績を奪う行為を平気でなされたのが三国志演義ってのを聞きかじっただけだよ >>519
直接戦うよりも、大軍を率いて圧力を掛けたり、謀略を掛けて落としたり、時には土下座外交をしてしたたかに勢力を伸ばすのに長けている
逆に鍋島直茂は今の武勇に比べて直接戦闘による活躍が多いな
少なくとも統率は隆信の方が高いと思う
武勇は隆信を微下げ、直茂をやや上げ
統率は隆信>直茂に
知略は隆信は上げるべきと思うが、それでも最後まで一門を潰さずに残せた直茂が頭一つか二つ上か 熊やら獣やらってイメージから野蛮な豪傑って感じだけど
人面獣心ってむしろ狡猾な裏切り者で人道を弁えないってことだものな >>488
広島県第二の都市である福山市を作った人 でもさあ立花宗茂の活躍って、
韓国リーグで大活躍、優勝決定戦で大ホームランみたいなもんでしょ?
関ヶ原後の柳川攻防で加藤清正軍を撃破とか黒田官兵衛を押し返したとか鍋島直茂の首を取ったとか
同時代を生きる国内有名武将に勝利した話が無いよねえ 水野勝成さんが作った福山市と
立花宗茂が作った柳川市の規模をみたら
福山市の方が圧倒的に都会だろ
新幹線ののぞみ停車駅である福山と
西鉄の特急しか停まらない柳川をみたら一目瞭然だろ 宣教師によると龍造寺軍は鉄砲大量所持してたらしいけど
ゲームだと鉄砲要素がまるでない勢力になってるな 多久家の古豪が言っててセンゴクでも拾われてるように、大口径の鉄砲をよく使っていた家というのを活かせば
鉄砲威力が高いけど調達コストが上がるとかそういうので表せそう >>510
水野勝成さんも大坂夏の陣と島原の乱では大活躍しただろうが
それよりも天正壬午の戦での活躍と家来が森DQNを討ち取った事も評価されてもいいと思うけど
特に天正壬午の単騎突撃やったから
徳川家が甲斐を確保できたんだから
江戸時代が成立のきっかけを作ったのは
水野勝成さんと評価できるだろ >>528
それなら水野より依田信蕃の方が江戸時代の成立のきっかけを作ってない? 宗茂は戦果は凄いけど手堅くすぎて華がないイメージ
一時は領地没収されたりと、何だかんだで波乱な展開はあるに >>482
えー
室町は結構大人しくなっちゃってると思うよ
舐められたら族滅の鎌倉メソッドは大幅に規模縮小傾向だし、
通行人で射的するのも、最低限皇族辺りは標的にしなくなってるし >>528
水野みたいなクソ武将お前以外誰も興味ないから二度と出て来んな! >>530
手堅い?
どちらかというと無理矢理な事を強引にやってたから当時の立ち会った人らがもてはやして、
それが派手に伝わってもしかしたら過大評価なんじゃないかって事なんじゃ 道雪は軍略
宗茂は人望
立花軍の強さは小野由布十時に支えられてたというのは同意 薦野増時 誰か忘れていませんか…宗茂より先に立花の家督を打診されてるんですけどね >>533
無理矢理なことを強引にって具体的に何? >>516
若い頃突出癖があった家康を「それは大将のすべきことではない」と諌めたのも忠勝だっけ 若い頃突出癖があった秀秋を「それは大将のすべきことではない」と諌めたのも秀吉だっけ >>532
俺も興味あるけど
逆にお前だけが興味ないってことだろこのハゲ
興味ないならスルーしとけよこのツルッパゲ
アデランスいけ なんか同じ時代に生きてたかのような書き込みおもしろいw 水野の話題は面白くないし空気悪くなるから以後禁止で 水野勝成のwikipediaみると結構細かいこと書いてるけど
大きな事例は特にないんだよな 勝成の能力上げてもらえたんだから、もういいでしょうに 水野オタは立花をdisるんじゃなくて良質史料から水野のいいところを宣伝しなさいな >>538
宗茂が家督継いだ後は家中の取り仕切りしていたイメージが強くてな
文武の武の事績が追いにくい 勝成は一益の息子と一騎打ちして双方怪我負ったみたいなのあるけど、その名前が孫の一積と同じでなんかややこしい
幼名の三九郎からして一忠のことなんかな
孫の方は真田と縁が深くてコーエーが好きそうなやつだが、この二人の評価どうなんだろう 山岡宗八の「伊達政宗」だと水野勝成は大坂の陣で経験不足で混乱してる役回りだったな
実際は伊達政宗のほうが大混乱だったらしいが そりゃ歴史小説なんだから主人公のダメなところは故意に他人に肩代わりさせるんでしょうよ
山岡荘八の伊達政宗といえば大河の独眼竜政宗か・・・全く見てないからわからないが眼帯イメージはここからなんかね 伊達政宗といえば神保隊皆殺しだな
あれは絶対に許さない 大坂の陣は実戦経験のある連中が引退したあとだったからどこも大変だったでしょうね >>526
どこで読んだのか忘れてしまったが
立地的に鉄砲の導入しやすい割にはさほど鉄砲に意識払っていないという話もあった
有馬のような規模の割に貿易での装備刷新に熱心だった家との比較かもしれないけど 俗説だと1562年の金敷峠で伊集院阿含坊が鉄砲使ったのが肥前で初めて鉄砲を使った戦いだと言われるけど
1584年の沖田畷ではフロイスの記述に寄れば島津有馬連合よりも鉄砲配備率がいい感じなのよね >>519
隆信の前半生の戦闘で用兵に特徴が出ていると思うものを挙げる
村中城奪還戦 少弐冬尚不在時に敵方の想定外の場所に強襲上陸(のような戦力集結)をやっていて、東肥前十九城主の戦力が集結する前に各個撃破して勝利を喧伝
それで更に兵力を糾合して戦力を倍増させてから村中城を落としてる
長者林の戦い 小田政光の見殺しがクローズアップされがちな戦だが、用兵的にみたら隆信が以降多用する前衛後衛を利用した鉄床戦術の原型的な戦い
小田政光隊を潰滅させた敵主力である江上武種隊を隆信本隊で乱戦を仕掛けたうえ撃破してそのまま小田と江上の居城までなだれこんだ
川上合戦 決戦状を出して戦場を指定した戦い。ここでも隆信本隊は敵主力に前衛を崩されてから後衛本陣で向かえうつ乱戦になり主力同士拘束されあう
しかし神代軍左翼の将の神代周利がなぜか(笑)暗殺されて左翼が統率を失い龍造寺信周隊が神代軍左翼と中央を撃破、信周隊は神代勝利本隊の退路を絶とうとするも取り逃し、隆信本隊は敵主力に対する追撃戦へ移行
丹坂峠の戦い 個人的には長者林や川上などでの戦訓を元に隆信の戦術の型が完成したと思う合戦
先行させた信周隊に峡谷を守らせ有馬軍主力を拘束(ここでも信周隊前衛は崩されてから後衛で受け止めて乱戦になっている)
後発の隆信本隊が加勢に入って有馬軍主力を撃破すると、別働隊が間髪入れずに有馬の後方拠点である梶峰城を落とし
更に隆信本隊が有馬側の退路を遮断して包囲を完成させ有馬軍を殲滅した
自分なりに隆信の将軍としての要点を整理すると
敵の意表をついての軍団の集結がかなり上手くて早い、戦術機動も速く鉄床戦術を好んで使い平押しと搦手攻めを同時平行でよく行う
ただ自分が動き回らないと気が済まない性格かな
謀りを好むというのも間違いないけど本質は野戦の将軍だと思う >>560
色んな野戦に勝ったのに、最後に負けて死んだキュロスみたいな男なんだな 最上義光を筆頭にとうほぐでポンポン90代貰ってる連中よりはるかに戦上手そう 隆信は最後やらかしたけど同じやらかした今川義元よりはよほど弓取りとしては有能と思うんだがな 戦争めっちゃ強いけど最後はあっけない将軍って良いよね
バヤズィドとかカール12世みたいな ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています