◆懐かしの名馬・名勝負スレ16◆
歴代の名馬・名勝負をまったりと語るスレです。
(競馬に関する事なら何でもOK!まったりと語ること)
※過去・現在の名馬を比較しての最強論争は極力お避け下さい。
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◆懐かしの名馬・名勝負スレ15◆
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/uma/1419611622/ この間
九州産馬が新馬を勝ってたけど
生産者の土田さんって先代は熊本の西合志あたりにいたかたかな? TTGの揃い踏みの宝塚記念の杉本氏の実況ってないんですか? >>476
無いですね〜
そのせいか、数多あるテンポイントの映像でも宝塚記念は挿入されなかったり… やっと書き込めるようになりました
ゴールドシチーに続いて、スターマンも2世が今日走っていました
馬名審査の基準がよくわかりませんが
この分だと、昭和の名馬もどんどん持っていかれそうですね 昨日はスマッシャーもデビュー
先代と同じように逃げましたが最後はつかまり5着
尻尾は振ってくれませんでした ミホノブルボンの三冠を阻止したライスシャワー!
メジロマックイーンと武豊をレコードタイムで負かしたライスシャワー!
長く辛いスランプ後に春天復活したライスシャワー!
そして宝塚で散ったライスシャワー!
今でも動画観ると泣けてきそうです、小さな馬体であんな力強い走りが出来るなんてライスシャワーのような素晴らしい馬がまた出て来て欲しい…。 >>481
リアルシャダイの後継としても生きていて欲しかった馬ですね その結果は12月か新年号の「優駿」だったな
その年のハンデでシンザンは確か14ポンド差だったかな そういえば
ブッシャンとかいうのがいたな
大川がよく推してたかな netkeibaで中央なら結構昔の無名馬の記録も載るようになって結構経つけど
暇なときに見ると新発見があって面白いですね。
ニジンスキースターのデビュー戦、すずらん賞1番人気は憶えてるけど
坂井千明だったんですね。(当時はペーペーのイメージ)
ロングホークが人気薄で勝ったのは憶えてるけど単勝50倍以上だったとは。
あとタイプアイバーの競走成績が思っていたよりひどかったです。 オンワードアゲインという馬の4年近くの休養にも見捨てられなかったのが印象深い 杉本さんはゴルフ中継だったと思います、TTGの宝塚記念。
失礼ながら代わりの鈴木敏郎さんの実況が抱腹絶倒。
「アイフルはじっくりと三番手、これは作戦か!」
・・・三角手前から前のトウショウボーイとテンポイント二頭のぺースアップに
ついていけないだけやん、必死で追いどおしですよ アイフル天皇賞馬なのに、
有馬でTTに1,2決められて以降
格下感が TTの強さを証明してくれたのがグリーングラスだな
最後の有馬記念とか 昔、延岡種馬所というのがあって
カブトシローを見に行ったことがある
最近、地図をみてもどこだったかわからなかった
ある方の旧競馬場あとという記録を見ていて
延岡にも競馬場があって何か所に移転したとあった
そのなかに「塩浜」という名前が
延岡種馬所は「塩浜」と記憶していた
地図をみても全く分からなかった
ところがグーグルアースを見ると!!
畑や田の中を長円形の走路あと、かなりの幅でそのまま残っている
そのあたりのストリートビューと当時撮影したカブトシロー
の背景を見ると間違いない
ほとんど原型が残っている希少な例と思う カブトシローが延岡で種馬になった際にタカクラヤマが処分されたらしい
名種牡馬なのに悲しい末路 >>493
確か最後は蹄葉炎だったと記憶しています
それと時期的には離れていたような気もします
地図だけで探しているときなかなかわかりませんでしたが
確か昔はすぐ近所に「屠殺場」がありそのそばを通って
種場所に行きました
そこが現在「食肉センター」になっていたこともヒントになりました
タカクラヤマは蹄葉炎で最後どうしようもなくなってそこに曳いていったとか
世話していた方が「あれはかわいそうだった」と言ってました 新馬のファイアダンサー
桜花賞で人気になったファイアーダンサーを思い出しました >>491
それにカシュウチカラ
いかに他世代を圧倒してたかの証左 あの世代は違う馬で有馬を3連勝して、天皇賞もカシュウチカラとホクトボーイも合わせて4勝したんでしたっけ? 有馬は2連勝後1年置いての計3勝でしょ
3連勝はイシノヒカルの世代だと思います >>498
あの世代は、トップクラスが故障馬だらけなのに
よく有馬3連勝できましたね。よほど層が厚かったんでしょう
ヒデハヤテ、トモエオーはクラシック前に故障
ロングエース、ランドプリンス、イシノヒカルは古馬戦線にほぼ登場せず
タイテエムは宝塚記念、ハマノパレードは高松宮杯、ハクホオショウは天皇賞で
それぞれ故障発生というありさま
かのタニノチカラも、2年のブランクからの復活でした >>500
タニノチカラの存在は大きいですね
ただクラシックを争った馬たちはリタイアが早く天皇賞の勝ち鞍はテンポイント世代に及びませんでした タニノチカラは最後まで内田浩一が乗ってたマックイーンみたいなもんだな
騎手が一流なら秋天後の有馬も勝ってそのまんま海外行ってたかも タニノチカラが北海道で復活したとき
「あれ?この馬ってまだ抹消してなかったの」って思った。 >>501
リタイアが多かったのは、今にして思えば
七夕ダービーの日程による影響だったかもしれません
4歳夏の成長期に充電期間が短かったため、古馬になって反動が出たのかも
クラシック戦線の激走とは無縁だったタニノチカラやストロングエイトは
結果的にそれがいい結果になったとも思えます ハクホオショウは休みなしの使い詰めが最後の最後に響いてパンクしたのかね
ナオキ、快速スガノホマレ、走る精密機械トーヨーアサヒ、旅芸人ノボルトウコウ、走る労働者イナボレス
この辺りも全部同世代だからいかに層が厚く個性派まで揃ってたかがよく分かる タニノチカラは走る哲学者?ここまで来ると意味が凡人にはわかりませんね
騎手の田島さんは有馬の前に天皇賞の前の目黒記念でもやらかしてますね
三角半ばから捲って失敗と聞きましたが、このレースは見れてないんですよ >>504
朝日チャレンジカップは嬉しかったですね タニノチカラの引退式のパネルをずっと
部屋にかざってました。
古馬の総大将感が凄かったなぁ。 タニノチカラと聞くとマイラーズCのカチドキとイットーとの叩きあいを思い出します
明らかに距離不足でも一歩も引かず タニノチカラが圧勝した有馬記念はハイセイコーが長距離(2500m)でタケホープに最後の最後に意地を見せたレースの印象が強すぎて、タニノチカラが可哀想 昨日定食屋で夕飯、スポーツ報知に矢作厩舎の池田康宏厩務員さんの記事
お父さんが競馬関係者で、中学二年に仁川で観戦した朝日チャレンジカップ
タニノチカラの鞍を手渡されたそう
その感激で今の職に就かれたとか まだ小学生だったが昭和52年の有馬記念は今でも忘れられないな
あんな競馬今じゃ絶対見られないし ナイスネイチャ、ロイスアンドロイス
ホッカイルソー、ホクトヘリオス
連勝式しか買わない俺には
コイツらに何回損させられたことか >>507
あの首を低く下げたフォームからの連想ですね
関西TVに出演されていた志摩直人さん命名だったかな >>514
レースもさることながらそこに至る過程もすごいし、その後にライバルが奇跡の勝利を掴んだりとか歴史に名を残す三冠馬の父となるとか
三冠三頭のJCも確かにすごいが、そこまで深い思い入れがこの先あるかと言われれば、、、 トウショウボーイとグリーングラスのプライドを賭けた秋の天皇賞の鍔競り合いも鬼気迫るものでした >>519
1着2着のホクトボーイとクラウンピラードは、春も3着2着
長距離では安定勢力でしたね
あの凄まじい世代での成績ですから価値があると思います
クラウンピラードは、ナオキのサウンドトラックから父が変わると
こんなにもタイプの違う馬になるのかと驚きました トサミドリ
トウショウボーイ
ウイニングチケットオイスターチケット
母系の血が爆発 今朝何気なく朝刊見てたら、ホソカワミクロンの社長交代の記事
30代の細川さんだってね
総帥のお孫さんかな
マチカネ軍団が懐かしいね 細川氏の数少ないミクロン冠馬のミクロンテンローは人気通りか人気より上位に来る
不人気馬(馬券的に)として有名だった。
抽選馬だったのも人気にならない理由の一つだと思うけどひょっとして抽選馬を
ミクロン冠にしてるのかと思ったけど違ったみたい。 >>518
今改めて「テンポイント」に関する書籍や記事をまとめて読み返してみる
その出生と生涯に感慨深い
そしてその成績に「もしも」2頭のライバルと違う世代に生まれていたら…凄まじい戦績を残したであろう事に気付き鳥肌 >>526
夏競馬と言えば、夏村厩舎の「トコナツ」。 ジャブリンだったかな!? >>527
私だったら夏村厩舎ミヤジマレンゴ 夏の小倉の印象が強い >>527
ロッコーイチにキヨリューズキ夏の小倉も個性派揃いでしたね
キヨリューズキはしっぽが…一目みた時
あれ?なんか変…この馬って このスレでもたまに名前が出て来る、キシュウローレルの主戦だった梅内忍元調教師、
2019年9月10日に亡くなられていたそうです。
騎手時代は減量に悩み、調教師になってからも大病を患ったりしていましたが、
調教師引退後は、娘さんの栄子助手の担当馬や弟子の騎手たちの活躍を楽しみに
していたとか。 梅内さんは桜花賞のゴール時の首をガクッと垂れたのが印象的です
合掌 >>531
梅内さんと言えば
なぜかファインクローバーが思い出されます 梅内師は、騎手時代の旧姓が榎屋でしたね
久保敏文は、旧姓古賀
伊藤清章は、上野
騎手の場合、入り婿より養子縁組の改姓が多いイメージです 菊が阪神でやるのってハシハーミットとハシクランツの馬主どんぶり以来? 関東の障害馬でかなり強かったバスターの事件を思い出しました。 1968年の天皇賞・春は高峰三枝子さん司会のフジテレビ3時のあなたの中で中継され、ヒ
カルタカイのぶっち切りレースを見ました。ちなみに泥んこの3000m東京大賞典でヒガ
シジョオーに負けたレースもリアルタイムで見ましたよ。 >>536
最近は、女婿になって苗字が変わる例はなくなりましたね。
舞原⇒松永昌あたりが最後かも。。。
>>543
関テレも、1968年まではキネコの白黒録画しかないですね。
録画を見る限り、ブラックボーダーが出ていないので、放送時はカラーだった筈。 天皇賞史1になかった1968年の天皇賞秋を初めて視聴したな
ヤマピットの大逃げは印象深かった 火事で店仕舞いの吉田牧場
最後の世代の1頭が今日船橋で大差でデビュー勝ち
気は早いが南関でもいいのでクラシックに乗ってほしいところ
ジネヴラの母系でワカオライデンも入っているいかにもそれらしい血統
https://db.netkeiba.com/horse/ped/2019105623/ >>536
大沢調教師と諏訪真調教師が同一人物だったと、つい最近まで知らなかったw アカネテンリュウが人気してた50年前の秋の天皇賞を勝った「トウメイ」 >>555
トウメイの産駒テンメイは藤沢調教師の実家が生産した馬で、その父ルイスデールは超良血馬である事を最近知りました。
父Right Royalは仏2000ギニー、仏ダービー、Kジョージの勝ち馬で、母Rossellinaは伊1000ギニーの勝ち馬で、大種牡馬Ribotの全妹。 >>555
トウメイの産駒テンメイは藤沢調教師の実家が生産した馬で、その父ルイスデールは超良血馬である事を最近知りました。
父Right Royalは仏2000ギニー、仏ダービー、Kジョージの勝ち馬で、母Rossellinaは伊1000ギニーの勝ち馬で、大種牡馬Ribotの全妹。 >>555
トウメイは天皇賞秋の後に有馬記念も勝利したが、有馬記念は牝馬の勝てない時期が非常に長く続いておりトウメイが11年ぶりの牝馬の勝利だったし、その次に有馬記念を牝馬が勝ったのは実に37年後のダイワスカーレットだった。 >>557
牝系にはもうほとんど残ってないとか
淘汰とはいえ悲しい >>553
エリモイーグルってどんな馬だったかな?って調べたら1976年春の中山大障害でグランドマーチスの
5連覇を阻止した馬だったんだ。斤量差があったとは言えレコードタイムでの6馬身圧勝お見事だった ヘリオス
四白流星の栗毛馬だったな
大逃げも相まって今走ってたら大人気だったろう ヘリオスといえばやっぱりイナボレスだなあ
準サラだったけど勝負根性があって重賞も3つ勝ってたかと
他だとウキミドリもいい馬だった いいスピード持ってた >>552
先代の諏訪佐市師は栗東へ移る前は中京にいて
ワカタカの東原玉造師は晩年諏訪師宅に身を寄せていました
奥さんが東原師の娘だったようです 第二回宝塚記念は現存する最古の宝塚記念映像
ヘリオスの大逃げが見られる数少ないレース 「おおっと内からエリモジョージが先頭に立ったようです この馬に斤量は関係ありません 気分です」
五歳時泥んこの春天を逃げ切るももフロック視(四歳時シンザン記念を勝っていたが)
凡走を繰り返すも函館記念60k背負って7馬身レコード勝ち
京都大賞典は2番人気に56kで凡走
かと思えばとって返した京都記念で61kで8馬身日本レコードのおまけつき
その後1年沈黙(当時テンポイントと相性が悪いと言われてた)
六歳暮れ中京のオープンを珍しく差して勝つとまた覚醒
京都記念(60kで四馬身逃げ切り)鳴尾記念(2着ホクトボーイに62kで大差ぶっちぎり)
宝塚記念(グリーングラスに4馬身)と
これは本物だと思って雨の中京高松宮杯に全財産ぶっこんで殿負け玉砕
こんなクセ馬が印象に残ってます タケシバオー世代のライトワールドの頑健さを後世の人間は知るべし