マークス「それではこれでホームルームを終了する、寄り道せずに真っ直ぐ帰るように」

締めの言葉に、もはやただの建前と化した注意を添えて教室を出る。瞬間、教室の中が色めき出す。今日はバレンタインデー、我が校ではチョコレートの持ち込みを一応は禁止しているものの、もはや生徒も教師も気にする者はいない。

マークス(……私には関係のない話だがな)

去年はピエリからお情けの義理チョコを貰ったが、本日の彼女は恋人共々休暇を取って一日中デートである。
もう一人の臣下の少女にも、彼女が愛する家族とゆっくり過ごせるように休暇を言い渡してある。

マークス(まぁ、父上に散々せっつかれたにも関わらず、仕事にかまけてそちらの方面をほっぽっていた私自信の責任だ。甘んじて現状を受け入れよう)

己の中で寂しい現状を納得させ、雑念を振り払い職員室に戻る足を速めようとしたところ、不意に後ろから声をかけられた。

マーク♀「あ、いたいた。マークスせんせー!」
マークス「ん?どうした?」
マーク♀「はい!いつもお世話になっているマークス先生に、ハッピーバレンタインです!!」

小走りで近寄って来たマーク君は、可愛らしくラッピングされた小箱を差し出してきた。

マークス「これは…チョコか?」
マーク♀「はい!いっぱい貰っていても大丈夫なように、カカオ強めのビターチョコで作ってきましたよ!」
マークス「ははは、心遣い痛み入るが、未だに君以外からは貰っていないし、この先も貰う予定は無い」
マーク♀「えー、そうなんですか?……そうだ、ついでにこれからチョコを貰えるか占って上げます!」
マークス「占い?君にそんな特技があったとは」
マーク♀「私の母はペレジアで知らぬ者はいない凄腕呪術師ですから、その娘の私なら占いなんてお茶の子さいさいです!」

そう言うと、鞄の中から小ぶりな水晶玉を取り出し、それに何やら力を込めるように唸り出した。

マーク♀「むむむ…覇ぁ!…出ました!この後チョコを貰えるそうですよ、マークス先生!」
マーク♀「……あ、でも、貰ったチョコに込められた思いを見逃すべからず、見逃せば己と己の大切な物が傷つくであろう、とも出ています」

大切な物を傷付ける?それはまた穏やかでない話だ。

マーク♀「要は貰ったチョコの意味をしっかり考えろって事じゃないですかね?」
マークス「貰ったチョコの…意味……」
マーク♀「まぁ多分マークス先生なら大丈夫ですよ!それじゃあ失礼しますね!」


というようなやり取りがあったのが午後2時頃、現在は既に午後8時である。何時もの如く幼稚な煽りをしかけて来た海老野郎と殺し合いを繰り広げたりしたが、チョコに関しては依然マーク君からのもの以外は無かった。
正直期待していなかったと言えば嘘になるが、まあこんな物であろうと諦めを付けたその時、不意に扉がノックされた。

ルキナ「失礼します、少々よろしいでしょうか?」
マークス「おや、今日一杯は実家に居てもよかったのだぞ?」
ルキナ「大丈夫です、家族とは日中に思い切り楽しみましたから」
ルキナ「………ええと、それにですね、実は今日中に渡さなければいけない物がありまして」ボソボソ
マークス「ん?何か言ったか………ね…」

言葉が詰まる。
目の前に差し出されたのは蒼いリボンが巻かれた小箱。「マークスさんへ」と書かれたカードが目立つそれからは、甘い香りが漂っていた。

ルキナ「………こ、これが……私の気持ちです!!」

叫ぶや否や、ルキナ君は部屋を飛び出していった。残されたのは、手元の小箱のみ。
リボンを解き箱を開けると、そこにはアルファベットを模したチョコが並んでいた。

《 I LOVE YOU》

マーク♀『貰ったチョコに込められた思いを見逃すべからず』
マークス「はは…これ程直球では見逃す暇など無いではないか…」