雑誌にたくさんレーサーが載っていても、その部品構成がほとんど似たり寄ったりなので、何台見ても変り映えがしない。

今は同じようなロードレーサーが並び、その1年落ち2年落ちのモデルを安売りするショップのSALE広告ばかりの、
『束ねた広告』のようになっている。昔の面影はない。

いろいろと考えるところがある。長年ウーゴは広告には必ずカンパの部品を付けた車両を出していました。
ところがこの広告は日本製が付いていた。
ホイールはピニンファリーナとありますが、数年前からピニンファリーナはインドの財閥マヒンドラの会社でしょう。
つまり、イタリアのフラグシップのレーサーを買っても、部品は日本製、台湾製が入って、ホイールはインドの財閥のものだということだ。
これがグローバリズム。


ようするに、ロードレーサー以外に選択肢がなくなって、そういうものをやりたくない人は自転車趣味に入ってこない。
そして趣味人口が減り、やっている人たちは非常に『偏心の人たちばかりになる』。
日本でもヨーロッパのツールやジロは一般の新聞やテレビでやらなくなったわけですが、それは、そういうものが
『一般の人たちの興味を引くものでなくなった』と言うことがあると思う。

荷物も積めない自転車でサドルから伸ばしたところへむりやり荷物を積み。
見ると多くの人が『着たきりスズメ』で着替えも持っていない。

悪いけれど、尊敬すべきスタイルがない。