【2次】漫画SS総合スレへようこそpart78【創作】

0001作者の都合により名無しです
垢版 |
2014/06/30(月) 23:40:51.77ID:Ksw3mKJQ0
元ネタはバキ・男塾・JOJOなどの熱い漢系漫画から
ドラえもんやドラゴンボールなど国民的有名漫画まで
「なんでもあり」です。

元々は「バキ死刑囚編」ネタから始まったこのスレですが、
現在は漫画ネタ全般を扱うSS総合スレになっています。
色々なキャラクターの話を、みんなで創り上げていきませんか?

◇◇◇新しいネタ・SS職人は随時募集中!!◇◇◇

SS職人さんは常時、大歓迎です。
普段想像しているものを、思う存分表現してください。

過去スレはまとめサイト、現在の作品は>>2以降テンプレで。

前スレ
http://nozomi.2ch.net/test/read.cgi/ymag/1402054089/
まとめサイト(バレ氏)
ttp://ss-master.saku@ra.ne.jp/baki/index.htm(ジャンプの際は@削除)
WIKIまとめ(ゴート氏)
ttp://www25.atwiki.jp/bakiss
0134永遠の扉
垢版 |
2018/02/18(日) 02:09:44.63ID:Qt+BacCS
 別の場所にて。



『アジトを少数で奇襲しよって考えは見事やけど、あいにくやったな! 最短ルートはウチが守っとんのやで!』

 無数の渦から吐き出される赤い筒(ミサイル)が幾つも幾つも地面で爆ぜる。爆光と土煙のステージを慌しく踊っているの
は……3つの影。
0135永遠の扉
垢版 |
2018/02/18(日) 02:10:57.94ID:Qt+BacCS
『はっはー! 運がなかったなお前らー! 迎撃でこそ真価を発揮するムーンライトインセクトの恐ろしさ! たっぷり見とき!』

(やられましたね。最初の数発は余裕で避けられましたが)
(段々数が、多く……!! 爆破のたび射出口である渦が増えてる……!)
(しかも幾ら探しても本体が見あたらねえッ……! 根来のような亜空間に潜むタイプか、或いは渦がワームホールになって
んのか、とにかく俺たちの武装錬金じゃとどかねえ場所に本体が潜んでいるのは確か! 敵が狙撃型なのは確か!)

 スラっとした燕尾服の端正な男。愛らしいが顔にケロイドのある少女。そして。

「がっ!」
0136永遠の扉
垢版 |
2018/02/18(日) 02:11:58.04ID:Qt+BacCS
 そばかすの目立つ青年は肩を押さえ……裂眥(れっし)の形相でわずかのあいだ渦を睨んだが、すぐさま皮肉な笑いを
取る。
「さっきテメェ名乗ってたよな〜。デッド=クラスターだったかァ? 月の幹部の割りにゃ大したことねえな? 爆竹程度の火
力しかねえじぇねえか。飛翔速度もロケット花火程度だしよ。いますぐ泣いて詫びて、アジトそのものを創ってやがるアルビ
ノのガキの身柄差し出すつうならよぉ、浅く犯してやるだけで済ますが?」
『なんやお前ウィル狙いか?』
 渦に瑕(きず)のある瞳が浮かんだ。『なるほど、だから少数で奇襲しにかかったちゅー訳か、坂口照星の安否ガン無視
なのおかしいとは思とったけど』と面白げに囁き、続ける。
『まーウチ的にはアイツはモノの奪い合いの末こっちの裸みよった腹立つ奴やけど、呉れてやる謂れはあらへんで。幹部
は10人でワンセット、やからなあ。欠けたら腹立つよって』
 何より! 筒が1つ、地面で爆ぜた。「犯す、つわれてビビって逸れたかァ?」、明後日の方向での爆発に下を向くそばか
すの青年の名はシズQ。未来から来た水星の幹部、ウィルの義兄であり、烈しい逆恨みを寄せている小者である。
 だから「明後日の方向への筒着弾」が致命的な布石であるとは気付けない。筒は、爆発と共にシズQへ致命的な打撃を
与える物品を、内部にギッシリ詰めていた。ちょうど手榴弾と鉄片の関係である。筒もまた、内部に、球体の細かな物体
を抱えていた。それが殺傷力の源であると書けば、いかなる球体が満載されていたか察しがつこう。
0137永遠の扉
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2018/02/18(日) 02:12:31.41ID:Qt+BacCS
 そう。

 BB弾……

 である。

 プラスチック製の細かなそれは、ただ爆発物に詰めるだけでは『どこに当たっても人体を損壊せしめる』威力までは獲得
しない。だがデッドの扱う筒は武装錬金、錬金術の超常の力である。
 特性が、塗り替える。BB弾の凶器としての価値を創出する。

筒の爆発で飛び散って、一部はシズQの鼻先や衣服をピッピッと掠め飛び去ったBB弾が100発近くあった。重要なのは、
掠めたという点だ。傷を与えられなかったが、掠めてしまえば、それでよかった。大事なのは正中線の国境を越えること
だった。挟撃には、包囲には、どうしても抜けるべきラインがある。シズQを掠め飛び去った100発近くのBB弾とはつまり
ハムとレタスを垂直に立てられたサンドイッチの、右側のパンだった。左側のパンは筒が爆ぜるだけで完成するが、右の
パンは正中線を越えねば、だった。
0138永遠の扉
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2018/02/18(日) 02:12:55.71ID:Qt+BacCS
 ぴゅうぴゅうぴゅうと機械的な、チェスの駒を置くような音がした。並の戦士なら聞くだけで死ぬマンドラゴラの喊声だった。

「シズQ!」
「逃げてーー!」

 連れ立っていた仲間達の叫びにシズQはただ顔色を失い立ち尽くすほかなかった。


 渦が彼を、取り巻いていた。300近くのシアン色の渦が、梅雨どきの陰鬱な空模様を攪拌しているようなトルネイドを渦
巻かせながら……それぞれ1個、合計300近くの筒を吐き出すのを見た青年は、(……やべえ)と汗をかいた。

『ははっ! 爆竹程度の威力でも300ありゃあ人は死ぬ! 覚えとき、ウチは薄利多売の主義なん「真・鶉隠れ」

 逆転は一瞬の出来事だった。空間を乱れ走る金色の忍者刀の剣風乱刃が、300ある渦の傍を浮遊している全てのBB
弾を破壊した瞬間、ぎらぎらと輝いていたワームホールが光をなくし、やがて消えた。射出途中だった赤い筒もまた渦と
共に……。

『……ち。やられた』

 シズQとその仲間の姿まで消えているのに気付いた筒の主──デッド──は悔しげに呻く。

『忍者刀。人間3人を現空間から別んとこ飛ばせる能力。つまり来とる。『アイツ』もまたこの決戦場に……!!』
0139永遠の扉
垢版 |
2018/02/18(日) 02:13:54.95ID:Qt+BacCS
「ぐ……、が…………!」

 飢えたるものに施しを与え右上がへこんだアンパンのヒーローを、人間で再現した戦士が血しぶきの中へぐしゃりと倒れた。
周りには7〜8名の死骸が散乱している。正確な人数が分からないのは、パーツごとに『分解』されているからだ。

「ホムンクルス撃破数5位だったか6位だったかのチームwだwけwれwどwwww 幼体にしか効かねえウィルスでもって
寄生と同時に癌化してくたばらせるようなww『ハメ』やってチマチマ撃破数稼いでるような奴らwwだからw ああ憂鬱ww
オイラの超絶火力にゃ手も足も出なかったwwww」
「ゆゆゆゆるして下さい! わた、わたしはチームじゃなくて、ただっ、この人たちとたまたま合流していただけで……!」
 桜餅色のショートボブの、13〜14ぐらいの少女がガタガタと歯の根を打ち鳴らしながら哀願する。
 その相手は……ハシビロコウ。ぬっとした、身長2mほどのネズミ色の怪鳥だ。名はディプレス、火星の幹部。
 彼は無表情なまんまる瞳で少女を覗き込むと、金属製の羽先で、ちょん、ちょんと、彼女の額を小突き、
「だーめwww だってお前……核鉄持ちだろwww」
0140永遠の扉
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2018/02/18(日) 02:15:16.00ID:Qt+BacCS
 図星らしく、少女はひいっと目を大きくした。大戦士長の救出部隊に選抜されるほどだ、持っていない訳がない。
「戦士どもが合流する前によぉww弱いとこから削ってけってイソゴばーさんに言われてるしww 何よりオイラさっさと兄弟
(貴信のこと)探しに行きたいからwwwポッと出の核鉄持ちなんぞww殺すしかwwwなーいwww」
 ここはシズQたちとは別の戦場。ハシビロコウはくろぐろとした影で酷薄な粧(めか)しをし、楽しげに、凄んだ。同時にボー
ルペンほどの長さの細い鳥が幾つも幾つも彼の傍で顕現した。
「分解能力スピリットレスww お前も見たwwろうがwwこれ当たるとww人間の頭とかww簡単に、爆wぜwるwww」
「い、いやあ! いやああああああああああああ!!!」
 泣き叫ぶ少女に死の鳥たちが迫り──…

「なっ」

 息を呑んだのはディプレスである。あと僅かで少女に着弾し、血味噌を作るはずだった神火飛鴉(しんかひあ)の武装錬金
スピリットレスがどういう訳か中空でカキリと停止している。術者たる火星の幹部がどれほど念じようが微動だにしないのだ
 何が起こったか点検していた彼は気付く。何が神火飛鴉を封じているのかを。

「氷……だと!? 馬鹿な! まだ9月だぞ!」

 だが氷は確かにあった。東南アジアの寸胴なる木の根の如き氷脈が神火飛鴉の一面に張り付いて、それが操作を妨げ
いる。

(なんで固定されてんだ!? 『人間以外の物体なら』、無条件で分解できるスピリットレスだぞ!? ただの凍結能力なら
氷ごと分解して自由になれる筈なのに……なんで動かねえ!? 7年前は軍靴野郎の『影を凍結』すら呆気なく凌いだのに!!)

「正確には、霰(あられ)なの」

 今しがた命が消えかけていた魔界のような雰囲気がウソのような爽やかな声に、ディプレスのみならず少女までもがギョっ
とする。

 少女から20mは離れている茂みがガサガサと揺れ……人影がぬっと出た。

 と少女が見た瞬間──…
0141永遠の扉
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2018/02/18(日) 02:15:40.00ID:Qt+BacCS
 視認できる一帯総てが『炸(はじ)けた』。真空製の波紋がそこかしこで鼓(こ)し、暴風が吹き荒れ、冷水に熱した鉄を突っ
込んだような音と、小さめの立方体した曇った氷を5行×2列で満載する製氷皿を捻ったようなやや不快な「ぎゅぎぃ」という
擦れが、何百セットも重なり合って彼方の山々へ轟き去った。

 わずかな硬直のあと、周囲に立ち込めていた不穏なうねりが一気に爆発し、爆発は氷の砕片となって、垂直に、緩やかに、
落ち始める。ほぼ菱形に鋭く尖っている氷たちの表面と来たら、磨き抜かれたガラス工芸のような深みのある濃いシアンで
つるつるとテカっており、で、あるがゆえに光の反射もまたひどく壮麗だった。先ほどまで命の瀬戸際にいた少女ですら思わず
「キレイ……」と見蕩れかけるほどだった。

「……野郎」

 カラスを模した分解能力の尖兵が氷に突き刺さったまま落ちていくのを見たディプレスの顔つきが瞋恚(しんい)に歪む。
1つや2つではないのだ。少女がパっと見ただけでも30近くの神火飛鴉が瓶(ドック)をブチ破った衝角船(ボトルシップ)の
ような有様で氷と共に落ちていく。丸ごと氷漬けにされたものすらあった。

 少女は、驚く。

(か、火星の幹部の武装錬金を悉く封じた……!? ホムンクルス撃破数5位だったか6位だったかのチーム相手には
メチャクチャ動きまくってた神火飛鴉なのに!? 厚さ50mmのラウンドシールドの武装錬金すら濡れたトイレットペーパー
のように呆気なく貫いた分解能力の権化なのに…………なんでこの氷たちソレ受けて無事で済んでるの!?)

「……分解自体はできている。だが分解する傍から空気中の水分凍らせてやがるな……!! それも一箇所だけじゃねえ!
集中力欠乏の俺の分かる限りでも最低40箇所近くの氷を、同時に! 操作してやがる……ッ!」
(そんな! 斗貴子先輩ですら同時に操作できる処刑鎌(デスサイズ)は4本までなのに、その10倍を一歩読み誤れば即死
必須の分解能力相手に平然と…………? しかも幹部の様子からすると何度も遭遇している相手でもない! 初見! 不意
の遭遇にあって幹部相手に互角以上なのは相当の練度! 誰!? どんな戦士が来たの!?)

 いつの間にか茂みを抜けて全身を露にしている謎の戦士は、少女、だった。
 純白の雲のようにモコモコしたロングヘアーに、台風の目のような、瞳孔に到るまで螺旋を描いている碧眼を持つ彼女は、
他にもイヤリングなどが『天気』に繋がる意匠であった。
0142永遠の扉
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2018/02/18(日) 02:15:58.31ID:Qt+BacCS
 極めつけは右手に持っている指棒である。気象予報士が朝夕のニュースでよく日本を指差すとき使っているそれだった。

「見事なの」

 少女が軽く失禁しかけるほどの怒気を放っているディプレスに、天気の化身めいた救援の戦士は、静かに、だがどこか
楽しさで舌を転がしているような調子で声を漏らした。

「見事なの。私、ディプレスちゃんを絶対零度で凍らせたあと粉々に砕こうと思って全力で吹雪仕掛けたの。でも塞がれた
のはビックリなの。たいていの共同体は一発で全滅できた私の吹雪凌げる幹部にむっむくむーの激おこなの、不快ー」
「茂みから声かけるとかつまらねえ囮カマしやがって! おかげでそっちに気ぃ取られてた俺は出し抜けに全方位からカマ
されたブリザードにあわや凍結しかけたぜ!! カウンターだとブチかました神火飛鴉すら雪中行軍で次から次に力尽き
やがる始末!」
 舐めやがってとさすった彼の脇腹は、ごく薄くだが凍っている。
「分解能力の神火飛鴉を俺の周囲に侍らせることで常時発動している自動防御すら僅かとはいえ突破しやがって……!」
 青筋が怪鳥の丸い頭部にミチミチと浮かんだ。
「ここまで頭に来る野郎は津村斗貴子以来だ!! 殺してやる! いまこの場でブチ殺してやる!!」
(なるほど。氷が舞い散る前あっちこっちでバジュバジュなってたのは無数の猛吹雪と分解能力の衝突による対消滅の音
だったと。……。全ッ然、見えなかったなー。一瞬でもの凄い攻防してたんだなあ2人とも)
 考える少女にふと意識をやったハシビロコウの目が一瞬で紅く染まった。
「そ、そうじゃねえか! てめー天気の野郎! トチ狂ってやがんのか?! 俺の傍にゃ戦士が、てめえの仲間だって居た
ろうが! なのにホムンクルス調整体の俺すらおっ死ぬ設定温度で攻撃かますとか、馬鹿なのか!?」
「問題ないの。こうするつもりだったの」
「へ!? あええ!?」
 少女の視界が一気に流れていく。20mほど離れている天気の戦士めがけ自分はいま、飛んでいる……そう認識した彼女
は(磁力!? 木星の幹部みたいな……?)と思ったが、(あ! いや、違う!!)、気付く。

 少女の肩に、手が、乗っていた。手というが、厳密にいうと、手首を曲げたときに浮かぶ管のような筋から先の部位しか
肩には乗っていなかった。(え、なんで、まさかディプレスの分解能力に……じゃない、あああ私さっきからちゃんと観察せ
ずに推測しすぎだよ!!)と現状を正しく把握する。
0143永遠の扉
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2018/02/18(日) 02:16:16.20ID:Qt+BacCS
 要するに、ロケットパンチだった。いよいよ10m以内の圏内に迫りつつある天気の戦士の右肘から先が雷に変化して
おり、雷はそのまま少女の肩に乗っている手に接続していた。

(火渡戦士長の火炎同化の……いわば天候版!? なるほど確かに雷の速度で拳を繰り出してたら、私が猛吹雪で凍る
より早くディプレスの傍から救い出せてた!! しなかったのはアイツの迎撃が凍結を相殺したから! てか相殺するだろ
うってあの一瞬で見極めて私の救出後回しにできる判断力も……スゴい!)

(だが馬鹿め! ひっかかりやがったな!!)

 天気の戦士と手首を接続する雷に10近くの神火飛鴉が直撃した。(やばい! これって!) 爆ぜる激しい光に少女は
愕然と目を見開く。
 果たして天気の戦士の腕は雷光の色彩を失い、どろどろと溶けていく。確認したディプレスは、喚く。

「いくら雷と同化していようがテメーの腕にゃかわりねえ!! これで片手はお陀仏! 俺のすぐ傍にいる戦士に注目させりゃ
あよぉ! そーいう救出のための手早い動きっての引き出せて、隙つけるって、思ってたんだよこっちは!」
「それ含め、問題ないの」

 今度こそ、火星の幹部は硬直した。背中でおぞましい陽の匂いが自動防御によって眩しい虹色のしぶきとなって散り行く
のを感じたのと、同時だった。

 背後から、緩やかな声がかかったのは。

「最初から、そっちに居た私は、蜃気楼、なの。このコ助けるため雷の腕のばしたら、神火飛鴉来るだろうって踏んでたから、
最初から、光の屈折で、蜃気楼を、見せてたの」
「鏡写しだったって訳か! 腕だけじゃなく……向こうへ飛んでくガキ女の姿まで! ありえねえ! どんな複雑怪奇な蜃気
楼だっつんだよフザけやがって!!」

 でも声は本物だったの、口と声帯を結ぶラインだけは蜃気楼に合わせて浮かべていたの……淡々と呟く天気の戦士に少女は

(ただ能力が強力なだけじゃない。読みもすげえなこの人……! いまディプレスの背後で散ったのは太陽光線を収束させ
た極太のビームだったし。種明かしして得意ぶるアイツの隙を突いたんだ。隙が突けるってことまで最初から読んでたんだ)

 と敬服することしきりである。

「だが蜃気楼側にやった神火飛鴉をそちらにやりさえすれば……!」
「無駄なの」

 幻の雷の腕を貫いたばかりの鳥たちが俄かに黒雲に包まれた。筋斗雲を墨染めしたような小さなそれらはピシャピシャと
稲光を迸らせている。包まれた神火飛鴉たちは、落ちた。バチバチと青白いスパークを迸らせながら死に掛けの魚のごとく
震えている。

「動かせ……ねえッ!」
「雷雲の中は電磁波が乱れ狂っているから電波の遠隔操作は届かない、なの。私の武装錬金の雷雲は私の精神感応波の
雷が乱舞してるから、他の人の念波で動く他の人の武装錬金は動かせない、の」

(どんだけ強いのこの人!? 反則もいいとこだよ!?)

「あと、ディプレスちゃんに殺された戦士たちの核鉄、回収したの」
(いつの間に!? あああ、私が絶望していた魔人のような奴相手に、さらっとそういう気まで回るとか、すげえっす)
「あの野郎は詰めが甘いの。私と遭遇した時点でさっさと核鉄、根城に持って帰ってれば、まずまずの勝利で緒戦を飾れた
のに、私の強さも見抜けずケンカ売ったばかりに大損かましてるの。ぷーくすくす、これだから男は馬鹿、なの」
 拳を顎に当てて無表情気味に嘲笑する天気の人に、少女は(見た目ファンシーだからちょっと不思議ちゃんだなあ)と
思った。
0144永遠の扉
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2018/02/18(日) 02:16:36.95ID:Qt+BacCS
「てめえ!!」

 コケにつぐコケに激昂したディプレスは振り返り──…

「悪いけど、合流が先なの。合流するまで静かにしてて欲しいの」

 立ち尽くすほか、なかった。

 なぜならば山の斜面でもなんでもない平地で、上空から、高さ30mほどの雪崩が死の冷灰を撒き散らしながら迫ってきて
いたからだ。

「元は大気中の水分でも武装錬金特性で無理やり結合した以上、錬金術の産物と変わりないの。ホムンクルスが直撃受けた
ら死んじゃうの。生きたかったら、よけるなり防ぐなり、すべきなの」
(ざけやがって! だが……!)
 地面に落ちていた氷が幾つか、割れた。割れて、封じられていた神火飛鴉が浮き上がる。
 ピクっ。同時に少女戦士の耳が動く。
「気をつけて下さい! いま神火飛鴉が幾つか氷を砕きアイツの手元へ……! あの幹部粘着質だから、きっと来ます、飛
んできます! 錐のごとく前方に集中した自動防御で雪崩を突破し追ってきます! それだと多少被弾もしますが、追ってこ
ないと油断してた私たちを恐怖に突き落とし惨殺できるならそれでいいって割り切る薄暗い執念深さをあの幹部、持ってま
すから!」
(ん・の・や・ろォォォ!! さっきまで俺にさんざビビってた女の分際で言いたい放題しやがってぇえええ!!)
 図星だからこそディプレスの顔面は、ビキビキと、歪む。歪むからこそ、言われたような手で雪崩へ突っ込む。
「ほー。思わぬ助言、いただきました、なの」
 天気の人はポンと手を打ち、
「じゃあとりまF3×6で足止め、なの」
 と指差し棒を一振りした瞬間、火星の幹部の周囲に現れたのは──…
0145永遠の扉
垢版 |
2018/02/18(日) 02:17:24.23ID:Qt+BacCS
 天を衝かんばかりの竜巻が、6つ。瞬く間に羽撃(はばた)きを暴風に巻き込まれた火星の幹部は

(クソったれめ! これじゃ雪崩を突っ切るどころじゃねえ! つうかまず竜巻を分解しねえと全身の骨が……ヤワな翼が
ゴキボキにヘシ折られちまう!!)
(鳥系の敵の追撃を防ぐのに竜巻って……ほんと的確だなあ天気の人)

「さらば、なの」

 再び雷と同化した天気の戦士は、ジグザグの軌道で少女を胸に抱えて飛び去った。

「わああ!! わたっ、私は雷になれないんですか! 生身でこの速度はちょっとー!」
「ガマンするの。頭分解されて脳みそあぼーんするの考えたら、マシなの」
0146永遠の扉
垢版 |
2018/02/18(日) 02:17:46.18ID:Qt+BacCS
 ややあって。空で。


「あ、あのー。助けていただいたので、お名前だけでも……。お礼いいたいし……」
「ドラちゃんなの。ドラちゃんの名は、気象(きあがた)サップドーラー、なの」
「え! ホムンクルス撃破数3位の! めっちゃ有名人じゃないですか! あー、カッコからしてもしかしてと思ってたけど
やっぱり気象兵器(HAARP)の使い手……! 強いのも納得ですよ、戦部さんと師範さんに次ぐ3位なんだから!」

 というか火星の幹部相手に余裕一方だったし、ドラちゃんさん1人で他の幹部もどうにかなったりするんじゃ……と調子
よく笑いかける少女に、ドラちゃんは顔をしかめた。

「それは、ムリ、なの。激甚災害級の気象すら操れるドラちゃんが十文字槍1本の戦部さんよりランク2つ下なコトには、そ
れなりの理由が、弱点が、あるの」

「火星の幹部との戦い、長引いていたら、殺されていたのはドラちゃんだったの。だからこそ一気に強力な攻撃つぎつぎに
叩き込んで……退散する隙、作ったの」
0147永遠の扉
垢版 |
2018/02/18(日) 02:18:19.19ID:Qt+BacCS
(ひょっとしてこの人……短期決戦型…………?)



 元の戦場で。

 薙ぎ倒された木々が生々しい雪原の一角が、弾け飛んだ。そこから飛び出したディプレスは、手近な倒木の上に飛び移り
足を休める。

「ww いきなり火渡級の相手とかち当たるとかww でもww あの天気の戦士だってきっと万能無敵じゃねえ筈wwww
だってそうだろww アイツが無敵だっつーなら戦団はヴィクター1人にあれほどの疲弊は強いられなかったwwwwwww
言い換えりゃ、だww 天気野郎の実力がタイマンでヴィクターを倒せるレベルであったなら、奴の動員だけで夏の再殺騒
ぎは決着がつきww 戦団は他の戦士を温存できたwww」

 つまり奴にも──酸素の薄い場所では命が危うい火渡のような──致命的な弱点があり、で、あるがゆえにヴィクターに
迫る実力の持ち主には楽勝といかない……。
0148永遠の扉
垢版 |
2018/02/18(日) 02:18:39.83ID:Qt+BacCS
 といったディプレスの分析は、結局のところ負け惜しみであろう。
 さきほどの一戦で勝てなかった憤りを、相手の、人間ならば誰でも持っている欠点を指摘することで晴らそうとしている
のだ。


 空。

「うわあああん、うわあああん、男、男と遭遇して戦ったの、怖かったの、ドラちゃんは怖かったのぉ!!」
(だ、男性恐怖症……? 弱点ってソレ!?)
「別に弱点じゃないの。ガチ勝利して、ぷーくすくすしたら、晴れるの。ドラちゃんの欠陥は、能力に、あるの」

 ところで合流地点の様子わかるの? ドラちゃんの問いに少女戦士は首を振る。

「誰か着いたって連絡はないですね。みんな幹部に襲われていて連絡どころじゃないのかも」
「斗貴子さんも? 斗貴子さんも来てるか分からないの?」
「はい。……。アレ? 斗貴子先輩とお知り合いだったんですか?」
 んーん。ドラちゃんは雲のようにふわふわした髪を振る。
「知り合いだったのはお姉ちゃん、なの。斗貴子さんは『あの島』でお姉ちゃんが死んだとき一番近くに居たから、一度会っ
てお話したいの。お姉ちゃんが死んじゃうまで、どんな生き方をしていたか、聞きたいの。記録を読むんじゃなく、お姉ちゃん
と生きていた人の話で、聞きたいの」
0149永遠の扉
垢版 |
2018/02/18(日) 02:18:57.41ID:Qt+BacCS
「……ドラちゃんさんのお姉さんも戦士…………だったんですか?」
「戦士じゃないの。一般人なの。お父さんとお母さんの離婚のあと、都会から島に行って、学校でホムンクルスに襲われた
の。噴火に見せかけた土石流で埋められちゃったの。それが7年前なの」
「『7年前』? ……まさか」
 風切り音が、強くなった。ドラちゃんはマイペースに告げる。
「でもお姉ちゃんはお母さん方の姓だから、きっと斗貴子さん、お父さんの名字名乗ってる私がお姉ちゃんの妹だって気付
かないかもなの。でもお姉ちゃんの話は聞きたいの。両親が離婚してからお姉ちゃんが死ぬまでの2年間、結局一度も
会えなかったから、せめて最後の時期の話は…………聞きたいの」
「あの、踏み込んだ話になっちゃうかもですけど」。少女戦士は手を上げた。
「もしかして……ドラちゃんさんのお姉さんが亡くなられた島って……

『赤銅島』

ですか……?」
 うん。天気の少女は頷いた。

「お姉ちゃんの名前は、東里アヤカなの」
0150永遠の扉
垢版 |
2018/02/18(日) 02:19:14.75ID:Qt+BacCS
 再び、元の戦場。


「しつこく追撃してやりゃあ奴の弱点も暴けるかもだがww どうせ向こうも予測してるだろうからなあソレwwww さっきから
遠くにチラチラ火渡の火球も見えてるしwww 最悪天気野郎は火渡んとこに逃げ込む恐れがあるwww タッグ組まれたら
www最悪www オイラが真価を発揮する『デッドとの連携』を動員しても勝率はwww50%ってとこになるwww」

 遠ざかっていくサップドーラーをディプレスは、追わない。

(そww こちとら小者だからよぉwww ああいう攻撃力の高い野郎を無理して斃す必要はねえのよww ああいうのはイソゴ
ばーさんの搦め手か、クライマックスの『切り札』に任すに限るwww 俺は補助だの支援だのに特化している戦士どもが
合流地点にたどり着く前に、ジワジワとwww 各個撃破していきゃいいww 他の部隊と協力してこそ本領を発揮できる
連中がwww恋焦がれる他の部隊と合流する前にwwwツブして回んのがオイラ本来の役目だってww イソゴばーさんも
言ってたしww)

 敵組織に緊密なる連携を獲得させぬのは戦闘の前準備としては、正しい。但しその正しさが後世の好感を得られる類の
ものであるかどうかは、また別の問題であろう。

「オイラの本命はあくまで兄弟(貴信のこと)ww クライマックスはオイラんとこ飛ばそうとしたがしくじってあらぬ方向にやっ
ちまったらしい、からなwww 子猫ちゃんともども、今どこで何してんのかねえww」
0151永遠の扉
垢版 |
2018/02/18(日) 02:19:58.13ID:Qt+BacCS
 またまた別の場所。



「どどどどこまで逃げればいいのさご主人!!」
『とにかく火球の上がってる場所! そこなら火渡戦士長と合流できる!!』

 つったって! 怯え気味な表情で後ろを振り返ったネコ耳少女は「ひいいえええ」と大口の輪郭を波打たせ、大きく手を
振り速度を上げる。とっくにトップギアだった速度はいよいよ音速の壁に抵触し始めている。タンクトップに浮く形のいい
膨らみがたぷたぷ揺れるがそういう色香を自認できぬネコは、怯えた表情で振り返り振り返り鋭く叫ぶ。

「ここっ、これ! あのおっかない奴にどーにかできんの!? たおしちゃダメつったのご主人じゃん! でもあのおっかない
奴んとこ”これ”連れてったら、絶対みんな「ぎゃー」されるんじゃ……!?」
『大丈夫! 頼るのは毒島氏だ!』

 茂みを抜けると谷があった。アニメなどでよくある、底が黒々と見えるほどに深いものではなく、せいぜい深さ6mほどの
小規模なものである。「うぅ、ビミョーに高くて怖い……」。崖っぷちで足をブレーキし立ち止まったネコ少女──香美──は
ぶるぶると顔をしかめたが、『一気に飛ぶしかない! 捕まったら仲間入りだぞ……!』と震える飼い主──貴信──の声
と、それに遅れて響き渡った背後からの巨大な呻き声に「ああもう!」と右掌の四角い穴からビャっとせり出させた鎖分銅を
対岸の大振りな枝に絡ませ地面を蹴る。飛びあがった瞬間、寸前まで背中のあった空間を、暗い赤紫色した長い爪が切り
裂いた。
0152永遠の扉
垢版 |
2018/02/18(日) 02:20:17.65ID:Qt+BacCS
(ひいいえええ、怖い怖い怖い怖い)

 ターザン状態でなんとか対岸につま先を乗せる香美はもうガチガチと歯を鳴らしている。
 後方でガケの崩れる音がした。重たいものが落ちる音も……。

『とにかく走るんだ香美!! 火球に向かってけば合流できる!!』
「う、うん!!」

 再び走り出した香美。ひときわ音圧を増した背後からの呻き声に、軽くちらりと横目を這わす。

 崖を上ってきたのは…………、人々、だった。
 それぞれ、これといって特徴のない風貌を、これまた量販店で売っていそうな衣服で包んでいる彼らは年齢も性別もバラ
バラだ。4歳ぐらいの男のコも入れば、妙にがっしりした禿頭の老人もいる。逆手に握った包丁を頭より高い地点で苛立た
しげにぶん回しながら金切り声を上げているのは40代前半ぐらいのエプロン姿の主婦。
 いよいよ四つん這いで涎まきちらしつつ疾駆し始めているのは清純そうな顔立ちの女子高生。
 そのほか、サラリーマン風の男性や野良着姿のおばあさんといった面々が、口々に恐ろしげな呻きを上げながら香美め
がけ走り出している。

 みな、全身の皮膚が灰色だった。双眸も白濁し、二の腕や脛といったあちこちの部位が生々しく赤剥けている。
 貴信は叫ぶ。
0153永遠の扉
垢版 |
2018/02/18(日) 02:20:36.77ID:Qt+BacCS
『な、なんど見てもゾンビ……にしか!!』
「……。なんかさっき、似たようなことなかったっけご主人」
『さっきというか7年前だ! ミッドナイトの屍部下! 死んだ筈の『もりもりさんの昔の同輩』たちが蘇って僕たちを襲撃し
たことは確かにあったが……』
「ミッちゃんのこと……あたしさ、今でも悲しいじゃん」
『……僕もだ。だが二度と会えない人のコトを考えられる余裕はない! このゾンビめいた人たちはなんなんだ! 屍部下
でもなければ冥王星の幹部の自動人形とも明らかに別種というか──…

見た目一般人ってことは……近くの村の、新月村の人たち……だよな!!? 幹部の誰かの武装錬金で……操られてい
るのか!!?』


                          P M S C S
「『社員』だ。乃公(だいこう)が武装錬金、民間軍人会社『リルカズフューネラル』と契約した生体兵器の厄介な点は!」

『差し向けられているのが『人間』ってところだ!』

 どこかでごちる土星の幹部に呼応するよう、貴信は『敵兵そのものが人質なんだ、反撃、できない!』と声を張り上げる。
0154永遠の扉
垢版 |
2018/02/18(日) 02:20:54.30ID:Qt+BacCS
「ににっ、にんげんだったら、どーしてやり返せないのさご主人!!」
 僕たちがホムンクルスだからだ! 飼い主は答える。
『いまゾンビじみて送られて来ている村の人たちの肉体強度は人間のそれなんだ! 高出力(ハイパワー)な僕たちが迂闊
に攻撃したら……命を奪うことになる!!」
「かげんできないのご主人! ご主人”てく”持ってんだから、おっかけられなくなる程度にてかげんして攻撃とかは」
『3体ぐらいまでならそれも出来た! だがああも多いと、1人を攻撃している間に、他の村人たちから攻撃される恐れがある!』
「むこうニンゲンなんだから、ホムンクルスのあたしたちにダメージ与えられないんじゃないの!?」
『確かにそうだが、『特定の1体に手加減しようとしている時』に攻撃食らうのはヤバイ! 単純に言うと手元が狂う! 他の
村人の横槍のせいで手元が狂って、”操られているだけの人”を殺めてしまうのは……したくない!』

 ゾンビ村人たちとの遭遇直後、一度は反撃しかけた貴信であったが、木の枝で出血し、木の枝の傷さえすぐには癒えない
村人らの様子から”人間が操られているだけ”と判断、火渡たちとの合流を優先した。

『思い出してきた! そーいえばここに来る直前やった演劇! あのとき、何らかの手段で生徒達に武装錬金を発動させた
幹部が居た! 核鉄を持っていない生徒達に武装錬金を発動させた彼は肉体を変質させる『ウィルス』のような能力を
持っているって話だった』
「てかご主人、よーわからんけどソイツってほら、あの蝶のおばけと戦った奴なんじゃないの!?」
『……っ! 確かにな! パピヨン氏から話を聞いたヴィクトリア嬢の報告によれば確か……『細菌型』の土星の幹部! リ
ヴォルハインだったか! つまりそいつだ! いま僕たちに手勢を差し向けている幹部は!』



「栴檀2人を攻撃するのはディプレスからの言いつけに背くよう思えるが、たかが末端の社員たち相手に力尽きるというな
らそれだけの連中、救いをもたらす糧にはならんだろう。そも『社員』は、クライマックスの自動人形と同じ群体型の能力。
不意の遭遇戦ならば10体前後ならば、攻撃しても構わない……というより、混沌とした戦場で群体型の能力を、1体の
敵だけ避けて使うのは不可能という実戦上の制約をして……ディプレスから引き出しているのである! 攻撃の、許可を!)
0155永遠の扉
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2018/02/18(日) 02:21:16.05ID:Qt+BacCS
 貴信は考える。


(ウィルス感染者が相手なら、毒島氏の抗菌ガスで対処できる! 敵をぞろぞろ引き連れていくのは迷惑だって分かって
いるけど、ただ撒くだけじゃ村人たち、他の戦士に殺されかねない! 人間だって気付かれなかったら、ホムンクルスだっ
て勘違いされたら……。だから毒島氏のところに連れて行くしか……!)


 駆け出す。だが追っ手は目に見えて増えていく。

「あたしらで何とかできないの!?」
「……試してはみる!」

 後ろに突き出された掌の四角い穴──ホムンクルスの捕食孔──に光が収束し……

「星の光よ! 瑕疵に抗え!!」

 エクトプラズムのように不定形な、ライトグリーンの靄が射出された。それは討手たちの間をぬらぁっとすり抜け、最後尾の
大学生風の若い男に着弾した。

(!! おー、体なおすあったかい奴! 相手とっちめる攻撃じゃないのよコレ!)

 種々様々なエネルギーを捕食孔から撃ち出せる貴信は回復魔法めいたことも出来るのだ。

(僕はかつてこれで早坂秋水氏を癒したコトがある! 彼は当時、L・X・Eの幹部、逆向凱の切り札のせいで肺腑全体に微
細な金属の粒子が突き刺さり……呼吸を要諦とする剣士として、本調子ではなかったが……僕の星の光はそれを癒した!!)

 であればウィルスも排出できるのではないか……という推測のもと治療を施された大学生風の若い男は。

 みるみると肌に本来の人間めいた色を戻していく。
0156永遠の扉
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2018/02/18(日) 02:22:13.11ID:Qt+BacCS
「治せる!?」
(だとしても、これだけ居る村人たち全員を治すとなると莫大なエネルギーが要る……!! 効くとしても、どう調達する!? 
そもそも相手がウィルスである以上、懸念すべき事項が……!)

 え、なんだこの状況と周囲を見渡していた若い男だが、俄かに首に手を当て……苦鳴と共にゾンビ状態へ戻っていく。

「こらー!! なんで戻るのさーー!!」

 振り返りながら両目を不等号にしてプンスカ手を上げる香美。

(やっぱり増殖、か! 排出される傍から体内に残留したウィルスが爆発的に増えているんだ。厳密にいえば空気中から感染
し直している可能性もあるけど……僕たちがゾンビ化していない以上、残留の増殖……だろうな!!)

 と考えた貴信はふと気付く。

(待て。なんで空気感染じゃない? ウィルス兵器なんだぞ? だったらそれで作ったゾンビ村人で僕たちを追っかけるの、
まどろっこしくないか? だってそうだろ? 人をゾンビにして操れるウィルスを持っているなら、新月村といわずここら一帯
に撒けばいい。そしたら僕たち音楽隊も戦士たちも、一網打尽で手下に出来る。いやそもそも、病死で全滅させて……
勝つってことさえできるのに……)

 なんでゾンビ村人たちによる追跡という隔靴掻痒を演じている……? 貴信は訝しんだ。

(もしかして感染と使役は別立て……なのか? 土星の幹部の体は細菌の群体という。つまり感染で何らかの病気を発症
させることは、パピヨン氏を降した能力は、例えばネコ型の香美の『素早さ』とか『耳のよさ』といったホムンクルス固有の
能力で、だから武装錬金特性は別な部分にある……? ゾンビ化したとしか見えない村人たちの使役は、武装錬金によっ
て行われている……?)

 だとすれば。貴信は気付く。

(僕たちをゾンビ化して手下にしてない理由だけは説明がつく。武装錬金特性で使役するというなら、特性を振るうために
何らかの条件を満たす必要がある。似たような特性を持つノイズィハーメルンが、音波の届く範囲の人たちしか操れない
ように、土星の幹部の謎めいた武装錬金もまた、一定条件下でしか人を操れない……?)

 光明に繋がるような思惑だが、人見知りで気弱な貴信はむしろ危惧する。

(マズイな。土星の幹部の体じたいは、細菌じたいは、既にこの辺り一帯に浮遊しているとかなった場合、僕も香美も、ヤ
バいんじゃないか……? 気付かずに条件を満たしたら、ゾンビ化して、レティクルに寝返るってことも……。僕たちだけ
じゃない。他の戦士たちも……)
0157永遠の扉
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2018/02/18(日) 02:22:35.19ID:Qt+BacCS
「それは成さん」

 貴族服を纏った2m超のすらりとした男はどこかで囁く。

「乃公が求める救済はただ戦士どもを殺せば成せる類のものではないのだ! 連綿と続く錬金術の、根源的な災禍を!
構造的な欠陥を! 病巣を! 取り除くためには激しい争闘こそ必要なのだ! 戦団も音楽隊もレティクルもその気にな
ればバンデミックで掃滅できるが、乃公1人が勝者になるだけでは不足なのだ! これより先の果て無き無窮の未来、永
劫に! もうこれ以上錬金術によって誰も泣かずに済むように、果たすべき『大義』が乃公にはある! それが果たせるな
ら戦士が何人死のうと構わないが、死なせる以上は必ず叶える、叶えなくては、ならないのだ!」

 彼は10年前戦士だったが、戦団上層部の意図的な不手際によって妻を失ったのを契機に戦団を出奔している。


 が、そういった背景を知らぬ貴信にとって土星の幹部・リヴォルハインは広域殲滅型の恐るべき細菌兵器でしかない。

(毒島氏の抗菌ガスでも対処できるかどうか怪しくなってきたな……! 根来氏の『彼または彼のDNAを含有する物以外は
亜空間からはじき出される』シークレットトレイルにも助力を願いたいが……彼はイオイソゴを斃すため敢えて抜け忍となり
姿を消している…………! 演劇の時とまったく同じ対処はできない……!)

 火球との、火渡との、間隔は、ひた走ったせいかだいぶ狭くなっている。

(っ! 空! いま香美の正面の枝々の大きな切れ目から飛んでいく大きな鳥が見えたが……あれは鐶副長か? だと
すれば……彼女の性格上、独断で動くコトはないから…………火渡戦士長の命令か!)

 あちらで有った、あちらの戦略構想を貴信はだいたい把握した。

(つまりここからは火球が移動し始める! だったらいま火渡戦士長がいる地点Aに向かうのは得策じゃない! 向こうが
動き出すんだからな……! 向かうべきは……地点Aと、戦士達の合流地点Bを結ぶ線分ABを縦断できるルート! それ
なら逆に火渡戦士長たちを先回りできるかも知れない。運がよければ、合流地点から彼らの掩護に向かう途中の戦士達
と合流も……なんだけど)

「ご主人……!!」
『っっ!!!』

 悲痛きわまる香美の叫びに、貴信の思考も真白になる。

 行く手にも、ひしめいていた。村人のゾンビが、ひしめいていた。

(どうする!? 強行突破するか!? だがどの村人も歯や爪が異様に鋭くなっている。迂闊に接触すれば、噛み付かれ
たり、引っかかれたりしたら、僕や香美までなるんじゃないのか、ゾンビに……!?)
0158永遠の扉
垢版 |
2018/02/18(日) 02:22:56.28ID:Qt+BacCS
 何より、マズいのは。

(村人たちの数が増えすぎた……! 後ろの人たちだけなら毒島氏の抗菌ガスか、それが効かなかったとしても睡眠ガス
で無力化できろうけど、前の方と合わせたらほぼ40人でだいたい倍。建物内での決戦ならともかく、山あいの開けた場所
で40人を一気に無力化せしめるんだろうか、エアリアルオペレーターは……)

 考える間にも前方の敵たちは一斉に踊りかかってくる。


「きたじゃん!!」

 とりあえず最小出力の流星群で彼らの足元を威嚇射撃しつつ離脱の目を探る……と動きかけた貴信の眼前で。
0159永遠の扉
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2018/02/18(日) 02:23:15.52ID:Qt+BacCS
 だだだっと言う軽快な音と共に村人たちが次々に倒れていく。

(なっ!)

 崩れ去った人の壁の向こうには武装した兵たちが居た。7〜8人という所であろうか。うち1人は硝煙たなびく銃を構えて
いた。

『ま! 待ってくれ! 彼らは──…』
「人間だろ?」

 銃の男が引き金を引く。銃口と視線があった香美はビクっと体を強張らせたが

「わ…………が……」

 と傍で倒れ行くゾンビ村人を見ると「あ、なんだ、助けてくれたんだ」と安堵した。

「って! 撃っちゃダメでしょーがあんた! ニンゲンだってわかってんならぎゃーすんの、だめでしょーが!!」
「象も眠る麻酔弾さ」

 灰色のコンバットスーツに身を包んだ若い男だった。ブラウンの髪を短く切りそろえた、いかにも精悍そうな顔つきでスコー
プを覗き込みつつ、アサルトライフルを右に、左にと機械的に動かすと、貴信の背後で村人たちがバタバタと倒れた。

(ア、アサルトライフルって麻酔弾撃てたっけ……? いやむしろそれが特性? 弾丸を切り替えられる、的な)

 唖然とする貴信に黄色い声がかかる。

「ほら奏定(かなさだ)! 迷ってたからこそ救える命があったでしょチョーチョーあったでしょ!!」
「隊長、それ結果論だよね。迷ったからこそ合流し損ねて救えなかった命だってあるかもだよね……」

 金髪をサイドポニーにしたコンバットスーツの少女の傍で、同じ格好に、ドラマの若手刑事が着る様なコートを羽織った20代
後半ぐらいの男性が、げんなりとした顔つきで応諾した。

(全員お揃いのコンバットスーツ……。1つの部隊か。戦士だよね、雰囲気的に)

 少女とコートの男の掛け合いを宥めたりニヤニヤと眺めたりする他の面々を見渡した貴信はそう結論付ける。
 視線に気付いた1人が、口を開いた。
0160永遠の扉
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2018/02/18(日) 02:23:37.84ID:Qt+BacCS
「ああすまない。紹介が遅れてしまったね。私は星超(ほしごえ)奏定。天辺星(てっぺんぼし)部隊の副隊長。所属は戦団、
味方だよ」
「あー! 隊長のワタシ差し置いて自己紹介とかチョーチョー信じられないし!! ワタシは天辺星ふくら! 隊長でエラい
んだから天辺星さまってチョーチョー呼ぶこと! いいわね!!」
 ビシィって指さしてから薄い胸を張る天辺星さまに貴信は(まーた濃い人がきたなあ。戦団ってこういう人ばっかかなあ)と
たじろいだ。
「むー! ちょーちょー分かってない感じぃ! だったらワタシの剣の恐るべき特性で思い知らせてやるんだから!!」
 奏定が「いや、そんなことより合流。火渡戦士長の火球目指してた感じだよこの子たち、邪魔したらダメだよ」と止めるのも
聞かずに天辺星さまは鞘から剣を抜きつれた。

(え……!?)

 貴信が硬直する中、「なに! あんたやるっての!!」と香美は牙を剥いた。

『待て! 落ち着け! 戦うなっていうか、お前、見覚えないのか……!?』
「何にさ! あの片しっぽと逢ったの今が初めてでしょ!!」
『じゃなくて剣の方!! あれ……『リウシン』なんじゃ……!!?』
「りうしんってなにさ!?」
「アレ? なんでアイツ、ワタシの剣の名前知ってるの……?」
 天辺星さまも不思議に思い、動きを止めたとき、それは来た

【このあたくしの陰陽双剣の名前を忘れるとは、ほんっと相変わらずロクでもない貍奴不来(いえねこ)ですわね貴方】

 涼やかな、高貴さと傲慢に満ちた声は……剣から、発されていた。

「ちょ、え、この声、え!! なんでさ!!? なんでミッちゃんが!!?」
「というか私の方がビックリなんだけど……。なんで君たち、勢号君の末っ子と知り合いなの……?」
 奏定が目を軽く見開く中、てか隊長の剣喋れたの!? 隊員たちもどよめいた。

【久しぶりですわね。栴檀貴信。栴檀香美。ふふっ、あれから随分強くなったようで何よりですわ】

『生きてる!? そんな! 貴方は7年前のあのとき、確かに……!』

                                            リウシン
【ええまあ、身罷ったのですけど……ちょっと事情がありましてね、魂だけ中国剣に乗って……今は、今は……】

「ちょっとあなた! なんでご主人であるワタシ以外と話してるのよ!! チョーチョー失礼!! 信じられない!」

 天辺星さまにブンブンと振られる剣は、ぴちゃりと雫を滲ませた。

【寄りにもよってこんな、こ・ん・な・か・た・の! 武装錬金になってしまってるのですわー!】

 た、大変そうだね貴方も……。貴信の顔が引き攣った。


「というか、マグロが止まるほどに関係性が分からない」

 アサルトライフルの青年が呟くと、貴信、「実は、僕たちと、彼女は……」
0161永遠の扉
垢版 |
2018/02/18(日) 02:24:08.13ID:Qt+BacCS
 事情説明は、走りながら行われた。


「なるほど。つまり7年前、当時まだ土星の幹部だったミッドナイト君は恋人の仇を討つため君たちの前に現れたと」
『そう! で、僕たちのリーダーとの勝負がついたあと、当時かなりヤバい企みをしてたとある人物を止めるため一時的に
共闘したんだけど……その結果、色々な事情で』
【あたくしは肉体を失いましたの】
「そのあたりのことワタシ前からチョーチョー言ってるでしょ! 土星の幹部だったこいつにその3年前から取り込まれてて、
ワタシ本来の武装錬金、死体袋(アサルトシュラウド)の再誕能力が、屍部下だっけ? それ産むのに使われてたって、何度
も!」
「で、ミッドナイト君が死んだ時、取り込まれていた天辺星さまが死体袋の能力で復活して再誕。けどそのとき、2人の武装
錬金が入れ替わってしまったと」
【恐らく混線したのでしょうね。天辺星の『再誕』っていう能力はあたくしの言霊……頤使者(ゴーレム)の核とも一致する能
力でしたから、そこまでの3年にも及ぶ同居ですっかり癒着していて】
『消滅時の混乱、緊急避難的な再誕のごたごたで、自分を再誕させようとしていた死体袋が、自分と癒着していたミッドナイ
トの言霊を、自分そのものだと誤認識し、そちらの再誕を優先した結果……』
「ワタシの武装錬金が中国剣にチョーチョーなった!」
【ですから正確には陰陽双剣だと言っているでしょ! ああもう嫌ですわなんべん言ってもこの方覚えて下さらないの!!】
 ミッちゃん相変わらず苦労してんじゃん。にへにへ笑う香美が剣にジャレつく。
【だあもうおやめなさい栴檀香美! ミッちゃんとも呼ばない!! あたくし音楽隊用の名前だって用意したでしょ!】
『ごめん。香美こんなんだから忘れてるんだ!! でも貴方が居ると心強い!! 鳩尾も喜ぶ!!』
 あなたとああいう別離をしてしまったこと、ずっとずっと気に病んでいたからな! と叫ぶ貴信に、剣の映す桃色ツインテー
ルの少女は複雑な表情を浮かべた。
【……断っておきますけどあたくしが全力の総角と互角以上だったのは、500年近く鍛えぬいた肉体があったからでしてよ?
リウシンの重力角操作じたいは健在ですけど、それを使うのが……この方、ですし】
 ぽやーと口を開けて走っている天辺星さまに『あ、ああ……』と貴信は呻いた。
『貴方の強さって、武術と武装錬金特性と、経験からくる勝負勘の、複合的なもの、だったな!!』
【そうですのよ! だから鍛えてもないアホな天辺星さまの使う重力角ときたら、あたくしのリウシンときたら】
 部隊中、最弱クラスの戦果しか出せてませんの……。剣はまた、泣いた。正確にいうと剣に映るミッドナイトの幻影が、泣
いた。
「天辺星さま……。いまからでも遅くないから、彼女のためにも鍛えた方がいいんじゃないかな…………」
「うー! なんで奏定、剣の方の肩持つの! ワタっ、ワタシだって、戦士のサバイバル訓練を突破してるし! フルマラソン
だって完走できるぐらい鍛えてるし! 空手も剣道も柔道も合気道も三段でしょいま! チョーチョー頑張ってるんだから、
ちょ、ちょっと、ぐらい褒めてくれたっていいじゃない……。なのに、なのに……なんで剣なんか……褒めるのよーー!?
「だから、義弟の恋人の……血縁者だからね、ミッドナイト君」
(むーっ! ワタシはコイビトじゃないのー!! でも告白とかチョーチョー恥ずかしいもん! 結婚してからじゃないと告白
とかチョーチョー耐えられないもん!)
 あー、そういう感情が……と表情を固める貴信に「片想いだよ隊長の。副隊長奥手だからなあ」「満更でもないんだが手ぇ
出せないだぜ副隊長、ヘタレめ」と隊員たちが囁いた。
0162永遠の扉
垢版 |
2018/02/18(日) 02:24:25.56ID:Qt+BacCS
「っと。ミーアキャットの如く並んで待ってるぜ敵さんたち」

 行く手にまたゾロゾロとゾンビ兵士が現れたのを見た天辺星さまは威勢よく彼らを指差し、命ずる。

「さっきみたくまた撃ちまくりなさいよ『コードネーム:アサルト!!』」
「おいおいマンボウのタマゴの如く無限じゃないんですぜ弾丸は」
(武装錬金といえどパピヨン氏のニアデスハピネスのような有限性がある、か)
「むー! 隊長に逆らって! だったらなんでさっきチョーチョーばかすか撃ちまくったの意味わかんない!!」
 奏定は、残業帰りのサラリーマンのような疲れきった表情で嘆息した。
「天辺星さま……。あれで割り出した敵軍全体の平均的なスペックが拘束可能なものであれば『棺』で進軍するっていうの
が……この部隊伝統の手法なんだけどね……。私なんども説明してるんだけどね……」
「ってことで、コードネーム:白田いくちゃんの出番っ!!」

 ゆっけー! 貴信の傍を踊り抜けた10代前半ぐらいのピッグテールの小柄な少女が右手を振ると、左手に抱えられてい
た緑色のぬいぐるみの黒い口からサイコロ大のブロックが無数に吐き出された。

(なんだ? 銃撃……じゃないよな?)

 貴信が不思議がる間にサイコロたちはゾンビ村人の足元にそれぞれ突き刺さり──…

 一辺20cmほどの土色した立方体を地面から巻き上げた。(!?)。香美が驚く間にもブロックたちは地面から次から次
に涌いて宙を舞う。宙を舞いながらも、1人1人の村人を取り囲むよう、地面や、他のブロックの上に、レンガ塀づくりの早回
しのような要領で規則正しく詰みあがり……。

 1分も立たぬ間にあたりは高さ2mほどの土の棺の林と化した。

「かんっりょー♪ パッとみ土っぽいけど超圧縮してるからね、ちょっとやそっとじゃ出れないよー」

 横ピースして笑う和風魔法少女風の少女に、貴信は

(白田いく。城大工の武装錬金って訳か……。他5人の隊員の能力もコレぐらい強力……なのか?)

 思いながら、走る。定期的に膨れ上がる火球まで直線距離であと400m。




 そして、レティクルエレメンツの盟主:メルスティーン=ブレイドの急襲を受けた戦部と、円山と、犬飼は。
0164作者の都合により名無しです
垢版 |
2018/02/23(金) 20:20:38.90ID:QkidUq7x
0165作者の都合により名無しです
垢版 |
2018/03/04(日) 19:39:50.40ID:uqlxPOiQ
>>スターダストさん
いずれ劣らぬメイン格がこれだけ揃ってると壮観ですねえ。今回はやはり、性格的にも実力的にも
屈指の恐ろしさであるディプ相手に飄々とほぼ勝ち切った、ドラちゃんさんが印象的。武装錬金
そのものの性能も高い上、使い手の応用力次第でいろんなことができそうで。今後の活躍に期待。
0166永遠の扉
垢版 |
2018/03/11(日) 23:23:38.80ID:7MFCqHCA
第102話 「最善手」

 最善手。考えられうるなか最高の一手。

 大戦士長救出作戦開始直前、突如として敵対組織首魁の襲撃を受けた円山円が驚愕に口角泡を吹きながらも咄嗟に描
いた最善手は

『犬飼倫太郎のみを離脱、自分は戦部と共に足止め』

 であった。
 必ずしも、誤りではない。錬金術史研究家はこれよりさき数百人と現れ、坂口照星救出に端を発す一連の大決戦の各戦況
にさまざまな正誤を下していくが、少なくてもこの時の円山の判断については『戦士長クラスだった』と見解を一にする。つま
りはそれほどの、戦術・戦略双方に対する『最善手』だった。

(犬飼は)

 戦闘において決定打に成り得ない……とする円山の判断力は残酷だが正鵠を射たものだ。今夏犬飼が、まだ怪物になり
きってすら居ないヴィクターV武藤カズキとその同行者に敗れたことは記憶に新しい。対していま現れ急襲の途上にある
メルスティーン=ブレイドは、カズキが結局単身では降せなかったヴィクターの発するエナジードレインの中、12時間連続
で戦っては離脱を繰り返した身長57mの機械人形と、10年前、巨大化なしの刀一本で互角に渡り合った挙句、中層ビル
一棟分の質量有する片腕を平然と斬り飛ばしたいわば魔人。犬飼が加勢してどうにかなる相手でないことは明白すぎるほ
ど明白だ。

 士気の問題も、ある。犬飼に課せられた使命はもともと

『坂口照星の捕まっている場所の捕捉ならびに本隊到着までの監視』

 に過ぎず、戦闘に関しては戦団は求めず、犬飼も──口先でこそ虚勢を張っては居たが──期するところは薄かった。
 しかもかれは戦団の本隊が到着しだい、安全な後方へと下げられ、あとは監禁場所特定の叙勲を座して待てばいいだ
けの立場にあった。

 さまざまな安堵を確約された兵は、弱い。

 川をもう半ばまで渉(わた)ってしまった兵はもう、追撃に対し振り返る気力さえないのだ。渉りきれば逃げられるという心
理が働きあとはもう逃げの一手である。そんな者と連携合従して戦ってみよ、いざというとき恐慌で以て足を引かれる可能
性こそ高いではないか。

 だからこそ、犬飼の卑屈な精神をもよく知る円山は、決めた。

『犬飼倫太郎を離脱させる』。

 戦略的にも申し分ない割り振りである。『先遣隊の一員・円山』という極めてミクロな戦術の一単位からすれば敵組織首
魁に急襲されたのは圧倒的不利だが、戦団というマクロな戦略単位からすれば絶好のチャンスでもあった。

(火渡戦士長と彼に匹敵する戦力をここに呼び集中させればメルスティーンを斃せる……!)

(緒戦からレティクルに大打撃を……!!)

 本隊への伝令に犬飼は全く最適だ。安全圏に逃げたがる心境にあった彼を安全圏めがけ放てば、命惜しさで凄まじい
速度を発揮するであろう。走って逃げるのではない。疾駆する軍用犬(ミリタリードッグ)の武装錬金、キラーレイビーズに
しがみついて離脱するのだ。競輪選手は自転車で自動車を抜き去るというが、犬飼、生死の鉄火場でまさか劣りもしない
だろう。
 円山は冗談抜きでその速さに命を賭けた。犬飼が本隊へ駆ける間も、報告する間も、来援が急行する間も、円山はメル
スティーンと戦わなくてはならないのだ。戦部と言う、現役戦士中最多のホムンクルス撃破数を誇る記録保持者(レコード
ホルダー)を相方に据える豪勢を得てもなお、不安は、色濃い。

(何しろレティクルの盟主の大刀の特性は『特性破壊』!! 10年前一度は戦団に破れ収監されたお蔭で私なんかでも
知り得ているこの事実……あのコ(斗貴子)に破られた胃を再び痛ませるには充分……!)
0167永遠の扉
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2018/03/11(日) 23:24:01.45ID:7MFCqHCA
 戦部の十文字槍・激戦の特性は『高速自動修復』! 例えば創造主が黒色火薬の蝶の群れに跡形もなく吹き飛ばされた
としてもたちどころに完全再生させる反則スレスレの武装錬金!
 だが対するメルスティーンの『ワダチ』は斬りつけた武装錬金の特性を破壊する魔の大刀! もしそれが激戦に接触した
場合……どうなる!!?

 円山円は、考える。

1.槍本体のダメージをも修復する激戦だから破壊された特性もを直し原状復帰。

2.再生しない。『高速自動修復』の特性が壊される以上、修復活動が行われる道理なし。

3.精神がより勝る創造主の武装錬金特性が優先。

(1なら来援までの時間は余裕で稼げる。3でかつ序盤こっちが不利だとしても、10年前の駆け出しのころ既に火星の幹部
相手に段々と食らいつけるようなっていた尻上がりな戦部の闘争本能なら盛り返せる。……。けど、問題は……!)

 2。

(激戦の特性が完全に破壊されるなら私と戦部の時間稼ぎはかなり辛いものになる……!)

 かといって円山に『逃げる』という選択肢はない。勇猛さや使命感ゆえではない。単に『足が遅い』からだ。

(私の武装錬金は風任せの風船爆弾……軍用犬ほどの速度は見込めない。走って離脱? 生身でバスターバロンと渡り
合った剣士相手に? 少なくても初手からそれをやれば絶対、背後から……!)

 キラーレイビーズは2頭1対の武装錬金だから、片方に分乗するという選択肢も円山は一瞬描いたが(犬飼ちゃんの護衛
用に片方は残しておくべき! 他の幹部と遭遇した場合のために!)と考え直す。

(てな訳で私は足止めで残らざるを得ないのだけれど……)

 緩やかに迫ってくる大刀の剣士の纏う、禍々しい陽炎に見た目女性の麗人は一筋の汗を頬に垂らす。

(相当危険ていうか死んじゃうかも……。い、いえ! それでも戦部の、現役戦士中もっとも多くのホムンクルスを斃してき
た記録保持者(レコードホルダー)のサポートが得られるんだから生存のメは上がる筈……! 戦部は酔狂だけど根来ほ
ど非情でもないから、私と犬飼ちゃんの護衛を仰せつかっている以上、こっちを見捨てたりはしない……! むしろそうい
うハンデすら楽しむタイプ!)

「アヒ アヒ」

 円山の腰板の辺りから緩やかに浮き上がっていく無数の風船は総て白黒左右のツートンカラー。両目が縁取られている
せいでゾンビ化したアヒル口のパンダにも見える。それが「アヒアヒ」と奇声を上げながら膨れていく。

(このバブルケイジも牽制程度にはなる筈!)

 長い思考であるが実時間では刹那の瞬間すら過ぎていない。突如として現れたメルスティーンにただならぬ衝撃を受けた
円山が、ネガが反転したようなスローモーな世界を見つめながら考えた、走馬灯のような圧縮思案である。

(そして)

 メルスティーンは踏み込んでくる。円山は、身構えた。

(犬飼ちゃんの離脱が戦団全体の最善手である以上、彼は盟主に狙われる! 武装錬金が犬で、私たちの中で一番足が
速いから! まず伝令を潰し! 孤立した私と戦部を各個撃破するというのが……最善手、でしょうね! メルスティーンの)

 果たして隻腕の剣士の巨大な刀は……振り下ろされた。

 円山に、向かって。

(え…………!?)
0168永遠の扉
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2018/03/11(日) 23:24:30.36ID:7MFCqHCA
 雪崩れ込んでくる鈍色の剛刃を、秀麗なる男性はただただ唖然と眺めた。

(な、なんで私を…………!? 初手で潰すメリットなんて──…)

「ふ」

 メルスティーン=ブレイドは嗤う。軟らかな長い金髪を持つ、優しげな30代前後の男性は、細めた眼差しを甜睡が如く
彩って、しかし限りない悪意を纏い嗤笑(ししょう)する。

「ふ。あるのさ」

 言葉を発するまえ短く笑うのがこいつの癖なのだろうかと、冷たく凍る円山の意識が考えたのは一種の現実逃避であろう。

 死をもたらしつつある隻腕の剣士は、目で笑う。

(ふ。なにしろ君らの中で唯一ぼくを完全抹殺しうるのは円山円、君、だからねえ。バブルケイジ……だったかな? 触れ
るだけで身長を15cmも吹き飛ばす武装錬金……。なかなか脅威じゃないか。平均的な一般男性なら12〜3発当たるだ
けで必ず……死ぬ。ぼくはリヴォみたく2mも身長ないからねえ、危険視して当然さ)

 その、2mはあろうかという刀に、肉厚い刀身に、危慄すべき紫雲の闘気がもやもやと収束していく。だけなら、円山も看過
できた。だが重大なのは、刀が紫雲を帯びつつも既に、円山の頭上50cmほどの間合いで、薪でも割るような気軽さで彼の
正中線を狙っている点であった。

(どこかしこにある風船の射出装置! ぼくならそれを敵に密着させ13連射して殺(こわ)す! ふ、思わぬタイミングでそれ
をやられたら少しばかりヤバいんでね、だからまずは円山さ! 初手で円山さえ壊せば後はどうとでもなる!!)
(あ、有り得ない! 私を斃す間に犬飼ちゃんが逃げ出したら……メルスティーンの索敵範囲の外へと脱出したら…………
来るのよ次から次に! 戦団の最高戦力の数々が! 貴方を押し包んで殲滅しに……!!)

 盟主である以上、そういう戦略的な絶対不利が見抜けぬ訳がないと混乱する円山に、メルスティーンは頬を歪める。

(ぼくはね、別に構わないんだよ。犬飼など逃げればいい。増援もまた来ればいい幾らでも。ふ、10年前戦団に負けたぼく
だから? ま、物量で責められたらいずれは壊されるだろうが……

『だからなに』?

ぼくはただ破壊(こわ)したり破壊(こわ)されたりを演じたいだけ、なのさ…………!!)

 円山の描く犬飼離脱は確かに最善手だった。正道に沿ったものだった。

 誤算があるとすれば……2つ。

 1つ。円山が即死能力に特化しうるバブルケイジを婉曲な拷問器具程度の認識で修めていたこと。

 2つ。メルスティーンがむしろ嬉々として戦団の増援を望んでいたこと。

 結果円山は、彼自身の潜在的な危険性を彼以上に評価したメルスティーンの『最善手』に晒される。

 すなわち。

「『飛天無限斬』!!

 声と共に放たれた電瞬を避ける術など円山は……持ち得なかった。耳奥から背筋に走る精髄がただ赤々と硬直し、
心臓が縮んだ。迫る刃。身じろぎ1つできない円山のした、両断された肉塊が大地に遺される未来視は──…

 大量の出血を添え、現実の物と、なった。

 全身を通り抜ける凄まじい衝撃に一拍遅れてやってきた、視界の、テレビカメラを蹴転がしたような動顛(どうてん)ぶり
の中、円山は確かに両断された体を……見た。
0169永遠の扉
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2018/03/11(日) 23:24:50.99ID:7MFCqHCA
 左右に分かれた、戦部厳至を。

(────────────────────────────!!?)

 この少し前からの彼の動きこそ正に奮迅というべきであった。酔狂ゆえにメルスティーンの歪な最善手を察知するやすぐ
呼応していた彼はまず──…

 すぐ傍らで棒立ちになっていた円山を肩の側面で弾き飛ばしワダチの射程距離外へ追放! 
 同時にメルスティーン必殺の銀閃が正中線を濡れ光らす中、犬飼の方を見やり視線で何事かを指図! 
 これだけでも既に常人には真似できぬ行動だが、真に恐るべき行動は巨躯が股の付け根までバッサリと割られた直後にきた。

「えっ!」

 円山の胸倉が戦部の左腕に掴まれた。真っ二つに斬られたばかりの半身が、断面から、トマトとチーズの和合液のような
不気味なねばっこい線をとろォりと残る半身と引き合っているさなかにおいて、頸を切られたてのニワトリの痙攣走りのような
おぞましさで円山の胸倉に左手を伸ばし、そして掴んだのだ。

「ななっなにを……!!」

 むんずと無造作に円山を投げ飛ばす間にも、投げ飛ばされた方が余りの勢いに地面と水平に落ち葉巻き上げつつ推進し
始める間にも、戦部の独立した右半身は動いている。十文字槍の中央の穂先をメルスティーンのみぞおちに突き立て──…

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 飛んだ。片足の力みだけで戦部はメルスティーンごと……高さ30cmほどの空間をX軸方向に20mほど…………滑翔した。

(えええええ!!!? かかッ片足で、えええ!!?)

 半分だけの体が隻腕の剣士を槍で縫い止め跳躍するさまは妖怪絵巻のような地獄変、蒼褪めた犬飼があわあわと口を
動かしたのもむべなるかな。

 やや遅れて同じ方角に飛ぶ円山が見た、落ち葉を巻き上げながら戦部(右)に向かっていく戦部(左)は高速自動修復のため
引かれたものであるらしい。十文字槍のある方へ合流するのは特性上、自然だろう。

 戦部(右)とメルスティーンの背後で大木の幹がどんどんと大きくなり──…

 激しい激突音に輪唱するよう無数の梢がさらさら揺れた。

「ほう」

 腹部にふかぶかと槍を刺され、女物の服に赤黒いシミを滲ませるメルスティーンの静かな表情は、背骨を砕いて貫通した
切先が古い巨木の幹に楔となって打ち込まれた後でもなお、変わらない。

(戦部がメルスティーンを縫い付けた以上! 私にしろって言ってることは!!)

 中空で円山はベルトに手をかける。戦部(左)に投げ飛ばされた勢いは凄まじく、いまだ収まらない。

(…………)

 犬飼の判断力は、やっと現実に追いつき始めた。

 そして完全に両断が治癒した戦部は…………両手で朱色の鞘を持ち……力を込める。
 メルスティーンの切先はようやく落ちきったばかりである。長大な刀ゆえ大技の後は隙ができる。

(そこを……狙う!!)
0170永遠の扉
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2018/03/11(日) 23:25:08.39ID:7MFCqHCA
 風船爆弾(フローティングマイン)の武装錬金・バブルケイジの主だったパーツは白黒半々の顔持つ風船! だがそれは
本体ではない! 本体というべき風船の産生装置はベルト状! 風船の生まれいずるバックルは普段! 臀部やや上、
腰骨のあたりにつけている!

 だが!!

(私がターゲットにされた以上、ここで決めないと……殺される!!! 犬飼ちゃんが救援呼ぼうが、呼ぶまいが、必ず!!)

 バックルはいま円山の右手にあった!! 投げ飛ばされた余勢は終盤だがメルスティーンは既に間近!

(これを彼に密着させ……連射!! やったコトない使い方だけどそうでもしなきゃ斃せない相手よ!!)

 狙うはメルスティーンの右腕側。

(彼は隻腕、右腕が……ない! さっきの一撃見る限りスゴイ剣士のようだけど、剣が握れない方向からなら少しはバブル
ケイジも当てやすくなる筈!! もっともそれも戦部に縫いとめられている間だけ、だけど……!!)
「ふ。最善手だが……忘れてもらっちゃ困るねえ」
 ふっと戦部の頬が緩んだのは、メルスティーンの体が十文字槍を押し返し始めたからだ。木と密着していた筈の体がみる
みると隙間を広げていく。盟主が動けるようになったが最後、戦部のスローイングによって有無もなく懐に飛び込みすぎて
いる円山など、切り紙の如く裂かれるだろう。
(っ! しまった! そういえば彼はホムンクルス調整体! それもDrバタフライの作ったような劣化コピーじゃなく…………
100年前ヴィクターの離反のころ猛威を振るった高出力(ハイパワー)を超える高出力(ハイパワー)の持ち主……!)
「ふ。『ぼくの体がどうあれ』、マッシブな戦部に競り勝つ理由は破壊への執念ただh「キラーレイビーズ!!!」
 2頭の軍用犬が十文字槍の左右それぞれに特攻した。
「ほう」
 押し返され再び縫いとめられたのを意外そうに、だが楽しそうに目を丸め認識する盟主は見る。戦部の肩越しに来た影を。
「さっきのアイコンタクト。要するに押さえ込めばいい訳だ。バブルケイジが当たるまで」
「そういうコトさ」
 野太い笑みを浮かべる戦部に、やや卑屈な笑みで犬飼が応じたのも一瞬、彼は犬笛を吹き直す。両目に青い閃光を一瞬
灯したレイビーズたちは唸りながらメルスティーンを再び大木へ縫い止めていく。
 猛烈な、そう、嗅覚探知専門に過ぎないキラーレイビーズが発する、純然調整体をも凌駕する不可思議な力は……しかし
おかしい。円山もまた訝しみかけたが……気付く!!
(……っ! この力、安全装置なしの基本状態(デフォルト)……!? 細かい操作など一切不能で犬笛の所持者以外かみ
殺す筈なのに……どうして指示通……まさか戦闘前の戦部とのやり取りの影響……?)
 戸惑うのはしかし誰よりも……犬飼。
(……おかしい。リミッター解除しているとはいえ、高出力を超える高出力の調整体が、盟主が……僕なんかの武装錬金に
……押される? こいつの力はなんていうか……ホムンクルスじゃなく……人間の…………ような)
 だが彼は100年前すでに存在していた。見た目も20代後半……、しかも十文字槍が胸部を貫通してなお平然だ。人外と
定義づけるほか犬飼に術はない。
(そこも気になるけど! 今は!!!)

 円山のバックルがメルスティーンの右肩に、当たった。

「膨らます傍から! 当てる!!!」

 射出装置から出た風船がすぐ、メルスティーンに当たって弾けた。およそ180cm前後の長身は……確かに縮む!」

「見事! だが!!」

 やっと先の飛天無限斬の硬直を脱した大刀がほとんど土塊を爆発させるような勢いで地面を擦り……摺り上がる。
 攻撃対象に変更は、ない。
 裂膚の激甚たる鋭い刃先とまたも狙われた円山が催すのは『長い階段の一番上で前に向かって転びかける』身の毛の弥
立(よだ)ち、滑稽なほど状況に不釣合いな凡々とした感興を走馬灯が映して仕方ない。
 刀は、迫る。僚友の加勢はもう見込めない。犬も槍も盟主の押さえに回っているのだ。
0171永遠の扉
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2018/03/11(日) 23:25:54.47ID:7MFCqHCA
(避ける!? それとも風船で防御!? いえ刀より盟主の方が私に近い!! だったら…………だったら!!)

「膨らます傍からあああああああああ! 当・て・続・け・るゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウ!!!」

 ほとんど狂ったような表情で舌さえまろびだし絶叫する円山が選択したのは回避ではなく……連射。風船爆弾の、連射。
 決定的な破裂音の輪唱が轟く。みるみる小さくなる盟主に確実なヒットを確認し確信し撃ち続ける円山だが

(ばっ! それで怯んで斬撃をやめる盟主じゃないんだぞ!!)

 犬飼の唖然を肯定するようにメルスティーンは笑う。
 振りぬかれた大刀の奏でる死の颶風は確かに円山の正中線を……捉えた。

 決定的な静寂が、訪れた。あらゆる生気を失った中性的な麗人の短髪が風のはためきを失いダラリと垂れた。



 後世の歴史家は、いう。この緒戦最初で行われた自己犠牲的な連射こそ最善手、だったと。

『津村斗貴子に当たったバブルケイジはバルキリースカートをも縮ませた』

『ならば盟主が縮めば縮んだ分だけ縮む』

『彼が手にしている、武器形状ゆえに手にせざるを得ないワダチが、大刀が』

『縮むのさ』

 戦部の放擲に起始する円山の滑空は盟主にバックルをブチ当てた時点で緩衝され停止(とま)っている。
 緩やかに沈降を始める円山円のしなかやな体のほんの5mmほど先を白刃が通り過ぎ……破裂音と共に消滅した。

 生暖かい剣風1つ浴びるだけで済んだ無傷の円山が、なのにほとんど死人のような土気色になったのは無理なき話。

(ギ、ギリギリだった……! もっと縮むと思っていたのに、元が長いから、長いから……! ワダチがもう7mm長ければ)

 かすっただけの箇所がボコっと膨らみ、下から上めがけ赤黒く腫れていく。メルスティーンの斬撃、並みの衝撃では、ない。

(もう7mm長ければ……ほんのわずか掠め斬っていただけでも…………破壊衝撃がダムダム弾で…………死んでいた
…………!!)

 気象(きあがた)サップドーラーと合流する少し前の少女戦士が聞いた、風船爆弾の破裂を示す紙鉄砲のような音は、30
を超えていたという。1発あたり15cmを吹き飛ばすバブルケイジだから、身長およそ180cmの盟主に総て当たっていたと
すれば消滅は免れない。

 そう、普通ならば。

 当たってさえいたのであれば──…

 絶対に。


 大木に縫いとめられていた盟主の姿は、確かに、忽然と、消えていた。
 先ほどまで彼を縫いとめていた戦部の十文字槍は今、女物の服だけを古びた巨木のひび割れた表皮に磔刑している。
 根元にわだかまっているのはいかにも手触りがなめらかそうなスカート。


 遠方の虚空。

(まさか勝ち逃げをやらかしたのか…………?)
0172永遠の扉
垢版 |
2018/03/11(日) 23:26:21.57ID:7MFCqHCA
 漆黒の空間に浮かぶスクリーンで戦況を見た水星の幹部・ウィル=フォートレスは水銀色のうなじをビッシリ濡らしていた。
 アルビノの、少年だった。雪のような肌を持ち、やや神経質だが少女めいてもいる愛らしい顔立ちの中で燃えるような緋色
の唇を震わせている。

(マズい。メルスティーンはただ死ぬだけじゃ滅ばない。魂が閾識下のエネルギーの海に隠れ潜むだけだ……! 正体は
いま以って不明だが『そういう能力』を秘めている!! ぼくはそれを何度も見たし、苦しめられた!)

 この時系列は幾度となく繰り返された歴史の1つである。ウィルにとっては関与改変しうる最後の周(チャンス)。

(『インフィニティホープ』で数え切れないほど過去に飛びやり直し続けた目的はただ1つ! メルスティーンの完全消滅!
ただ死なせるだけでは奴の魂は武装錬金の根源たる閾識下の闘争本能(うなばら)に潜伏し……ボクが恋人を、勢号を、
蘇らせんとするたび妨害する……! マレフィックアース……総ての武装錬金を超常の攻撃力で底上げできる最強の魔人
と引き裂かれたボクに、復活させるための歴史改竄で新たな戦いを、破壊を、起こさせようと……する!!)

 愛しき少女と再会したいが一心で、通算2万年に届くループを続けてきたウィルであるが、小札零をホムンクルスにした
瞬間、改竄能力は失われた。『とある幼体』に隠されていた能力が小札のホムンクルス化と共に発動し、ウィルの要塞を
……破壊。過去への時間跳躍を不能とした。

(メルスティーンを完全消滅しうるのは覚醒した早坂秋水の『エネルギー吸収と放出』……なんだけど、マズい……。彼と
ブツかる前に、円山相手で死なれるのは……マズい! だがメルスティーンにすればそれこそが最善手……! ボクの
企みに乗らず緒戦で華々しく散りさえすれば、『勝ち逃げ』、今からの決戦など知らぬ存ぜぬでやり過ごし…………ボクの
最後の希望である早坂秋水が死んだ200年以上先の遥かな未来で勢号を再び殺すのを……待てばいいだけ……だから!)

 彼の力量であれば円山相手の即死も回避できると知り抜いているウィルであるが、破綻者が時に自滅的な打ち筋を選ぶ
のも知っているから顔色は桜づかない。

(どっちだ……!? 奴はまだ生きている……? それとも本当に、死んだ…………!?)


 戦場。

「アヒ アヒ」

 弾け損ねた幾つかの風船が漂って、鳴いている。衝突の勢い余って尻餅をついた麗人が、1人。

(ウ…………ソ…………)

 バブルケイジの炸裂の果て盟主が消滅したという事実に、円山は、一瞬だが……混乱。

(斃した?            本当に?                            私が功労賞
             私が盟主を……? やった            ジャイアントキリング
                               ありえない               勝ったわね戦団
   確認       意外に無敵ねバブルケイジ           消滅して服だけ   確定
       勝ったと思った瞬間が           呆気ないけど10年前とっくに負けてる奴 当然
   この戦いもうすぐ終わるからエステの予約        安心したときこそマズい  ギリギリを制したから 勝ち
                           確認
 私なんかが斃せる訳……                  特性さえハマれば勝つのが武装錬金……

                       確認                                              ) 


 歓喜と疑念が席巻する脳髄に真当な思考力を取り戻させたのは胃痛であった。
 神経性のものにも近いが古傷の色合いも濃い。先日、故あっての裂傷がようやく癒合したばかりの胃が警鐘を打ち鳴らす。
0173永遠の扉
垢版 |
2018/03/11(日) 23:28:21.83ID:7MFCqHCA
(あの子みたく……津村斗貴子みたく半端に身長が残っていたということだけは絶対ない! あの時があるからこそ今回は
端数分の身長で飛んでこられるのを警戒して監視した! 一発一発確実に当たるのを、しっかりと! 目視した!! 盟主
は槍に縫いとめられたまま縮んだ! 私は監視を怠らなかった! 彼が小さくなったせいで拘束から逃れていたならすぐに
気付いたし、最後2〜3cmになった盟主にさえバブルケイジは確かに当たった! 仕留めた……ようにしか、見えなかった
…………!)

 並みの幹部が斯様な顛末を迎えたのなら円山は油断できた。だがメルスティーン=ブレイドは盟主。

(共同体における最強はほとんどの場合……盟主! それともL・X・Eでいうヴィクターのような存在を隠しているとでもいう
のレティクルエレメンツは……? 今のが盟主のクローンだって可能性も…………!)
0174永遠の扉
垢版 |
2018/03/11(日) 23:28:39.29ID:7MFCqHCA
 戦闘開始前犬飼が「クローンが得意だっていうし、本物な訳が」と叫んだのを思い出す円山であったが、複製にしては
圧倒的すぎた威圧感がイエスをなかなか告げさせない。

(或いは他の幹部が密かに……助けた…………?)

「アヒ アヒ」

 風船はなおも鳴く。バックルで製造途中の者でさえ早めの産声を……あげている。

 遅疑に硬直する円山だが(固まってても仕方ないでしょ他の幹部が来ているかも知れないなら尚更)と己を鼓舞し立ち上がる。
どのみち盟主の生死などは戦団とレティクルが完全決着した後でなければ分からぬものなのだ。

(いま私が取るべき最善手は……死角への風船配置! メルスティーンがさっきまで居た位置は戦部が監視しているから……
私が注意すべきは死角!)
0175永遠の扉
垢版 |
2018/03/11(日) 23:28:57.17ID:7MFCqHCA
 盟主生存や幹部来訪が現実のものである場合、彼らの最尤は普通なにであろう。死角からの急襲ではないか。根来を
朋輩に持つ円山ならではの、亜空間をも織り込んだ四次元的発想の防備の始点はバックル、風船の製造装置である。

「アヒ アヒ」

 バックルに視線を移しゆく円山を聞きなれた声が撫でる。垂れた白目の風船が催促しているのを想像しながら方針を、
まとめる。

(ここから大量の風船を放出!! さすがにシルバースキンみたいな防御壁にはならないけど、機雷のごとく敵の接近を
知らせるぐらい──…)

「ふ」

 円山の視線はバックルの中の黒目と絡まった。
0176永遠の扉
垢版 |
2018/03/11(日) 23:29:13.45ID:7MFCqHCA
(え…………?)

(バブルケイジに、黒目…………?)

 鼻梁と眼窩の浮いた一個の風船が捩れながら円山の顔面めがけ極限まで伸びきったのと、その顔面が十文字槍に貫か
れ血しぶきを上げたのはほぼ同時であった。

「は……はい?」

 遅参する恐怖に血色を失くす円山の眼前で、戦部の野太い腕がしゅっと唸るや風船は射出装置から切除され吹き飛んだ。
巨人のコンドーム・サイズにまで伸びきった元は一個の風船爆弾が槍の傷口から空気を噴射したのだ。大気と踊る残骸を
喜悦の戦部、鋭く見据える。

「やはり斃れてはいなかったようだな……メルスティーン」
「ふ、ご名答」
0177永遠の扉
垢版 |
2018/03/11(日) 23:29:34.27ID:7MFCqHCA
 ぐるぐると螺旋軌道で同じ場所を巡りつつ小さくなっていく風船爆弾の声は確かにメルスティーンのそれであった。だが果たせる
かな、長身隻腕の肉体は少しも見えぬ。

「ど……どういうコトだよ戦部! まさか盟主の奴……身長を吹き飛ばされる直前咄嗟に、根来のような特性で風船の中へ
……逃げ込んだ!!?」
「根来? ふ、違うね。我が『特性合一』真の恐怖は…………ここからさ!!」
(解除!! 盟主がどう潜んでいるか分からないけど私さえ武装解除すれば炙りだせ「遅いよ」

 風船が弾け飛んだ瞬間、万物の循環が氷結した! 槍を突き出し踏み込みかけた戦部も、軍用犬を風船から離すべく
犬笛に口をつけた犬飼も、手元のバックルを幾何学的なパーツへ解体し始めていた円山も……そしてこの当時そろそろ
各幹部の襲撃を受け始めていた無数の戦士たちも……その総ての動きを静虚の時空に委ねた。

「ふ。究極の破壊、それは」
0178永遠の扉
垢版 |
2018/03/11(日) 23:29:54.77ID:7MFCqHCA
 破裂した風船の風圧が円山たちの居る一帯を駆け抜けた。風で髪がそよぐ中、手元で像を結んだ核鉄と、先ほどまで
コンドーム様の風船があった場所に佇むメルスティーンを見比べた円山は己が最善手に間違いがなかったと確信し、安堵
の息を深くつく。

「何かするつもりだったようだけど、解除のお蔭で阻止できたようね」

 胸板から弾けた血が頬にこびりつき、ネトっとした筋を垂らした。円山円は悲鳴すら上げることなく、安堵の笑みのまま
凄まじい音を立てて前方へ転がった。

 風船が弾け、万理の循環が渋滞した瞬間、飛び交う颶風は変貌した。白く輝く風の円弧が銀光りする肉厚の大刀となって
円山円を切り刻んだのを目撃出来た者はメルスティーン=ブレイド以外だれもいなかった。

「円山……?」
0179永遠の扉
垢版 |
2018/03/11(日) 23:30:19.55ID:7MFCqHCA
 犬飼は訳もわからぬといった様子で僚友を見ていたが、ほぼ死微笑の面頬の下に真紅の瀦(みずたまり)が絶望的な
速度で広がっていくのを認めた瞬間、森全体へ木霊する同口同音の電撃的な迸りは彼を円山に駆け寄らせる原動力と
相成った。

「メ! メルスティーンお前!! いったい何を……!!!」

 座り込んで円山を抱え、彼の核鉄を傷に当てる犬飼の咆哮に答えたのは戦部であった。

「今しがた奴が言った通りだろうさ。『特性合一』。バブルケイジに身長を吹き飛ばされた瞬間、その特性そのものと化した
のさコイツは」
「特性そのもの!? どういうコトだよそれ!!?」
「ふ。究極の破壊、それは合一。ぼくは10年前の敗北で悟った。『並みの抵抗では壊される』。ならどうすればいいか? 
簡単さ。ぼくはぼくを壊す特性そのものになってしまえばいいと。陽明学の死地の脱し方さ。万物の観念が幻想と考え、
天地と人間に差がないと認識し、己が全身を総ての循環が抵抗なく通過していくと考えれば、たとえ形而上においてぼく
の五体が千切り裂かれたとしても……破壊者の五爪にこびりつく破片のぼくからぼくは再生できるのさ」
「なっ…………」
 犬飼という卑屈げな青年の顔が歪んだのも無理はない。常人には計り知れぬ観念だ。
「まあ深く考えるな。要するにこいつは……2m足らずのこいつは、4m分の身長を確かに吹き飛ばされたにも関わらず、
再生し、反撃したということだ」
「そ、それぐらいお前の激戦にだって」
「どうだろうな。俺はバブルケイジで消滅したコトがないから分からん。ダメージであれば高速自動修復する激戦だが、身長
の吹き飛ばしは果たしてダメージと認識されるか、どうか」
 つまりワダチの修復能力は激戦以上……? 唖然とする犬飼に荒武者めいた記録保持者は太く笑う。
「メルスティーンの面白いところは再生ではなく反撃にある。合一を解除する際コイツは、自分が受けたダメージを斬撃に換
算して……返した。だから円山が倒れたのさ」
「っ! それじゃまるで例の鳩尾の敵対特性──…」
「あれより始末が悪いさ」。陣羽織姿の大男は肩を揺すった。「敵の武装錬金特性を反転させ相手にぶつける鳩尾でも、
その最中負わされたダメージぐらい素直に受け入れる。だが……メルスティーンは」
「総てそのままそっくり相手へと……返す。ついでにいうと鳩尾の敵対特性は相手の武装錬金によって威力が上下し、もの
によってはまったく無害の場合もあるが…………ぼくの特性合一は刀にて確実にダメージを返す。蓄積で、壊す」
(ふ、ふざけるな!)
 犬飼は歯噛みした。
(だ、だったらどう斃せっていうんだよ! 戦団最強を誇る火渡戦士長の五千百度の炎に合一したら……どうなる!? 斬撃
は火炎同化さえお構いなしに切り裂いてダメージを通すのか!? もしそうなってしまったら……

いったい誰がこいつを倒せるっていうんだよ……!?)

 戦部の眼光は寧ろ彩度を増す。

      解除                                       バブルケイジ
「円山が最善手を打ったにも関わらず斬撃が返ってきたのは、メルスティーンが武装錬金それ自体ではなく既に発動した
『特性』そのものと一体化していたせいだろう。いわば究極の後攻。身長を吹き飛ばされるという、確定済みの事象と合一
しそれを斬撃に転嫁した以上」
「武装解除しても手遅れだったという訳だ。鳩尾の敵対特性を浴びた武装錬金は、伝え聞く銀成の限りでは創造主(津村
斗貴子)の気絶に伴う武装解除と同時に鎮静したというが、ふ、ぼくの特性合一に斯様な宋襄の仁はないと思って頂こう。
当方を攻撃したという事実が存在する限りは……相手が矛を収めようが、死のうが、合一の斬撃は必ず返る。相手の破
壊を糧に……循環的斬撃で以って壊し返す!」
『昔』一戦交えたカウンター使いから学んだ知恵さ……悪びれもせず盟主は嗤う。
0180永遠の扉
垢版 |
2018/03/11(日) 23:30:45.72ID:7MFCqHCA
「ちなみにもし仮に時間系統の武装錬金で、ぼくが攻撃されたという事実を因果律ごと消し去った場合……特性合一は一応
キャンセルされるが、しかしぼく自身への攻撃もまた無かったコトにされる……。かといって特性合一という事象のみの消去
でぼくの落命を目論んだとしても無駄なコト。改竄という事象そのものに、ぼくとワダチはオートで合一し、復活し、反撃する
……!! 実証済みさ、ウィルや法衣の女でね」
(時間系統の武装錬金なんて聞いたコトもないが、ほぼ無敵なその能力でさえ解除できない……だと!?)
(シークレットトレイルや激戦、無銘と被る点のある特性合一だが、こと改竄能力への耐性は他の追随を許さない、か
 犬飼は驚愕するほかなく、戦部は冷静にただ考える。
「ふ。究極の破壊とは合一……。全を一にするなれば一を除く全の殻みな悉く毀(こわ)される……。人はね、なだらかな世
界を求める物だが、だったら外めがけ放った敵意は一毫も減少させず己が身に引き戻すべきじゃないか。それこそが循環
じゃないか。因果が巡り悪行が己に跳ね返るというのであれば、それこそが循環であるべきじゃないか」
(とにかく円山を連れて離だt……待て!)
 犬飼は気付く。
(メルスティーンが、自分の受けたダメージ総て相手に返せるっていうなら、じゃあ何で円山は原型を留めてる!? 風船
爆弾の、合計身長4mを消し飛ばすダメージを押し付けられたっていうなら、円山の体なんてとっくに消滅してる筈じゃ……)
「その点はまあ、戦部がねえ。庇いさえしなければ円山など粉にできたのだけれど」
 声でやっと犬飼は気付く。激戦が、十文字槍が、穂先から修復の煙を上げていることに。
「盟主の奥の手を暴くために円山をぶつけたからな。見殺しにしないのはせめてもの礼さ」
「その対応の速さ……お前!! 最初からこうなるって感づいてたのか!?」
「何を怒る? 敵が円山に狙いを絞ってきた以上、身長を吹き飛ばされた時の用心を備えていると見るのは当然だろう」
「……! あーくそおかしいと思うべきだった! 円山にトドメのような役割譲ってる時点で戦部らしくないって! だよなお前なら
最後の一撃は自分でって思うよな!!」
「がなるながなるな。一度は足止めを選んだ以上、遅かれ速かれ円山はこうなっていたさ。なら敵の奥の手を暴きつつも
致命傷だけは俺によって防がれる今のような退場が……『最善』だろうさ」
 どうせ決戦は始まったばかり、くたばらねば騙し騙し他の戦線へ加勢できるだろうしな……。それなりに戦団全体の戦略を
踏まえている配慮だが、当て馬にされた円山にとってはいい迷惑だろう。
 実際、犬飼も悪びれ一つない戦部に心底ゲンナリしたが
(だが他人のコイツが防げたってことは、特性合一で跳ね返るダメージは論理能力じゃなく……物理攻撃って訳か。鳩尾の、
奴が解除しない限り創造主を攻撃し続ける敵対特性よりは……論理能力よりは…………防ぎやすい……? いや違うな、
斬撃は恐らくメルスティーン自身の剣腕に基づいているだろうから、防人戦士長クラスの身体能力か、或いはヴィクター再殺
のとき共闘した早坂秋水並みの剣腕がないと対処できない……! ん? …………。待て待て。と、いうか、さっきこいつ、
槍で、木に……!)
 ふ、気付いたようだね。盟主は軟らかく笑う。
「そ。ぼくが無効化し返せるダメージはあくまで武装錬金特性に基づく物オンリー。シルバースキンを例に取ると二重拘束
(ダブルストレイト)で反射されるぼく自身のエネルギーは更に返せるが、防護服の硬さで覆われているだけの拳なら……
ふ、実は普通にダメージ追ってしまうよ、ぼく」
 ふ。笑う戦部が激戦を見たのは特性が攻撃向きではないからだ。
(……ッ! そうか! だから十文字槍で大木に縫いとめられたのか! あれは戦部本人の膂力の仕業であって特性の
埒外! だからメルスティーンは)
(あの一撃に特性合一を……使えなかった。つまり俺は仕留められる。レティクルの、盟主を……!)
 膨れ上がる戦意に感応し甘美な予想に片頬を緩める盟主は、続ける。
「かの津村斗貴子の処刑鎌も然りだねえ。高速機動で動いている限りは何度章印を刻まれようが復活できるが、手に持っ
ただけの鎌なら……。ふ。ちょっと貫かれるだけで絶息は免れない」
(弱点をバラしている……? ブラフか? それとも特性抜きの勝負なら持ち前の身体能力で勝てるという……自信?)
 10年前こいつが敗れた原因もそこにあるのさ、戦部は言う。
0181永遠の扉
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2018/03/11(日) 23:31:09.39ID:7MFCqHCA
「当時は『特性破壊』だったが、弱点は変わらない。とある剣士との純粋剣技に敗れ去り、捕縛されたと聞いている」
「そう。ぼくが一番恐れるのは、彼とか、防人衛のような、武技だけを極めるタイプさ。ふ。昔いたミッドナイトって幹部も実の
ところ愉(こわ)くて愉(こわ)くて仕方なかったよ。母の仇を討ちたいだけの健気な少女が挑んでくるたび徹底的に壊したの
は、そうでもしなきゃこっちがやられていたからだ。このぼくでさえ加減できないほど彼女は……強かった」
(どうする? 喋っている間に……逃げるか?)
 己の非力と円山の重傷を踏まえた犬飼の検討もまた最善手であろう。伝令を全力で務め、戦部への加勢を一刻も早く
連れて来るのが、足の速い犬型自動人形を持つ組織人としての……最適解答。

 犬飼は決して馬鹿ではない。大言壮語こそ時々吐くが、それは理知ゆえに己の限界をいやというほど知っているからで
もある。一種の、鼓舞なのだ。限界を弁えているからこそ、『それはできない』と口にしてしまうと、本当に心から、何もかも
諦めてしまいそうだから、大口を叩いて自分を鼓舞しようとしている。
 代々続くハンドラーの名家の中にあって唯一本物の犬が苦手で、伝統のカリキュラムをこなせず落ち零れた青年だから、
自分にできないコトなど分かっている。メルスティーンという怪物相手に殺すと啖呵を切って残ったところで戦部の足を引く
だけだというのは……分かっている。
(けど……)
 拳は震える。逃げるコトはいま誰もが認める最善手だと分かっているのに、割り切れない。
(逃げて伝令さえやり仰せば確かに僕は叙勲される。敵のアジトを見つけた功ともども評される。でも……それで僕を見下して
きた奴を……本当に見返せるのか……? 『ヴィクターVに見逃された奴が今度は盟主に背を向けた』って笑われるだけじゃ
……ないのか…………?)
 かといって残留して戦うのは匹夫の勇。負けるのは確定。円山も手当てが遅れ死ぬだろう。万が一戦部までもが殲滅され
れば……犬飼倫太郎は一族最大の恥として…………存在そのものを抹消されかねない。

(でも、ヴィクターVは……ヴィクターと戦って…………勝ったんだぞ。地球を守るって意味では…………勝ったんだぞ)

 かつて戦団に甚大な被害を与えた魔人相手に、真向からブツかり……意思を、貫いた。
 月に追放しただけと軽んじる気分など犬飼にはない。戦団を、地球を、人々を、エナジードレインの災禍から守りたいという
激しい意思を達成するためヴィクター共々月に消えた『ヴィクターV』。

 化物にすぎないと思っていた彼でさえ、己より強い存在相手に、矜持を振るい戦い抜いたのに──…

(僕は……盟主を相手に…………逃げる、のか?)

「逃げていいんだよ。君の判断は、ふ、正しい」

 盟主は哂(わら)う。犬飼の葛藤など見透かしたように。

「先も述べた通り、ぼくは君を追撃したりはしない。円山も然りだ。本当は特性合一で完全殺害したかったが、初手からの
見事な読みで致命傷だけは防いだ戦部に免じて見過ごしてやろう。ふ、手合わせして確信したが『見逃す方が』……きっと、
もっと……」
(……?)
 快美にゾクゾクと震える中世的な顔立ちの真意を犬飼が掴んだのは、坂口照星救出がひと段落した後である。
「なぁに」。戦部の大きな掌が犬飼の頭を覆う。
「離脱も任務の一環。恥ではないさ。なんなら証言してやってもいい」
「証言……?」
「ああ。戦後、お前を怯惰と誹る輩が出たのなら、俺はお前がここまで浮かべた苦渋の総てを伝えてやるさ。ようやく芽生えた
当たり前の、強い者を見て戦いたがる本能に疼きながらも現状の力量を正しく踏まえ、極めて身の丈に合った戦術・戦略双
方に対する最善手を見事選んだと……必ずそう証言してやる」
 舌なめずりしながら盟主に近づいていく戦部に(情けというかギブアンドテイク、か。要するにサシでやりたいと……)と、親切
な様でいて自分勝手な有り様に犬飼はつくづくと肩を落とす。
「というか残留を考えかけてたのは、お前みたいな単純な欲求じゃないんだけど」
「同じコトさ。勝敗や評価がどうあれ、戦った方が手応えがあると、ヴィクターVでさえ成しえたコトを成せない方が恥であると
特性合一を見てなお考えられる時点でお前は俺と変わらんさ」
0182永遠の扉
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2018/03/11(日) 23:31:34.58ID:7MFCqHCA
(コイツ……。俺の考え読みやがって……!)
 結果から言えば命の恩人で、であるが故に複雑なカズキへの感情を指摘された犬飼の頬がビキビキと波打つ。
「と、言うか……そろそろ合流地点へ連れてって欲しいんだけど……」
 か細い声に犬飼は「円山、気付いたのか……!?」と眼下を見る。しゃがんだまま抱え続けている彼の体温は流血が
減るにつれ低下の度合いを薄めていた。
「ふ。とはいえ縫合が必要な傷であるのは変わりない。この場に留まったところで大したサポートはできないよねえ」
(……確かに。出血が止まっているのは核鉄あらばこそだ。傷はうっすらと癒合し始めているが、激しく動けばまた開く。
剣術主体のメルスティーン相手にまた風船爆弾を展開して戦うのは…………無理だ)
(またさっきの不可解な攻撃がきたら…………死ぬでしょうね、今度こそ)
 だから2人で逃げたまえとメルスティーンは気軽に掌を左右に振る。
「いまからぼくは特性破壊の方も戦部に試したいんだ。内向きの高速自動修復相手じゃ特性合一は決め手にならないけど、
ワダチのいま1つの特性であれば結構可能性がある……からねえ」
「……! 併用できるの!? 原則1人1つの特性なのに……2つ!? その『合一』っていうのは、アナタの精神の成長
に伴い特性破壊が進化し形を変えたものじゃなく……別個の物……なの!?」
「何を驚くんだい? 動植物型のホムンクルスに武装錬金を使わせる無茶をやると存外結構出てくるケースさ。人間と動植
物型のような異なる精神が共存していると……ふ、例えばさっき話に出た鳩尾無銘のように、『兵馬俑』と『龕灯』のように、
まったく異なる2つの武装錬金を1体のホムンクルスが発動できるというパターンは、ある」
「ならば大刀が2つの特性を有していても不思議ではない、と」
 戦部の問いは言外で穿っている。『もう1つあるという貴様の精神は、『何』なのか』と。
「未来のぼく自身……といっても信じてはもらえないだろうねえ」
(何を言っているんだコイツは……?)
「なに、与太として聞き流してくれたまえよ。ただ君たちの記憶……ヴィクター再殺の頃の物は、結構、混濁しているんじゃ
ないかな? それこそ犬飼、奥多摩でヴィクターVと交戦していた頃を思い出してみたまえよ。円山や、早坂秋水と共に
ヴィクターと戦っていたような気が……しないかい?」
「何を馬鹿……な」
 言われた青年はハっと息を呑む。灰色の岩の目立つ島で、千歳や毒島とすら共闘していた記憶が幻妖なる鈴の音と共
に脳髄を刺す。
(こ、これはいつの、だ……? 違う……! 惑わされるな……! ヴィクターV再殺が中断された後の……バスターバロン
との回復の時間稼ぎの戦いの、筈……!! でも……、僕が早坂秋水と対面したのはその頃だったのか……? 巨大ヴィ
クターにバスターバロンが敗れる直前じゃ……なかったか?)
 円山も同様の覚えがあるらしく、困惑を浮かべる。
「ふ。仲間が、ウィルが、時間に対し結構な無茶をやってくれたからねえ。あるんだよ、別の歴史の記憶が、君たちに。歴史
がリスタートするたび消え損ねた記憶が蓄積している。いわば別系統の歴史の君たちの精神が……宿っているのさ」
「何が……いいたいの?」
「円山。君なら分かると思うがね? ここまで言えば、君なれば、ワダチが2種類の特性を宿すことが、有り得るのか、そうで
ないのか……ふ、実感できると思うがねぇ」
「…………」
 黙りこんだ円山に犬飼の疑念が向く。(何か、あるのか……? 円山だけが分かる、『何か』が……?)
「ともかく、まあ、さっさと伝令に行きたまえよ犬飼。ふ、君の戦略的価値は認めるが……戦術的には大して壊し甲斐もない」
 挑発でも、なんでもない、からっとした言い草に、犬飼の心理の古傷が……刺激された。

 かつて、犬飼にとっては人に害を成す化物に過ぎなかった者が、武装錬金を指定し、言った。

『コレは化物を斃すための力で……人を守る力』

 そして彼は犬飼を見逃し、命をつなぎ……去っていった。

(また僕は……見逃されるのか…………!!)

 飛びかかりたくなる激情を制止したのは水平に遮る十文字槍。

「白状するぞ犬飼。先の特性合一。俺は円山を無傷で守るつもりだった」
「…………な、に……」
「守れる、つもりだったのさ。どれほどの連撃が来ても総て捌けるよう俺は十二分に備えていたが……」
「ふ。想定以上だったから、円山は戦線離脱級の傷を負う羽目になったのさ」
0183永遠の扉
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2018/03/11(日) 23:32:05.82ID:7MFCqHCA
 だから犬飼、君ごときが激昂して飛びかかってきても、即死だよ? と当たり前のように目を細めて立たずむ盟主。

(ク…………ソ……!! どいつもこいつも舐めやがって…………!)

 歯噛みするが、結局はもう、離脱しかない。戦団一の記録保持者の想定すら上回る攻撃を放てる盟主相手に踏みとどまっ
ても犬死するしかないと悟ってしまった犬飼は、頭を振り、盟主とは逆の方向へ歩き出す軍用犬の背中に円山を乗せる。

「ああそうそう。言うまでもないが、生きて合流地点へ辿り着きたくば止血は続けておいた方がいい」
「何を当たり前のことを──…」
「ふ。屈辱を与えた分のサービスなのだがねえ。ぼくは、『君の生存』もコミで忠告してあげてるのだけれど…………」
 不可解な文言。もちろん犬飼は無傷である。どこも、出血していない。
(なのに円山の止血が、僕をも……? あ)
 ぺとぺとと歩を進めるレイビーズの傍に、赤い雫が、落ちていく。
「ふ。そうさ、その通り。そろそろ『開演にして開園』……だからね!」
 メルスティーンの言葉と共に彼方から轟音が響いた。ぎょっとそちらを見た犬飼の網膜に、膨れ上がる巨大な火球が映った。
 円山は別の方角で雪崩と竜巻が並存するのを見た。戦部の鼓膜を劈いたのは亡者としか思えぬ不気味な呻き……。

(戦いが始まった!? 合流前に!? 火渡戦士長はともかく……慎重なサップドーラーが)
(いきなり大技って……。どうやら戦団、初手から劣勢みたいね……)

「戦士諸君は合流地点を必ず目指す。行きたまえ。呼びたまえ。せっかく生かしてやるのだから、ぼくを壊す手伝いぐらい
務めてみたまえよ犬飼」
「……戦部、証言の約束、必ず守れよ」
 開戦前、真当な『言葉』らしい言葉を投げかけてくれた戦部に不安げな一言だけを残して。

 犬飼は円山とともに軍用犬で……駆け始めた。

.

「ふ。やっと邪魔者が消えたねえ」
 片手を広げる盟主をしばし無言で見つめた戦部はゆるゆると槍を構えつつ、問う。
「宋襄の仁がないと言った割に……随分と甘いな」
「ん? ああ、彼らを逃がしたコトかい? ふ、まあ普段なら戯れに……7年前のネコの飼い主の如く壊してあげたかもだけど
10年前一度戦団に負けたぼくだからねえ、盟主なりの事後の策って奴さ」
 話が見えんな。苦笑しながらも飛びかかるコトはしない陣羽織の大男。雑味にしか思えぬ戦闘前の会話すら妙味と楽しむ
風流が彼にはある。
「ふ。端的に述べようか? 懐柔ならぬ壊柔……勧誘相手の心証を害したくなかったのさ」
「……フム?」
「何しろこれから決戦だ」。大刀を一振り瞑目する盟主を遠方からの喚声が通り過ぎた。
「幹部は最悪……全滅する。勝ったとしても何人かは確実に死ぬだろう。ぼくは一応盟主らしいからねえ。『次』と出くわした
ならダメもとで誘っておく義務ぐらいあるだろう。だから犬飼と円山を逃がしてやった」
 寛容だろ? 爽快でさえある笑みを湛えるメルスティーンに軽く片目を見開いた戦部は、不敵に笑う。
「生憎だが俺は戦士の方が水に合っていてな。犬飼にも話したコトだが人ならざる連中は人の身で葬ってこそ……」
「ホムンクルスにはならぬまま幹部の座に就く……ふ、珍しいが前例がない訳でもないよ?」
 だとしても断るさ。戦部は片腕を伸ばし槍の穂先で盟主を指す。
「俺は大戦士長とも戦いたくてな。何より貴様達がバスターバロンを抑えているのが気に喰わん。組む相手なら既に先約
済みでな。それに横槍を入れるような無粋な連中とつるむつもりなど毛頭ない」
「……? ああ、ヴィクターV武藤カズキのコトかい? 確かに『この先の歴史で月まで彼を迎えにいく』破壊男爵を坂口
照星ごと拘禁しているぼくらは……武藤カズキの帰還を阻んでいるぼくらは……ふ、まあ、憎いだろうね」
「憎悪で俺は戦わんさ」。足を摺り、距離を詰め始める戦部。
「俺が戦う理由は昂ぶるがため。貴様達レティクルは組むに値せんが……強くはある。しからば答えは1つだろう」
「……素晴らしい! その信念! その希求! その酔狂! 是非とも倒し同輩にしたくなった!!」

 無造作にくくった長い総髪をくゆらせながら、戦部は踏み込み、十文字槍を繰り出した。

.

..
0184永遠の扉
垢版 |
2018/03/11(日) 23:33:03.49ID:7MFCqHCA
「左腕のみで訓練……ですか?」

 聖サンジェルマン病院の地下で早坂秋水は片眉を顰めた。

「ええ。念のためよ」

 呟くのは瞑目する妙齢の女性……楯山千歳。故あって視力を奪われている戦士である。

「もしレティクルが銀成市(このまち)に再び現れた場合、私たちは苦しい戦いを強いられる。音楽隊との抗争が比較にならな
ほどの苦闘を……」
「だから俺も、常に五体満足で戦えるとは限らない……ですか?」
 その通りよ。頷く千歳を秋水は否定できない。彼女は木星の幹部の策略によって両目に武装錬金を打ち込まれ、仮とはい
え失明状態にあるのだ。だからその現状で戦えるよう訓練を施していた秋水だったが、今度は千歳の方から具申が来た。

「あなたの得意技は逆胴。右手一本で握った日本刀で相手の左胴を狙う必殺の一撃だけど、もし何らかの理由で右手が
使えなくなった場合、戦闘力は激減する」
「だから左腕でも……ですか?」
「ええ。決戦の土壇場で、ここまで頼り続けた一撃を喪失する衝撃は大きいの。それでも残った腕で、左腕で、戦う術を会得
しておきさえすれば、きっとそれは支えになる筈よ。レティクルは……強い。何が起きるか分からないから…………今のうち
にやれるコトはしておいた方がいいと……思うの」
 考えたコトもなかったという顔を秋水はした。
(……油断していたのかもな。総角を倒し、木星の幹部さえ出し抜けたから、今の俺なら常に万全の状態で戦えると無意識
にそう、思っていた。けど……そうだな。戦いは、何が起きるか、分からない)
 桜花を守れると思っていた頃のカズキとの戦いの顛末は、彼を背後から刺し、守るべき桜花に残酷な飛び火を浴びせる
苦いものだった。
「訓練の相手……お願い、できますか?」
 左腕一本で竹刀を握った秋水に、千歳は笑って、頷いた。

「あなたにはこれ以上、私みたいな後悔を重ねて欲しくないから……」

 なんとなく、秋水とまひろの約束に気付いているようで、それを守って欲しがっているようで、

(優しい女性(ひと)だな……)

 と美剣士は双眸を潤ませる。



 駆け始めて、わずかな頃。

「円山。あと20秒したらバブルケイジを発動できるか?」

 軍用犬に揺られる犬飼は、並走する朋輩に呼びかけた。

「え? できなくはないけど……血しぶきが地面に落ちたら他の幹部に追跡されない?」
「……分かっている。さっき盟主が止血を促したのは”それ”を言外で伝えるためだってのも含めて」
「…………。なのに止血をやめさせようとする以上、何か……あるのね?」
 ある。森の地面に容赦なく刻まれる軍用犬の足跡を溜息混じりに見ながら犬飼は告げる。

「予言する。不意の遭遇戦さえなければ、僕たちが次に出会う幹部は……決まっている。追ってくるのは──…」
0186永遠の扉
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2018/03/17(土) 21:32:36.46ID:k2q8zgoN
第103話 「先遣隊、その顛末」

 5分が、過ぎた。

「特性破壊発動より五百余合……ふ、戦部、君は実によく破壊(たたか)った」

 血みどろの、されども優艶を極める金髪の盟主の前で陣羽織の巨体が地響きを立てて転がった。

 その体には、四肢がなかった。血溜まりのなか丸ごと転がっている太い右脚はまだ無事な方で、左に至っては特大のロー
ストハムでも切り分けて振舞ったようにそこかしこに散らばっていた。戦部の左斜め500m後方の木の幹に張り付いてそろ
そろ8匹のハエにたかられ始めているひしゃげてグシャグシャの肉塊は左腕の成れの果て。
 そして右腕は持ち主から20mは離れた茂みへとひゅらひゅらと旋転しながら落着し……十文字槍を取り落とした。

「高速自動修復を封じられてなお、手足を失いながらも……ふ、武技で遥か勝るぼくにこれほどの手傷を負わせるとは……
さすが現役戦士で最も多くのホムンクルスを壊した男…………」

 メルスティーンの見つめる彼の左掌には、親指と、薬指と、小指が、なかった。どれも彼の足元に散らばっていた。

「ふ。剣士から握りの要たる指を三本も奪うとは……。特性破壊という明らかな反則を持っていなければ……危なかったね」
「世の中にはホムンクルスと約束する、俺以上に酔狂な戦士がいるが」
 臥していた戦部の顔がもぞりとあがりメルスティーンを見る。陣羽織が皮のごとく固まるほどの出血量であるが、いかなる
心気的転換があるのか、その顔色はあたかも勝者のごとく溌剌としている。
「どうも貴様には……奴ほどの感興は涌かん。生かさば挑むぞ、何度でも」
「ふ。願ったりだね。斯様な深夜(ぜんれい)など既にある……」
 部下への勧誘を蹴って捨てる太い笑みを浮かべた戦部の頬が地に着き……彼は意識を失った。

 さぁて殺さぬよう止血でも……と戦部に近づき始めた盟主が振り返ったのは、背後で足音がしたからだ。

「ほう」。意外そうに目を丸くした金髪の剣士は笑う、にこやかに。

「これはまた、珍客……」

.

..

 各部隊合流のち、戦部たちの地点へ。
 という戦団統合本部の立案した坂口照星救出作戦第一段階は、苦しい始まりを見せている。

「臓物をブチ撒けろ!!」

 切り刻まれた無数の自動人形が弾け飛ぶ中、汗みずくの斗貴子はカハっと咳き込みうな垂れた。薄手のセーラー服が
水色に透けて見える姿態はかの中村剛太が居れば眼福と鼻の下を伸ばすだろうが、斗貴子本人は恥らう余裕すら今は
ない。

「幾ら何でも数が多すぎるぞ……! 冥王星の幹部の武装錬金……!」
「あはは。やっぱ早いとこ本体を叩かないとヤバいねー」

 斗貴子の背後でからりと笑うのは黒いタンクトップに迷彩柄の上着をくくりつけたベリーショートの女性・殺陣師盥。並み居る
人形をライオットシールドで着き壊し突き壊し進んでいく。

 斗貴子は、思う。

(最低でも猿渡級……強いものでは鷲尾級の自動人形が次から次にウジャウジャと……! これだけの自動人形、1体造る
だけでも相当のエネルギーが必要なのに、同時に大量にだぞ……? 創造主はどうやってこれだけのエネルギーを調達して
いるんだ?)

 パっと浮かぶのは『戦部の弁当』。全身を何度でも高速自動修復する厖大な量のエネルギーを、精神的発奮で補う前例は
確かにある。
0187永遠の扉
垢版 |
2018/03/17(土) 21:32:57.08ID:k2q8zgoN
(作り手は末席とはいえ幹部……! しかも属しているレティクルは動植物型にさえ武装錬金を使わせる技術力を有している)

 恐らく相当特別な技法があるのだと斗貴子は推測し、

(ならば付け入るメはそこにある! 直接対決の暁にはその特別な技法とやらから真先にぶっ潰し……うざったい増援を断つ!)

.

..

「ぬぇーぬぇっぬぇっ!! やっぱ面白いアニメを見るとテンション上がりますねこの上なく! 漫画でもラノベでも可!!」

 どこかで。テレビの前でおおはしゃぎする冴えないアラサー女子のの全身からぎらぎらと立ち上る虹色の陽炎が、すぐ傍の、m
ひとめで錬金術の産物と分かる装甲列車へ流れ込んでいく。窓から人影見えぬその列車であるが、車内で閃光が迸ると
大量の自動人形で満員となる。

「むーん。まさかサブカル興奮で補っているとはね……。すごい補充法……。30分身する私もびっくりだよ……」

 呆れたように汗を掻くムーンフェイスだが、

(だが単純なだけに破り辛いだろうね。これだけのはしゃぎようだ、たとえテレビや本を壊したところで記憶がある。クライマッ
クス君は蓄積したサブカルの思い出だけで、脳内再生のみで、自動人形を産み続ける……。何千体でも、何万体でも…………!)

 いろいろこじらせている元声優のオタ女子の歪んだ嗜好と笑い飛ばすには、彼女の自動人形は余りに武力を得すぎている。

(そして……地下空洞にザっと見20両編成以上の装甲列車をわざわざ控えさせている以上、レティクルの次の手は、多分)

 まあ、彼らがどこに行こうと私はそのおこぼれを狙うだけさ。指を弾く月顔の怪人はひたすらに機を伺う。地上を美しい月面
世界のようにできる日のため。



「とにかく後衛の火渡の介たちの掩護もあってだいぶ近づいたよ廃村!」

 右手に曲がりくねった屏風のような山肌が続く崖道をひた走る殺陣師が指さす左手から、やっとぼろぼろの家々が一望で
きた斗貴子は自動人形を斬り飛ばしつつも安堵の吐息をついた。

(通称・旧村。明治時代、反政府勢力に占領されていた忌まわしさゆえに打ち捨てられて久しい廃墟。だからこそこの山の
多い地帯において、私たちや音楽隊を含む68人の戦士を収容できると見込まれ指定された『合流地点』)

 元が村だっただけに、いわゆる衢地(くち)である。四方八方から道が来ているというのも、各地から直接集う戦士たちの
寄り合い場に選ばれた理由である。

(だがあと少しで目的地という時が一番マズい!! 何しろ……『崖の棚』だからなココは)

 右手には高く聳える急勾配。左手には20m超の奈落。

(私が冥王星の幹部ならここで仕掛ける! 崖上から岩1つ落とすだけでも行軍を阻める絶好の地形! 利用しない筈がない!)

 斗貴子が警戒の度合いを高めたのと、頭上からの巨大な質量の気配を感じたのは同時である。

 細かな岩の破片がぱらからと落ちるのに引きずられるよう崖肌をバウンドして落ちてくる巨岩に迷いなく跳躍した斗貴子は──…

 雄渾なる斬撃の線(すじ)を無造作に4つ描き、膝立ちで着地。背後8mの中空で四等分された岩はピシピシと入った亀裂によって
自壊し、崩れながら崖下へ。

 ほーと殺陣師は感服するが(呆気なさすぎる……。囮、か?)と斗貴子は残心の構えで周囲を見渡す。

 激しい気配を伴う颶風が俄かに飛び込んできたのは、その時だ。足元の、崖の際に指がかかったと見た瞬間、
0188永遠の扉
垢版 |
2018/03/17(土) 21:33:45.13ID:k2q8zgoN
(……! この気配!! 今までの自動人形より…………強い!!)

 切歯した斗貴子は最高速の斬撃を全身に発令! 疲労など忘れ去っていた。それほどの気配だった。

「ちょちょちょ! あた、あたしだから!! 怖いのやめてよ頼むから!!!」

 第一撃を蹴った反動で距離を取り、崖道に着地した栴檀香美は「ふーっ! ふーっ!」と尾を逆立てながら「あ、あんた!!
あたしニガテな高いとこのぼりきったばっかじゃん! なな、なんでそんな怖いコトしようとすんのよ!!」と妖怪絵巻の化け猫
のような細い瞳孔でびしばし指さし抗議する。
0189永遠の扉
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2018/03/17(土) 21:34:06.60ID:k2q8zgoN
「なんだお前たちか……。よく幹部に殺されずに済んだな……」
『ははっ! ぼ、僕らがホムンクルスだから、つれないなあ! これでも結構大変な目に遭ってたんだぞ!?』
「おー。山岳戦闘ではお馴染み白田の介の階段かー。ブロック積む城大工の武装錬金、相変わらずの応用性ですナー」
 崖下を覗いた殺陣師は目を細め喉を鳴らした。コンバットスーツ姿の男女が7人、空中階段を登ってくるところだった。
「チーム天辺星か」。無感動に呟いた斗貴子に「あんたこいつら知ってんの?」と香美は聞くが、名前を知っているだけで
親しくはと頭を振られる。
「うー! 奏定! 津村斗貴子がアタシ馬鹿にしてるチョーチョー馬鹿にしてる! 撃破数50位ぐらいが7位のアタシをチョー
チョー馬鹿にしてくるーー!!」
 崖道に乗った金髪サイドポニーの少女──天辺星さま──がきゃんきゃんと鳴いた瞬間である。斗貴子たちのもと来た
道で大爆発が起こったのは。
「ふぎゃにああああ!!? なにこれなにこれチョーチョー敵襲!! ふあああ! アタっ、アタシの可愛い部下たちに手出し
なんかさせないんだからあああ!!! 奏定だって守るんだからああ!!」
 剣を抜き、騒ぐ天辺星さま。
「落ち着いて天辺星さま。むしろ味方というか……ああでも、敵かなあ、やっぱ」
0190永遠の扉
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2018/03/17(土) 21:34:24.71ID:k2q8zgoN
 歯切れ悪く答えるコートの青年の前に、サンドブラウンの土煙ぬって現れたのは──…

「ケッ。ようやく合流できたと思ったら、一番使えねえ記録保持者(レコードホルダー)ときてる」

 火渡赤馬である。

『え!? 7位だったらかなり強いんじゃないの!? 火渡戦士長ですら12位……なんだよな!?』
「トドメを部下から譲られているからだ」。斗貴子は盛大に溜息をついた。
「『集約型』。記録保持者に時々いるタイプで……ほとんど部隊のリーダー……だな。自分にホムンクルスの撃破数を集中
させてランクアップするんだ。まあそんな欲目は実戦においてまず命取りだから、代表者(じぶん)の人柄とかチームワーク
などの部隊全体の質が相当高くない限り、上位へ行く前かならず死ぬ、から……」
『そういう意味では天辺星さま率いる人たちは弱くない、と!!』
 その通りです。ガスマスクのチューブから推力吹く毒島が遅れて飛んできたのは、先ほどの爆発の鎮火をしていたせい
である。
「ただ戦士・戦部のような1人で戦うタイプが面白がらないのも事実ではありますね」
「だからあんた怒ってるじゃん? 片しっぽにぬかれて、怒ってんじゃん?」
 ふへへと笑いながら火渡にジャレつく香美。「きみ、怖いもの知らずだね」。コートの青年・奏定の顔が引き攣った
0191永遠の扉
垢版 |
2018/03/17(土) 21:34:47.50ID:k2q8zgoN
「え! 火渡怖がらないと奏定にチョーチョー感心されるんだ! だ、だったらアタシも逆らう!! あ、あんたなんか、12
位なんか、怖くないんだから!! ばーかばーか!!」
「あ?」
 凶残の皺が犬歯剥き出しの火渡をドス黒く彩った。
「こわくなんかーー!」
 墨を吸ったようなタンブルウィードを眼窩に嵌めこんだ天辺星さまはボロボロ涙を零しながらヒヨコ口で剣を振る。

【まったくこのあたくしを武器としておきながら斯様な侮りを受けるとは……信じられませんわ】

 剣に金髪ツインテールの少女が映った瞬間、「会話可能な武装錬金……だったのか?」と斗貴子はチーム天辺星の面々に
意外そうに問いかけたが「いや私たちもついさっき知ったばかりで」という気のない返事。

『えと、その、複雑なんだけど、このコはミッドナイトって言って、元レティクルの幹部だけど一時期僕たちの仲間でもあって』
「いい! そういうややこしそうな話は合流してからだ! というかいい加減キミたち喋ってないで走れ! 村へ!」

 マジメだなあ。チーム天辺星の雰囲気は、ユルい。

【まあでも津村斗貴子と火渡赤馬に合流できたなら憎きメルスティーンに辿り着くまえ死ぬというコトはもう──…】
0192永遠の扉
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2018/03/17(土) 21:35:11.98ID:k2q8zgoN
 片目を閉じて一座を見回していた剣身の幻影少女が、突如として、凍りついた。

(えッ!! えええ!? ええええええーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!)

 しぃ。どういう訳か、殺陣師盥はウィンクしながら唇に指を当てた。

「どうしたのよリウシン。急に黙って」

【い、いえ! ありませんわ、ななっなんでもありませんわ……!!】

「というかいつまでハシャいでんでたテメぇら! さっさと合流地点へ行くぞ!!」

 火渡の一喝で走り始める戦士たち。だがミッドナイトの震えはリウシンという中国剣に伝わり続けた。

(ああ、ありえませんわ。ど、どうして『あの方が』ココに!? てかこれじゃ、これじゃ……

色んな戦いの前提が…………根底から覆されちゃいますわーーー!!)

.

..


...

.

..

 犬飼倫太郎は武藤カズキを憎んでいる。再殺などもうとっくに終わった出来事なのに、いまだに旧称であるヴィクターVで
認識し、引き攣った感情の火の手の眼鏡で眺めている。

 妬みも、ある。

 再殺の流れの中、彼どころかその随伴の新米戦士の機転によって逆転され重傷を負った犬飼は、一度は潔く敗死を選ぼ
うとした。だが『ヴィクターV』の慈悲によって命をつなぐ手段を得てしまった。取り上げられていた犬飼の核鉄が、止血の手段
が、緊急手術が必要なほど夥しく出血する青年に……あろうことかターゲットである『ヴィクターV』の手によって返されたのだ。

 劣等感ゆえのプライドを鎧(よろ)わずには居られない人種は確かにいて、慈悲は罵詈より屈辱だ。優しさを哀れみとしか
解釈できなかった犬飼は、言った。

──「負け犬扱いされるくれいなら、死んだ方がマシだ!」

 だが『ヴィクターV』は言った。犬飼にとっては人に害を成す化物に過ぎなかった彼が、武装錬金を指定し、言った。

『コレは化物を斃すための力で……人を守る力』

だと。

 脆弱な誇負持つ者にとって『下』からの説教ほど憎態なものもない。激しい出血のなか犬飼が核鉄を手にしたのは、敗死を
やめたのは、ひとえに復讐のためだった。いつか『ヴィクターV』を斃し溜飲を下げるのだと……涙ながら今生に留まった。

 形式だけ見れば『ヴィクターV』は犬飼を心身から救った恩人だ。恩人が、自分には出来ない偉業を、ヴィクター追放を
成したのならば、常人は祝し、救われた命を恩義のため正しく使おうと決意する。

 奇兵の裡に眠る、ごく普通の劣等感に悩む青年の……『常人』の部位は『ヴィクターV』を思うたび疼く。犬飼本人は認め
たくないが、拾われた命をどう使うかという点を……悩ませる。
0193永遠の扉
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2018/03/17(土) 21:35:35.99ID:k2q8zgoN
(仮にアイツが月から帰って来たとして、僕が今さらアイツを斃して、それで……どうなる? 白い核鉄のプロジェクトは戦団
でだって始まってるんだぞ。ヴィクターを月に追放し最早人類に対し害意なしと証明された『ヴィクターV』を僕が斃して……
周囲(まわり)は見事と……認める、か?)

 そこを考えると、復讐の気炎は弱まってしまう。火渡なら、7年前があるからこそ才能の証明に未練を持つ火渡であるなら
殺害そのものが実力の証明だとばかり邁進するだろう。が、犬飼は劣等感ゆえに承認を求めている。ヴィクターV殺害という
難事業を果たせたとしても、それが成せた自分という事実そのものには満足できず、人に、誰かに、認められて喝采されねば
自分を肯定できない弱さを……持っている。

 ではどうすれば、いい? ……などという葛藤から納得ゆく結論を導けた人間など結局のところ居はしない。そも葛藤とは
「どうすればやり抜けるか」ではなく「どうすればやらずに済むか」を考える作業ではないか。正答などとっくに見えているのに、
実現に欠かせぬ作業から湧き上がる、辛さや、面子へのダメージに、耐えられそうにないから、周囲に責められず嘲られず
で鮮やかにひける、それでいて正答以上の成果を一粒の汗も流さず得られる魔法のような手段を求めては、そんな馬鹿げた
うまい話が許される訳もないこの世の法理に頭を抱えるだけの、無為な作業ではないか。

 犬飼は結局、自分がどうすれば納得できるか分かっている。だがそれをやってしまうと、屈辱を与えてきたヴィクターVを
肯定するほかなくなってしまうから、だからあれこれと理屈をつけて……渋っている。

(アイツですら…………ヴィクターから地球を救えたのに。戦団総がかりでどうにもできなかったヴィクターを………………
追放、できたのに……)

 ヴィクターVを怪物と蔑んでいる自分が、その実なにも果たせていない割り切れなさを犬飼はヴィクターVが……武藤カ
ズキが月に消えてからずっとずっと……抱えている。

.

..

 木星の幹部・イオイソゴ=キシャクはかねてより捜していたメルスティーンに追いついた後、それまで同伴していた金星
(グレイズィング)を彼のもとに残し、単身追撃に移っていた。
 追うべきはむろん犬飼倫太郎と円山円である。

(ひひっ。奴等は精強きわまる戦士どもを盟主様のもとへ呼び込む伝令……。ゆえに本隊との合流は絶対阻止! 集結の
地に駆け込ませるなどあってはならん!)

 主君はむしろ増援を望んでいるのは当然知っているイオイソゴだが、家臣の常、ゆるしてはならぬと考える。

(一見無敵な特性合一なれど一芸きわまる武辺者厖(いりま)じる乱戦となれば事故の可能性は、出る! そも盟主様ご
本人が自壊を求められておるのじゃ! 戦士どもにいま所在を掴まれてはならん。限局とはいえ死びとさえ黄泉がえらせ
るぐれいじんぐをつけたが故、姑(しば)らくは息災と思うが、一度あじとを出奔なされた身、連れ帰るまで相当の時間がか
かるじゃろう! よって所在を掴まれる訳にはいかん掴ませる訳にはいかん……!)

 イオイソゴとは、見た目7〜8歳の少女である。すみれ色のポニーテールの根元に、フェレットの飾りのついたかんざしを
差している愛らしい顔立ちの、黒ブレザーの少女である。人前ではとかくころころとよく笑う無垢な性分だが、そのじつ600
年近く生きている老獪な忍びであり、坂口照星救出に先駆けて行われた銀成市における戦士とレティクルの小競り合いで
は、津村斗貴子と早坂秋水にほぼ同格のホムンクルス2体(3人)を加えた一個小隊をたった1人で手玉に取り、一時は
あわや壊滅というところまで追い込んだ。

 そんな彼女だから、盟主どの合流直後すぐ、犬飼たちの存在と目論みと足取りに気付き、間髪居れず追跡に移った。

(きらーれいびーずに乗って逃げたようじゃが無駄なこと! 四足の武装錬金で森をば駆ければ──…)

 足跡は、残る。あとはそれを辿るだけだった。

 既に5分ずっと木々の間を茫洋たる鴉のような残影で飛びまわっているイオイソゴの速度は、速い。身体能力の結果では
ない。武装錬金の特性ゆえだ。

(加速)
0194永遠の扉
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2018/03/17(土) 21:36:06.56ID:k2q8zgoN
 指を弾く。彼方の木は鋲のような物がスコっとめり込んだ瞬間くろぐろと溶ける。イオイソゴの体は……首から上と右手以外
どろどろとした不定形に融解している体は、そこめがけ強烈に引かれ速度を上げる。
 秘密は、磁力にあった。イオイソゴの武装錬金・ハッピーアイスクリームは打ち込んだものをたとえ我が身であっても磁性
流体へと変貌させるのだ。
『耆著(きしゃく)』という、忍びが水に浮かべて使う舟形の方位磁石は原型が原型ゆえに磁力を帯びており、で、あるが故に
四肢が伸びきらぬうち成長が止まった小柄な少女をして全速力の軍用犬との距離を縮ませているのだ。あらかじめ耆著を
打ち込んでおいた前方の木へと引かれ……すれ違い様に己が極を反転! 弾かれて加速して、撃ってまた引かれる繰り
返しが限りない加速を生んでいる。

(見えた! 犬飼倫太郎と円山円!!)

 風を食うイオイソゴは遠巻きであるが確かに見た。軍用犬に乗って駆け去りつつある2人を。

(ひひっ。直接戦って負ける相手ではないという自負こそあるが、いまの肝腎はあくまで伝令の可否……。わしの存在を
知ったが最後、奴らのうち片方は必ずや足止めに徹するじゃろう。よって姿を現してやる必要などない。つまり今わしが取
るべき最尤の手は)

 黯々(くろぐろ)と、笑う。

(暗殺……)

 体を戻し、手近な太い枝の上に直立した少女はその衝撃で上の梢が細かな青葉を何枚もひらひらと落とすなか右腕を伸
ばし……耆著をいつでも弾ける体勢をとる。

(彼我の距離およそ300めーとる。……何もなければこの距離からでも順々に脳天をば狙撃して密殺できるのじゃが……)

 ま、警戒ぐらいするわの……微苦笑をたたえるどんぐり眼に映るのは、無数の風船であった。

(彼奴らめ。疾駆する軍用犬の背後に”ばぶるけいじ”を密集させておる…………!)

 なぜか一瞬だけ下を見たイオイソゴは「……ニタリ」と笑った。地面に刻まれていたのは”軍用犬の足跡のみ”である。

(ひひっ。およそ察したわ連中の考え)

 視線は再び、前方かなたへ。

 球が集まる都合上、隙間じたいはあるにはある。だが風船ゆえにゆらゆらと揺れてもいる。300mから徐々に離れつつあ
る彼らを、不規則に揺らめく風船の間を縫って撃ち抜かんとするのはリスクが高い。もし外れた場合、狙撃に気付かれ速度
をあげられる。

(奴らが目指す合流地点とやらは……ま、廃村じゃな。ここらの地形的に。距離は……奴らからあと1きろめーとるといった
ところか。迂闊に察知されれば奴らめは死力を尽くし逃げる。合流する。盟主さまの所在を……暴露する)

 犬飼たちが駆け込んでも本隊ごと斃せばいい……というのは火渡のような広域殲滅型でも無い限り描いてはならぬ考えだ。

(こと駆け引きにおいては双(なら)ぶ者なしと自負しておるわしじゃが、10名以上相手どれば必ずどこかで綻びを突かれ敗北
する。まして本隊は記録保持者十数人をも含む精強揃い……。『磁力』や『えねるぎー攻撃』といった相性でわしに勝る能力の
持ち主どもすら或いは、おる)

 盟主にこそ忠誠を誓っているイオイソゴだが、無理に死を賭してまで彼の所在を隠匿しようとは思わない。

(ひひっ。わしが戦う理由は鳩尾無銘……。きゃつを喰うまで死ねるかよ)

 ホムンクルス幼体を埋め込まれた胚児を食したいというおぞましい欲求で彼を生誕せしめたのが10年前。
 以来ずっと探し続けていた無銘の片腕を彼自身の奇策によって食してまだ6時間も経っていない。
 ホムンクルスなれどまろやかな、男児の肉のトロトロっした舌触りや唾液による溶け具合を思い返すたび涎が止まらぬ
イオイソゴだから、彼のおらぬ戦団本隊相手に大立ち回りの死闘を繰り広げるつまりは……無い。

(じゃから犬飼どもは合流前に、叩く!!)
0195永遠の扉
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2018/03/17(土) 21:36:53.60ID:k2q8zgoN
 後方を風船で覆われているため狙撃での殺害は不可能な、彼ら。
 さればと軍用犬の足に照準を定めかけたイオイソゴであったが、そちらにも風船は、充満している。

(ひひ、やりおるわ。足すら奪えぬ以上……近づく他なくなった……!)

 イオイソゴは再び溶け、静かに加速する。犬飼たちに追いつき、伝令を、阻むために。

(今回は銀成における不殺の足止めとは違う……! 本気の戦闘、相手を殺していいという)

(わしの、本領よ!!)

.

..

「断言する。不意の遭遇戦さえなければ、僕たちが次に出会う幹部は……決まっている。追ってくるのは──…」

「木星の、幹部だ」

 遡るコト7分17秒前、犬飼にそう告げられた円山は、男性なのが信じられないほど長い睫毛をはしはしとさせた。さまざま
なコトが意外、だったのだ。

「根拠は? あなたも銀成市のドンパチは聞いてるから知ってると思うけど、火星の幹部って鳥型よね? 機動力的には
そっちの方が追撃に向いてるんじゃないの?」

 混ぜかえす見た目美女の男性に、眼鏡をかけた卑屈気味な大学生風の青年は、「そっちは不意の遭遇戦の率のが高い」
と言い切った。

「……アナタにしては珍しく自信たっぷりねえ。てか……何に対して怒ってるの?」
「そこは関係ないだろ! いいから聞け! お前に早くバブルケイジを出して貰わないと進まないんだよ!」
「まあいいけど」。円山は不承不承、武装錬金を……発動し、後方に撒いた。

「で、どうして木星が追ってくるって断言できるの?」
「戦団が合流前に叩かれ始めているからだ。お前も見ただろ。火渡戦士長の火球と、サップドーラーの竜巻を含んだ雪崩
がまったく別な場所で上がるのを」
「見たけど、なんでそれが木星と……? というかコッチが合流する前に叩くってそれ、どんな共同体でも思いつくコトでしょ?
予め、前から、大戦士長救出部隊が集結し始めたら合流前叩くってレティクルはそう、決めていたんじゃないの?」
 順を追って言う。犬飼は、注げた。
「もしアイツらが各個撃破を重視しているなら、銀成で戦士たちを殺してただろ」
「ア……」
 円山は気付く。斗貴子でさえ苦戦する幹部が7人も居たのに関わらず、例えば剛太や桜花のような”殺しやすい”戦士ですら
見逃され、生存している事実に。犬飼は息を吸い、やや早口で説明し始めた。
「アイツらの目的はどうも戦団の破壊そのものには無さそうだ。『器』がどうとか言ってたらしいし、何か厄介な存在を生むために
大きな戦いを欲しているフシがある」
「……つまり、戦団を合流させてから叩きたかった…………? でもそれ現状(いま)と矛盾するわよね」
 盟主のせいさ。盟主が目論みを狂わせたと犬飼は断言する。
「幹部たちが合流前の戦団を各個撃破しにかかっているのは……ついでというか、カモフラージュだ。本命は盟主の捜索。
盟主を捜しているのを悟られないために、盟主が予想外の単身出撃をやらかしてしまったのを悟られないために、戦士た
ちを攻撃し、いかにも合流前叩くという当たり前の最善手を取っているよう……見せかけてるんだ」
「……。あー。確かに私たちもいきなり盟主が出てくるなんて思いもしてなかったもんね。そういえばレティクルにはあらゆる
傷をたちどころに治すっていう金星の幹部が居るけど……」
「もし盟主の出撃が予定どおりだっていうなら、奴らは絶対、そいつを随伴させた。でも盟主は1人だったから」
「向こうもまさか初っ端から1人で出て行かれるとは……思ってなかった」
0196永遠の扉
垢版 |
2018/03/17(土) 21:38:10.07ID:k2q8zgoN
 ああ。犬飼は頷き、眼鏡の奥の瞳を光らせ、ここからが追跡者の予想の根拠と前置きし、言う。
「盟主が、トップが予想外に不在になったら、誰かが代わりに舵を取る。決戦前、だからね。そして銀成からの報告を、毒島
が万が一幹部どもと遭遇した場合の参考にと送ってくれたレポートと付き合わせると……」
「いかにも老獪だった木星、と。確かに彼女なら各個撃破と盟主の捜索を同時にやれるよう指示するわね」
「で、アイツなら咄嗟に伝令の遮断も思いつき、それは自分に一任するよう言いつける」
「盟主を闇雲に捜しつつ、戦士にも攻撃しなきゃいけない他の幹部たちと違って、戦歴500年らしい忍びの木星だから、
盟主の追跡はかなりの精度、見つけるとすればまず自分って思いはあるでしょうし、なら発見からの伝令追跡も自分だろう
と考える。任意車……だったかしら。忍法を使えば分身できて、『盟主を慰撫工作しつつ』、『追跡も』できるし」
 ここまで器用な芸当、他の幹部じゃ無理よね、という円山の問いかけに犬飼も頷く。
0197永遠の扉
垢版 |
2018/03/17(土) 21:38:26.89ID:k2q8zgoN
「下っ端丸出しの冥王星じゃ不安だし、海王星は1人に激発するともう1人の動向が目に入らなくなり……逃げられる。、天
王星と土星、あと今はレティクルに与しているらしいムーンフェイスは掴み辛い奴だから、木星の方も疑うんじゃないかな、
盟主を売りかねないって」
「月といえば、月を関する幹部は手足がないらしいから追撃には不向き、金星は前述どおり盟主に随伴しなきゃだから、こ
れまた除外。……アレ? じゃあ水星は? 音楽隊リーダーをどこかに飛ばしたらしい空間操作を私たちに使えば、伝令遮断
なんて一発なんじゃ……?」
「いやそれが出来るなら盟主にこそ使うべきだろ」
「特性破壊があるのに? 脱出されるかも知れない盟主の方を閉じ込めにかかるより、一度かかれば絶対出れない私たちの
方を捕まえた方が確実だと思うけど?」
 あ、という顔を犬飼はした。(さすがにそこまでの予想は無理だったようね)。円山は呆れたが、
「逢ったコトあるっていう音楽隊の鐶の話じゃ、水星は怠け者のようだし、遠方まで進んでくる可能性は低いかもね」
 とフォローする。
「それよりも問題は火星よね? アイツは水星とは逆で凄まじく攻撃的。木星が『自分以外は伝令に手を出すな』と厳命して
いたとしても」
0198永遠の扉
垢版 |
2018/03/17(土) 21:38:47.13ID:k2q8zgoN
「……逆らうかもな。自分の力を誇示したい奴ほど、命令とか、最善手に笑って逆らうから……」
 かくいう犬飼自身、夏の再殺では、ヴィクターV武藤カズキを見つけるや戦団に連絡1つせず攻撃している。普通の組織人
であれば索敵にしか長けていない己が身上を弁え、戦闘専門の同僚にバトンタッチするべきなのに、だ。
「火星と不意の遭遇戦するかもってのは、そこからだよ。正直、出くわしたくないぞこっちは……」
「シルバースキンさえ分解しちゃったっていうもんね、彼……」
 超絶火力で、かつ残虐という火星(ディプレス)を2人はつくづくと恐れた。
「一番怖いのは、僕たちを発見するや鳥型ゆえの高速で突撃! 分解能力で不意打ちして瞬殺……だから」
「なるほど。バブルケイジ、後ろだけじゃなく上と左右にも配置した方が良さそうね」
 アヒアヒ言いながら持ち場へ動いていく風船爆弾に、お前だいぶ出血したのに冴えてるな……犬飼は驚いた。
「だがまあ、そうだ。抑止力になる。『身長を吹き飛ばす』風船爆弾が、ブ厚い層を作って僕たちを守っていたら、ディプレス
とかいう火星は突撃していいかどうか……迷う」
「そうね。だって彼、私と一戦交えたコトないもの。私のバブルケイジは『触れた者の身長を吹き飛ばす』。対する火星の武
装錬金は『触れたものを分解する』。でも話じゃボールペン程度の大きさしかないのよね」
「そんなものが『15cm』吹き飛ばす風船爆弾と接触したら……どうなるか? 答えはやってみるまで分からない。分解前に
火星の武装錬金が消滅する可能性だってあるし、火星の幹部だってそれは描く。『だとすれば、自分はノーガードでバブル
ケイジの群れに突っ込んでいってしまうんじゃないか』『カウンターで身長総て吹き飛ばされ死ぬんじゃないか……』とも」
「つまり……結果どうなるかはともかく、危惧させて牽制して、迂闊に飛び込めなくするのね火星の幹部を、バブルケイジで」
「ああ。遭遇後すぐの即死さえなければ逃げられる可能性は少しだけど残る。相手が、木星(ほんめい)だったとしても」
0199永遠の扉
垢版 |
2018/03/17(土) 21:39:33.75ID:k2q8zgoN
.

(狙撃による暗殺は避けれる……か。ひひっ。ようも少ない手札でわしとでぃぷれす両名への最善手を組み立てた!)

.

 耆著の磁力ゆえに足が速く、老獪の冷静ゆえに足を掬われぬ自分がレティクルで最も伝令阻止に最適だと自認するイオ
イソゴだから、上記の理由で予測を合致させた犬飼たちの判断を見事だと内心で喝采する。

 密やかに木々を抜けたイオイソゴ。先ほどの300mの相対距離を縮めきるだけでは飽き足らず、犬飼たちをも静かに
抜き去っている。佇んでいる場所をX軸で述べるのなら、潰すべき伝令たちの前方およそ50mの座標であろう。

 Y軸で、述べるなら──…

 鬱蒼を極める物質に囲まれながら、イオイソゴは思索を重ねる。

(狙うは1つ)

((一撃必殺!!))

 奇しくも結論は犬飼と円山のそれと一致したものだった。

(木星の幹部の最善手は『戦闘さえ起こさず僕たちを殺す』!)
(銀成で早坂秋水に出し抜かれた彼女だからこそ、同じ轍は踏まぬと決めてるでしょうね!)

『戦闘』となれば会話が生じ、会話によってイオイソゴは伝令を見過ごすポカを……やりかねない。

(それはわしが一番よくわかっていること! かの鳩尾無銘がむざむざわしに片腕を喰わせたのは奴への食欲をして判断
を狂わせるため!)
(そして僕は大戦士長が誘拐された正にその当日、偶然とはいえ鳩尾無銘をレイビーズ用の犬笛で呼び寄せている!)
(それは土壇場でのカードになりうる! 『お前が食べたくて仕方ないアイツを僕は呼べる、生かしておいた方が得だよ』と
かいった申し出で)
(わしを迷わせ、円山を本隊へ合流させるまでの時間稼ぎをするのは……可能! ひひっ、正直それをやられれば本気で
隙をば作ってしまうからの! じゃから!)

 一撃必殺。最大火力で戦闘すら経ず犬飼・円山両名を葬ってしまうのが、良い。

(それを警戒しているから連中は前方以外総てを”ばぶるけいじ”で覆っているのじゃ。正確にいえば正に泡の如く出しては
消しての繰り返しよ。術者から一定距離離れたものをわざわざ消しておるのはかの風船爆弾が高速では飛べぬ故……。
遁走する自動人形に騎(の)りつつ周囲に展開しているのは……そういう機(からくり)よ)

 かくて充満させたバブルケイジにて。

 イオイソゴの遠方からの一撃必殺を防ぐ。
 イオイソゴの、背後を始めとする死角から接近しての一撃必殺を防ぐ。コンセプトは単純だ。

(じゃが……ひひっ)。童女の見た目に不釣合いな、貫禄ある顎の撫で方をしながらイオイソゴ、無数の葉の間から犬飼たち
をしげしげ眺める。ここは森……葉の間から敵を見るのは、容易い。

(前だけ開けておるのが気になるの。前方に風船爆弾を配置していないのが気になる)

 弾が尽きているのかとも考えたが、

(泡の如く出しては消してを繰り返している以上、円山めはもはや精神力の磨耗など慮外も慮外。恐らく相当な疲弊じゃろ
うが、伝令を成し遂げさえすれば治療は受けられる……。でぃぷれすめに瞬殺される万一に備えているのもあろう……)

 老獪なるくの一の戦略意思決定において重要なのはしかし製造方法ではない。相手の、打ち筋だ。
0200永遠の扉
垢版 |
2018/03/17(土) 21:40:41.40ID:k2q8zgoN
(あの方法なれば前方にも風船を配せる筈ぞ。じゃが……しておらん。視界確保のため? いや。でぃぷれすめを仮想敵と
奠(さだ)めておる以上、『前から超高速でこられた場合、見えていても対処がおいつかず……即死』という筋書きぐらい奴ら
も描いたはず)

 ライオットシールドや溶接のマスクの如く、最低限の覗き窓だけ残してあとは前方一面風船で……というのがもっとも安全の
筈なのに……犬飼たちはしていない。イオイソゴはそこが引っ掛かった。

(ひひっ。こういういかにも手薄な箇所というのは痛烈な火線を集めるための路(みち)……なのじゃよ)

(そう! 空けているのは──…)
(わざとだ! こちらから木星の幹部が来れば僕たちも彼女を……)
0201永遠の扉
垢版 |
2018/03/17(土) 21:40:57.21ID:k2q8zgoN
 一撃必殺できる……策があるとイオイソゴは看過する。

(決め手となるのは恐らく剣持真希士の核鉄! 銀成の戦士どもと鐶光めが戦う少し前、犬飼に貸与され我らがあじとを
割り出す決め手となったLII(52)の核鉄! ……そう、奴らはそれ含め今『3個』核鉄を所持しておる!)

 それ即ちどちらかがダブル武装錬金可能という、事実。

(そして!)

 幼い老婆は思い出す。これまで追い続けてきた軍用犬の足跡の傍のどれもに、血が一滴たりと寄り添っていなかった
という事実を。

(盟主さまに重傷を負わされた円山が、止血に当てるべき核鉄をただ風船爆弾と変じているだけであれば、血は止め処な
く流れ落ち軍用犬の足跡を彩っていた筈! にも関わらず『なかった』ということは……ひひっ、普通に考えればこれはもう
確定、じゃろうな。LII(52)の核鉄で止血しておると。止血がてらダブル武装錬金発動できるよう……備えておると)
0202永遠の扉
垢版 |
2018/03/17(土) 21:41:13.25ID:k2q8zgoN
 かかれ、乗って来い。犬飼は祈るような気持ちで正面を、見据える。

(『切り札』なら一撃必殺できるんだ。木星の幹部は津村斗貴子たち5人を相手取ってほぼ勝ちかけていた相手なんだ。
一撃必殺で葬らない限り……僕たちは絶対、殺される……!)

 彼と、隠れ潜むイオイソゴとの距離残り……21m。

(うぃる坊から聞いたことがある)

 武装錬金やその特性は、時系列によって変わると。

(鐶めの年齢操作の短剣がいい例よ。あれは時系列によって楯山千歳や鈴木震洋の物だったという)

 バブルケイジの特性もまた、変わる。

(このわしを一撃必殺せんと目論むならまずそれを織り込むじゃろうな。ま、あくまで、わしが前方から攻める場合は、じゃが)
(……。後方からの奇襲は絶対にないと言い切れる。狙撃は絶対阻んで割れる。だからこそ、木星が、風船同士のわずかな
隙間から、磁性流体化のゲル状態ですり抜けて奇襲って可能性もあるけど)
0203永遠の扉
垢版 |
2018/03/17(土) 21:41:33.36ID:k2q8zgoN
 その場合、円山は破裂の風でビリヤードの如く玉突き衝突する風船の運動で、隙間を埋め、イオイソゴに接触させる算段!

(あの幹部は150cm足らず。10発着弾すれば消滅は免れない)

 円山の眼前に広がる風船爆弾は60超。前方以外から直接こられた場合、まず消せる。

(磁性流体化でこの身をば引き伸ばし身長を高める手段もあるにはあるが、ひひっ、それでは機動性が失われる)

 一撃必殺をしくじった場合ただちに開始される追撃戦においてそれは絶対の不利である。



(何より敵は盟主さま相手に密着の連射を習得したばかり……。注視しておる後方からの接近はちと”りすく”が高いかの。
何よりばぶるけいじの基準とする身長が『磁性流体化前の』物であったら、機動性そこなわぬ身長をば保持しても無駄なこと……)

 彼我の距離、残り、4m。鬱蒼と広がる森の枝を、鮮やかな緑とくすんだオレンジ色の落ち葉たちを、血眼で監視する犬飼。

(どこから来る……? 枝の上? それとも溶けられるっていうから……地中から?)
「どちらでもないよ」

 どこからかの声に、

(なっ)

 風船の隙間からぼこぼこと滑り込んでくる漆黒の粘塊に円山は息を呑んだ。

(し、身長を吹き飛ばされるのが分かっているのに、敢えて!? まさか自分以外の溶かした何か!? それとも分身!)

 だが本体だった場合、千載一遇の勝機を逃す。円山は風船を破裂させるほか無かった。
 果たして風船の隙間で沸騰していたドス黒い肉片のようなものは消し飛んだ。

(けど! 敢えてダミーで風船爆弾を全滅させ、ガラ開きになったところを──…)

 衝く、という可能性も想定済みの円山だから再配備は、早い。或いは出しては消しての繰り返しはその練習だったのかも
知れない。ともかく彼の背後は、再び、瞬く間に風船爆弾で埋め尽くされた。

(ひひっ)

 どこかで、イオイソゴ=キシャクは、幼い風貌相応のあどけなさで両目を景気よく不等号に細め──…

 まんまるな拳を、突き上げた。

(いよいよ勝負! 勝負の直前はいつだって、ワクワクするのじゃー!!)

 犬飼の議題は、先ほど背後から奇襲してきたゲル状。

(分身だとするなら!!)

 キっと歯噛みする彼の眼前で、地面が爆ぜ……何かが、来た。

(……木星にしては小さすぎる影!)
(石か何か! 本命のための囮!)

 咄嗟の出来事であったから、犬飼も円山も、わずか7mほど前方の地面から突如として飛びあがってきた”それ”の全体像
は掴めなかった。場所も、悪かった。9月中旬の16時半ごろの心もとない日照が、頭上に繁っている木々によって更に薄暗く
遮られていた。
 ……。
0204永遠の扉
垢版 |
2018/03/17(土) 21:41:53.56ID:k2q8zgoN
 犬飼と円山は、戦士として、最大の注意を払っていた。わずか数時間前の銀成市における戦いを念頭に、イオイソゴの
武装錬金特性を把握し、老獪さをも念頭に入れ、互いの互いに対する最善手がいかな応酬を生むか、いかに自分たちが
虚を衝かれうるか、10分にも満たぬの撤退戦の中、死力を絞り検討し……対処できるよう、心がけていた。

 彼らの名誉のために言えば、彼らに、油断は、なかった。

 7m先の地面から、地蔵の頭部ほどの『何か』が飛んできた瞬間だって、”それ”が何であろうと、風船爆弾であれば2発も
あれば完全消滅できると判断し、軍用犬で突っ込んでいく中、油断なくイオイソゴの奇襲を警戒しながら、差し向けた円山に、
一切の油断は……なかった。

 飛んできた物の正体を、見るまでは。

 隙とは油断からしか発祥しえぬものではない。戦慄もまた苗床である。

 伝令後発令する策動の流れの果て救出すべき対象の生首が轟然と飛んでくるのを見て戦慄せぬ先遣隊はいない。
 そう。
 7m先の地面から出現し、飛んできたのは──…

 大戦士長・坂口照星の生首だった。

(ばっ!!)
(ダミー!? それともまさか……本物!?)

 一連の流れを救出その一点に収束すべき作戦行動の裡にある円山は、吹き飛ばせるはずの物を吹き飛ばせなかった!
遺骸であるなら問題はないという考えは、銀成の戦いの総てを把握しているからこそ……できなかった! 金星の幹部、
グレイズィング=メディックの武装錬金を行使しうる総角主税(コピーキャット)であれば、或いはどうにかできるのではない
かという期待が……

 これまで最善手を撃ち続けてきた筈の円山から最良の打ち筋を奪ったのだ!!

 果たして円山に衝突する坂口照星!!

 犬飼倫太郎が戦慄したのはおぞましい被弾によって、兼ねてより失血状態の円山が軍用犬から落ち始めたコト……

 ではない。

 減速し落ち行く朋輩を振り返った瞬間、視界の片隅に入った光景である。

 枝が、溶けていた。先ほどからの制動距離を考えるとそれはちょうど、風船爆弾に暗黒色の溶融が潜り込んで来た場所
であり……『照星』は、そこめがけ、弾丸のように引かれているようだった。

(磁力!! さっきの後ろからの奇襲は僕たちを狙ったものじゃなく! 大戦士長……を、あの場所に突撃させるための布石!
無茶な特攻かと迷わせたコトじたい既にミスリード! 真の狙いはこの布石を隠すため……!!)

 円山を突き飛ばして飛翔する上司の、眼窩や、耳鼻や、口から、どろどろとした腐汁にも似た磁性流体が風にたなびき散って
いくのを見た犬飼が吐瀉の誘惑に駆られたのを、生理的に不可避な隙を作ってしまったのを、いったい誰が責められよう。

「ひひっ」

 ちょうど20m×20mの面積だった。犬飼と円山は絶望的なまでに中心だった。

「忍法、虫とり草」

 突如として紫紺に変色し波打った地面があたかも風呂敷の四隅を摘んだように隆起して、先遣隊最後の2人を包囲した。
0205永遠の扉
垢版 |
2018/03/17(土) 21:42:51.24ID:k2q8zgoN
(あっ)

 と犬飼が呻くころにはもう遅い。磁性流体化した地面はもう彼と円山を包み込んで飲み干した。反射的に犬笛を吹きレイビー
ズに脱出させんとした青年であったが、地面ごと巻き込まれた無数の木々が大嵐を浴びたように倒れこんでくる中では叶わない。
やがて激しく縺れ合い折り重なる木々に円山の髪や犬飼の手が埋もれていき──…

 磁性流体化した地面は四隅をキュっと錐揉んで密封され……緩やかにだが確実なる収縮を始めた。

「貴様たちは貴様たちの武装錬金特性を活かし戦う他ない。正しいよそれは。認めよう」

 災禍を免れた森の木の間から、小柄な少女が影と光の傾斜の中、歩み出た。

「しかしだ。じゃからといってわしまでもがわしの武装錬金特性のみで戦うだろうという前提は……違うよ?」

 頭から落ち葉が舞うところを見ると、どうやら地中に居たらしい少女。

 先の激変からいかな磁力操作で救ったのか。落ちていた坂口照星の生首を苦み走った会心の笑みで拾い上げながら、
歌うように告げる。

「本物じゃ。あじとをでる時、使えると思い切断し……磁性流体化によって携行しておいた。追跡中、ずっとな」
 本来は人質の殺害など、誘拐事件において悪手でしかないが……
「ひひっ、ぐれいじんぐ健在かつ24時間以内であれば蘇生できる以上、何をば吝(おし)む理由ぞある? 『こやつにはまだ
大事な役目もある』……。生き返らせてはやるよ必ず」

 しかし如何な貴様らでもそこまでは臨機で描けなかったろう……くっくっと肩を揺するイオイソゴ。

 勝負を真に制する者は、小競り合いに連勝する者ではない。戦闘の躯幹構造そのものを一変しうる者である。
 幼き忍びは要救助者の死亡という衝撃的事実の製造を以って油断なき犬飼たちの隙を無理やりこじ開けた。
 こじ開けるためだけに、何ら怨みのない坂口照星を斬首してのけたのだ。

(ま……うっすら記憶に残っている父御と似たような声で…………むしろ好き、じゃったがの)

 生首を薄い胸に抱きしめ、愛らしい子供の感傷を浮かべるのが却ってますます惨たらしいイオイソゴは。

 薬師寺天膳という伊賀の忍びの娘である。

「蘇生さえすれば、ヌシはぐれいじんぐが死んだとしても生き続けるよ……? 医者が死んでも患者への治療の成果が消え
ぬように……ばすたばろんの踏み砕いた”びる”が武装解除後も治らぬように……ヌシはちゃんと天命を全うできる」

 でも、痛い思いさせて、すまぬの……。幼い双眸をややくしゃくしゃにして申し訳なさそうに頬を赤らめる木星の幹部。

 だが同時に、速乾した瞳で、こうも、思った。自分が殺した命の重みが胸の中にあるのを忘れたように、思った。

(残るは集結しつつある戦士どもの壊乱よ。ひひっ。『あやつ』に出張ってもらうとしよう)

 そろそろ底も見えておるからのう……冷然たる笑みを浮かべるイオイソゴ。先ほど己でさえ出向けば死は免れないと断言
した本隊であるのに、同輩であるだろう『あやつ』は差し向けようというのである。また殺そうと、いうのである。

.

..

 数分後。合流地点の廃村で、津村斗貴子は眦が裂けんばかりに目を見開いていた。

「馬鹿な……! どうしてお前が…………!」

 火渡赤馬は凶笑しながら炎を出し──…

 合流していた鐶光は、感傷を以って来訪者を、眺めた。
0207作者の都合により名無しです
垢版 |
2018/03/18(日) 16:09:28.20ID:ctcnPz3R
0208作者の都合により名無しです
垢版 |
2018/03/24(土) 13:02:37.38ID:G/eLX/dz
>>スターダストさん
なるほど、確かに! 「小人になる」だとコミカルに聞こえますが、実際は「際限なく縮む」です
もんね。消滅まで。で「小人(しょうじん)」じみてますが犬飼の葛藤は共感できます。達成では
足りぬ、認められたい。分野によってはそうでなくては無意味なものもありますしね。プロの創作とか。
0209スターダスト ◆C.B5VSJlKU
垢版 |
2018/04/04(水) 00:32:57.81ID:5uHkev3X
>>179に書こう書こうと思ってたのに忘れてた今の項の大前提があったので、加筆。


 犬飼は訳もわからぬといった様子で僚友を見ていたが、ほぼ死微笑の面頬の下に真紅の瀦(みずたまり)が絶望的な
速度で広がっていくのを認めた瞬間、森全体へ木霊する同口同音の電撃的な迸りは彼を円山に駆け寄らせる原動力と
相成った。

「メ! メルスティーンお前!! いったい何を……!!!」

から

 犬飼は訳もわからぬといった様子で僚友を見ていたが、ほぼ死微笑の面頬の下に真紅の瀦(みずたまり)が絶望的な
速度で広がっていくのを認めた瞬間、森全体へ木霊する同口同音の電撃的な迸りは彼を円山に駆け寄らせる原動力と
相成った。

(ケガの状態も気になるが……預けていた無線機! 通信手段が全滅したら…………伝令! 合流地点まで行かなきゃな
くなる!そうなったら果たして出来るのか……!? この盟主から逃げのび……られるのか……!?)

 斬撃のせいだろう。円山の携帯電話ともどもバラバラのジャンクとなって散らばっている。修復は明らかに不可能であった。

(くっ! 非常時用が……! ボクのケータイはまだあるけど……山だぞここは! 火渡戦士長たちまで届くのか電波……!)

 思考を切り裂くよう掠め去ったひゅんという音の正体を犬飼が突き止めたのは、縦に裂けた胸ポケットから落ちていく真二
つの端末を見た瞬間だ。大刀を軽く振り終わった盟主はちょっと肩を竦めた。

「ふ。高かったろうに……悪いね。けど君のようなタイプを壊し壊されへ引きずり出すにはこういうシチュが必要、だろ?」
(いったい何を……! というか戦部のは!? 戦部のが無事なら今すぐこの状況を戦団に……!)
「諦めろ犬飼。俺のもやられた。両断の時なのか『その次』なのか……。ともかく電信はもう総て断たれた、諦めろ」

 腕を揉みねじりながら、これも一興と言わんばかりに薄ら笑う戦部に犬飼は理解する。

 円山が、盟主の奇襲直後すぐ「犬飼を離脱させるほか戦団に急報する術はない」と判断した真の理由を。

(円山は……アイツは……分かっていたんだ。盟主がまず連絡の手段を、無線や携帯を潰してくるって……!)

 或いはその鋭さ故に狙い打たれたかも知れない血みどろの朋輩の前で犬飼は叫ぶ。どうして、どうやって、やられたのだと。

「メ! メルスティーンお前!! いったい何を……!!!」

以上。以下、続き。
0210永遠の扉
垢版 |
2018/04/04(水) 00:33:35.20ID:5uHkev3X
第104話 「タングステン0307(前編)」

 イオイソゴに捕捉される少し前。

 数々の対応策を矢継ぎ早に告げた犬飼倫太郎に、円山円は瞳を名の如く変じていた。

「ひどく冴えてきてるわね犬飼ちゃん。そんなにしてまであの盟主に一矢報いたいの?」
「ああ報いてやりたいね」。犬飼の頬に、卑屈で陰湿な笑いが広がった。
「アイツはボクを……このボクを…………見逃しやがった。軽く壊せる、だから壊してもつまらないとばかり……! しかもボクが
命がけで果たそうとする伝令すら、アイツは自分が愉しむため是非やれと、やって尽くせと……言わんばかり…………!」
 フザけやがって。叫びを押し殺したのは追跡を警戒してのコトだろう。だが大声で叫ぶコトさえ許されない現況は、怒号
1つ好きに上げられない実力のなさは、犬飼の卑屈な精神をますます黒く煮え滾らせる。
「誰がアイツの破壊の作楽(サクラ)になってやるか……!! 覚えていろ、許さない。見逃したコトを後悔させてやる。お前
は見逃したボクの伝令によって特性合一(きりふだ)すら知られ斃されるんだ……!」
(そーいうトコが小者だって言われる所以だろうに……)
 円山は弱々しく笑う。止血用の核鉄で武装錬金しているのだ、血色は、青い。
「だから生きて本隊と合流する! 盟主の能力と所在さえ速攻で伝達すれば、あの野郎は誰ひとり殺せず死ぬだろ! 最高
の当てつけだね。やるよ、やっちゃうよボクは。たとえ木星やらの幹部が追ってこようと……やってやる!」
 なんか小者っぽさが一周して逆に格好よくなってない? 麗人はクスクス笑った。」
「でも自分なりに使命を果たしたいっていうのが今回はあるっていうか……もしかして助けたい気分でいっぱいだったりする?
重傷負っちゃってる私とか、ほとんど勝ち目のない足止めする羽目になっちゃった戦部とかを…………武装錬金(このちか
ら)で救ってみたいとかガラにもなく、思ってる?」
 並走する犬飼の瞳孔が少し驚愕に収縮したのを円山は見逃さなかったが、”それ”がかつて『ヴィクターV』の言ったコトと
合致しているせいだとまでは──あのときの発言直前、離脱していたせいで──気付けなかった。

「それとも単に功名心? どうせただ逃げ帰るだけじゃまた周囲(まわり)に馬鹿にされるから、今回は1位の記録保持者と
ついでに私を救って……勲功を加増してやろうって腹積もり?」

「別に。ただ必死なだけさ」

 犬飼は浮かべた。無理のある。卑屈な笑いを。

「ぶ、無事伝令を務めて本隊に合流できたら、後は安全な後方で終戦と叙勲を待つだけなんだよこっちは。なのにむざむざ
やられてやる訳にはいかないね。だいたい戦部は好きで残った奴なんだ」
「ふーん」。いろいろ見透かしたような眼差しの円山に犬飼は「い、いざとなったらお前を囮にしてでも逃げてやるからな!」と
強がって、みせる。
「そうさ。伝令なんて1人居れば充分だろうが。2人いたら手柄は半減なんだ、逃げる囮にした方が……賢い、だろうが」
 第一こいつの持ち主はボクなんだよと犬笛を指で叩き卑屈な笑みを浮かべる犬飼。
「ボクに何かあればレイビーズは即刻停止。2人とも捕まって死ぬんだよ。だったらどっちの生存を優先すべきか分かるだろ
お前も」
 だから何かあったらお前が囮になれ、ボクは逃げる……と言い放つ犬飼だが、口角のぎこちなさからするとどうも本心では
なく悪ぶっているだけらしい。そうであろう、考えるまでもなく分かるコトだ。仲間を見捨てて囮にして1人逃げおおせた男が
受けられる風評など……ただ1つではないか。
 理解しているはずなのに、犬飼は、言う。円山も守って逃げ切ると断言(ほしょう)してしまうと、それは敵対する自分さえ
も救って立ち去った『ヴィクターV』と同じになってしまうと分かっているから、心にもないコトを言ってしまったのだ。

「……でもまあ、円山。とりあえず礼はいってやるよ」
「なによいきなり。ちょっと気持ち悪いんだけど?」
「うるさい。ボクの立案になんだかんだで付き合う以上、礼いっとかないと……あとで色々うるさいだろ」
「らしくないっていうか……成長したの犬飼ちゃん?」
「黙れ。あと……戦部にもな。もし会うコトがあったら伝えとけ。お前の言葉、参考になったって」
「何ソレ? 結局見捨てて殺すから、あの世であの人にも伝えろ的なアレ?」
「………………そんなトコさ」


.
0211永遠の扉
垢版 |
2018/04/04(水) 00:34:50.25ID:5uHkev3X
 虫とり草とは本来、磁性流体化で扁平に潰れきったイオイソゴ本体を床や地面に設置する忍法である!

『置き』ゆえ機動性は皆無であり、当てるには相当の読みが必要とされるが当たりさえすれば一撃必殺! 対象が直近を
通過するやゲル肉と溶融しているイオイソゴの肉体がまさに食虫植物の如くに取り巻き……全身に仕込んでいる五百五十
五の耆著の着弾を以って獲物を”おもゆ”の如く煮崩すやドロドロのイオイソゴと溶融せしめ強引に消化する!

 完全版であればレティクルの幹部でさえ特定3名以外まず脱出不能の虫取り草。

 だがイオイソゴが犬飼たちに使った虫とり草は自分ではなく森の地面を隆起させたいわば不完全版であった!
 彼女はなぜそれを使ったのか。一刻でも早く伝令を断つべき状況で、イオイソゴ自身犬飼たちには一撃必殺を使う他な
いと考えてはいたにも関わらず……どうして不完全版に留めたのか?

 その、理由は──…



 破獄。暗然と波打っていた磁性の牢が内側から弾け飛んだ。めらめらと火のついた磁性流体の破片が、発掘現場のよう
に直方体と刳り抜かれた森の地面にびしゃびしゃとぶつかり飛沫を上げるなか前へ前へと中空を滑翔するのは2人の男と
……無数の、風船爆弾。
0212永遠の扉
垢版 |
2018/04/04(水) 00:35:06.27ID:5uHkev3X
(バブルケイジA・T(アナザータイプ)。円山の隠し持ってたコイツは)
(爆発によって無限増殖! その飽和によって木星の幹部の牢獄を弾き飛ばした!!)

 2人の心を過(よ)ぎるは盟主の言葉。

『仲間が、ウィルが、時間に対し結構な無茶をやってくれたからねえ。あるんだよ、別の歴史の記憶が、君たちに。歴史が
リスタートするたび消え損ねた記憶が蓄積している。いわば別系統の歴史の君たちの精神が……宿っているのさ』

(精神は武装錬金の根源! 2つの特性を有する盟主があのとき円山に曰くありげな態度を取った原因がコレだった!)

『中村剛太が斗貴子を守らんと奮起した際その場に『犬飼と円山と毒島が居なかった』時系列』

 からの承継によって円山が戦士になった頃から既に密かに隠し持っていたA・Tの増殖飽和によってからくも虫とり草の結
界を突破した犬飼! 脱出直前すでに公衆電話のボックスと同サイズにまで収縮していた結界内で無限増殖の風船爆弾
を炸裂させたが為に再殺部隊の制服は到るところが無惨に焦げ満身もまた創痍である。

(けど爆発に25……いや65、65mは吹っ飛ばされてなお飛んでいるから合流地点までの距離が僅かなりと削れている! 
105……145! 残り838m! 本隊の集合地まで838m! 木星の幹部に捕捉されたのはマズいけど死力を尽くせば
抜けられない距離じゃ──…)


「させぬよ」

 どこかの声に呼応するように磁性流体の破片が不気味に蠢く。爆発で吹き飛ばされた虫とり草の残滓だ。爆心地から50m
ほどの距離に飛び散って白い煙を上げていたそれが、爆風に押されるままツツーと飛んできた犬飼たちめがけ急速に伸張し
血しぶきを、上げた。

「なっ……!?」

 犬飼倫太郎はみぞおちを中心とする胴体一帯に、致命的な貫通を受けていた。尖り切った『何か』は気管支をぐしゃぐしゃに
坐滅したあげく背中にすら突き出ている。上質なワインのような色合いの紅色の流れが惨たらしい尖塔を潤していく。

 イオイソゴの姿は先ほど坂口照星の生首を抱え一瞬の思案に浸っていた地点には既にない。

 どこかに潜む、彼女は。
0213永遠の扉
垢版 |
2018/04/04(水) 00:36:36.95ID:5uHkev3X
(ひひっ。蔵匿されし”ばぶるけいじ”を虫とり草の脱出に使うぐらい読めておったわ! よって交差法! 先の虫とり草発動
のさい折れて取り込まれ磁性流体化した手ごろな木をば──…)

 ゲル状のまま『いかにもアナザータイプの爆発で飛ばされたように見せかけ』、犬飼たちの前方へ移動! 彼らに接近と
同時に角度を調整しつつ磁性流体状態を解除! かくして元の、しかし危険な状態で原状復帰したのは!

 折れている、ブナの木だった。幹はビルの基礎杭に使えそうなほど太いのに、樹皮が生々しく白くめくれた先端は残酷なほ
ど鋭く滑らかに尖っている。
 さりとて平時であればブナは決して人に危害など及ぼさなかっただろう。
 だがこのとき犬飼は無限増殖の風船爆弾の一斉爆発に押されるまま時速89kmで中空を舞い飛んでいた。だから眼前で、
先ほど吹き飛ばした虫とり草の残飯のようなゲルが、元の、牢獄に取り込まれる直前の、地面隆起のごたごたの中ヘシ折
られた木の姿に戻りゆくのを見ても自衛行動は一切とれなかった。なぜなら同様の現象が同じく空を辷(すべ)る円山の前
方でも生じつつあったから──…

(盟主のせいで奴は重傷! 受ければ死ぬ!)

 2体のレイビーズは、円山を、尖った木から逸らすため使う他なく、そのため犬飼は自身に迫る『杭』を躱わせなかった。

(根元から折るのは……無理か! 木星の幹部め! 磁性流体から戻しがてら補強してやがる!!)

 自身をモズのハヤニエとするブナは先端以外鉄粉でコーティングされている。耆著で溶かされていたころ磁力によって
もたらされた鉄分が、成分レベルでミキシングされており、それなりの身長がある犬飼がいくら体重をかけて揺すってもブ
ナの木はビクともしない。

(抜けない!?)
(以上は!)
 少女の、果肉をぬりこめたような鮮やかな唇がひゅるるっと窄み、

(最悪だが! やるしか!!)

 犬飼は円山からUターンさせた軍用犬Bを……自分の胴体に、噛みつかせた。
0214永遠の扉
垢版 |
2018/04/04(水) 00:36:54.15ID:5uHkev3X
「ぐっ! がああああああああああああ!!!」

 己が武装錬金に胴体の肉片をボロ屑のように引き裂かせる地獄の激痛に瞳孔を見開き叫びながらも、犬飼は我が身を
横へ動かしブナから引き抜く。正気の沙汰ではない自傷行為であったものの、であるからこそか、彼の頭上やや斜め上に潜
伏中のイオイソゴは快哉を、送る。
(よもやよけよるとは! 吸息かまいたち!!)

 先ほどまで犬飼の頭のあった位置で真空の渦が爆ぜ飛んだ。

(やはりな……! これは根来や音楽隊の犬型も使える……『直撃すれば人間の頭蓋なんて一瞬で弾け飛ぶ』忍法! 身
動きできなくなってたボクにかまさぬ訳がない!)
(それを胴裂きの脱出で躱わすとは……! 一見無茶苦茶じゃが合理的かつ最短の決意! 生存の為の判断!)

 奇兵の中にあって最弱と揶揄される男の意外なる気骨に感銘し、敬服したイオイソゴは。

『だからこそ』始末しなければならないと警戒を引き上げる。澄んだ角膜に映写される少年は丁度どぼどぼと胴体から血を
飛ばしつつも着地するところだった。頼りなげにも健気にも構え攻撃に備える彼への敵意1つ孕まぬ無感情な殺意はむし
ろイオイソゴなりの仏心。

(ひひっ。明らかに重篤な後遺症が控える深手……。退役後なるもの無明の地獄、すぱりと殺るがむしろ慈悲…………)

 激動の追撃戦の戦鐘が打ち鳴らされたのは、ブナの杭から逸らされいまだ舞い飛ぶ円山円が、再殺部隊制服の襟首に
噛みついたレイビーズが1頭の首を使ったフルスイングによって一層の加速を得た瞬間で──…

 それはイオイソゴが犬飼の大出血を伴うブナ出血に意識の大部分を惹き付けられていた瞬間秘密裏に行われて、いた!

(……足止めは、犬飼!)

 やや、流線型だった。風船爆弾のスーツが、である。かつて剛太の前で火渡に馳せ参じた時の円山は、パンダとも、妖怪
の仙人とも取れる不気味な巨漢の風船着ぐるみを纏っていた。それの変形だった。ただし今回はL・X・Eでいうところの『細』
であり『太』ではない。身長は円山円本来の182cmそのままに、スマートなボディラインも維持しつつ、ただし頭部はツートン
カラーに塗り分けられた高速爆撃機の機首のような鋭角さだ。

(全速離脱! 犬飼に後事を託しただ1人合流地点へ飛び込むか!!)
0215永遠の扉
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2018/04/04(水) 00:37:11.71ID:5uHkev3X
 推力はどうするという興味を抱きつつも無意識に耆著を撃ちかけてはいた老嬢が、『逃げる相手が最高速に達する前に
叩く』という誰でも分かる最善手をできなかったのは、円山円がロケットスタートの手続きを終えるまでの刹那の間硬直した
のは、華奢な体を覆っている黒ブレザーが盛大なる血しぶきの舞台になったせいである。

(血……!? 馬鹿な! 磁性流体化によってあらゆる打撃斬撃を無効化できるわしが……出血……!?)

 予測もできない事態だった。まず成立し得ない条件だった。なぜならイオイソゴの体を浸した生暖かい血液は──…

(っ! 『わしの物ではない』!? ど、どういう)
(どこかでするだろ。必ず、パンクを……!!)

 ここから打つ策謀の様々をイオイソゴに悉く読まれる犬飼倫太郎が唯一虚をついた瞬間(こうげき)であり!

(な……なにいいいいいい!!!)

 戦歴五百年さえも震撼させる、ありえからぬ盤面!

 キラーレイビーズBの中型肉食恐竜のような鋭い爪に斬り裂かれた犬飼倫太郎の頚動脈、だった。

 樹上の枝と枝の隙間に原型で隠れ潜んでいたイオイソゴ=キシャクの全身に鉄さび臭い液体をびしゃびしゃと降りかけて
いたのは。
 ブナ脱出の胴裂き後すぐの自殺行為であった。感嘆のイオイソゴが円山に視線を移している最中の奇手だった。

(なっ……!?)

 彼女が意図を掴みかけるのもむべなるかな。それは攻撃の態などまるで成しておらぬ、行為! にも関わらず犬飼は頚
動脈を損傷するという致命的な打撃を負っている! 

(馬鹿な! 先ほど貴様はブナから脱出したではないか! 生存のための最善手を打った者がどうして自殺行為を……?!?)
「うちは代々名門の家系でね。じいちゃんは戦士長だ」
「……?」
 みるみると血色を、命の艶を失っていく青年の、卑屈で、しかしどこか誇らしげな笑みの意味をイオイソゴは理解できない。

 犬飼倫太郎は。

 確かに負け犬といわれている。だが戦う前から尻尾を巻いた負け犬では……ない。身の程を弁えぬ立ち居振るい舞い
は実際おおい。勝てるという大口だって常に叩く。

 だが……敗色濃厚になるや命乞いをする負け犬では、ない!!!
0216永遠の扉
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2018/04/04(水) 00:37:59.79ID:5uHkev3X
(ヴィクターVですらあのヴィクターに勝ったといえる成果を残したんだぞ!! だったらボクだって……足掻き抜く!)

.

..

『ならばそれが問いの答えだ』

.

..

(だろ、戦部)

 ふっと笑う口元の背後で。
0217永遠の扉
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2018/04/04(水) 00:38:17.76ID:5uHkev3X
 キラーレイビーズAの直掩のなか、風船スーツの背中を大きく膨らませる円山。鳥が飛び立ち落ち葉が舞う。隆起に隆起を
極めたスーツが木々の枝を抜け15mほどの不可解な丘となって聳える様に、錫を司るレティクルの幹部は顔色を厳しく
(はげ)ます。
                        ロケットスタート
(マズい! 空気を充填し圧縮! その放出の風圧で初手から一気に最高速……! 可能性の1つと考えてはいたが……!)

 これまで風任せの移動しかしてこなかった円山だからこそ、身長吹き飛ばしの風圧を移動に転化した能動的移動法は未知
であり、全容が不透明であるからこそ(耆著が多少着弾したとしても空気噴射は圧倒的で、しかも合流地点まではわずか1
きろめーとるしかないゆえ、一瞬……なのではないか、見過ごしたが最後やつは一瞬で、逃げおおせるのではないか……!?)
とばかり慎重さゆえに恐れ緊張してしまうイオイソゴだ。しかも犬飼の胴裂きから頚動脈切断に至る不可解な流れに軽く混
乱してもいた。反応は僅かに遅れたが、その一点をして彼女を無能と誹るのは些か無慈悲であるだろう。

(撃つ!)

 すみれ色のポニーテールの上で交差した、2つの小さな拳から溢れんばかりに溢れた銃弾様の舟形金属片こそ耆著。

 常人ならば犬飼の頚動脈切断には10秒ほどフリーズするだろう。老獪なるイオイソゴの動転は75分の1秒。円山が圧縮
空気で離脱する時間稼ぎのためだけに犬飼の自殺めいた行動が費消されていると即座に断定。弾幕を以ってあらゆる目
論見を粉砕せんと100近くの弾丸のスローイング体勢へ不随意で移行! 膨らんでいた円山が僅かに萎むまでの僅かな
時間であった。幼き忍びはマージンを取って戦う。自身の先ほどの反応の遅れさえ織り込んだ挙措であった。反応の遅れが
弾着の遅れに、円山の加速の競り勝ちに繋がったとしても、他の弾丸のどれかが確実に! 離脱しつつある円山を仕留め
られるよう無数の弾丸の放擲を……選んだのだ! 円山(ふうせん)はまた、萎む……。
0218永遠の扉
垢版 |
2018/04/04(水) 00:38:56.38ID:5uHkev3X
(破裂させる! その空気圧搾が了する前に! 伝令は絶対に)

 面制圧の耆著の雨で阻んで止めると瞳を燃やすイオイソゴの背後で音もなく……2頭までであるはずのキラーレイビー
ズ『C』と『D』が爪をかざし。迫っていた。

 彼女は追撃途中、確かに、思って、いた。追い続けていた軍用犬の足跡の傍のどれもに、血が一滴たりと寄り添っ
ていなかったという事実に基づき……思っていた。

──(盟主さまに重傷を負わされた円山が、止血に当てるべき核鉄をただ風船爆弾と変じているだけであれば、血は止め
──処なく流れ落ち軍用犬の足跡を彩っていた筈! にも関わらず『なかった』ということは……ひひっ)

──(普通に考えればこれはもう確定、じゃろうな)

──(LII(52)の核鉄で止血しておると。止血がてらダブル武装錬金発動できるよう……備えておると)
0219永遠の扉
垢版 |
2018/04/04(水) 00:39:13.49ID:5uHkev3X
 犬飼たちが銀成市から借り受けたという、剣持真希士の核鉄を所持しているのが円山と、そう考えるのが『普通』だと、
思って……いた。




 だが。


「オーバーボディ?」

 円山が問い返していたのは、イオイソゴに捕捉される前の逃走中。騎乗の会議だ。

「ああ。お前、再殺の時、最初は風船爆弾で全身を覆っていただろ? あれを首から下に……シャツと制服の間に纏うのっ
て……可能か?」
「できなくはないけど……それがA・T発動からの『切り札』にどう繋がるのよ?」
 簡単な話さ。犬飼は、告げた。
「ボクが、持つからだ。LII(52)の核鉄……銀成から貸与された剣持真希士の核鉄を」
「……? 別に元々持ってたのはアナタだし、核鉄って頻繁に使い手が代わると金属疲労していざってとき動作不良起こすっ
て話もどっかで聞いたコトあるからいいけど……でもそれをしたら」
 自分の核鉄を、傷口から離した円山は、軍用犬の背中へわずかに垂れた血液を袖口で拭い、見せ付けた。
「止血の手段がなくなったら……つまり私がバブルケイジを周囲に展開したら」
「地面に垂れた血の跡を追ってこられるかも、だろ。さっきも聞いた。けどどうせ流血が無くてもバレるだろ」
 後ろ振り返ってみろよ。促された円山は、軍用犬の足跡が続く森を見て嘆息した。
「……落ち葉とかで途切れてるのもあるけど…………木星の幹部なら、そう長くはかからずに……でしょうね」
0220永遠の扉
垢版 |
2018/04/04(水) 00:39:32.43ID:5uHkev3X
「そう。結局痕跡は発見される。でも、『だからこそ』だ。レイビーズの足跡の傍に血痕がなければアイツは絶対に……思い込む。

『2つ目の核鉄を所持しているのは犬飼ではなく円山。バブルケイジA・T発動のため密かに所持し待機中』

……と」
「なるほどね。木星の幹部は頭がいい。私たちが、剣持真希士の核鉄による止血で、足取りの消去と体力の回復を同時に図
りつつ、しかも最後の切り札への布石をも整えているという所までは……最善手だからこそ、絶対に、読める」
「だからこそお前は止血を……バブルケイジで、やるんだ。昔使っていたオーバーボディーの要領で、ラバースーツのよう
に全身を覆ってしまえば外界に、レイビーズの足跡の傍に、血液は……落ちない」
「しかもキツーく締め上げちゃえば、ちょぉっと強引だけど止血もできるわね」
 核鉄を使った時と同じ効能を、核鉄を使わずして、できる。

「A・Tの無限増殖なんて木星の幹部なら突破できる。どうせ分身を盟主の傍に残しているんだ、仮に大量の爆弾の中に
通常の、身長を吹き飛ばす物を混ぜてくるかもという危惧を浮かべたとしても、何がしかの一撃必殺をボクたちに浴びせら
れればよしとばかり強引に突っ込んでくるだろう」
「その後背を衝く訳ね」

.
「隠し持っていた犬飼ちゃんの核鉄で……3頭目4頭目のレイビーズで」
.

 バブルケイジA・Tの無限増殖炸裂と共に無音無動作で発動し、吹き飛ばされる虫とり草の破片に紛れ森の木々へと隠
れ潜んでいた『C』と『D』は、トドメのため犬飼に視線を集めるイオイソゴの背後すぐ傍にもう、迫っていた。


──「けどあの幹部、並みの打撃斬撃は通じないって話よ?」

 そう。原理からいえば爪牙でしか戦えない軍用犬は、磁性流体化でスライムの強みを得られるイオイソゴに致命傷を与え
られない。
0221永遠の扉
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2018/04/04(水) 00:40:00.46ID:5uHkev3X
──「わかってる。レイビーズでただ攻撃するだけじゃムリ臭いってのは」

──「何せ戦士中トップクラスの高速斬撃を誇る津村斗貴子のバルキリースカートや」
──「武装錬金ではない、普通の日本刀ですら相手を大小ごと両断できる早坂秋水の振るうソードサムライXでさえ」

──「あの木星の幹部に傷1つ負わせられなかった……からね」

 彼ら以上の速度や攻撃力で仕掛ければ或いは、だが、嗅覚による敵追跡こそが本懐のキラーレイビーズが突如として
津村斗貴子以上のスピードと、早坂秋水をも軽く凌ぐパワーを手に入れるなどというコトは原理的にいって有り得ない。

 イオイソゴにはエネルギー攻撃が有用だとはいうが、それもまた、軍用犬では……ムリだろう。

エネルギー攻撃なら或いは……だけど、ボクの武装錬金じゃ絶対ムリだ)

(それでも『1つだけ』……試したいコトがある!!)

 犬飼倫太郎の秘しに秘した切り札の到来に。獰猛に背後から襲い来る爪牙に。

(ひひっ。ま、そう来るじゃろ)

 イオイソゴ=キシャクは彼女が蝋涙鬼もどきと呼ぶ斬撃無効の磁性流体忍法によって処し傷なきを得る。

 攻撃が素通りした余勢のまま身を丸め葉を散らし、丸めた身を漂わすレイビーズCとDに犬飼は舌を打つ。

(磁性流体化さえ解いていれば通じたのに……! やはりこの幹部気付いていたか! 核鉄が、ボクにと!)
(ま、見事な策ではあったよ。確かに逃走痕は、『普通に考えれば』円山が2つ目の核鉄を持っているとしか思えぬ物じゃっ
たが、で、あるからこそ敵が逆を打ってくると考えるは当然……。ばぶるけいじのあなざーたいぷは通常もーどから……
つまり円山が1つしかない核鉄で、武装錬金で、切り換えていた訳じゃ)

 イオイソゴがちらりと犬飼に送った視線は(しかも一瞬で我が所在を掴めたのは見事。嗅覚探知を領分とするレイビーズ
なれど、わしの匂いのみを……鳩尾無銘から毒島あたり経由で聞いているであろう『まんごー』の匂いのみを捜させたので
あれば、ここら5〜6箇所にしかけた『だみぃ』にひっかかり見つけられなかったであろう……)と告げている。

 ではなぜ犬飼はイオイソゴ本体を一発で引き当てられたのか!
0222永遠の扉
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2018/04/04(水) 00:40:21.97ID:5uHkev3X
(秘密は……! いや! 今は、『次』!!)

 眼光を漲らせ空中でターンしたCとDの特攻は、ちゃぷんと波打つ黒ブレザーを空虚な手応えで貫くに留まった。

(無駄よ無駄無駄! げる状と化したわしを物理攻撃で斃すなど不可能よ!!)

 攻撃されている間も当然面制圧の耆著を円山に投げんと両腕を動かしているイオイソゴ。
 半生な、磁性流体と生身の狭間にある、ぷるぷるな杏仁豆腐のような質感の柔肌に、黒ブレザーが接触した。犬飼の血
がたっぷりと染み込んだ黒ブレザーが。

(っっ!!!)

 ウナギの血は毒というが、犬飼の血は、違う。だが布地から彼の血を、半ば液状の柔肉で吸ってしまった少女はぶるぶるっと
やや快美を帯びた表情で打ち震え、切なげな、熟れきれぬ様子で双眸をとろかせ舌を出した。

(く……! こ、こんな時に…………!!)

 跳ね上がる鼓動。毒を浴びせられるよりも甘美で破滅的な慟哭がイオイソゴの理性を奪う。
 衣服に染み込んだ青年の頚動脈の血が、若々しい味が、レイビーズを回避するため磁性流体化した半生の肉に染み通り、

 誰よりも愛するから、食べたくて仕方ない鳩尾無銘と言う少年を……思い出させた。

──「我を喰いたいと吐かしたなイオイソゴ=キシャク!!!」

──「望みどおり!! 喰らうがいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

(くっ! 銀成で喰わされた鳩尾無銘の左腕の味が…………任務の為と強引に割り切り懸命に考えぬようしていた甘美なる
目的が…………わしの理性を…………紊(みだ)す…………! 戻れ! 伝令の阻止に全力を……!!)

 ややくすんでいるが若々しく蕩けそうな犬飼の血の味に『大食』の罪を冠す幹部の心は刹那の間、激しく乱れた。

「……沁み込むだろ? CとDを避けて磁性流体したお前の体だから……肉が溶けているから……血の味は…………沁み
込む、だろ?」
(おのれ! 頚動脈切断と”れいびぃず”奇襲の真なる目的はこれか! 無銘めの作った穴を利するための……!)
0223永遠の扉
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2018/04/04(水) 00:40:48.99ID:5uHkev3X
 銀成において戦団側の手練れ5人を飄然と手玉に取ったイオイソゴを正攻法では崩せぬと踏んだ無銘は仇敵に弱点を
作るべく自ら左腕を切断し……喰わせている。自分しか見えぬように、自分の味を第一に考えるあまり冷静な判断ができ
ぬように……と。長年チワワだった少年にとってその左腕は、剣術の修練とか、忍者刀への彫り物とか、演劇の特殊効果
とかの、人間らしい、理知や創作の喜びをもたらす宝物だった。だが彼は宝を犠牲にする道を敢えて選んだ。イオイソゴと
いう、妊婦の腹を裂き、胚児にホムンクルス幼体を埋め込む強残無比を平然と成す奸悪に今以上の犠牲を出させぬため
少年らしいどうしようもない惜別を己が左腕に抱きながらも付け根から忍者刀で斬り飛ばし……面すら見たくない忌むべき
老婆に、献上(くわ)せたのだ。

(っのれ……! 腕(それ)は! 貴様ら赤の他人が…………! 貴様ら赤の他人が利していい穴では…………!!)

 僅かな怒気に波打つ頬を務めて無表情に鎮め

(じゃが伝令は阻止する!! 緒戦で盟主さまが所在を知られ討たれるようなことがあれば……我らが『悲願』、大いなる
五月の救いが……喪われる! 何より)

 食欲で甘く固まりそうな腕の関節を

(お仕えすると決めた愛すべきめるすてぃーんさまを、わしは、守りたい……!!!)

使命感で強引に駆動させるイオイソゴ。
 100近くの耆著を満載した2つの拳を肩の上から前方へと振り抜きつつあるスローイング体勢は、彼女の主観ではコン
マ何秒か制止したぎこちない不完全なものであったが、犬飼倫太郎の目には(なんて滑らかさ……! ちっとも動じていな
いのか!!?)と映る流麗なものだった。

 こさっ。無数の枝の中で鳴った奇妙な物音に少女が動揺と警戒を頭の中で迸らせた時間は僅か1秒!

 大きな瞳がまずハっとした。次に、何かの不安に揺れ、眦(まなじり)の傍に小さな汗が垂れた。最後に確信の光が灯る。

(つまらぬ囮を! 『奴』なら物音1つ起こさず奇襲するわ!!)

 その思考が投擲姿勢を! 0.03秒!! 停めた! のは!!

 怯惰ではなくむしろ慎重さ故だった!!
0224永遠の扉
垢版 |
2018/04/04(水) 00:41:42.13ID:5uHkev3X
 これもまた、イオイソゴに捕捉される前の、会話。
..
「…………根来が?」
「ああ。来るさ。銀成で木星の幹部に挑発されてるからね」
「確かに、彼にしてはビミョーに仲がいい楯山千歳の両目を耆著で潰されたから……」
「根来の性格なら必ずどこかで奇襲する。木星の幹部もそれは読んでる。というか、何もしなかったとしても、根来の特性
なら必ず『やる』からね」
「あ、そうか。そもそも彼女が楯山千歳から光を奪ったのって、『やられた』からだものね」
 イオイソゴは銀成において、勝てる筈だった足止めを、火渡が来たとしても継続できる筈だったヒットアンドアウェイのゲ
リラ戦を、根来の思わぬ足止めで潰されている。

 イオイソゴが千歳の視力を奪ったのは腹いせでもあるが、挑発でもある。
 隠密機動に長けた根来をわざと激怒させるコトで、冷静な打ち筋を打てなくし、殺りやすくする……という最善手だったが。

「お蔭でいま木星の幹部は、ボクたちを追撃しながら……根来までもを警戒しなきゃいけない戦略的な不利を抱えている」

 彼女に捕捉される前、犬飼はうすら笑いで指摘した。円山の顔がやや曇ったのは、人が客観的でいる限り誰もが同意せざ
るを得ない感想を抱いたからだ。

「根来にケンカ売ったせいで警戒を……? ソレちょっと間抜け」
「な話でもないさ。本当は木星の幹部はアジトに引き篭もって根来を迎え撃つつもりだったろうさ。けど」
「……あ。盟主の出奔のせいね」
「そう。予想外の出撃をされたせいで、イオイソゴは奴の保護と、ボクたち伝令の追撃という、これまた予想外の作戦行動を
……取らざるを得なくなった。自分以外には到底任せられない、重要な、動きのため、安全なアジトから……外出する羽目
になってしまった」
「だから根来を警戒しつつの追撃も想定外で」
「自分の身をボクたちの前で晒すという行為も控えたいはずだ。ボクたちの攻撃を紙一重で回避した所を根来に突かれるのを
……シークレットトレイルで、亜空間から奇襲できる根来に報復されるのをアイツは何より恐れている」

「だからそれは、いざっていう時、木星の幹部への牽制に……できる」
0225永遠の扉
垢版 |
2018/04/04(水) 00:42:19.75ID:5uHkev3X
「こさっ」という音を無数の枝の中で鳴らしたのはキラーレイビーズB! 犬飼の頚動脈切断を行ったBは、派手に出血する
主人や、膨張する円山、CとDの奇襲といった目まぐるしい出来事にイオイソゴが目を奪われているのを幸い、足元にあった
手ごろな石を犬飼の影で咥え上げ……そして枝の中へと放り込んでいた!!

 果たして木星の幹部は物音に反応した! 予想外の追撃戦において『亜空間から突乎として出現しうる』根来の奇襲を!
犬飼たちにいざトドメというとき虚を突きうる彼の出現を! 老獪さゆえ兼ねてより警戒していたイオイソゴは、言ってしまえ
ばただ小石を枝の群れに投げ込むといった他愛ない行為に! しかし半ば驚愕を以って反応……してしまった!!

 常に万全の段取りを整えているからこそ『根来なら或いは何らかの手段で網にかからぬ方法で奇襲しにきたのでは』と
些細な物音にいい意味で怯え対処を考えかけたのは、常に最善手を念頭における優秀さゆえの欠点だろう。
0226永遠の扉
垢版 |
2018/04/04(水) 00:42:56.03ID:5uHkev3X
 事実彼女が思考を停止したのは1秒程度!

 だが犬飼の、頚動脈切断に端を発する奇手は全く同時に始まっていた!

 戦歴500年を出し抜きうる策など滅多に浮かぶものではない、それは残酷だが事実!

 だが!

 読まれうる策謀であってもそれら総てが同時に発動し進行するのであれば!

 1人しかいないイオイソゴは! 盟主のボディーガードを作るため任意車なる忍法で分身し、戦闘の最中、あちらとの並
行処理をもせざるを得ない幼い忍びは!!

(どこかでするだろ。必ず、パンクを……!!)

 という犬飼の目論見に、術中に……嵌る!

(つまらぬ囮を! 『奴』なら物音1つ起こさず奇襲するわ!!)

 その思考が! 円山円の空気圧爆裂によるロケットスタートを防ぐための投擲姿勢を! 0.03秒!! 停めた! のは!!

 怯惰ではなくむしろ慎重さ故であり!!

 そこまでの数秒間立て続けに起こされた犬飼の頚動脈切断から無銘の利用に対し、老練と冷静で抑えたりとはいえ知的
生命体の宿業ゆえ完全には動転や憤懣を消し去れ無かったイオイソゴが! 根来の出現疑惑すら横ッ面から叩きつけられ
た状態で! 僅か! たったの! 0.03秒!! しか! 耆著の投擲体勢に硬直を及ぼさなかったのはむしろ神彩とさえ
いえる心理的境地だった!!
0227永遠の扉
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2018/04/04(水) 00:43:40.94ID:5uHkev3X
 だが犬飼倫太郎は! その0.03秒の間に!!

 老嬢の両拳に満載される100近くの耆著総て! 吹き飛ばして! いた!!

(ち…………!!!)

 ザルいっぱいのドングリをブチ撒けたような耆著の舞いっぷりにイオイソゴは歯噛みする。

(磁性流体化ゆえに打撃斬撃を素通りさせる我が身の弱点を、こうも早く把握しよるとは……!!)
(確かに……耆著を投げるための腕や掌を豆腐みたくされたらフォームそのものを乱すのは難しい)

 だが弾丸の方はどうかな。血色が褪せた犬飼は、眼鏡の奥で瞳を鬱蒼と歪める。

(お前が掌に握りこんでいたざっと100ぐらいの耆著……。お前の掌が磁性流体化で爪や牙を素通りさせる状態だっていう
なら……レイビーズの掌への攻撃は耆著に……円山を狙い打つための弾丸に…………当たる!!)
(そして全弾を散らした……! 悔しいが見事な判断と認める他ない……! 他のタイミングなればやわやかな我が肉に
耆著を埋没させ飛散を防ぐこと能(あ)たう……! じゃが! こやつは! わしが根来への警戒に神経を取られたあの一瞬
に! 0.03秒という、飛散を防ぐ細かな動作のやりようのないごくごく僅かな隙に!)

 レイビーズのCとDで掌を攻撃し、円山円の離陸を阻む面制圧の弾幕の芽を、ばらばらに、吹き飛ばした!!


 果たして空気を大きく炸裂させ場より吹き飛んでいく風船の麗人!


 その巻き上げる風に、決定的な戦況の変転を告げる大風の中で、視線を絡めあう犬飼とイオイソゴの時間が僅かの間、
止まった。

 両側に跳ねている茶色の癖っ毛をスローに揺られながら、白む心象世界の波紋に頬をゆらゆらと炙られる青年は目を
丸くしながら汗をかく。

(ていうか……我ながらよく当たった。ま、まさか、これもアイツの罠とかじゃないだろうな…………)

 一番驚いているのは犬飼自身である。あまりにも上手くいったため騙されているのではないかという視線を浮かべたが、
耆著を吹き飛ばされた瞬間の心底から驚いているイオイソゴの顔に少しだけ……自信がつき始める。

(なんだ。ボクだって……やろうと思えば…………やれるじゃないか)

 首筋の致命傷を撫でる。凄まじい痛みに顔をしかめたが、頬はどこか、綻んでいる。

 ばたばたと、すみれ色のポニーテールを緩慢なる時の波濤でくゆらせながら老練なる童女は、気にしている低い鼻を人差
し指で無意識にこする。

(こやつは本当に”あの”犬飼倫太郎なのか……!?)

 イオイソゴの脳裏を戸惑いが掠めた。そうであろう。犬飼といえば再殺騒動のとき、真先にやられた男ではないか。以降、
ヴィクター討伐においてもさしたる戦績はなかった。

(そもそも虫とり草脱出に合わせて仕掛けた罠から脱出できたのもおかしい……。ま、斯様な疑問は、あれを完全版で使え
ておったならそもそも涌かなかったじゃろうがな)

 先ほど犬飼たちを捕らえた虫とり草とは。

 虫とり草とは本来、磁性流体化で扁平に潰れきったイオイソゴ本体を床や地面に設置する忍法である!

『置き』ゆえ機動性は皆無であり、当てるには相当の読みが必要とされるが当たりさえすれば一撃必殺! 対象が直近を
通過するやゲル肉と溶融しているイオイソゴの肉体がまさに食虫植物の如くに取り巻き……全身に仕込んでいる五百五十
五の耆著の着弾を以って獲物を”おもゆ”の如く煮崩すやドロドロのイオイソゴと溶融せしめ強引に消化する!
0228永遠の扉
垢版 |
2018/04/04(水) 00:44:32.03ID:5uHkev3X
 完全版であればレティクルの幹部でさえ特定3名以外まず脱出不能の虫取り草。

 だがイオイソゴが犬飼たちに使った虫とり草は自分ではなく森の地面を隆起させたいわば不完全版であった!
 彼女はなぜそれを使ったのか。一刻でも早く伝令を断つべき状況で、イオイソゴ自身犬飼たちには一撃必殺を使う他な
いと考えてはいたにも関わらず……どうして不完全版に留めたのか?

 その、理由は──…

(根来への警戒! 円山どもが”ばぶるけいじあなざーたいぷ”で虫とり草を張り裂いて脱出するのは読めておった! じゃ
がその炸裂より早く連中を消化せんとすればわしは体内へどうしても集中せざるを得なくなり──…)

 周囲への、根来への警戒が薄くなる!! 最悪なのは犬飼円山の消化に専念してなおA・T発動が早かった場合であろう。
その場合イオイソゴは、全身を無限増殖爆弾で炸(はじ)かれつつ、犬飼の追撃に対処せざるを得なくなる。そんな隙を、

 根 来 が 

 見逃す訳は、ない。

(じゃからわしは犬飼どもの虫とり草(不完全版)からの脱出を樹上から臨瞰しつつ、爆風の速度を利した”ぶな”のかうん
たーを設置しつつ根来を警戒! あとは隠れ潜みながら伝令組の脱出を阻むつもり……だったんじゃが)

 犬飼が、一発で所在を把握した。

 イオイソゴが自分の匂いのダミーを5か所以上設置していたにも関わらず、なぜ犬飼は迷わず彼女の場所を掴めたの
か! 

 秘密は大戦士長・坂口照星の生首にある! 彼女はそれを磁性流体化した状態で携帯する他ない『とある事情』があった!

そして犬飼倫太郎のキラーレイビーズは、照星がどこに囚われているのかという所から追跡を始めた都合上、彼の匂いに対し
現状戦団随一の敏感さを有している! 銀成から借りてきてまで捜索に動員していた剣持真希士の核鉄からレイビーズC&
Dが発動している以上、照星めがけ行けと命じさえすれば、イオイソゴ本体の携行している生首へ一直線で向かうのはごく
ごく自然な当然の流れ!!

 だがイオイソゴが生首を見せ付けてからまだ1分も経ってはいない! 照星に反応できたのはレイビーズの嗅覚ゆえだが、
レイビーズが反応する先にイオイソゴが居ると迷い無く断定できたのは間違いなく! 犬飼倫太郎(ハンドラー)の資質!!

(……これも根来への警戒が仇となった事例!)
(そう! 大戦士長の生首をその辺りに転がしでもしておけばアイツに、根来に! 回収されかねないからな!!)

 常人なれば死したる照星の首を回収しても痛痒は感じない! だが! 人智常道を大きく外れた世界に棲息する忍びたる
イオイソゴが忍びたる根来に照星の生首を奪われる場合事情は著しく変転する! 

(根来忍法・壊れ甕! 死したる者の首と胴を接合し黄泉がえらせる魔人のわざ!)
(それでアイツが大戦士長を蘇らせ救出するシナリオだってあり得るんだ! 何しろ胴体があるであろうアジトは今、幹部が
出払っている! 盟主の捜索のため予想外に出撃している!)
(左様な場所であればしーくれっととれいるを有する根来が潜入し、照星めを壊れ甕にて蘇生するのも可能……! それは
困る…………! かの大戦士長には『まだ、してもらうことが』あるゆえ、根来に生首を奪われるのはまずい……!)

 と、いう危惧があったればこそ照星の生首を磁性流体化し携行する他なかったイオイソゴだ。

(しかし……じゃからといって、速攻でその匂いを追跡してくるのは、わしの予想の中でもかなり可能性が低かった部類……!
見せつけてからまだ1分と経っておらんのじゃぞ!? 磁性流体化で所持せざるを得ない事情を、わしの根来めへの警戒
感と合算して即座に見抜けるような男であったか犬飼は? 少なくても、話に聞く犬飼倫太郎めはもっと、予想外の事態に
は動乱する男じゃったというのに……!!)

、それが、銀成で、津村斗貴子たち5人を手玉に取ったイオイソゴへ立て続けに一矢報い続けている!
0229永遠の扉
垢版 |
2018/04/04(水) 00:44:53.44ID:5uHkev3X
(頚動脈切断が”すいっち”なのか……? 自らを死地に追い込むことでかつてない力を発揮せんとするいわば一種の決意
表明…………?)

 力量的な水準や安定性では、彼女が銀成で相手取った面子中最下位な栴檀香美にさえ犬飼は劣る。まだ武装錬金が発動
できない香美に、武装錬金コミで『下』とイオイソゴが断定せざるを得ないほど──見縊っている訳ではなく、むしろ若人への
好意を以ってあれこれと弁護的な長所探しをしてなお、香美には勝てないと、断腸の思いで──断言せざるを得ないほど、
犬飼の戦歴には精彩が、ない。

(じゃが自らを死地に追い込んだこやつの気魄は……津村斗貴子以上!! 残り少ない時間で命の総てを燃やさんとする
覚悟が実力以上の実力を……もたらして、おる!!)

 銀成で足止めした5人には無かった動機だ。強く、数でも勝(まさ)っており、最終目的もまたイオイソゴそのものではなかった
からこそ氾疇は全力止まりだった。死力、では……なかった。

.

..

 いい気分だ。ざまあ見ろヴィクターV.もはや止まる見込みのない首からの出血を実感するたび、犬飼の頭は冴えてくる。

 弾き飛ばされた100近くの耆著はまだ宙をクルクルと舞っている。

 円山は……遠ざかる。木の根がのたくる地面に線分が刻まれるほど速く、落ち葉を巻き上げ横ッ飛びに。

(じゃが!)
(一番やばいのは、この瞬間!!)

 2つの掌から、それぞれ、磁性流体化させていた耆著を10近く浮上させ摘出させ狙撃に移りかけるイオイソゴとほぼ同時に
犬飼の戦略的行動は終わっていた。

 キラーレイビーズCの、決して中型犬とは言いがたい巨(おお)きな体が、すみれ色の馬髪持つ少女の目の前いっぱいに
広がり。

 枝の中を電光石火で駆け巡っていたDに関しては、最後に、敵のくの一が乗っている太い枝を根元から……切断。

 最後に、というのは、上の方でかなり同様の行為をはたらいていたためである。

 降り注ぐ木の枝は、たとえイオイソゴがCの影から首を出したとしても感覚と物理両方の面から狙撃を妨害するだろう。

(視認と安定! ひひっ! 狙撃に欠かせぬもの2つ断ちよるとはのう……!!)

 イオイソゴはもう笑うしかない。ロケットスタートで遠ざかりつつある円山を、一刻も早く狙い撃ちたいのに、レイビーズCの
せいで全く見えない。見えたとしてもDが足場を崩している。

(耆著でれいびーずを排除? 弾丸が減るし何よりその間に円山との距離が一層ひらく!)

 200m向こうの移動先で今もなお高速で離れつつある標的を、ぐらぐらと落ちながらの体勢で、しかも指弾的な方法で撃ち貫くのは……

(かなり難しいじゃろうなあ)

 やれやれと肩を竦めるイオイソゴの遥か前方で、破裂音が、した。

(ちゃ、着弾……!!?)

 突如として左方に傾いた風船の中で、円山円は唖然とし──…
0230永遠の扉
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2018/04/04(水) 00:45:10.37ID:5uHkev3X
 犬飼は横目で見た。右臀部のあたりが半径10cmほどに亘ってどろどろと溶かされているバブルケイジのスーツを。

「ひひっ。覚えておけ。忍びとは難しいことを成してなんぼじゃと……」

 落ちていく枝の上で、ひゅっと靴の原型に戻るイオイソゴの右足首から先に青年は気付く。

(足で耆著を……!? 馬鹿な! あれだけ色々かまされたあげく! 視界を塞がれ足場さえ崩された状態だったのに!!
足の指で挟んだ耆著を……200mは向こうの円山に当てた、だと…………!!?)

 犬飼の頚動脈切断。
 伏兵的なレイビーズC&Dの出現。
 無銘の作った弱点の、血の味による刺激。
 根来出現の誤認。

 常人ならどれか1つ炸裂するだけで面白いように流れを持っていかれていく現象を、イオイソゴは立て続けにブツけられてなお、
『視界を塞がれ足場さえ崩された状態』にあって、足という、投擲には到底不向きな器官で狙撃を成し遂げたのだ。

(ボクの策なんてどうせ読まれると思っていたから! 総てを一瞬に収束させて同時に起こして、思考回路をパンクさせて
やろうとそう、思っていたのに……通じなかった…………!)
(されど筋は申し分なし! 根来などより鳩尾などよりヌシの方がよっぽどわしの弟子向きよ……!)
 賛辞を内心送る彼女が、降りしきる枝の中、円山狙撃を足で成し遂げた理由は!!
(わが耆著はっぴーあいすくりーむの原型は包囲磁石! それゆえ鉄分を含む標的にはごくごく僅かながら反応する! 
戦歴500年のわしだから気付きうる極めて微小な誘引ゆえ、投擲後”おぉと”と対象に着弾するといったことは残念ながら
ないが……それでも、視界を塞がれていたとしても、その間、円山が直進したのか曲がったのかという、大まかな方向だけ
は分かる! 分かるのじゃ!!)

 あとは絞り込まれた方角を元に、円山の、遠ざかる気配から逆算した速度を算定。覚えている『足で耆著を投擲した際の
弾速』から導き出される予想着弾地点に円山が嵌りこむタイミングで発射……。

(恐るべき経験……! けど!!)

 磁性流体化が広がり墜落すると思われた風船スーツの円山円は……破裂音と共にむしろ…………加速!!

(いろいろカマしても狙撃されるかもって、予想してたのよねこっちも!!)

 漆黒のゲルでうぞうぞと揺れるゴムの破片を舞い飛ばしながら、円山は突き進む。

 あれれ? なんでじゃ? ほへーと一瞬白目を剥いて可愛らしく佇んだ老獪なくの一は、すぐさま頬に黒い皺を寄せる。

(『重ね着』。二重か、それ以上の構造…………!! 毛唐どものいう爆発反応装甲の応用!)

 円山円はバブルケイジのオーバーボディを着た。着た上で、その上から更にもう1着か或いはそれ以上、纏ったのだ。

(何のため? 簡単じゃ狙撃対策のため! わしの耆著が1発2発当たったとしても、逆にそれで外側の風船を破裂させ
……加速しようという寸法!! しかも、磁性流体化し様々な足止めを働くであろう被弾装甲の”ぱぁじ”も兼ねておる!!
ひひっ! 『当たった物体をすぐ磁性流体化してしまう』がため、貫通力はない我が耆著の弱点をよくぞ突いた! そう!
風船が複数枚で構造されるのであれば、我がはっぴーあいすくりーむは最外郭で止まってしまう…………!)

 その点を、円山は見抜いていた訳ではない。

(賭け、だったわ……! 『打ち込んだ物を磁性流体化する』耆著だけど、その磁性流体化のタイミングは自動(オート)なの
か任意なのか……銀成での戦いを聞く限りでは、分からなかった……!!)

 武装錬金特性には2種類ある。自動型はバブルケイジや激戦のような、特定条件を満たすと創造者の意思とは無関係に
発動する能力。任意型はサンライトハートやバルキリースカートのような、創造者の命令があって初めて発動する能力。

(弾数が多いタイプはだいたい自動型であるコトが多いけど、全身に耆著を埋め込んで打撃を完全無効化している筈の
イオイソゴが、いっつも磁性流体のゲル状の筈の彼女が、人型を保ったまま立ったり歩いたりしてたって報告も銀成から
受けてたし……じゃあ任意? って考えるのは当然でしょ)
0231永遠の扉
垢版 |
2018/04/04(水) 00:45:28.67ID:5uHkev3X
 厳密にいうと、イオイソゴは自動型と任意型の中間である。
 耆著自体は打ち込んだ物をオートで磁性流体化してしまうが、その、磁性流体化した物体を、磁力で操るコトで、任意型
の利点をも得ている。銀成での足止めの最中、ビルの屋上で、周りの高層建築物の上層部を幾つも幾つも飛ばした事実
など最たる例だ。

 いよいよ唸りを上げて埒外へと逃げていく円山を、黙然と腕もみ捩りながら見やるイオイソゴ。

(さて問題は)

 犬飼の追撃を受けつつ、円山の追跡に専念するか。
 それとも犬飼を葬ったあと、後顧の憂いなき状態で円山を追うか。

 イオイソゴの実力であれば、犬飼倫太郎など瞬殺できて当然だ。足止めを排除した上でゆるりと円山を追う……誰だって
考えつく方法だし、イオイソゴだってそれは検討した。

(じゃが空気圧噴射を利した円山は……速い! いま時速96きろだとすれば、だいたい600めーとる先の合流地点へは
……最速で22.5秒! といっても向こうの原動力は充填→放出の空気ゆえ、原動機のような定常速度はもちえず従って
速度にはむらがある。あとはまあ……識者なれば障害物回避の減速なども踏まえるともっと遅いとでも言うじゃろうが、ひ
ひっ、ま、そこらの障害物がわしより恐ろしい訳もないから、わしに追いつかれる”りすく”を得てまで障害物に速度を減殺せ
しめることは少ないとみた。それら諸々へ奴の必死さを加味すると……ふむ。およ30秒前後かの? 合流地点到着まで)

 つまり円山の現実的で平均的な時速は約72km。飛翔体としては遅い方だが、少し前まで風任せでしか動けなかった
風船爆弾でここまでの速度を出せるようになった円山の工夫は称賛されて然るべきだろう。
 追うイオイソゴが安定して出せる速度は70kmという所だ。
0232永遠の扉
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2018/04/04(水) 00:45:54.88ID:5uHkev3X
(もちろん無理をすれば100きろめーとるぐらいいけるが、後が続かんし根来の奇襲が恐ろしいし、何より犬飼が妨害して
くる率が高い)

 つまり再殺部隊2人の影を念頭に入れて追う限り、イオイソゴと円山の距離は2秒間に1mずつ広がっていく計算で、し
かも先ほどのロケットスタートでついた200mの差はここまでの時間経過(りそく)ゆえ単利で10%増しである。

(つまり)

 犬飼を相手どればいよいよ追いつけなくなる。実力的には瞬殺できる……というのは客観的な意見に過ぎぬのだ。

(人間を軽く見てはならん。生涯最後の戦いで、それまでの評価を一変した者など幾らでもおる。犬飼倫太郎の戦団におけ
る評価が孱弱(せんじゃく)であったとしても、『じゃからこそ』、この、足止めのための最後の戦いで嘗てない力を発揮しうる
恐れがある……!)

 まずはお前だとばかり足止めの抹殺から入れば、犬飼は得たりとばかり時間を稼ぐだろう。円山が合流地点へ辿り着く
まで50秒だが、イオイソゴがたとえ限界を無視した時速100kmを発揮し続けてなお追いつけなくなるまでのタイムリミット
は……更に短い。

(そんなちょっとの時間なら……ボクにだって稼げる! 情けないけど、瞬殺回避に全力をつぎ込み続ければ…………
できなくはない! 頚動脈を切断した以上、時間を稼げても稼げなくてもボクは死ぬ! けど! 命は! 命の使い方だけ
は……ボク自身が選んでボク自身で全うできる……!!)

『ならばそれが問いの答えだ』

 戦部の声が心の中を通り過ぎる。盟主から奇襲されるほんの僅かな前、犬飼は彼と言葉を交した。弱い人間の身で強靱
きわまる怪物たちと戦うコトを楽しむ……楽しめる、男に、犬飼はほんの少しだけ自分を投影したのだ。繊弱きわまる立場
にあり、強い者たちにせせら笑われる自分に通じる構造的な共通項を……見出して、だから、悠然と、自信を持って生き
るにはどうすればいいか知りたくて……『その生き方をどうしてお前は楽しめる』とそう、問いかけた。

──「俺が人の身で戦うのは面白いから……などと言う回答が、低い立場で戦うのを面白がらぬお前にどうして届く?」

 戦部は結局どこまでも戦部(きょうしゃ)だった。鼻白む犬飼にしかし彼は期せずして、解答に繋がる問いかけをした、。

──「権勢だけが欲しいならなればいいさホムンクルスに」

 救出作戦の概要をレティクルに売り、戦団が負けて滅ぶきっかけを作った後、謝礼で人外と化しさえすれば見下してきた
相手総て真向から捻じ伏せられる実力が手に入るだろ……と。

(誰が、するか)

 犬飼はこの夏、標的と狙う怪物との勝負に敗れたあと、あろうコトか見逃され……命を、救われた。救われて、しまった。
殺すべき化物に救われるなど屈辱以外の何者でもない。何か情報を売り生き延びたのではないかとせせら笑い囁きあった
のは一族の中でも常日頃影日向に犬飼を小馬鹿にしている連中だ。事実無根の風評被害の種子さえ産み付けて去って
いった怪物を『ヴィクターV』を、だから犬飼は許せない。
0233永遠の扉
垢版 |
2018/04/04(水) 00:47:35.55ID:5uHkev3X
(命を救うコトと人を救うコトは一緒じゃないんだよ! お前は、普通のバケモノが人に押し付ける『死』をただ『生』に置き
換えボクに押し付けた……だけ、だろうが! お前が、お前がボクを救けたせいで、ボクはますます惨めな謂れを……!!)

 最悪の事態になったら自ら始末をつける……怪物になりつつある少年は、犬飼と戦う前そう告げた。善性の滲む物言い
ではある。

(でもなヴィクターV。その文法じゃお前は、お前が死にたくないからボクを見殺しにしなかったってコトになるんだよ!)

 いかなやっかみが犬飼にあるのか? 不利益を蒙った者特有の、ぶつけられぬまま鬱々と理論だけが研ぎ澄まされた
指摘を開陳する。

(最悪の事態ってのはお前が人死にに直接関与するってコトだろつまりは。だったらあのときお前がボクを見殺しにしてた
ら……する他なくなってだろ、自害?)
0234永遠の扉
垢版 |
2018/04/04(水) 00:48:20.00ID:5uHkev3X
 だから何だかんだ言いつつお前は自分のためにボクを救った、自分が生きたいがためだけに、ボクに生を押し付けた……。
歪んだ、こじつけのむきもある捉え方だが、見過ごされたがゆえに後ろ指を指され、核鉄没収や戦士除籍すら日々恐れ
絶望していた犬飼ゆえに仕方ないとも言える。原因となった相手の善意を善意と解釈するコトなど、到底できる心境ではな
かった。

 敵の温情など、屈辱でしかない。

 復讐してやる。

 そんな想いさえなければ、ヴィクターVに差し伸べられた手という名の核鉄を、大量出血で死につつある犬飼が我が身に
押し当て延命するコトは、なかった。

 だが復讐すべき相手はもう地上にはいない。地球を守るため、災異(ヴィクター)を巻き込む形で月へと消えた。

 怪物が、地球を守った。

 怪物に守られてしまった地球の中で、犬飼はイオイソゴという難敵と戦わざるを、得なくなった。

 戦部のいったようなコト……、つまりヴィクターVからの助命の件でせせら笑ってきた連中を、ただ殺したいだけなら、伝令
たる円山を殺し、木星の幹部に命乞いをしつつ取り入り、栴檀を滅ぼしたあと悠然と人外になり暴れればそれで済む。手軽
にサッパリできるいい手段だ。
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