三沢さんが逝って早十年・・・
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
いつも考えるifだが
馬場存命なら三沢の次は誰がエースだったんだろうか
三沢→小橋→秋山だったのか
あるいは小橋を飛ばして秋山だったのか >>171
馬場は変化を嫌うから、
三沢が全日所属のまま興業出演可能な限りは
ずーっと三沢がエースだろ。
離脱するか長期病欠にでもなったら
ようやく次を出す。 三沢さんもエースを譲れって言われたら素直に従ったかどうか・・・
譲れるんなら10年前あの時点でタイトル戦に出て首ポッキンの憂き目に遭わなかったと・・・・ >>173
ノア時代は興行の都合で譲れなかっただけで、寧ろ譲りたかっただろう。
小橋の次を模索していた感じだし。 馬場が鶴田にエースを譲った、あるいはファミ悪し出したのって何きっかけかな?
鶴田のエース移譲は病に倒れてだったから
みんな納得する形だったよね 2005年くらいからは缶チューハイとハニートーストを鯨飲馬食する狂気の食生活をしてたみたいだし
いずれ糖尿で失明・四肢切断の全盲肉達磨になる未来しかなかったのが三沢。 三沢は亡くなる前のインタビューで潮崎を上にあげてからじゃないと自分は引けないって話してる。
若手の育成にことごとく失敗したのがノアは痛かったな。それは今も変わらないけど。 新日本が低迷していた時期はノアが一番勢いがあったのになあ。
でも年齢を考えると数年後大丈夫かって気持ちはあった。 >>180
新日に関しては時代の波と猪木のせいだからな
ノアは秋山が逃げたのもあるが次世代が全く育たなかったのがね… そりゃ年寄りのペースにあわせた6人タッグばっかやってちゃ誰も育たないわなぁ >>180
新日が落ち込んでた頃、ノアは天狗になっていたが、
それでも売り上げは辛うじて新日本>ノアだったそうだからな。 >>182
三沢小橋は後進の育成を望まなかったってもあるだろう。
人気出てきてギャラアップとか勝ち星下さいとか言ってきたら嫌だろうし。
いつまでも自分らが支配者で、あとは下僕という状態を維持したくて
それを実行してた。 ノアの5年後10年後を考えていなかったのか
もとは少人数でやろうとしていたら全日からほとんどついてきちゃったってことだから
経営についてはそこまで考えてなかったのかもしれない。 事故の三日前だかに「カラダがしんどい。いつまでやらなきゃならないのか」と吐いてなかったっけ?コンディションもモチベーションも最悪だったんだろうな。 >>144
まさに。
新日では棚橋がドブ板選挙みたいに精力的に活動していたそうだね。
ノアにはそういうのがいなかった。 相撲協会も貴乃花親方がよしもと新喜劇にも出演して大阪場所を宣伝していたな。 >>186
あの手の弱音を三沢が公の場でいうイメージが無かったから
「うわぁさすがにマジで引退かなぁ」って悟った記憶あるわ
まあ不謹慎ながらホントに引退しちゃったんだけど >>46
享年に「歳」はいらんよ
三沢光晴 享年四十六 で良い >>9
この映像見る限り、6月を生き延びても
年内には確実に死んでたよ。
運転中に昏睡して園児の列に突っ込むとか
やらかしてそう。 >>186
脱サラしてビジネス立ち上げたものの
うまくいかなかった奴が断末魔に言いそうなこと
あらゆる意味で、こんな「プロレスラー」に
ファンがいるのが信じられない 46だからな当時
そりゃプロレスラーとしてはしんどいと言い出してもしょうがないだろう 死を覚悟した手紙残してるからな。
しんどいどころの騒ぎではない。 そもそもなんであんな危険技合戦になってっちゃったんだろうな?
宝島で馳浩が自分が死にかけた体験を書いてて、プロレスは(暗黙の)ルールがあって、相手を怪我させてはいけない、
当たり前だが殺してはいけない、そのギリギリのところで技を出し合うものだと。
そして当時女子プロレスで危険な後頭部逆落とし技が流行していることを批判していた。
そしてその後にプラム麻里子の事故が起きた。
そして三沢さんの後輩の福田雅一もリング禍で逝った。
福田が逝ってから三沢さんの舞台は全日からノアに移った。
三沢さんはレスラーのための団体を立ち上げたはずなのに、レスラーを壊す危険技はむしろエスカレートしていった。。。
そしてどんな技でも受ける三沢さんに危険技が集中して、首がボロボと担ってたんだろう。事故は起こるべきして起こったんだよ。
付いていったレスラーじゃなく、一番の責任者の三沢さんが犠牲になったのは表現は悪いが不幸中の幸いだったのかもしれない。 新日本との差別化
それしか出来ない(レスラーの技量、馬場がマイクアピールとかさせないから等、理由は多種) >>198
そりゃー当時の「四天王プロレス〜ノワ」のファンが
それやると大喜びで大歓声を送ったからだよ
おれは観戦しなかった(=カネ出してない)わけだし
そんな人間の意見なんて、ノワレスラーが聞くわけもないけど、
惨事のずっとまえからネット上でも問題視する意見はあったよ
けっきょくのところ、それでしかファンを喜ばせられないわけで
あるいみ最底辺お笑い芸人の丸出しモザイク芸みたいなもの
もし天狗浣腸が大うけで動員が増えたら、天狗3兄弟とか出てきてたかもな
そしたらいまもみつはるは健在で天狗やってたかもね >>200
まあノワヲタが三沢さんを殺したと言っても過言じゃないよね せっかくプロレス人気が回復してきたとこにテレビとか雑誌の特集で「これがプロレスラーです」って反社と関わりのある緑の白豚紹介されても困るから今居なくて本当に良かった >>201
寿命を縮めてしまった側面はいなめないが、
若手の意識が低かったのもあるのでは。
上に書かれているように三沢さんたちが
トップを譲る気がなかったというのもあるのかもしれないが。 武藤は膝がボロボロでもがんばってるな
何年前だったか、レッスル1の旗揚げ戦で試合が終わった後、
武藤が会場の四方それぞれに向かって挨拶をしたのだが、
リング上を歩かず、ゴロゴロ転がって移動していた。
それほど膝がヤバいのかと心配になった。 ノアになって少し給料上がったろうからって酒や煙草の量を増やすんじゃなくて、
怪我や古傷のケアの方に金掛ければ良かったのにな。 >>208
川田へのインタビューで、
四天王プロレスも続けていればお客さんに飽きられてくる
年に何度も観ている東京のお客さんは新しい試合展開にもついてこれるが、
年に1度しか観戦しない地方のお客さんには馬場さんの16文のような分かりやすい試合の方が喜ばれるのに、
そういう試合を心掛けて行うと三沢には地方で手を抜いてると見られてたと言ってるな うむ。客あってのプロレス興行だからね。
新日本の試合をテレビで見ている限りでは、技のスカし合いが盛り上げの要素になっている。
ジャーマンでもラリアットでも、なかなか決まらない。やっと1回決まる。それが何回か決まると決着。
四天王プロレスは大技の応酬・掛け合い・食らい合いで盛り上げてたが、
これではレスラーという団体にとっての資源が消耗し疲弊するだけだな。 >>171
>馬場存命なら三沢の次は誰がエースだったんだろうか
平成8年〜10年あたりは
少なくともプロレス誌などは「次代は秋山」みたいな記述が多かったけどね
そういう内容も馬場の意向に逆らうようならクレームついたろうし、その内容で継続してたという事は
馬場の意向とマッチしてたと思うけどね。
小橋は三沢と年齢が近すぎるし、秋山もそんなに小橋と違わないが、三沢とはある程度は離れてる
小橋だとエース「移譲」みたいなイメージだけど、秋山ならエース「委譲」って感じがするし
キャリア的にも小橋は昭和だけど、秋山は平成だし、年齢の差以上に世代交代感がある。 エース秋山だとすると、対抗馬は大森になったのかな。
馬場逝去後の平成11(1999)年はノーフィアー旋風が吹き荒れたし、
9月の5大シングルは秋山VS大森がファン投票でメインに選ばれたので、
そういう流れはあったのだろう。2人とも30歳になる直前でタイミングもいい感じだった。
ノア旗揚げ戦でも秋山がエースになるのかなと思った。
ところが結局、三沢・小橋に戻ってしまった。どうしてああなった。 >>214
対抗馬にしろ、Wエースにしろそうだと思うけどねえ
三沢川田から、秋山大森は規定路線じゃないかと
大森はハンセンが昔のデストロイヤー的なポジションになった時に
タッグ組ませて英才教育?みたいな感じにしてた、もちろん馬場とも大森はよく組んでたし
なんか大森が将来のちょっと頼りない次男坊で、父親?の馬場と母親?のハンセンが育成してたように見えた。
秋山は何の心配もない長男で、その補佐を務める次男をモノにさせるためみたいな…
奇しくも同時期に、WARが平井にプロレスのうまいビガロを組ませてエース育成をしてた。 反戦 大森組、良二人組。
大森 反戦米師匠存在。
反戦 日本人組回数多。
天龍 馬場 鶴田 田上 大森 長州(単発)上田 鶴見
又、晩年 三沢 川田 小橋等。
後、個人的 九十年代、猪木 反戦組、熱望。 殺人バックドロップっていってもそこまでアレな角度でもなかったよな
あそこで死なんでも近くどこかで逝っていたと思う
晩年はコスチュームのジャンパーの襟が当たっても首が痛かったらしいしな >>218
ノアみてなかったんで教えて欲しいんだが
そのころ、アキトシのバックドロップって
そんな名前だったの?
結果、リング禍となったためそう呼ばれてるの?
あとアキトシの試合運びの中で、バックドロップって
必殺扱いなの?単なるつなぎ的な技だったの? ちな、ナックルズ?か何かで
実際の映像をみた関係者とやらが
三沢はバックドロップされる前に
意識が飛んでおり、受け身が全く取れておらず
バックドロップはとりたてていつもと違うような
強烈なやつではなかったと判定してるの読んだことある >>179
潮崎しかいないとか、今思うと酷い状況だな
この頃は2ちゃんねるで全日の武藤信者とノアヲタが「うちの若手の方が駒揃い」みたいな争いやってたな
武藤信者の方が優勢に見えたけど、今考えると大差なかった 三沢も橋本も、生きてる間はいいエピソードみたいなの語られてたけど、死んでからしばらく経ったらプヲタからもロクな扱い受けてないよな
自業自得的な話ばっかり漏れてくるし >>206
あれを頑張ってると思えるプヲタも悪いよな
あと、ゴロゴロはポーズだから
武藤さん、何年膝が壊れる詐欺やってんだよ(笑) 詐欺やってた宮迫とロンブーが謹慎だってね。
同じく詐欺やってた三沢と仲田はお咎めナシ。 社長業が忙しくて全く練習できずブクブクに太った状態だったんだから
垂直落下でひねりを加えるのではなく加減してブッチャーにバックドロップするように背中から優しく落としてあげないと >>224
今発売されてる本では
知り合い全員から絶賛されてるが
ただノアの社員の使い込みに関しては
社長として杜撰すぎると田上に指摘されてる
社長全員使い込みしてんだもんなあ
片腕のガチドラからして私腹で愛人に店待たせてる >>229
やはりケツ拭きさせられた田上は恨み節のひとつも言いたいだろうな 三沢は社長業で忙しくて
とか
ガチドラ
とか
廃れないよなあ。 >>230
田上自身、ノアに全く貢献してないし、
地獄の三沢からすりゃあ、ちょっとは痛い目に遭え!
ってところだろうな。 三沢の本、買っちゃった。
だって立ち読みできる量じゃないんだもん。 田上が全く貢献してないってことはないだろう
三沢小橋が寝ない分どれだけ格上げのために寝たと思ってるんだ
高山にもジュニアの丸藤にも外様の永田にも一番最初に寝たのは田上だろ >>235-236
その田上の勝った負けたでノアの観客が増えたとか売り上げが良くなったのなら貢献と言えるけど、
単にノア内部でしか通用しない格付けの上げ下げなんて何の価値もないのよ。 そこからレスラーをどう使うかは社長というかブッカーの力量だろ
それで田上の存在に価値なしはあんまりだろ ----広島県立総合体育館
2009年6月13日の「あの日」から
もう10年か・・・
ほんとはやいよナ 三沢光晴
今でも信じられないよ
オレ達
お前があんなところでイッちまったなんてサ・・・
試合中もボロボロだったんだろうーナ・・
レフェリーもとっとと静止させればよかったんだヨ
ダセェよ こんな体育館でサ・・・
お前が死ぬなら絶対に寿命
それも天寿を迎えるものだとずっと思ってたよ・・・
10年なんてあっという間だナ
見ろヨ
お前の弟子だった奴は
みんなすっかりオヤジだ・・・
次は自分の番だと言いながら
ちゃっかりみんな生きのびたぜ 10年・・ 本当に変わったぜ ミサワ
あの頃 お前があんなにこだわっていた「プロレス人気の復活」も
そんなの今じゃ後楽園ホールなんて満員にできて当たり前だ
最近じゃ「プ女子」といわれる女性やファミリー層をいかに集められるかが勝負なんだぜ
格闘技の聖地・後楽園ホールにふつーに
大勢の女子や家族連れがプロレスを観戦しているんだぜ
全くすごい時代になったヨ
・・・ほら あのプロレスリング・ノア・・・
あの三沢社長があの頃東京ドームを満員にできるとか言われてサ
そこまで集客できる団体なんてどこにもなかったのに
信じるしかないほどに集められて・・・
同じプロレスがどうしてそこまで集客できるのかどうしても誰にもわからなくて
だからプロレス界の盟主って言われていたりサ・・・
・・でも
今なら 東京ドームは いくらでも満員にできるんだぜ
10年という年月は ユメのような出来事を現実のモノにしたんだ ミサワ ───
お前の同僚だったレスラーたちはまだ戦ってるんだぜ
あれほど望んで そして結局最期まで・・・
お前は使命をまっとうできなかった
お前に心残りがあるとしたら ただひとつ それだけだろう───
10年という年月は厳しい暗黒時代を経験したプロレス人気の復活が鮮明化して
そして新日本プロレスがマディソン・スクエア・ガーデンで興行を開催することも決定した
もしも全日本プロレスが再び世界進出したいというなら
俺たちがもうしばらくだけ手を貸すのは当然だろう
https://www.asahi.com/articles/ASM473VRXM47UHBI00R.html
・・で どうすると言うんだい?
三沢の昔の仲間がよってたかって「娯楽の殿堂」「世界で最も有名なアリーナ」
マディソン・スクエア・ガーデンがどういうところかを弟子たちに教えてやるのか?
いつからそんなヤワな考えになったんだお前ら?
死にたくなければ選手を辞めればいい
それがアイツの口ぐせだっただろ
もう10年たったと思うヤツもいれば・・
まだ10年しかたってないと思うヤツもいるよナ
この10年 忘れたコトは1度もなかったし
これからも忘れるコトはないだろう
「プロレス界の盟主」三沢光晴のコトを >>222
おそくなったけどありがとう
よかったら誰かもうひとつ
アキトシのバックドロップの前に三沢が喰らってた技が、
アキトシの蹴りのラッシュと、あと「アイアンクロー」て
書いてあったんだ(>>220関連)
まさかただのアイアンクローのはずはないと思うが、
昔のモンゴリアン勇牙の「モンゴリアンクロー・バスターホールド」
みたいな危険技でも使用されたのだろうか
初代勇牙がその技で若かったTAKAの後頭部をマットに叩きつけた際、
TAKAが完全に意識を飛ばしてしまい、以後封印されたと聞いたよ
ちな、技はスタンドでアイアンクローから
のど輪落とし風に相手をマットに叩きつける感じか >>238
田上なんざ全日時代から穀潰しみたいなもんだ
そしてそんな田上を絡めて何か新展開が起こると思って使って三沢は馬鹿ってこと ノア内部からも置物社長と呼ばれてた田上を
そんなに擁護する価値ないだろ
ノアの二代目社長になって仲田や永源から負債押し付けられて首を括るも失敗し、
重度の障害が残って家族からも捨てられて、
ゴミ捨て場でカラスに啄まれながら死亡とかそんな間抜けな最期を迎えて欲しかったファンも多いと聞く >>247
下の3行はキミの個人的な願望にすぎないわけだが
それにしてもノワヲタって人種の中の多くは
ゆきゆきて、宝島の暴露本を「書店で定価購入」して
大喜びで読んでたんじゃないのっていう
邪悪な妄想が浮かんでくるんだよね
商売だから売れれば続編はでるわけだけど
それにしても昔の宝島のプロレスムックはあんなんじゃなくて
ちょっと別方向からのプロレス愛あふるる良書だったのに
あまり語られることは無いが、アレもノワがダメにしたもののひとつ >>247
全日では四天王と呼ばれていた
彼が全日で穀潰しと呼ばれら根拠はなんだよ
あれだけの試合をして穀潰しなんて有り得んよ >>247
ごめん君の文章を最後まで読んだら
君が人間のクズだった
クズに反応した俺が悪かったよ 晩年の三沢は缶チューハイしか摂取しない生物と化し、
体内のアルコール濃度が高かったから
三沢にガソリンぶっかけて点火したらよく燃えたろうな。
火だるまになって悶絶するブサイクな三沢を
「うるさいよ静かにしろよ」とマシンガンで掃射したら、
何発目くらいで死んだかな? プロレス界の盟主にして業界をけん引してきた三沢光晴を失ったことによる損失はあまりにも大きかった 三沢光晴──
プロレス界の盟主って言われていた男
お前がイッてもう10年たった
忘れたコトなんかただの一日もない
お前と別れたあの昼 忘れられるワケがないあの日──
──じゃあまた明日
お前はそう言って広島に行った
それきりになるなんて誰が思う──?
それがお前との最後になるなんて いったい誰が思ったよ
約束したじゃあないか
じゃあまた明日って───
───三沢光晴
選手もスタッフも本物なら───
魔の時にアクシデントは起こらない
観客席が超満員の東京ドームでも想定外の出来事は何もおきない
お前はいつも言っていた
──そしてそのとおりになった
アクシデントは東京ドームでは起こらなかった
なんのへんてつもない日本中どこにでもありそうな体育館で
毎日のルーチンワークみたいなものだったはずのプロレス興行で
なんてコトないはずだったバックドロップで──── なんで三沢光晴はずっと試合に出続けたんだ・・
途中で放棄して社長業だけにチェンジする
それもアリだったろに・・
ただの意地か・・
意地もあるでしょうね・・
でも それ以上に追求したかった・・
その気持ちでしょう
タコなプロレス団体を絶品に仕上げ・・・
ただのノアにWWEに近い満足感を顧客に与えたい・・
三沢はそーゆう男なんですョ
どこかいつもワリに合わないコトに手を出すんです・・
そしてそこで必ず答えを探し出すんです
タコなプロレス団体で終わるか・・
最終の超満員観客席までいけるのか・・
三沢はプロレスに賭けたんです ポッキン逝く前からトレーニング不足のボテ腹指摘されてたよなあ。
あるいはプロレスというものに対して投げやりになってたのかもしれない。
ただでさえ寝れないほど痛いのに、さらに自分の身体を痛めることやんなきゃいけないんだからな。 >>258
社長業はそれだけでも大変なんだよ
そんな苦労をしての人間は知らないから批判する
藤原も藤原組を持ったら気持ちがわかったって もう10年たったと思うヤツもいれば・・
まだ10年しかたってないと思うヤツもいるよナ
この10年 忘れたコトは1度もなかったし
これからも忘れるコトはないだろう
「プロレス界の盟主」「方舟の盟主」三沢光晴のコトを 10年・・
本当に変わったぜ 三沢光晴
あの頃 お前があんなにこだわっていた「東京ドーム満員」も
今じゃ東京ドームなんて満員にできて当たり前だ
最近じゃ海外の顧客をいかに集められるかが勝負なんだぜ
“世界一有名なアリーナ”“娯楽の殿堂”ともいわれる
マディソン・スクエア・ガーデンでふつーに新日本プロレスが興行していて
しかも満員札止めなんだぜ
全くすごい時代になったヨ
・・・ほら あのプロレスリング・ノア・・・
あの頃 東京ドームを満員にできるとか言われてサ
K-1やPRIDEなど総合格闘技ブームの煽りを喰らって
プロレス界が漆黒の暗黒時代だった頃に
そこまで集客できる団体なんてどこにもなかったのに
信じるしかないほどに集められて・・・
同じプロレスがどうしてそこまで集客できるのかどうしても誰にもわからなくて
だからプロレス界の盟主って言われていたりサ・・・
・・でも
今なら 東京ドームは いくらでも満員にできるんだぜ
10年という年月は ユメのような出来事を現実のモノにしたんだ
三沢光晴 ───
お前の同僚だったレスラーたちはまだ戦ってるんだぜ
あれほどプロレス人気の復活を望んでいて そして結局最期まで・・・
お前はその使命をまっとうできなかった
お前に心残りがあるとしたら ただひとつ それだけだろう─── 三沢以外の四天王は全員フェードアウトした。
60超えてもリングに上がり続けるレスラーがいる中で。
田上も小橋もガンを患った、という事情はあろうけれど、
三沢ショックが尾を引いていたことは間違いないだろうな。 リッジウエイは昨年イギリスの大会でザックセイバーとオスプレイに勝っている。
ということは
ノアのヘビー>大原およびノアのジュニア>∞>新日本と所属雑魚選手ってことか。 >>21
泉田マジかよと思って調べたらけっこう前に亡くなってたのね・・・ >>265
古いファンなら
知らない方が幸せだったかも ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています