【謎の】SWSについて語ろう その17【5カウント】
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>>109
週プロはえげつなかったが、当時の今よりも若くて純粋なファンたちのアレルギーは凄かったからね
プロレスは金なのか?
と哲学しちゃってw
一番金の匂いに敏感だったのはターザン山本と週プロ >>98-100
リアルタイムで「後ろ足で砂をかけて出て行き
競合他社に移った人間(長州)に対して役員待遇で誘うなんてこんな話は聞いたことがない
こんな事をした新日本はまともな会社ではない
苦しい時に会社を守った藤波をないがしろにした」と批判した人もいたからね
吉本興業でも太平サブロー復帰の時は「三か月間ギャラ無し」等の条件を飲ませて
復帰させている しかし天龍は馬場生前には全日本に上がれなくても、死後、そして三沢離脱後、
元子の方から協力のお願いに寿司屋に赴くくらいの価値は保ててたからね。
その要請も、天龍の奥さんは「あれだけの事をされたんだからそんなとこに上がらないで!」と大反対だったらしいけど あれだけのことをされたのは馬場もだろうが
先に戦争を仕掛けてきたのは田中とその賛同者
全日はかなりの確率で潰れてたんだぞ
潰れた後全日の社員に天龍はなんて言うんだよ
なにが将来は対抗戦ができたら良いなぁだよ
自分の寿司屋の前に寿司屋を作られて、大資本で半額で商売されて潰そうとされたら天龍はどう思うんですか >>41
>新日本道場最強は荒川でその次が永源だった
それはありえない与太話 このスレで長文でいかにも真実みたいに書いている奴は週刊天龍の可能性があるから
基本的には疑って読む必要がある >>104
夢の架け橋はオールスター戦ということで、一応ター山はWARに参戦オファーを出した。
だが「俺は金では動かない」とWの方から参戦拒否。
夢の架け橋の全日本参戦の前提条件がWの不参戦。
Wの方から断ってきたのはター山・ベーマガにとって朗報以外にない。
もしWが参戦すると言ったらター山の方から拒否しないといけないのだから。
馬場「天龍が出るならウチは出ない」
ター山「WARをマイナーなところへ追い込むことになる」
当時、馬場やター山が天龍とWをどう認識していたかがわかる言葉である。 >>107
天龍の全日本復帰については馬場が和田に言ったことがすべて。
「全日本が本当にピンチになったら天龍に復帰を要請する。だが今はその時ではない」
97年の武井との交渉や98年の日テレからの要請は、ピンチでないから普通に拒否。
00年のNOAH勢の離脱後は、文字通りの存亡の危機で天龍に復帰の要請。
元子の天龍復帰の要請を「まさに馬場の言ってたとおり」と和田も認めていた。 >>118
新日の前座を務めることを受け入れた馬場が今さら「天龍が出るならウチは出ない」なんて言うかね?
週プロサイドもWARに対してもギリギリまで出場交渉していたはずだし >>120
ターザン山本と竹内の共著「プロレス雑誌大戦争」より引用。
「WARに関していうと、私はG馬場から別のプレッシャーを掛けられていた。
天龍が「夢の懸け橋」に出るなら、全日本プロレスは出場をやめるというのだ。
天龍と同じリングに上がって試合をするのは、G馬場的にはできないという言い分である」
中略
「このように「夢の懸け橋」に関してG馬場はずっと不快感しか持っていなかった。
全日本プロレスとWARの両方に出場してもらうことは、初めから無理だったのだ」
1999年の時点でター山はこう書いてる。
まず、竹内との共著においてター山が馬場についてのウソを書けるはずがない。
そして、当時は元子がバリバリの健在で、もしウソやでっち上げなら猛抗議をしたはずである。
ところが元子がこの話に抗議したという話は聞かれない。
よってこの話は100%事実と見て間違いがない。
すでにター山は馬場に切られていたので、遠慮なくこの話を公開したのだろう。 >>111
>天龍の全日本参戦話は古巣への郷愁からであって別に団体が困窮したから出た話ではないよ
1997年、武井が馬場と天龍の全日本参戦の交渉をするが失敗。
1998年、WAR活動停止。
Wは新日本、インディー(大仁田)、Uインターと一通りの対抗戦を終えていた。
この後に残された相手は全日本しかなく、交渉が失敗に終わるやすぐに団体をたたんでいる。
Wはかなり困窮していたし、団体をたたんだ判断は正しい。 >>122
交渉したのは96年末からで年頭には破談していたはず
団体をクローズするまでにはタイムラグがある >>122
うーん…ちょっと話題がそれるが
WARって良くも悪くも他団体との交流、対抗戦ありきの団体だったんだね
旗上げからすぐに平成維震軍・本体との抗争が始まったし
そりゃ内部も充実させようと努力はしたんだろうけど、記憶に残ってるのは何だろう…
阿修羅の真WAR軍とか相撲軍団とか、青鬼赤鬼?みたいなマスクマンとか…
いまいちピンとこないな、やはり対新日や大仁田や高田のインパクトが強いな。 天龍も自著で、
「他団体で暴れてWARに客を呼ぼうとしたけど、浅知恵だった。
チケット代が同じなら、天龍“が”見れるWARと、天龍“も”見れる新日本なら新日本を見に行くに決まってる」
と書いていたね。WARに集うのはあの団体の独特な空気が好きな少数派だった。俺もその中の一人だったが。 >>121
その話が本当だとするとWARの自発的不参加は敵に塩を贈る逆転効果になったということだな
しかし不思議なのは、ターザンがその話を他ではしていないことだね
馬場夫妻からの金銭供与を明らかにした『金券編集長』においても、WARに出場を迫り、「出場しないとWARをマイナーな場所へ追い込むことになる」と脅した話まで書いているのに、馬場から「WARが出るならウチは出ない」と言われた話はまったく出てこない
金銭供与の話を明かしたくらいだから馬場夫妻に遠慮して書いていないとは思えないが Uインター神宮大会で高田vs天龍が決まってたのに
川田参戦をよく了承したなジァイアントは WARは元相撲取りが多すぎてなあ。
相撲取りじゃなくても冬木とか原とか伊藤とか。 >>128
そういえばその1月ぐらい前に
同じ神宮球場で高田vs安生、天龍vs佐野で興行やってたな
それも平日の昼間だった気がするんだけど…
何でビッグマッチの動員が分散するような、また規模的にも勝算が見込めない興行をやったんだろう?
球場に申請する時に、最低契約数とかあるのなら仕方ないけど
カード的にも変化球な感じだし、中規模の会場で、平日の夜にでもやればそこそこ悪くない結果が出たんじゃないかと思うんだが? 谷津がSWSの入団会見で
「ごっちゃん、ごっちゃんばかりがまかり通る相撲取りの草刈場になっちゃうよ」
と団体の元相撲取り優遇体質化を危惧していたけれど(隣に高木がいるのに)SWSが存続していたら確かにその通りになっていたかもしれない >>130
あれは神宮花火大会の出し物の一つだったみたいだよ
しかも土曜な
UWFインター「”挑戦”神宮花火ジャック」1996年8月17日 東京・神宮球場 相撲軍団とか赤鬼青鬼とかダサいセンスのアングルは誰が考えたのやら >>33
「メガネはメガネスーパーで買うなよ。」
ひょっとして、ラッシャーのフォール負けの意味? ↑天龍ショックのときのマイクだけど
それの責任を取らされた?
馬場社長のシューターぶり >>「メガネはメガネスーパーで買うなよ。」
会場だけで終わっていたら笑って済ませられたけれど、週プロの誌面に載っちゃったのはまずかったな 週プロは編集後記で誰かが
「SWSのテレビ中継を見ていたら、メガネのCMが流れてきた。よく見たらメガネドラッグのCMだった。爆笑!」
とか書いてたな
あれ誰だったっけな〜
流石に記憶が古すぎて忘れた(笑) >>134
ってことは、イベント側からギャラが出てるからインター側としては大して痛くなかったのかな >>140
よく
「売り興行だから客がいなくてもいい」
って言う人が昔は多くいたけど、
ヤクザだって売れもしない興行を付き合いで買ってくれる時代じゃないし、
そもそも売り興行で興行主が赤字嵩めば次はもうプロレスの興行なんて買いたくなくなる
長期的に見て痛くもかゆくもないわけはないが、短期的な視線しか持ってない奴だらけの業界だからなあ
本当に痛くないんだろうな WARの両国国技館での天龍と高田の再戦は、高田が天龍に星を返すのがやる前から見え見えだったので興ざめだった
(武藤と高田の再戦もそうだったけれど) その数年前の、夏場に藤波のシングルで負けて
12月のWAR両国で取りかえす、というパターンと同じだね
あとはホームリングは真逆だけど、WAR両国で天龍が負けて、FMW川崎球場で取り返した。 荒川メインはファン感謝デーよりも、「タニマチ感謝デー」で一般に非公開の興行がいい。 ムタvsカブキも、新日ではカブキの反則勝ち
WARではムタの反則勝ちだったな
どのカードもこんな感じで代わりばんこに星を取り合ってる感じだった >>96
自伝によれば
カブキは杉山に「坊や」呼ばわりされたことにカチンときて
スパーでシメたようなことが書かれてあった
プロレススーパースター列伝のカブキ編に似たようなシーンがある
カブキが杉山らしき人物をスパーでギブアップさせて
『坊や、強くなったな』と言われたとこで、馬場が
『コラッ、負けたくせに坊やなんて言うな』と言うシーン
列伝の製作にはカブキ本人には全く関わってないので
これは猪木、あるいはその場にいた関係者の記憶を元に
描かれたシーンだと推測される
事実の詳細はどうあれ
カブキが杉山とケンカしてシメたと言う出来事は
まんざらデタラメではないかも知れない ――プロレスの試合なのに勝者に賞金が出る。それは揉めますね(笑)。
谷津 田中八郎はね、プロレスの仕組みがどういうものかわかってなかったから。
それだと負けた選手から不満が出るでしょ。
だから一度賞金を選手会の方で集めて、上下関係ごとに分けるという取り決めになったんですよ。
――田中八郎に黙って、いったん賞金を集めてたんですね(笑)。
田中社長にプロレスの実態を教えなかったのは、勝利者賞を出さなくなる恐れもあったからなんですねぇ。
谷津 それにしても分け前はレボリューションの方が多かったんだよね。他の部屋はみんな頭にくるわけ。
――マッチメイカーはレボリューションのカブキさんでしたし、強い不信感が……。
谷津 そういうこと。神戸でカブキさんは北尾に追っかけ回されたこともあるよね。
「なんで俺がテンタに負けなきゃいけないんだ!?」って。 最終的に社長に仕組みを説明したのはナガサキとの事みたいね。
もともと田中社長と付き合いがあったのは、ナガサキ(と若松)だったようで。 >>146
ただその列伝だと馬場の後に猪木がなんか喋ってたと思うので、猪木の日プロ復帰以降の話ではなかろうか
そうなるとサンダーはおらんことになる。つかサンダーの方が後輩なんだから「坊や強くなったなぁ」などと先輩風吹かせたコメントはさすがにしないだろうとマジレス >>149
あのイラストだと、入門時に対応した上田馬之助っぽいんだよね。
杉山を締めたことで、マサ斉藤と仲良くなったようなので、ほぼ事実なんだろう。 >>146
俺もカブキの自伝を読んだが、
>スパーでシメた
なんか、アマレス五輪代表の杉山に
レスリングで勝ったような印象を与えるが
正確に言うと、
杉山が高千穂を「坊や」と呼びレスリングでは
圧倒した。まぁ当然だな。
その後、高千穂が「では、プロレスをやりましょう!」
と言って、杉山の顔面にパンチを打ち付けた、とあった。
レスリングでは、 Gスピリッツのマサ斉藤追悼のカブキ×タイガー服部対談でも語られてた。
杉山は斉藤の先輩で苛められてたからスパーリングの件は溜飲が下がったらしい。 カブキ(高千穂)と馬場と猪木とT杉山が
同時期、同じ団体にいたことってないだろ?
(所属としては、昭和40〜41年、
4人共日本プロレスだったが
猪木はアメリカ武者修行中) >>147
分け前はレボリューションの方が多いってあるけど、レボリューションの方が格上の面子多いんだし、エースだって天龍以外にいないじゃん。
高野兄弟、谷津なんてエースの顔じゃないだろ。 >>123
>交渉したのは96年末からで年頭には破談していたはず
>団体をクローズするまでにはタイムラグがある
馬場と武井の交渉は96年10月から約1年間行われた。
この時期、ゴング編集長の小佐野は何度も馬場に天龍の復帰について尋ねている。
WARにとって大きな興行が97年7月にあった。
「WAR旗揚げ5周年&天龍革命10周年&天龍源一郎プロレスデビュー20周年記念」興行で、
この興行は全日本の川田が参戦するかが大きなテーマとなった。
結局川田は参戦せず、天龍はターザン後藤とのシングル勝負。
前田が来場したから何とか格好がついたが、寂しさは隠せなかった。
天龍「もう少し時間をください」と全日本との交流をあきらめず。
結局、全日本との交流は実現せずに終わった。
Wは荒谷信孝をエースにするも、興行成績はまるで上がらない。
どんどん旗色は悪くなり、98年1月に全選手の解雇を発表した。
後年、武井「(借金苦で亡くなった)FMWの荒井社長の件は他人事でなかった」と回想。
全日本との縁の切れ目は、そのままWの終了を意味していた。 列伝はフィクションだしな。
未だに俺達みたいなのがネタにして語るくらいとても優れた内容の。 >>124
WAR認定世界6人タッグ王座
J1日本選手権
金網デスマッチ
男女ミックスマッチ
冬木による連日の消火器噴射
嵐の隅田川ダイブ
武井社長の試合参戦
一応いろいろやっているがいかんせんインパクトが弱い。
せめてTVが付くか、ネット中継があればそこそこ盛り上がったはず。
WARは10年早い団体だったw >>159
たまたまスレ開いたら、丁度自分にレスくれてましたw
こうやって色々と回想されると確かに思い出した…
J1日本選手権は藤原とのシングルが印象深い
つーか、このカードは当時でもまだドリームカードでしょ、五年前はドームの目玉になり得ただけあって。
それがひっそりとビデオ収録されただけ、というのが勿体無い…
あとポーゴと何かモメてたような?
試合後の通路で天龍がポーゴにバケツで水かけてて
ガチの怒りっぽいような雰囲気の写真を雑誌で見た覚えがある。
>せめてTVが付くか、ネット中継があればそこそこ盛り上がったはず。
これは同意、色々とフットワークは軽いんだから
良くも悪くも話題性に長けた団体にはなったと思う。 >>155
ただ全日本も川田はダメだったけどその代わりにジョーディートンを派遣していたから。、誠意せう対応をしていたよね。 >>159
いや…10年遅い団体。
ドスコイ軍団はちよっと。 >>154
田中社長「勝ってエースの座を奪い取ればいいんですよ(キリッ」 >>154
それはカブキの決めることじゃないし
格なんて後で作るもの
長州が革命起こしたら急に強くなったように
といっても若松が勝つシナリオなんて客は見ないか SWSってエースは天龍だけどイメージ的には谷津&ハクが勝ちまくって
天龍が劣勢の状況に追い込まれるって印象があった。 >>166
快進撃だったのに突然、阿修羅とスミスのコンビに敗れて終わってしまったな。
あんなブックを考えた、マッチメイカーのカブキが無能。 >>168
ドームでメイン張れないレスラーだからこそ、勝たせて次のシリーズに。
そんな先まで考えたストーリーのない、最低な終わらせブックだった。 >>90
あの時の新日ドームは何してくるかわからないどころか
土下座するから出てください状態だったでしょ >>170
それでもジョージがタイガーマスクのブランチャーをスカしたり、ハンセンとベイダーが流血戦を演じたり、あの木戸が鶴田をディスったりと不穏な空気が流れた その割には、戻ってきた天龍と三沢を、
マイティは(長州とジョージに好き勝手されて)泣きそうな顔で出迎えたと書いてあったね >>167
ドームで負けたことやたらと強調するけど、首固めの一瞬の丸め込みだし試合後スミスに攻撃してたしそこまで格の下がるような負け方でもないような。翌年のタッグリーグも龍原砲に連勝して優勝だし。 >>173
そうそう
あの試合でナチュラルパワーズの価値が下がったという印象は皆無だったね あんまり強すぎると負けどころを作るのに困るんだよね
テイカーやウォリアーズがいい例
あの辺でちょいと土をつけたのは良い対応だったと思う 同時期に新日でヘルレイザースが無敗街道だったけど(30連勝ぐらい?)
ジュラシックパワーズがストップかけたのは説得力あると思った
SWSつながりで言うと、天龍原がヘルレイザースに10分足らずであっさり負けたなあ… それにハクは、当時のWWFでは
ジョバーとまでは行かないけど、負け役、やられ役って感じだった
エースにいいとこまで食い込むけど、最後は毎回フォールされる
他の団体でそんな感じのハクに
自分の団体で負け知らずの最強キャラをやらせたらどうなるか?
考えなくてもわかる話だよな 隙あらばカブキをdisろうとするヤツが定期的に現れては
コテンパンに言い負かされる流れは相変わらず変わらんなw >>160
>あとポーゴと何かモメてたような?
96年1月のWARの後楽園にポーゴが参戦。
ポーゴ「WARはプライドが高すぎる」と批判。
天龍「2度と使わねぇ」と追放を宣言。
このやりとりはガチに見える妙なリアリティがあった。
あと天龍は階段で怒りにまかせ水をぶちまけたが、
それがとてもきれいに撮られて週プロに乗っていた。
印象に残っているのはたぶんその写真のこと。 >>161
馬場はこの記念大会に川田ではなくディートンを派遣。
あと武井の求めに応じて、パンフレットに馬場も映っている全日本時代の写真を使うことも許可した。
これは馬場がここで天龍を完全に切ってしまうと、
・ピンチの際に全日本復帰の要請ができなくなる
・天龍がそのまま新日本へ行ってしまう
恐れがあったから。
この辺りからも馬場の老獪さ、したたかさがうかがえる。 >>181
ポーゴの話しはどこかで読んだが、
馬場の老獪さにこだわるヌシの粘着さに閉口する >>179
誰もカブキをバカにするレスをしてないじゃん
被害妄想酷くね? >>176ヘルレイザースは93年10月両国デビュー
天龍が新日初参戦のときな 新日がバックアップしていたメモリアル力道山の時に
全日が提供したカードは百田VS井上だったな
長州が「なんでこんなカードなんだ?」とか言っていた >>185
力道山メモリアルだから百田を出した
...と言うのは表向きの理由で
「他団体の試合やレスラーは、ウチの前座くらいの価値しかない」
ことを印象づけようとしたんだと思う
猪木が小林を前座で使って
国際は新日よりも格下と言うイメージを
ファンに植え付けたのと同じやり口 93年に、新日本最強は明らかに天龍、という売り込みをしたのとは隔世の 感 >>183
「カブキのプロレスラーとしてのランクはタレントだったら爆笑問題クラス」
とか主張するような連中だから、やっぱりカブキファンはどこかおかしい >>185
そんなカードでも鶴見の試合より評価は高かったりもする。 >>191
あの試合より評価ぎ低い試合なんてないだろ。
鶴見のマイクもフォローしてるつもりだろうけど、何言ってるかわからないし。 >>193
いちいち根に持ってるのか
色々言われても仕方ないじゃん、カブキじゃ >>194
単純に言ってることが事実と異なるという指摘をしただけだよ >>187
>他団体の試合やレスラーは、ウチの前座くらいの価値しかない
いくら馬場でも、そこまで思っていないだろ。
メインに天龍や長州が出たが、前座と同じレベルなら
脱退されたりUターンされて、あんなに騒がなかっただろ?(苦笑)
>>185
1996年6月30日力道山メモリアルに百田と雅央しか
派遣できなかったのは同日、全日が
後楽園で単独興行をしていたからだよ。
渕対小川の世界ジュニアも行われた。
ソース↓
http://www.all-japan.co.jp/champ/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%98%E3%83%93%E3%83%BC%E7%B4%9A%E7%8E%8B%E5%BA%A7 また小佐野の全日本担当記者を自ら降りてSWS専属記者になった話をするけど、カブキが全日本の給料日に事務所に来てそれと共に辞表を提出したから小佐野は全日本関係者に煙ったがられていたけど、まあ仕方がないよね。
小佐野は全日本時代から天龍番で、その天龍や谷津などの主力選手やベテランの米澤氏を含めたスタッフが相次いでSWSに離脱されて全日本は劣勢に立ってたし、崩壊危機とも東スポにも報じられたから関係者もピリピリしてたしね。
自分も当時あれだけ選手が離脱して全日本はどうなるかと心配してたから、鶴田をはじめとした残りの選手が盛り上げてくれて良かった。
小佐野はこの時全日本は潰れないと思ったって話してるけど、SWS寄りだったのにそんなに全日本を心配していたとは思えないけどね。 >>195
>>179のレス読むと、そんな穏やかな感じじゃなさそうだけど(笑) 夢の架け橋、馬場が「天龍が出るならウチは出ない」なんて与太ほざいてるのはここの妄想歴史おじいちゃんだけだぞ >>187
さすがにその見方は穿ち過ぎというか…同じプロレスファンとして、そんなふうに考える人がいる事に驚愕するわ
確かに百田は前座レスラーだけど、『力道山メモリアル』と冠した興行に『力道山の血縁者であるただ1人のレスラー(※当時)』が出場するって凄く大きな意味があると思うけどなぁ >>189
だ・か・ら!爆笑問題は取り消すととっくに申したに!wwwww
とうの昔にネタ切れしてて、同じ事しか言えないのが
アンチカブキクオリティw >>201
わしもそう思うw
つか力道山メモリアルなのだから
提供試合としては出場は力道山の息子こそ最もふさわしい。
長州の発言だってカードに対するものと素直に取りたい。
カードがしょぼいのは事実であり
ジュニアに馬場とデストロイヤーあたりが絡んだ
豪華カードを提供してあげてたらよかったのにね。
馬場が16文して、倒れた鶴見に試合権利のない
デストが足四の字して、そこを百田がカバーとかどうだw >>187
小林は後にこそ凋落はしたけど来た当時は猪木、坂口と並んで三羽烏として売り出されて上位戦線で活躍し、北米タッグも獲得してる。前座までは落ちてない。
百田vs井上にしてもそうだけど、イメージだけで適当な事言わない方がいい >>201
そうかな?
その前後のハヤブサや人生の扱い見るとそんな感じするけどね >>200
それはいちおうター山の本がソースなんじゃなかったっけ?
おれは未読だからよくわかんないけど。
でもその「天龍が出るなら俺ウチは出ない」という発言が
実際に馬場の口から出てたのだとしても、
話を最初にもってこられた際にニヤニヤ笑いながら
「天龍といっしょのリングなんてあがらんぞwぽぅw」て言ったのか
みのもセンセの描いた馬場ウオリアーみたいな顔で発言したのか
それで全く違う意味合いになるわけだから。。。
ちなみに妄想レベルではあるが、おれは真実は前者であり
それを往生際の悪いター山が脚色しているのではないかと思っている。 『百田が力道山の息子だからこのカードなんだ』
ってファンが言うとこまで、馬場の想定内だと思うよ 力道山メモリアルで百田が出たときその試合巧者振りに多くの関係者が「さすがは世界王者に登り詰めたことはある。ただの二世レスラーではない」と感服したみたい。 >>210
それは初耳だが
百田のその引き出しを存分に発揮させてあげれる相手が
マイティだった説ということでよろしいでしょうか ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています