全日・超世代軍(90〜92)を今さら語ってみるスレ
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超世代軍
ハンセン、カーニバル連覇
殺人魚雷、最強タッグ連覇
ジャンボの勝ち >>778
サブゥはECW時代が凄かったわ
メジャーでは魅力が出ないね >>779
ブリティッシュブルドッグス
マレンコブラザーズ
だな。
すまんな。 古い最強タッグのデータ見返してたら
なんと
ドリー菊地組とかいう
かなりマニアックなタッグがある
どんなもんやったん?? スマザーズスリンガー組とかもあからさまな白星配給係だったな、いいチームだったけど >>783
90年代のドリーはアルペレス、菊地、ジョニースミス、
渕と微妙なところばかりだったね。 渕が最後のパートナーだったんだよな
そして渕はそれがようやくの最強タッグ初出場 泉田キマラ組が、
意外と配給係じゃなくて
秋山から、いん石でイズさんが獲ったりと健闘している
さすが、スパスタ候補だっただけはあるなww >>789
泉田はデビュー戦が第四試合で、馬場とのタッグ(テレビマッチ)でデビューしたエリートだぞ。 馬場マッチメーカー時代は
けっこー期待、優遇されてんだよね→イズさん
泉田キマラ組、WWE派遣(予定)とか デビュー前から試合に絡んでたな、しかもテレビマッチとかで 馬場が死んで引き継いだ三沢がWWFの話断ったこと恨んでたよな >>794
馬場の大きい人優遇もわからなくはない。
大きい外国人に日本人が向かって行くシチュエーションは、判官贔屓の日本人にあっているし、ハンセン、ウィリアムス、ゴディ、鶴田に三沢たちが向かって行くシチュエーションで、一度はヒットしたわけだし
日本人と体型の変わらない外国人はジョバーになるしか道がないからね。 >>795もっと単純な話、テレビとかではわかりにくいけど地方巡業とかの平たい会場の後ろの席とか立ち見とかの離れた場所から観てるとデカイ選手が大きな動きでやりあってる方が迫力あって面白いんだよね >>794
ノアが失速したのも外人の使い方だったんだろうか 多少しょっぱくてもバイソンスミスをシングル王者にすれば良かったのに >>798
ブル・シュミットやナイジェル・マッギネスなんかも、育てがいはあったし
ダグ・ウィリアムスもタッグベルトを巻かせたのならば、もう少し上手く使えばよかったのにね。
モデスト&モーガンは、カンナムのポジションで使って欲しかった。 超世代の時代と言えば、プロレスニュース。
プロレスニュースが800をゲット致しました。
ビリピン、ビリピン、ビリピン、プラスワン。 超世代の頃は、丸め込みや、ギブアップ決着も当たり前のようにあったが
川田がオブライトやUWF系のレスラーと対戦した以外は、三沢がジョニー・ガンをフェイスロックで仕留めたしあいが 新日がセイバージュニアを上手く使ってるね
ノアは外国人を使うのは本当に下手だね
ダニエルブライアンもヘビーで活躍させれば良かったのに >>801>>802
95チャンカー。三沢のリバースネルソンデスロック。ファーナス、大森、秋山に勝ちというのがあった。
盛り上がらないためか1シリーズ限り。 >>799
マッギネスが使ってたクローズラインはオカダのレインメーカーの原型と言ってもいい技だったんだよね
ROHではダニエル・ブライアンと並ぶ絶対王者だったのに、ノアではイマイチな扱いで残念だった
ROHでやったKENTAとの王座戦は凄く良い試合だったよ バイソンスミスは旗揚げして間もない頃からずっと参戦してくれてたのに
ちょろっとタッグベルト取っただけでほとんど美味しい思いさせてもらえなかったね >>801
三沢がベイダーの腕破壊した2000チャンピオンカーニバルは? 同じチャンピオンカーニバルで小橋がジョニースミスからアームロックで勝った試合もあったな 三沢って川田相手に逆片エビやったのを見たことあるが逆エビ見たことはないな。 >>775
91年のアジアタッグ戦線はとにかく凄かった >>799
全て小川弱より強いはずなのにみんなかませ犬にさせられたな 田上ハンセン組、明艦砲の決勝進出は
やっぱ元子さんの意向かね 明艦砲よかったよな。
それから、ベイダー&スミスもなかなかよかった。
前の年のハンセン&ベイダーみたいにリーグ戦では、無敵で 決勝も圧倒的に攻めていたのに、一瞬の隙をつかれて負けるブックもプロレスの王道だが。 99年最強タッグて
大型選手ばっかだな
ノーフィアーの二人もガイジンに負けてないし
あと、ウルフ・ホークフィールドが意外と大型なのに
気づいてびびった バイソンスミスと組んでた
キースウォーカー?だっけ
迫力あったからもっとプッシュしてもよかたかも 来日して早々にタッグチャンピオンなったけどお父さん亡くなってお葬式で
防衛戦に出られないってなったらベルト剥奪されて来日もパタッと無くなった
冷たいもんだわ エースクラッシャー(スタナー)と
のど輪落とし(チョークスラム)て
このころの全日が元祖でおk?
すげえな >>821スタナーはエースクラッシャーが元ネタだけど、チョークスラムはどうだろう?
田上ののど輪高くあげるようになったのって92年頃?
新日でもベイダーが92年頃のIWGP タッグで武藤相手にチョークスラム使ってた記憶がある のどわも元々はゴールデンアームボンバーの派生だよな 後アンダーテイカーもデビュー当時からチョークスラム使ってたよ あと、ヘビーのジャンピングボム→ダイナミックボム
も田上元祖
断崖技も田上元祖だねww
おそるべし世界のATww >>826
元々はライガーボム
川田も89年に使ってた >>829
コブラクラッチスープレックスはクロファットからパクったけどそれ以外はオリジナルの宝庫だよな いちおー
三冠戦では三沢にタイガードライバー91出させるまで
追いつめていたね ダイヤモンドカッターやスタナーは、みんな我先に真似してたのに、
それより前から有ったエースクラッシャーは、誰も関心無かった不思議 エースクラッシャーはスタナーやダイヤモンドカッターの正式な形が分からん
顔面砕きの技なのか顎砕きの技なのか アレは体重かけすぎるとヤヴァイ技
オブライトもスタナーで亡くなっているとか >>827
福澤が「川田ドライバー!」と言っていたような気がする。 >>832
それはエースのレスラーとしての評価の低さが理由だと思う。
マスク良くて背が高いのに試合内容が致命的にしょっぱいw >>829>>830
メキシカンエースクラッシャーはエースが元祖だろうけど「宝庫」ってほどの量(数)でもないだろ。 >>837
エースクラッシャー→各種スタナー系
ダブルアーム式クラッシャー→ペディグリー
ギロチン式エースクラッシャー→フェイマサー
だと思ってたけど、ペディグリーとフェイマサーはルチャ系の技が元祖らしいね
エースの技は見映えするのが多くてカッコ良いんだけど、肝心のエースが試合運び、技のタイミング、体型、動作とかが見映えしないと言うね そういやフェイマサーはクリプトキーパーが使ってたけどあいつもメキシカンだもんな >>836
エースのピークはハンセンと組んだ92年の最強タッグの印象 川田ドライバー(kawada driver)といえば、
海外のプオタにとってはいわゆる三冠ボムのことらしい >>838
根拠は無いけどメキシカンエースクラッシャーは三沢が出したアイディアのような気がするなあ。推測でしかないけど。 三冠戦でやったメキシカンとランニングからの飛び付き式は三沢つぽいやね
あの試合ほぼ三沢が一人で作ったと思ってる 三沢とエースのシングルは90年代半ばにチャンピオンカーニバル公式戦で生で見たけど
その試合もそこそこ盛り上がって良い試合だったわ 田上は一時、ヒールぽかったね
ギロチンホイップ、アトミックホイップ、ブレンバスターホイップと
ヒールちっくな技も多用ww エースとかパトリあたりの上のほうとのシングルは
基本地上波にのることなかったよな
三冠に挑戦できないし、チャンカン以外じゃ
ほとんどシングル組まれることなかったし チャンカー公式戦の1分ぐらいの放送で
田上vsハンセン、田上vsオブライトあたりの何とも言えないシングル見るの好きだった >>846
やたら、場外でマットを剥がしてパワーボムやDDTやってたな。 >>847
エースやパトリオットのチャンカン公式戦はプロレスニュース内でダイジェストで流れるくらいだった。 >>848
93年のチャンカンの名古屋大会でハンセンvs田上は放送されてたな。 >>848
全日に参戦したシリーズの武道館のセミで川田とのシングルが組まれたオブライト。
参戦3シリーズ目で世界タッグ獲得、三冠挑戦。
そんなオブライトでもチャンピオンカーニバルでは当たり前のように田上に負けるのが何ともw >>853
(ブックの兼ね合いとはいえ)相性みたいなものはあるんだろうな。
田上はスパイビー相手に戦いにくそうだったし
ゴディ相手には、シングルで負けてないし。
一方の川田はゴディ相手には、勝ててないけど、スパイビー相手には負けてないんじゃないか? >>854
スパイビー相手に川田はハンセン介入からのスモールパッケージホールドで負けてるよ。
あ〜いうのも残してよかったと思うんだけどね。
三沢や小橋が真面目すぎたな。 >>855
スモールパッケージじゃなくて後方回転足折り固めじゃなかったかな。 >>856
あ、ごめん。
そっちだと思う。訂正ありがとう。 田上の試合はハズレが多いから
武道館のメインは2回しかさせてもらえなかったんだよな
小橋の初三冠奪取というドラマありの試合と
CC優勝するから仕方なくメインっていう2試合 >>858
流石にもっとあるだろw
CCは2年連続決勝だし
凡戦だった川田との三冠初防衛戦、98年小橋の三冠に挑戦、99年ベイダーとの三冠決定戦
三沢にも2回くらい挑戦してるんじゃないの? シングルだと
93年2月の三沢との三冠戦
95年4月の三沢とのCC決勝
96年4月のウィリアムスとのCC決勝
96年6月の川田との三冠戦
96年7月の小橋との三冠戦
99年2月のベイダーとの三冠決定戦
全日時代は計6回だね。 あ、あと
97年7月の三沢との三冠戦
計7回だね。失礼 95年9月の三沢との三冠戦で9回
惜しくも10回は到達せず、か >>865
「もう途中から訳がわかんなくなっちゃったけど」の勝利者インタビューかw >>865
YouTub探せばありそうじゃね?
前年の田上対三沢の決勝はあった気が バーニングvs明艦砲は
すぐ見つかるけどね
素晴らしい試合
実況も平川アナで安定している >>867
さすがに90年代の映像が残ってないのは局の管理体制疑うわ >>871
フィニッシュの喉輪の前の
ダイナミックブーツが凄かったな 田上カーニバル制覇、初めて映像で見たわ
医師と最後に握手がいい感じやね 91〜93年くらいがプロレス好きのピークだったなー
あの頃に戻りたいわ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています