全日・超世代軍(90〜92)を今さら語ってみるスレ
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超世代軍
ハンセン、カーニバル連覇
殺人魚雷、最強タッグ連覇
ジャンボの勝ち >>410
満員にはならないな
追加カードで武藤vs馳、蝶野vs佐々木、橋本vsラリーキャメロン
藤波、越中vs長州、浜口 これで満員になるな >>416
馬場からすればジュニアのタッグ屋専の片割れなんてどうでもよかったんだろうけど
今思えばああいう選手こそジュニアが手薄な全日には必要だった 名古屋はテレビ放送がずいぶん遅れて平日深夜だった記憶がある 91年チャンピオンカーニバルの愛知大会と武道館大会のカードの差は酷かったな
その数ヶ月後の新日G1愛知大会はカードも豪華だったし盛り上がりが半端なかった
会場も文句なく札止めだったし >>422
再開したカーニバルの決勝戦というだけで価値があるという判断だったのかな。
でも武道館の鶴田vs三沢、+世界タッグ、川田vs田上の遺恨マッチ、世界ジュニア戦よりは劣るね。 >>423
訂正。世界ジュニアの渕vs菊地は愛知県だった。 >>422
当時の愛知では新日の方が強い。
共同企画という力のあるプロモーターがあったので。 >>424
翌年の愛知で菊地対ブッチャーの試合組まれてたのが印象に残ってる… 昔から全日本の愛知はマッチメイクからして
酷かったんだけど、一時頻繁に土曜トップ
スペシャルで特番収録組まれてたのか謎。 >>422
1ヶ月前には新日が県体より大きなレインボーホールを
碌なカードも組まずに満員にしてたしな。 それこそ91年カーニバルの武道館なんて、ドーム級のカードだよな
6万人行ったんじゃない? 個人的には全日の試合は、明るいドームよりも薄暗い会場で観たいw >>430
分かるw
全日って薄暗い会場に小さく流れるテーマ曲のイメージだわ
同じ後楽園でも新日と比べると何故か雰囲気が暗いの何でだろう >>430>>431
俺は全日の武道館は2階(ある意味3階)の最前列で観るのが好きだった。FCだと2階の最前列席は取れた。 たしかに武道館一階と二階の最前列は最高にみやすくていい
武道館で行われる次回武道館の前売り券買うと絶対に入手できたし 90〜92年ごろの中継を見ると、入場時にちゃんと照明演出してたのに、いつからやめちゃったんだろう?あれを続けてれば三沢のいう今風の演出を踏襲できてたのに。 >>428
藤波、長州vsベイダー、マシン
越中、飯塚vs馳、佐々木
ホームvsビレイン
武藤vsロトンド
ライガーvs保永
これて10000人以上集めたのは凄いわ >>434
三沢の今風の演出ってめっちゃダサかったよね
似合ってない変なガウンとか >>433
武道館一階の後方は見やすいけど天井が低く開放感が無かったので会場の盛り上がりに入っていけなかった… >>437
一階後方はリングが近くていいんだけど二階席がほとんど見えないんだよな
二階席の鈴なり具合とリングの両方が見えてこそあの凄い臨場感と一体感みたいのが
伝わってくるんだと思う、実際観客の半数は二階席にいるわけだしそこが遮断されちゃう感じだね 円形の武道館の2階席最前列は転落するんじゃないか怖かったw
上から見下ろすから見やすいけど。 武道館の2階(会場内的には3階?)は高さはあるけど
リングまでは思ったほど遠くないというか結構よく見えた。
それでも初めて1階の前の方で見た時は近さに感動した。
アリーナより見やすいかも。 武道館は大会場なのに通路側細くてトイレも小さかった印象…あと売店も小さい… 全日系カードで数字だけで見れば、
いちばん価値があるのは、
三沢小橋でも小橋秋山でも鶴龍でもなく、
三沢川田なんだな
あと、三沢川田は、さすがに勝敗ブックは決めるけど、フィニッシュはあえて
馬場が決めてないというウワサを聞いたことある
京平がジャッジミスったりとかもそれだとか 20周年記念大会も、初めてのドーム大会も、三沢vs川田がメインだったからな。
馬場が最も信頼していたカードなんだろう。 25周年記念大会は、三沢vs小橋
実況はチーフ金子ではなくて平川アナ。
日テレ的には、平川>金子なのか? >>443
初ドームの三沢対川田には小橋が嫉妬で発狂したらしいね、当初の小橋のカードが
たしか小橋モスマン対グラジ保坂だったから気持ちは分からなくないけど >>445
馬場って、モスマン好きだよな。
しかし、保坂って… 保坂は悪いレスラーじゃないけど全日初ドームのそのカードは荷が重過ぎるな 保坂は大仁田の信頼があつい選手の一人だったような。 確か、
田上&井上雅&大森vsグラジエーター&黒田&保坂
だったかな?
黒田の『哲ちゃんカッター!!』で失笑が漏れていたような。 >>445
半年前に25周年大会で、三沢vs小橋やったからな。
馬場の信頼以外にも、順番的に三沢vs川田は妥当だよな。 同じドームで渕多聞スミスvs金村邪道中川ってカードがあったけど
当時はメジャーやインディーというのが根強くあったせいか
渕も多聞も全く技を受けずに一方的な試合してたわ
唯一スミスだけが技を受けて試合を作ってた記憶がある 多聞はその3人と比べるとデカすぎるからな
掛けれる技も少ないだろうしそういう役割は自然とスミスになるんじゃなかろうか
渕のそういう所は客が観たいのもあるし相手も想定内かと >>445
丸藤のインタビューでこの時小橋とすれ違うだけでビンタされたって
言ってたから相当荒れてたんだね 小橋が発狂後ゴネにゴネて小橋エース対ハンセンベイダーになったんだけか
前年ベストバウトの男が最初のカードじゃたしかに「俺は不要なのか?」ってなるよな ベイダー小橋のシングルでベイダー相手に寝れば良かったのに >>455
それは来年の目玉に取っておきたかったんだろうな、うまくやれば小橋対ベイダー
なんてドームのメインにできるしな。でもあっさり文体で1月にやちゃったんだよな
ケチらずにすぐ出した三沢の英断とも言えるし逆にじらしにじらして引っ張るような
老獪さと手腕がなかったとも言えるが 全日ドームの小橋って1回目はこれで2回目は老いたロードウォリアーズと6人タッグで
あんまり美味しいポジションもらえてないな
田上はもっと美味しくないけど 2回目は観戦してないが結局一番盛り上がったのは馬場が出てきたときだった気がする 基本カードが無いんだよ
CCで実現しちゃってるから。言わんこっちゃない。2ブロックで続けてほしかった。 全日のドームって今見ると2回とも外様選手が絡みすぎててあんまりわくわくするカードないよな
全日のドームなんだから全日勢でしっかり勝負すりゃいいのに
前座にはインディー選手がワラワラいるし後ろの方にはロードウォリアーズやらベイダーやらいるし
でもカードは460の言うとおり出尽くしてるから無いししょうがないけど・・・ >>461
99年のドームでは川田対橋本ってのも挙がってたんだよね。共に復帰戦として。
実現したのはその5年後の武道館だけど 99年ドームは
セミがかなーり薄味に終わったのが痛かったなー。
エースアニマルの兄弟トリオは貴重だったが。
ジュニアの6人タッグが面白かったけどなんか不穏だったんだっけ? 保坂はドーム後しばらく
who is this? this is hosaka てのを売り文句にしてたね。 サスケハヤブサと小川が握手するかどうか引き分けで良い試合ではあったよね
みたいな空気の中で全日勢が誤爆を引きずって乱闘とかいう凄い空気のズレたことしてたな
あの試合の注目はサスケハヤブサと小川良成なのに垣原モスマンと揉めても何も盛り上がらないわ
もちろんそれが今後のストーリーに繋がるでもなく サスケがGPのベルト持ってったよね。
カッキーてよく揉めてた印象 最高峰のカードをCCの決勝でやって、そのあとのドームだからカードが無いよな・・
結局、優勝者vs誰かなんだけど、ゲストがいきなり三冠挑戦ってのもね。
同じカードをまたやらなきゃいけない...選手のモチベーションが大変だったと思う。 2ブロックでやれば三冠王とリーグ戦覇者がカーニバル中に対戦しなくて済むし、約半分のカードが温存できる。
1ブロックはいいことないね。 >>468
93年の新春G・エキサイトは興行不振だったから、
危機感があったんだろうな。 >>469
まあエキサイトシリーズの武道館なんか5大シングルマッチと銘打ってはいたが
次期CCを見越してけっこう出し惜しみしたカードだったな
たしか秋山ゴディ、渕菊池タイトルマッチ、小橋スパイビー、ハンセン川田、三沢田上三冠
だったかな、武道館に見合うのはハンセン対川田くらいだと当時感じたがよく入ってた
この日観戦予定の友人が一人来れなくてダフ屋に1500円で5000円の一階席を売った
その友人分の席に座った人にいくらで買ったか聞いたら10000えんと言ってたのを憶えてる チャンピオンカーニバルの前に武道館やるくらいなら、チャンピオンカーニバルの決勝を武道館でやった方がよかったのに。
あとは、6月、9月、12月(最強タッグ最終戦)の計4回を崩さなければよかったのに。
いくら、超世代軍で潤っていても全日本プロレスの体力は、そんなものだった。 リックルード、デイビーボーイスミス、テリーテイラーなど自国ではスターだった選手も来日してが合わなかったのかそれ以降呼ばれなかった…ビッグブーバーは意外と頑張った方だった >>444
副音声で、川合俊一と、金子アナ。伝説の馬場さんが、泣いてぃます。と言った 小橋&菊地がカンナムエキスプレスから、アジアタッグを奪取した仙台大会。
実況していた福沢アナウンサーが、自分が実況したなかで最高の試合だったって言ったことで、伝説の試合という位置付けになっている。
自分も現地で観戦したが、あれを越える会場の雰囲気はなかなか出てこないだろう。
(後でテレビで見た時も、内容はずば抜けて良いとは言い切れないが、試合の内容と会場の雰囲気と実況がマッチしていて興奮するんだな)
この後のアジアタッグ戦線でも超世代軍vs鶴田軍をやろうとして、後楽園で渕&小川相手に防衛戦を組んで、30分以上の試合をやっていたが、あそこまでの盛り上がりには、ならなかった。この頃の小川は、ジュニアに挑戦したこともない。
この頃は、何でも超世代軍vs鶴田軍の形式にしようとする動きが強すぎた気がする。
ジュニアに至っては、渕一強時代で盛り上がる要素もなかったが… >>466
竹内さんが『IWAのベルト』って間違っていた記憶が… うろ覚えだけど
この時期元プロボクサーが
全日に入団しなかったけ
デビューしないで退団したと
週プロにのってたような記憶
写真が掲載されてなかったから
どんな奴かすげー気になってた >>476
馬場亡き後の三沢体制になってからスーパーヘイトこと平井もこの頃全日入門したんだっけか
セコンドでよく見かけたよね
皮肉にも全日で試合するようになるのは分裂した数年後だったけど >>477
三沢社長の時に一回入ったけど新弟子扱いが嫌だかでやめて
大量離脱後の元子体制になってから天龍の手引きかなんかで再入団だな
実績と技量考えりゃ新弟子扱いが当然と思うけど >>476
浅見だか浅利だかそんな名前だったと思う。
>>477>>478
平井はWARで一時期エース候補まで行ったからねえ、冬木軍離脱で仕方なくビガロ&平井組で売り出そうとしていただけだが。
維震軍との札幌の7vs7にも入れられたくらいだから期待だけはされていたんだろう。
それが浅子、雅央どころか志賀、金丸よりも下の扱いだから我慢できなかったんだろうな。 >>479
ボクサーの人は数日でいなくなったと
聞いたが。 >>474
その後楽園のアジアタッグで初めて菊地が渕からフォールを取ったんだったか
そして意外にもあの時が全日デビューだけによる初のアジアタッグ戦でもあったわけで >>477
平井はWARのメインに出たり新日ヤングライオン杯に出たりしたけど90年代末期の全日に練習生扱いで入門したけど渕に使えないとか言われて試合に出る事なかった >>482
意外とタッパあったし、父親の伝手もあったのかもしれんけど
面構えがどうにもやる気なさそうだったね >>481
そのアジアタッグは92年7月だが、菊地は91チャンカーとその年の7月の大阪で渕から勝利を挙げていると思う。 ふと思い出したんだが昔の全日って無意味なカードが多かったよな。後楽園2連戦、テレビ収録があっても無くても無意味なカード。
92新春シリーズの開幕戦。川田&菊地vsハンセン&エース。こんなの菊地が負けるに決まってんのにどういう意図があって組んだんだろ。 プレステの王者の魂て全日ゲームがあるのだが、
裏面にキャラが
馬場
川田 小橋 三沢
と書いてあって、ああもうこのころは小川弱とアンタッチャブル組んで
馬場と三沢が仲たがいしてた時期なんだな、と哀しくなってしまった
川田が馬場の下に書いてあるのも、すげえ意味深ww この頃後楽園最前列に必ずいた60代くらいの母親と20代から30代くらいの娘
たまに父親が座ってることもあった
ちなみにその親子生粋の超世代ファンだった 当時より今の方が金はある
でも今、見に行くかとなると金がもったいないって思うんだよね
結局、見に行くか見に行かないかはどれくらい好きかで決まるんだろうね アルバイトできる年齢になった頃はこれで幾らでもプロレス見に行けるぞーて喜んでたな…
一番最初にチケット買ったのはジプシージョー見たさでWINGだった… >>485
同じシリーズのテレビマッチで、ハンセンと菊地のシングルマッチもあったね。
あと、別のシリーズだと
鶴田&田上vs三沢&菊地
三沢vsジョニー・ガン
川田vsスマザース
あっ、川田vsスマザースは放送されてはいなかった。 >>491
テーマとしては格上がどう格下を料理するか?
その後のタイトル戦線にむけての調整試合的な位置付けだったと思う。
その中で格下の方がどれだけ食い下がれるか?という所も。
タイトルにむけての前哨戦として6人タッグもいいけど、こういう明らかな格下相手の調整試合みたいなのも俺は嫌いじゃなかった。 【速報】金券五百円分とすかいらーく優侍券をすぐもらえる
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数分の作業で終えられるのでぜひご利用下さい 92年松戸大会
川田vsスリンガー
テレビマッチだったけどO.Aされず
生で見たけど川田はスリンガーを潰しにかからず
持ち味を出してあげたので会場かなり盛り上がった
O.Aされなかったのが悔やまれる >>495
I田欠場、三沢が散々だったシリーズだね… >>495
田上の初の三冠戦、小橋&パトリオットの初タッグがあったからね。 >>495
スリンガーは割とバチバチいくから川田の好きなタイプのレスラーだったのかもね
自分は両者とも好きだったからその試合見てみたかったなぁ 当時はまだ二十歳くらいだったんだな。
タイトルには縁がなかったけど、三沢もノアになったからスリンガーを呼んでたし認める所があったんだろうね。 >>498
スリンガー遠慮なくバチバチ行ってたね
それに川田が怒ることなくしっかり受け止めてたので
会場もスリンガーに対して声援が増えてきて
理想的な試合だったよ
フィニッシュが意外にも垂直落下式ブレーンバスターだったんだよな
この試合以外にも小橋パトリオット組の試合や三沢が肩を負傷しながらも
意地のフェースロックで勝った試合もかなり盛り上がったね
メインの三冠戦がイマイチだったので余計他の試合が目立ったな >>500
ハンセン対田上だね
松戸は毎年カードが良かった… >>500
このシリーズは、殺人魚雷やカンナムは参戦せずだし、鶴田の欠場や三沢の負傷等かなり台所事情が苦しいシリーズだったように感じる。
ハンセンとパトリオットが抗争する形になっていたけど、パトリオット自身が、ウィリアムスや小橋にシングルで負けているから、いまいち盛り上がりに欠けたし。
あと、日テレも福沢アナウンサーが高校生クイズで不在だったよね。こちらは、この頃は毎年のことだったが… >>502
三沢かなりの重傷だったように思ったが
次のシリーズ何事もないように試合して三冠も獲ったんだよね
パトリオットはいいもの持ってたけど持て余してる感はあったね >>501
とはいえ武道館の回数が増えると
松戸でやらなくなった。
93年以降だと1回だけ来たのかな? >>504
99年7月のアンタッチャブルvsバーニングの時だけだね、松戸は。
松戸の隣の流山で行われた97チャンピオンカーニバルは観に行ったよ。田上vs秋山で田上が意外とあっさり勝った。 松戸といえば90年にウィリアムスの高角度バックドロップで
川田が落とされたときは会場中ヤバい雰囲気になったが
カウント2で返したときの盛り上がりは凄かった >>506
小橋も94最強タッグのvs川田&田上でバックドロップで真っ逆さまに落ちた気がする。
一回転して後方に着地するか迷ってバンプに失敗したんだろうね。
川田の件はテレビで観たから俺も憶えてる。 >>507
個人的にはあれが川田の分岐点になったかなと思う
相変わらずシャーコールは消えなかったけど
あの試合以来メイン級で使われるようになったかな
まだその頃は三沢の正パートナーではなかったし小橋推しが強かった
まあ最もフットルース時代から野次の対称はほぼ冬木だったし
川田には酷い野次はなかった 真っ逆さまバックドロップといえは
ハンセンスパイビーが田上にやった合体バックドロップ >>506
あれ直前に川田がウィリアムスの耳元でバックドロップと言ってるの入っちゃってるんだよな 川田の垂直落下BBてヤバイ落とし方してるよね
大ジャンプして突き刺してる。。。 >>492
カードやテーマによりけりかな。
ビック・ブーバーがM井上とシングルやったのは、ブーバーってこんなレスラーなんですよって紹介する意味合いがあっただろうし
ハンセン&ノードvsヤングブラッド兄弟も、ノードに取らせていたことから、ノードを売りだそうという意図が見えた
ただ、ハンセン&エースvsヤングブラッド兄弟とか、ハンセン&スパイビーvsブラックハーツなんかは、何の意図も感じない。
ブラックハーツなんて、ハンセンの椅子で流血したシーンがプロレスニュースの枠で流れただけだったし >>511
鶴田と川田はけっこう目立つよなw
>>514
ハンセンは格下相手にも容赦無いから俺はテーマ無くても楽しめたぞ デストロイヤーの息子のベイヤーはすぐいなくなったな
高齢デビューしてすぐになるほどザ・ワールドのレポーター
やって消えた
フレアーの息子二人は酷いけどこの人もアレだと思う ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています