今考えると全日の四天王プロレスってキチガイじみてたよな Part2
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彼等は、何故あそこまでエスカレートさせたのでしょうかね。あまりにも垂直落下を増やしたため、リングの下に当時 最新の衝撃吸収マットを敷いています。現在の新日本 オカダ ケニー
棚橋 飯伏らも 四天王プロレスをよりスピーディーに進化させた(体が小さい軽いから速く動ける)ものですが、当時の四天王プロレスは、
面白かったです。毎日手を合わせて地方で組手
モーション確認 らを一緒にしていたから、どんどん阿吽の過激さになってました 川田が「年一回しか行かないような地方では分かりやすい試合を
したほうがいい」と提案したら三沢に「川田は地方で手を抜こうとしてる」と
決めつけられた、という話をするけど結果論としてそれは一考の価値があったような気がする
川田にしては珍しく正論 川田のいうわかりやすい試合ってなんだったんだって話よな、気になるわ
四天王プロレスと違うのかね。
でも当時地方で手抜きしてたらしてたでファンは文句言うんだろうしなw >>4
たぶん文脈から察するにカウント2・9の応酬をやめて決め技一発で決まる、的な試合かな 分かりやすい試合ってのは、予備知識の無い一見の客でも喜ぶ試合とかそういう意味だろうけど
四天王が果たしてそういう試合をやる必要があるかどうかは?
天龍以降そういう地方でもガンガンやってたんだしさ >>5
必殺技が出れば試合が終わる。
技のインフレも防げるし、試合に緊張感が出て悪くはないよね。
四天王時代であっても、ハンセンのラリアットなんかはその立ち位置だったしね。 だからもう三沢小橋vs川田田上って図式が無くなる時点で、全日も方針を転換すれば良かったんだよね、体もボロボロだったし
でもその96年ぐらいからボチボチ開国路線になったから、馬場にもそういう意識はあったのか
しかしメインの試合内容は更に過激さを増していくという… 四天王とか94年9月の小橋vsウイリアムスの時は「すげえ」と思っていたけど、それがやがて一撃必殺が無いプロレス、ただ長く戦っているだけのプロレスで全く面白くないと思ってしまった。 >>3
珍しくって川田は正論が多かったぞ
小橋の大技ばかりのプロレス批判したり 開国したあとだけど
全日の選手が他団体の試合出たの
川田のUインターだけだったけど
ノア時代に
新日本ドームで
三沢が蝶野とやったり
小橋と蝶野でGHCやったり
したあたりは一番ネックだった
テレビ局関係はどうやって解決したのかね
逆もしかりで
永田がノアにあがったりだの >>11
その時の権利云々に関してなジャッジする人間が交替したとか、方針転換したとかそんなところかな?
教えてエロい人。 80年代から全日を見続けて当然四天王プロレスにも熱くなったけど
突然おなか一杯になって武道館から足が遠のいた、きっかけは
チャンピオンカーニバルの巴戦だな、パンチラと一緒で見せすぎは食傷 >>13
あの巴戦は観ていて気の毒だった
優勝戦に至るまでで既にボロボロで
三人とも動きに切れが無かった
特に三沢
公式戦で秋山の雪崩式エクスプロイダーだったか?で元々悪い首が更に悪化した
初戦は小橋と30分時間切れで、インターバルほとんど無しで川田戦だもんな >>15
おしゃべり川田が主導権を握るか、自分LOVE小橋がKYで苦労話を垂れ流して
流れを渡さないか、どっちにしろ休火山田上は脇確定かな >>13に同意というかほぼ同じ道筋を辿った俺
ふた月毎に武道館やってほぼ鎖国で回すんだから逆によく持ったとも言える
当時武道館スタンプラリーというのがあって6回完走して何がもらえたと
思う?選手の名前が刻印された鉛筆!!www せめてTシャツだろーと力抜けた
思い出です よく90年代は新日は話題、全日は四天王の試合内容だとか言われてたけど新日だってライガー大谷金本のジュニア勢が試合内容で魅せてたよな。 新日本もダブルインパクトフランケンシュタイナーとかで危なっかしい技を出してた
橋本の垂直落下DDTや健介のノーザンも
今考えると危ないけど
あの2つは出たら試合決まってたね
全日本はそんな感じの技が一試合に何発も出てそれを返してた
首にダメージ負うよねそりゃあ
リーガルは間違って垂直落下DDT返しちゃったけど >>19
ダブルインパクトは言うほど危険じゃないし
フランケンなんて武藤とたまに来るスコットしか使わない
橋本の垂直DDTはビッグマッチで基本一回しか使わない
ノーザンは首からは落とさない >>20
三代目タイガーが大谷にやったやつは危なかったんだよ
札幌だったと思うけど >>19
それらよりもドームでスタイナーが馳にやったSSDの方がヤバい。
仮に落とし方が下手な奴だったら、受け身が巧い馳でもただでは済まなかったはず。 >>22
あれはやばいわ
あのまま事故になっててもおかしくなかった >>18
凄く激しい試合をしてたよね!
ワープロのJr.の試合本当に面白かった。 >>21
肩車してたのサムライだっけ?
サムライが離さないから大谷がヤバい角度で
落ちたんじゃなかったっけ? もう、2スレ目なんだな。
なんだかんだ言いながら、みんな四天王プロレス気になるんだな。 >>20
武藤のは切り返し技、ってイメージあるね
スコットとかファーナスのは両足で首を挟んで
後方回転してマット叩き込けるって感じだよね >>26
サムライだったかなあ
週プロでも大きく取り扱ってたのは覚えてるなあ >>29
金本タイガー&サムライ対ライガー&大谷かな?
その危険なフランケンからフィニッシュは猛虎原爆固めだった
ようつべで「スカイハイフランケンシュタイナー」で出てくるヤツ >>27
全日時代の三沢川田小橋田上を語るスレってのがパート14まで行ってたけど
さすがに話題がなくなって2018年2月でスレ立たなくなってたな
でも語ろうと思えばまた語れるもんだね 90年代の新日と全日のプロレスっ旧態依然として昭和臭さを引き摺ってる感じがするんだよな。
95年・96年なんて世は小室だトレンディーだとスタイリッシュになっていってるのに
新日は狼群団や昭和維新軍VS平成維新軍だの全日は地味なタイツでレスラーが辛気臭い表情を浮かべてるという。
nWoでやっとプロレスが世間に追いついた感じがするんだよな。 >>32
なんか分かる気がするよ
だけどね、nWoTシャツ着て電車乗るの恥ずかしかったよ…友達3人でね 90年代はもろに全日大好きだったけど
華がなかったよね全日本は
そこがまた良かったんだけど
新日本はきらびやかで大物呼びまくって
大々的に興行してたね その昔は全日本の方が華やかだったみたいね…徐々に開国してったけどハヤブサの扱いは勿体なかったな 今度の馬場興行にジョー・ディートン出るらしいね
福澤がプロレスニュースでよくネタにしてたなぁ懐かしい 四天王の前の超世代軍の頃が一番面白かったな。
その頃が一番儲かってたみたいな話儲かってたらしいし。
鶴田やゴディが元気だったら90年代後半はまた違ってたんだろうね。 インディジョーンズのテーマに乗って入場するディートンを見たい
鞭かなんか持ってたっけ おい!てめえら垣原と大森の話を誰か教えて下さい。
お願いします。 >>037
伝説の92年6月新潟市体育館長蛇の列とかね。同じような面子で何の仕掛けも無かったのに凄い時代だったね。 >>13>>17の人と似ている。
頭から落としたりエプロンから場外マットに落としたり、そんなの楽しむのが無理。
他には必殺技1発で決まらないのがつまらなかった。 ディートンといえば90年7月後楽園の6人タッグ。下手だけど好きな選手だった。 >>26
あれサムライがどうやろうが綺麗に決まらなかったと思う
そもそも肩車された状態から前方回転受け身って時点で無理がある。どうやっても引っ掛かるだろう ディートンは92年の正月の後楽園でのジャンボとのシングルがなかなか良かった
ノーTVなのがもったいなかったわ SFCの全日本のゲームにディートンが収録されてたけど必殺技のブルドッキングヘッドロックからフォールに行っても必ず2で返されるって不憫な仕様だった >>44
1・2が鶴田、渕vs三沢、小橋
川田、菊地vsハンセン、エース
田上、小川vsディーd、ビリブラ
は憶えているけど1・3ってどんなカードだったっけ? >>46
メインが三沢川田とハンセンBブラック、あとジュニアバトルロイヤルと
馬場木村対小橋菊地だったかな >>45
ディートン関係ないが、
そのゲームで田上かゴディを使って相手をロープに振ってロープ際でカウンターのラリアットやるとなぜかギロチンホイップ食らったような吹っ飛び方になって可笑しかった 四天王もだが、それに付き合った常連外人たちも大変だっただろうな
海外ならアメリカンプロレスみたいなのやってるだけで十分な所なのに、全日の四天王時代だとハードな上に適応しないと常連としてやってけないし
確かクロファットがインタビューで、全日のリングは他の諸外国のリングと違ってスポーツ的な真剣さみたいなものがあって自分はそれも好きだしやりがいもあるが、
ついていけない外人はすぐ来日出来なくなる的な話してたような覚えが
ディートンは正直上手くはないレスラーだったから、一時だけアジア戦線やトップレスラーと当たる事はあっても荷が重かったというかすぐ戦線からフェードアウトしてファミリー軍団とかメインになったのもわかる
アジア戦線でもカンナムやジョニースミスとか技術ある選手は四天王相手でも上手くやれたがディートンじゃジョバー役でも上手くないしついていけないよなあ >>48
馬場、木村vs小橋、菊地なんてよくそんなカード組んだねw
>>50
スミス、ウルフ、ハインズ、イーグルあたりはちゃんと対応できていた印象があるけどスパイビー、エースは駄目だったな。
エースは個々の技が雑だしコスチュームとか試合中のアピールだけ頑張ってるだけ。
小橋のバックドロップ&エースクラッシャーの合体技もエースがちゃんと飛べば迫力あるのに、ただ手を相手の首に添えて倒れるだけだったしな。
後から来たオブライトにもあっさり抜かれちゃったしね。 落ちこぼれ外人の部類に入ると思うエースだけど「一回くらいはやらせてやろう」的に
組まれた武道館での三沢との三冠戦は奴のベストバウトかな 四天王4人でグルグル回すのが常態化してるころだったから一服の清涼剤、
とまでは言えなくとも箸休めくらいの役割は果たした試合だったと思う
客も結構びっちり入っていたし 週プロが「次の武道館、行くか迷ってる」そんな声が何人から聞かれた。と書いた武道館ね。エースが三沢に挑戦した時。
小橋、秋山vs高山、垣原目当てで行った人も多かったかな。 エースさんは本当猿芝居だったからなw
天龍みたいな声だしてしょっぱい試合よくやってたね エースのショートタイツのお尻についてるXサインマークはウサギちゃんパンツに見えた >>55
名前忘れたけど評論家に「猿回しみたいなプロレス」って揶揄されていたもんなあ。
GETなんて作ってみたけど小橋には無駄な期間でしかなかったな。パトリオットは1シリーズで裏切るしw
個人的にはエースよりはパトリの方がまだ良かったと思うけど。 そんな叩かれるほどエース嫌いじゃなかった俺は肩身が狭い・・・ エースはでかくてマスクいいから好きだったけど本人の勘違いぶりが酷かったなw エースにプロレスセンスがないのはビンスに森嶋を見せた時点でわかるw エースはスタナーとダイヤモンドカッターを産み出したってだけでプロレス史に名前を残した 間違ってたら失礼だけどエースって練習あまり好きなタイプじゃなさそうだ
胸、腕、お腹、身体がひどかった
新崎人生が参戦してたときにエースと対戦してて
「カモーン!ジーンセイ!」って言ってたのには笑った >>61
ダブルアームエースクラッシャーも後にペディグリーとして広まったしギロチンエースクラッシャーも後にWWEだったかのレスラーがフィニッシャーにしてた 四天王プロレスが極まってファンも目が肥えたよな。
三沢対ハンセンの回転エビ固めの決着にブーイングが飛んだときにこれは思ったわ。
ファンはどこまで過激なプロレスを求めてるんだと。 エース、致命的に耐久力が無いよな。
あの両手広げて、びろ〜んみたいにダウンしている姿が痛々しかった。
オレ的にはオブライトと同格ぐらいだと思う。
オブライトが全日参戦時に持ち前のスープレックスのインパクトでエースを抜いたが
オブライトが徐々に失速し始めてエースが抜き返したみたいな。
98年ぐらいだと、完全にエース>オブライトになっていたね。
エースは98年にチャンカーで手負いとはいえ田上に勝って川田とフルタイムドロー。
三沢との三冠戦もそこそこの内容だったし、その三沢をタッグでピンフォールを取る。
オブライトはその年の世界タッグで何故かキマラと組むという落ちぶれぶりと。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています