喧嘩芸骨法 堀辺正史
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
あの人に体格があったら良いプロレスラーになれたのではないか?
アイデア、ハッタリ、セルフプロデュース等、並みのプロレスラーよりプロレス向きだった五十二代司家堀辺師範について語り合おう。 競技は競技でしかないので
その間に絶対的な優劣など付けようがないということだよw
ただ漠然と実戦性なんていう虚構を追い求めてみたところで虚しいだけ 君本当にアタマ悪いね
おそらくなにか特定の競技者で隠れて
それを擁護しているのだろうが
却って実戦性に囚われていることが分かる態度だ
平等という意識は優れているとは言わないが
下に見るな、という気持ちの現われだな
諦めろ
強さ議論をしているわけじゃないんだからさ 考えてみよう
MMAで顔面パンチだけ禁止されたとする
開催国の複雑な法律事情でな
それ以前のMMAの戦いを知る人々はどう思うだろう?
競技として独自の洗練を遂げるかもしれない
しかし格闘っていうなら顔殴ってもいいじゃん
ボクシングは殴ってるし、と人々が思うのは自然なことだ
ここで君が平等なんだ、と言い出しても意味がない 絶対はない、実戦なんて虚構だ
こんな文言いくら吐いても助けは来ない 昨日偶然歩いてる堀辺見て驚いたわ
まだ元気なんだな なんで自然なことだなんて証明もしようのないことを断言出来るのでしょうか?w
顔面打撃のない格闘技なんていくらでも存在して
そしてそれが世間一般に受け入れられてるじゃないですか 私が虚構だと言っているのは
ただ漠然と主張される実戦性という概念についてですね >>268
実戦性はあるだろう
ただ競技として楽しめることが前提とした
話しか俺はしていないから
極論としての実戦性を語る必要はない
君はハードル上げて、到達しないから全て平等と
言っているだけで空疎 >>267
受け入れられているのは競技としての意味があるから
顔を殴れば顔にキズができることがあるし
目や脳へのダメージがある
君議論の全体の構図を理解できてる?
そうは見えないんだけど
格闘で顔を「殴らない」ことに
リアルな真剣勝負の格闘性を感じることはないよ
これは直感的な判断だ
今のMMAで突如顔面攻撃禁止になって
「ああこれでエキサイティングな格闘になった」
と君が直感的に思うなら、俺とは議論が不可能、終わり
その直感に共感する人はとてもいるとは思えない 例えば、厳しく流血しないように考えられた競技
は可能だろうしニーズもあるかもしれない
だが毎試合流血するかもしれないという
大きな予感をもった格闘技と比べた時、
その人間の格闘としての迫真性は著しく目減りする
選手は流血を心配せずに戦える >>269
現実におけるシチュエーションをきちんと限定しないと実戦性なんていうものは議論出来ない
お前みたいに評価基準も曖昧なままに
ただ実戦性を云々を唱えてみても空虚なだけ >>270
お前個人の直感をただ一方的に押し付けられても困るんだけどw
客観性を欠いた主張は説得力を持たない こいつはバカだな
俺は実戦性を精緻化なんてしていないし
不要なのに
もともと議論するだけのリテラシーがないので
思いついた屁理屈にしがみつくだけ、
絶対はないよ、とかちゃぶ台返しで
なにか言った気になっているw >>274
君が格闘するとき
絶対に流血しないという保証が制度的にあったら?
保証されていない場合と比べてどう感じる?
ごまかしても無駄だよ
自分の気持ちにウソをついたらそこで負けだ >>277
絶対に流血しないことが保証されてる制度とは例えばどういうもの?w >>278
流血させたら負けというルールや
柔道で危険な技を全て禁止した競技が
考えられる
自分でかんがえる力がないのかな? >>279
どっちも流血しないことが「絶対」には保証されてないやんw
前者に至っては流血した場合のアドバンテージが保障されているだけ
講道館柔道も打撃技が禁止されているだけで流血しないことが保障されているわけではないね
実際に流血することもあるし
絶対に流血しないことが保障されている制度を教えてくださいw 君は自分が書いた反論レスを
読み返したほうがいいい
反論を組み立てていくってことが
できていないのが分かるから
平等であるっていう主張を通すのは
すっごく難しいんだ
旧字旧仮名キチガイやおかしなマルクス信者と
たくさん議論してきた俺にはよくわかるんだけども >>280
またその論法なの
それで議論するとそれしかできないならダメだよ
成長しないと
流血という事項について君が
理解できるように書いただけなんだから
バカだなあ 俺の議論の枠組みから見ると
柔道だって流血することあるもん!
って言われてもどうでもない
論点ずらしの逃げでしかないので 隙あらば自分語りw
その拙い日本語力でよく今まで議論なんて出来てたなw
とりあえず流血しないことが絶対に保証されてる制度を教えてください >>282
実際に具体例を挙げて説明することが出来ないような制度を想像して
それに基づいて何か見解を述べろとか言われても困っちゃうんですよw >>283
絶対という言葉を迂闊に使ってしまったお前がマヌケだったんだよ 君はプロレスは別だっていう感じで
昨日話していたんだっけ
そういうのも必要ならいちいち考察しないといけない
プロレスでの格闘の迫真性を低下させるのは
本気でKOを狙っていないという点にある
これは例えばパフォーマンスの採点性に
したところで変わらない
これは君も君なりに格闘技らしさというモノサシを
持っていることになる プロレスは格闘技じゃないんでw
単にそれだけの話です >>286
揚げ足取りのための議論は意味がない
君は横道に必死に逸れようとして
議論の大枠を理解しようとしない
これは経験不足だからだよ
残念だが俺の具体例と君の一本調子で
中身のない反論は釣り合っていない >>288
それは言葉遊び
なぜ格闘技として感じられないのか、
これを思考する力がないから定義の循環で
満足する
例えば俺は昨夜、コレコレを比較してみろと
言われて、それは難しいねと答えた
これはそう答えても議論の枠組みを壊さないと
分かっているから
これが議論する力 >>290
言葉遊びじゃないよw
格闘する様を演じて見せているのがプロレス
演劇、演芸の類 >>289
絶対的に流血しないことが保証されている制度なんてないということは認めるの? 議論するにあたって言葉や概念の定義を予めきちんと行っておくことは議論の基本なのでは? >>291
そういう判断をもたらすのは隠れた基準が
あるから
君も格闘技「らしさ」を価値観としてもっている >>294
それは典型的な逃げ口上
定義の無限連鎖が可能だから
議論の土台はすでに示している
例えばKOがある競技はない競技よりも
迫真性がある、こういう感じで
例を挙げてきた >>296
真剣勝負で相手を倒さない格闘行為は
格闘技と呼びたくない、こういう基準
この基準は別のものとも関連するかもしれない
それは、型の完成度を評点にする競技は
リアリティある格闘技において周縁的である 相手は倒れたが技が美しくないので減点です、
こういう体系は真剣勝負にとって周縁的な要素
バカでもわかるがw
分析していくと難しく感じられるかもしれない
リテラシー低い奴にとってはな >>298
そんな基準プロレスが所属するカテゴリを定義するにあたって別に使う必要がない 体系とか周縁とかきちんと意味もしていないような言葉を背伸びして使わない方がいいと思う
馬鹿を晒すだけ あらら内容を理解できないレベルの知能だったか
悔しいよねえ
反論を自分で組み立てられないって
俺の議論の基礎はすでにたくさん挙げた
採点のみの競技とKOだけの競技が仮にあれば
人は後者に格闘の迫真性を感じる
こういう話を沢山している
で、これを直感的に把握できないなら
議論から降りてくれとな
基礎を共有していないからな
まあ平等論から撤退を認めたくないだけのバカ
なのは分かっているがなw 結局
>>142は当たっていたんだろうなあ
というのは>>303はそういうなかで
比較不可能論を見聞きして、それを深く考えずに
持論にしていた、で「等しい」という
歪曲した意味に受け取っていた
そしてそれをなにも考えずに開陳したら
相手が論を組み立てられる人間で手強かったとw
抽象的な議論が苦手なのに残念だったね ワイモマーは相手の持論を質問という形の煽りで引き出しておいてそれを貶すのをずっと繰り返しているだけだな、口喧嘩ならまだしも文字にしてるからその論法は無理なんだよ
個人的にはだが精神的な話なら平等論も悪くはないんだよね、一つを極めるのはなんであれ素晴らしいし困難でもある
だが格闘技が相手を倒すということに特化しているなら、どれが効率良くそれを行えるかということに関して格差はあって当たり前
スタイル違うんだから その効率も非効率になり得るってことだけどな
戦国時代の組み討ちだって、周りが手を出さない前提があったから成立したわけで
一対一の武士の美学とか関係ない、倒れたらみんなでボコるわ
みたいな文化の国だったら寝技に持ち込むのは寧ろ自殺行為だし
組み討ちの練習せずに立ち技だけ徹底的に磨いていた方が良かったと後悔したんじゃないかな 佐山がかつて予言したように
いつかボクシングでもレスリングでも相撲でも
その他あらゆる全ての格闘技でチャンピオンになる総合格闘家が出ることがあるなら
自分も考えを改めるけど現時点では難しいと思う
そもそも最大手のUFCですらステが蔓延している時点で
ボクシングとかレスリングを超えるとか
そのスタートラインにすら未だ立っていないって個人的には思うわ >>306
格闘技それそれで相手を倒すということに対して形の差があるんですけどそれについてはどうお考えですか? >>305
お前自身は抽象的な議論が出来ているつもりでいるの?
体系って言葉一つ意味を理解して使えていないのに
初歩的な日本語もまともに使えない人間に抽象的な議論なんて無理だと思いますよw それぞれの格闘技が等しく存在し
そしてそこにはそれぞれのチャンピオンが存在する
結局この程度のことですわ
シチュエーションを限定しない抽象論としての実戦性を追い求めてみたところで虚しいだけ >>307
すまんが多対一もあるよねとか言い出したら銃最強みたいなのも認めなきゃいけないかね?
薬物に関してはMMAがボクシングやレスリングに比べザルなのは確かなようだが、ボクシングやレスリングが薬物にクリーンかというとね
私のレスは平等論に対してのものなので、MMAやボクシング等を比べている訳ではないのはご理解ください
スレチですが >>310
それに対する答えは既に書いてありますよ
何度も言うが貴方は質問して否定ということしか出来ていないから子供扱いされてるんです
では逆に貴方はどうお考えですか?自分の言葉で表現できますか?できないから質問ばかりになるんですよね
なんちゃって学者の古市みたいですよ貴方 格闘技て実戦とは
程遠いんだよね。
実戦て突き詰めれば
銃の撃ち合いだからね。
日本は銃社会じゃないから
格闘技が実戦なんて言ってる。
アメリカで極真空手をやってる奴は
道場破りは絶対に
相手にしない。
その場で勝っても、
後で銃で撃たれるから。
帰ってもらえない
場合は警察を呼ぶ。
これが銃社会の現実。 欧米は入門者を納得させるだけの強さないと流行らないんじゃね?
昔の空手や最近のBJJもデモンストレーションで強さアピールしたし。
試合やスパーのない神秘武道が欧米人に受けるんだろうか? >>319
ベイダー乱入のブック書いてた奴が創始者だぞ
プ板だろ >>321
海外から来た白人は日本で合気道に行ったりするのは良く聞く。
テコンドーはアメリカでかなりメジャーだと聞いたことがあるけど、それが実戦的なのかは分からない。 正直第一回骨法の祭典見た当時は
むしろスゲーこんなの見たことないとか思ってたw
他の格闘技の威力知るまでは完全に洗脳されてたわ 堀辺やターザンは他人を騙すというか…ハッタリでその気にさせるのは一流だったんだろうな
関係者は迷惑に思っていたかも知れないけど見てるだけなら面白いオッサン達だったからノレたし、ベテランプロレスファンはプロレスのショー的部分は知っていても骨法は知らなかったからファンタジーにバッチリやられたもんよね >>312
「等しく存在」の意味はなんだろう?
たとえば「法の下の平等」には具体的な中身があって、
不平等だと人が感じるような現実的な実例が存在するから
空疎ではない
では、いつもの具体例をあげるとしよう
もしMMAが17階級になったとしよう
原理的にチャンピオンが17人になる
それで競技としては洗練される面もあるだろう
競技としては成立する
しかし誰々と誰々が戦ったらどうなるだろう?と真剣に
想像したときに、格闘として不満足に映るのは自然である。
つまり少しの体重差で戦わずにチャンピオンが乱立するという
状況だ >>312
そもそも君の主張と俺の主張を比較すると俺の主張のほうが筋道をたてることが易しい。
言い方を変えると、君の主張を根拠づける作業は、君の知能にとって重荷で
無理がある。もっとうまく論じることができる人は十分に存在するだろう、
とは言えるが君ではない。
具体例がゼロで、「等しく存在」なんて適当な文言ををはき、
こちらが議論の核として設定もしていない「実戦らしさ」を、攻撃するのは
無意味。
プロレスを何も考えずに格闘技からパージしている時点で
バカだとわかるのだがな >>285
なにも語っていないのは君
等しい等しい、しかいっていない、のに「等しい」意味を
具体的に述べていないし、なにも有効な反論を展開していない。
これは君が議論できる知能と経験をもっていないから
どっか聞いただけの「平等論」をなにも考えずに披露しているだけだから。
俺の主張は実戦性について精緻にする必要がない。
競技を競技として洗練させるなかで、格闘らしさにとって
周縁的副次的と思われるものをおおまかに捉えていけばいいだけ。
たとえば「顔面にパンチしてはいけません」、こういう制度だ。
「顔面にパンチしてはいけない格闘」これが格闘の競技化にとって
必須だと君が思うなら、君との話は終わり。基礎を共有していない。
で、どうですか?人類史的な格闘を妄想してみたとき、
「顔面にパンチしてはいけない」というルールは
競技化にとってかけがえがない要素に感じられますか?
(実戦性について精緻化できるか)
これは、やろうと思えばある程度まではできる。俺の主張に必要ないだけで。
たとえば基礎準備作業として、実戦性を論じた意見や語義を
あつめて、一般的でおおまかなアウトラインをつくることができる
どういう文脈で人は「実戦」を持ち出し語ろうとするのか、
これすら調べないとわからないことなので作業としてはそれなりに有意義。 あちこちのスレでわけのわからん言い争いが始まっているが、新手の荒らしか? >>326
17階級もあれば複数階級にチャレンジする人間も多く出てくるだろうし、キャッチウェイトでワンマッチやることだって難しいことではない
今と比較して対戦不可能なマッチメイクが特段増えるわけではない >>327
プロレスは本質的な部分を考えれば格闘技ではなく演芸、演劇の類であることは誰にでも分かる
プロレスの本質に何か格闘技的なものがあるのであれば教えてもらいたい
各種格闘競技が等しく存在しているということがどうしても納得が行かないというのであれば
それぞれの格闘競技の間に絶対的な優劣が存在することを具体的な基準に基づいて証明すべき >>328
長文はキチガイ
何かこちらに対して言いたいことがあるのであれば
もっと簡潔に主張をまとめてもらいたい レスバトルする奴は荒らし
相手以上に第三者相手に自分が正しく有利に見えるように頑張っちゃってんだろうが無意味だよ
どうでもいい、じゃまなだけ じゃなくて同一人物が端末二台使い分けてケンカしてるように見せかけてるだけ >>331
ええ…君は具体的な基準に基づいて証明なんてしてないのにまた相手にだけ要求するの?
自ら提唱した平等論に草生やした時点でもう終わりでいいと思うんだけどな
あとお前さんの連投はキチガイじゃないのかい 大山総裁、はじめてお手紙を差し上げます。
私は、最近非常に腹立たしいことを聞きました。
それは日本のある男が、自らを地上最強の男と自負し
「徹し」とかいう技を使えば、鎧甲の上からでも人を殺すことができ、
今まで世界中の強者と戦って負けたことがないと言いはっているのです。
しかも、自分の強さを知りたいのなら、いつでも誰でも戦うと言い、たとえ牛が倒せても
自分は倒されないと、まるで大山総裁に対して挑発的ともいえるようなことを言っているのです。
総裁はこのことをどうお考えでしょうか。(カナダ 匿名希望)
http://i.imgur.com/XIu50oW.jpg 141頁
そんなに強い人がいるのかね。私は聞いたことがないからさっぱりわからない。
そんなに強いなら、極真の大会に出てみたらどうかね。
おおむね、鳴り物入りで騒ぐ人というのは、案外中身はないものだ。本当に強かったら、
静かな男になって、自然に強いということが世間に知れわたってくるものだ。
オレは強い、と口だけなら誰でも言える。なかにはそう言って商売をする人もいるだろう。
だが、それを証明しなければ、いつかは信用を失って消えていく。
そうして消えていった人はたくさんいる。 >>337
こちらは競技間に絶対的に優劣をつけることは出来ないっていう立場だからな
出来ないことのは証明は出来ません
どうぞそちらが絶対的に優劣が付けられるということを証明してみてください
あと俺は平等論なんてポンコツなフレーズに付き合うつもりはないからなw >>321
それはない
東洋の武道には精神的なものを求めて入門するから
UFC以前のブラックベルトみたいな格闘技雑誌なんか見ると
ハッタリインチキの自称達人だらけ 個人的にはここで言う実戦とはタイマンまでだと思って話を進めてる
銃器の仕様まで許すなら、どれが一番殺傷能力が高いかの話になり、軍事板でやれって話になる
いやむしろ実戦と言ってしまったのが悪かったのかもしれない
だが総合アンチは、総合が最強なのを認めたくないから「総合だろうが他の格闘技だろうが銃の前では等価だ」
という方向に話を持っていきがち 人数の限定が予め保障され、武器の不使用までもが確約されているならそれは実戦ではなく単なる競技だなw 物騒な国でお馴染みのブラジルでもヒクソンは生き残ってるのだから、タイマンに強いのは意味があるということだ
ルタ・リーブリのグループと集団戦(多vs多)があったが負けることはなかった
最後はタイマンでヒクソンが相手をボコった ただ漠然と実戦性なんてものを格闘技に求めることに意味がない 実戦ならナイフ術でもやったほうがいいだろう
よって格闘技に実戦性は求めない
「タイマンで勝つ」という実戦性とは違う方向性を追求したい 帯刀、携帯出来る生活環境じゃなきゃそれこそ実戦性に欠ける話でしょ。 タイマンで勝つにはやはり拳銃なり刃物なりを持って方が有効なのでは? 一対一
一体多
多対多
それぞれに武器のアリ無しのオプションが付く
都合六種類にオールマイティーな格闘技など無いのが現実
一対一(武器なし)なら延々と寝技をすることも辞さいないが集団戦では不利だ、というふうに
そんななかで一番需要があるのは一体一(武器無し)なんだから、タイマンに強い格闘技を求めることは意味がある
なぜ需要があるかわかるかといえば、youtubeでstreet fightで検索すれば世界は遺恨なのか名誉をかけた戦いわからんが、
徒手空拳での私闘が数多く確認できるからだ 刃物アリならマチューテでの決闘を海外のグロサイトで確認できるが、少数派である
なんせ肉体がスパスパ刻まれていくという「閲覧注意」の世界だからそれを実践するやつは少ない >>343
格闘技語るのに武器ありやら多人数やら出してくるって 悪魔の証明に持っていきたいみたいだけど居ないものは証明でき「ない」、お互いに格差は「ない」の「ない」は意味違うからね…
また相手にばかり要求してるけど、結局持論は「ない」みたいだね >>355
格差というものが存在しないということは証明のしようがないということね
本当に日本語が読めないんですね 格差はないといいった場合の「ない」は出来ないの「ない」ではなく居ないの「ない」
かんたんな国語のおはなし >>354
路上における実戦っていうのは格闘技ではないでしょ
格闘技っていうのは競技として格闘を行うことに対する概念だから
早い話が格闘技を語るのに路上における実戦性なんて持ち出すことには全く意味がないってことだよね 長文連投しかも内容が無いしな。
二人で捨てメアドでも交換すれば良いのに。
それこそ実戦的。 >>358
>早い話が格闘技を語るのに路上における実戦性なんて持ち出すことには全く意味がないってことだよね
警察の逮捕術は
ナイフ(模造)vs警棒
の競技があるぞ
武器を持つこと以外は打撃や投げも可の日本拳法ライクな格闘技である
ちなみにナイフと警棒は入れ替えて一試合とするので平等性は担保されてる それは刃物などの凶器を持った暴漢の逮捕っていう限定されたシチュエーションにおける実戦性でしょ
オレが言ってるのはただ漠然とした実戦性を追い求めることに意味がないっていうこと 漠然としてたらダメ
具体的なシチュもダメ
お前は何をどうしたいんだ
お前が漠然としすぎている ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています