喧嘩芸骨法 堀辺正史
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あの人に体格があったら良いプロレスラーになれたのではないか?
アイデア、ハッタリ、セルフプロデュース等、並みのプロレスラーよりプロレス向きだった五十二代司家堀辺師範について語り合おう。 >>123
より制限されたルールで
勝てないのは当然起こるよ
既にあげた2つの国の思考実験からすればあたり前
右手パンチのみの競技でMMAの選手は
負けるかもしれない
それがどうかしたの? >>125
本気で言っているの?
人が格闘する際にキックするのは自然な行為
それをルールで禁止するなら
その分は操作的な人為性が増すということ >>126
それぞれの競技は等価値であり、そしてそこにはそれぞれのチャンピオンが存在する >>128
等価値て等しいためには
等さを決める物差しが必要
例えばボクシングではより体重のある階級が強い
等価値なのはシステム上の話だけ
つまり無差別級がより内包的な枠組み
これもまた自然な話 等価値て子供の発想だな
あるいは相田みつをの世界かよw >>127
それを言うなら作為的w
ルールに則って戦うという究極的な不自然さからはどうしたって逃れられないわけでw
その不自然さの前では足が使えるとかヒジが使えるとかいうのはディテールの違いでしかない >>129
オレが言ってる等価値っていうのは
ある競技とある競技の間には優劣が存在しないということ
ちゃんと日本語読めよw >>132
いやパンチのみの競技と
プラスキックの競技は
他が同一ルールなら
後者がより自然な格闘技で
格闘としてリアリティがあるので
その物差しで優れている
なにが等しいのか全く意味不明w だからもしMMAで頭突き可能な枠組みなら
そっちの方が優れている
実際競技として成立しないなら無理だけどな
妄想してもしょうがない >>133
ルールに則って競技として戦ってる以上どちらも単なる格闘競技
優劣は存在しない
そもそもお前が絶対的基準としてる自然状態って具体的にどういう状態なの? >>134
国際式ボクシングよりも骨法の方が競技として優れていると思う? >>135
ルールが違うから等価値という意味が謎
例えば格闘を見たいものがKOなしの競技に
格闘技らしさを感じない、魅力を感じないのは
自然な感情
だから採点のための技術が発展した競技はよろしくない >>136
ルール全て比較して考えないと分からないよ
したがってよくわからんのは出てくる
当たり前だ
いろんなルールがあるからな
しかしこれは等価値説を補強しないw >>138
ルールが違うから等価値だなんて言ってないわ
ホントに日本語が読めないんだなw
ルールに則って戦ってる以上どちらも単なる格闘競技でしかないということ >>139
そのルールの比較はどういった基準に基づいて行われるの? >>136
横からだがその言い方は自ら提唱している等価値論を寧ろ否定しているようにもとれますね
貴方の言いたいのって20年以上前に総合が来たときのレスラーの主張そのまんまなんですよ、堀辺スレ見てる連中なら皆さん覚えてる筈
個人的にどちらが正しいかはどうでもいいですが、等価値だから比較する意味ないって主張は昔のそう言うことでしか自分達を守れなかったレスラーの言い訳に使われてたってのも知ってると思いますがね
もちろん一芸に秀でるのは素晴らしいのですが、プロレスに限って言えばそれまで最強を売りにしていたのもあって受けて立って欲しかったというのが正直なところでした >>142
何かこちらに対して言いたいことがあるのならもっと簡潔にまとめてもらわないと
長文はキチガイ 等価値って主張はプロレスラーやプロレス業界の人間がそう言わないと自我を保てなかったから生まれた主張なのでは?
それまでは業界全体で最強格闘技と言って憚らなかった訳ですから
等価値と言いながらボクシングと骨法に格差付けてるのが見えますよ
まあスレチなんでこの辺で 勝手に見えるだの見えないだのと主観を押し付けられても困るね 急にレス増えたと思ったら基地外か
俺哲学語るのは他所でやってくれ KOある競技とない競技
型の完成度を見るだけの競技と
型を問わない競技
どっちが格闘技として真実味あるか
バカでも分かるよね バンデージで手首固めた時点でリアルじゃない
試合に向けて調整してピーク持っていく時点でリアルじゃない
普段着じゃなく試合用コスの時点でリアルじゃない
審判や判定がある時点でリアルじゃない
リングの中で戦うのはリアルじゃない 総合だろうがボクシングだろうが試合として成立する時点でリアルじゃない
その意味で等価値だよな 猪木ペールワンの方がまだリアルだな
ルールを双方で把握してない
興行をやるのか勝負をやるのかも決まってない まさに思い通りにいかないのがリアルって感じだな
こう来たらこうすればという予想通りにいかないのがリアル
予想通りに行くんだったらみんな幸せで今頃俺だって大金持ちになってるしw >>149
その場合にお前が真実としてるものって具体的に何? >>155
「パンチの型」だけを競うポイント制競技と
キックボクシングは後者のほうが格闘技として
リアリティがあり、格闘技の醍醐味がある
この場合は競技者が大きな苦痛を感じるという
点も大きい
これを理解できないなら何を言ってもムダだな
物事が差がなく等しいということを
根拠づけることがいかに面倒かわかっていないw だからMMAもルールのスキをついた
戦略が放置されて、競技内でしか
成立しないような瑣末なスキルが重要に
なれば不味いわな
格闘技性の低下でいえば
型の継承自体が目的化するとか
自分は何々派閥だから有利だと分かっている
技を思想性から封印するとかな
そういう要素だよ
こういった要素は小さいほどいい 相撲の場合
横綱は地位に見合う戦い方を求められる
これは伝統化した精神性から見れば結構だが
格闘技のリアリティには貢献しない MMAも伝統化でおかしな不文律で
「美学」が喧伝されるようになったら
「格闘技」としてはヤバイし
必ず時間とともにそういう意識は積み上がっていく
例えばマッチメイクなら直前のクジ引きとか
やれば色々な思惑に歯止めをかけることができるが
現実には難しいだろう 金カップ付けてる時点でなあ
金的禁止とかいう美学にどっぷりハマってる ガードポジションにしろチンポや腹を相手に晒してるわけで
完全な技術とは言い難いし
あれは相手がチンポ攻撃しなかったりナイフ持っていないことが分かっている前提の技術
つまりスポーツ >>161
それはハードル上げとけ、の極論でしかない
ほんとバカだね
現実的な競技の話しかしていない
ファンタジーならなんでも可能 >>162
スポーツだよ
クソミソ一緒屁理屈からそろそろ卒業しなさい >>145
多分別競技だから比べるな、という
理論武装がいつのまにか平等という
珍奇なロジックになったんだろうねえ
比較不能と等しいって意味違うんだけど
バカはこんなこともわからないww >>156
だからお前の言うリアルの具体像を訊いてるんだけど
何となく漠然としたイメージしか持ってないくせにアレはリアルでコレはリアルじゃないとか言ってんの?w 皆言ってるように満遍なくやる代わりに一つ一つの技術は薄まる
相手がナイフ持ってるぽいので打撃で行ったら
相手はボクサーでフルボッコされたとかあるかもだし
こういうこと考えたら総合最強も所詮テレビで造った幻想にすぎないし
未だに夢から覚めない奴がいるってのが罪深い 明日寒くなるからkoppoトレーナーを部屋着として使おう >>167
もっと具体的な話だよ
KOありと無しの競技
どっちが格闘技らしさがある?
これを理論で考えないと判断できないなら
議論にならない このように強さについては結果論だけど
その技術については結果論ではないんだよね
だから採点競技や型とかにも意味が出てくる
その競技に取り組んだ結果身に着けた技術や体の使い方の習得といった効果を抜きにしても
この意味で採点競技や型は格闘技らしいと言える ボクシングでアッパー禁止というルールは
競技化可能だが、これは格闘技性が低くなる
その際イヤイヤ違う競技でしかない
平等だ、といっても直感的にそれを信じることは
できないだろう
そういうこと >>172
それは詭弁
型があるのは伝統の継承が自己目的化しただけで
段位で金を取るとか子供でもできる、そういう
話 仮に格闘技性(笑)を高くして金的アリにした結果
回し蹴りが廃れた中で最強うたったところで
格闘技性の低い中で磨かれた強烈なハイキックにKOされるかもしれないからな
これって格闘技性が高いの?ってなるし
そもそも結局は格闘技性とかいう概念がおかしいんだろうな >>174
子供でも出来るんじゃなく、子供の方が出来るよ
大人になると色んな意味で柔軟性を失うから何かを新しく身に着けるのは難しいんだ
リアルにしても、自分が想定したリアルから抜け出せなかったり >>175
金的アリが競技として成り立たないならダメだよ
あくまで個々の比較の話で
現実的なものの話だから >>177
結局競技でしかないという意味で等価っていうのがみんなの意見じゃないかな
金的は現実的じゃない!とか言っても蹴りへの合わせ技が上手かった松井館長みたいなのもいるし
喧嘩でチンポ蹴られない保証なんかないしw >>176
そりゃ苦しいな
型のみと、痛みのある勝負なら
後者は格闘技としてより本格的 >>178
等価という意味がわからない
なぜ比較不可能という文言が「価値が同じ」になるの >>179
技術が伸びるのは子供の頃と試合しなくなってからというのは良くある話
競技は必要だけどそれで全て賄えるかというとそうじゃない
競技は強いか弱いかであって上手いか下手かじゃないから
重なる部分もあるけど一致しないことも多いしね
セームシュルとはK1でさいつよだったけど、
彼の技術だけ学んでいればいいかというとそうじゃない >>182
違う話じゃないべ
総合にも曙やシュルトみたいな規格外がいてそいつが最強だった場合
そいつの技術が総合の最高の技術かというとちがうしね >>183
いやそれは国の話で述べたんだけど
このスレを国で検索してみてくれ >>170
はなしをはぐらかさずにきちんと答えろよw
お前が想定しているリアルとは具体的にどういったシチュエーションを指しているのか
ご返答お待ちしています >>185
具体例を挙げてくれよ
競技者が痛みを感じない競技が格闘として
人にとってリアルに感じられるわけはないだろう
KOなしもそうだし、手を使えない、もそうだ
議論に慣れていないだろ? >>186
権威や伝統を精神主義的に
持ち込まないということがあるな
チャンピオンは、タックルしてはいけない、
なぜなら初代が嫌ったからだ、とかな >>166
例えばボクシングと骨法、伝統派空手と骨法
格闘競技としてどちらが上だとお考えなのでしょうか? >>189
それはわからないね
それぞれルールの体系が絡んでいるから
どうしてもなら精緻化する必要があるな
やらんけど
ただしこの認識と格闘技らしさが
あることは相反しない
また平等である論の補強にもならない >>187
具体的にどういったシチュエーションをお前が想定しているのかを訊いているのに
何でおれが具体例を挙げなくちゃいけないんだよw
お前が何をリアルだと考えているのか
ここがお前の珍説が成立するかしないかの一番重要なとこじゃん >>190
つまり格闘競技の優劣を判断する明確な基準をお前は持っていないのに
ただ恣意的にあれはリアリティがあってこれはリアリティがないとか言ってたわけだな
今までのお前のキチガイじみたレスの数々が説得力が崩壊しちゃったなw >>191
想定って
2人の人間が肉体を駆使して相手を
無力化しようと格闘するんだろ
その際にポイントとかないから >>192
全てを絶対的な基準で並べられるなんて
主張はしていない
格闘技性、らしさをより強く感じる
ルールや競技の運用を現実的に考えることはできる
ということで、その点は平等論に与しないということ
議論に慣れていないな 例えばプロレスはパフォーマンスを見せるの
だから別競技だという主張があるとする
技をあえて受けるとかな
しかし格闘らしさからすると
相手を本気で制圧しようとしていないだけでマイナスだ
本当にKOを目指さないといけない
これはパフォーマンスを採点化しても同じことだ >>193
そんなシチュエーションのどこがリアルなの?w
競技っていう枠組みの中でしか成立しないじゃん MMAのアンチは競技なんだからすべて一緒という味噌もクソも一緒論法を使うよな
実際はニアピンだが、ほかの雑魚競技はグリーンに乗らなかったり、骨法に至っては
OBだったりする
そこで、ホールインワンできないんだから全て同じじゃん、と言い張るのが総合アンチの手口
実際はニアピンがえらいに決まってるw >>195
それはプロレスはそもそも格闘技でもスポーツ競技でもないというかんたんなお話だよ >>197
どういった状態になればホールインワンなの? 話聞いてると格闘技性というより格闘力性と言った方が的確だな
その格闘力の中にUFCとかだとステロイドも含まれるっていうw >>199
真の実戦性がある格闘技があるとすれば、それがホールインワンだろうな
実際は危険と肉体の限界があるからそれは難しい >>196
その論法は意味ないのよ
殺し合いの話になって結局核攻撃とかなるからw
ファンタジーの話はしていないの そもそも現実は様々なシチュエーションが有り得るから
真の実戦性がある格闘技なんてありえないって話だぞ
タクシーの中でもみあいになった場合
ボクシングの練習なんか何の役にも立たないだろうし >>194
つまり相対主義でしか競技間の比較は不可能だということですか? 核攻撃とか持ち出すのがファンタジーだろ
個人で核なんか使用できるかw >>202
意味はあるだろw
リアルではないものリアルだと主張しているお前のインチキが明らかになるんだから クソミソ一緒理論とかアタマ悪いなあ
具体例これだけ挙げてて理解できない
例えば一定の空間を出ると仕切りなおし
という枠組みがあるなら
これはないほうがいい
仕切り直しは、ルールのための技術に
繋がりやすい >>203
分かってんじゃん
実戦性なんて基準を格闘競技を評価する際に用いる不毛さが >>204
ある程度の幅の視点の総合だということだよ
綺麗に並ぶわけない
当たり前
グレーゾーンがよくわかんないからといって全部平等!
にはならない >>206
危険な技を含めた何でもありが真の実戦だろう
ただし、ここはプロレスという人間の肉体的闘争≒格闘技かんれんの板なので、
ピストル使えばいいじゃんwみたいな立場は俺は取らない
で、危険な技は競技に落とし込めないから、今の所格闘技としては成り立たないだろうなとは思う
競技化そのものを否定するものが結構いるが、競技化によって反復練習やモチベの向上につながるので、
むしろメリットのほうが大きい
問題なのは安全性との兼ね合いである タクシーの中でもみあいになった場合
ボクシングの練習なんか何の役にも立たないから総合やってて良かった!
となるかというと相撲やグレコ専門でやってた方が
この場合より練習してるわけだから有利だろうし
逆にボクシングが有利になるシチュもあるだろうし
そもそもリアルでは負けたら殺されても文句は言えないわけで
つまり2度目はない
であれば自分が遭遇する可能性が高いシチュで生きる技術専門に徹底的に磨く
という方向性も十分選択肢に入るだろうな 真の実戦って発想は無限のシチュエーションを
挙げるだけなので意味ないのよ
着眼点が甘い 総合は他格闘技より実戦的→ただの幻想
総合厨以外は皆分かってる >>188
つまり人間が戦うときに蹴りを使うのは当たり前の話だとかいう一方的な思い込みを押し付けたりすることは
お前が言う格闘技性からは遠くかけ離れた行為だということね >>211
それぞれの競技に長所と短所があり
その間に絶対的な優劣は付けられないってことでしょ >>216
理解していないな
ルールで決めるのは蹴りが出ても反則負けに
ならないという状況だよ
蹴りを出さないといけない、ではない
もうちょっと考えろ >>212
武器や乗り物の使用、戦う人数の流動性を認めないという時点で実戦もへったくれもないよね
お前の言う実戦性なんてまるで虚構だなw いろんな状態を想定するなら、壁(≒ケージ)に押し付けたり押し付けられたりからの攻防という他の格闘技に類を見ない状態での技術もある
総合がその分だけ優位点がある
このように、色んな状況をそうていするならそれこそ総合が有利
タクシー内=密着のグランドレスリング
近距離でのガン付けスタート=パンチがある
遠い間合いからのスタート=蹴りがある
それぞれ専門の格闘技があるが、まんべんなく技術を有する総合が文字通り総合的に穴がない
それぞれ平均点以上のものをもつがゆえに、優秀
パンチならボクシンが満点だがそれ以外が0点じゃ話にならない >>219
核とか言ってるやつのほうがよっぽど虚構だろ
この日本で銃すら困難なのに
虚構じゃないなら一丁でもいいから調達してこいよw >>220
同じ総合でもリングで戦う場合
ケージを使う練習を他の練習に充てた方が有利だよね
つまりこの場合ケージの技術は非実戦的になる >>217
なんで?
骨法の競技とMMAは後者が
格闘ルールとしてリアリティを感じられる
君もそう思うだろう
観念じゃないよ >>218
ちがうよ
人間が戦うときに蹴りを使うのは当たり前だという証明のしようがない命題を一方的に押し付けるのは
お前が言ってる格闘技性とかいうマヌケな概念から遠く離れた行為だよなってこと >>222
実戦の舞台となる日常空間でリングがあるかよw
ケージは壁に見立てられる
だが隙間からこぼれおちそうになってなおかつゆわんゆわんのロープに類する空間は生活スペースの
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