【ラッシャー】国際プロレスpart15【グレート】
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控室で猪木を監禁暴行とか髪切りマッチで試合中に猪木の髪切って
負けて切らずに逃亡とか猪木のセルと仕掛けは悪魔的だったな
当時、テレビで見てた連中は国際は悪だと殆ど信じ込んでたから ID:MsRl+4x+0
なんで同意を求めようとしてるのか理解不能
独りでラッシャーなじりしたいなら日記帳でやれよ >>101 あれをやってしまった上に、お笑いマイクまでやってしまったが故に、あの辺りから見たプロレスファンに、国際プロレスは貶められた存在になってしまったのが残念
草津の大罪はそれとして、木村がやってしまったことは、国際プロレスに泥を塗ったと思うよ
この前、若いプロレスファンに国際プロレス知ってるか聞いたら、悪役がお笑いやるプロレスだったんでしよ、と言われてショックだった 木村は国際時代の全日との経験とかから
会社は無くなったとはいえイメージとしてはあくまで団体対抗の延長的な感覚で
最初はリングに上がっていったんだと思う
木村の「こんばんわ」はその表われと思うし
でも新日側やなによりもうあの時代の新日のファンが
オープン選手権や三軍対抗戦時代の全日のファンと違って
国際プロレス自体名前くらいしか知らず
実際のR木村や浜口寺西のファイトにほとんど馴染みが無いファンが大勢だったので
プレ日本選手権の狼軍団と同じような
しょせん日本マットで食い詰めた浪人の小集団としか見られなかったかんじがしたな
井上原とはいわなくてもマッハや鶴見大位山稲妻米村、
何なら冬木や菅原高杉あたりのまだ弱い若手でもいいので
せめて5、6人くらいの集団だと(元)団体ってかんじがしたと思うけど
3人じゃシン軍団とかシリーズ毎の外人軍団とかいうのと変わんないというか
小林や剛を付け焼刃的に足してもあの二人はもうあの頃の新日ファンにとっては
そもそも新日の選手(それも落ち目の)ってイメージだったろうしね マティ鈴木「12チャンネルに移ってからの国際プロレスは、正直自分の関係した
国際プロレスではない」。
国際プロレス・クロニクルのインタビューより >>107
国際勢をどういうキャラ付けにするかはっきり決めていなかった
新日のあいまいさも一因だろう。
実際、シングル2戦目までは対抗戦の色合いが濃くて試合後に
猪木と木村は握手。年末のシリーズでは木村は戸口、寺西は永源と
タッグを組んだりしていた。
この時点では新日側に組み込むことも考えられていたと思う。
ただ、翌年からタイガーマスクや長州の台頭もあり、新日が大会場での
興行を頻繁に行うようになり、メインの猪木の相手が手薄になっていった。
その頃から体力の衰えが顕著になっていた猪木にとって、木村は
うってつけの相手だったんだろう。 >>106
金網の鬼になれ、ヒールになれ、お笑いプロレスをやれと
上から命じられれば、逆らうことなく黙々とこなす。
それが木村の処世術。
そうでなければ7団体も渡り歩けるはずがない。
変にプライドが高かったら、レスラー人生を全うすることは
できなかっただろう。 >>109
81年最後の蔵前、メインは猪木&藤波vsハンセン&ボックの第4試合で
◯長州&谷津(バックドロップ〜体固め)健吾&●寺西
寺西は10月の蔵前が藤波、11月が健吾だった。
パンフ見て驚いたが、国際との対抗戦は終わりなんだなと思った。
ところが、2月の大阪だかで浜口が猪木の足を引っ張って木村のリンクぜアウト勝ちで
また引っ張り始めて、猪木の糖尿欠場からの田コロでの復帰戦、髪切り、2度の3vs1、5分KOと引っ張った。 >>108
鶴見が国プロに入団したのは殴る蹴るの流血戦の日プロよりヨーロッパスタイルの
スマートなレスリングに魅力を感じたからしい。ファイトマネーの未払いが一番
多かったのは鶴見だったらしく見物支給だったのか?ロシモフが優勝したIWAワールド
シリーズの首にかけるトロフィ?を貰い数年前に闘道館に持ち込んでいた。
木村IWAシリーズ初制覇のマリガン戦が動画サイトに上がってるけど放映時間は土曜の
午後になり地方で打ち切られていた所もあるらしかったけど客が入っている・・・ こんばんわ事件は当時まったく打合せとかがなかったせいだろうと思うよ。
試合がケツ決めだけであとはアドリブという世界そのもの。
今なら少なくとも国際3人でおまえがまずこう言え、そしておれはこう睨む、みたいな
相談をするだろう、練習までするかもしれない。
念入りなら猪木や戸口、レフリーまで交えて稽古しておくけどね。
今の新日マットでなら、だけど。 木村「おい猪木、このタコ」
猪木「誰がタコじゃ」
木村「何コラ」
猪木「何だコラ」 >>114
正直、あの場面こそタココラ問答で十分な場面であって
木村が猪木につっかけて猪木も応戦しようとする
そこで大乱闘になりかけるのを
浜口寺西やセコンド総出で大将の猪木と木村を分けて抑える
最後は半ば(本日の仕事終えて)退場モードの国際軍団に対して
今日のメインの戸口まで揉み合いに割って入り
浜口か寺西をリング外におっぽり投げて気勢を挙げそのままメインエベントへ
国際軍団は場外で悪態つきながらさっさと退場して
リング上の猪木×戸口にバトンタッチで良かったと思う
と、いうか上でも書いたけど
あの頃の新日ファンの大半は
木村たちが全日と対抗戦やってた頃と違って
実際に国際のレスラーのファイトなんて
殆ど見たことのないファンが大半だったろうから
そもそも国際についても不人気で潰れた二流団体、
既に落ち目だった小林剛あたりが昔エース級でやれていた団体
(実際には国際時代の剛は期待の若手でしかなかったわけだが)
というネガなイメージが強かったろうしね
最後まで旧来のおっさんファン中心だった国際と
あの頃の猪木人気から藤波タイガー人気で新規の若いファンが
(それは末期国際だけでなく馬場や小林の全盛期も知らない層)
どんどん入っていた新日のファン層の違いだったんだろうけど >>82
武道館といえば馬場最後のPWF防衛の相手も木村だったな
メイン登場も含めてまさに最高の礼って感じで こんばんはの時は寺西は会場に行ってない
合宿先の秩父で飯作って待ってた
寺西「田コロどうだった?」
浜口「まいったよ、木村さんが『こんばんは』とか言っちゃってさ」
>>82みたいな妄想じゃないぞ
最近のインタビューで浜口と寺西が語ってる 吉原社長が亡くなった直後で、鶴見が国際血盟軍の旗を掲げ、
セコンドの剛・高杉・菅原が喪章を着けての一騎討ち。
馬場が勝ったけど、天下の宝刀ランニングネックブリーカーを
繰り出し、木村の足をロープに掛けたのをレフェリーが見落とす
形にするなど、十分に配慮していた。
馬場なりの、吉原社長に対する惜別の儀式だったのかもな。 >>117
> こんばんはの時は寺西は会場に行ってない
ああそうだったな
実録に書いてた
あれ読んで浜口や寺西、けっこう内心では厳しいじゃんと思ったわw
でもそれならあの時は尚更全員で行くべきだったと思うなあ
そういうのも含めて113の人書いてるように
国際側も事前の準備というか
あの状況で新日のリングに上がって挑むということへの
心構えというか認識自体が
新日側や新日ファンとはズレてたと思う 国際側は「抗争」っていう発想が希薄だったんだろうね。
あの3人を猪木の抗争相手として大ヒールに仕立て上げた新間の
プロデュース能力は凄かったな。 あの時木村が「我々は秩父で合宿を」て言ったら新日ファンに「秩父だってよ!国際らしいぜ」て失笑されたらしいね。 >>118 なるほどね
皆さんの意見で段々と見えてきた
馬場しかり、こんばんわの後を引き受けた浜口しかり、皆で木村に配慮したり、やらかすことの尻拭いをしてたんだな
ところが、猪木なり、新間なり、こんな奴に配慮する必要ない、とことんペシャンコにしてやれ、となると、ああなっちゃうんだな
でも、あのこんばんわをやられた猪木からしたら、こんなのと一緒にされたら堪らないと、グレートアントニオの時と同じ悪意が芽生えても仕方なかっただろう
配慮されない木村は、自力では何も出来ない、なすがまま
ラッシャー木村は、肉体的にも技術的にはプロレスラーでも、プロレス的にはベビーシッターが必要な赤ん坊というか、子供のまま成長してなかったということか
こんばんわをやらかしても、挨拶して何が悪いとなってズレまくってた木村は、プロレスラーになっちゃいけないプロレスラーだったんだな ズレまくってると言えば、オープン選手権でブッチャーの乱入で負けた時から、おかしいなと思ったんだよな
あのシナリオは仕方ない
だけど何で猛抗議してるのが吉原社長で、なだめてるのがなんで木村なんだ
逆だろ
木村の猛抗議を吉原社長が止めてなだめる。そこでブッチャーとの一騎打ちに持ち込む、ならわかる
結局、ブッチャーとやりもしないし、木村納得の負けでシャンシャン
あれはこんばんわ以上のタチの悪い失態だった気がするし、最初からあのシナリオなら、吉原社長もプロレスセンスなさすぎのどちらかだ ついでに言えば、木村が猛抗議して、吉原社長がなだめれば、背広を血で台無ししてまで、と強い想い意思も伝わる
でも、その逆だから、木村が納得してるんだから背広汚してもったいないな、だろ オープン選手権での、木村(両者リングアウト)ブッチャーは、12チャンのプロレスアワーの方で写真付きで報道されていたね
あと馬場にカウントアウト負けした時もプロレスアワーで、裁いたレフェリーに国際でのリングで試合後木村が放送席に立ち寄り文句いってる場面があったな
確かに木村は、セルフプロデュースの能力はあまり無く、流されるまま
生きてきたのかも知れない。
でも、強かったし、プロレスも巧かった。そして、朴訥とした人柄が
周囲から愛された。だから、周りがプロデュースしたりサポート
してくれたし、長年活躍出来たんだろう。
団体のエースとしては物足りなかったし、それが国際崩壊の要因の
一つでもあったかも知れない。それでも、木村が日本プロレス史上に
残る名レスラーであった事は間違いない。 >>127
木村はプロレスうまくないだろw
ロープに走るだけで足がもつれてるし、井上と試合したら足がこんがらがってた。
井上のドロップキックに対抗して木村がドロップキックやったら、井上の土手っ腹に当たって井上悶絶。
1m上がってなく、普通に前蹴りやった方が高く上がる。 >>128
全日時代の馬場とのシングルマッチで馬場が木村をロープに振るとなぜか馬場がコケて
寝転んでしまって行き場に無くなった木村がロープから戻ってきて馬場の足に自ら当たる
という「ひょうきんプロレス」のような攻防があった。
名勝負本で猪木戦の解説を作家の高千穂遥が書いていて「猪木とは次元が違いプロレスラー
のなったのが悲劇だった・・・」と辛辣なコメントがあった。
ネットに上がっている木村の試合で個人的に唯一の名勝負は日本人対決と話題になった
小林のIWA防衛戦くらいかな? 浜口が言うには足を大怪我したのがやっぱりマズかったそうだ>木村
ハンセンに「横の動きが悪い」と言われたのもその後遺症かもしれん もしも、はあれだけど足をやられなかったら
黒のロングタイツは穿かなかったかもしれないな。
黒以外のラッシャーはあまりイメージできないが
紺や深緑のショートタイツのラッシャーとかはありえたわけで
印象がだいぶ違ってくる。 もちろんベーカーに負わされたケガの後遺症もあったろうが、
もともとフットワークが良いタイプではなかったと思う。
馬場との試合に関しては…コケた馬場が悪いのだが、馬場の前で
立ち止まり、ボストンクラブを仕掛けようとして、ロープに
エスケープさせるぐらいの事は出来たと思うけど、突然の事
だったし、相手が相手だから、どうにも出来なかったんだろうな。 >>131
黒のロングタイツは、脚をケガする前から着用してた。
でも、この頃は均整が取れた体型だったね。
http://white.ap.teacup.com/corona/1119.html 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:87f20c3c9ee883ab649a4d7f8b996d63) ドロップキックやロープワークなんかは足やっちゃったこともあるけど、ラッシャーのイメージには合わないな。
やっぱりラッシャーはリングの真ん中でどっしりしているのがカッコいいいと思う。
いま見れるラッシャーの試合じゃ鶴田線が一番良いと思うな。
対抗戦の緊張感、エースの誇りに先輩の意地、そして熊のように太いラッシャーの身体。対する鶴田の若さや躍動感も素晴らしい。
個人的ラッシャー対日本人の好勝負ランキングは、
鶴田>小林>>馬場>>>猪木だな。対猪木戦はラッシャーも猪木も年取りすぎて内容は最悪に近いと感じてる。 木村もなんだけど、鶴田にとっても木村は良い相手だったね。鶴田があれほど闘志むき出しで向かっていけた相手は他にないかも。
馬場さんには遠慮してたし、長州にはすかし気味だったし、天龍には挑発されて返す感じだったし。 昔見た蔵前の猪木対木村、猪木は、運転手付き高級車で来場 木村は、駅から徒歩で来たんだが、ガキどもは、こんばんはと言って木村をからかっていたな 木村は、くしゃっとした顔をして無言で来場したのを思い出す
またこの日は、長州が藤波に初めて勝ち凄い盛り上がった蔵前でした ラッシャー木村が巧いレスラーって言うのは、さすがに無理があるだろう
国際時代の面白い試合はほとんどラフファイター相手
テクニシャンとの試合は見れたもんじゃない
最後に国際がせっかく高い金出してガニアを呼んで、IWA王座の行ってこいをやったのに、同じ行ってこいの馬場とブリスコ、レイスなんかと比べるのが恥ずかしい塩で悲しくなったし、その後、馬場対ガニア見て、その差歴然
モンゴリアンストンパーなんか相手でも、いきなり試合開始から乱撃戦で盛り上がったのに、突然、なぜグランドの攻防で塩ってしまうのか
試合を作る側に立った木村は、いい試合が出来る相手が限られてたと思うが
鶴田戦も良かったが、いま思えば試合を作ってたのは鶴田 チョップの撃ち合いで鶴田のほうから引くんだよね
あれこのオッサン思ってたより強いぞって表情で 鶴田対木村良いよな。
思いがけずガッツリ好勝負になってる。 脚の骨折前の木村の試合を観た事が無い若者が多いのかな?
骨折前の木村は後年のラフ&パワー一辺倒ではなく、脚の動きもスムーズでテクニックもあるバランスの良いレスラーだった
それだけに骨折したのが惜しまれる ファミ悪前の木村の試合見たことある時点でおっさん… 骨折前からの木村からプロレス見てることを自慢するなんて、自分は世捨て人と自白するようなもんで、よく口に出来る
ターザン山本信者なんだろう 骨折前の木村の映像はまったく残ってないし
だいたい凱旋帰国して2シリーズ目にやっちゃってるから、
骨折前の木村の記憶というのはかなりレアだな
まぁ海外修行前にタッグ王者になった珍しい例だから、その頃も含めればもう少し広がるか 国際は草津、杉山、小林、木村、井上、浜口、原と個性があるが活かせなかったな。
こんな形が理想だったのでは?
寺西が若手相手にテクニックで翻弄する。
浜口が外人にガンガン行って玉砕する。
杉山がユーモラスな試合で笑わせる。
井上がテクニックで沸かせる。
小林がパワーファイトで盛り上げる。
木村が大流血もラッシング殺法で溜飲を下げる。
草津がエースとして決める、いや伸びる。 昔、国際が「古いパンフレット譲ります」つう広告記事で何冊かまとめて応募したんだが
その時書留に金だけ入れて、希望のシリーズかくの忘れて投函しちまって。
で、国際の事務所に直接TELしたの女性w。 事務の女性(おばちゃんっぽい)が対応してくれて
まあ最終的には事なきを得たんだが、懐かしい思い出。80年3月の4大王座戦のポスターみたいな
一枚物プログラムもあったんだが引っ越しの時に誤って?処分してしまった。もったいない・・(泣
カンケーない話ですまん。。 そのターザン山本はラッシャー木村のことをどう評価してたんだろうな?
あまり記事を見たことない
何でも誘われるがままやってしまうという点では、ラッシャーイズムの継承者にも見えるが >>147
単なるパッとしないやられ役って認識だったと思う
たぶんターザンは国際プロレス自体よく知らなかったはず
ファイト時代も単なる井上編集長の茶坊主で
元々プロレス自体それほど詳しかった人じゃないから >>147-148
ターザンってファイト時代は国際(と全日)担当だったんだけどな
ただ紙面の都合で書いた原稿をボツにされ続けたりオマエはこっちの方に詳しいからと競馬や映画の記事を書かされていたのがベーマガに移籍する理由の一つ(本人談)だったそうだけどね
ファイトって俺が知る限り事実上の別冊だった「オフ・ザ・リング」を含めて国際の事はそんな悪くは書いてなかった印象がある >>147
温厚な木村から「君には色々書かれたからねぇ」と言われる男
UWFのスタイルに付いて行けないから離脱したと書いたのも山本 >>147
80年代後半に控え室でポツリと
「君には『木村は向上心がない』と書かれたからねぇ。」と冷たく言われたらしいね。
丁度新日で浜口と仲間割れして、ファンの評価が浜口アゲ木村サゲの時にターザンが便乗してそんな記事を書いたらしい。 >>139
両者初のベストバウトでもあったんだよな
木村にとっては唯一だが 背が低くて妙にスピーディーに跳ね上げる相手や
逆に背が高くてのっそりゆっくりとぎこんばったん式に跳ね上げる相手に
ショルダースルーかけられるのは両方とも怖そうだな >>155
そのスレ見てからこのスレきたから
何の違和感もなかったわw >>154
越中だかが練習生の時の受身の練習で鶴田のショルダースルーが高くて落差があるから怖いと言ってた。 昔月刊プロレス選手名鑑で掲載した得意技部門で、若松は力を主体にした技?みたいなことが書かれていた 当時国際時代テレビで若松の試合見た記憶なくついに不明 後に猪木戦があり、若松がどんな技見せたか覚えてない 得意技普通は、技の名前を出しそうだが 若松は、得意技と呼べる技は無かったと思う。国際では裏方メインの
万年前座だったからね。
チョップ・エルボー・グラウンド…ボディスラムとボストンクラブ
ぐらいは出来たんだろうか?
マッハ隼人によると、「若松は運動神経が無く、回転エビ固めを
教えたら、相手にしがみついてしまい、マスター出来なかった」
との事。
ちなみに、アンドレと組んで猪木&上田と対戦するに先立ち、
ヤングライオンの練習に乱入して野上にアキレス腱固めを決めた
写真が週プロの白黒ページに小さく掲載された記憶がある。 全日本プロレス時代は、ファンからも暖かく迎えられ、「お金の心配をする必要もなく、心地よくいさせてくれた」そうですが
その後ノアに移り、ラッシャー木村が死線を彷徨っているときに、
全日本プロレスが団体保険を解約したいからハンコをくれと言ってきたと憤慨しています。
それは馬場が亡くなってから10年以上たってのことであり、
全日本プロレスを引き継いだ武藤敬司が経営難に陥ったためです。
以前、桜田一男が、全日本プロレス時代に厚生年金を払ってもらったことを感謝する記事を書きましたが
団体保険も入っていたんですね。
しかし、武藤敬司はそれも食いつぶしてしまったと。
そもそもラッシャー木村がやめてから10年も経ってその保険を見直すというのは、
プロレス団体がいかにいい加減な経営かというのがわかりますね。
いずれにしても、ラッシャー木村というのは、人がよく自己表現が苦手な一方、
お金については比較的割り切った人だったのかもしれません。
といっても、それは守銭奴ということではなく、世話になった吉原功社長や
苦労をかけた家族の生活のためだったのでしょう。 吉原社長は、木村の奥さんに不定期に「5万出来たから」「10万出来たから」
と、木村を通さずお金を渡していた。
木村に渡すと、酒代に消えてしまうという危惧があったのかな。
木村も、吉原社長が身を削って家族の生活を考えてくれていた事を
知っていたから、新日本から貰った移籍金を全額渡したんだろう。
全日本や新日本では、あり得ない話だな。 >>151 そんなことを書いたんだ
それはさすがに酷いな
ターザン山本はとんでもない奴だ
ラッシャー木村に向上心があったのはファンなら皆、知ってることなのに
裏足四の字固めなんて、向上心の賜物だろ
学校で皆やってて、デストロイヤーの真似するなと怒ってた先生が、これはラッシャーの新必殺技だ、知らないのかとバカにされてたな
確か全然、痛くなかったけど、どうしてギブアップするのか不思議だった思い出がある マッハ隼人に教わって使うようになった「風車吊り」。全日本で
馬場と組み始めた頃に試合で使い「これは懐かしい」と週プロで
紹介されていた。
後年、チョコボール向井がFMWでデビューして、「駅弁固め」
の名前で使うようになった。 >>165
どうやってかけるの?
ベアハッグ→相手の両足を乗せる→胴に巻いた手を上にズラしてネルソン? >>166
木村の場合は、それで合ってると思う。
向井はロープの反動を利用している。
下記動画の18:45から。
https://youtu.be/wf7dmem1_14 あ、本家の動画もあったのか。
木村もロープの反動を利用してカウンターで決めてたんだね。 >>162
木村は人がいいから、自分よりもっと貰っていない後輩とかに
金を渡してしまったりすることを危惧したんじゃないかな。
息子の証言として、芳の里から頼まれて50万円の磁器入り布団を
買ってしまったこともあるそうだから。 しかし、木村の試合は地味だな。強さは伝わってくるけど。
だからこそ、金網デスマッチというギミックを売りにせざるを
得なかったし、それでも興行成績が振るわなかったんだろうな。
もちろん、木村だけのせいではないけどね。 >>171
MMAだったら木村はジャブ1発で終わりそう。 >>159
若松は怪我で出遅れて若手の中で浮いてて弾かれてた野上と一緒に練習してたんだよ
野上も当時一緒に練習して貰って感謝してるって言ってたな >>171
あの時代はまだフィニッシュホールドとして通用してたってのがあるんだけど
国際の選手ってみんなブレンバスター、バックドロップ、Wアーム、サイドスープレックスあたりを使って
さらにフィニッシュは回転エビか逆エビ率が圧倒的に高いんだよ
井上や寺西が回転エビを決め技にするのは軽快な業師のイメージに合ってるけど
みんな自分のイメージをあまり気にしてなかったのかあるいは第三者とは違う風に捉えてたのか・・・
正直木村なんてラッシャースープレックスとかいってWアームなんかやってたけど
ロビンソンはもちろん鶴田なんかに比べても明らかに見映えが悪いわけで
木村に限らずだが国際の選手はなぜか
「うちの選手もスープレックスや技巧的な回転技や固め技くらい出来るんですよ」風に
やっちゃうんだよなあ
まあマッチメーカーのあの人が四の字コブラ回転エビジャーマンドロップキック吊り天井・・・
思いついたように他人の技を無節操かつ不細工に真似しちゃうタイプだったからなあ 若松らしい話だな。
冬木の事も「彼は入門する前は運動してなかったから、腕立て伏せや
腹筋が出来なくて、毎日泣いていましたよ。でも、優しい言葉を
掛けたら、めげてしまって辞めちゃうと思ったから、あえて厳しく
したんです」と言っていた。一方、冬木は「若松さんは、俺に腹筋を
1000回やらせる時は、自分も1000回やるんだ」と言っていた。
一緒に練習しよう。俺も頑張るから、君も諦めずに頑張りなさい。
それが、若松の若い人に対するスタンスであり、彼なりの優しさ
だったんだろうな。 >>173
野上は若松さんマネージャーでヒールやりたいと話してたよ >>174 逆エビ固めのフィニッシュっていうのが一番萎える
特に晩年、せっかく木村の金網見れたのに、逆エビフィニッシュはないだろう、KOの完全決着だから金網の意味があるんだけどわかってないなと思った >>174
>四の字コブラ回転エビジャーマンドロップキック吊り天井
句読点入れろよ。どんな技かと思ったわ。 でも、3カウントフォール・30秒経過・10カウントでKO成立は
間延びし過ぎだったな。少なくとも、タイムキーパーによる30秒は
必要無かった。
ボストンクラブは、第一試合のフィニッシュになる技だから、
メインのデスマッチやタイトルマッチの決まり手としては、
たしかに物足りなかっただろうね。
ただ、バションが木村のボストンクラブでギブアップした試合は
リアリティがあった。と同時に、いくら極東のローカルマーケット
の試合とは言え、あのバションがよく受け入れたものだと感心する。
ある程度、木村の強さを認めていたんだろうか。 プロレスで強いとか、木村が強いって表現には、スマンがちょっと違和感あるが >>179
S50年以降、日本ではフィニッシュになるがアメリカではダメな技として逆エビ、バックドロップ。
逆エビよりも4の字、バックドロップよりもブレーンバスターの方が見た目が大きいからか?
だからか、木村は逆エビでのフィニッシュが多かったが、意外と大物外人が受け入れている。 木村は、昭和45年の秋に凱旋帰国した時は
「回転4の字固め」を新兵器にしたが、
これが浸透しないうちに、金網デスマッチをやらされ、
2度目の海外遠征の後は、人間風車や裏4の字とかも
公開したが、どれもパッとしなかった。
結局,張り倒して逆エビ固めが似合わっている。 >>181
昔のアメプロのバックドロップって片足持ち上げてヨイショッと投げるみたいなカッコ悪い投げ方が主流だったし、モーレツにダサかったよな 自分は馬場と仲間割れした最強タッグの天龍に決めたクロスチョップが好きなんだよな
あの武骨で見ようによっては不恰好だけど重い一発のかんじが
ラリアートなんかより木村のイメージに合ってた気がするんだよ
ブレンバスターもバックドロップもWアームも回転四の字も風車吊りも器用にできる木村じゃなくて
クロスチョップも逆エビもありふれた技だけど
木村がやると(他のレスラーと違って)必殺の一撃、フィニッシュホールドになるって方が良かったんだが 木村の技は、不格好なカッコ良さがあった。
ブルドッキングなんて、真骨頂だったよ。 >>178
ワロタwww
少なくとも「片翼の翼」って技名よりは必殺技感が強めだよね >>184
自分もラッシャーのクロスチョップが好きだった。
何て言うか体全体を使って、薙ぎ倒すような感じで説得力があった。
新日でアンドレをダウンさせたシーンが良かった。 >>185
他のレスラーならポーンと大きく飛んで叩き付けるのが格好いい技なんだけど
木村だと飛ぶってより体重かけてグシャってねじ伏せるかんじなのが
なんか重量感あっていいんだよな >>184
最強タッグ、あの試合は仲間割れまでの馬場木村組が本当押してて興奮したんだよなあ。
木村のそのクロスチョップ、ブルドッギングヘッドロック…
「チャンスだ、行け、行けー」て観てて燃えたなあ
天龍なんか顔面蒼白になってたから…
段取りかもしれないが剛が出てきたときはガッカリだったなあ。
でもあのとき馬場は剛に引っ込んでろ的な言葉やゼスチャーしてたんだよね…?! ラッシャー木村の不満な点は、額をカットするカッターの刃を、いつもセコンドに渡してもらうところだよな
猪木だって自分で持ってくることもあるし、首を切ったりとか危ないことやって見せたり、大木戦の流血なんか見事だった
ラッシャーはいつもセコンドから渡されて、律儀にまた返すからいつもバレバレなんだよな
またグーの握り拳作って、リング下でうつ伏せのワンパターン
流血を売り物にしてるんだから、自分で隠し持ってくるくらいの努力はして欲しかった
せっかくキラークラップと試合したのに、ブレーンクローで流血しないんじゃ意味ないだろと切に思った >>187
上田とかヒトがやるクロスチョップが正面から真っ直ぐひょいと突き出す
いかにもスキニーな痛め技や局面を変えたりつないだりする技ってかんじだったのに対して
木村のは上半身半身に捻って振りかぶるかんじで斜めから叩き付けるのが重量感あってねえ
あれハンセンのラリアートみたいにロープに振ってやるぞ!ってアピールもやりやすいし
もっともったいつけてフィニッシュ技として使えば
無骨な重量感溢れるかんじが木村の場合は逆に説得力になった気がするんだけど
>>189
あの試合(途中までは)良かったよねえ
言い方悪いけど鶴龍という絶対エースのわりにというか
それ故にイマイチはじけないコンビに対して
馬場木村が闘志と貫禄で押してるってかんじで
ホント仲間割れする筋書きだったとしてももっと後にして
あの試合はまさかの馬場木村という古武士が若い鶴龍をストップするってので良かった気がする その前の馬場木村対ハンセンブロディ戦もなかなかだったじゃないか!
ハンセンブロディの攻撃を真正面から受け続け、タフネスぶりを証明した。
木村対ハンセン、木村対ブロディのシングルも見たかったな。 向かうところ敵なしだった超獣コンビにさえ技をパクらせるウォリアーズって
どこまで注目されてたんだって思ったな >>191
そうだよねえ。ラッシャーのクロスチョップ上半身を捻って、相手の首筋
に右横から思い切り叩きつけてるから、威力十分なんだよね。新日ではあ
まり使わせてもらえなかったのが残念だった。
個人的な感想なんだけど、新日の時、ロサンゼルス遠征から帰国してきた
とき、ラッシャーの体が一回り小さくなったような感じがして、何か残念
だった。 新日でやった木村とアンドレ・ザ・ジャイアントの試合を改めて見たが、クロスチョップ一発しかやらせてもらえなかったんだな
井上はボン中だったから色々やらせてもらえたとはいえ、木村は、あれでは国際プロレスの元エースというより、ジョバー
なんで自分を応援してくれた国際プロレスファンがいたのに、あんな試合しか出来なかったんだろうな
ああいう試合があるのに、木村が強いっていう意味がわからない >>195
その試合のブックを決めたのは木村本人じゃないだろw
アンドレを貸したんだから、新日側からの試合に関する条件もあっただろうし >>196 勘違いしてると思うよ
新日の清水でやった試合のことだよ 木村は完全に負けても猪木のライバルでいれたのが凄い
執念の男のイメージなんだろうが、他にそんなのはいない
案外と猪木は手の合うライバルとして重宝していたと感じる >>194
井上とのIWA戦でのチョップ、クロスチョップはかなり当たりが強い。
新日での浜口戦の張り手も凄い。 >>197
国際が潰れて新日の雇われレスラーになったんだから
尚更、新日のいいように使われただけだろう。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています