【ナショナル レスリングアライアンス】昭和の全日本プロレス54【パシフィック レスリングフェデレーション】
レス数が1000を超えています。これ以上書き込みはできません。
過去スレ
【馬場】昭和の全日本プロレス【鶴田】
【ブッチャー】昭和の全日本プロレスPart2【ファンクス】
【カマタ】昭和の全日本プロレスPart3【ロビンソン】
【外人天国】昭和の全日本プロレス4 【土曜夕方】
【コックス】昭和の全日本プロレス5【Jオーツ】
【蔵前国技館】昭和の全日本プロレス6【日大講堂】
【黄桜酒造】昭和の全日本プロレス7【井関農機】
【山田竹内】昭和の全日本プロレス8【田鶴浜】
【史上最強】昭和の全日本プロレス9【超獣コンビ】
【ボルコフ】昭和の全日本プロレス 10【ロン・バス】
【横浜ゴム】昭和の全日本プロレス【大塚製薬】(実質11)
【アベンジャー】昭和の全日本プロレス11【バラクーダ】
【ジョーの】昭和の全日本プロレス13【失神芸】
【NWA認可】昭和の全日本プロレス14【PWF認定】
【AWA】昭和の全日本プロレス15【鶴田戴冠】
【ミラノ】昭和の全日本プロレス16【死んじゃった】
【パンクロチオン】昭和の全日本プロレス17【スターウォーズ】
【アゴの先端に】昭和の全日本プロレス18【ヒィッツ!】
【両者反則】昭和の全日本プロレス19【無効試合】
【倉持流血】昭和の全日本プロレス20【ディンク吐血】
【阿修羅原】昭和の全日本プロレス21【永遠なれ】
【ボクにも】昭和の全日本プロレス22【弾けた】
【喧嘩番長】昭和の全日本プロレス23【南海の黒豹】
【ボクにも】昭和の全日本プロレス22【被らせて】 (実質24スレ)
【暴走戦士】昭和の全日本プロレス25【人間魚雷】
【世界王座】昭和の全日本プロレス26【争覇戦】
【メフィスト】昭和の全日本プロレス27【マーシャルボーグ】
【桜田】昭和の全日本プロレス28【轡田】
【駿府会館】昭和の全日本プロレス30【九電体育館】(実質29スレ) 【三沢タイガー】昭和の全日本プロレス31【川田大笑い】
【PWF杯争奪】昭和の全日本プロレス32【タッグトーナメント】
【テリーが行った】昭和の全日本プロレス33【左のパンチ】
【インター】昭和の全日本プロレス34【PWF UN】
【あ!スタンハンセンだ!】昭和の全日本プロレス35【ハンセンですよ】
【夏の主役】昭和の全日本プロレス36【ミルマスカラス】
【国際血盟軍】昭和の全日本プロレス37【C・ハリケーンズ】
【B・テラー】昭和の全日本プロレス38【M・アサシン】
【M・ルーイン】昭和の全日本プロレス39【K・イヤウケア】
【百田義浩】昭和の全日本プロレス40【原軍治仲田龍】
【プロレス観戦の記念に】昭和の全日本プロレス41【ご家庭へのお土産に】
【ジム・デュラン】昭和の全日本プロレス42【バック・ロブレイ】
【アラビアの怪人】昭和の全日本プロレス43【インドの狂える猛虎】
【リングの中ジャイアント馬場です】昭和の全日本プロレス44【控え室ジャイアント馬場です】
【豪華な花束】昭和の全日本プロレス45【興奮のるつぼ】
【凱旋帰国】昭和の全日本プロレス46【善戦マン】
【チャンピオン】昭和の全日本プロレス47【カーニバル】
【マシンガン】昭和の全日本プロレス48【チャイニーズカンフー】
【バーンガニア】昭和の全日本プロレス49【ハーリーレイス】
【新春】昭和の全日本プロレス50【バトルロイヤル】
【ボブ・ガイゲル】昭和の全日本プロレス51【ジム・バーネット】
【ジ・アステロイド】昭和の全日本プロレス52【ジ・アベンジャー】
※前スレ
【ウルトラセブン】昭和の全日本プロレス53【マジックドラゴン】
http://medaka.5ch.net/test/read.cgi/wres/1517050893/ WWWFタイトルマッチは昭和50年のチャンピオンカーニバルが全日本最後だったよな。
それ以後新日本と提携一直線となるわけなんだが
昭和48年49年あたりは鶴田もMSG出場や馬場も出場していた経緯を考えると
ビンスがこの時期は馬場と猪木を両天秤かけていた気がするな。
それとも全日本は国際を手が切れたAWA提携でWWWFを必要としない状況と
踏んだのかな。 新日とWWFが提携して馬場は「サンマルチノを呼ぶのは難しくなるな」と覚悟したが
サンマルチノは新日への出場拒否を貫き通した
ドン・デヌーチが「たとえ白紙の小切手に好きな金額を書いていいと言われても
ブルーノはニュージャパンへの出場を拒否しただろう。彼はそういう男だった。」と言っていた WWWFと新日本の提携時期にドンデヌーチやジョニーロッズ、バリアント兄弟など
たとえ前座レスラーとしてもMSGの定期戦に参加している面子が全日本に
参加していた事実も今考えると興味深いなぁ。 >>6
でも人気がパッとしない時期だったから、それを思い出にしてる人なんて少ないだろう 猪木がヨダレをたらして欲しがったNWA王者を
巧みな政治力で独占を守りきったのが、昭和全日・馬場を語る最大のレゾンデートルなのに
それをスレチと片付ける浅はかさに呆れてしまう。
80年前後不渡り手形出している全日に対し絶好調の新日は、おそらく動かせえる金は
全日を上回れたろう。レスラー馬場を誇らしたかったら日本プロレスに遡るしかない。
昭和全日はレスラー馬場の時代じゃなく、プロモーター馬場としての時代なのだから。
それが証拠に新日が矛先からNWAを外しIWGPに転換したら、全日自身もNWAから離れだすのである。
NWAの価値とは日本のプロレス界の独自事情であり、アメリカでの話しではまるでない。
そもそも、アメリカではプロレス自体に価値がないのだから。
NWAをどちらが掌中に納めるかが馬場猪木の不毛な争いのゲームのルールだった。
たかだか茶器をめぐって戦争したようなもの。そんな時代だっただけよ。 >>6
モンスーンとモラレスが来てたMSGシリーズって凄く異色だったな。
飛ばしだと思うけど、次はサンマルチノとモラレスがタッグで来る!
なんて、報じられていたような気がする。 >>8
> それが証拠に新日が矛先からNWAを外しIWGPに転換したら、全日自身もNWAから離れだすのである。
でたらめ言うな。IWGPとは全く関係ないだろ。
その証拠に全日本がNWAから離れだしたのは新日本のIWGPが失敗に終わって
新日本の王座の一つになってからじゃねえか。 >>10
相手するのも同罪ですよ。社会性の無い人を甘やかしちゃいけない。 NWAが加盟してる全日本がAWA王者を招聘するのが
日本が島国でテレビマネーだからと言ったアホがいたが
NWAでガチガチに縛ったら、馬場に脱退されてしまうからだろ。
NWA単体での興行など日本でうっても閑古鳥。日本人スターがいなきゃ。
博識ぶりを引っさげてきたアホだったが、だんだんボロが出てきたよな。 サンマルチノは初来日のときを除くと
日本での集客力は微妙だな
格だけは無駄に高いが サンマルチノ、たしかに格は異様に高いな。
でも全日本10周年のとき参戦したときは個人的には嬉しかったな。盟友馬場のために来てくれたと思うとありがたくてさ。
あとカツラが取れないか心配になったよw あんなにモロなのなかなかないよな。
サンマルチノその後カツラしなくなったけど、禿げてはいたがオールバックが決まっててカツラかぶるほどでもないと思ったな。 マーテルはWWEでザ・モデルで活躍していた頃、薄くなった後頭部をグリースでガチガチに固めてて
実況してた土居アナにディスられてたが、プロレスクラシックを観たら85年には既にヤバかったんだなww >>10
どこがデタラメなんだかw
馬場がNWA戴冠したのは74、79、80年。
74年のブリスコはまだしも後の2回はプロレスファンの嘲笑苦笑もんだった。
猪木がIWGP構想をぶち上げたのは81年。大会大会が83年。
猪木がNWAを見限ってから馬場はそれまで周囲に耳を貸さなかったのに
徐々に身を引く。無理してNWAを最高峰と担がなくなったのだよ。
もっと書けばハンセン引き抜いた次点で馬場の気付き上げてきたものが崩壊したよな。
>>12
だからNWAなんてのは金次第で、馬場そして日テレマネーの前には
権威もクソもないって証明じゃないかwwちょっとは頭働かせろw生きてるうちになww フミ斉藤の本見たが、確かに違和感あるのは理解できるよ
そもそもNWAが成立したのは、100年以上前のガチンコのカーニバルレスリングの時代からの経緯があって、ワークとかケーフェイ抜きに説明すること自体が無理で嘘だから
業界で食べるには、そこに、触れたくないんだろうが それを今更論じてどうなるの。
どうであれNWAは日本のプロレス界にとって最高権威だったんだし
俺は今でもNWA至上主義だよ。
だって何十年も前の話なのに今でも鮮明に輝く思い出記憶なんだよ。
人間の人生でそれだけトキメキ輝く記憶なんてそんなに無いだろう。
それだけでもNWAと最高の勲章物だろう。 >>14 サンマルチノとブロディの試合見に行ったけど、あっという間の場外乱闘だけてガッカリした
ブロディはブリスコ戦もつまらなかった
ブロディも全日本に来てた第1期には、結構、わがままな試合があったよな >>18
そんなの300万で買った魔除けの壺を今でも大事にしています。
だって300万もしたんだもんってのと、どこか違うのか?ww 馬場がNWAを見限ったのはジム・クロケットJr.がNWA王座をフレアーとリッキーという子飼いのレスラーで独占して他の地区への派遣を渋るようになって形骸化したから >>19
現場に見に行ったら何が何やらわからないうちに終わってつまらなかっただろうな
ブリスコ戦はロビンソン戦みたいに一方的だったんだっけ?
ドリー相手だと見せ場作らせるのになんでだろ
ブリスコは新日本でハンセンに自分よりギャラを貰わないとフェアじゃないと言うくらいだからハンセンとかブロディを見下す感じでもないのに >>21
物事はもっとシンプルだよ。
NWAのメッキが日本でばれて、商売にならなくなったからだろ?
さらに日本のプロレスビジネスがテレビ局のコンテンツとして衰退した反面、
アメリカではWWE以降、PPV等で日米のプロレスビジネスで動くマネーが逆転したからじゃん。 >>23
フレアーだったらまだ使い勝手があった
鶴田以外にも天龍谷津ハンセンゴディデビアスと挑戦者にも事欠かない 俺個人の当時の感覚では
NWAとAWAのダブルタイトル戦が実現した時点で
もうNWAは一段落でもういいかなあという思いがあった
フレアー王者路線にも飽きがきてたし どうせ鶴田に取らせないんだから外人同士のタイトルマッチをもっと見たかった
無理だろうけどフレアーvsニックのバディ・ロジャース対決とか >>25
それはフレアーを新日が美味く使ったから書ける事。
レイス等の時代はアメリカでNWA戦をやるより来日したほうが金銭的にメリットがあった。 ルーテーズもジンキニスキーもドリーファンクもジャックブリスコも
みんなプロレス世界チャンピオンだったよ。
鍍金が剥がれた?
それ以外何があるの。 >>22 ブリスコも新日本で猪木とやった時に衰えてはいたんだろうけど、後から日プロ時代の名勝負と言われた猪木戦見ると、そんなに差があるようには見えない
ブリスコのスタイル自体が、古臭く、時代についていけなかった感じ
ブロディからすれば終わった人だったのかな
ブリスコも何にもやらせてもらえずイスで殴られてただけの印象があるよ >>30
皆さん素晴らしいレスラーだと思いますよ。
私が言ってるのはレスラーの価値じゃなくNWAの価値です。勘違いしないでね。 まさにNWAの価値はベルトを巻くレスラーの価値が高かったからなんだよな
だからこそ幻想も大きく広がったわけで >>26
自分の場合は83年6月の蔵前でのフレアー・鶴田がNWA路線の最後のピークだった印象
その前には新日本でIWGP決勝が行われてた事も大きい >>33
そのNWA幻想を砕いた張本人は馬場さんでしょ?ww
ブリスコ戦はいいとしましょ。力道山も果たせなかった偉業だし
馬場もまだギリギリレスラーだった。
2回目の戴冠からNWAを巻くレスラーに?マークがつくようになったよね。
タイトルのキャッチボールとしてマスコミも批判した。
アメリカサーキットをする覚悟のない者が3回巻いちゃダメだよ。 馬場にとってのNWA幻想はやはりロジャースだったような気がする >>35
今に思えば馬場のNWA戦略はタイトルの尊重というよりむしろ猪木&新日本対策の一環だった印象
とにかく猪木に渡さないのが一番肝心であり猪木と名勝負を演じたドリーを破格な厚遇で抱え込んだのもその一つ
そして相手に渡しても問題ないという時点で全て手放した
それに馬場も自分のPWF戦をNWA戦の後にしたりしてたな
NWA戦の方が後だったのは川崎のマルコフ戦と蔵前のブロディ戦くらいか インター王者時代には
ドリー初来日の時しか
NWAに挑戦してないけど
この時はそれほどこだわってないのかな
その気になれば会社にゴリ押しで挑戦できた立場だったと思うが キニスキーの頃まではともかくドリー以降は完全な後輩だからな
だから敢て拘らなかった気もする >>38
そう、おそらく金をせがむしか能のない連中を見て一番NWAの価値を感じていなかったのが
馬場自身だったろう。何故ならNWAより、NWAもAWAも思いのままに出来る
日テレ全日のほうがスケールでかいのだから。
猪木が追いかけてきて欲しがるから守った。
猪木がそっぽ向いたおもちゃにもう意味はない。
そしてハンセンという猪木のおもちゃを欲しがり出した次点で馬場猪木の優位性は逆転した。 >>41
ある意味では馬場が変なプライドを捨てたとも言えるんだよな
そしてそれは客観的にも間違っておらずハンセンは以後長くNWAに代わって全日本の主柱になる
後にAWAとハンセンが揉めた時にも選んだのは当然にハンセンで NWA否定論者は頭がおかしいな。
レスラーは否定しないがNWAは否定するって表現方法が
厚生年金はアウトだが国民年金ならいいって言ってた奴と同一人物じゃねえか。 猪木もNWAにこだわりがあったとすれば
ドリー王者時代までだったと思うな
少なくともNWF戦の方が同時代のNWA戦より
はるかに話題的にも興行的にも上回ってたから
こだわる理由がない 幻想も現実的な利益が伴う場合は権威として肯定尊重される
それが無ければただの幻想
とにかくNWAと切れた後の全日本は徹底的な三冠ブランドを築いていくわけだが >>45
それであっても全日本に対する強いコンプレックスやジェラシーがあったとは新間も証言しているんだよな
そこがまさに権威という名の幻想なのかもだが >>42
記憶間違いかな?終いにゃAWAが認めていないハンセンのAWAタイトルマッチとかなかったっけか?
馬場自身のプライドはハンセン取りたくなかったろ。社長も降ろされ日テレの意向でしょ。
馬場全日の価値観は舶来品の一流品を独占し、日本のお茶の間にだろ?
made in japanの米国レスラーをメインにするのは屈辱だったのではないか?ゲシュタルト崩壊ですな。
そんなバックボーン、意地もあって、ハンセン戦はロウソクの最後の輝きを見せたのではないか? >>47
だからアメリカでも理解されない日本においてのNWA幻想の正体ってのは
猪木の馬場に対する執拗さの表れなんだよ。
両者の馬鹿げてなお、真剣な意地の張り合いが、日本プロレス界のもっとも熱かった正体。 ハンセンの証言によると交渉の際にNWAスタイルでやれば良いのかと聞いたら馬場が今のままでやってくれと言われたとか
とにかく馬場としてはハンセンを団体としての活性役にしたかった印象
それにハンセンのスタイルは新日本スタイルではない
もちろん試合運びやタイミングなどは猪木の影響も受けたろうがどちらかといえばハンセンの元々の破天荒なスタイルが新日本や猪木のスタイルをも変質させたというべき
そしてその延長上に台頭してくるのが長州 結果として最も熱かった時代を作り出せたならそれでいいじゃねーかよw >>49
あの二人のガチで派手な場外戦こそが当時のプロレス界を熱くしたんだよな
後にはむしろ裏で暗黙の提携を結んでいったりもしたわけだが ハンセン個人は大好きであれでいいんだがだが
新日、全日で活躍する過程で
プロレスのスタイル全体を雑にしてしまった側面はあるね >>50
なら全日は日本デビューを果たした団体としてハンセンをリリースしないよ。
昭和全日はレスラーは育成しない、育てる気がないともいえるかも。
ボディスラム失敗するような欠陥レスラーを好き放題やらさせた新日のプロデュースとして
間違ってなかろ?ハンセン自身も最近のインタビューでそう答えてるのだから。 >>53
だから本当はハンセンの雑さの逆として、対戦し且つ勝利するには
繊細さが必要なんだよ。その一例が逆ラリアットだったりとね。
鶴田じゃ無理な芸当だよ、鶴田ハンセンが受け入れられない原因。 鶴田はあのスタイルで名勝負を残してるんだからそれでいいじゃん。 ハンセンはアマリロ時代の鶴田との競争心があったのが原因かも。
トミーには負けたくないと、84年ごろ言ってた記憶がある。 >>48
ファンク道場出身で新日本登場前にブルーノ・サンマルチノとあんたの大好きなMSGやシェアスタジアムでタイトルマッチを何度もやってるハンセンをメイドインジャパン扱いするなよ >>49
お前が言ってること無茶苦茶。
NWAの日本での権威と猪木は全然関係ない。
馬場がNWA見限ったのは、
WWFの全米侵攻でアメリカマット界の事情が変わったからだろ。
お前は妄想と偏見が酷すぎる。
名前と住所晒してからこのスレを去れ。 >>54
お前明らかに新日信者だな。
ハンセン、ホーガンは新日が育てたって本気で思い込んでるやつまだいるんだな。 >>58
ファンク道場ってのは投げっ放しツームストンパイルドライバーを教えるのか?w
ボディスラムを失敗するようなレスラーが卒業生でいいのか?w
私が思ってる事じゃなくて、ハンセン自身がサンマルチの一件で
ビンスやレスラー仲間から干されたと言ってるのだよ。
ボディスラムの失敗を、ラリアットで首折りとして売り出したのは新日だろ。
そしてそんな自分を拾って好きにやらせてくれた新日本のお陰とな。
勿論、その後の全日を選択したことも間違っていなかったとも述べてるがな。
私が無知かもしれないから教えてくれ。ハンセンとサンマルチのは何回もって
首折試合とその清算マッチ以外に何回やってるんだ?
全日初来日でラリアットを使った形跡はない。
サンマルチノ戦でラリアットを使った証拠はない。(新日の作り話)
新日初登場シリーズでもラリアットを使っていないと読んだことがある。
ウェスタンラリアット(古舘流オリジナルならウェスタンラリアートか)をまだやっていない
ハンセンはそれはお前の好きなハンセンなのか?
あんたの感受などどうでもいいいが、感性は疑うわw まだアメリカのプロレス事情をよく知らなかった頃
ハルク・ホーガンが新日登場したての頃は、
デカいパワーファイターだなぁ、だが
ハンセンよりは格が下くらいかみたいな印象しかなかった
実際はすでにNWA王座候補だったデビアスを失神させたり
ニューヨークの大会場でアンドレをボティスラムで投げて
アメリカマットではとっくにメジャーになってるなんて知りもしなかった
シングルでは猪木の卍固めでアッサリギブアップしてるし >>59
おおー怖っwまた頭の悪そうなこと平気で書ける輩が存在するもんだな。
お前の書いてるのは、何の権限も持たない者の恫喝で強要だぞw
犯罪者になりますか?なってみますか?www教養不足すぎですわw
そしてね、そんな私のスレに対し共感をしめしている者をも侮辱してる事に気付いてますか?ww
バカにも程がありますわw
新日信者とか全日信者って何?気色悪いわ。嗜好は宗教じゃないだろ?w馬場も猪木も教祖じゃないだろ?ww
どちらにも秀でた面があるしクソな面もありますわ。当たり前でしょ?人間だものw
そういうあなたは全日教信者ってことなんですか?好きにして構わないから私に構わないでくださいなw ハンセンのボディスラム失敗については
サンマルチノは「あれはアクシデントだから」とかばってくれたし
そもそも干されてなどいないんだよ
サンマルチノ欠場の間はイワン・プトスキーがハンセンと試合して
プトスキーは「人生で最高の時期だった」と言っていた
ハンセンの自伝にそこらへんは書いてあるがハンセンはWWFを追放などされていない
ビンス・シニアはハンセンをWWFに残したかったが
ハンセンがサンマルチノのアドバイスを受けて自分の意思で離脱した
新日はゴッチを「妥協を知らず危険すぎるので売れなかった」ギミックで売ったが
「サンマルチノの首を折ってWWFを追放された」ギミックで売ったのはその流用みたいなもん 確かに幻想かも知れないけど毎年蒼々たるメンバーで総会も開いていたしある時期まではアメリカでもプロレス界の地位はNWAだったと思うぞ。現実現地の当時の専門誌のランキングでもNWAが他の団体よりずば抜けて上位扱いだぞ。 >>63
ところでワシ君、鶴田スレのほうはもういいのか?
鶴田の悪事を告発するとやらの、あんたの目的は達成されたんか?
それとももう諦めちまったのか? >>61
新日初登場のシリーズでハンセンがラリアットを使ってるのは間違いないよ
大阪では猪木にかわされてバックドロップで逆転負けしてる >>68
そいつに何か言っても無駄だって。間違い指摘して素直に認める奴じゃないことぐらいわかるでしょ。まあ嘘を広められれも困るのも確かだけど。 >>66
アメリカと日本の話ばかりになるけど、メキシコのEMLLが各階級の世界タイトルをNWAにしてたのは、それなりに旨味があったと思ったからなんだろうね。 >>59
お見事!
単純明解。で真相をついてますね。 >>31
ブリスコが81年チャンカンで久々に全日登場ということで、開幕前はそれなりにゴングなどでは話題になっていたね。
でも小学生だった自分には、「昔の名前で出ています」という印象しかなかったので開幕戦のブッチャー戦では、完敗するかと思いきや、奮戦して両リンに終わり、まさかのブリスコ・コールまで起こった。
ブロディ、鶴田とも引き分けて、さすが元世界王者の格は尊重されたんだなと思わせといて、しれっと一人だけフォール勝ちする馬場もしっかりしているがw。 >>33
これだよね。
ゴングに載っていたNWA、AWA、WWWFのレーティングだけど
王者はさておき、AWAとWWWFのレスラー達は
シリーズのエース外人になれそうな人はいないもん。
国際でもどうだか、みたいな「観客動員力」だったろうな。
AWAは地味なレスラーとロートル、WWWFは大味なパワーファイターが並んでた。
そして王者自体もNWAが、AWAとWWWFよりも魅力を感じていたかな。
ガニアにしてもサンマルチノにしてもどうにも背が低くて。 ニックにしてもバックランドにしても元々NWA王者候補だったんだよな >>73
それよりもブロディに13秒で負けたウェイン・ファリスと時間切れ引き分けは酷いな。得点調整なら相応しい相手いるだろ。 >>73
ブリスコはなぜか、最下位のウェインファリスと時間切れ引き分けだった。
これはたぶん、ブッチャーやブロディと同勝ち点で終了させるためだと思うが。
http://www.showapuroresu.com/league/carnibal2.htm >>76
馬場対ブリスコが時間切れ引き分けで良かったよね、それでも馬場優勝だし。
このシリーズは開幕直前にスレーターが事故で来日中止になったから、
当初予定していた星勘定が変わって混乱していたんだと思う。 全日本のリーグ戦は、あらゆる勝ちは2点、時間切れ引き分け1点、それ以外は無得点と、わかりやすい反面調整が難しいかもね。
うろ覚えだけど、新日本は、フォールギブアップは5点、反則リングアウト勝ち不戦勝は4点、時間切れ3点、両リン両者半袖反則は2点、負けは無得点と細分化されてたよね。 >>79
新日はたしか時間切れも同じ2点だった。国際の日本リーグ争覇戦の勝ち点が、
もっとも納得できたな。勝ちはすべて4点、時間切れ2点、両リン1点、負け0点。 両者リングアウトは無得点というルールは
NWAタッグリーグから翌年のワールドリーグにも引き継がれ
全日のリーグ戦に受けてがれてる フミが14年前のアメリカーナの付録に
今の30代以上のプロレスファンはNWA最高峰と刷り込まれたNWA病に感染してる
昭和30〜40年代のマスコミに誤ったプロパガンダを植え付けられたのが原因
1948年に発足した組織で市場への新規参入を阻む談合カルテルである
マソニックは団体に権威を持たせるために、無関係の過去の歴史を付け加え
長い間日本のマスコミはそれを鵜呑みにしてきた とある >>82
マソニックが過去の歴史を加えたのは知ってる。
それを踏まえた上で、NWAが最高峰だったろうが、と言っている。
全米で防衛しているNWA王者の方が認知度が高かったろうし、何が問題なんだ?と思うがね。
フミも何が言いたいんだか。 ボクシングのWBA,WBC,IBFらと、プロレスのNWA,WWFでは、そもそも根本的に違うのが、わかってない人がいるな
世界王者の意味が違うよ ボクシングは1つの団体でも同じ階級で暫定やらスーパーやらいろいろな世界チャンピョンが多すぎて萎える チャンピオンをチャンピョンと書くのは()をつけるような意味合い フミは香山リカの夫だと知った時点で信用しなくなった Uインター宮戸が一億円争奪戦を吹っかけてきたときに
全日本チャンピオンならともかく三冠王者を名乗るのなら三沢選手に参加して欲しいという
訳のわからんこと言ってて考えさせられた。
まあ、団体内王者でないなら統一戦に出ろという意味だったんだと思うが。 フミの言ってること意味不明
別に刷り込まれた奴もNWAの歴史に威厳を感じてたわけではない
全米各地や日本などその地その地のローカルチャンピオンの挑戦を受けて防衛しているまさに世界王者たる姿に価値を感じていたのに
IWGPが唱えた理想が昭和時代までのNWA王座 プロレスは基本的に上半身は裸、譲ってもワンショルダーかツーショルダー、ランニングシャツまでだ。半袖は反則。
ってことだろ。
ライガーみたいな長袖はどうするw WCWにすり寄ったのも新日なわけで・・・
90年代は全日がシリアスな日本人対決路線、新日がWCW,AWAと言ってガイジン頼みになりちょっとした捻れ現象が起きている
今の新日もベルト新設ラッシュと当初のlWGPの主旨からしたら矛盾したことしてるんだけどね
まあ、スレ違いだからこのくらいにしておくけど 全日がNWAから離れた後に新日でフレアーVS藤波のNWAタイトルマッチをしたりしたが
やっぱり猪木新間の頃から続くNWAコンプレックスは強かったんだろうね AWAはハンセンからタイトル剥奪したりバトルロイヤルでラリー・ズビズコが王者になった時点で終了感があった 新日がすり寄ったというより、WCWが新日にすり寄った、が正しいと思うけどな。 ハンセンのAWAに関しては、AWAの歴史って言うDVDが出てたけど、そこにはハンセンは日本を主戦場にしているし、AWAに骨を埋める気はないだろう、と冷ややかに見られていたとナレーションで解説されていたな
あとブッチャーなんかも候補だったそうで皆に断られたようだな
ただガニヤは先見の明はあったんだよね
マスメディア使った宣伝とかレスラーもホーガンやらウォリアーズ、フリーバーズとかスター選手を発掘してるしね アドニス&ベンチュラ組も、もともとAWA圏の看板タッグだったんだな。
このコンビ、NYのイメージしかなかった。
昭和54年頃に国際も全日も呼べなかったのかな。 昔のガニヤはなかなかのイケメン
人気あったのもわかる >>90
過去スレでもフミ斉藤の嫁さんが香山リカだってんでひとしきり
話題になった事があったな。俺は別にあの人嫌いじゃないけどねw マクガイア兄弟はマクガイヤ兄弟でも別に構わないんだっけか。
人名じゃないけど昔はイタリアをイタリヤ、ケニアをケニヤと表記してた事もあったな。 >>107
リカは昔は可愛かった
昔はね
今はちょっとイっちゃった感じだけど ガニア全日参戦の時は中継内で予告映像がかなりしつこく流されてた。
子供心に「あんな横山ノックみたいなのがロビンソンより強いのか」と疑問に思った。 若い頃のガニアはムービースターみたいな爽やかなイケメンだったぞ
ブロマイドなんかも二枚目スターみたいだし ガニアは「プロレス入門」(70年代後半の版)の写真は、おそらく30代だと思うが、たしかに爽やかなイケメンだった。ただし、すでに禿げ頭だった。
あの分だと20代からもうきてたんだろうな。まあ、欧米人はハゲもセクシーな魅力になるようだから、日本ほどマイナスにはならないだろうけど。 NWAのゴッチ時代まで遡って歴史にしてしまったのと
プロレスプロモーターの加盟する巨大組織が事実だけど
フミは何をもって、NWA=最高権では無いと言ってるの?? >>79
得点調整自体はむしろ新日の方が小刻みで難しいよ
ただ新日のリーグ戦は一位と二位による決勝戦方式
全日はリーグ戦の最終得点方式だから
リーグ戦の星取だけで辻褄合わせなくちゃいけない難しさがある >>109
さすがにタカラトミーを「香山リカ」の商標権侵害で訴えたってのはドン引きというかマジ基地だわ >>123
そこは、せめて3ダー杉山にしてほしかった。 >>121
番狂わせがほとんど無かった最強タッグって、89年かなあ?
鶴田組と天龍組が全勝で武道館決戦。
下位チームもほとんど順当な試合結果だった。
キッドがブッチャーに勝ったのがやや番狂わせか?武道館は盛り上がってたけど個人的にはあまり面白くなかったな。
メインもやり尽くしたカードだし。 >>120
おそらくWWEの一人勝ちから遡った結果論。 >>126
89年は順当だったね。
ブッチャー、シンが何と4回もフォール負け。
これがある意味で番狂わせかな?
前年はフォールは一度もなかったし。
この年は4回もフォール負けを飲まされた。
・鶴田、谷津(シン)
・キッド、スミス(ブッチャー)
・馬場、木村(ブッチャー)
・天龍、ハンセン(シン)
公平に?双方2回ずつ。
しかし馬場、木村とはノーテレだったから放送ではシン2回でブッチャー1回と。
89年あたりから両リンや反則等の不透明決着廃止の方向にいってた。
そうなるとシンやブッチャーはキツイ。
せめてチームとして2回フォール負け程度にしてやれば良かったのに。 ロバート・M・ガニェ(Robert M. Gagne)
エリック・セルジュ・ガニエ(Éric Serge Gagné)
最近では「ガニェ」「ガニエ」と日本語表記されてるみたいだね。 馬場選手が天龍選手にフォールされたのは番狂わせというよりサプライズ? >>130
あ、それは番狂わせでありサプライズでもあるね。
晩年、あれは天龍がいきなりガチを仕掛けてあんな結果になったと言う人もいたけど、
最強タッグおきまりの孤立→奮戦→力つきる
のパターンだからなぁ。 https://youtu.be/_WyilYAhFbU
マスカラス4:53くらいから馬場とも不穏になってるw
馬場にパンチ喰らわせてキレた馬場が猪木とタッチした後に殴り返してる
全盛期の猪木ともグラウンドでいい勝負してるし自信の裏付けがあってワガママを貫き通してるんだな でも、なんとなくだけど鶴田に負けるのは最後まで抵抗あったんだろうな〜って感じ
鶴田に負けると一気に世代交代論→引退とマスコミが騒ぎ出すからな
馬場的には天龍とか三沢のがまだ抵抗はなかったんだろうな
その辺の感覚はうまく説明できないけどよくわかる >>133
スパイロス・アリオンの間の悪さw
輪島と試合させてみたい >>136
クツワダ事件の件も引っかかっただろうけど鶴田からはプロレスに人生をかける感じが伝わってこなくて人生の中の通過点みたいな感じがしたから寝たくなかったのかも
せっかく寝てあげてもサッサと自分より先に引退されたら負け損だし >>79
新日本も得点自体を調整してる時があったな
83年のMSGタッグリーグでは反則リングアウト勝ち不戦勝は3点、全ての引き分けは2点だったか >>129
英語発音だと「ギャニー」なんだっけ?
ガニアがフランス系のプライドがあって、フランス語の発音にこだわったらしいけど。
>>136
鶴田が馬場をフォールするタイミングやシチュエーションて結構難しいね。
第一線から一歩下がった時期とはいえ、天龍がフォールしたときは「全日本活性化してきた天龍がついに」というドラマがあった。直後の新春シリーズでの禊のフォール負けも何か含蓄があった。
鶴田だとフォール勝ちしたはいいもののドラマにはしにくい感じはするよね。 その辺りは猪木と藤波長州との関係にも通じるのがありそう >>141
>鶴田が馬場をフォールするタイミングやシチュエーションて結構難しいね
やるなら85年最強タッグの武道館だったと思う
この日に鶴田が馬場からフォールをとって優勝なら
その後の印象が変わってくると思う
奇しくも同じ日に藤波が猪木からフォールをとってしまうから
この日以後に似たようなことをやっても二番煎じと言われてしまうからできなくなった ガニアの発音、現地の実況聴くとアナウンサーによって違うよ
ガニアとはっきり言ってる人も居れば、ガニェ、ガニェーィ等々、アナウンサーによってだいぶ違う 猪木が藤波にフォール負けを喫したのはブロディボイコットの影響で苦肉の策だったんだろうけど、同じタイミングで全日本もやってたら本当奇跡だな。
ただやっぱり上のレスでも語られてるけど、馬場は鶴田にはフォールされたくない気持ちが心の何処かにあったようには思う。 猪木だってブロディのボイコットが無ければ藤波に取らせたかは怪しい 月刊プロレスでのインタビューでは「ガーニェ」だと語っていた。 猪木はあの頃藤波の嫁のオヤジに金借りてて藤波アゲしなければいけなくてブロディを寝せようとしたらボイコットされて仕方なく自分が寝たという話があるな
だからいまだに逆恨みしてブロディを叩いてる >>134
2000年初期って丁度WWEの日本興業の全盛期だったよね
あの頃は週プロがWWEをよく取り上げてたし
ゴングは無関心だった 80年代前半あたりから、プロレス本とかだと馬場はよく鶴田に譲って引退すべき、とか言う記事が少なくなかった
ブッチャーも門との対談でそんなこと言ってたし
猪木は藤波や長州に後を譲れとか言う記述はなかったように思う
藤波がジュニアだったり、長州もブレイクしていなかったから猪木はある意味、世代交代に関しちゃ80年代前半は安泰だったんだよな
藤波もヘビー転向間もない頃はポスト猪木より先ずは強豪と戦ってヘビーの実績づくりってイメージだったし 猪木の後継者論が本格化したのはむしろ前田の帰国後か >>152
本格的に猪木が世代交代を言われ出したのはUが新日復帰してからじゃないかな?
前田に挑戦迫られてから挑戦を受けない猪木に引退論も出始めたし
まだ前田帰国、藤波ヘビー転向、維新軍結成の頃は世代交代論は出ていなかったと思う
藤波対長州が主流だったし
前田もまだまだ線が細かった 82年には少しづつ考え始めてた形跡はあるけど
猪木の欠場、クーデター、タイガー引退とかで
大幅に狂ったんだと思う
84年〜87年頃にはファン的な視点はともかく
営業的な面やテレビのゴールデン維持のことを考えれば
考えて猪木が自ら第一線を引くなんてことはありえない話
というのは今考えるとよくわかる
馬場がトップ戦線から降りてからゴールデンに戻った全日とは事情が違う そうそう
猪木の場合は前田戦を避けだした辺りで「いい加減一線を退いて道を譲れ」という空気になってきた
加齢と糖尿病の悪化で素人目にもコンディションの悪さが分かるのに
メインイベンターに固執していたのもマイナスだった
馬場はゆっくりとだがメインから徐々に退いていたからな 馬場は一時期、地方なんかだと試合も出ていなかったよな
馬場の理想はそのまま徐々に試合を減らしていき、いつしかそのまま引退式をやらずにリング上からはフェイドアウトしていくつもりだったそうだけどね
ただ地方は馬場出場の要望が強く結局、希望は叶えられなかったそうな
案外、馬場はもし存命で体力の限界で引退せざるを得なかった場合は、後楽園ホールあたりで引退式をやったかも知れないな
猪木みたいにドームで引退興行はやらなかったと思う >>157
馬場は地方もしっかり出てたよ。
輪島デビュー戦みたいにテレビ収録がある大会は解説を理由に?試合に出ない事はたまにあったけど。
坂口みたいに出たら出なかったりと言うことは無かった。 >>158
出なかったのはテレビ収録のときか
出なかったときもあったってのは記事にあったんで収録以外のときも出ないときがあったんだと思ってた
あの時はレスラー数も無茶苦茶いたし 全日時代の馬場は子供が見てもギャグだったからなあ
やられてるときの顔も笑顔に見えた >>157
猪木引退の時か馬場が亡くなった時かにそういう記事があった。
馬場自身が『引退(試合かセレモニーを)やるなら後楽園ホール』だと。
親しい関係者にはそう言ってたみたい。
あくまで希望としてだろうけど。
『武道館ではなく後楽園ホール』だと。
ドームで引退興行は全く考えてなかっただろうから。 >>145
本人の発音が正しい、としてしまうもまた混乱するしね。
鶴田は自分についてはジャンボツルタ、と平板な発音しているけど
本人以外からは聞いたことがなくすべてジャにアクセントを付けてるでしょ。
猪木もイにアクセントのあるプロレス内と、平板なイノキ(さん)について本人はどう考えてるんだか。 >>160
ミスターヒトが言うには馬場はプロレスが上手く、表情の作り方も上手かったって言ってたけどな
アメリカだとむしろそういうわかりやすさが受けたんじゃないかね? 馬場は85年の夏にハンセンにPWFとられたあたりが、一つの節目って感じがする。
これ以降タイトルに絡んだのは、ラッシャーと組んで五輪コンビの世界タッグに挑戦、小橋と組んでフットルースのアジアタッグに挑戦、この二試合くらいかな。シングルはPWF取られてから挑戦しなくなった。 馬場小橋はアジアタッグは取らせたかったな〜
馬場が何十年ぶりかにアジアタッグを腰に巻く姿は見たかった >>128
結局翌年にシンが新日にUターンしたけど2年位しか使ってもらえなくて
前橋ドームでベイダーと当たったとき潰されちゃったよね
結局FMWに流れて行ったけど 89年は確かに最強タッグはマンネリ気味だったな
メンバーも固定されちゃったし
87〜88は面白かったけど
やっぱり天龍ハンセンはバラけたほうが良い スパイビーが全日とNWAを両天秤に掛けて干されてたのもこの頃? >>166
でも全日でもシンはもうお役後免なところもあったし、その後、新日で2年使って貰えたならまだ恵まれてるほうかも
あのまま全日残留しても遅かれ早かれシンはロビンソンやマスガラスみたいにお呼びがかからなくなっていたと思う そこは馬場と猪木の考え方の違いや当時の両団体の状況の違いだろう。
全日は80年代前半から中盤には後継者がいた。
しかし新日はこの頃はまだ後継者がいなかった。
また猪木の性格的な部分も。
馬場はいつまでもトップにいたくないとの考え方。
方や猪木はまだまだトップにいたいという考え方。
それまでの全日は馬場がエースでもファンクスやマスカラス、そして真のエースと言われたブッチャー。
その後はハンセンと馬場以上に全面的に出ていた。
新日の場合は猪木一本で猪木こそが新日本プロレスで絶対的エース。
それまでの両団体の状況や方向性の違いもあった。 ホラ吹きヒトの話を定期的に出してるのは同じやつか? >>171
別に悪い例えで出してるわけじゃないんだから構わんだろう
そりゃヒトの話は話半分くらいに聞くのはわかるけど >>168
干されてないんじゃないの? 殺人魚雷もwcw上がってたし
知らぬ間にWWE行っちゃったけど、ほとんど情報無かった >>170
テレビ局にポジションを降ろされたのが馬場で、支えられたのが猪木。
本人等の意向など大した意味はない。
煽りじゃなく質問だが全日の80年代の後継者って誰だ?
鶴田もしくは天龍に表向きは見えても、裏では鶴田はB型肝炎、天龍は龍原砲をもって
新日に上がることを表明している。
猪木の代わりなどは、個で努める者はそうそういまい。
その対策が複数スター性だろ。猪木が100なら5人で割れば20でよい。
結果21世紀の平成が終わる今でも、昭和全日を語る上で馬場鶴田天龍のみ。
石川や原すら上らない状態に対し、新日は5ちゃんで健吾ですら語られる状況なのである。
ジョージも同様。レスラースレッドはレスラーで一番重要なキャラクターの裏返し。
藤波長州で最低限世代交代の格好を付けた新日に対し、鶴田天龍の2世代目が揃って欠けて世代を飛ばして
三沢等3世代目になったのも、全日崩壊の原因かも。父親抜きに爺ちゃんと孫ってもんは上手くいかないものだ。
こう書けば新日ヲタ去れと騒ぐのだろうか?ww別に新日ヲタでもないのにw
私が好きなのは事実と、そこから読める若干のファンタジーのみである。
実態なきファンタジーがつくるファンタジーの連鎖が嫌いなだけだ。 長文の人はしばらく我慢してたらいなくなってくれるの? そういや自分と同世代(40代)の新日オタは全日やら馬場、鶴田に対してこんな「劣等感」なんて一切持ってなかったな。
こういう病的な劣等感持ってるのはたいてい上の世代、そろそろ還暦迎えそうなアゴオタな。
老人だから執拗で頑固。自分の見たいものだけ見て「事実」と言い張り、それ以外は「ファンタジー」。
一生懸命知的に振る舞おうとしてるけど、根本が手前勝手な妄想だから本当に痛々しい。 >>173
スパイビーはWCWから誘われてるとブラフをかましてギャラアップの交渉をしたけど馬場は下手な駆け引きが嫌いだから干された
ゴディウイリアムスはトーナメントに全日本代表と名乗って法被着てたし馬場もタイガーマスクや高木を連れて行ってた頃だから 当時の新日ファンの感覚では
豊富にいろんな外人を呼べるところには羨ましさを感じても
馬場や鶴田、大仁田、三沢タイガーの日々やってるプロレス自体には
羨ましさを感じることもなく
劣等感なんか全く持ってなかったんじゃないかな
天龍だけは少し違ってくるけど >>175
だったらあんたがそういう長文にならないような流れを変えれば良いだろ
他人の文句言う前に自分で話題作って流れ変えてみろよ >>176
適当抜かすな。私は40代だよ。アラフィフだがな。
何に対しのコンプレックス?w
あなたみたいなファクト抜きの妄想だけしか語れないのを
小バカにしている感は与えているかもなとこは少し反省もするけど。 TPGの両国大暴動の時に猪木が出てきてマイクを持って事態を収拾しようとしたが
「バカにするな!何がありがとうだ!」と言う反応でますます暴動が悪化した
あの辺で「新日ファンの猪木離れが本格化した」と書かれてたな
新間が「アントニオ猪木を絶対に引退させない会」なんてのを結成したのもその頃 >>180
図星かw
低学歴の50代爺さんが顔真っ赤にしてオウム返し…。無様だねぇ。 >>181
あの時は猪木も空気読めなくなってきてたんだなって思った
長州→ベイダーに変更はもう変えられないのはわかってるけど、猪木のマイクで逆に火を付けちゃった部分もあるからな
猪木も余計なこと言わなければ良かった
黙々と2試合やればむしろ同情的な反応があったかも知れないし ベイダー戦が短時間過ぎたのが一番の問題だと思うが。
あの重いの相手に長期戦が出来るはずもなかった 長州、ベイダーの2試合とも15分はやらないといけなかったかも 海賊男をやったクロネコが、間違えてマサに手錠かけちゃった時も暴動になったな。
試合後に客席から輪島コールが起こってしまい、猪木が激怒したんだよね。 >>187
スレ違いになるからとりあえず最後
いや、長州戦を普通にやれば良かっただけ
対長州が終わった後にTPGが乱入すれば良かった
きっちり長州戦をやった後ならベイダーに秒殺されても暴動は起きなかったはず
むしろ逆にベイダー売り出しにも繋がるし
TPGも勿体なかったよね
せっかくたけしを引っ張ったんだから利用しない手はないよ
当時のたけしは凄かったし >>189
長州とやってヘトヘトの猪木をフォールしても、ベイダー株は上がらんよ。 まあ、結果的にはベイダーは成功したから結果オーライなんかも知れんけどね >>182
そんなんで楽しいか?
逆に1個も当たってないとこが逆に凄いとは思うよww
実態の無い妄想のし過ぎでしょうなw
A1975年頃・・・レスラー馬場を語る最後
B1980年頃・・・全日の斜陽時代
C1985年頃・・・天龍革命
D1990年頃以降・・・四天王時代であり平成時代である
全日を大きく別ければこうなる。
それらの時代に仮に己が10歳位としよう。
Aの時代ならアラフィフ、Dの時代ならアラフォー。
あんたが40だ若いぜってことを誇りたいのなら、この昭和スレで語る資格が無いことに気付けw
本当はあんたお幾つなんですか?って話しじゃねーかwwwバカタレがww >>164
フィニッシュがラリアットじゃなくてバックドロップだったことで、落日の哀愁を醸し出す演出もあったのかな。 長州と谷津のタッグはなぜ五輪コンビと呼ばれないのかを理解するまで20年くらいかかった。 >>195
本当に起こってしまったらしいよ、当時は輪島が話題だったからだろうけど。 輪島対フレアーで輪島はあと一歩だったな〜って言ってた奴はいたな
フレアー戦術って大したもんだと思った
輪島が本当に押してるように見せてたんだからな
スレたプロレスファンだとお馴染みのフレアーの試合でしかないんだけど、輪島は普段、プロレス見ない人も見ていたからな >>197
輪島コールは嫌味だろうな。
こんな茶番なら輪島のがマシという。
輪島は華々しいデビューしてから一年以上経過しても期待に応えられないので、ファンのみならずマスコミや馬場からもダメ出しされてた。
前田が危機感感じたという天龍の輪島への厳しい攻撃も、当時は耐えた輪島を賞賛するのではなく反撃できないことが非難されてた。
輪島の試合は「モタモタすんな」とか野次が多くなってた。野次られるだけじゃなく嘲笑さえされてたしね。 >>198
例の腰下ろしてコーナーポストに追い詰められて「ノ〜」のポーズで輪島が攻めない時に
若林アナが「じれったい!じれったい!馬場さん、じれったい!」と言っていたなw
ちなみに「ホウキでも名勝負ができる」と言われたフレアーでさえ試合作りに苦労したのは、
マイク・フォン・エリックだったと以前読んだことがあるよ。 輪島のプロレス転向て、昔の新日なら「こんな事だからプロレスは世間から
バカにされるんだ」と攻撃の材料にされてたと思う。で、海賊男みたいな茶番に
対して「お前らだってやってる事は結局同じじゃねーか」みたいなファンの気持ちが
輪島コールになって表れたんじゃないかと。 リロードしてなかったんでちょっと被っちまったなw
>>175
どうだろうな。鶴田スレからこっちに軸足移したようだからなw >>164
馬場はこのPWF取られたシリーズの開幕戦で石川と組んでメインに出場してるんだけど、
これ以来例の東京体育館を除いて開幕戦メインは無い。
開幕戦のメインに出るって大事だよ。
そのシリーズの中心だって事だから。
鶴田は81年頃から5年近く最強タッグを除けばほとんど開幕戦のメインに出てた。
ベルトを失ってからの馬場はシリーズでの具体的テーマがかなり縮小された。 馬場がジャパン軍との対戦を避けたのがメインから外れた理由だね。
シン、木村くらいしか相手がいなくなった。 >>175
スルーしてれば消えるだろうが、また違う題材で絡んでくるに違いないw >>205
噛み付く相手違うんじゃねーか?
アラフィフ爺さん引っ込めとしたらこのスレの住民誰もおらんようになるわw
書いた本人も含めてなw >>196
81年のMSGタッグに出たときは五輪コンビと呼ばれてた。 輪島対シンも動画で挙がっていて、シンが客にわからないようにここ蹴れって合図してたり
当時はわからなかったけど、今見るとデビュー戦ってことを差し引いても確かにしょっぱい試合なんだよな
輪島対シンも良かったのは初戦だけだったし >>204
自分の印象では逆だな
ジャパンとの対戦を避けながらも、大会場のメインはしっかり押さえてる感じ
シンや木村しか相手がいないというのは同意だけど
そのシンや木村、あとハンセンとで、東京体育館、武道館、福岡でメインを務めてる
確かに1985年限りだけど、1984年までは一度は鶴龍にメインを移行した感があったのに、
ジャパン軍が来てから一年限定でメインに再び返り咲いた印象 >>208
輪島のデビュー戦は相撲の仕切り取ってツッパリ!ツッパリ!でシンをコーナーに追い詰めたり相撲的な動きで間がめちゃくちゃでわけわからんけど面白いっちゃ面白い試合だったw
シンも輪島のもっさりな間の塩ぶりに「??」って感じでかなり困惑してるしw しょっぱいで言えば動画にあるケリー対M井上も酷い
勿論、井上じゃなくてケリーがだけど
ケリーってあんなにしょっぱかったんだな
よくあのレベルでNWA獲れたもんだ
ケリーにダメ出しする馬場の解説が何気にシュートw >>199
なんか輪島はもたついてるだけなのに受けの凄さとか変に評価されてるキライがある
勿論、打たれ強いのまでは否定しないけど パーマを掛けた貴乃花が輪島ソックリでますます親子説に信憑性が出てきた 先代貴乃花は輪島と夫人と友達みたいになったから信憑性はあるかも?
輪島は会うたび彼女が違ったと夫人が語ってるようだね。 父親が輪島かもしれない
それをはっきり確かめる為に母親にDNA鑑定頼むも蹴散らされますます疑心暗鬼に…
今の貴ノ花の肩持つつもりはないが
そんな事があったら貴ノ花も人間不信になるわな…(´・ω・`) 対戦相手から一瞬も目を離さない輪島の表情は真剣勝負そのもの
キレイに受け身を取らずガクガクッと崩れるのもリアルだった
長州のレスリングで横綱輪島倒せたか知りたいんだよ >>218
プロレスだからそういう展開は期待しないほうが良い >>219
最初に好きになった技が天龍チョップの俺は
プロレスで出身格闘技の技術リアルに使うのが一番興奮すんだよ
五輪レスラー長州のタックルで横綱輪島をテイクダウンできたか見たかった
球技だけど馬場の脳天唐竹割と椰子の実割は野球の投球フォーム
鶴田のジャンピングニーパットはバスケットボールのシュートだよね 天龍チョップって、相手の胸をぺちぺち叩きながらコーナーに詰めるだけの技だが、
そんなのが好きだったのか? 天龍チョップと言えば俳優の尾美としのりが天龍ファンで天龍チョップを受けるって企画があったな
尾美も胸部にプロテクトして受けたんだけど、確かに天龍チョップそのものは衝撃音もあり迫力はあったんだけど、尾美はよろめいた程度で全部、受け切ってしまい何とも締まらない感じだったな
天龍も何発もチョップ入れてたんだけど尾美は受け止めちゃったのでちょっと困惑していたな
ひょっとしたら尾美もかなり痛かったんだけど我慢したのかも知れないが、素人に技をかけるってのはリスキーだな、って思った
中にはなんだ天龍チョップなんて大したことないな、なんて思っちゃうかも知れないしね >>223
やられる素人の方は空気読まないといけないよなあ。
ちなみに今話題になってる天龍チョップはそっちじゃないけどね。 昔、上田馬之助がタモリだと思ったけどヘッドロックかけてタモリが凄く痛がっていたけど上田のやり方が正解なんだよね
上田は痛いやり方でタモリを絞めていてタモリも瞬時に痛いと音を上げたからな
タモリは痛くないやり方でも空気読むかも知れないが、そこは素人だし上田はホントに痛くヘッドロックかけたんだろうな〜 いわゆる相撲のツッパリだけど、晩年の天龍は自らが走れないからあれはできなかったろうな。 >>225
ダチョウはよく旧全日の年末忘年会スペに登場したな。
そんで技を受け(させられ)る企画。
三沢が上島にフェイスロック掛けたら上島はガチで痛がり。
その直後に十八番の『訴えてやるぅ!』
肥後もタイガードライバー食らった。
もちろんフカフカのマットに。
猛烈に痛がった直後に『コ、コイツはトップの器じゃない!』と。
そこにいた志村も小橋のチョップを受けて悶絶。
例え手加減で痛くなくてもこうでなくっちゃ。 佐々木健介がお笑い芸人をほんの一秒足らずヘッドロック締めただけで
膝から崩れ落ちて失神したのにビックリした
ジャンボに軽く胸叩かれたらむち打ち症になったの南原清隆だっけ
リングに上がったWAR武井社長をチョップ一発で叩き落した天龍は
ハッスルでもハードゲイを同じ目にあわせるべきだったよ >>228
ハードゲイはそこそこ鍛えてるし、背も高い 松永アナウンサーがロープワークしたらアバラを骨折したよな。
これだけでプロレスラーが強靭な肉体をしているかが伝わる。 >>223
南原清隆が天龍チョップを食らったときは、川原だったか?
もう走り回って 痛がってたな >>231
プロテクトの関係もあるかも知れない
尾美はプロテクトしていたから
天龍も特に遠慮していた打ち方じゃなく、結構、思い切りやってたから尾美が痩せ我慢していた可能性はある 鶴田祐士@YujiTsuruta
ジャンボ鶴田とウッチャンナンチャン。
Jumbo Tsuruta and Ucchyan Nannchyan (Japanese Comedians)
#プロレス #Puroresu #ジャンボ鶴田 #ウッチャンナンチャン
南原さん、この時鞭打ちになったらしい・・・。
https://twitter.com/yujitsuruta/status/908620386899656705 笑っていいともの芸能人が夢を叶えるみたいなコーナーで、TOKIOの山口が三沢のエルボーを受けたいって企画では山口はヘッドギアしてたけど綺麗に鈍い音が響いて吹っ飛んでた ボブ・バックランドは素人の力自慢を極めるデモンストレーションマッチの常連で
極める時は必ずシュート仕様のヘッドロックを使っていた
基本技のヘッドロックで悲鳴をあげさせることで「プロレスラーは凄い」と見せつける為だったとか ノア旗揚げ前だったか? プヲタの亭主をこらしめるみたいな企画で
三沢の弱エルボー一発で鈍い音がして、DVされてる嫁が大はしゃぎがあったよね? >>235
上田馬之助のタモリにかけたヘッドロックもシュート仕様だったな
掛けた瞬間、悲鳴をあげたし
関係ないけど昔、秋山が志賀に掛けたヘッドロックもシュート仕様だったのかな? >>165
馬場が持ってた時代のアジアタッグはまだトロフィーであり馬場はトロフィーとしての最後の王者
ベルトになったのはインタータッグ獲得後の二番手王座になってからで小橋との挑戦はそうなってからの最初にして唯一の挑戦
そういえばちょうど今日はその馬場の追悼興行でハヤブサ・人生が奪取の日 バラエ番組企画ではないが。
シンも記者やファンにある程度の力で攻撃してたな。
特に自分を攻撃してきた相手(主に物を投げた相手)は容赦なく制裁を。
『レスラー舐めんなオラーエーー』←蝶野口調
シンもそういう気持ちで。
レスラーの怖さを見せ付ける為に。 スーパージョッキーのガンバルマンで小橋にボストンクラブかけたラッシャー板前が、跳ね返されてシャチホコ状態になったときは笑った。
それ以上に解説席にいたラッシャー木村がその様子見て涙流して笑ってたのが面白かったw 全くのスレチだけど、6年前にドラゴンゲートが「KING OF チョップ」というチョップのトーナメント大会を年に何回か開催してた
当然ガチで打ち合うため、優勝したレスラーでも胸は紫色にみみず腫
大型揃いの昭和のレスラーなら、もっと迫力出てただろうなw >>225
たしか上田が痛がってるタモリに対し、「ほら、こうやるとアナタは逃げようとするでしょ?逃げようとすればするほど締まって痛くなるんですよ」と言ってたよね。
変に凄んだりしないところが妙に説得力があった。 >>211
ケリーといえば誰よりもアイ・オブ・ザ・タイガーが似合っていた印象 >>231
別のタレント(誰だったかは忘れた)と天龍がチョップ合戦やった時は
天龍が明らかに喉元の辺りにチョップ入れてるんだよな。
「そりゃダメだろ?」と見てて思ったけど、もしかしたらこの時の経験が
あったからなんかな。「また胸板に打って受けきられたりしたらかなわん」と。 アンカーミス。>>223宛だったんだけど、>>231でもまぁ通じるかw 天龍って実は腰の入ったチョップを速射砲のように打てるんだね
一瞬で蝶野に四発ぶちこんで実況の辻が早い早いと驚いてた 唐突だけど、S54年頃のプロレス雑誌に天龍の将来性を買うファンの投書が
掲載された事があったな。「どうだろうなぁ」と思ったけど、今考えると実に見る目が
あったと感心するw その年の特筆は高千穂と組んでのアジアタッグ挑戦くらいか >>247
80年代初頭にいしかわじゅんも豆本の「プロレス大好き」で
何で天龍を推すのか解らんって書いてたけど後に天龍信者になったね。 くすぶっていた頃の天龍について
「天龍は一つ一つの技を大事にしているので伸びる」と
言っていたのがハーリー・レイスだったそうだ 確かオールスター戦にも出てないしね。最強タッグはどうだったろ。
天龍が「現在のライバルは新日の長州選手」と発言したのに対して
「自分を過大評価し過ぎ」みたいな投書があって、それに対する反論みたいな
形であったんよ。「ストロングスタイル(懐かしい言葉だw)に向いた体型をしてるし、
自ら3度目の海外修行に赴くなど、意欲も十分」てな内容だったと思う。 >>249
その本は俺も昔読んだけど、そう書いてたかどうかは覚えてないw もしオールスターに出て居たら羽田の替わりに坂口戦とかあったかね?
それとも無難に混成タッグの中に入れられちゃうかな >>252
マンガ図書館Zで無料で読めるけど当時はあまり評価されてないね >>253
あり得ないだろ、羽田はまだ元同門だけど天龍とはまったく接点すらないし。 キャリア的にも格的にも、当時の天龍と坂口のシングルてのはまぁないかな。 しかしもう少し世代やキャリアが近ければ、元柔道日本一vs大相撲の幕内てんで
話題は呼んだかもね。 羽田も試合の当日朝まで酒飲んでリングに上がるとか
そんなにビビってたのかね? 過去スレでも話題に出てたけど、日プロ時代の遺恨?もあって
「仕掛けてくるんじゃないか」とビクビクしてたって話だけどね。
後日それを聞いた坂口は呆れてたらしいけど。 羽田は死ぬ直に意識が無かったのに突然目を覚まして
腹が減ったと柿とか菓子とかをむさぼり喰って満足したら
また意識が無くなってそのまま亡くなったとか
糖尿の合併症だったってね、引退後も生活費は馬場の
ポケットマネーから貰っていたとか >>257
いや、謳い文句としてそういうこと言う人はいたかもしれないけど
あの時代の坂口は既に一般的には
猪木との黄金コンビや新日の準エースで知られた
プロレスラー「世界の荒鷲 坂口征二」だから
今更特別な話題にはならんよ
当時ならもちろん天龍には幕内云々言う人いただろうけど
それは裏返せばその頃の天龍がプロレス界ではまだ何も為してないからでしかない >>253
多分中盤の6人タッグの中に組み込まれて、
あぶれた永源がバトル行き。 マスカラス鶴田藤波の相手じゃない?あぶれた高千穂がバトル >>262
これはたぶんそうだろうね。勝ち役組が天龍&木村健&阿修羅で、
負け役組に佐藤が回って佐藤&藤原&寺西組で、永源がバトルロイヤルに回る。
でもこの組み合わせでも、阿修羅が寺西をフォールする結末は変わらない。 既出だが阿修羅は当初、鶴田、藤波と次世代トリオで出場する予定だった
ただ阿修羅と鶴田、藤波は一緒にするのを反対されてマスカラスになったそうな
そういう経緯があるから、もし天龍が出たら全体的にカードはガラッと変わった可能性もある
メインは一緒だろうけど
あと関係ないけど漫画プロレス・スターウォーズの日本側のカードは82,3年あたりに企画された第二回オールスター戦の予定カードだったのかね?
妙に現実的なカードだし
東スポの桜井氏もあの漫画関わってたし
しかし漫画とは言え日本人だけだとやはり魅力に乏しい印象だった
あれなら外人サイドのほうが断然、面白そうなカードが揃ってたからな >>251
その時期に天龍は海外だったからね。
日本にいたら出てただろ。
ひょっとしたら長州と組んだカードだったかも。
そんで相手も変わり。
相手が極道だと全日3、新日1になっちゃう。
それか長州、浜口×天龍、木村健吾あたりか?
それか長州、天龍×浜口、木村健吾。
>>260
それが実話なら羽田はいい亡くなり方だね。
ちなみに子供の頃は羽田をロッキー“はねだ”と読んでいた。 >>256
1984年?の武道館のセミ前で坂口vs天龍 実現してるよねwww
セミは鶴田 原vs藤波 前田
メインは馬場vs猪木
セミは藤波がドラゴンスープレックスで原をフォール
メインは猪木のジャーマンが崩れて両者ダブルフォールの引き分けだったけど
セミ前の試合結果だけは不明なんだよなwww
因みに同日に行われた蔵前の興行は
メイン→レイスvsハンセン ハンセンがラリアットでレイスをフォールしてNWA王座獲得
セミ→アンドレvsブロディ 両リン
セミ前→ホーガン バックランドvsドリー スヌーカー 、ドリーのボイコットで試合中止でカード変更
変更カード→ホーガン バックランドvsスヌーカ ブロディ 両リン この日ブロディは2試合出場 >>265
あの興行は長州 M斎藤 浜口 谷津 小林 カーン
戸口 カブキ R木村 初代タイガーらが出てなかったよねwww
このメンバーで数人でも出てたら面白いカード編成も出来たのでは? 対抗戦的なオールスター戦だとどうしても政治が絡むからイマイチ面白味はなくなるね
例えば鶴田藤波ならシングルは無理だろうから漫画のプロレス・スターウォーズ的なカードになっちゃうしね
あとタイガー大仁田ならタイガー、浜田対大仁田、ウルトラセブンとかね
そういうカード組むなら、マスカラス、タイガー、大仁田対カネック、キッド、チャボなんかのほうが見たいと思うし
オールスター戦はやっぱり一夜限りの夢でお祭りとしてやって欲しい オールスター戦の坂口対羽田戦って唐突に決まったんじゃなかったっけ
当初は坂口対草津だったけど草津が拒否したとかで
他に見合う大型レスラーがいなかったから羽田になったと >>270
考えてみたら坂口の扱いが一番難しそうだな。 しかし今はもうオールスター戦自体が成り立たなくなってしまったな
ATのときも無理矢理な感はあったけど、あのときがギリギリ成立していた時代かな? >>271
坂口×木村で良かったんだよ
あの頃の坂口と木村ならBIまではいかないけどそれに次ぐ格のパワーファイターの実力者同士
両リンや不透明決着でもどっちの格も傷付かない
木村が既に落ち目だった小林と因縁対決とかいって対戦ってのが無理があった
まあこれも国際冷遇っていうか国際側もこんなカード飲むなよっていう まあ、鶴田対坂口で両リンもありかも知れないが
天龍と坂口ならなんとなくだけど、坂口の勝ちは変わらないが、リングアウト勝ちとかで配慮する気もする >>270
たとえ負けでも草津には坂口にドロップキックを見舞ってほしかったな
いくらそっくりでもおまえにこれが出来るかって
それだけで十分だった気もする >>251
最強タッグには出ていない
比較的最近のGスピリッツのインタビューでもカブキがあの年の最強タッグに天龍と出たかったと言ってたが 82、3年に企画されたオールスター戦はすでにBI対決は消滅していたから、メインはまたBIコンビ再結成だったのかね?
相手ならハンセン、ホーガン組かな?
それともBIは崩して馬場坂口組とか猪木ならファンクスあたりと試合とかだったのかね? 馬場猪木は出場しないという前提だったよ。
鶴田対藤波
タイガー対大仁田
が目玉。 それだと鶴田とタイガーがそれぞれ勝って星のバランスを取ったのかな?
当時の新日はナンバー2は坂口だから藤波が負けてもそれほど打撃は少ないだろうし
まあシングルじゃなくて共にタッグの可能性は高いけどね
タイガーは星野か浜田あたりをパートナーで大仁田はセブンか井上あたりで >>279
シングルか?と期待させといてタッグ対決でお茶を濁すと思う
すでにプロレスの仕組みが知れ渡った近年のATですら各団体に配慮しまくってカードに四苦八苦していたのが実情だし
当時もシングルはほぼ期待出来ないと
思う ロッキー羽田は対抗戦要員って感じもしないが
大熊みたいにジャパン勢相手に底力見せた場面あったのかな >>282
大木と言えば坂口とのシングルはあれは完全なプロレスだよね
川田対秋山的なプロレス内ガチすらなく、いわゆる喧嘩マッチを装ったプロレス >>281
メーンでの入場順とコール順なんか典型だよな
入場はキャリアで一番長い棚橋だがコールは三冠王者の諏訪魔が最後って >>285
だから鶴田と藤波、佐山タイガーと大仁田のシングルはとても考えられない
当時はプロレスは真剣勝負と信じる人は多かったし、負けたときのリスクは今とは比較にならないくらい大きい
タッグ対決とて簡単に交渉は上手く進まない可能性もある >>286
そのリスクを解消するにはオールスターは毎年恒例にしなきゃね
そこで星の返し合いで調節するしかない、1大会の中でバランスとるなんて苦しいよ、やはり。
それでも当時の両団体の仲を考えると、どこかで険悪になって翌年開催も不可能なんてケースも考慮しなければいけない
それを思うと必然的に将来の返しよりも、目先の勝ちを誰もが求めるだろうし…難しいねえ >>287
でもオールスター戦みたいのは五輪みたいに4年に1回くらいでも良いかな?と思う
プロレスはスポーツ寿命が長いし、プロ野球みたいに新陳代謝がある世界じゃないから毎年1回だと同じ顔ぶれになっちゃいそいだし
オールスター戦って一種の麻薬みたいなもんだからそれが当たり前になると反動が怖い
同じ入場料金ならスター勢揃いのオールスター戦だけ見れば良いやってことになりかねないしね 連レスごめん
あと、星のバランスというのは単に勝った方のメリットや、負けた方のデメリットだけでは済まないからね
例えば前出の「鶴田藤波大仁田佐山」という狭い範囲のバランスだけでも
鶴田が藤波に勝てば、佐山は大仁田に勝つというバランスだとすると
間接的に藤波は佐山に恩を売り、大仁田は鶴田に恩を売る形になる
まあ恩というと大げさな表現になるが、要はオールスターを終えた後も団体内の微妙な人間関係に影響を与える可能性もあるって事を言いたかった。
よくあるよね、「あの試合で花を持たせてやったのに、あの態度はなんだ!」とかいうレスラー同士の諍いみたいなのが
まあ前出の四人は基本的には人は良さそうだから、あくまで例えなんだけど… >>288
なるほどねえ、確かにオレも年一度なら通常シリーズは見に行かないかも
せいぜい最強タッグ決勝くらいで、年間観戦数はガクンと減るだろうな
そいうえばプロ野球もオールスターのスタメンはすげえ苦慮してそうだよねえ
各チームの四番バッターが何人もいたり
盗塁バリバリの1番打者が何人もいたり
誰を四番にするか、誰を1番にするか、リーグで各キャラが六人もいるからねえ Uインター、WAR、ノアと対抗戦頼みで結果、ダメになった団体は多い(一時の全日も含む)
一時の金にはなるけど長い目でみたらプラスになることはない
結局、プラスになるのは大きい団体だけ(現在なら新日だけ) >>291
馬場が対抗戦に消極的なのはそれが理由だったな。
女子プロがドツボにハマったことで証明されたというのに男団体までも・・・ >>291
一時の全日がどの時期の事かはわからんけど
ノアが抜けて「川田淵ケア」だけになった全日の生存力は凄かったと思うよ
新日との対抗戦が終わったら吸収されるか、元子夫人のケジメで畳んで終わりと誰もが思ってた
ところが逆に「武藤小島カシン」を取り込んでしまった、あれはハンセン移籍なみのサプライズ逆転劇だったと思う >>278>>288
アイドルレスラーオールスター戦とか、結構空想した事あったなぁ。
鶴田、ファンクス、マスカラス兄弟、ディッキー、リッキー(スティンボート)
藤波、木村健吾、バックランド、ローデス、チャボ、ソリタリオ、阿修羅原
ミレ・ツルノ、スパイク・ヒューバー、マッハ隼人、オルソノスキー
と言った、若くイキが良くて人気のありそうな外人、日本人レスラーを集めた、所謂ヤングオールスター戦
みたいなやつ。BI対決、BI参加のオールスターが無理なら、これだったら・・・とか真剣に考えてたなあ笑 天龍vs坂口
82年まで→坂口のフォール勝ち
83年→坂口のリングアウト勝ち
84年85年→両リン引き分け
86年→天龍のリングアウト勝ち
87年以降→天龍のフォール勝ち
もし実現してたらこんな感じの星取りになるのかな? >>277
初回オールスター戦で猪木のフライング発言。
しかもアドリブなし。
あの一言が後々のオールスター戦が実現しなかった原因。
そんな記事があった。
リング上からあんな事を言われたら馬場も受諾(したフリを)しなければならない。
そうなれば次は本当に二人の対決しかない。
二人が対決しないオールスター戦はファンに嘘を言った事になる。
でも馬場×猪木はできない。
それが尾を引いてオールスター戦は行えなかったらしい。
※それを都合よくやらない理由にしていた部分もあったとは思うが。
逆にまたBIで組む事も不可能になった。
猪木がフライング発言しなければ対決は無理でもBI第二戦は実現できた可能性もあった。
BI抜きのオールスター戦も82年に企画された。
しかしやっぱり当時はまだ馬場、猪木が日本マットの中心。
その二人抜きもできなかった。
その記事には『猪木のフライング発言が全ての夢を壊した』と。 でもこれも何度もループしてる話で申し訳ないけど
猪木のフライング発言がきっかけになって
裏でテレ朝の栗山氏との交渉や三浦氏の太鼓判があって、馬場-猪木が実現寸前までいったんでしょ?
馬場も一億円のファイトマネーと引き換えに引退?して
さらに全日所属のレスラー達の受け入れまでの約束と保証を確認してたとか云々…て。 >>298
異論は認めるが、自分はそういう交渉をした馬場は自分勝手だと思う >>299
自分も異論は認める、ていうか想像でしかないけど
馬場は全日に関しては受身というか、日テレに背中を押されて渋々立ち上げたという思いじゃなかったのかな?
だから被害者とはいかないまでも、良い引き際を定めようとした、それに時期もゴールデン陥落の前後でしょ?
猪木と違って慎重だし、先の見通しも悪い意味で読んだのではないかな?もっといえば自信がなくなったというか。
でもいくら全日選手の扱いの保証を得ても、そんなのどんな扱いを受けるかなんてわからんからねえ…
自分は猪木を信用しきれないけど、自分の所属は「受け入れてもらえる約束をしたから安心して引退できる」っていうのも矛盾してるしね。 >>298
その話は死人に口なしだから眉唾くさいけど >>298
その話は眉唾だと思う
実現率5%以下だったものを実現率80%みたいな感じで
言っているだけなんじゃないか
馬場は猪木を全く信用していなかった
新日へのレスラーの貸し出しすら坂口が社長になって
ようやくやりだした位だからな
猪木絡みのそんな話に乗るとは思えん 猪木の方がBI砲復活に意義なんか感じてなかったんだろう
馬場と絡むなら対戦する以外にない >>293
三沢たちの大量離脱と、猪木の愚かさによる新日ゴタゴタは全く無関係だからね
武藤が猪木の言いなりなコンニャク藤波に嫌気が差していた所に
元子が接近したのだとしたら悪運が強いとしか言い様が無い プロレス・スターウォーズのBI対決の猪木のジャーマンが実はダブルフォールで引き分けってブックはホントにそういう案もあったんじゃないか?って思ったけどな
型の上では引き分けだけど、一見、猪木が勝ったように見えるし勝ちブックにこだわった猪木に配慮した結末に感じるし
まあ、馬場にしても見た目的には猪木には華を持たす格好にはなるが戦績の上では引き分けだから傷は付かないし 馬場はアンドレと組んでの世界タッグで、ゴディにマウント取ってチョップしてるんだよな
あれはアトキンス仕込みだったのかな? オールスターメイン終了後
猪木「馬場さん次は対決だ!」
馬場「よし!やろう」
後に嵌められて言われたとボヤく馬場 別にあの試合後の発言なんかにこだわる必要も
そこまでシリアスに考えてるファンもいなかったけどな当時は
あの発言はあの場のノリであって
あの「やろう」を言質にBI対決を煽るのも
あれを突然のアドリブで嵌められたと反論するのも
正直別にそんなことどうでもよくね?
ようはやらないんだなと思ってたわ >>304
本来なら全日本側の不義理になるんだろうが対抗戦の途中でこちらの方が良いだろうとばかりにノアが割り込んできて新日本側も両天秤に掛けるような態度を取った事で正当な報復行為という印象にもなったしな
それにしてもその時の割り込みの尖兵役だったはずの秋山が今では全日本の社長だというのもあまりな皮肉
あと全日本の再出発としてはやはり天龍の復帰を真っ先に持ってきたのが良かった 猪木のアピールも馬場のやろうも深い意味はなく共にリップサービスだと思う >>300
あったとすればむしろ日本テレビを牽制する目的だったような気もする
第二回のオールスター戦にしても当時の猪木側のハイセルの資金調達の必要があったためということもあって新日本の方が立場が弱かったはず
そうなれば当時の藤波の十番勝負としての鶴田戦と鶴田の勝利は十分ありえたかも あのフライング発言がなければオールスター戦第二弾(第三弾)があった可能性が高い。
そんな記事が書いてあったが。
でも実際にはわからんな。
馬場(側)からしたら猪木のあのフライング発言に助けられた部分もあったと思う。
それを理由に『猪木は信用できない』としたわけだし。
それがBI対決を潰した、と大義名分もできた。
まあどんな状況でもBI対決は無理だっただろう。
あのフライング発言には馬場もガチで憤慨はしただろうけど。
でもBI対決をしない、オールスター戦はやらない、との理由付けにもなった。
馬場に取ってはプラスだった。 >>305
実際チャボvs大仁田、フレアーvs鶴田でその結末になったけど消化不良たったからなぁ。BIでそれやってもすごい残尿感覚えそう。 つーか、映像見ても猪木も馬場も何を言ってるのかハッキリ聞き取れないんだよなw
当時の雑誌で猪木が馬場に対戦をアピールしたと出てたから、何となくそういう風にも
見えたけど。 オールスターの後に東スポに企画で野球大会やったのが
最後の交流だったっけ?
新日揃いのユニフォームで来たのに全日は団体ジャージで来て
気を使った新日側がユニフォームの上を脱いで試合をしたという >>315
梶原の「四角いジャングル」では若干馬場の台詞が足されてたね あの場は馬場も猪木もなにも言わない訳には行かないし、マスコミが言うほど猪木も本気じゃなかったし、馬場も嵌められたって気持ちはなかったと思うんだよね ダブルフォールはジャーマン崩れで生じやすいけど、投げられた方が肩を上げて勝つというパターンもあるが、これも政治的なブックという場合もあるし。
レイスが7度目のNWA王座返り咲きになった時なまさにその典型だね。 前田が言ってたたが猪木は球技は苦手と言ってたな
前田自身もドッチボールみたいのは好きだが全般的に球技は好きじゃないって言ってたけどね
馬場とか鶴田みたいに球技が得意ってのは珍しいかも 過去スレでも野球大会の事は話題に出てたけど、ユニフォームは銘々自由と
事前に取り決めがあったのに、新日が揃いのユニフォーム着てきたんで全日側が
態度硬化させて中止になりかけたなんて話があったね。
お遊び?でもこれだから、オールスターの第2弾、第3弾なんてのはやっぱり
無理だったんだろうな。少なくとも馬場猪木がリングに健在な限りは。
一度だけ実現したのが奇跡みたいなもんで。 でも本人たちは別に不仲でもないのに周りがそう思い込んで逆に悪い方向に意識しあうにようになり険悪になるケースもあるからな オールスターの直前の頃には「二人は元々仲がよかったのだ」
なんて猪木のコメントも雑誌に掲載されてたなw >>311
俺もそっち派
馬場の嵌められたも本心では猪木に嵌められたというより
あの場のノリで言ったことをマスコミも
そんなに言質とったみたいに真剣なふりしてファン煽るなよって方が強いと思う NETテレビの参入がなければ、二人はあんなピリピリ関係にならなかっただろうね。 ただ途中で割って入ったNETのちのテレビ朝日が結局一番長くプロレス中継を続けてるっていう。 馬場の著書
たまには俺もエンターテイナーにこう書いてある。
「俺は猪木の担ぐ神輿に乗る気はありませんよ」 オールスターのメインの試合前のセレモニーで
ブレアースが「馬場猪木戦を実現させるべくNWAに働きかける」と宣言
これを受けて猪木がマイクアピールの初めに
「さっきロードブレアースの話したように云々」と話し始めてた
という説があるが
いま貼られてる動画は不鮮明でよくわからんので
確認できない 当時のニュース番組でもダイジェストが流れたけど、そこでもハッキリとは
聞き取れなかったんだよな。猪木のマイクアピールって普段はもう少し
分かりやすいんだけど。馬場に至っては何かコメントしたのかどうかも
ハッキリ分からないw 現在ならまだしもあの時代のレスラー本人名義によるプロレス本の内容で
過去の思い出やマット外の出来事とかならともかく
(当時としては)未だ現在進行形のセンシティブな事柄についての
自伝内の発言を根拠にするのも正直ピュア過ぎると思うよ
「猪木に嵌められて云々…」っていうのも
それまでの「過去の問題をクリアしてから…」ってのに代わる
新たな“お決まり/お約束”の台詞でしかなかったと思う
もちろん馬場本人にもそういう思いもあっただろうけど
どっちかっていうと「これ言っとけばこの話題はそこまで」ってかんじだったんだと思う 最後の部分だと
次に俺達がリングで顔を会わせるとき!
それは戦うときです!
こうだったと思う。
それで続けてこう。
馬場さん、やりましょう!
当時はプロレスはまだ見てなかったが、BI対決は絶対に実現すると信じていた。
こちらも子供だったからそれがどういう事か理解できてなくて。
また絶対に実現不可能という事もわからず。
テリーが引退時にゴングで言ってた。
もしBI対決が実現したら国立競技場で朝4時に試合開始でも超満員間違いなし。
しかし敗者は即引退。敗者の団体の選手は勝者の団体に吸収。
敗者の団体は事実上の消滅。
テリーも日本マットを熟知していたからね。 >>282
大木、上田、ヒロ・マツダはボイコット。 オールスター戦は後追い組でリアルタイム時は知らないけど、BI対決に限らずこの種の対決はガキ時分でもどっか冷めた目で見てたな >>335
そう?
俺もオールスター戦はリアルで見てない後追い組の一人だけど。
俺は馬場×猪木は絶対に実現すると信じていたな。
鶴田×藤波も。
しかし結果的に更に下の世代の三沢×橋本や三沢×武藤すらシングルは実現せず。
タッグで実現したのがせめてもの救いだ。 目の前で、シンを3カウントがほぼ決まる逆さ押さえ込み勝手にやられて馬場が受けるはずがない。
もし馬場猪木が実現したら、猪木は逆十字固めとか本気でやったらタップしかない技で馬場を極めに来ただろう。
強い弱いの話じゃなく猪木はそれほど信用ならない。 >>336
>335さんが言ってるのは、「実現するか否か」みたいな煽りに対してというより
悪い意味での「お祭り感」に対してじゃないかな?
これはプロレスに限らずプロ野球でもそうだけど、真剣勝負から離れてるわけで
オールスターじゃなく、対抗戦なら見てる側も腰が入るんだけどみたいな
違ったらごめん、自分も同じく後追い組だけど、そういう意味で冷めて見てたんで。 新日は三沢対蝶野を時間切れ引き分けにするためにわざわざ公式ルールまで変えちゃったからな
タイトル戦以外のシングルはすべて30分にすると無理矢理にw
まあ平成に入ってからもこんなことやってるくらいだから当時なんか潰しあいの対抗戦なんか土台、無理な話なんだよね >>339
潰し合いの対抗戦なんて、新日vsUインターのように、実施が決定した時点で
勝敗の帰趨か決まってしまうだろうからな。
当日試合をやってどちらが勝つか分かるまで、決着が付かない、なんてのはそうそうありえんだろうし。 >>21
フレアー 来日中止ってよくあったよな
あとロニー・ガービンなんて記憶にも残ってない奴を王者にして、勝ちを下げまくったな >>334
ボイコットは勿体ない。
特に上田なんかいたらカードの幅が広がった。
斎藤 高千穂 戸口
ここが上田 斎藤 戸口となったか、また別のカードか?
確か上田や大木の意に反する事があってのボイコットって記事があった。 1988年頃、ファン投票で夢の対決を決めるって企画があって、そこでハンセンvsブロディ
がほぼ決まってたのにブロディが不幸な事件で亡くって、結局ハンセンvsブッチャーに
なった事があったけど、仮にブロディが健在だったとしても、石橋を叩いても渡らぬ馬場がおいそれとこの全日本の
切り札とも言える「ミラクルゴールデンカード」を実現してたんだろうか?
ここまで書かれてた、新日vs全日の対抗戦に関する書き込みを読むと、対抗戦では無いとは言え
馬場はこのカードを実現しなかったのでは?と言う気にさえなって来る。尤も仮に実現したとしても
結局はリングアウトかノーコンテストだろうから、今思うとやらなくて良かったのかも。
馬場vs猪木も・・・・ 大阪でのブロディVS天龍は両者リングアウトだったが内容がとてもよかったから満足した。
ハンセンVSブロディも内容さえ良ければ結果は何でも満足していたかも・・・ >>342
紅白で当落線上にある際どいところにある歌手なんかは落選発表の前に卒業発言しちゃうケースがあるけど、大木とか上田はそれに近い感じだったんじゃないかね?
ヒロマツダに関してはホントにそういうお祭り騒ぎに背を向けたのだと思うけど、大木や上田は最初からお呼びがかからなかった可能性もある
それならその前の段階で辞退したことにしたほうが格好が付くと思ったんじゃないかね?
上田なんかはシンがブッチャーと組んだ段階で自分はお呼びがかからないとわかってたのかも知れないが ハンセン対ブロディは両者ノックダウンとかにするんじゃないか?
当時は全部じゃないけど、両リンやら反則裁定は消しつつあったし
両者力を出しきっての両者ノックダウンなら客も納得するだろうし オールスター戦が決定して、馬場と猪木が8年ぶりに組む事も決定。
その馬場、猪木の相手をファン投票で決める企画が79年春?にあった。
その時の1位〜30位まで発表された。
そん中で驚く事にハンセンとブロディの名前が全くなかった。
信じられないが事実。
ただ79年春の時点でハンセンはまだ来日3回(全日1回、新日2回)でブロディは来日1回。
ハンセンはこの年のMSGシリーズで大化け。
もしその後にファン投票があればハンセンの名前は入っただろう。
ちなみにこの時点でホーガンはまだ来日してない。
従って当然ホーガンの名前もなし。
この3年後のオールスター戦第二弾の企画。
この時はハンセン、ブロディ、ホーガンが中心に添えられたが。 >>343
ハンセンvsブロディはやったと思うよ、個人的な見解になるけど
それは馬場の性格云々というより、ブロディの事情で
あくまでバーバラ夫人の回想を信じるって前提なんだけど
ブロディはヒザの劣化で、現役をあと数年で終える予定だったらしい
だからブロディ復帰後の、展開が早いぐらいの全日勢とのシングル総当たりとかも合点がいく
綺麗な言い方をすると「体が動くうちにやれる試合は全部やりたい」
ドライな言い方をすると「お客さんを呼べるカードは今のうちにどんどん出し切る」
馬場との間ではそんな感じの交渉はあったんではないかと思ってる
まあ、テリーみたいに一年休んだらコンディションが戻るみたいな事もあるから、その後はどうなるかだけど。 全日復帰後のブロディと龍原砲始めてからの阿修羅のシングルが見たかった。
ブロディは阿修羅を「全日で俺と互角に戦える一人」と評していたし。 >>343
ハンセンvsブロディをやってもハンセン、ブロディvsウォリアーズとかハンセン、天龍vsブロディ、鶴田とか弾はまだまだあったからな
ウイリアムスが移籍してきたらブロディvsウイリアムスとかハンセン、ゴディvsブロディ、ウイリアムスとかハンセン、ブロディvsゴディ、ウイリアムスとか ハンセンvsブロディはブロディのニードロップ決まるもロープ際でなんとか逃れたハンセンが不意打ちラリアットやって両者勢いでリング下に落ちてそのまま両リンとか ブロディがいたらウィリアムスは全日移籍はなかった気はする
一時期の外人トレードもなかったかも知れないが
まあ、ウィリアムスは全日移籍は本人も望んでたっぽいし、結果的にはライバルにも恵まれて正解だったけどね 関係ないけど冬木のガンはやっぱりステ?
体重維持で使用していたとかなんかのレスで読んだけど
凱旋したときの冬木の身体は確かにちょっと不自然だったのは記憶にある >>353
ウィリアムスは全日で光ったね、あれほどハマるとは意外だった
対戦相手的にはキツイとかあっただろうけど、見てる側としたら新日時代の10倍は面白かった
対ソ連軍なんて、ウィリアムスの本領発揮なるかと思ってたら尻すぼみだったし
全日より新日向きのイメージなんだけど、やってみんとわからんもんだね ソ連軍団はロープワークとか覚えてプロレス慣れしたら途端につまらなくなった
ザンギエフなんかは最初からプロレス志向が強かったし皆、方向性がバラバラだったのも上手く行かなかった要因だと思う
最初のハシミコフ対ビガロが一番、面白かった >>347
何が、信じられない、んだ?
当時を知ってる人間なら、
ハンセンブロディの名前がないのは当然の話。 >>343
ハンセン対ブロディを実現させるためのファン投票だろうが。 ハンセン対ブロディなら操作しなくとも普通に投票で一位になるだろうからな >>358
いま考えると不思議に思うだろうが−−−−というニュアンスで言ってるんだよ、きっと。
それくらいで噛みつかない。
ジュニア(階級の意味ではなく)オールスター戦でなら出てきたんじゃないかな。 >>361
馬場猪木組の相手に、
何とオカダも棚橋もランクインしてない!
驚き!
って言ってるようなもんだろ。
そりゃ突っ込ませてもらうわ。 >>361
大体お前もよくわからん。
階級でないジュニアなら…って
とんちんかんなこと言うな。 当時ならBIの相手ならハンセンやらブロディよりは、ファンクスのほうが夢のカードだろう
ただ、ファンクスだと全日色が強くなりすぎちゃうし、馬場が勝つしかないからな
相手は全日&新日の混成コンビにするしかなかったんだろう >>363
そのジュニアってのはニューウェーブって意味だと思うよ
多分
一応、80年代初頭あたりはハンセンやらブロディは次世代を担うホープとか言われてたし 馬場猪木対決のメキシコ版、マスカラスカネックは40年以上決着がついてないばかりか、今に至るまでタッグで対決している。
団体を背負ってるかどうかの違いがあるからなんとも言えないけど、1回も対決しない、ではなくこんなでもよかったのでは? >>367
団体を背負ってるから易々とできなかったんじゃないか。 団体を背負ってなければそれで良いんだけどね
馬場と猪木はそれぞれ団体抱えていた身だから
共にフリーの立場ならやっていたと思う >>361
そうそう、そういう事で。
まあ当時の状況からしたら当然だろうが。
でもこの当時にハンセンやブロディがまだ日本で馴染みが薄い、ってわかる>>359も凄い。
さすがに79年の時点でウォリアーズがいない、ってのはわかるだろうが。
そんな俺もこの当時はまだリアルで見る前だけど。
だからオールスター戦は話でしか知らない。
俺に取ってのオールスター戦は90年の全日参戦のドームだな。
次は95年の新日とUインターの対抗戦。
リアルで見ていた人からしたら本当に“夢”だったってね。 >>360
俺は見たくなかったな。
それより対ウォリアーズが見たかった。 本当のファン投票一位は馬場猪木VSファンクスだったが
全日が3/4は受け入れられないってことで相手がブッチャー、シンになったんだっけか >>372
今にして思うとファンクスのほうが良かった気もする
ブッチャー、シンはその後、再結成したし馬場と猪木もそれぞれUターンしたりなんだりで結構、絡んだしね
猪木とファンクスは結局、独立してからは絡むことはなかったんだよな
もしオールスター戦で試合していたらぞっちのが貴重だったかも知れない >>356
やはり最初に器用貧乏のゴディと組ませたのが大きい ウィリアムはアメリカのUWFでテッド・デビアスと組んでた時は、好試合連発してたから全日向きだと思ったよ >>373
アンドレ、ドリー組も候補になってたね。
個人の顔合わせでいうと馬場対アンドレ、猪木対ドリーが見られるので最高という >>375
デビアス&ウィリアムスはビル・ワットのミッド・サウス(UWF)で85年〜87年の2年間コンビを組んでいた。
これはピッタリちょうど、ハンセン&デビアスが全日本で活動していた時期と同じなんだよな。
デビアスはウィリアムスにはチームリーダーとして、ハンセンにはサポート役として真逆の役割を完璧に果たしていた。
ワットはデビアスにウィリアムスをプロとしての教育するよう依頼。
当時、ウィリアムスは「デビアスは俺のコーチのような男さ」と言っていたな。 俺の記憶だと4位ぐらいにアンドレ・ブッチャー組が入ってたと思う。
ファンクス戦も見てみたかった気もするけど、オールスター戦のメインは
やっぱりブッチャー・シンでよかったんじゃないかと思う。 ブッチャー シン、ファンクス以外
アンドレ ブッチャー
レイス バックランド
鶴田 藤波
坂口 鶴田
シン シーク
藤波 マスカラス
大木 上田
ローデス マードック
記憶が曖昧だけどこういうチームが30位以内の候補あったはず。
でもどう考えても実現不可能なチームも沢山あった。
最初からブッチャー シンかファンクスのどちらかに決まっていまのだろう。
繰り返し79年春だからハンセン ブロディ ホーガンの名前はなし。 >>377 デビアスは、隠れ名勝負メーカーだったな
NWA世界王者になるには、キャラが違ったが、プロレスのセンスはずば抜けてたな
過小評価されてる気がするよ 結局、ブッチャー、シンがそれぞれ逆の団体に移籍してしまったからレア度が落ちてしまった印象
おまけにブッチャー、シンは再結成しちゃうし
レイス、バックランドやローデス、マードックはべつに不可能ではなかったんじゃないかな?
ちょっとマニア向けだから票は集まらないだろうけど
レイス、バックランドもBIともし実現していたら一夜限りの夢の対決になっていたな 驚いたのはミリオンダラーマンだな、デビアスにあんな才能があるとは思わなかった。 オールスター戦の開催が1年後だったら多分ハンセンの名前が入ってた可能性
高かったかもね。新日トップ外人の座を確立して、会場でハンセンコールが
湧き起こったりしてたし。たった1年で随分変わるもんだ。 実際のファンクスが1位だったけど、全日3人に猪木1人になってしまうから操作した順位を発表したって関係者が暴露してたな >>380
デビアスはMSWAでのマードックやドゥガンとの試合では、ハンセン、ブロディもかすむような超ハードなファイトもやってるよね。
全日では、ファンクス一家のベビーフェイス→ハンセンに命じられて裏切ってその弟分、という受動的なキャラ設定に終始したのがもったいない。
本人も日本では本場のようなヒールは期待されてないと割り切ってたのかもしれないけど。 そもそも投票の締切りが7/14で開催が8/26
で、ファンクスの年間招聘週はあらかじめ決まっているうえ、
8/26にはブッチャーは全日でブラックパワーシリーズ参戦中、
しかも8/26にはなぜか夏休みの最終日曜なのに興行が入ってない
そしてシンは翌週開幕のブラディファイトシリーズにそのまま参戦
付け加えると夏休み恒例の仮面貴族とはいえ
マスカラスがよりによって“ブラックパワー”シリーズに参戦という
「奇跡のような 偶然」w
がいくつも重なった結果の8.26オールスターのカード編成 デビアスは本当にたった一つでいいから説得力のある決め技があればなあ あの当時のワットランドはルーキーからベテランまで大型レスラーの巣窟になってたな。 馬場、鶴田対猪木、坂口でよかったとも思う
黄金コンビは当時は実質的には活動してないけど
79年ならかろうじて時間切れ引き分けでも
文句は出ないと思うけどなあ ウィリアムスはゴディと仲が良かったのも全日移籍を希望した理由だったよな それなら馬場猪木対鶴田藤波のが良い
鶴田藤波は負けても傷が付かないし馬場→鶴田、猪木→藤波とどちらでも決着は付けられるしね >>387
オールスター戦がシリーズ中の試合のひとつと見なされ特別ボーナスが出なかったとブッチャーがボヤいたんだっけ? >>393
そんな大舞台で負けさせるわけにはいかん。
次期エースなんだから。 >>396
坂口戦を拒否して相手が羽田に代わった説があるな 馬場がブッチャー、マスカラスが出るのにボボ・ブラジルを出さないのは気の毒だとブラジル参戦も検討されたらしいけど出てたらどういうカードだったんだろう?
ボボ・ブラジルvs大仁田、前田のハンディキャップマッチとかバトルロイヤルか ブラジルがオールスター戦に・・・
ちょっと想像出来ないなぁ
敢えて考えるなら、山本小鉄とのシングルとか?
(第11回ワールドリーグのリベンジマッチ的カードと言う事で) ATでデストロイヤーがバトルロイアル出てなかったっけ?
あんな感じで特別ゲストなら >>398
何故ブラジル?
もう当時はトップ外人ではなかったろうに。 >>396
馬場が草津抜きでとやんわり希望を出したとも言われてるな。 >>383
>オールスター戦の開催が1年後だったら多分ハンセンの名前が入ってた可能性
でもその時なら、ハンセン×鶴田とかがありそう。
後のしょぼい試合群を思い起こすと……だ。
>>398
ブラジルの格を考えたら馬場が「出さないと失礼」と思うのは当然だろう。
>>400の言うようにすごく風格のあるゲスト花束プレゼンターとかがいいんだけど。
そこでプレゼントせずに食ってしまう、と。 >>402
馬場はS小林は評価していて全日入団も視野に入れていたそうだが、草津のことは評価してなかったのか
国プロ内でも草津は嫌われていたからな
酒癖も悪かったそうだし >>393
確か鶴田・藤波はファン投票の三位だったか
当時の鶴田は既に馬場と引き分けの格だったから猪木が藤波をジャーマンあたりでフォールしてそう
その年のMSGシリーズの不戦敗からの引きもあるしで
>>401
ブラジルはオールスター戦の二日前にコロンと極道コンビのアジアタッグに挑戦してるんだよな
そしてオールスター後のブッチャーとのインタータッグ挑戦試合が日本ラストマッチに 当時のブラジルって今だとブッチャーがバトルロイヤルに出るようなもんじゃないかな?
レジェンド枠みたいな感じで 国際本の大位山のインタビューで全日本国際の野外で行われた交流戦で雪が降ってきたので逆取り(試合順をメインから先に)でやってたら草津がTシャツ着たまま試合に出ようとしたら
馬場「お前ふざけるな!お客さんに失礼だろ!」
と馬場が激怒したとか
草津の馬場猪木との同格発言といい草津は馬場に毛嫌いされても仕方ない
ストロング小林も引退してから知り合いと電話してたらいきなり草津に替わられて
草津「おい、お前今何やってるんだ?」
といきなりお前呼ばわりされてガチャ切りしたらしいし 決定打はまだTBSが付いていた時期の東京体育館での前歩かせ事件だろう
その後の立場逆転後に徹底的なまでの報復を行うわけだが 草津は若手や練習生たちにも飲酒強制とかしごきやいびりも酷かったそうだしな
人望もなかったようだね
ただ森達也のグレート東郷のノンフィクションもので晩年の草津にも取材したけど晩年の草津はさみしがり屋なとこがあってどっか憎めない感じだったなw 草津もシラフの時は人が良かったって証言もある
でも起きてる間は常に酔ってたらしい 倒れる前の田中角栄もそうだがシャイな人間ほど素面だといられなかった感じ
まともに付き合えたのは浜口くらいだったか オープンタッグでの、草津に対する16文キックが凄いよな。
「おまえなんか大嫌いだ!」って言っているような蹴り方w でも草津の息子がプロレスラーになろうか迷ってたら草津がプロレスラーになるなら馬場さんのところがいいってアドバイスしたんだっけ? 服着て試合だと最近のドリーも酷いな
「ドリーは良いの」って向きもあるけどやっぱりあれはダメだと思う >>413
草津みたいなタイプの人は人から自分が嫌われてるなんて考えもしなさそうだから、草津自身は馬場のことは嫌ってなかったのかも知れない >>414
末期の天龍もな
引退試合で脱いできたのはさすがだが アメリカンはアバウトだからドリーはあのまま着替えないで、試合後、平気で飯食いに行きそうだなw
洗濯もめんどくさいから帰りもあのままで飛行機に乗りそう >>406
当時は如何せん「レジェンド扱い」ってのがないんだよね。
テーズやゴッチが生涯現役みたいなマット界がいけなかったんだろうけど。
オールディーズバッドグッディーズだっけ?
あれでこれもありか……ってなった。
あれは認めないわけには行かないターザンの功績だな。 全日初の東京ドームではロイヤルランブル式の最強タッグやって欲しかったな
ファンクス
マスカラス兄弟
フリーバーズ
ブリティッシュブルドッグス
ブッチャー、シーク
ウォリアーズ
ニック、レイス
馬場、鶴田
試合はどうでもいいから入場テーマが鳴るたびに興奮しそう >>420
そういう昭和限定のプロレスゲーム作って欲しいなー
今の時代のレスラーはどうでもええわ プロレスとスーパーロボット大戦は昭和限定を作ってほしいね。 あの時期の馬場は許さなかっただろうけど
照明落ちてカブキ、ケンドーナガサキ組が入場してカブキがヌンチャク振り回して毒霧吹いた後にフリーバードが流れて南部の旗のペイントしたロバーツが旗を持って入場してきたら感動する >>420
ハンセン ブロディ
シン 上田
入れてよ。 >>425
ブロディ死んでるし馬場ドリーハンセンvsアンドレ鶴田ゴディのカード組まれてブチ切れたハンセンをこのメンツに入れられない
ヒールはひと組でいいような 81年最強タッグに参加するゴッチロビンソン組見たかった。どんなブックになるんだか >>425
上田馬之助も、すでに事故後で車椅子になってしまってるから無理だ ファイプロやってるが
全員自分より年上のレスラーしか入れてない
一番若くてライガー
何か自分より年下ってダメなのよね デビアスはミリオンダラーマン時代はセックス依存症だっとか
その生活を反省してリタイア後は牧師になった >>394
マスカラスがそう言って怒ってたとブッチャーが自伝に書いてた。
本人は「プロモーターとはそういうものなのだ」と、妙に大人?の態度だったけど、
本当はブッチャーも文句の一つぐらいは言ったのかもしれんw
>>410
じゃ人が好いのは寝てる時だけって事じゃんw プロレスリングマスターズ
グレート小鹿(75)タイガー戸口(70)百田光雄(69)組が、越中詩郎(59)青柳政司(61)齋藤彰俊(52)の平成維震軍トリオに勝利w >>428
なるほど、現実に即したメンツね。
初ドームの97年ならまだ記載されたメンバーは健在か。
だからゴディ、ウイリアムスはなかったんだ。 ブッチャー&シーク対シン&上田は、両チームの全盛期に実現してほしかったな。
絶対に面白い試合になるという期待が半分、ロクな試合にならないという予想も半分はある。 オールスター戦でブッチャー&シークVSシン&上田やって、BI砲はレイス(ニック)&バックランドとやってほしかった ブロディがドリーの息子ディンク君にニードロップしたのは
ファンクス対上田、バック・ロブレイ組の試合後の乱闘だが、
ロブレイのTシャツ着て試合するスタイルに馬場は文句言わなかったのだろうか?
ブロディとドリーの因縁をダイジェストで紹介した時
黄色いTシャツのロブレイを知らなかったので
ドリーがレフェリーに回転エビ固めかけているかのような錯覚に陥ってしまった >>436
あれは24時間テレビのチャリティTシャツだろ >>436
ロブレイはアメリカでもブッカーやマッチメーカーを兼任していた時期が長かったやり手だから馬場も喧しくは言えなかったんじゃないの?
それにあれはあれでロブレイの小悪党キャラを強調するアクセントになっていたからね 草津のTシャツは寒いからって理由だからロブレイとは違うと思う
寒いから脱がないはプロとしてあるまじき行為
あとロブレイはハンセンと仲悪かったし、ハンセン、ブロディで売り出したい馬場としちゃお荷物と化していたのではないかな? 考えたらブッチャーと上田って日プロ時代は絡んでるけど、上田が
金髪ヒールになってからは当たってないんだよね。 亡くなる2か月前(2013/3/4)のロブレイ。70歳だがもう老衰のように見える。
http://slam.canoe.com/Slam/Wrestling/2013/05/28/robley_sanders.jpg
そう言えば、テリーが昔、ゴング誌で「あいつはBuck(=ドル)だから金にえげつない。」と冗談まじりで言っていたな。 >>399
>ブラジルがオールスター戦に・・・
>敢えて考えるなら、山本小鉄とのシングルとか?
>(第11回ワールドリーグのリベンジマッチ的カードと
それ、もしかしたらゴリラ・モンスーンと
混同していない? 最近だと新日の内藤がTシャツで試合していたな
ずっとじゃなかっなけど試合始まってもしばらくTシャツだった
ストリートファイトマッチみたいなものを醸し出したかったのかな? >>443
Tシャツの宣伝じゃないの?
川田が新Tシャツ発売したとき、
シャツ脱ぐ前にゴングが鳴って、
そのままギブアップ勝ちした試合があったが、
もろ宣伝だろうと思った。 >>441
ロブレイじゃないの 懐かしい
Cカーニバル地方会場で見たな
ロビンソン、スミルノフ、ストンパーと引き分けの厚遇であった 「土人は(スヌーカはネイティブ・ハワイアン)頭が悪くてダメだ」
https://pbs.twimg.com/media/C9ZEFGPVwAAjfRA.jpg
ロブレイはブロディとスヌーカの仲間割れイベントでスヌーカに
平成の今ならば問題発言になりかねない差別発言をしていた
昭和プロレスの大らかな時代だったからこそ許された 「日本の会場は寒すぎる。こんなんで試合できるか。」という理由でTシャツを着たまま試合をしたのが
国際に来た時のビル・ワット
ワットはそれ以前に日プロに来た時も吉村をモンキーと呼んだり
素行が最悪だったので国際への来日以降は全日新日国際の三団体で
「呼んではいけない」レスラーになったそうだ
ハンセンは自伝でワットを「最低のプロモーター」
「ブロディがプロモーターを敵視するようになったのはワットのせいだ」と
ボロクソだった >>449
ワットはWCWのフロント時代の第2回G1の時に来日しているけどね ジョー樋口の本によると、ワットの奥さんから「主人が日本で嫌われるようなことばかりして申し訳ありません。」とお詫びの手紙が届いたそうだ。 ワットがWCWの副社長時代にスタイナーズと殺人魚雷のカードを組んでたりするんだよな 確かベビーとヒールがバックステージでも仲良くするのを禁じたりしてその辺のセンスはキライではなかった >>431
まあ、プロ野球オールスター戦やWBCは間違いなく報酬出てるだろうね。 >>452
見たかったなあ。そのカード。
ゾクゾクする。 負けブックだからかリクスタイナーがすかしまくってて感じ悪いな >>410
草津の素面云々は
リキは酔っ払っていなければ、素晴らしく気のいい人物だ。
ただリキは常に酔っ払っていることが問題だ。
ていう話の焼き直しだろうね。
草津が力動山の逸話の域に行くとは凄いな。
外見では坂口に似て、態度で馬場に肉迫するわでたいしたもんだ。 >>426
このカードでハンセンがブチ切れたって本当なの?
確かこのメンバーの中で試合ができて光栄だみたいな
こと言ってたように思えるし、この当時のゴディや鶴田は
バリバリのトップだったし、馬場もドリーも普通にメインに
出ても試合できたし特にオールドレスラーに囲まれて
ってことでもないし。 >>458
光栄と言ってたのはゴディじゃないかな? >>458
ゴディは「アンドレやドリー、馬場鶴田らレジェンド達と試合ができて光栄だ」と言ってたけどハンセンは現役バリバリにこだわってレジェンド枠に入れられたことが気に入らなかったみたい 鶴田はこの試合の翌月から肝炎で長期欠場してるんだな 全日本最初のドーム大会はある意味昭和全日本体感できる最後のチャンスだったよね。
ファンクス、ブッチャー、マスカラス、参加してほしかったなぁ。
当時インディー選手に門を開放していたけど
過去の外国人にも開放してほしかった。 >>462
馬場は日頃来てくれてるお客さんへの感謝というつもりだったみたいだけど旗揚げからのお客さんで見なくなってた人達の目をもう一度全日本に向けさせるという視点が欲しかったね
レジェンド達の来日費用は日本テレビが持つだろうし >>462
当時みんな馬場と関係悪かったみたいだし。 >>455
ウイリアムスとリックは新日で組んだ事あったな
スタイナーズはIWGPタッグ取った直後の試合だけど、まぁアメリカでの結果だから関係ないか >>455
3:25
あたりにリックがタイガードライバー投げっぱなし
みたいなのやってるな。
あと、直後のフランケンシュタイナーのときの歓声の変化の無さというか
拾えてないというか、海外の放送って、大技のときの大歓声
ワーッ!っていうのが日本と違って全然ないんだよなあ。 >>464
デストは来るだろうし、マスカラス・レイス・テリーあたりは来るのでは?
当時そこまで関係が悪化してたとは思えないり ドリーは衰えてたのに扱いにブーたれてた上に後妻がカメラマン気取りで好き放題やって元子と折り合い悪くて呼ばれなくなったみたい >>465
ゴディとウィリアムスはUWFでタイトルかけて抗争してたこともあるよね。 >>468
この後家、今もリングサイドで空気読まずに立って動画撮影してるよなw
テリーとも仲悪かった? >>467
99年の馬場の追悼ドームに来たのはデスト、キニスキー、サンマルチノで、ファンクス呼ばれなかったじゃん。マスカラスもレイスも、全日本への来日は途絶えてた >>449
ビル・ワットは、父親が太平洋戦争で戦死したから、日本人が嫌いになったんじゃなかったっけ! >>472
レイスは米国に来た馬場に一銭も使わせないという関係なのにね
他人に奢られるのが嫌いな馬場にしては珍しく >>463
レジェンドなんか呼ぶと採算が合わない。
ギャラ下げるわけにもいかんしなあ。
常連外人すら呼ぶのはやめようとしてたんだから、難しかったろうね。 >>473
ワットはオクラホマ州出身か
テネシー州は太平洋戦争で日本軍と戦った人が多くて今も反日感情が強いそうだ。
でも日本では戦後テネシーワルツがヒットして、アメリカへの憧れのひとつとなっていたのは皮肉・・・ レイスは自伝でも馬場には誉め言葉ばかりだし
ラジオ出演でもこんな感じで悪感情は全く無いよ
ttps://npn.co.jp/article/detail/45568469/
今年1月の来日時、ラジオ番組に出演したレイスはその1戦目を振り返って
「馬場は日本のナンバーワンレスラーで、グッドフレンドだからタイトルを
プレゼントしたんだ」と語っている。 >>472
ブッチャーは「ババが亡くなった時、オレとテリーは呼ばれもしなかった。あれだけの関係だったのに」と言っていたな。 全日の第1回東京ドームは満員表記はしなかったんだよな
一応、主催者発表で5万人以上の集客だったけどあの頃は他団体が6万人以上で超満員表記だったせいもあるだろうけど
でも自分もファンクスとかマスカラス、ブッチャーはドームで見たかったし、正直、カード的にはワクワク感はなかったな
ぶっちゃけ言っちゃうと通常の武道館興行をちょっと豪華にした感じだったし >>473
>>476
それで日本人が嫌いのは分かるが、
ハンセンやブロディまでにも悪く言われるのは、
やはりワットの人間性の悪さだな。 >>479
確かにそう思った。
ゲストや立会人でいいからなぜ誰も呼ばないのかと思った。
おまけに唯一非日常が感じられたハンセン・ベイダー組(邪道外道とかは論外)が小橋・エース組に敗れるに至っては。。。 馬場との仲より、今いる人との仲だよな。やっぱり。
呼ばれる呼ばれないって揉めるのってみんなそうだと思う。 ここの詳しい人にぜひ教えていただきたいのですが、ハンセン、ブロディVSシン、上田組は、最強タッグで2回対戦してますが、これはテレビ放送されたんですかね?
もしくは映像で見たことありますか? レスラーに都合の悪い試合はたいていノーTV
新日本時代のハンセン対ホーガンもノーTVだった。 しかし全日もブッチャー対シークとかマスカラス対リッキーとか夢のカードは後楽園なんだよな
後楽園だと盛り上がるからかな?
もうちょい大きな会場でも良いようなカードだと思うけどね 最強タッグとかチャンピオンカーニバルの開幕戦とかも後楽園ホールだったよな
武道館とか蔵前とかでやればよかったのに ハンセン&ゴディ対ブロディ&スヌーカも後楽園ホールだしw オープン選手権の時だって
武道館以外はひどい会場ばっかり オープン選手権はけっこう前から準備したんじゃないのか?
猪木にも門戸を開いたから売り興行としては煽りが高かったはずだが、大風呂敷を広げるのは馬場の性格上できなかったか? 84年最強タッグもあれだけのメンバー集めて
最終戦が文体って・・
東京体育館で何故やらないのか不思議だったな >>447
当たってないんじゃないかな。ほんの数ヶ月しかクロスしてないと思うし。
まぁ俺が知らないだけで、当たってるのかもしれんけど。 >>491
性格は関係ないと思うよ
オープンタッグとかでは大きな会場を揃えてやってるんだから ブッチャー対シーク
マスカラス対リッキー
ドリー対テリー
の三大カードで蔵前でやったほうが良かったんじゃないか? >>483
その両チームが参加したのは83年の一回だけだね。
最終戦前日に当たってるけど多分ノーテレビかな >>485
その二つに関しては後楽園で良かった。
大会場ならブーイングモノですよ 馬場は間違ってもこんな真似はできない。
https://i.imgur.com/FlOXfVw.jpg
このUWFオープニングシリーズを買ったプロモーターは怒り心頭だったに違いない。 ノーテレビでビッグマッチもテレビ収録しない時もこんな好カード組まれるんだ、とファンに思わせるメリットがある >>498
あらほんと?そうすっとブッチャー新日最後のシリーズで、
上田も新日に復帰?してた時期か。せめて数年前に実現してればねぇ。
上田とシークは81年の最強タッグで絡んでるんだっけか。 >>499
でも昭和のそういうノリは自分は嫌いじゃない
例え騙されても嫌な気持ちにはならないし
昭和だとキャノンボールって映画でジャッキー・チェン主役みたいに謳っていたらジャッキー・チェンは脇役でしかなかったけどなんかも笑って済ませたな〜
今なら虚偽だのなんだのうるさい連中が騒ぎ出すんだろうけどね
良くも悪くもおおらかな時代だったよ
あの頃は >>501
ブッチャーvs上田のシングルは地方で二度ほどやってるようだが、
どちらも3分や1分で両リンw >>504
ハッキリ言って二人とも最盛期の輝きは失われてた頃だし、まぁしょうがないかな。
ただブッチャーはその後全日で復活、上田も新日とUWFの抗争時に最後の意地?
みたいのを見せてくれたのはよかったけど。 でも上田は対Uでは、もし前田が仕掛けた時のポリスマン的な役割とか言われていたけどあまりグラウンド技術とかは見せてくれなかったよな
星野なんかのほうが斬り込み隊長的な役割で頑張ってた印象がある
上田は全日でもそうだけど強さは感じなかったな〜 期待された前田とのシングルがいまいちだったのがねぇ。あそこで「おぉ、上田やるじゃん」
てな内容を見せてくれりゃ、その後ももう少し違ったかもしれんけど。まぁ昭和全日じゃないし、
あまり掘り下げようとも思わないけど。 セメントなら誰よりも強いってのも確証のないギミックだもんなあ。 既出だが上田の晩年の出刃包丁もねえ〜
結局、上田って凶器頼みなんだよね
セメントが強いってなら裏技的なサブミッションとか見せてもらいたかったよ 週プロ辺りが盛んに持ち上げたりしてたけど、今考えたらああいうのに
踊らされてた面もあったと思う。当時の自分を振り返ってみても。
今と違って情報源なんて限られてたし、純真?な若者だったからねw >>511
それは上田のシュートが強いって話とか? >>485
テリーVSハンセンも最初の対戦は後楽園だったな。 >>512
そうだね。正式な試合じゃないと思うけど、アメリカでボクサーと対戦した時に
パンチを繰り出してきた腕を捕まえて関節を極めたなんて逸話が紹介されたりしてた。
他にもあったと思うけど、もう細かいところまでは覚えてないw とにかく「昔からシュートの
強さには定評があった」事は強調されてたと思う。 ナガサキがバーリトゥード挑戦の時は週プロはナガサキのプロモーションビデオまで作ってさんざん持ち上げていたな
ターザンがビデオの中のインタビューで喧嘩やらせたらプロレス界ナンバー1と言ったりとか >>511
新日なら藤原荒川、全日なら後年の渕百田
地味な前座が実は隠れたセメントの実力者っていう
自分含めて当時のいかにもマニア好みのギミック
全盛期を過ぎた上田が「実は〜」って路線を一時強調されたのも
(その真偽の問題とは別にしても)言ってみりゃそのハシリだな
タイガーマスクとかマシン軍団とかカブキとかの
一般層をターゲットにしたわかりやすいギミックと違って
レスラーや団体側がそういう裏の事情みたいなのを
公然とギミックとして使いだしたこと自体が
既にこの頃からプロレスってジャンル自体が
マニア向けに自家中毒を起こし始めてたってことなんだろうね >>498
上田とブッチャーのシングル?タッグ?いずれにしても、この時期の上田はヒール陣営だから、ブッチャーと組むならわからんでもないけど、戦うのはちょっと見ものだな。 >>516
あんたが藤原の名前出したんで言うけど、上田と藤原は似た経緯を辿ってるなと
当時の俺なんか思ってたよ。共に若手時代は地味な実力派として一部には評価
されながらも陽の目を見る事はなし。それが後年ガラッとイメチェンしてブレイク。
その裏には「セメントの強さに裏打ちされた確かな実力がある」と。今考えたらどこまで
真実かも定かじゃないような、それこそマスコミが作りあげたギミックに躍らされながら
自分ではそれに気付きもせず、悦に入ってただけなんじゃないかって気もするけどw
gdgdとした長文になってしまってスマン。 まあ、ガチで通用するしないはともかく、それでも藤原はサブッミッション技術はあったし、地味な関節技に脚光を与えた功績はある
上田はそういうわかりやすい強さがなかった
喧嘩に強いって言っても竹刀とかの反則だし、これといった技もなかったし
ただ上田はハンセンとは仲が良いんだよな
ハンセンの親類と一緒にアメリカじゃ共同レストランやってたし
全日のアメリカ遠征でハンセン、上田組が実現したのはウマがあってたからだろうな このスレでも度々話題に出る馬場とハンセンの初シングルでも私服姿の上田が
ハンセンのセコンドについてたね。「途中で乱入するつもりかな」と思ってたら、
結局そんな余地の全くない試合展開で上田の出番もなかったけどw 新日では上田はハンセンのマネージメントみたいなこともやってたからな
ブロディとロブロイの関係に近かったんだろうな
そんなハンセンと上田も結果として疎遠になったのはハンセンが直接、馬場とコンタクト取ることになったからだろうね
新日じゃハンセンは猪木と話したことはほとんどないって言ってたし
交渉は上田に任せていたのかもね 直接トップと話が出来るならそっちの方が話が早くて確かだからな
ウィリアムスが最終的に全日本定着を決意したのもその辺りらしいが >>479
二回目のドームは三沢vsベイダーだったけど
ほんの一月前に名古屋かなんかで、チャンカンで消化済みカードだったな
全日としたら「どの会場だろうと変わらぬ日常感」が売りだったんだろうけど、
名古屋で未決着ならまだしも、三沢のピン勝ちしたカードだしね、新鮮味が全くなかった
もちろん馬場の追悼が事実上のメインなのはわかるけど、あまりに次につながりが無いカードだよな
たまたまかもしれないが、翌年からドームはやらずに分裂いてしまった 当時の全日は四天王プラス秋山のローテーションで武道館回してたんだからある意味、凄いよね 上田は相撲の前は柔道やっててアマレス転向前で
柔道やってたサンダー杉山とも知り合いだったんでしょ? >>502
映画関連だとサスペリアが大ヒットしたら
同じ監督の全く関連性がないサスペリア以前の映画を引っ張り出してきて
サスペリア2として公開したってのがあった
今こんなことをしたら大問題になってるよw >>527
サスペリア2は最近見たが
面白かった。
CG全盛の今、内容で怖がらせる映画はもう無いだろうね。 >>489
武道館は百田家の興行なのでオープン選手権とは別扱い。 0946 お前名無しだろ (ワッチョイ ad09-3uQk) 2018/01/14 00:30:52
他人の幸せさえ素直におめでとうと言えない新日コンプのウリトンポ信者(呆)
ひろわ? @hirowa_0607
正直前回も今回も身内なので然程驚きが無い、世間にも刺さってない感じがする
これが全く接点の無かった(であろうと思われる)方だったら驚きもあっただろうけども
オミクジ? @omikuji1979
今の所全てタイミング良く上塗りして大勝利してるw
あとはやらかしてないだけかどうかだけ
0962 お前名無しだろ (ワッチョイWW 11ea-sUJ4) 2018/01/14 09:06:24
>>961
発狂というよりオカダと人気声優の交際発覚で炎上を期待してウッキウッキしていたけど、祝福ムードであてが外れいつまでもネチネチ粘着しているように見える。特にオミクジ 浅薄なプロレス&芸能業界の尻高薀蓄振りかざしつつアイドルや女子レスラーに疑似恋愛する中高年全日本ヲタ
オカダ&三森ネタで僻み根性丸出しだったコイツラのバレンタイン前後の哀れなツイートは一見んの価値ありwww
https://twitter.com/hirowa_0607
https://twitter.com/ichimatsu_gushi
https://twitter.com/omikuji1979 >>529
全くの推測だが、オープン選手権より力道山追善興行の方が企画的に先行してたんしゃないか。
追善興行にふさわしい面子を集めるうち、どうせならこれでリーグ戦やろうということになった。だから会場はそんなに大きなところをおさえてなかったとかね >>526
ウマノスとスギヤは年も同じで仲も良かった。
しかし既に二人とも故人。
スギヤはウマノス位のサイズがあればなあ。
風貌はウマノス以上の極悪人顔。
正にヒール向き。 >>533
サーキット組むのは会場を押さえるのを含めて少なくとも半年前には決まっていないと間に合わないと思う。
会場のチョイスを見ると75年の年末は通常シリーズの予定だったんだろうね。
開幕戦と最終戦の華やかさのかけらもない会場設定。
それを考えるとオープンタッグは凄いね、気合いが入っていたというか大バクチな会場ラインナップだ。 >>527
昭和全日どころかプロレスとは全く無関係な話で悪いけど、スピルバーグの
デビュー作の「激突!」が好評だったんで、内容は全く関係ないのに2作目が
「続・激突!」になった事があったね。ちょっと違うけど、映画の中で郵便配達なんか
1回も出てこないのに「郵便配達は二度ベルを鳴らす」なんてのもあった。
延々とスレチ話ばかりで申し訳ないけど。 セガールの映画はいまだになんでも「沈黙の…」とつけてるけどな まあそういうのは邦題の世界にはありがち
一時期AC/DCやKISSのアルバムタイトルが
悪魔の〜とか地獄の〜ばかりで
両バンドが合体して「地獄の悪魔」ってアルバムが作られるっていう
皆、納得!の日本限定の有名な笑い話があった >>539
札幌の中島はまだ入ってなかったんだよな
それもあってとにかく中島あっての翌年からの「最強タッグ」の印象 まあ看板に偽りあり、という話なら、レスラーのキャッチコピーも実際と合致しないものもあったし。
「流血怪人」といいながら、、スミルノフって全日行ってから流血したことあったっけ。 >>539
日プロや新日はいつも
オープンタッグ並みに大会場を揃えてる >>545
少なくとも全日本旗上以降の最大の大会場ラッシュは83年の最強タッグだったかも
対抗したかは分からないが同年の新日本のIWGPをも圧倒で >>546
最大の大会場ラッシュは85年の最強タッグでは?
武道館、大阪城、愛知県体、札幌中島、福岡国際、横浜文体、石川産業、広島を使用している。
ただしほとんどの会場が満員マークがついてないのがミソ。 >>531
まあ、ある女子プロレス関係者が断言してたけど、
アイドルとか女子プロレスラーに妄想ガチ恋するのはリアル生活じゃ身の回りでちゃんとした男として相手をする女子がいないからだって
ルックスとかそういう面だろうな
ツイッターにはその辺ちゃんと出るよな
確かに一つの傾向として全日本系ヲタのバレンタインデー前後の書き込みは悲惨だね
オカダに嫉妬して嫌み書くのもお門違いで男としてみ・っ・と・も・な・い >>546
IWGPに比べて札幌がついてるのと福岡の会場が国際センターになってるだけ(IWGPはスポーツセンター)。
観客動員も札幌で不戦勝以外は全敗だった。 >>547
いつから会場を押さえてたのか知らんが
長州人気が思ったより早くピークを過ぎてたからね
ゴールデン昇格効果を計算に入れての事だと思うが
ところが最終戦の武道館の集客率なんて最強タッグ史上で1番悪かったんでは? 武藤が全日本の社長になった時に石川産業展示館に行ったら超満員札止めだった、メインは6人タッグなのに。通常の全日本どころか新日本より沢山入ってて団体移籍の集客力を知ったね。すぐ終わったけど
ジャパンが来たときも最初が凄すぎたから大会場押さえまくったのかも >>551
85年当時の石川県産業展示館には今の3号館や4号館のような大きな展示場はなかった。
80年代〜90年代は今の1号館(当時は3号館と呼称)がよく使われてたが、精々3千人くらいのキャパで、大会場と呼べる
ものではなかった。 そうだっけ?主権者発表では4,5千人だったような、遠征になるから当時は行ってないけど。タイトルマッチとか多かったよね リスマルク対セブンの動画があったんで見たけど、コメントにもあったがセブン塩過ぎだな
リスマルクは動きが良いので勿体なかった >>549
IWGPの大阪は府立で最強タッグは大阪城、
キャパは断然大阪城でしょ?
それでも動員は新日に負けてそうだけどw >>555
>>549は83年での比較。
とはいえ大阪の発表客数は83年新日>83年全日>85年全日だった。 >>555
最強タッグで城ホール使ったことあったっけ?
記憶にないわ。 >>540
「郵便配達は二度ベルを鳴らす」は原作の小説タイトルそのまま。 >>557
ないね。
最強タッグでは大阪府立のみ。 >>557
>>559
あるよ。85年大会で鶴龍vsハンセン&デビアスの公式戦やってる >>560
そうだね、でもこの大会はTV中継されなかったのでは?
名古屋の長州組と馬場組の試合もオンエアされてないし、なんだか歪な大会だった。 全日本プロレス 1985年12月2日(月)大阪城ホール大会
試合開始6時30分 観衆7,100人
@○仲野信市(9分36秒 逆エビ固め)×笹崎伸司
A○栗栖正伸(7分37秒 回転エビ固め)×百田光雄
B○マイティ井上(10分6秒 片エビ固め)×新倉史弘
C○ラッシャー木村 阿修羅原(13分42秒 体固め)大熊元司 ×ハル薗田
D○谷津嘉章 保永昇男(11分48秒 体固め)タイガーマスク ×渕正信
E○ハーリー・レイス(6分45秒 体固め)×剛竜馬
F○ダイナマイト・キッド デイビーボーイ・スミス(11分26秒 逆さ押さえ込み)小林邦昭 ×寺西勇
G○長州力(7分13秒 体固め)×ジェシー・バー
▼公式リーグ戦=30分1本勝負
Hジャイアント馬場 ○ドリー・ファンクJr<3点>(13分8秒 回転エビ固め)ニック・ボックウインクル ×カート・ヘニング<0点>
I△ジャンボ鶴田 天龍源一郎<5点>(13分10秒 両者リングアウト)△スタン・ハンセン テッド・デビアス<4点> >>561
あまり覚えてないけど、武道館放送後の総集編みたいなので放送されたんじゃないかな。以前YouTubeで見たことあるわ。 本当は府立使いたかったが建て替えで仕方なく城ホールにしたんじゃない? 85年と86年は大阪府立体育会館が全面改築工事を実施した影響で
プロレス団体も関西ビッグマッチは大阪城ホールが主軸になってた 城ホールは府立体育より利用料も2倍ぐらい高いし
よっぽどの理由が無い限りは使わんよね >>565
86年の最強タッグは大阪市内は諦めてキャパが大幅に劣る神戸の県立文体でやってたな。 当時の感覚で、大阪市内の会場は府立と城ホール以外にどこがあった?
市立とか区立で使用さるたところはなかった? しばらくこのスレに居つくと思ったのに知ったか嘘つき:7NKd5mxv0=8CiyN0Lxxはもう来ないのか
また相手してやろうと思ったのに来ないなら亀だが突っ込みいれとこう
前スレ933
それはお前がアメリカの都市圏システムを知らないことに言い訳にならんぞ低脳君w
前スレ939
>NWAのその地区のプロモーターには、それが価値あるから買うんだよ
俺が突っ込む前の887では「各地区のローカルテレビ局はドサ回りするNWAを重宝してた 」(キリッ)
などと日本や現在アメリカのようにテレビ局の方で買ってるように書いてたじゃねえか
論旨変えるなよ頭悪い上に姑息なクズw
>それにしても50年代にアメリカにケーブルテレビがあったとは驚きだな
出鱈目のオンパレード
つ鏡
お前にとってはお前の知らんことは出鱈目かよwww
ほらソース
ttps://en.wikipedia.org/wiki/Cable_television
あごめん、英語なんて読めないかw >それからMSG以外、ボストンガーデンやスペクトラム、ナッソーコロシアムの収容人数を知ってるのか?
大会場はボストンとフィラデルフィアって書いてるだろ
もしかして自分で名前出してスペクトラムがどこの会場かも知らんのかw
ナッソーコロシアムはNY都市圏内だから客入って当たり前だろバカw
>NWA系のプロモーターなんて、ドサ回りで最低200人位の場所でも試合組むんだよ
そりゃ ピンからキリまでいる
キリはアラバマとかオレゴンあたりだろうけど
ビンスシニア自身がまさにそのNWAのピンのプロモーターだろアホかw
>ケーブル時代に入ってAWAが深夜枠なんて嘘もはなはだしい
ESPNでゴールデンタイムにやってもダメだったんだよ
ESPNはケーブルだろ池沼w
それは新しく始まったAWAチャンピオンシップレスリング
俺が言ってるのはその前から全米各局の深夜枠向けに販売されてた
シンディケーション番組のAWAオールスターレスリングの話だよボケ 英語読めないのはお前
同じケーブルテレビでも用途が80年代と違うだろ
粘着バカ しかしフミとか流が出鱈目書いてもバレなかった頃ならいざ知らず
当時のアメプロについて充実したサイトがあるこのご時勢によくもまああそこまで
出鱈目ばかり書けるなとある意味感心するよw >>564
組まれていたけど、長州の体調不良で中止になったんだよね。 ESPN やMTV が70年代にあったというバカがいる >>577
誰がそんなことか言ったんだ?
既存の放送の補助中継ではなく独自の番組編成を持った
時には自社製作番組を持つタイプのケーブル局ができたのが
70年代って言ってるんだが?
何々なタイプ=何々全てって脳内変換してんのかこのバカw
横合いから出てきたバカかと思ったらこのバカッぷりは本人かなw ボクシングのWBA とプロレスのNWA の違いを言ってみな
1+1が田んぼの田と信じてるお前にはわからないだろうw つかそもそもWBAがどんな組織なのか知らんから比較のしようがないな
NWAと同じ単なるプロモーター組合なのかそれよりもっと権威のある
昔のプロレスマスコミが喧伝してたNWA像そのものなのかわからん
どっかのバカみたいに知りもしないことをしたり顔で書いて
突っ込み入れられたら恥ずかしいからw >>582
そういう場所に来ないんだもんこの池沼チキンはw
まあ昭和の全日にアメプロは不可欠なわけで
その意味で馬場が「もうアメリカに学ぶことはない」と言った時が真・全日の終焉だったな
俺的には鶴田が星パンツをやめて黒タイツにした時、まるで新日の「ストロングスタイル(笑)」
イデオロギーに迎合したみたいでまず心が離れ始めたけど
した
>>583
最後に何か言い返せば勝ったつもりになれるのかなw >>576
長州は全日本ではノーフォールの良い扱い受けながら、新日本に復帰するやタッグで木村健にピン取られたり、猪木にシングル負けしたりでガックリしたわ そういう意味では一番酷いのは上田
新日登場当初は猪木戦・仲間割れしてのシン戦などでメイン張ったが
次第に格落ちして新日末期には革命前のパンチパーマ長州に負けるくらいだったのに
全日移籍してからは馬場戦での脱臼レフェリーストップ負け以外はシングルでの反則負け
以外の負けなしというヒールとしては大厚遇
ところが新日復帰後、ジュニアのヒロ斉藤に負け >>576
長州とレイスのシングルは見たかったが、塩試合だろうな。
それかレイスの強さが際立った試合になったか。
ブロディとはまた一味違った強さを見せて長州との差を見せて。
そして後々まで語られて。
アンチ長州からしたら気持ちいい試合になった可能性あり。
アンチ長州が厳選する試合に。
・両国のブロディとの試合
・前田の顔面蹴り
・85年最強タッグでのシングルのレイス戦
こんな感じで。
それで『長州はレイスに手も足も出なかった』と。 >>586
馬之助の厚遇は?だったなあ。
あとジャパン時代の谷津もシングルフォール負けないように配慮されてて、さすがにどうかと思った 年金でリックフレアーの自伝買えば、全部書いてあるのにな
1+1は田んぼの田じゃないってNWA 世界王者自身も認めてるじゃん しかしNWA最高峰はデマだと言い張る奴は、何度論破されても沸いてくるなあ。
いつも同一人物なんだろうか。
きっとWWFが傘下に入ってたという事実が屈辱すぎてホラ吹くんだろうな。 >>548
この全日本ヲタ三名のツイートを掘り下げるとこやつらを恋愛対象として接してくれるような女が身近にいないのは分かるな
で、金払えばとりあえず笑顔で接するアイドルや女子レスラーに疑似恋愛してしまうと…ネットで媚び媚びヨイショ絡みするだけならタダだし(笑)
女子プロ関係者はそこんとこ百も承知で商売してるんだろうけど、考えてみれば相手にそういう奴らだと認識された上で疑似恋愛してるっぽいツイートなんかしてるヲタはホント惨めだな
最近、全日本は女子の試合もしてるけど、三名中約一名はそれにもまんまと釣られてるし
にしてもツイート見てると全日本のご意見番兼広報担当気取りてみたいなツイートもあるし、疑似恋愛してるアイドルにも同じスタンス
このまま年食ってけばこやつらには一体何が残るんだろうか…(笑) 全日にまったく関係ないんだけど、ここしか聞くところがなくて教えてほしい。
「世界のプロレス」で、噛みたばこのつばを吐いて、なんというか汚い南部の男?みたいなギミックやってた選手の名前が思いだせない。
カウボーイギミックでもないんだよ、う〜ん山男というか、たぶんアメリカ人にしかわからないようなキャラなんだよ。 >>595
これに付け加えると、上はネルシャツ?で下はジーンズで服着たまま試合だった気がする。
噛みたばこの緑の唾を吐きまくってた記憶 テーズ、テリー、レイス、フレアーの自叙伝を原書で読むとNWAは最高峰じゃなく、プロモーター達の違法カルテルってのが良くわかるし、レスラー達も最高峰だなんて思ってないのもわかる
自叙伝の日本語版は意訳どころじゃなく、別物になってしまってる >>595
よくわからんが、スタン・プラウボーイ・フレイジャーか? >>598
レスありがとう。でも違うかな。
ヒゲも小汚い感じで、とにかく不潔感を売りにしてた気が >>576
>>587
レイスvs長州か・・・
85年世界最強タッグリーグ戦・開幕戦入場セレモニーからレイスが意識して手を出していたな。
長州「はっきり言ってレイスとはやりたくない。ヘニングやバーのような若手とやりたい。」
レイス「チョーシューはオレから逃げている。」
こんなやりとりが前日のレセプション会場の記者会見であったはず。
でもシングル戦を見てみたかったな、噛み合わなさをあえてさw
最終戦・表彰式後の控室ではお互いに握手をしていたな。 >>600
大阪城でのバーとのシングルの伏線かな
カートとは翌々年に実現だがまさかこの時点で長州がPWF王者になると想像出来たファンはいなかっただろうな
あと提携期の全日本の大阪や神戸での興行はやはりジャパンの担当か >>602
おお!ありがとうございます!それだ!
wikiで補完しました。
世界のプロレスは俺の勘違いだったようだ。 50年代のケーブルテレビが80年代と同じ役割を果たしてると思ってるのには笑かせてもらったw
こいつ大阪万博て初お目見えした携帯電話が、その頃から普及してると信じるような年金爺なんだろな スキナーの正体はスティーブ・カーンだな
かっての藤波のライバルがあんな色物になったのは哀しいものがあった >>600
正確にいえば、「(シングル対決の決まっている)ドリー、ニック、レイスといった年寄りとやるのは気乗りしない。それならヘニング、バーといった若くてイキのいい選手とやった方がいい」って感じだったじゃにないかな。 当時は恰幅の良いバーの方が伸びると思ったが
結局はカートの方が大ブレイク >>564
最強タッグの新潟市体育館で組まれていたが中止になった。
その日長州もレイスも試合してたのになぁ。 >>595
ハンセンも噛みタバコで唾吐きまくってたな
ジーンズにブーツ履いてネルシャツ着てたような
オレイ・アンダーソンにブッキングされてたWCWかもしれないが 伊藤正男って馬場さんや鶴田さんが亡くなったの知ってるのかな? >>612
本人自体が消息不明なんだから、先に鬼籍に入られている可能性もあるだろ? >>594
広報担当気取りは関係者にもニヤニヤされてバカにされてるみたいだよ
シレッとしてるけど、頻繁にRTするヲタも浅ましい下心はお見通し、と
プロレスの下らない正論蘊蓄並べて自己アピールするヲタも週プロ巻頭の受け売りなんかだとまたか、って…ウンザリだってさ
何でもムキになっちゃうヲタについちゃルックス起因論とかズバリと言っちゃうから、どっちかと言えば女子プロレス関係者の方がキツイかな >>597
一体なんの本読んだんだか知らんがフレアーは普通に最高峰だって書いてるじゃん ジェシー・バーは剛竜馬と親友ってことからも悪い意味で変わり者だというのがなんとなく伺える だから談合カルテルの巨大なプロレス組織だったんでしょ?
州から州へとサーキットして
全盛期に対峙できた団体ってどこなのよ?
日本のマスコミはWCWに買収されてたのを知らなかった とかウソ書く奴も居るしよw 85年最強タッグでの長州vsデビアスってテレビ収録して未放送だったはず(ダイジェストで流れたかも?)。
ノーテレビだと思ってたら動画が上がってたので見たところ、長州が防戦一方でいいところないな。
とにかく長州ヨイショの時期だから、やっぱりイメージダウンになる試合は放送を見送ったのかね。 NWA論争の結論
フミはウソツキ。
流と同類だな。
今後こいつの言うことは話半分に聞こう。 こう考えればイイ
NWAってのはようは街の商店街の組合だったんだよ
で会長ってのは商店連合会の会長さん
商店街で一番羽振りいい雑貨屋の親父がやったり
世話好きの魚屋の親父がやったりだったりの
一つ一つは個人商店だけど一カ所に集まって軒連ねてるんで
相乗効果で商売も繁盛するし魚屋の親父も
会長さんとしての立場の時はブイブイいわせてた
商店街の中の食堂の仕入れや近隣で何か行事あったら
会長の店から船盛だの仕出しだのお願いするのが当たり前で
で、商店街の一番端っこ(ただし駅前寄り)には
スーパーマーケットのジャスコ〜WWWFがあって
その昔出店の際は商店連合会の反対があったんで
(不本意ながらも)頭下げて自分達も組合に入ってた
でも本社の社長が代替わりして
店舗も大きくきれいに改装して名前もイオンにして
店舗改装に反対した組合も脱退しちゃった
それからの展開は知ってのとおり
あっという間に商店街はシャッター下した店も増えて
残った店が集まって集合店舗に建替えてみたり
地場の中小スーパーまで招き入れて対抗しようとしたけど
時すでに遅しだった >>620
この例えだと、WWFにNWAが(AWAもだけど)討ち滅ぼされたのも、
至極当然、というのがわかるな。 全米侵攻開始の段階で既にシャッター下ろしてた地区が結構あったからな。
シスコ、アマリロ、バンクーバー、デトロイト、オハイオ、ハワイ(一応復興してたが)。
滅亡寸前だったのが、インディアナ、カンサス、マリタイム。
ビンスが侵攻を開始したのもそういう不人気に危機感があったんのかな? ソニーがベータの高性能ビデオデッキ(ルー・テーズ)
東芝が品質のいい白物家電(ファンクスやレイスマードックらファンク一家)
松下電器三菱電機シャープなども高性能電化製品でシノギを削って日本製が世界を席巻し韓国製(怪力ファイター)を安かろう悪かろうと笑っていた
サムスンが色々なところから部品(ホーガン、アンドレ、アドニス)を集めてマーケティングと安売りで力をつけてきたら油断した日本企業の中から技術まで売り渡すもの(ブリスコ兄弟)まで出てきてあっという間にに世界マーケットを奪われてしまった >>479
遅レスになるが
三回忌のドームの時は、テリー・マスカラス・デストロイヤー・ブッチャー・大仁田が出場したな
ハンセンも引退セレモニーやったし
マスカラスとデストロイヤーが試合後に肩を組みながら退場してた
解説の竹内さんが「これは素晴らしい!」って。
あと大仁田の試合後のコメントも良かった
「馬場さんが好きだから、こうやって皆が集まってきたんじゃないですか?」 >>623
ビンス自身プロレス大好きだったけどNWAのプロモーター連中やシニアは所詮興行主でテレビも興行の前宣伝くらいにしか考えてないのがほとんどだったから頭の構造が全く違ったんだろうな そうだな 映画役者をどこでも見られるTV役者として起用して
引き抜いた結果、映画館まで足を運ばずとも、自宅でいつでも見られるようになった
とかな >>624
> 日本企業の中から技術まで売り渡すもの(ブリスコ兄弟)まで出てきて
酷い言い方だが確かにwwwwwwwwwww >>623
いつまでも古いジャスコの店舗のままで
食品と生活雑貨だけの町場のスーパーでいても
商店街街共々、いずれは共倒れ
だったら大型の総合SCに改装して駐車場も完備して
今までの町内の客だけでなく近隣の街からも客を呼ぼう、
ゲーセンやフードコートも入れて新規客も取り込もうってことだろうね >>618
85最強の長州、谷津のがらみのシングルはどれも新鮮だからどんどん放送してほしかったね。
なんでカットされたんだろう >>631
でも最強タッグの頃は長州もひととおりタッグまで含めればほぼ注目の顔合わせは実現していたから自分はそこまで興味なかったな〜
長州は対外人は普通に噛み合っていた
その普通さが自分に取っちゃ物足りないところだったんだけどね >>620
わかりやすい。
戦国時代に例えれば、NWAが武田で、WWFが織田って感じかな? とにかく今文彦は
NWA=幻想 日本マスコミの無知さがー
って広めたがってる
馬場とマクマホンの関係だって、菊池や門馬 竹内の何分の一の知識なんだろ? 柳澤も馬場本は良かったけどU本は柳澤の主観でしかないからな
フミもそうだけど最近のプロレス本は語り尽くされたせいもあるのかも知れないが、何か新たな視点を見出だそうとして客観性がないがしろにされてる気もする >>558
日本語の翻訳を読んだ事あるけど、小説の中にも郵便配達は出てこないね。
出版社のOKの返事を持ってきた配達員がベルを2度鳴らしたのがタイトルの
由来という説があるようだけど。まぁプロレスとは関係ない話だし、これぐらいに
しとくけど。 >>626
カートの最後の来日も入ってたな
WWFとの提携が言われてた時にかつてAWAを争った三沢との三冠戦を期待したりしたもんだったが
とにかくドームでのスカイハイは最高だった あと大仁田のワイルドシングの前に全日本時代のスーパースターも掛けたりして ドームでマスカラスが入場通路間違えたのはご愛嬌。
あのドーム大会は自分の中で全日本に一区切りつけた感じ。 >>594
いやいや、ここの書き込み関係者見てたよ
溜飲が下がるっていうか胸のすく思いだとさ
笑った笑った
ついでに身近で相手にされないようなヲタのツイッターをチェックしてて、あな書き込みに反応してるかも、だって
キッツゥー 笑 >>630
ふと思ったのが昭和〜平成初期はジャスコ
やユニー、忠実屋の駐車場での大会が
度々あったけど、今イオンモールやららぽーとの
駐車場で大会やるってことはないのかな。 >>643
90年代に興行数を減らした際にはそういうとこからやめていった。
今はインディでも殆どない。 新日なんかは地方都市 都心部での興行にしてったよな 三沢のデビュー戦なんか浦和競馬場前駐車場だもんな (´・ω・`) >>640
あんときにデストと抱き合ったのは感動したな。
マスカラスにテリーにブッチャーとかつての全日の顔が集結。
『これで馬場も安心して今後のプロレスを見守ってくれるだろう』という記事も。
馬場引退興行でハンセン引退セレモニー。
あのドーム大会は良かったと思う。 >>647
メインにしっかり天龍と川田がいて締めたしな
まあ、健介のマイクは余計だったが…
あとセミで馬場の最後の弟子の太陽ケアが、重鎮の武藤とやったのも大きい
弱小全日の「秘密兵器」的な感じが新日の対抗戦でアピールできてたし
あと淵がライガーを体格と技術で押し切った「実力者ぶり」も地味にアピールというか、浸透してたしな
天龍・川田・淵・ケアとそれぞれがバランス良く適度に世代間が開いてて、残ったメンバーはそれなりに粒が揃ってたと思うよ
個々の役割が分担できたし、それぞれキャラがダブらずに個性的だったからな。 >>646
でも若手のデビュー戦何てそんな物じゃない?
大きな会場でデビューしたのって馬場、猪木くらいだと思う。
後は日本で前座を経験せずにいきなり海外修行と言うエリートコースに乗った選手とか。 そして俊二が蔵前、しかも先輩に勝利
あと鈴木が横浜文体だったか あと、昭和スレなんで気が引けるが許してくれ
その川田が中心になって武藤なんかも派遣されてた2001年
前述のドームは良い感じで年始を飾れたと思うんだが、
その年末の最強タッグの決勝の武道館は、驚くほど悲惨な入りだった
武藤も全戦参加してたし、冬木も天龍と組んでノスタルジアも感じさせたシリーズだった
自分はてっきり超満員だと思って、当日券を入手可能か昼間に事務所に問い合わせたぐらいで…
そしたら元子氏が電話口にでて驚いたのと、「全席あります、宜しくお願いします」と丁重に言われたのが印象深かった
それで年末はそんな状況だったのに、年明けの二月は武藤と小島とカシンとカズの移籍
その二月の武道館は超満員だった、インパクトはあるけど何で実質4倍以上も客が増えたんだろう…
武藤は相変わらずだし、小島とカシンてそんなに全日の風景を変えるほどの存在だったの? >>654
フロントも何人か移籍したから、営業力の差ですかねえ。 鈴木みのるはデビュー前から注目されていて鳴り物入りみたいなところはあった
週プロとかゴングもみのるのことは何かと注目していた感もあったし
新人だと武藤、山田、船木、みのるは特別な感じだったな
全日は新人が少なかったから新日みたいに注目されるケースは少なかったけどジュニア王者の記事で先輩の越中を差し置いて三沢に期待とか言う記事はあった
なんとなく越中より三沢押しのところは最初からあったね >>654
身も蓋もない言い方するとあの頃は招待券もかなりあったんじゃないか?
新日なんかも宝島で書かれていたし
その新日ラインも営業に移ってきたわけだしね
武藤全日はスポンサーで胡散臭いやつらが群がってきていたし、あまり誉められたもんじゃないと思う >>657
本来なら三沢と比較されるのは越中じゃなくて後藤なんだよな。 >>659
そうそう。後藤の方が少し先輩だしね。
それにしても、三沢の扱いは全日の歴史では異例と言えるね。 鶴田やテーズも三沢の逸材は見抜いてたと言うけど
馬場は無関心だったのか? 海外修行もメキシコだし 後年だけど全日だと丸藤は注目されていたほうかも
日テレのなんかの番組で全日時代の三沢と丸藤の師弟関係を取り上げていたこともあったし
丸藤が技のミスをしたときに三沢はそのミスについて責めることはせずに労った場面が番組中に流れていたな
関係ないけどノアは全く見なくなっちゃったけど清宮ってのは昔の三沢っぽい雰囲気はあるな
上手く育てて欲しいけど・・・ >>661
いや、三沢は他の若手よりファイトマネーも良かったって話
そのエピソードだけでも馬場も目をかけていたってことだろう >>661
お話し相手に越中つけてリスマルクに世話を頼んでたんだからチョンマゲ結いの桜田を付けてアマリロに送った天龍並みの待遇だろ カブキ そうそう、馬場さんはね、三沢が若い時に彼を養子にしようと考えてたことがあったんだよ。
──そうなんですか!
カブキ 富山かどこかだったかな? 大会前に、馬場さんが「高千穂(明久・以前のリングネーム)、
俺はなあ、三沢を養子にしようと思ってるんだよ」って。「いいんじゃないですか? 真面目だし」って
答えたら「そうか? でもアイツはどう思うかなあ」と。「いやあ、馬場さんなら二つ返事じゃないですか?」
「そうか、じゃあ話してみるか」というやりとりがあって控室に行ったら三沢がいたから、
「おい三沢、馬場さんがお前のこと養子にしたいって言ってたぞ!」って言ったんだよ。そしたら三沢は
「えっ! 僕ですか? ……でも僕、やっぱりイヤです」と。「バカヤロウ、馬場さんに言われたらしょうが
ないだろう!」って言ったんだけど、また考えて「……それなら僕、プロレスやめます」って。
馬場さんのことはよかったらしいんだけどねえ……。まあそれぐらい、馬場さんからも好かれてたよ。 子どもがいないからって他人の子供を取るなよ。
三沢がどう思うかの問題じゃねーだろ。 >>661
だから馬場は三沢のこと特別扱いしてたってば。
修行も、三沢の当時のサイズを考えると、アメリカは厳しいだろ。 >>669
あれ不思議と若手のそれもほんの駆け出しの頃から
プロ入り前のキャリアとか体格とか関係なく
何故か上が期待して目を掛けてる選手って見てたらわかるよね
後藤や薗田が上にいて越中三沢の前座戦線が〜って言われてた時も
明らかに全日としては上の二人や越中じゃなく
一番後輩の三沢推しなんだなってのは伝わってきたし
新日でいえば前田や高田、武藤や山田は
ハタから見てもやはり早い時期から推し方が違った >>666
つーか。
カブキはそれを馬場から聞いたら三沢に言っちゃいかんでしょ。
口が軽すぎるなあ。
自分で非常識なの分かってないんだな。
信用ゼロ。 >>672
レスリングだと五輪代表とか全日本選手権で優勝とかのキャリアでないと
国体優勝程度じゃ個人としての資質はともかくキャリアとしては
目をかけるだけのハクとしてはあまりにも弱いでしょ
やっぱりそういうの抜きに他の選手たちと比べて
コイツを推していこうと思わせるスター性というか雰囲気があったんだと思うよ >>666
馬場から話聞いたら三沢の所行って直接聞くとかw
本当にカブキって基本的に馬鹿だよなw社会的常識なさすぎだろw
グレートバカブキに改名したらよかったのにw 三沢はデビュー仕立ての頃に見たことあるけど、全身のバネが凄かった!当時の若手の中
じゃずば抜けているのは丸分かりだった! 菅原と冬木の国際転向組と合わせて若手のリーグ戦やってたけど
なんで百田兄弟なんて参加させたんだろう 三沢は近所のお店やさんからも将来のエースと言われてた
やっぱり華のある奴はありまーす
冬木なんてどう考えてもエースになりそうにないもんな
猪木は腹黒いのに笑顔は神ががってるだろ
スターって理屈じゃないんだよ 当時の全日で言えばアポロなんかもイケメンだったけど華がないんだよな >>679
ルーテーズ杯だっけ?
そういえば百田兄弟も出てたなぁw 若いときの冬木と三沢なら、誰が見ても冬木だが
肉屋の女将が三沢見て「この子は違う アンタは不細工」と言われたと回想してたな 「控室にいるとみんな俺(冬木)を素通りして
三沢のところに行って「君は凄い!」と称賛する人ばかりだった」と言う思い出を
冬木が語ってたな
若手の頃から全然違ってたみたい
新日だと高田が若手のうちから「これは絶対に将来のスターだ」って感じだった >>679
当時で言えば鶴龍なんかでも若手と言われてたし年齢的には百田兄弟が若手でもそんなにおかしな話じゃない
ただ百田兄弟の場合はキャリアが長かったからあれだけど
当時だと石川が微妙な立場だったな
年齢的には鶴田天龍と同世代だけど、彼らを追う第3の男みたいな言われ方されてたし
全日は前田や平田、谷津みたいな第3世代がいなかったんだよな
だからこそすんなり世代交代が出来たって言うメリットもあるが・・・ >>683
いや昔から三沢のがルックスも良く見えたぞ
冬木が不細工だったって意味じゃなくてね マジックドラゴン米国での試合見ると鋭いトラースキックの連発で面白いけど日本では普通の試合しようとして失敗だったな 馬場の養子話って大仁田と三沢がいるけど当時は馬場も元子も40歳前後で子作り諦める年齢じゃないけどな、どっちかに子種がなかったのか あのころの全日じゃ鶴田意外は皆のそのそした動きだったからな
三沢の動きは別格だわ 三沢はルックスで有利だったが
ヒゲ面になってからはいまいち。 >>689
若い頃の三沢は身軽だけどキレはなくてフワフワした感じ
サマーソルトキットもエドワード・カーペンティア式のただコーナーからバック宙するだけだし >>691
まあね
あくまで全日の中ではってカッコ付きのスマートさや身軽さキレってかんじだったかな
とはいえサマーソルトはあれ当時は本家カーペンティアのバク宙もガッカリとはいえ
冷静に考えたらそもそもあの体勢で蹴りなんてそりゃどうやれるっていうんだよ?と思ってたのを
ほんとに蹴る動作入れた佐山が凄すぎたんだけどな ジュニア時代の三沢は身体能力は高いけど
あくまでも全日の他の選手と比べてという程度だからねw
2代目タイガーは初代どころかコブラよりも下 >>688
男はある程度の年齢でも大丈夫だけど女は難しいよ
なんとなくだけど馬場は自身の巨人症を引き摺ってたんじゃないかな?と思う
ひょっとしたら自分の子供にも・・・みたいな
だからあまり軽々しく話題に出す話じゃないのかも知れないが・・・ >>649
馬場と猪木のデビュー戦て台東体育館じゃなかったっけ。
これって大きい会場なんかな。収容人員どれぐらいなのか分からんけど。 >>671>>675
それならそれで馬場もカブキにそんな話しなきゃいいのにね。
カブキがそういう人間だって知らなかったわけでもないんだろうに。 カーペンティアの元祖サマーソルトキックって
トラースキックのようなソバットの事だったんだな
相手をコーナーに押し付けて、自分はセカンドロープに登って相手をビンタ
そしてバク宙を決めて着地したら、引っ叩かれた上に目の前でトンボ返りされて
挑発された相手が怒って向かってきたら飛ばないローリングソバットで決める
佐山タイガーも締めの部分だけはカーペンティアと同じようにしてるのは
パイオニアへのリスペクトもあったのかもしれない
まぁ実際に怒って向かってきたのはキッドくらいだけど FMWが電流爆破やってる頃に三沢に大仁田さんや後藤さんの
試合をどう思いますか?って聞いたら沈黙した事があったよな >>700
カーペンティアのはローリングしないただのソバット
カブキのトラースキック、今でいうスーパーキックだね
あれを空中回転後ろ蹴りでプロレスのリングで使ったのも若手時代の佐山のオリジナル 三沢もスピンキックは出来たけどソバットだけは出来なかったってな
川田は器用でソバットもこなしたけど試合では使うなって言われたって >>704
そんなに入るんだ。じゃ結構大きな会場だったんだな。
日プロ時代に馬場とブッチャーの初シングルが行われたのも
確かここだったっけ。映像でも残ってるなら見たいもんだけど。 二代目タイガー時代にプロレスアルバムのインタビューで
越中選手をどう思いますか?と聞かれた時も沈黙してたな >>701
前田なんかは「あんなん底抜け脱線ゲームやんけ」と糞味噌だったけどw
まぁ立場が違うからね。でも正直言って当時は他の団体よりも大仁田たちのほうが
面白かったのも事実だな。 >>707
三沢を庇うわけじゃないけど正体不明の頃ならそれは沈黙するしかないと思うぞ
みんな、正体は三沢って知ってるんでしょ?って感じで確信犯で聞いた質問だろうけど
三沢も本気で困惑したわけでなく、そういう意図はわかった上での沈黙だと思う >>709
結婚するときにマスクを脱いで正体を明らかにしてからは
越中に対してコメントするようになったんだよね 大仁田に対して「嘘つきと関わったら駄目だ」と言った川田 新日本関係者か高田が言ったのか定かではないが
「あんなものは邪道だ」との言葉を過大解釈して
自分達の団体のキャッチフレーズにしてしまったのは見事としか言い様が無かった
邪道≠ホメ言葉にすり替えたのは大仁田かもしれない リーグ戦、百田兄弟対決はさすがに兄の百田義の勝利か? >>696
力道山時代から都内の中型会場の役割だったんだよな
幻の馬場・ゴッチ戦も予定されてたっていうし
いつのまにかそれは大田区に代わったが 客寄せパンダと揶揄された時も「プロにとっては最高の褒め言葉」と言ってたね。
何となくネガティブなイメージがあった言葉だけど、マイナスばかりじゃない認識が
広まった端緒だったような気がする。サッカーで最年長記録更新中の三浦カズも後年
同じような事を言ってたし。その辺の感性つーか、割り切り様は凄いと思う。 >>648
渕・ライガーはまさに最高の仮想BI戦という感じだったな
とにかく長い足でライガーを間合いに入れなかったりジャイアントバックブリーカーを仕掛けたり
翌年の三沢・蝶野はキャラとしてむしろ逆だった印象
あと意外にもドームでは初メインとなる馳
三沢のおかげですというコメントも実に政治家で >>641
きつい、ってか手加減ナシのガチな本音だろう
週プロ読んで受け売りしてエエカッコしいするとか書いたから図星さされて反応したのかも
よくいるから、そーゆーの(笑)
身近で女に相手にされない男がプヲタだったらさ
ドルヲタはさておきプヲタの場合、ちょっとプロレスに詳しかったりすればネットで絡んだり
何かのイベントに参加した際に、そこでそれまでに蓄えた現実生活に
は全く役立たずなプロレス蘊蓄でもひけらかせば妄想疑似恋愛の対象の女子レスラーが
自分を気にかけてくれるかも、とか勘違いしてるんだろうなあ(笑)
数年前に女子プロレス見に行った時に、グッズの売店でちょっとちょっとって感じのヲタに長々下らないプロレス蘊蓄ひけらかさられてた若い女子レスラーが
ヲタが帰ろうとしてそいつに背を向けた瞬間、露骨に顔をしかめた後にあっかんべーみたいなポーズを取って、隣にいた関係者とニンマリ笑い合うってたからな
あれはまさに「プロレスなんかに詳しくても、どうせお前なんか一般女子にもずうーっと相手にされてこなかったんでしょ」って応対してた女子レスラの顔に書いてあったな
まあ、こんなもんでしょ現実はとね(笑) 冬木は体型に目が行ってしまうけど、目もパッチリしてるし端正な顔だよ。
三沢とどっちがイケメンかといったら、そこは各々の好みのレベルじゃないか。 若手選手は試合で基本的な技以外は禁止の時代でも
三沢だけは特例で自由に技を出しても怒られなかったらしい。
問題は三沢が社長になった時に自分だけがOKだった
前座の技制約ルールを全面解禁しちゃって金丸や丸藤あたりが
第一試合からムーンサルトプレスやシューティングスタープレスを
バンバン出すようになり伝統が崩れていった >>721
今となっては、
若手は大技出すなっていう教えの方が正しいような気がするな。 大仁田 は邪道。
冬木は理不尽。
二番煎じはイマイチだったな。
ブリーフ・ブラザーズはWARだったか? >>722
平田は若いうちに少ない技で試合をする癖を付けて置かないと
上に上がった時に試合が組み立てられなくなるって言ってたな そりゃ、いろんな奴と戦わなければならんからな。
相手が受身取れないような奴だったら投げ技なんて掛けさせてもらえないし。 それもあるけど単純に、
ドロップキックやってバックブリーカーやってブレンバスター出して
バックドロップ出してラリアット連発してパワーボムで叩きつけて
エルボードロップ落としてトップロープからニードロップやって
ジャーマンで投げてムーンサルトやって…
なんて大技合戦だけやってたらカウント2.9の応酬合戦でしか試合成り立たないしな
こういう大技繰り出してカウントワンで軽くキックアウトしたり
大技出した後何故かフォールにいかずヘッドロックやリストロックにいかれても困るし 全日とは全く関係ないが、村上和成なんてキックとパンチ、踏みつけ
この三つの技以外は全く印象がないんだが、それなりに白熱して面白かったよな
キックとクローだけで試合を成立させたF・V・エリックみたいと言ったらちょっと誉めすぎか…
でも平成10年代にプロレスデビューして、あれで食ってたのは素晴らしいと思うけどな でもそういうシンプルでクラシックなプロレスって結局、頓挫しちゃうんだけどな
藤波の無我も当初は首固めでギブアップ取る試合とかあったけど、それも最初だけだったからな
それに最近の新日も結局は大技ラッシュ、ロングマッチ化が常態化している
オメガの試合なんかかなり危なっかしい
危ないっていうのは大技ラッシュってより大怪我しそうな危なっかしさのことだけどね
昔のプロレスはブレーンバスター一発でカウント3が入っちゃったりしてたけど、昔の試合そのままの
クラシックなノリを今やっても受けないと思う
もしそういう方向にするならマットを固くするとかしないと説得力がないだろうし >>715
ヒロ・マツダが「この世界は客を集めてくれる奴が一番偉いんだ」と言ってたしね 28年前の今日人生で初めて入院した日なんだが、混乱の全日本マットでは折原昌夫がデビュー 天龍だってチョップ キック ブレーンバスター パワーボム
くれえだからな 紺のタイツの頃のがうまかった
三沢は蹴りが下手で、回し蹴りも下手だったな
ただタイガースープレックスは初代の固め技じゃなく、
投げるタイプだった 三沢は佐山と比べるとデカすぎるだろ
あの身体で佐山並みに動ける訳が無い 佐山並みというか根本的にバネがなかったからね
トリッキーな動きができるわけでもなかったし、
ジャーマンとプランチャとドロップキックができるやつに
ただタイガーのマスク被せただけになってしまった >>734
タイガースープレックスが固め技?投げるだけ?
意味がわからんのだが。説明しろ。 >>736
運動神経の面でタイガー任せられるのは三沢しかいなかったろ。新日含めても三沢が適任。
あとできそうなのはジョージくらいかな。
ちゅーか、佐山以前にも以降にも、同じ身体能力の奴はいない。佐山だけ別格。
大体佐山タイガーのスタイルは、原作のタイガーのスタイルじゃなくて、佐山オリジナル。三沢の方が原作に近いとも言える。 >>729
シンプルな技の応酬のみで今の客を納得させられるわけない >>739
だから、それが的外れだっての。
若手の話をしてるんだが。 >>738
川田もタイガーになる可能性があったんだよなぁ。
バネは三沢より上かもしれないけど、
なってたらどんなタイガーになってたのかそれはそれで興味深い。
マスクの中の表情がバレバレのタイガーだな。 >>738
そういう意味では最初から「プッシュしたい若手」だった三沢に
虎の仮面被せたのって中長期的にみるとどの程度効果あったんだろうね?
ラフィエラ戦以降の三沢タイガーの歩みみると素顔のままプッシュで
海外遠征で実力付けたって設定で凱旋帰国→Jr王者になり鶴田天龍に次ぐ実質No,3に
→ジャパン軍団や外国人と抗争→ヘビー転向→(馬場)鶴田天龍谷津に新世代として挑戦
これでも別に大して変わんなかった気がする >>742
このスレも既に54だから過去に同じ話題が出たかもしれないけど
三沢がタイガーになった年の秋ぐらいに、週プロに1985年の展望を小説風?にした特集記事を覚えてる
要は、タイガーマスクがもう一人デビューして、タイガー兄弟の1号と2号ができるというもの
おそらくその計画が実現したら、川田が2号だと思われてた、越中ではスタイル的に無理だろうし
ただし当時は子供心にも新日のマシン1号2号が安っぽい演出だと思ってたから、同系列の構想には「やめてほしいな」と思ってたよ
会場では「三沢タイガーの対戦相手なら誰でもコールを受ける」というアンチタイガー雰囲気が占めてた時期だしね、火に油を注ぐだろうと危惧してたなあ。 三沢はいくらセンスがあっても五輪出場や相撲出身という肩書がないから
タイガーマスクというブランドがなきゃNo,3扱いは無理が出て来る >>744
そこで後藤に例の虎縞柄のワンショルダーでだなあ〜w
>>745
若手の頃から馬場はじめみんなが特別だと目をかけてて
鶴田天龍の次はどうみても三沢しか目ぼしい選手もいない
しかもあの頃はまだNo,3っていっても鶴田天龍自体が
ようやく馬場からリング上の主役を禅譲されてこれからいくらでも時間あるって時期
将来のエース候補としてのNo,3は無理でも何でもないでしょ >>755
自分の見る観点が偏ってるかもしれないけど
「これからいくらでも時間あるって時期」って文だけで感慨深くなる
ハンセン移籍がいかに大きかったのかって事だよね
お客さんを呼べる選手が育つ前に、興行不振やらゴールデン降格やらの時期があったわけだし
少なくともリング上の政権移譲の事をじっくり展望できるって事は、最悪の事態を乗り越えたって事だしね
それどころか1984年はUWF問題やらをきっかけにして、馬場が攻勢に出て、新日と攻守逆転した年でもあるし、たった数年で変わるもんだねえ ――しかし、キャリア3年で2代目タイガーマスクってハードルが高いですよね。
小佐野 それに初代タイガーと比べて身体が大きいじゃない。そうすると空中殺法が綺麗じゃないというか。
三沢も士道館の添野館長のところに習いに行ったけど、ついにローリングソバットはマスターできなかった。
スピンキックはできたけど。
――三沢タイガーはローリングソバットはやりませんでしたね。
小佐野 川田はできたんですよ。川田は三沢のトレーニングパートナーとして一緒に士道館に通っていてね。
身体の小さい川田のほうがいろいろとおぼえちゃうわけです。あの頃の川田は三沢より細かったから。
――2代目は川田さんでもよかったんですかね?(笑)。
小佐野 2代目タイガーは初代より身体が大きくてヘビー級で対応できるという触れ込みだったんだけど。
まず初代の動きができることが大前提でしょ?初代の動きだけをさせるなら川田のほうがよかったんだよね。
で、川田は習った動きを得意気に見せてくれるんですよ(笑)。
――ハハハハハハ! 川田さんらしいですね(笑)。
小佐野 「こんなことできるんですよ!」って。馬場さんは「……リング上ではやるなよ」と注意していたけど(笑)。
――せっかくの2代目タイガーが台なしになりますよね(笑)。 タイガーがやるからタイガースープレックスか
他の選手が固めてからブリッジして最後は同じ形にしてたが
それのことかな? ラ・フィエラがもう少し大きければな
リスマルクが「ラ・フィエラとなら佐山タイガーvsキッド以上の試合ができた」と言ってたが
三沢タイガーの相手はメキシカンじゃなくてスティーブ・オルソノスキーとかカート・ヘニング、ジム・ブランゼル、トム・ジンク、リック・マーテルとか鶴田の相手にしては体格が劣る実力者にすれば良かった 所謂オージー(オースイ)スープレックスだろ?佐山は後方に投げてたと思うが? オルソノスキーは鶴田のインダーへの歴代挑戦者では大分落ちるよな。同シリーズ中にカブキにもフォール負けしてるし。
その後呼ばれなかったのは、馬場も期待を裏切られて見切りをつけたんだろうな。 >>737
新日時代はオースイスープレックスみたいだったじゃん
押さえ込み重視の技 マイティが薗田に決めたやつでしょ
つーか、その時しか見た事ないけど
鶴田がAWAをニックから獲った両国の日だっけ? >>744
2号は川田の説もあったけど、
発端は、梶原一騎の頼みで、ある空手家を2号にしてくれと頼まれたからみたいだな。
結局内蔵を壊して企画がポシャったが、梶原は、無理な願いを聞いてくれてありがたいと馬場に感謝してた。 >>753
はあ?佐山タイガーのタイガースープレックス見たことあんのか? ラ・フィエラがそれまでに何度か来日していて
誰かと好勝負していたら、三沢タイガーの印象もまた違ったかもなぁ。
子供心にも咬ませ犬的にしか思えなかったし。
良いレスラーだったから勿体ない。 佐山タイガーの相手はほとんどジュニアばっかりだったのが残念
原作のタイガーもジュニアクラスの体格だがスーパーヘビー級の人外な連中とやってたんだから佐山タイガーもヘビー級のアンドレとかホーガンとかともやって欲しかったな
シングルでのカナック戦はカナックやる気なしだったしタッグでブッチャーとの絡みがあったがそこはシングルにしろよと思ったもんだ 三沢タイガーのデビュー戦、インパクト重視でいくならもっと大物を噛ませに使った方がよかったのかも
インタージュニアを大仁田から奪った実績があるサングレ・チカナとか、修行時代の佐山から
NWAミドルを奪取したことがある上に越中もカベジェラ戦で丸坊主にしているエル・サタニコとか 三本勝負とはいえ、佐山タイガーからピンフォール奪った事もあるフィッシュマンを呼んどいて
ジュニアタッグリーグの白星配給係にする全日はセンスが無い 三沢は器械体操やってたから動きはいい。
佐山が173cmであのうごきをやれたから凄いが。
180オーバーの選手じゃムリでしょ。
というか、ブラックタイガーはほんとは佐山以上なのでは?と思った。 プロレス激闘の記憶かプロレスクラシックで
フィッシュマンとロディパイパーが見たいんだよー >>758
?
それなら佐山が負けたら商品価値が下がる
勝ったり引き分けたりしたらヘビーの価値自体が下がる
昔はJr.なんて本来主役じゃないんだもん
誰も得しないぞ ジュニア的には、コブラのほうが三沢タイガーより断然上だった スレチですまんが、カネック以外ヘビー級相手で佐山タイガーは、トップ外人ではないが、122キロ標示?のアブドーラタンパを足4の字固めで勝ったのを会場で見た事あった あまり噛み合わなかった感じだったか タイガースープレックスの違いは、腕のロックのことだよね。
佐山は手のひらを相手の肩甲骨あたりに当てて固定。
三沢は自分の左右の手をガッチリ握ってクラッチ。
微妙な違いだけど、三沢のはテレビとか雑誌でタイガースープレックス’84と言われてた。
三沢タイガーがドラゴンスープレックス使ったら、スーパータイガースープレックスとか言われてた。意地でもドラゴンと呼びたくなかったんだねw 馬場がブリスコからNWAタイトルをレンタルしたときの費用が
7万$(当時のレートで2000万円)近くかかったということだが、
鶴田がAWA奪取時の経費はどれくらいだったのか気になる。
マーテルへの繋ぎ要員としてAWA公認だったからお安く済んだのか?
銭ゲバのガニアにケツの毛までむしられたのか?
やっぱ土曜トップスペシャル枠の放映料で決済したのかな?
非常に気になるw >>759
チカナやサタニコ呼んでも、そんなに当時は知名度なかったろ。フィエラと変わらんよ。 >>766
そういうこと言ってるんじゃないと思うぞ。 >>763
新日本でも初代タイガーマスクはあくまで「ジュニアのアイドル」ってことで
ヘビー級とはきちんと線引きしてたからね
ヘビー級の一流に勝たせるようなアホなまねはしなかった
カネックでもタイガーマスクとの初対決で押し気味の引き分け
そのカネックがタッグリーグでは白星配球係で下から数えた方が早かったわけで >>768
ガニアは鶴田をニックの後継者にしてAWAを建て直すつもりだったみたいだよ
ニック「鶴田のサイエンティフィックなレスリングを観客が理解できなかった」
マーテル「鶴田は観客を盛り上げることができなかった」
言い方は違うが全くの期待外れ マサ斎藤が佐山タイガーにシングルでピン負けしたのは痛恨の黒歴史だった
少なくとも維新軍全盛期では触れてはいけないタブー >>758
原作では確か猪木&タイガーvsハンセン&アンドレ
って試合がって確か日本勢が勝ってたね。
怪しげなマネージャーがあんな奴らではタイガーには
勝てないみたいな感じでボロクソな扱いだった。 >>774
いかにも梶原的だなぁ
佐山タイガーとして登場した「悪役ブルース」では
主役をボッコンボッコンにしてリベンジされることもなかった 辻なおき画のオリジナルのタイガーマスクには
タイガーがドン・レオ・ジョナサンに完全敗北する話があったが
単行本には収録されてないんだそうだ >>766
寺西戦だったと思ったが、そのまま後ろにゆっくり反って固定してフォール取る技に見えるのよ
そんで三沢のは勢い良くブリッジして投げつけるって感じなんだが
俺だけか? >>774
原作→タイガーマスク二世の方だよね
あの漫画のハンセンとホーガン…というか猪木とタイガーマスク二世以外の選手の扱いは酷すぎwジャンボ鶴田も子供扱いとか梶原センセやりたい放題w
特に新日移籍したばかりのブッチャーが悲惨な目にあわされてちょっと可哀想だったw ブラックタイガーがブッチャーを卍固めでKOした時の
「黒ブタは屠殺場に送り込まれたぜ〜っ!」
ってセリフはもはや再掲不可能だろうな… >>777
時代によってマットの硬さが違うから
昔は思い切りは投げられないよ ジャーマンやドラゴンは受け身取れるが、タイガーだけは受け身取りようがないよな。 >>717
「プロレスなんかに詳しくても、どうせお前なんか一般女子にもずうーっと相手にされてこなかったんでしょ」って何か未だにプロレスブロガー(死語)やってる奴全員に当てはまるっちゃうじゃん
ツイッターや FBで知ったかぶりするヲタもそこが浅いから最近じゃ関係者から舐められてるからなー
関係者ならずっと色んな見本誌目を通してるから、ネットで週プロの受け売りやるヲタはあ〜またか、ってすぐ見破られるからな
知らぬは恥知らずな知ったかヲタばかりなり、というねw >>712
邪道と言われればそれを看板に、嘘つきと言われればそれを売りにする大仁田のしたたかさには舌を巻く >>781
ドラゴンをどうやって受け身取るんだよ。
タイガーの方がまだダメージは少ないだろ。 合図をするということは
投げるか投げないかは事前に決めてはいないということか >>786
違うよ。「受け身の準備してないのに投げるんじゃないぞ!」って意味じゃないか? 恐らくそうだろうね。体勢整わない内に投げられたらアクシデント起きかねないし。
合図とか絶対バレないようにやってくれればいいんだけどね。 >>785
ドラゴン語るのに、何で前田?
藤波のドラゴン見ろや。 合図かもしれんが猪木の余裕と見れるな
それより当たってない延髄切りでフィニッシュのが気になる >>790
どこ見てるんだ?綺麗に当たってるじゃないか 当たってない延髄といえば真っ先に思い浮かぶのがウェップナーとの格闘技戦かな。
あれは本当に綺麗な空振りだった。喧嘩屋ってイメージと違って、ウェップナーって
実際は凄い紳士だったらしいけど。昭和全日じゃないからあまりこの話するつもりないけど。 >>769
三沢のデカさだったらむしろマーティンジョーンズとかスティーブライトとかの動きのいい欧州レスラーの方が良さが出たと思う。 >>792
あれは蹴りにいった右足は空振りだったが
猪木の左ひざが顔面に直撃してる >>793
三沢の方が彼らが行うプロのレスリングに付いていけないんじゃないの? >>795
対カブキ戦で寝技についていけずに
解説の馬場に「もっと勉強しろ」と怒られてたね ファビュラス・ワンズなんかを呼んでれば、サイズやスタイルからいって三沢タイガーや邦昭といい勝負になったと思うけど。
向こうではウォリアーズとかヘビー級相手に活躍してたから、鶴龍と当てても面白かったろうに。 >>721
選手任せにしたらダメになった例がWCWだったな >>785
このドラゴンうまいな
途中でクラッチ緩めてるから背中から受身とれてるし IWGPの猪木前田の話が出てる流れにのって
同時期の全日の興行成績ってどうだったんだろ?
対IWGP対策で、1983年からグランドシリーズになってパート3まで続いたけど
春のパート1の最強タッグリマッチは、ファンクスや超獣組の参加でまあ動員は多分問題なし
パート3はテリーの引退シリーズで、これも動員は問題ない、どころか満員続きだっただろうし
肝心のIWGPと時期が被るパート2なんだけど、どうだったんだろう?
最終戦のフレアーvs鶴田、馬場vsブロディの蔵前はそこそこ入ってたのは観戦したからわかるんだけど…
あと翌年の同時期のパート2のエースはシンでしょ?
なんとなくだけどIWGPの裏では、シンでは厳しそうなイメージだよね… >>801
1回だけだと思う。左右非対称だからバランス取るのも難しいと思うよ。 >>802
少なくとも二回だな。
小林戦と小橋にもやらなかったか? >>802
非対称?
ドラゴンよりやり易そうだが。 >>804
そうなんだ、知らなかったです。ありがとうございます。 ずっとスープレックスと言えば鶴田凱旋時以来(厳密にはその前からあるが)
Wアーム、サイド、ジャーマン、フロントの4種(リバースはあくまで返し技なんで)だったので
藤波のドラゴンスープレックスは衝撃だったしオリジナル必殺技として説得力あった
佐山のタイガースープレックス、小林のフィッシャーマンを経て
前田の12種類あたりからちょっと分類微妙なものが出てきて
正直三沢タイガーとか女子プロとかあたりからは
それオリジナルって言ってるけどクラッチとかがちょっと違うだけで
別に普通にジャーマンとかフロントスープレックスで良くね?的なのが増えた印象 馳のノーザンライトを初めて見たときは「ただのショルダースルーホールドじゃん」と思ってしまった >>808
でもノーザンは両腕を固めてるから、ダメージ云々は別にして3カウント取れる技としては説得力はあったな
「まだ返せる体力は残ってても、3秒以内にキックアウトしにくい蟻地獄的なホールド」みたいに見てた
ただ、裏投げの方が見栄えもインパクトも派手だから、そっちをフィニッシュにしても問題なかったと思う
まあ、どちらにしても馳は良い技を保持してたよね、会場が静まってても裏投げがでると「おおー!」って熱が高まったし >>797
ファビュラスワンズはギャラと見合わなかったろうな。
ミッドナイトエクスプレスは呼びたかったらしいが。 >>811
馬場がロックンロールエキスプレスより呼びたかったのはミッドナイトエキスプレスとロスカウボーイズ 全日本に初めて来た時ジェリー・セガノビッチだったのにいつのまにかジェリー・サッグスに名前変わってたな >>813
初来日、あれだけのメンバーの中で全く萎縮していなかった。それどころかのびのび好き放題やってるように見えた。 キレたハンセンから椅子で頭をカチ割られてパンストマスクから
夥しい流血をするブラックハーツ 小林が渕とかヒロ斎藤と世界ジュニア戦やってた頃に編み出した
新フィッシャーマンズスープレックスとか誰も憶えてないよな それにしても全日マットの82年6月蔵前で初お目見えした対角線で区切っての
赤と青のマットは斬新で前衛的だったな。
デザインした奴にアッパレだわ。 >>817
相手の腕も固めるやつな。
受け身を覚えられるから、一回しか使わないって言ってたな。 >>782
女子レスラーに限らず男子レスラーもネットで知ったかかますプヲタはそんなもんだと思ってるよ
一般女子に相手にされないとかもひっくるめて(その原因の一つかもしれないが)、中高年にもなってネットでことさらプロレス通をアピールするのは「俺が一番プロレス通」とか勘違いして他を見下すような根性悪い奴らばっかりだからな
プロレスブロガーと言えば何年前か前に今や世界のN選手が、あるプロレスブログの事をメディアで持ち上げたんだけど
それについてスイーツ通で有名なM選手が後援者の飲み会で「(N選手が言及したブロガーは)プロレスブログをやってる奴の中では唯一、マトモな社会人ぽいから名前出したみたいだな(笑)」なんて言ってたと
今時、ネットで良い歳して年がら年中プロレス通ぶってるプヲタに対しての男子レスラーのイメージも推して知るべし(笑)
まあ本職の選手や関係者からしたら、何かあればいかにもググって調べた知識や週プロとかで既出の記事を下敷きにして、ご都合主義の浅薄な思い込みの提言とか、鼻で嗤うしかないだろう
それをまた肴にして浅学寡聞の身である(笑)プヲタ同士で弄り合ってツイッターで粘着バトルする(それも受け売りネタで)とか、端から見ても笑止千万(笑)
まあ○○は死ななきゃ治らない、かもな
一般女子でもルックスがアレで更にそんな○○とあれば絶対、相手にしない(笑) クラッシュギャルズが、相手が気をつけしてる状態で腕ごと抱えてジャーマンのように投げるクラッシュスープレックスてのを使ったことあったね。 >>821
元々はジャガー横田がダルマ式ジャーマンとして使ってた 全日本で初めてノーザンライトを披露(フィニッシュになった)したのは仲野信市
馳の凱旋試合から3ヶ月後くらいだったかな >>818
あのマットデザインでさらにアメリカ色が強まった感じだよな
その名の通り新日との色分けがさらに強調された感じ
その頃は子供だったから、そこまでの会話は友達とはしないけど
ある程度の年齢のファン同士、特に新日ファンの反応はどうだったんだろう?
やはり「ショーマンの全日らしいマットの色」とか言われてたんだろうか? 日プロのリングは7メートルで全日のリングより大きかったんだな
G+の特集で大きさの違いがよく分かったわ 大きさが違ったら目測やタイミングを誤るって事ないんかな。 >>824
アメリカはあんなマットなんか?
俺は見たことないけど。 >>811 >>812
佐藤昭雄もボビーイートンのセンスに惚れ込んでいて、「あんなうまい奴はいない、呼びたかった」とGスピのインタビューで言ってたよね。
でも初来日は平成になってからの新日本なんだよね。 >>828
いや、そういう意味じゃない、自分の感性の問題でしかないけど
派手というか色彩的に明るい感じがね
テリーや、鶴田の星マークタイツを連想させる色に感じたから
もちろん自分は鮮やかで良いなと思ってたけど、新日ファンはどう思ったんかなあ?とね。 >>811
スタン・レーンは実力的に?は否めなかったけど、スティーブ・カーンはジャーマンも出来たし、オールラウンドのいい選手だったよな。
>>818
そうか、アナが、赤コーナーで攻防続くと赤コーナー優勢って
言ったりするけど関係ないのでは。
とか思ってた。 >>823
その辺りの仲野だとマレンコ兄弟の全日本初登場試合を思い出す スティーブ・カーンもスタン・レーンも藤波とジュニア王座かけて戦ったことあるよな。 ブルドッグスとマレンコ兄弟の試合好きなんだけど、馬場のマレンコ兄弟へのダメ出しが鼻についた。 ジャンボがAWA世界ヘビー奪取して34年か。
馬場が三度NWA取ったとき、猪木がWWF取ったときより嬉しかったよ。
当時のプロレスの最高の舞台、蔵前で王者になったっていうのも良かったよね。 >>837
馬場も猪木も地方での奪取だったからな。
馬場の2度目は愛知県体育館だったが。 >>837
俺は試合結果を知らないまま放送を見たから、ジャンボが勝った瞬間万歳して部屋を駆けずり回ったよw
昭和56年からプロレス観戦始めてずっとジャンボを応援していたから最高の感激となった。
フィニッシュのバックドロップはカメラ切り替えが絶妙で、照明が後光のようになったのが印象的だった。
今は世界タイトルはレンタルだったなどと暴露されたりするが、ジャンボのAWA王座奪取は永遠に輝き続けると思う。 ブルドッグスとマレンコはその後、
熱戦譜みたらどっかのシリーズで毎日のように対戦してたな >>840
確か89年頃はブルドックスとマレンコ兄弟、
ブルドックスとカンナムの7番勝負みたいなのが組まれてた記憶 >>839
会場は蔵前、TV中継は土曜のゴールデンタイムでの奪取だったからな。
あの試合は、負けたニックの試合後者振りも際立ったいたしね(私的には、前半の
アームロックだけでの試合運びに魅了されて、それからグラウンドレスリングに
目を向けるようになり、それがひいてはUWFスタイルに嵌まる遠因になったけど)。 >>839
同意。あれって録画だったんだね。
俺は田舎の子供だったから、当然試合結果は知らず、大好きな鶴田が勝ったから、飛び跳ねて喜んだ記憶がある。 ジャンツのファンっていたんだな。
フジナやチョリキのファンならわかるけど。
しかしジャンツがリクマに破れるとは。
ニクボがまた返り咲くかと思ったらそうならず。
更にはスタハまで巻いたかんな。 >>839
おお!
全く同様のシュチュエーション。
バックドロップホールドのうつくしさも絶品でしたね。
強いて言えば、徳光のイケー!ヤレー!は余計だったが。
樋口とテリーのレフリングも見事。 鶴田のメインで蔵前が満員。
鶴田のメインでゴールデンタイム。
そして永遠の善戦マンかと思われた鶴田が、ついに世界奪取。
感動的でしたね。 昔は新日も全日も90分枠とか二時間枠の特番を
よくやってたのにね 同じように、小林邦昭が三沢タイガーをフィッシャーマンで
破った試合も感動したなあ。のちにタイガースープレッ
クス'85で取り返されちゃったけどさ リングでも一番充実してた頃だし、リング外ではもっと充実してたんじゃないかな小林邦昭さんww(ホテルの部屋の前にファンの女の子がずらっと並んでたとか) >>846
鶴田の墓でもトップに飾られてるのは三冠でなくAWA奪取だからね
渕も言ってるように集客面も含め本当の絶頂期は超世代軍とやってたレギュラー最後の二年なんだろうが時代が立てばやはり一番輝くのはAWA奪取 ジャンツのエダブ奪取はそんなに評価が高いんか。
価値が下がってからのエダブはシンニプロレでマサイが奪取。
エヌダブはやはり価値が下がってからフジナとチョマサが奪取した。
『その昔は価値が高かったベルト』 価値が下がった後のNWAやAWAにまで手を出した事は肝心のIWGPの価値まで下げてしまった印象
そのあたりはとにかく三冠一本に邁進した全日本の方が上か >>853
1988〜89年にかけて
藤波辰巳=IWGP
ジェリー・ローラー=AWA
ケリー・フォン・エリック=WCCW
の統一王座構想があったな。
藤波×ケリーはWタイトル戦で藤波が勝つも即王座返上
藤波×ローラーはIWGPのみ賭けて藤波の勝ち
ローラー×ケリーのWタイトルはローラーが勝ち、ユニファイド王座新設 集客力のないタイトルには価値がないよ
その意味では武道館以外の三冠はかなり微妙 その全日本・三冠・武道館の三位一体的なブランド化の成功は大きかったよな
他での不入りを十分以上にカバー出来るだけの物もあっただけに
それは昭和の新日本・蔵前・NWFをも思わせるが結局は猪木一人のNWFだったのに比べれば安定度は数段上だった あと武道館を使用しない1月シリーズでは大阪府立での開催成績もかなり良かったからな
それだけに地方への拡大も模索していた時期での分裂は痛かった IWGPも王者によってはそうだった。
あとカード。
橋本が王者の時はそれなりに客が入ったらしい。
でも武藤が王者だと客入りもイマイチ。
武藤王者時代の最高の客入りはドームでの高田戦。
しかしあれは武藤のタイトルマッチという概念はなかった。
全面対抗戦の中でのタイトルマッチ。
全日も三冠は同じメンバーで回していたから全日末期は厳しかった。
だから危険な大技の応酬、それも長時間の試合を余儀なくされた。
カードより内容と。 それと後楽園ホールの多数開催だな
ただの繋ぎ興行じゃなく、アジアタッグやジュニアなどの武道館とは別の、
後楽園規模だが売りの試合を前面に出してたのが良かった
「たかが後楽園、されど後楽園」て感じで武道館とは違う意味の観戦欲を持たせた
今のノアなんてビッツグマッチが後楽園ホール、せいぜい横浜文化が年に1度くらいの開催なのに
同じ後楽園で「前哨戦」とか、通常のタッグマッチに冠までつけて開催してる
ビッグマッチが同所数日後に開催されるのに、同一料金で前哨戦という名の普通の試合を誰が見に行くの?って疑問に思う >>858
なんで>>845、>>852みたいにハシシンとかムトケイとか書かないの? >>860
いったんきちんと書いてから、わざわざ書き直しているんだよ。
書き直すの忘れて書き込みボタン押しちゃうんだろうなwww >>854
藤波もアメリカでローラーのAWAに挑戦した プロレスの限界を追求したのが四天王プロレスだった。
例えば今の新日本は危険な飛び曲芸の限界に行っているが
全日本プロレスの四天王プロレスこそ、オーソドックスな基本技中心で
どこまで極められるかに挑戦したスタイルだった。
もう2度とあのようなプロレスをする団体は出てこないだろう。 >>863
同意
私も90年代、地方から日本武道館へ密航すること十数回。
三沢、川田、田上、小橋、秋山らには清く正しく美しいプロレスをありがとうとお礼を言いたい。 Gスピの対談で、どの時代の全日本が面白かったかという問いに、小鹿は80年代前半新日本と切磋琢磨していたころ、カブキが天龍革命のころ、天龍は自分が入団した70年代後半と答えていた。
天龍同盟とやり合ってたこともあるカブキはさておき、小鹿も天龍も面白かったと言ってる時代にメインストリームの中にはいないんだよな。 >>864
サンクスです。
同時代を生きたファンがいることが頼もしく誇りでもあります。 グレカとグレコは仲はどぉなんだ?
リュウゲンもゼンニプロレやジャイバ、ジャンツには感謝してるみたいだし。 でも鶴田追悼番組で亡くなる直前?収録で鶴田が語ってたな。
90年に天龍達が離脱した時の話。
10年後に(全日に)残った人間で笑おう。
自分達は残って良かったと。
出ていった人間達を見返そう。
僕は当時はそういう気持ちでいました。
しかしそのちょうど10年後の2000年にに鶴田は亡くなる。
馬場はその前年に亡くなり。
何とも皮肉だと思った。
でも鶴田自身が全日で良かったと思えてるのがまだ救いかも。 まあそんときのジャンボ鶴田の顔は青白くて正に病人顔だった。
でもまさかジャイアント馬場が亡くなり翌年にジャンボ鶴田が亡くなるとは。
そして時を経て三沢光晴まで亡くなった。
呪われた全日本プロレスリングなんちゅう言葉までできて。
新日本プロレスリングは過去のトップ勢は亡くなってない。
アントニオ猪木、坂口征二、藤波辰爾、長州力、前田日明
山本小鉄や星野勘太郎は亡くなったが。
まあたまたまだろうが。 >>868
と言っても離脱した連中もロクなことはなかったよ >>871
その追悼番組でジャンボ鶴田は皮肉な言い方だった。
天龍源一郎以下全日本プロレスリングを離脱した面々に。
まあ確かに離脱組もろくな人生じゃなかった。
冬木弘道も若死に。
谷津嘉章もなんかパッとしない人生っぽい。
金に目が眩んで離脱が殆どだったかんな。
ザグレートカブキなんかまだマシじゃないかな。
でも同じく金に目が眩んで新日本プロレスリングから離脱した連中もだな。
ジャンボ鶴田の言いたかった気持ちもわかるわい。 天龍谷津カブキ冬木、高野仲野高木北原折原あたりかな、離脱組は。
鶴田三沢川田、田上小橋菊地が残留組。 高野や高木は馬場に気に入られてたのに、最悪の選択だったんじゃないかね。
特に天龍との対決ブックがあった高木は、残留してれば田上の役どころを取ってたかも。
まあしかし、地上波テレビのついてる団体から離脱するなんて、後先考えてない感じだよねえ、今思うと 大仁田と天龍除いて全日系の選手ってほんとに
芸能関係、テレビに出れる、
メディアで取り上げられる人っていないよな そういう気質タイプは新日本を選んで入団するからな。
なんせトップが猪木だから。 >>869
終戦以降、日本プロレス→全日本の系譜は「不可思議な9年サイクル」があるよな。
1945年 終戦
1954年 力道山 日本プロレス始動
1963年 力道山 死去
1972年 馬場 全日本プロレス設立
1981年 レスリング・ウォー
1990年 天龍他 大量離脱事件
1999年 馬場 死去
--------------------------------- 2000年代以降
2000年 鶴田 死去
2009年 三沢 死去
2018年 ? >>878
9年あわせにするなら
2008年 日テレノア地上波中継打ち切り決定
2017年 旧ノア倒産、新ノア始動
てことかいな >>820
ブロガーとかw、すっかり死語になっちゃったけど、前から関係者には冷ややかに見られてたよ
一時はウザイけど、それなりに集客に影響あるかも?とか思われてたからタダで宣伝してくれるから、インディーズ団体とかは重宝するところもあったみたいだけど
ブシロードがツイッターを使って巧みに週プロや東スポと、素人がやってるネットメディアごっことは一線を画すようなネット情宣やり始めたからね
所詮何かの二次情報をパクパクしていただけっていう実態がバレた素人メディアごっこちゃんは大多数の新規ファンにとってもはや無用の長物だからな
それでもツイッターは素人メディアごっこちゃんにとってはRTやらフォロワー数で自己承認欲求満たしてくれるからね
今は実態がバレて何の影響力もなくなってもそいつらにとって、多少の慰みにはなってるんじゃない?
そんなヲタのRTやらフォロワーしてるアカウント見ると、類は友を呼ぶった感じでやっぱりねって
ツイッターは素人メディア連中にとっては一円の利益も生まないし、四六時中団体や選手とか同類のヲタ仲間の書き込みを血眼になって追っかけて反応するとかw
そんなものにかまけてたら同年代のいっぱしの社会人からはどんどん取り残されるだけだけどね
リア充とかよく聞くけど、ルックスとかの問題で実人生が充実してないからか、何故か全日本系ヲタにそういうの多いよね >>878
それ前に見たことある。
不思議な9年毎だな。
となると今年はゼンニプロレかプロレノア完全崩壊か。 >>845
なんでスレによってバンビガキャラだったり普通だったりするの?
キチガイのフリするなら徹底しろよw >>837
鶴田がニックを降してAWA王者として全米サーキットが決まった時、
「何が何だか分からないけど、凄い事ですよ!」と試合後のインタビューで
語ってたな。色んな意味で面白いコメントだと思ったけど。 >>884
徳光さんがしつこくマイクを向けるからジャンボも答えるのが面倒くさかったのだろうな。 「三沢じゃない!全日本のエースはこのジャンボ鶴田なんだということを〇※▲□」
さいご噛み噛みでなければかっこよかった 昭和全日じゃなくて悪いけど、新日で世代抗争が勃発した時の前田の
「誰が一番強いか決めたらええんや!」も噛まずに言えたらGOOD!な
マイクアピールだったね。週プロ辺りが鶴田と前田の対戦をプチ押し?
してたのもこの頃だったかな。 馬場「ひとんちに土足で入ってくるなってんですよ」
(マイク向けられて)
あの頃はほんとにハンセンが独断でやってきたと思ってた。 昭和全日本プロレスリングじゃなくて悪いけど、3年B組金八先生のパート2の
最終回ひとつ前。
坂本金八が加藤優と松浦悟をひっぱたいた直後に二人を抱き締めて
「貴様達は俺達の生徒だ」も噛まずに言えたらGOOD!なセリフだったね。
3年B組金八先生の中でも歴代三本指に入る名シーンだったのに。
あのひっぱたくシーン自体は武田鉄矢の唐突なアドリブだったらしい。
だから武田鉄矢もぶっつけ本番シーンで調子がずれたのかな? >>888
あれも長州の「キレてないですよ」が本当は「キレちゃいないよ」だったのと同じで、「決めたらええんや」じゃなくて「誰が一番強いか決めたらいいんだよ」て標準語で言ってるんだよね。
ジャンボのマイクアピールといえば、三冠統一したときの試合後が印象に残ってる。「誰の挑戦でも受けてやるぞこの野郎」と珍しくエキサイト。
でもコメントの節々に謙虚さが垣間見えてて、荒々しくなりきれないのがジャンボらしいなと思ったw
直前の後楽園の三冠統一戦が不透明決着になったりして、マスコミやファンから「ジャンボだらしない」という声も少なくなかったからムカついてたのかもな。 >>890
あのシーンは武田の噛んだことに対して批判もあるがそれで逆に臨場感が出た気もするんだがな
だから異論はあろうが、自分はあの場面はあれで良かったと思ってる
とっさのときって言葉が上手く出ないときってあるし
勿論、自分の考えは押し付けはしない 金八先生の話が出たついでだけど加藤優の転校初日、松浦との殴り合いは
ヘタなプロレスの場外乱闘よりも迫力あったなw あの頃はクラスの中も金八派、
新日派、太陽にほえろ派に分かれてるところもあったとか。どこまでも昭和全日とは
無関係な話で申し訳ないw 加藤より武田鉄矢のほうが強いよ刑事物語見ればわかる
全日に話し戻すと松田優作が馬場ファンだったってのは本当かな
古館の実況が面白いとは言ってたけど >>894
松田優作は馬場と同じマンションに住んでいたことがあるそうだ。
馬場は松田優作を俳優とは知らなかったかもしれんが・・・ >>890
全日とは無関係ではないだろ。
荒谷二中の不良に小橋建太がいたな。
男子トイレで刑事に転がされ、
ビンタシーンの後ろで、驚いた表情を見せる小橋。 >>895
高倉健に挨拶されても誰だか分らなかったそうだからなあ そんな優作が猪木の元嫁と探偵物語で共演したのも何かの因縁かね。
ロッキー羽田がチョイ役で出た時、一応馬場にも話は通ってたんかな。 馬場が芸能界で憧れの的は東野英治郎と寺島純子
だけだったんじゃないのかな。 古舘と言えば昔、沢田研二ショーでTBSなのに古舘と小鉄を呼んでプロレスショーやったことあるな
ジュリーがレフェリーで学生プロレスの連中が馬場とハンセンを真似してひょうきんプロレスみたいなのやってた
ブレイク前のとんねるずも出てたな
一応、沢田研二もプロレスファンだったそうで前説で当時のプロレスブームについて語っていたな
ただ沢田研二はスポーツ全体が好きな人なんで特にプロレスだけが好きってわけではないようだけどね
恐らく今はプロレスは全く見てないと思うし 馬場と島倉千代子がある番組のゲストで出た時、馬場が「子供の頃憧れてた」と発言。
司会者に「馬場さんが子供の頃にはすでにスターだった?!」と言われて思わず島倉が
立ち上がった事があったな。 新日本所属の荒川真が、全日本を中継する日本テレビのドラマ「池中玄太80キロ」にレギュラー出演していたのは子供の頃軽く衝撃だった。ライバル団体中継する局に出るってのは当時はなかなかないことだったもんね。馬場、猪木クラスならちょいちょいあったけど。 「3年B組金八先生」第2シリーズ・「#13 同窓会・贈る言葉」の中で第1シリーズの生徒が出るんだけど、
その中で九十九弥市役の生徒が「力道山も♪アントニオ・猪木も♪スタン・ハンセン!ブッチャ〜も♪
大木金太郎!」と同窓会で踊ってるシーンがあるんだけど、裏では『ワールドプロレスリング』が流れてるんだよなw
当時、金八には倍賞美津子も準主役級で出演していたから、プロレスファンだった弥市は猪木のサインでも倍賞に頼んだのかなw
この回が当時放送されたのは1980年12月だから、ハンセンがブレイクした年。
弥市がラリアートのマネしてハンセンの名前を出した時同級生の女の子役達がかなりうけてる。
ハンセンの知名度が急激に上がっていたことがその反応から分かるよ。 >>902
馬場がプロレス中継以外でテレビ朝日(NET)に出たことは新人時代のドキュメンタリー「16文の青春」と晩年の「徹子の部屋」「ニュースステーション」での最後の晩餐だけじゃないかな?(司会を務めたゆく年くる年はフジ制作)
馬場なりに日本テレビへの義理でテレビ朝日には出ないようにしていたようだ。
猪木は知らん。 >>904
輪島の結婚披露宴でインタビューを受けてたのが写ってた。 S52年頃、猪木が会社を設立しようとしたら資金を持ち逃げされたってんで
日テレのニュースに出た事があったな。記者の質問に背を向けてほとんど
コメントしてなかったけど。この頃はまだハイセル事業は具体化してないと
思うから、別の会社だったんだろうけど。 >>895
優作といえばUWFの有明コロシアムで観戦してるのがチラッと映ってるね
あれはお忍びで観戦してたんだろうね 確かに金曜夜の8時に猪木のストロングスタイルの新日本を見た後、
土曜の夕方5時半からの全日本を見ると温い感じはしたが、
ただ、NWA、AWAのタイトル戦は燃えたね。
特に当時、世界最高峰と言われたNWA戦。
馬場がジャックブリスコに勝ってNWAを巻いたのは偉業だった。
まあ、お約束どおりリターンマッチで負けたが。
こう言うのは猪木の新日本にない面白さだった。
そう言った意味で上手い具合に棲み分けは出来てたんだな。 倉持アナって子供のころは古舘の陰に隠れて地味なアナと思ってたけど今ユ―チュ―ブで見たら味のあるアナだったんだと思った。 クラモの良さは子供にはわからんかったな
可もなく不可もなくレベルだった >>910
初歩的な言い間違いが多い人だった。
特に意味不明だったのが「ブッチャーのザギザギの額」。どう考えても「ギザギザの額」だろと思ったものだ。 倉持は田鶴浜に冷たいのがなんか嫌だった
まあ、田鶴浜もピントのずれた解説が少なくなかったのも確かだけど >>911
何度もアレックス・スミノルフ
って言ってたな。 田鶴浜先生と言えば馬場・上田戦の62対57の採点がいまだに分からん >>915
馬場のほうが5pばかり上回ってると言いたかったんじゃないの?w 田鶴浜さんは放送禁止用語使っちゃうから今なら首だな クラモとタヅハのチグハグなのが良かった。
フルタはフルタで早口。
雑誌でクラモとフルタの対談ってのがあった。 田鶴浜「馬場選手に 16文ラリアットはどうですか?と聞いたんですよ」
倉持「それで馬場選手はなんとおっしゃってましたか?」
田鶴浜「いやあ、苦笑いでそのまま何にも言わなくなってしまいましたがね」
倉持「。。。。」
そりゃ、倉持も嫌になるわ。 ダイナマイト・キッドの移籍直後
田鶴浜「キッドはね〜僧帽筋が素晴らしいんですね〜あの僧帽筋は・・」
そのあと僧帽筋と10回以上連呼してた 田鶴浜も「フレアーがロジャースの再来みたいに言われるが
バディ・ロジャースはあんなチャチなもんじゃなかった」と
馬場と似たような事を言ってたね >>923
これは桜井康雄も言ってたね。桜井はリッキーをホメてフレアーをケナしてばかりだったが。 田鶴浜さんといえば
「ローリングが、ローリングを」の連呼だろう
どの試合の事かこのスレの皆さんならわかるよねw >>922
その時
松永アナ「筋肉に詳しい田鶴浜さん」
これは笑った。
でも、田鶴浜さんはあの時、80歳で解説してたんだな。
山田隆さんより約30歳年上だもんな。 でも田鶴浜さんは晩年こそ好々爺な感じだったけど
若い頃の書籍や文献なんかの発掘記事を読むと、骨太というか武骨な文章だよね
でもスキャンダラスな文調ではないから、良い意味で馬場とは互いに信頼できる関係だったんでは? >>923
まあフレアーは動きの一つ一つが小さくてぎこちないからね
今昔の試合映像を見直すとNWA王者時代のブリスコなんかの方が遥かにアメプロの基礎と定石造りをしっかりと実践していて高い技量が窺えるし
>>930
田鶴浜は戦時戦後の混乱で出版社やラジオ局(当時)が消失した筈の大正〜昭和初期の貴重な芸能関係の資料を大量に保有していたらしくて
それが各界に顔が広くなった理由だそうだけど
一方で大正力こと読売グループの首魁だった正力松太郎の弱味を握っていたからあれだけ特別扱いされているなんて物騒な噂もあったな 田鶴浜さんハーリーレイスが試合中に四つん這いで後退するパフォーマンスがショックで
流智美に泣きながら電話してきたらしいね。 >>931
ブリスコに関してハンセンも全く同じこと言ってるね。
「彼はアマレスでは歴代No.1の強さだが、リング内ではアマレスを全く感じさせない見事にプロレスに適応したレスラー。
ここまで適応したレスラーは他にいない。フロリダでエディ・グラハムに重宝されたのも当然。」とべた褒めしている。 テーズ曰く、ブリスコは「NWAの権威を守った最後のレスラー」 でもブリスコ兄弟ってリング上の評価とは別に
なんかNWA圏のテリトリー権?みたいなのをライバルに売り払ったとかで
険悪な関係に誰かとならなかったっけ?
記憶が多分に間違いがあるかもしれないが、そんな記事を読んだ事がある
もしかしたら、ジョニー・パワーズと勘違いしてるかもしれない >>932
カマタ戦で馬場が陥落した時は没収試合!没収試合!ってしつこかったなw >>936
WWFの全米侵攻の時に自分の興行権を売って自動車販売業に転職して
裏切り者扱いされた、弟のジェリーはWWFのフロントに入った >>859
その差別化のためか武道館ではアジアタッグをやらなくなるんだよな
分裂前に最後にやったのはそれこそカンナムに小橋・菊地が挑戦した一戦か >>940
そういえばアジアタッグって武道館では殆ど
行われなかったね。89年にフットルースとカンナムの
2連戦と91年のカンナムvs小橋&菊地くらいだったし。
逆に世界ジュニアは武道館でも度々行われてたね。 興行権を売って他の商売するのはアメリカ的ビジネスライクで構わないが
最高権威の元NWA王者のブリスコがWWFのテレビマッチにシレっと出てたのは良くない気がした
本人にその気が無かろうと「NWAがWWFに屈した」かのような錯覚に陥った NWA王者というプロレスの頂点に立ったにも関わらず
ブリスコはプロレスと言う仕事があまり好きではなかったという
記事を読んだことがある ジャクブはプロレをビジネとしてしか捉えてなかったんだろな。
向上心がなかったとゆうか。
まあジャイバとあれだけ強い絆があると思ってたザファン。
しかしジャイバ亡くなってもザファンは来日せず。
あくまでビジネ繋がり程度で。
やっぱりプロレ選手もそういうもんなのか。 後にインタビュー等でブリスコのことを馬場が評して
身体が小さい、軽い、みたいなことを言ってるんだけど
そんなに小さかったかな?
NWAチャンピオンシリーズではレイスより背は高かった。
ドリーと同じくらいにみえたけどな。
ベルトを持ってるせいで二人より格上に見えたし。 >>945
著書では「名レスラーだがブリスコはちょっと線が細かった
NWA王者時代で体力を使い果たしてしまったのではないか」とか書いてたな 猪木のUNに挑戦してる時のブリスコは小さく見えるのに
NWA王者の時は大きく見える 倉持はケリーの身長を188センチと間違ったことを何回も言ってたな >>880
自己承認欲求てのは特定の団体信者ヲタに強いよな
最近じゃ団体側も故意か偶然か分からないが(笑)、ネットで粘着バトルするようなお邪魔ヲタを嘲笑うかのように、ヲタ同士目の敵にしてるような団体の選手をあっさり参戦させるような交流をやり始めたからな
粘着ヲタも叩く矛先を見失って右往左往してて笑える
妄想疾患気味な粘着質な団体ヲタは、たががネットで手前が推した団体や選手が週プロに取り上げられたりプロレスメディアで脚光浴びて扱いが良くなったり、集客力が上がったりすると(これも妄想)
「俺がネットで推したからだ」と言わんばかりの妄想を膨らませるからな
こういう妄想抱くのって完全に精神疾患だろうけど、端から見るとお目出度いヲタだな
ただ、全日本みたいに派遣(笑)とかニート臭いのとか、とてもいっぱしの社会人とは思えないような変なヲタに推される団体側もあんまりイメージ悪くなるとアレだし、ヲタ同士の不毛なネットバトルを弄るような交流試合を組むのは一興だな(笑) >>923
かつて、こういう昔の選手を持ち上げる年寄りは頭が固くていかんなあ・・と思ってたが、
今「マイケルエルガンなんてノートンに比べたら・・」とか「ハンソンなんてビガロに比べたら・・」
なんて思ってしまう自分も年を取ったことに気がついた >>949
句読点もひどいし駄文だしお前もとてもいっぱしの社会人とは思えんなw カミノゲ読んだら田上は地元でステーキ屋やってるんだな
まだ川田とも親交が続いてるようでちょっと安心した 【スーパースター】昭和の全日本プロレス55【カリフォルニアハッスル】
次たてるならこんな感じかな? >>949
全日本は興行減ったし、取材なお呼ばれもあんまりないし、関係者暇してそうだから豆にネットの書き込みなんかチェックしてそうだね
そうすると、まさかの選手ブッキングやってとかやってるのは、故意にヲタ弄りしてる可能性もあるかもw >>925
愛しのボッチャーにも田鶴浜さんらしき解説者が出てくるけど、
倉持らしきアナに話振られたらいきなり「ハッハッハッ! こりゃいいや」
と登場してきたなw >>954
ここの知ったかスレももう上がりか(笑)
全日本も粘着ヲタを故意に弄って、まさかの選手参戦なんかやっても集客伸びるか?
付け加えると粘着ヲタにありがちな妄想癖は昔、週プロで山本が「プロレスにおける妄想力」とか礼讃して支離滅裂、意味不明の幼稚な提言(笑)してたけど
今、その時期に週プロ読んでたと思われる全日本ヲタのネットの書き込み漁ると
さっき書いた妄想性の精神疾患ぽいのが多いな
中にはガチでカミングアウトしてるのもいるし、そんな連中には2ちゃん依存の異常者も多そうだな
そいつと絡んでる全日本系ヲタも書き込み掘り下げていくと妄想疾患の同類ぽいし、なんかシャレにならんわな(笑) >>945
キラーカーンが凱旋帰国した時のピラニアインタビューでこう答えていた。
ブリスコとバックランドを比べて、ブリスコの方がずっと力があった、組んですぐにわかった、と。
素人目にはバックランドの方がはるかに馬力があるようにみえるのにな。
まあ、ブリスコの無駄な肉のない体、しかもあの背筋をみると、少しうなずけるところもあるが。 山田隆さんって当時、結構年取ってると思ってたけど解説辞めるときまだ60前やったんやな。声が老けてた >>957
日大でのNWAのリターンマッチで馬場に変形気味のバックドロップを見舞った場面なんかまさにそれだったな
豊橋での奪還のフィニッシュもあれなら納得 でもブリスコってレスラー仲間の評価は高いのかもしれんけど、
「流石(元)NWA世界チャンピオン!」と、強さを納得させるような
試合って見せてくれなかったような。 >>958
昔(昭和)の50歳、60歳と今のそれは全然違うよねw 馬場が「子供の頃60歳て『随分年寄りだな』と思ってたけど、自分がなってみたら
『まだやれるじゃないか』」と言ってファンから歓声を浴びた事があったな。
まさかその1年後に亡くなるとは全く想像もしてなかったけど。 若林穴・・・おっとアナと山田コンビは相性はイマイチだったね
山田はちょっと苛ついた感じの時は少なくなかった
若林がちょっとズレた反応したときは「だから〜(怒)」みたいな感じで明らかに声が苛立っていた
若林は竹内がベストだね たまたま観た全日本プロレスクラシックで
ブリスコとブラジルのNWA戦やってたけど凄く面白かった >>960 >>966
ブリスコは誰とでも良い試合が出来る力量があるんだけどキニスキードリーレイス等に比べると試合ぶりが消極的というか自分から攻めに行く場面が少な過ぎるんだよ
Wikipediaのブリスコのページにある馬場の「逃げのレスリングをしている」というコメント(>>946が紹介してくれているのはたぶん馬場本人じゃなくてゴーストだった菊池孝が感じた印象では?)もその辺りを指しているんだろうし
事実鶴田とのUN決定戦や新日での猪木戦なんか本来ならビジター的立場のブリスコの方から積極的に動かないといけないシチュエーションなのに
まるで自分が王者で対戦相手の猪木や鶴田が挑戦者なんだみたいな態度で試合していて
それこそ鶴田や猪木の攻勢をブリスコが受けて立っているみたいな団体やテレビ局の側が望むのとは真逆の試合展開になっていたからね 倉持も若林もどっか勉強不足なところは感じた
竹内は若林のことは買っていたけど倉持は評価してなかったし、山田隆は若林と
合わなかったのもそういう部分はありそうだね
若林は元々がプロレスファンだそうだけど、間違いが少なくなかった >>968
そうかねえ。若林何か間違えたか?
世間一般のオタク同様間違えはせんよ。
若林は結構変人だったらしいから、それも含めて馬場も山田もイライラしてたんだろ。 ブッチャーが自分の額を切ったカミソリで、相手の額をカットしてC型肝炎を感染させて、訴訟で賠償金の支払いを命じた記事を読んだ
ビリーグラハムら名だたるレスラー達がC型肝炎に感染してるのを自覚しながら、カミソリで対戦相手の額をカットしてたブッチャーに非難轟々だが、いまブッチャーはどうしてるんだろうか? >>970
マジレスするとブッチャーだけの問題ではなくプロレス業界の構造的な問題だと思う
きちんと検診義務化なりすれば問題は起きなかったはず
勿論、ブッチャーは廃業に追い込まれたろうが厳しいようだけどそれも仕方ないと思う >>969
関節技とかけっこう間違えてたぞ
馬場は若林と相性悪かったな
いつもイライラしてた >>973
倉持の間違いはいい加減な知識による
言い間違い。
若林の間違いは試合に夢中になって興奮
しての言い間違い。 若林は用意したフレーズを言いたいだけなんだよな。
レスリングサミットでも松山千春にスルーされてたし。
資料読みでお馴染みの日テレのアナウンサーらしいけど。 >>976
古館の実況がプロレス中継内だけでなく一般のメディアなんかでも話題になり取り上げられだした
あの時期から実況アナってのは目の前の事象を伝えることよりも
まずいかに気の利いて視聴者が面白がるオリジナルのニックネームだのキャッチフレースだの
決め台詞だのを言うかが重要というイメージに視聴者以上に局やアナ達の側が囚われるようになった
これはなにより当の古館自身も含めての事象で
日本の男性局アナウンサーのゴールって今でも「古舘伊知郎になること」なんだよ >>977
同意
スポーツ実況をしているアナウンサーはスポーツ以外の番組でも絶叫したがる。
古舘の悪い影響が蔓延してるわ。 ゴングは若林に甘い印象がある
一時の若林のハチャメチャ実況も面白いとかヨイショしていたし
プロレスニュースが賛否あったときは、福澤=プロレスファンの敵、若林がプロレスファンの良心みたいな感じで言われていたのも日テレに踊らされてるだけなのに、と白けた思いだったけどな >>974
松永の「ジョー意識は意識不明です」も含め、日テレプロレス担当の言い間違い、「ザギザギの額」のような覚え間違い、そして「ぶっ倒れています」「白人の血が流れます」のような不適切な表現は目についたね。当時はそれで済んだけど今なら叩かれそう >>979
竹内さんの雑誌とはいえ、
若林&竹内を「悪ノリコンビ」って持ち上げてたからなぁ。
いやいや、その悪ノリが嫌なんだって
と思ってたんだけど。 >>922 >>929
ボディビルを日本に紹介した一人で協会立ち上げに絡む重職だったしそこは言わせてあげて
まあ後年は何かに付けやたら連呼癖があったけど。
>>930
学生時代は三段跳びだかで今で言う五輪強化選手みたいなアスリートだったんだよな
記者に転じて文武両道を地で行くような人だったとか。解説晩年から想像もつかないがw
晩年の田鶴浜さんは口が明らかに試合のスピードに付いて行けなかったからな
映画のTV放送みたいに前枠で試合前に見どころを語ってもらうとかにすれば良かったかも >>980
倉持アナはいろいろ適当とか言われるけど完全にやる気無いとかじゃなくあの人途中から変に必死なんだよなw
最初は丁寧に在りがちな紋切り型が崩れることでただならぬ雰囲気を演出…ってのは褒め過ぎか。
そこに松永アナのいかにも報道さながらの緊迫した雰囲気の真面目なサイドレポートや
山田さんのハッタリの利いた解説が加わった異空間ぶりは今にすれば出鱈目かも知れんがいかがわしく禍々しくて大好きだわw >>975
若林はファン目線でズバズバ質問するからな。
馬場はプロモーターとして答えられない質問されると口ごもってしまうと著書に書いてたな。
それがアナウンサーとして悪いとは思わん。むしろ当たり障りないことしか聞かない奴よりよっぽど良い。 >>977>>978
そんなのはダメなアナウンサー。
実力あるアナウンサーは、ちゃんと基本に忠実に喋ってる。
あと、絶叫すること自体は別に悪いことではない。
見ている側の気持ちとリンクした絶叫なのかどうかが問題。
その点、古舘や若林は場面に適した絶叫だった。
福澤や辻がわざとらしい。 >>980
それは単なるお前の揚げ足取り。
そんな間違いは取るに足らん。
そんな細かいこと本当に気になるんなら、精神的な病が疑われる。 >>976
スルー?どこで?
長い夜になりそうだってやつ?
それより倉持の方が失礼な質問してたな。
ウォリアーの衣装、ステージ衣装の参考になりそうですか?とか。
考えたこと言いたいって若林に感じたことはないな。基本的に目の前の出来事を重視するタイプだと思うぞ。 >>983
倉持アナは盛り上げるのめちゃめちゃ上手いと思うよ。
今から思えば、古舘とは違うタイプの天才。
オープンタッグは、倉持の実況がなければ、ここまで語り継がれることは無かったんではなかろうか。 このあいだの、新日の大阪大会の永田vs北村の試合で絶叫する野上アナをライガーは試合後に「耳障りだ!」と一刀両断したのは気の毒だったわ 松永アナが「凶器はフォークです!」とレポートした途端に
倉持アナが「ああ…またフォークだ!!」と急にフォークを強調しだしたりw
乱闘の揉み合いをカメラ追いきれず会場外に消えてまだやり合うブッチャーとレイスの様子とか
やっぱり倉持松永はベストタッグ過ぎるわな クラモはプロレには興味がなかった。
仕事として割り切った。
ワカバやフルタはプロレが好きだったから仕事以上に張り切った。
でも後々にクラモが言ってた。
例えばプロヤ等他のスポーツ担当なら味わえない、経験できない事がプロレには沢山あった。
そういう意味ではプロレ担当になって学ぶ事も沢山あった。
まあザシクに本当に襲われたりと。
ああゆー事はプロレ以外に有り得ないし。
フルタもデビシュに襲われたりと。
記者なんかもそうだろう。
プロレ担当になったばっかりにタジェシから本当に襲われたりと。
今のプロレにゃそんな事はないだろうが。 鶴田が死んだ時ルックルックこんにちはの司会をやってた松永の悲痛な言葉に涙した 福澤はプロレスニュースで好感持ってない人もいるかも知れないけど、実況は手堅くこなしていた印象
竹内もその実力は評価していた
竹内は平川アナは若手では有望と評していたな 三沢のエメラルドフロウジョンが炸裂して、エメラルドフロウジョンという技の名前がでなくて、この技が出ましたとか、なんかごまかして実況したの誰だったかな?技の名前知らないのか忘れたのか、間違った技の名前を平気で言ってるアナは、目立ったな >>989
自分も野上は嫌い
そういう役割を求められてるのは理解してるけど、どうも鼻に付く 最近のは全くわからんが。
フクザやツジヨシもプロレ好きだったんだよな。 福澤はプロレスは好きじゃなかったと著書で書いてる
福澤は逆にそれが良かったと振り返ってる 83年11月の蔵前大会での長州×前田。
試合中にまだ新人でリポーターの辻が古舘に「放送席の古舘さん」というのがある。
リポートの内容は忘れたが。
辻の実況の頃はリポーターは藤井や真鍋だったが。 ♪♪
ジャイバにジャンツにアブチャにミルマ
テリゴ ザファンにロドウォ キラカ このスレッドは1000を超えました。
新しいスレッドを立ててください。
life time: 16日 13時間 16分 45秒 5ちゃんねるの運営はプレミアム会員の皆さまに支えられています。
運営にご協力お願いいたします。
───────────────────
《プレミアム会員の主な特典》
★ 5ちゃんねる専用ブラウザからの広告除去
★ 5ちゃんねるの過去ログを取得
★ 書き込み規制の緩和
───────────────────
会員登録には個人情報は一切必要ありません。
月300円から匿名でご購入いただけます。
▼ プレミアム会員登録はこちら ▼
https://premium.5ch.net/
▼ 浪人ログインはこちら ▼
https://login.5ch.net/login.php レス数が1000を超えています。これ以上書き込みはできません。