アントニオ猪木 対 力道山 [転載禁止]©2ch.net
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もし猪木と力道山のシングルがあればどんな試合になったか?
力道山が63年に死去せずにいて。
それで日本プロレスが一足早く日本人対決を行えば。
68年〜70年頃に実現したと仮定して。 力道山は弱いというイメージはないね。
まあこちらは話でしか知らない。
生前のリアル力道山を見ていたわけでもないが。
まあ強いというより怖いというイメージの方があるが。 力道山は力士時代の写真だと優しそうに見える。
でもレスラーになってからキツイ顔に。
まあレスラーになってからは色々大変だったから顔付きも変わったのかな? ノーピープルマッチ
時間無制限一本勝負
ラウンジのトイレ
〇猪木VS力道山●
(30秒)
※猪木の金玉握り→力道山の頭突き連発→猪木の金玉握り潰し→大量のゲロ吐き→力道山失神→切腹 力道山は猜疑心が強く、自己顕示欲が半端ない人間やったからな
けど同時に演出に異常に拘る、客を意識して喜ばせるために策を練るプロモーターとしての顔もあった
実際やれば、自分の強さを見せ付けるために猪木を五分で料理(勿論プロレス)
その後、客席を見渡してから『馬場!次はお前だ、上がってこい!!』と叫んだやろな 力道山にはレスラーを越えた怖さ、恐怖を感じる。
猪木にはない部分。 力道山は39歳で死去とあるけど歳のサバ読みで猪木は嘘だと自伝に書いてある
実際はどうなのかな 朝丘雪路さんが亡くなられた。
力道山と公の場(ラジオ)で最後の共演をした。
その少し後に力道山は刺された。 >>672
そうなんだ?
朝岡雪路さんも力道山と縁があったのか。
まああの年代の芸能人なら何らかの形で力道山とは縁がありそう。 力道山が
今の暴力教育反対の世の風潮の変わり目に生きてたら
どうなってたか気になるわ 力道山は人間としての器量もあったらしいな。
力で捩じ伏せる恐怖政治だけではなく。
しかし猪木や馬場はそこまでの器量はなかったと。
力道山は自分でプロレスを世間に広めたりと。
しかし猪木や馬場は力道山が敷いたレールの上に乗っただけ。
人間的な器では力道山と猪木、馬場では相当な差があった。
何かの記事に書いてあった。
それはその記事を書いた人の意見だが。
器量なら猪木より馬場の方があったとも書いてあった。
ただ猪木は器量とは別のカリスマ性を持っていた。
まあだからあれだけの希代の英雄になれたわけだが。 >>677
同じ様な事を長州も言ってた。
革命時代に長州は猪木を倒す事を目標にしていた。
しかし後々に長州が語ってた。
俺も辰っつぁんも猪木さんの首を狙い。
当時は全力でつっ走って。
絶対に猪木さんを越えてやると。
しかし今から考えたら越えられるわけない。
だって俺も辰っつぁんも猪木さんが敷いたレールで動いてるわけだから。
冷静に考えたら簡単。
でも当時は本気で猪木さんを越えてやると思ってたからね。
まあ当時の自分をバカだとは思わない。
それがあって俺も辰っつぁんも輝けた部分が大きかったし。
何年か前の長州のコメントだから最近だな。 前田は猪木にプロレスをさせなかった唯一の男。
簡単に超えたけどね。 猪木は蹴りに対応できないかんな。
橋本との対決でもそれがモロにわかった。 アノキはリキドの墓参りは定期的に行って欠かさないみたいだ。
やっぱりアノキに取ってリキドは特別な存在なんだろう。 >>688
力道山の人相悪く典型的な悪役顔だが、猪木も悪役顔。
この漫画の題名は? 多分闘龍伝という漫画だと思う。
リキパレスの字がリキゴウザンになっていたので
試しに力豪山で検索してみたらヒットしたw 猪木 対 荒川
見た目だけなら力道山 対 猪木の仮想対決になりそう >>660
『プロレスの試合で相手の強さを計れるというのが嘘くさいというか…』
⇒プロレス=ショー、ブックという基準の現代の常識だけで
全て嘘くさいと片付けてしまう事は意味がないし、それでは議論にもなりはしない。
プロレスにはショー的要素もあるがその中で実際はどうだっかを
力道山が生きていた時代の報道、過去の動画、
どのようなトレーニングをしていたか、
その時代を知っている人達の証言、
実際に戦った人達の証言から分析するしかない。
力道山が生きていた時代には何も言えず、
死んでから悪口を言っている人達よりは意味がある。
力道山をテークダウンさせるのは難しいというのはテーズだけではなく他も認めています。
また相撲時代はほとんど1分以内での戦いですが
60分戦える(ショー的なプロレスと言えど)のは肉体改造の表れでしょう。
プロレスを最初に始めたときはすぐに息があがっていたので。
どちらかというと木村政彦派のユセフトルコも以下のように語ってます。
「力道山という人は強かったよ。どうしてかというと稽古したもん。
あの人の稽古は凄いよ。おれらが怪我したり、風邪をひいたらぼろくそだった。
リキさんはね、下の人間にもやらせるけど、自分も稽古をちゃんとやる。
一番凄いよ。こんなに稽古が好きな人間はいなかったな」 力道山の強さて
シュートの強さじゃないんだよね。
木村戦みたいに目的の為には
手段を選ばない残酷さだよ。
謝罪して相手を油断させといて、
後ろから殴るみたいな卑怯で凶暴な性格にある。 >>693
『謝罪して相手を油断させといて、
後ろから殴るみたいな卑怯で凶暴な性格にある。』
↑
妄想ですか?
木村戦にしても後ろから殴るような事はしていません。 力道山の強さは怪我を押してでも試合に出場する精神力だったと思います。
プロレスは筋書きのあるショーと言いますがそれでもアクシデントなどがあり、実際に死人やけが人も出ているのも事実。
力道山もタッグ戦で怪我をしたことがあります。
それは1962年9月14日、シリーズの開幕戦となった東京で行われたアジアタッグ選手権試合。
[王者組]力道山&豊登 vs [挑戦者組]スカル・マーフィー&マコーニの試合。
この試合の乱闘で力道山は外人組の攻撃により『右胸鎖関節亜脱臼』の重傷を負い、翌15日から試合を欠場します。
しかし、当時絶大な人気者だった力道山の欠場に観客が不満を爆発させ騒然となり、暴動にもなりかねない感じとなったそうです。
そこで3日間休んだ後に力道山はアメフトのプロテクターを着けて リングに上がりました。
ただ、この怪我以降は力道山の空手チョップの威力もなくなったようです。
この頃から痛み止めを打って試合に出場したので興奮剤使用と言うわさもありました。
力道山自身もだんだんい嫌気をさしてきて引退も考えていた時期に偶然にも酒場で刺されました。
スカル・マーフィー戦の怪我をプロレス一流のアングルという見方もできない事はないが
欠場して興行に穴をあける事は力道山にとってメリットはないので事故だったのでしょう。 今はYouTubeで全盛期の力道山の映像も猪木の映像も見れるのだから、自分の目で見て
判断できる。
そういう点ではいい時代である。 >>694あくまでも喩えだよ。
力道山は木村を騙し討ちで倒してる。
引き分ける約束を
反古にしてね。
木村をリング上で
半殺しにした事で
力道山はプロレスラーとして
絶大な人気を得た。
こういう残酷さは
他のレスラーにはない。 >>698
『力道山は木村を騙し討ちで倒してる。 引き分ける約束を 反古にしてね。 』
↑
これについては現代の通説だが力道山が亡くなったあとの木村証言による一方的な話。
力道山は亡くなっているので反論の仕様がない。
1954年12月22日の試合直後に木村直筆捺印入りの引分の確約書がスクープされ話題になったが
力道山は自身はサインしていない、破っているので合意していない、
木村は合意していると当時も平行線だった。そして1955年2月10日に和解している。
力道山、木村、関係者も亡くなっているので真相は闇の中である。
木村政彦も「真剣勝負なら力道山に勝つ」と朝日新聞紙上で挑戦して引分を画策したのだから
それを信じた当時の国民をだましたとも言える。
『木村をリング上で 半殺しにした事で 力道山はプロレスラーとして 絶大な人気を得た。
こういう残酷さは 他のレスラーにはない。 』
↑
力道山対木村戦は当時も凄惨で不評だった。
特にこの試合で絶大な人気を得たわけではなかった。
力道山人気は木村戦前のシャープ兄弟戦ですでに絶大だった。
力道山の人気はあくまで企画力。
対外人戦での人気でしょう。
また、次々に招いた外人選手が当時の日本で盛り上がるタイプだったのでしょう。
最初に招いたシャープ兄弟、
それから木村、山口戦後のメキシコのオルテガ、
キングコングとのアジア選手権、二度目のシャープ兄弟、
ルーテーズ、そして各国の代表をまねいたオリンピックのようなワールドリーグ戦、
噛みつき魔ブラッシー、
覆面でありながら全米アマレスチャンピオンでもあるデストロイヤーなどなど >>698
『木村をリング上で 半殺しにした事で 力道山はプロレスラーとして 絶大な人気を得た。』
↑
力道山・木村戦は木村政彦側にとってはシャープ兄弟戦での名誉回復、
キャバレー木村&自身のプロレス団体(国際プロレス団)の
経営赤字補填のための資金獲得などメリットはあったが
業績好調ですでにシャープ兄弟戦で絶大な人気だった
力道山にとっては特にメリットはなく、する必要がない試合だったかもしれません。 いやする必要はあった。
対戦しなかったら、
力道山は臆病者だって木村に言われてる。
世間もそう見る。
木村を完全に倒した事で、
力道山は正真正銘
日本のプロレスの
トップになった。 ネトウヨが必死で木村政彦擁護してるけど映像観たら、あっ…(察し)ですわ 総督府というのは役所の名前であって行政単位じゃないよ
力道山は単に日本統治下の朝鮮出身
大阪府とかと混同しているのか? と思ったら上の方にめちゃくちゃ詳しい人がいてバカウヨタジタジで草 木村は木村でもラッシャーと力道山ならどちらが強かったかな? 体格ではラッシャーが一回り大きい。
しかしラッシャーは優しすぎる。
力道山は躊躇なく攻撃できるメンタルがある。 ラッシャーは自ら相手を潰すという考えはないからできないな。
潰しにきた相手を返り討ちならまだ有り得るが。
でも火が点く前に相手から潰されてしまう可能性がある。 猪木と力道山よりラッシャーと力道山の方が見たい気がする。 712ナイツだが、
力道山と橋本も見たいな。
恐らく小川との試合みたいになるか、あれを越えるか。
力道山ー木村と同じくなるかも。
生前の橋本は『力道山とはどういうお方だったか』と。
『猪木さんの師匠の力道山とは戦ってみたい』とも。
でもあの小川戦よりかなり前だったからな。
小川戦のあとならそんなコメントできないだろう。
いくら相手が故人でも。 >>713
714(アク禁)ないし だが、
力道山の肉声を聞ける動画ってあるらしいな。 力道山は朝鮮より日本の方が長かった。
15、6で日本に来て日本では20年以上。 >>715
お前はあと2年以内に死んだらみんな喜ぶよ 717(それは)ないな だが、
>>716お前さんこそ来週にもこの世から跡形も無く消え失せてくれ。 718(それは)ないわ だが、
>>716お前さんは骨の一片も残さず消え失せる責任がある。 >>718
おもしろーいw
早くみんなの期待に答えて孤独死しろよw 721なにー?だが、
>>720力道山のガチチョップ5発也 724何よ だが、
力道山は自分のバックに物を言わせていた部分があった。 725何語?だが、(お前のは)→>>719
一秒でも早くこの世から跡形もなく消滅しろって命令してんだろ。 晩年の力道山ではアントニオ猪木にシュートで極められい程強くなっていた 728浪浪花だが、
晩年の力道山は実際に体はボロボロだったみたいで。 日本プロレス時代にガチンコのセメントで鍛え上げられカールゴッチから基礎体力トレーニングとシュートテクニックを学んだアントニオ猪木
と相撲出身で頑丈な肉体と足腰が強い力道山では果たしてどうか 『山道力』って表札見たが、力道山意識して付けたのは明白。 >>729シュートでやるわけないよ。
それと昭和三十八年の頃なら、
まだまだ力道山の方が強いよ。
猪木が一番強かった頃て、
新日旗揚げ時ぐらいから、
アリ戦の頃だよ。 力道山と猪木 共に年齢的、肉体的な全盛期での比較。
強さなら力道山の上という意見が。
でもレスラーとしての幅広さは猪木が上だろうな。 相模原の力道山イベント
「怒涛の男」上映会&郷土史家、市長によるトーク
は、なかなか良かったですよ。
何が良かったかというと、力道山の試合シーンを見つめる観客のじいちゃんたちが良かった。
ネット環境無い人の中には50年ぶりの力道山だった人もいるだろう。
凝視する人、微動だにせずかすかに微笑む人、ハンカチを目に当てる人……
それらの顔がスクリーンの光に照り返されて。
体験出来なかった街頭テレビに参加できた気持ちです。
チケットは600円。 力道山は同胞意識が強く星野勘太郎や大木金太郎等のレスラーを可愛がっていた
プロレスは在日の娯楽だった時代 可愛がってはいたけど、
評価はしてなかった。
一番評価していたのは馬場だからね。 『力道山は同胞意識が強く星野勘太郎や大木金太郎等のレスラーを可愛がっていた
プロレスは在日の娯楽だった時代』
↑
星野勘太郎は1961年日本プロレスに入っているが
当時日本人上位選手のみが出場できる(途中から若手有望株も)
ワールドリーグ戦にも出場できていないので
それほど可愛がられたという感じでもないでしょう。
力道山は相撲出身ですが大相撲からスカウトした選手でも
日本プロレス初期からいる芳の里などはワールドリーグに出場できていません。
日本人準エースは初期は柔道出身の遠藤、それに並ぶのは大相撲出身の豊登でした。
次に多く出場したのは山口利夫の団体から移籍した学生相撲出身の吉村。
吉村はカールゴッチと名勝負してカールゴッチにも評価された業師でした。
若手有望株としては大木、猪木は4回目、5回目、マンモス鈴木が5回目に出場していますがいずれも負け役。
馬場は海外遠征していたせいで5回目で初参加していますが4勝2敗1分けと凱旋一時帰国となっています。
このワールドリーグの日本人出場選手から見てもわかるように
力道山は出身母体まどや民族などでひいきはせず、そのときの実力重視、華のある選手、特徴がきわだった選手を選んでいるのがわかります。
朝鮮系のみを優遇したという事実はないでしょう。 誤字失礼しました。
力道山は出身母体まどや民族などでひいきはせず、
↓
力道山は出身母体、民族などでひいきはせず、 >>739だから評価していたのは豊登と馬場だよ。
それと遠藤幸吉は
力道山の先輩なんだよね。
プロレス入りは遠藤の方が早くて、
デビューした直後は
力道山の方が頭を
下げた。
豊登や芳の里や
吉村道明と違って、
子分ではなかった。
他の奴みたいに殴ったり、
暴言を吐いたりは
絶対にしないし、
出来ない相手だった。 力道山は相当強かったらしいが、最強クラスではなく。
猪木も言うに及ばず。
強さ=力道山
演出=猪木
力道山は猪木より強さはあったが、猪木ほどの演出力はなかった。
猪木は力道山ほど強くなかったが、力道山以上の演出力があった。 じゃあ最強クラスって誰と誰なん?
で、その根拠は? プロレスラーの誰が強いとか、あんまり意味無いと思うんですよね。プロレスは芸術、表現物だから。
「紅白出場歌手で誰が一番料理が上手いか」みたいに、何だかよく分からない疑問ってことなっちゃうと思う。
誰が強いか、よりも、誰が強さを表現できるか、がプロレスなんだから、それぞれが一番グッと来たレスラーが「実は最強」でいいんじゃないでしょうか。
医学博士の父は生前「ブロディ」って言ってましたけど、多分肉体主体で考えてたんでしょう。 紅白歌手に喩えるならば
誰が一番歌唱力があるか 華があるか 応援したくなるか…などであり
料理の上手さなど関係無い プロレスも同じ
プロレスラーの強さを論じる事に無意味さや虚しさを訴える人達は
何やらコンプレックスめいたものを感じますな >>747 そうだよ。プロレスの本来的で素直な楽しみ方
(後述のA視点)で言うと全く同意でその通り。
だけど……
>>744から始まってる視点はそうじゃないじゃん。
「強さ」とは別に「演出力」などが存在してるって前提の話でしょ?
・素直に楽しむをAの見方。
・プロレスの仕組みを分かった上での見方をBとすれば、
Bの話をしてるの。
そりゃ、歌手に料理力なんて関係ないに決まってるじゃん。
「コンプレックス」云々の言葉もABごっちゃだから出てくる。 プロレスの仕組みを分かった上で~ って言う人は
具体的には何も説明出来ないけどな だから、そういう見方より素直に楽しむ方が良い……って言ってんだけど。
仕組み云々は、「そういう見方にはあんまし意味がない」の例として挙げてるのは分かるだろ。 >>744
『力道山は猪木より強さはあったが、猪木ほどの演出力はなかった。
猪木は力道山ほど強くなかったが、力道山以上の演出力があった。』
猪木自身のコメントに以下がありますので
猪木の演出力は力道山の演出力が手本と言えます。
>>204 での以下の『』内の記述にあります。
『俗に戦後の4大有名人として力道山、美空ひばり、長島茂雄、石原裕次郎が
あげられるが、NHKの知名度調査では力道山が92%を越えたことがあり、
この記録はいまだに破られていない。
アントニオ猪木氏は常々力道山は他の3人と違って
プロレスというジャンルをすべて自らが創り、
自己プロデュースをした点が凄いと語っている。』 総合格闘技ブームの頃に[プロレスの見方を知った上で楽しみむ]と称する人や総合格闘技の宣伝に乗っかった人達は「実戦にはプロレスラーは通用しない」とか「プロレスと違って真剣勝負の総合は~」など主張しておりましたな
当時の2ちゃんねるでもブロディやアンドレは強くないという論調が殆ど(実際は毎度同じ人が繰り返し投稿していたのだが)
しかし全盛期のブロディアンドレや猪木、力道山のファンからするとプロレス最強説は何ら揺いでおりませんな
そもそも総格自体をプロレスと見做していたし、ボクシングルールに準じたボクサー同士の闘いであってもプロレスのリング上であればプロレスになります
この理屈からすれば、柔道着を着た小川に橋本が負けたり
高田がヒクソンに連敗してもプロレスは負けておりませんな
強いて言えば新日やUWFが負けた事だが当時のファンからすればショックだったと思いますな
もしも現役の力道山が日本プロレスのリングで1968年~1970年頃に猪木と闘ったと想定すると 世代交代を懸けた大一番やワールドリーグ決勝、アクシデント的に発生した番外試合、半引退状態の力道山とのエキビジョンマッチなど… プロレスの上手さは
猪木の方が上だよ。
ただ演出力やプロデュースは力道山の方がずっと上。
ルーテーズに勝って
インターのタイトルを作ったり、
ワールドリーグ戦とか画期的な事を考えた。
何よりもプロレスの
パイオニアで、
国民的娯楽にしたのが大きい。 猪木が前に語っていたのが
『俺(や馬場さん)は所詮は(力道山が作ったレールに)乗っかっていたに過ぎない』
また長州も同じ事を言っていた。
『俺(や辰っつぁん)は(猪木さんが敷いたレールに)乗っかっていただけ』
『だから猪木さんを越えるなんて無理な道理』
そういう観点からしたら確かに道理だわな。
でも力道山がやらなかった(できなかった?)事を猪木はやってきた。
猪木ができなかった事を長州はやってきた。
しかしそれだけでは前者を越えたとは言えないし。 マスカラス相手なら猪木、ブラッシーなら力道山、この4者といずれも相性良いのがデストロイヤー
一番上手いのはデストロイヤーだが、常駐エースとしての安定感では馬場ですな
猪木は煌々たるテレビ照明のリングで映える
海外の薄暗いリングだと地味な印象となってしまい
力道山のほうがインパクトありそうですな
同じ土俵上で師匠を超えるのは困難
猪木が力道山に勝つとすれば官僚側と東左側陣営の強力なゴリ押しを受けての一発勝負かもしれませんな 元関脇力道山は上半身の強さは凄いが下半身は弱く細かった 757な、粉だが、
力道山は下半身もやたら強かったかんな。
上半身は言うに及ばず。 猪木は本当に力道山を恨んでたんだな。と思う話がここ。
ジャイアント馬場に対しても最後まで呼び捨てせずに、逆にジャイアント馬場に対して悪口を言う人間がいたら「お前らに何が分かる!」と怒る。
逆に力道山に対しては、師匠にも関わらず、ずっと呼び捨て。更に力道山からやられた虐待を自ら語る。本当に憎んでるだろ。
タラレバ話だが、猪木がアリと戦った時期に力道山も生きてたら、猪木は力道山に対してもシュートを仕掛けた可能性大。
しかし力道山が生きてたら、猪木はアリと戦える可能性0だったが。 759な、コクだが、
力道山はガチ頭お菓子屋だったかんな。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています