アントニオ猪木 対 力道山 [転載禁止]©2ch.net
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もし猪木と力道山のシングルがあればどんな試合になったか?
力道山が63年に死去せずにいて。
それで日本プロレスが一足早く日本人対決を行えば。
68年〜70年頃に実現したと仮定して。 >>54-55
おおっ、1週間後のちょうど同じ時間帯だ(驚愕)。 力道山はハチャメチャすぎたんだよな。
独裁制だからクーデターも起こされず。
でも寿命は短かったと思う。
ちなみに力道山が今も健在なら90半ばくらいか。 >>51
プロレスの上手さも力道山が上じゃないですかね
プロレスの黄金期は力道山時代で、それ以降は下り坂 力道山は時代を味方につけてたんだから後世のレスラーでは及ばんよそりゃ 逆に言えば、後世のレスラーは力道山のつくった道を後ろから進んだだけで
新しい道をつくることはできなかったんですよね
それが力道山と猪木の差です >>59
凄い指摘、鋭い意見だね。
確かにその通りだわ。
力道山以降は徐々にプロレスそのものが下がっている。
力道山時代から日プロBI全盛時代。
更に新日、全日誕生(分裂)。
そう考えると力道山以降はプロレスがどんどん下がってる。
佐山タイガー時代も力道山時代に比べたら明らかに落ちる。
力道山時代は生まれてもないから全く知らないが。
でも時代と共にプロレスが国民的スポーツとして認知されていた。
力道山時代はそうだった。
でもそれ以降は徐々に下がっていって。
BI全盛時代は国民的スポーツではなかったのかな?
まあBI二人でも力道山には及ばない。 昭和天皇の顔は知らなくても力道山の顔は全国民が知ってる、
というくらいの大スターだったらしいから
ちょっとスケールが違いすぎる 極論しちゃうとプロレス人気は力道山時代を頂点に右肩下がりだしな
猪木の頃にはもう「プロレスに市民権を」とか言ってたんだし スケール、規模が違いすぎるわ。
力道山は日本の誰もが知っていた。
しかも特大スーパースター。
時代の違いもあれど、力道山によって敗戦後の日本は救われたって意見もある。
馬場や猪木はその敷かれたレールに乗っただけ。
更に藤波や長州、鶴田はまたそこのレールに乗っかっただけだし。 スター性や貫禄は猪木や馬場時代が最高だがな
藤波や長州ではそれらが落ちるてか次元が違う 猪木はずっと2番手以下の扱いだったのに
力道山よりスター性・貫禄があるってことないわ 鶴田は三沢達に取って高くて厚い壁だった。
でも藤波や長州は三銃士に取ってそれほど高くて厚い壁には見えなかった。
藤波や長州は中途半端な存在に見えた。
鶴田みたいな圧倒的な強さを見せたわけでもなく。
逆にかつての猪木みたいな奥深さを見せていたわけでもないし。
雑誌記事や実況では三銃士からしたら藤波、長州は『高い壁』と無理矢理誇張していたが。 >>67
力道山よりそれらがあったからってとって代われるもんでもあるまい 単純な格好よさなら力道山より猪木が上かも。
上だろう。
でも>>シックスナイン…>>69の通りで、それで取って代われるものでもない。
よく藤波や長州が猪木を絶対に越えられないという言葉があった。
※鶴田や天龍が馬場を越えられないという言葉は聞かなかったが。
まあそれと同じで馬場や猪木がどう足掻いても力道山は絶対に越えられない。
猪木がやってきた事のスケールの大きさは力道山を越えた部分はある。
でも力道山そのものは絶対に越えられない。 >>69
業界2番手の猪木じゃ、力道山と同じ土俵に上がることすらできない 新日旗揚げ以降の猪木はあえて馬場さんを上位に見せて大衆を味方につけた
実際には興行的に新日>全日になっても自分たちが挑戦者っぽくふるまい続けた
まあ喜んでホイホイ自分が格上って設定に乗っかった馬場さんがマズかったけどね >>72
それは事実誤認が酷いんじゃないかな
単純に馬場が格上ってわけでもなかったのは本当だけどね 上位概念に抗う挑戦者のイメージを猪木にまとわせたのは村松友視か 日プロ時代は同期入門とはいえ年齢的上の馬場が格上扱いだったのは事実。
表記は馬場・猪木組
コールは猪木→馬場
若手時代の対戦でも馬場の全勝。 のはず
ちなみにようつべでオールスター動画見ると古舘は『猪木・馬場組』としきりに言っている。
また『シン・ブッチャー組』とも。
少しでも新日側を上として捉えた(い心情からの)実況。
他の試合での古舘の実況も同じはず。
『藤波・鶴田・マスカラス組』
新日側を頭に持ってきて。 猪木は馬場に勝てぬまま、日プロを辞めたのが痛恨の選択ミス
「格下」で固まってしまった 力道山から馬場への勝ちブックはもらえなかったのか。
確か15戦くらいあったはず。
でも力道山が生きてれば猪木も何回かは馬場に勝った(ブックを与えられた)だろう。
猪木も馬場も力道山とは3年半程度の付き合いだった。
しかも馬場は力道山死去時には海外。
付き人だった猪木の方が力道山とは深く長く関わってる。 力道山のガチ張り手で何度も記憶が飛んだ猪木
付き人が長かったから仕打ちも数多し
でも猪木も力道山とは3年半くらいしか居なかった
あのまんま力道山が生きてりゃ猪木も限界越えてプロレス辞めてたかも
プロレス辞めたらブラジル戻るつもりだったらしいし あと猪木としては、力道山は気分屋
気分次第で殴る力も違ったって
機嫌が悪い時には突然殴られる事も数知れず
逆に頻繁に殴られ蹴られ続けたから試合でも打たれ強くなった
そこは感謝した部分もあったと猪木がコメントしてた
猪木らしいコメントだと思った 憎んで憎んで殺そうと思った師匠
って詩集に書いてあったな 猪木引退の時のメッセージ
猪木は『力道山』と呼び捨て
『力道山先生』『師匠の力道山』ではなく
俺の友人は『猪木の力道山への(悪)感情を感じた』と言ってた
年数経っても力道山への憎悪は消えないのかも
まあ猪木以外でも力道山と年数長い付き合いあった人達
猪木以上に力道山には憎悪が激しいのかも 力道山のガチ張り手で何度も記憶が飛んだとか普通じゃないわ。
しかも猪木が悪くないのに。
あのまま力道山があと何年も生きれば猪木も逃げ出したかも。
猪木も力道山が亡くなって安心しただろう。 馬場は力道山に練習で怪我して包帯巻いた頭を「何だこのくらいの怪我!」と拳で殴られたらしいな 力道山はイジメみたいな小さいことはしなかったらしい。
イジメで殴るのではなく本当に機嫌が悪くて殴る。
むしろコソコソと陰湿なイジメをやる方が全然かわいいもんだと。
日プロOBの誰かが言っていた。
それだけ力道山は質が悪かったって。
力道山にはイジメという概念は全く皆無だったとのこと。
だから存命時には周りが力道山に気を遣いに遣いまくって。
力道山は機嫌がいい時と悪い時の差が凄かったから。
上田なんかもバシバシやられたのかな?
上田から力道山の話はあまり聞かない。
時期的には力道山存命時代に入門だから接点はあったはず。 吉村や芳の里でも平気で殴ってたらしいから
その下の若手なんてもう・・・ そりゃあ酒の席で『あのまま死んでくれて良かった』と言われるわけだ。
独裁主義だかんな。
逆に力道山に言える人間がいなかった現実がそれらを助長させた。
力道山があと10年生きたら日本マット界は全然違っていただろう。
猪木や下手したら馬場もプロレスから身を引いていたかも。
やっぱり新日と全日が出来たのは必然的だな。
猪木と馬場の独立は力道山とは全く関係ないが。
力道山死語の事だし。 「1976年のアントニオ猪木」で、同年の韓国マット界を
『猪木は存在せず馬場(パク・ソンナン)はアメリカから帰国せず50過ぎた力道山(大木金太郎)がベルトを巻く悪夢の世界』
と秀逸な喩えで表現していたw >>86
>力道山は機嫌がいい時と悪い時の差が凄かったから。
門茂男の本読むと、この人躁鬱病なのか?と思うことあるね。 力道山がああいう形で亡くなったのも因果応報、天罰という記事を見た。
生前は本当に凄まじかったみたいだし。
今の時代(その記事を書かれた時)の人間ならすぐに離れていく、って書かれていた。
力道山を本当に慕っていた人間はいなかったとか。
でもよく捕まらなかったな。
日本の大英雄だから見逃されてたのかな?
でも力道山を刺した小林会の人間。
もしこの人が逆にあの時に力道山の暴行で死んでたらどうなってたか?
力道山逮捕か小林会から殺られてたか。
若い衆とはいえ組員一人殺したら大変だし。
捕まったら捕まったで日本中大騒ぎ。
あのまま生きてたらいつかは仕出かしたとは思う。 あとは当時の外人レスラーの力道山評はどんなだったんだろか?
力道山自身が外人レスラーにはどう接していたか?
相手によっては試合中にガチ仕掛けたりしたのかな? >>92
プロモートが出来ない力道山は、グレート東郷に
丸投げだったから、一切感想なんてないだろう。
ギャラの件は東郷に聞けだからw
グレート東郷は当時の日本への招聘ピンハネで
巨万の富を築いた。 当時の外人レスラー達も力道山の独裁体制には驚いていたみたいだよ。
大半の外人レスラー達は『日本人じゃなくて良かった』と思ったはず だとか。
外人レスラー達から見ても驚異だったみたい。 外人レスラー達や関係者の前で猪木やら他を怒鳴りながら殴るんだからな。
『クレイジー』となるのも当然。
日本語わからなくても雰囲気でどういう状況かがすぐわかる。 全盛期同士の戦いなら圧倒的に猪木だろ。
力道山みたいな短足で下駄みたいな体のやつがつええのか?
あんなじじいみてえなルックスでさ(笑)
猪木は手足が長くて理想的な体。
力道山なんて十字とか出来
るのかよ?(笑)
おれは猪木信者だ。それにしても猪木に対する暴行とか読んでるとブチキレそうになるな(笑) 事業で借金まみれで給料の遅配もザラだったっていうから
ストレス発散で八つ当たりしまくってたんだろうなあ >事業で借金まみれで給料の遅配もザラだったっていうから
皮肉なことに後の新日本で猪木がそれを見事に受け継いじゃったね
アントン・ハイセルでの負債が凄すぎて佐山が「給料をきちんと払ってくれない」と
愚痴ってたとか 人間性の部分なら、力道山と猪木は似てる
シゴキやイジメも新日が引き継いだ 馬場が力道山から受け継いだのは葉巻だけって自伝かなんかに書いてたな猪木 でも猪木はイジメや嫌がらせはやらなかった。
金遣いが荒くて周りに迷惑を掛けたが。
力道山みたいに気分次第で周りを殴ったりしなかった。
力道山死後の日プロ幹部達の堕落や金遣いも問題だが。
それを見て懸念した猪木がクーデターを。
しかしその猪木が金遣いが問題になり、クーデターを受けた。
やった事は返ってくる。
形は違うが因果応報。 猪木は嫌がらせ大好きだろ
今でも拉致被害者に嫌がらせを続けてるし 力道山と猪木ならガチの強さなら力道山だろう。
ただ見た目のスター性や格好良さ等では遥かに猪木が上。 田馬乃助
力道山は人間の急所を幾つも知っていた。
ここをやれば死ぬ とか。
でも最期はその急所を刺されて亡くなった。
刺されたのが直接の原因じゃないが。 スター性も力道山の方が上
猪木は大人気レスラーになったけど時代の象徴にはなれていない スター性は力道山が上か。
まあ見た目の格好良さ等では猪木が上でもスター性はそれだけではないし。
でも猪木全盛時代に力道山が入門してたら?
年代的に逆で。
そういう仮説小説もおもろい。 〜真夜中のリキ道場〜
猪木が黙々とプッシュアップをしている
そこへ人影が
人影「猪木寛治よ、いままで俺のしごきによく耐えたっ!」
猪木「はっ!先生!」
人影「お前に わしが最も尊敬するアルゼンチンのレスラー
アントニオ・ロッカから、アントニオ猪木と名付けよう!」
猪木「せ、先生ぃ!(涙)」 「仰天・平成元年の空手チョップ」はいいファンタジーだった ファンタジーと言えば上川端通「ネオ格闘王伝説 Jr.WARS」
プロレスファンなら爆笑できる怪作漫画 猪木全盛の新日本プロレスに20前半の力道山が入門。
猪木に肩を組まれて緊張の面持ちの力道山。
誰かこんな小説書いてくんないかな。 >>111
お〜凄いね。
でもどうせなら11:11に書いて欲しかったなぁ。 ○猪木VS力道山●
12秒※金玉を握り潰しゲロを撒き散らしてK.O. 力道山は亡くなる直前は内臓等はボロボロだった。
長年に渡る激しい戦いの連続の代償……となれば聞こえはいいが。
でも実際には違った。
長年に渡る不摂生が原因で。
それと周りに地獄の苦しみを味会わせてきた天罰。
あのまま生きてても引退は近かっただろうな。
引退しても牛耳る事には変わりなかっただろうけど。
引退しておとなしくなる訳がないから。 >>114
長生きしてたら逮捕されてたかも知れないね 力道山帝国の崩壊と日本プロレスの堕落
かなり前にこんな見出しのコラムがあった。 力道山死後は日プロ関係者“全員”が独裁帝国から解放された。
しかしその解放感が仇となった。
日プロ幹部達はこれまでのストレス発散とばかりにやりたい放題。
しかしリング上では馬場と猪木という若手二大スターが誕生した。
事実上は日プロはこの二人で持っていた。
しかし二人の稼いだ金は日プロ幹部達によって消えていった。
しかし力道山死後9年も日本プロレスが存続したのは力道山の存在の貯金。
そして馬場と猪木の活躍によるもの。
こんな具合で書かれていた。
ゴングか週プロか他の雑誌かは忘れたけど。 高千穂は「オヤジ(芳の里)は自分の金で飲んでいた
会社の金を使い込んでいたってのは猪木さん周辺の作り話だ」と言ってるんだよな 力道山はさすがに北朝だけあって独裁的だったな。
実際に話に出る以上だったはず。
ガチ犯罪者だよな。
暴君、独裁者、権力者
予想外に早くに亡くなって喜んだってのもわかるわ。
力道山が亡くなって悲しんだのはファン。
関係者は喜んだ。
そういう記事まであったくらいだし。 にしても力道山の死因は謎だよな。
列伝やら他の記事にある《入院中の暴飲暴食》
でもそんな事はなかったとも。
ユセフ トルコや芳の里はこの暴飲暴食説を否定していた。
力道山はそんな間抜けじゃないって。
どうやら医療ミス臭いが。
今となっては真相は闇の中。 >>121
生臭い話がたくさんある人だったから身内に殺されたかもね 力道山は年齢ごまかしていたらしいな。
北朝に子供がいるって書いてあった。
でも計算すると15歳くらいで子供を作った事になる。
全くあり得なくもないが。
なんかの記事で力道山は5年くらい年齢をごまかしていたと。
となると享年39は44って事になるな。
北朝からの密航だったからそれに伴って年齢もごまかしていたみたいに書かれていた。
ごまかさざるを得なかったみたい。
それで日本人になり切って。
でも言葉とかで最初は周りも気付いたはずだが。 スター性というか、
力道山はたまたまテレビの普及期に合っただけ
まったく同じ時期に猪木と力道山がデビューしてたら、
そりゃ見た目からして猪木の方が人気出てたろ デストロイヤーに言わせると自分はショーだと思ってやっていても
力道山は試合中に時々カッとなって本気になることがあったそう
ヘッドロックに行こうとしても力道山に拒否されて本気で攻撃してきたりとかで
「力道山はプロレスラーとしては下手だった」という評価をアメリカ人向けのインタビューでしていた >>125
そりゃわからんよ
猪木もある意味巧く自分を売ったから人気出たわけだし
全然違う時代に同時デビューなら太い男と顎長男で両方人気出ないかも知れない aれっ今日地元に猪木来たんじゃなかったかな
パチの営業で行脚とは堕ちたなw 猪木の北朝鮮ベッタリをみると
まだ力道山のほうが日本の心を持ってそう 力道山とその息子と孫の顔
それぞれ全く似てないように思うのは俺だけかな 力道山のガチ張り手にふっ飛んで数日は頭が痛かったという十代の猪木。
力道山に殴られて脳震盪やアザは頻繁。
猪木に限らず当時の新弟子はみんなが力道山にやられたらしい。
でも馬場が力道山に殴られたって聞かないな。
力道山の馬場に対する特別待遇はガチ?ヤオ? あと力道山は実はかなりの小心者だって記事もあった。
病気したら病院にすら怖くて行けない。
そういう類いの気の小ささがあったって。
だから入院中の暴飲暴食は絶対に有り得なかったってね。
あの時は刺された傷自体で大事に至る事ぁなかった。
力道山も安心した。
でも結果的に亡くなってしもた。
そこに入院中の暴飲暴食説。
説っちゅうよりそれが原因で命を落としたとずっと書かれていた。
しかし後々になってそれを真っ向から否定する声が。
まあ生前の振る舞い(悪行、悪業の数々)が原因の因果応報。
そう捉えんのが最も相応しいか。 >>131
そりゃキレて反撃されたら勝てないとわかってたからでしょ
自分より何センチも背が高く、しかも名門の巨人軍の1軍まで登り詰めた本物のアスリートだから 病院が怖い、病気が怖いってのはわかるな。
自分の力じゃあどうしようもないし逃げられない。
力道山も人の子ってことだろ。
まして力道山の時代は医学が進歩してない。
まあ当時は当時でそこまでの医学の現状で治療していたわけだが。
今のこの時代の医学なんか知られてないわけだし。
でも医学が進歩した現代でも病気行くのを怖がる人は世の中にゃ沢山いちゃる。
でも力道山は体の中はボロボロだったらしい。
刺されなくても近いうちに病気で命を落としたかも。 おるらァ 力道山の弟子は二千回ぽっちの腕立てじゃヘバらねェんだよォォッ!
ハネのけてみいっ!!
ハハハッ カバン持ちにキンタマ潰されちゃ生きていけんわッ!! 病院にブルッた力道山w
でもそういうタイプは怖いものなしに見えるが、病気や病院はガチで怖いのだろう。
小心者の極み力道山光浩。
死んで側近や弟子達から喜ばれた力道山光浩。
ろくな人間じゃなかったんだな。
この時代だから通用したという。
国民的大英雄もリングを降りたら最低最悪な人間。
確かに力道山のいい話って聞かないな。
悪い話ばかりが次々と出てくる。
当時の外人レスラーの力道山の印象を聞きたい。
デストは力道山を称賛しとったが。 だから、トイレで猪木に金玉を握り潰されてゲロを撒き散らして死んだって言ってんだろ!!
世間一般の死因はそう書いてあるんだよ!! そこでは死んでねー
金玉潰されてどの面下げて生きて行けるって事で自刃 病院を怖がる力道山w
リングの勇姿からは考えられんな。
あとリング外の横暴ぶりからも。
坂口が力道山時代に入門していたらどうなっていたかな? >>124
猪木の自伝にも「サバを読んでいたはずだから
実際はとうに40歳を過ぎていただろう」と書いてあった。 何かの力道山年表とやらを見た。
北朝に娘がいるとの事。
でも計算すると15、16の時の娘になる。
全く有り得なくもないが。
それと日本に来た時の年齢が合わなかった。
やはり5年くらい鯖読み。
最新の宝島本に力道山の記事がある。
そこには力道山の出生を明かさないのはオールドファンの夢を壊さない為。
他にも様々な理由はあるはずだけど。
でも80年頃の力道山関連の本にはそういう事にも触れられていたみたいに書いてあった。
流し読みだったが。 あとその宝島本には猪木も最初は『ブラジルの日系人』だったらしい。
日本人を伏せて日系人として発表していたと。
大昔だからそういう事ができてまかり通ったんだろうね。
今の時代なら絶対に不可能。
レスラーのギミックもネットですぐに暴露されてまう。 力道山嫌いの猪木が力道山の故郷の北朝と絡んでる。
力道山を利用してんだな。
今は猪木と百田光男はどんな関係なんだろか? 猪木と力道山の試合は猪木とラッシャーの場面を想像する
力道山とラッシャーはロングタイツだし 猪木が夢見たこと
大流血の力道山の額にナックルの連打。
83年9月の大阪の猪木VS木村
この試合では猪木は木村を仮想力道山と見立てて凄惨な大流血KO。
何かのコラムにそう書いてあった。
力道山に先立たれて対戦のチャンスはなかった。
※あのまま生きていても対戦があったかは定かではないが。
木村は黒のロングタイツでスタイルや体型は正に仮想力道山。
猪木は『あの時の木村の顔、いや全てが力道山に見えた』
そんな具合で書いてあった。
週プロかゴングか忘れたが、もうかなり前に。 猪木は力道山からの仕打ちは一生のトラウマと言っていた。
遠回しで。
実際に猪木は力道山から嫌われていたのか?
でも力道山は猪木以外の当時の若手や側近にも仕打ちは凄かったみたいだが。
やはり殺される運命だったんだな。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています