エカテリーナのクーデターには、ピョートルは即位半年の間に改革の勅令を出しすぎて、周囲から猛反発喰らったという背景がある。

つまり、ピョートルにも甘さがあった。
それに勝ち戦のプロイセン戦をやめてしまったのも君主としてはどうかと。