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まどか
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0007名無しさん@ドル箱いっぱい (ワッチョイW 12a6-ycS2)
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2018/07/28(土) 01:33:25.98ID:4mJiCDN30
僕と契約して嫁になってよ!そして調教受けてよね!
0012名無しさん@ドル箱いっぱい (スププ Sd32-ibxH)
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2018/07/28(土) 08:46:57.16ID:0x3l1w1Pd
まどか「大草原不可避w」
0018名無しさん@ドル箱いっぱい (ワッチョイ d6c8-ptDT)
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2018/07/30(月) 11:36:27.23ID:pN1LPdcc0
0023名無しさん@ドル箱いっぱい (スッップ Sd32-64Mt)
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2018/08/01(水) 19:49:16.20ID:ccYLzC15d
まどか姉が遅番でない限り、原則風上家の夕食は18時半に始まり、19時には終わる

「ご馳走さま〜!」

 茶碗を皿に重ねて、さやかは満足気な声をあげる

 「食べて直ぐに横になったら、お豚さん一直線ですわよ〜」

 茶箪笥の上のスナック菓子を掻っ攫い、カウチソファーにダイブする長妹の姿を目を細めて見送るまどか
言葉とは裏腹に、その表情には慈愛に満ち、充足感に溢れていた
愛しい妹の幸せそうな姿に、己もまた幸せを噛み締める

楽しい夕べ…

正にこの一時にまどかの労は全て報われる
嘗てあの様に無邪気だった頃の自分を、きっと母も今の自分と同じ様な気持ちで眺めていた事だろう
目頭がほんのり熱くなる
何があろうとも、この子だけは必ず幸せにして見せる
まどかは、胸の奥で朧気な輪郭を浮かび上がらせる母の面影に、そう誓うのだった

 「ま… まどか姉! き、今日はあやかがお茶碗を洗ってあげるのだ…!」
「駄目よ…」

 タイミングを見計らい、意を決したあやかの申し出は即座に却下された
ほんの一瞬向けられた冷たい流し目に、あやかは軽く失禁する所だった
普段ならここでシュンとする所…
否、そもそも普段なら、まどか姉に対して差し出がましい意見など主張する事は絶対無かった
だが今日のあやかは違った
どうしても茶碗洗いをさせて欲しかったのだ
0024名無しさん@ドル箱いっぱい (スッップ Sd1f-uuZP)
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2018/08/02(木) 10:21:33.45ID:dZvo4GI6d
「ま…… まどか姉はお疲れ… なのだ… あ… あやかに任せる… のだ…?」

慎重に言葉を選びながら、流し台に立つ長姉の背中に声を掛ける

「ダ〜メ、汚れるでしょ?」

勿論、まどか姉の言う"汚れる"は、あやかの事ではない
食器類の方だ
そんな事はあやかの低い知能指数でも分かる
足りない子のあやかが触ると、バイキンで汚れるのだ
当たり前なのだ

「せ… せめて自分のお茶碗は… 自分で洗うのだ… へへっ… あやかも、お嫁さんの練習… なのだ…!」

今日のあやかは粘りに粘った

「チッ!!」

だが次の瞬間、まどか姉が見せた鬼の形相と大きな舌打ちに、あやかが振り絞った渾身の闘志もあっさり駆逐された

「ご、ゴメンなのだ! あぁ… ゴメンなさいなのだ!」

数歩後退りした後、踵を返してダイニングから飛び出した
背後でガシャンと大きな音がなる
振り向けば、あやかの大事なパンダ茶碗が流し台の中で踊っていた
まどか姉が怒りに任せて叩き突けたのだ
0025名無しさん@ドル箱いっぱい (スッップ Sd1f-uuZP)
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2018/08/03(金) 18:00:54.14ID:JxmgjAuGd
(あやかの大切なパンダさん!? 割っちゃダメなのだ…!)

当然口には出せないその台詞を心の中で噛み締めて、あやかは天国のお母さんに、どうかパンダお茶碗が割れない様に守ってね、と必死にお願いするのだった





「ごろーまるさん、遅くなってゴメンなのだ…」

庭の物干し台の側、名も知らない低木群の植え込みを仕切る煉瓦ブロックの垣
カーテンから溢れる淡い光りに、ぼんやりと浮かび上がるその一角に屈み、あやかは足下にある大きめな石ころの一つをゆっくりと取り除く

「約束のハンバーグは手には入らなかったのだ… これで我慢して欲しいのだ…」

あやかはポケットから取り出した何かを、その石のあった場所に静かに置いた
残念な報告はどうしたって声の張りが無くなる
既に宵闇に深く包まれた庭先では良く分からないが、あやかの顔も寂しい笑顔を浮かべていた
0028名無しさん@ドル箱いっぱい (スッップ Sd1f-uuZP)
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2018/08/04(土) 15:01:30.16ID:PO4ORPb0d
もしその姿を認める者が在らば、さぞや困惑した事だろう
暗い庭の片隅で、ぶつぶつと寂しい独り言を呟く少女…
そう、あやかは独り言を呟いていた
否、あやかにとっては独り言ではない
彼女が話掛けた相手は、今手にした石の下に居るのだ

「ゴメンなのだ… ふふっ… ごろーまるさんは優しいのだ……」

あやかが設置したのは、硬くなった白米の塊だった
本当はここにハンバーグのデミソースを付けてあげたかったのだ
もしかしたら肉片も付けてあげられたかもしれなかった
だからあやかはまどか姉に茶碗洗いを志願したのだった
あやかも久しく口にしていない大好物の一つ、ハンバーグの風味を、少しだけでもごろーまるさんに味わって欲しかったのだ
自分の大切な友達が、自分の大好きな食べ物を、同じ様に好きになってくれたら…
そんな純粋な彼女の願いは残念ながら、今回は果たされる事はなかった
せめて付け合わせにするつもりで敢えて残した、あやかの晩のおかずである玉ねぎ炒めの一部だけでも回収したかったが、結局それも叶わなかった
大事な友達のディナーとして提供できたのは、こっそりシャツの胸元に付けて隠したご飯粒だけだった
それが申し訳なくてあやかは仕方なかった

「今度はきっと美味しい物を持ってくるのだ 今度こそ約束たのだ …それじゃまた明日、お休みなさいなのだ……」

あやかは地面に向かって小さく手を振ると、取り除いた石ころを静かに元の場所へと戻した
0030名無しさん@ドル箱いっぱい (スッップ Sd1f-uuZP)
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2018/08/05(日) 17:02:53.39ID:cH7GFXeZd
「あやかちゃん! 今日こそ燕の巣を見に行こうよ〜!」

終業のホームルームが終わり、麦波ちゃんがあやかを寄り道に誘う

「ゴメンなのだ〜! あやか、今日も先約があるのだ〜!」

だがあやかはつれない返事を返すと、鞄を背負い一目散に教室を駆け出て行く

「こっちが先約なんだよ〜!」
「ウェヒヒ! 風上のあやかちゃん、最近付き合い悪い! ひょっとして… 彼氏が出来たのかも!? ウェヒ!!」
「ぷ、プラチナ嫉妬!!」

クラスメイト達はそんな雑談を交わしながら、あやかの消えて行った扉を所在無げに見詰めていた





「ただいまなのだ!!」

門柱の陰から勢い良く飛び込んで来たあやかの、大きく明るい声が庭先に響く
二人の姉は未だ雀荘に高校での、それぞれの業の最中
その帰宅の挨拶は、あの石ころの下に向けられているのだ
あやかは庭の砂利上で、フィギュアスケートの選手の様な連続回転を決めると、背負った鞄を縁側に投げ出し、昨晩と同じ植え込みの側に滑り込む
知恵故障のあやかは感情が高まると、己の肉体を上手く制御出来なくなる
大声や多動と言った発作的症状を発症し、それが原因で度々姉達にお仕置きされるのだ
だが、ここにはまだその姉達はいない
彼女らの帰宅する迄の間が、あやかとごろーまるの倖時間なのだ
0031名無しさん@ドル箱いっぱい (スッップ Sd1f-uuZP)
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2018/08/06(月) 17:36:54.33ID:ofVKHLAId
馴れ初めはもうよく覚えていない
きっと運命の導き… とでも言うべき物なのだろう
ある日の庭先で、あやかはごろーまるさんと目が合ったのだ
クラスメイト達とは学校で何時でも遊ぶ事ができる
だが、ごろーまるさんと戯れられるのは、この限られた時間しかないのだ

「ごろーまるさん、今日はじゃんけんをして遊ぶのだ!」

昨日と同じ石ころをそっとどかし、何事か今日の学校での出来事を楽しげに話掛ける

「じゃんけんぽんっ!」
「じゃんけんぽんっ!」

グー、チョキ、パーと指を折り、広げながら、あやかは一心不乱にじゃんけんに興じる
額に汗を浮かべながらも、その表情は嬉々として輝く
ちょうど前を通り掛かった近所の主婦が、哀れみの視線をあやかに投げて通り過ぎて行った

(あんなに可愛いいのに… 残念ね……)

二人の姉に負けず劣らず、あやかのその容姿も平均のそれを大きく凌駕していた
透き通る様な白い肌、小さな顔の大きな瞳にショートカットが良く似合う
そんなアイドルクラスの見て呉れが、逆に彼女の知恵故障っぷりを強烈なコントラストで浮かび上がらせており、それは見る者によっては恐怖に近い感情すら覚えさせた
母の亡き後、力を合わせて生きる美しき三姉妹
その中の残念な妹さん… 夜中に奇声や泣き声をあげる迷惑な妹さん…
それに恭しく寄り添い、介護する心優しいお姉さん達… 可哀想なお姉さん達…
それが近所に於けるあやかと姉達の評判であった
0032名無しさん@ドル箱いっぱい (スッップ Sd1f-uuZP)
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2018/08/07(火) 17:58:35.42ID:aM32YeUTd
「あやかちゃん、今日も一人なんだw」
「!?」

最近やたらとあやかに構ってくる"イジワルなオジサン"
その声に我に帰れば、既に太陽は西の山嶺に掛かり始め、夜の気配が近付いていた

(いけないのだ! そろそろ"良い子"にしなくちゃダメなのだ…!)

あやかは何時も通り、"イジワルなオジサン"を無視すると、足下の石ころを元の位置に戻す

「ごろーまるさん、夕御飯までバイバイなのだ!」

そう語り掛けると立ち上がり、縁側の鞄を拐って玄関を潜った
勝手にお庭で遊んでた事が知られれば、姉達からこっぴどいお仕置きをされるのだ
"良い子"にして、呼ばれるまで決して自室から出ない…
それがまどか姉と交わした約束なのだ

「うぅ………?」

原因は分からないが、あやかは何時もこの時間になると体調が少し悪くなる
呼吸が荒くなり、胃が押し潰された様にキリキリ痛むのだ

(少し横になって休むのだ…)

長姉は年頃のあやかにも一切の家事手伝いをさせなかった
姉想いなあやかは度々家の手伝いを申し出たが、悉く却下去れた
あやかには生まれつき"バイキン"が居るのだそうだ
"バイキン"が居るのなら仕方がない
己の星を恨むしかない
あやかは呼ばれるまで、ただ部屋の中居れば良いのだ
静かにさえしていれば、何をやっても自由なのだ
それさえきちんと守れば、ちゃんと夕御飯を食べさせて貰えるのだ
0034名無しさん@ドル箱いっぱい (プチプチ Sd1f-uuZP)
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2018/08/08(水) 16:42:03.28ID:2C/5Z9g3d0808
「あやか… ご飯ですわよ……」

その声を聞き漏らさない様に耳をそばだてていたあやかは、直ぐ様部屋を飛び出して階段を降りる
大きな音を立て無い様に、且つ遅れる事無く…
身に染み込んだ芸当

「まどか姉、さやか姉、お帰りなさいなのだ!」

姉達の帰宅から凡そ一時間、漸く挨拶の機会を得る
あやかは姉達が大好きである
姉達への挨拶には自ずと情が籠り、ボリュームが高くなる

「うるさいなぁ…」
「早くお食べなさい…」

今日もお疲れの姉達の機嫌を些か損ねさせた気がして、あやかは畏まりながらテーブルに着く
今夜の姉達のメニューはまどか姉の特製海老シューマイ
あやかのメニューは生卵一個である
まどか姉はあやかの知恵故障を治す為、何時も特別メニューを拵えてくれるのだ

「いっただきま〜すのだ!」
「うるさい!」

お腹ペコペコのあやかはまたしてもテンションコントロールに失敗し、既に食事を開始していたさやか姉に睨まれる
あやかは恐縮し、そろそろと生卵に手を伸ばした

(今日は海老シューマイなのだ… あれも美味しいのだ〜… ごろーまるさんに……)

視線の隅で姉達の膳を伺いながら、なんとか石の下のお友達にも味合わせてあげたいと夢想する

「卑しいなぁ… こっち覗かないでよ…」

さやか姉にその視線を気付かれ、毒づかれる

「ち、違うのだ… あやか、そんなんじゃ……」

まどか姉が少し遅れて席に着いた
あやかはハッとなる
もしかしたら今のやり取りは、まどか姉の特別メニューに対する不満として捉えられるのではないか?
あやかは小さく震え出した身体をなんとか宥めて、まどか姉の顔色を伺う

「!?」

だが、そこで見せたまどかの行動はあやかの予想を大きくかけ離れていた
0035名無しさん@ドル箱いっぱい (スッップ Sdea-pi4+)
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2018/08/09(木) 19:21:42.22ID:QNdQcAr6d
席に着いたまどかは、無言で自分の皿の海老シューマイを一つ、あやかの生卵用の器に入れた
あやかはその行動の意味が暫く理解できなかった

「………い… いいのだ!?」

本音を言えば、あやかだって姉達と同じ物を食べたかった
だが知恵故障を治す為だと言われ、治りたいあやかはずっと我慢していたのだ
知恵故障故にバイキンが涌く
早く姉達の様に綺麗で清潔に成りたかったのだ
まどか姉はあやかの問いには特に反応せず、静かに味噌汁に口を付けた
さやか姉は口を少し尖らせて、不満そうな表情を見せた
きっとあやかの知恵故障が治らなくなる事を憂いているのだろう
そんなさやか姉もまどか姉に何事か話を掛けられて、にこやかに談笑を始めた

「………………」

あやかは箸に刺したシューマイを目の前に掲げる

(ゴクリ……)

口内に溢れる大量の唾液を無意識に飲み込む
最後にシューマイを食べたのは何時だろう?
給食に出た気もするが、それとは全く物が違う

「あ〜〜ん……」

大きく口を広げてそれを一口に頬張る…… 寸前で慌てて所で箸を止める

(そうだったのだ! ごろーまるさんの晩御飯…!)

危うく理性を失う所だった
これはごろーまるさんにも味合わせてあげられる絶好のチャンスなのだ
あやかは一口に頬張る代わりに、がぶりとかじり付く
海老の風味と甘い肉汁、其がバリバリに黒焦げた皮の苦味に因って引き立たされ、口の中に広がる

「美味しいのだ〜!」

思わず感嘆の声を上げる

「うるさい!」

さやか姉に再び叱責される
だがあやかの頭の中は既に、喜ぶごろーまるさんの姿で満たされていた
0036名無しさん@ドル箱いっぱい (スッップ Sdea-pi4+)
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2018/08/10(金) 19:28:43.77ID:oUUU1+k+d
『お祭り男、ドンちゃん! アマゾンの奥地で仕掛け花火対決に挑む! ……世界の果てまでユニバG!』

「バリ… ボリ………?」

夕食後、何時もの様にソファーに寝そべり、テレビを見ながら駄菓子を摘まんでいたさやかは、視線の隅、レースのカーテンの向こうに動く影を認める

「………………」

美人三姉妹だけが住まう風上家は、時として招かれざる客を呼び込む
あやかはゆっくりと身を起こすと、カーテンの向こう、庭先へと意識を向ける
別に恐怖は感じない
少林寺拳法を嗜むさやかの戦闘能力は、そこらの男のそれを遥かに凌駕する
まどか姉に至っては、そのさやかでさえ軽く往なされる程である
いつぞや覗き目的で侵入した不逞な輩は、さやかとまどか姉で両手足の骨を粉砕骨折させた上で、警察へと突き出した
明らかな過剰防衛であるが、この絶世の美人姉妹がそれを行うなど、誰一人信じる者は居なかった
夕食時のキモウトの言動に、些か鬱憤の溜まっていたさやかは、指の関節を鳴らしながらカーテンに近付く
確かに最近身体が重い… 気がする
少しダイエットするか…
さやかはカーテンの向こうの変質者を挑発するかの様に身体をくねさせると、頃合いを見て勢い良くカーテンを開けた

 

 

「ごろーまるさん、ごろーまるさん! 今日はやったのだ! ご馳走なのだ!」

シューマイの欠片を溢した振りをして膝頭に挟み、隙を見てそれをパンツのゴムの下に隠す
身体のあちこちを油まみれにしながら、なんとかあやかは友達のディナーを用意する事が出来たのだ
昨日がっかりさせた分、今日はお腹いっぱい食べて欲しい
例の石ころの側に屈み、ゆっくりとそれを除いていく

「さぁ! 召し上がれ、なのだ!」

あやかは掌の中の海老シューマイの成れの果てを、ごろーまるさんの眼前へと据えた

「ふふふっ… 美味しいのだ? あやかも美味しかったのだ!」

その時である
あやかの鼻先を、嗅ぎ馴染みのあるシトラスの香りが仄かに通り過ぎた
その瞬間、あやかの全身の血管が萎縮した
そのシトラスの香りに条件反射を起こしたのである
その香りはあやかの副交感神経にとって、恐怖と緊張を連想させる物だったのだ
0037名無しさん@ドル箱いっぱい (スッップ Sdea-pi4+)
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2018/08/11(土) 16:24:03.63ID:rtjUGkMMd
「!?」

背後から視界に飛び込んできた、その白く長い腕を認めても、知恵故障のあやかは状況を瞬時に飲み込む事が出来なかった

『シュュュュュュッ!!』

その腕の先で何かが音を立てて白煙を吐き出す
不快な刺激臭が立ち込め、あやかとごろーまるさんを包み込む

「だっ!? ダメェェェェェェェッッッ!!」

漸く状況を飲み込んだあやかが、絶叫と共にその腕を払い退ける

「ごろーまるさぁぁぁぁぁんっ!!?」

あやかは悲鳴に近い叫びを上げて、ごろーまるさんの側に顔を寄せる
ごろーまるさんは苦悶を全身で表す様にのたうち回る

「し、しっかり!? あぁ、しっかりなのだぁぁぁっ!!」

あやかは四つん這いになって、フゥフゥとごろーまるさんに息を掛ける
彼女の中では人工呼吸をしているつもりなのだ

「……キモッ」

その様を冷めきった目で眺めながら、さやかはぼそりと呟いた

「あぁ…… ごろーまる… さん………」

あやかの懸命の人工呼吸にも拘わらず、ごろーまるさんはゆっくりとその動きを止め、そしてひっくり返ったまま動かなくなった

「近所から白い目で見られる事は止めて欲しいんだけど…?」

殺虫スプレーを手持ちぶさたに片手お手玉しながら、さやかは妹を嗜めた

「ど…… どうして…? どうしてこんな事を… するのだ……?」

あやかは四つん這いのまま、顔だけをゆっくりと次姉の方へ向けた
リビングから届く弱い光りに照らされたその表情は、怒りとも悲しみともつかない、決壊寸前の感情に紅潮していた

「……それはこっちの台詞なんだけど…? 一体何やってんの、アンタ? ……え? 何やってんのよ…!?」

さやかの言葉も徐々に怒りの感情で染められていく

「……いくらさやか姉でも… やって良い事と悪い事がある… のだ…!」

あやかはゆっくりと立ち上がる

「はぁ!? 何? 説教!? ダンゴ虫とお喋りしてるアンタに言われる筋合い無いわw」
「ダンゴ虫じゃないのだ! ごろーまるさんなのだ!!」
「キモッ! キモ過ぎるんだけどw!!」

さやかは若干動揺していた
あのあやかが、ここまで自分に楯突く事など今まで無かった
その動揺を掻き消す様に、怒りにボルテージを自ら上げて行く
0038名無しさん@ドル箱いっぱい (スッップ Sdea-pi4+)
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2018/08/12(日) 18:55:27.68ID:qBIF4t/9d
「アンタも虫並みの知能なんだから、これで死んじゃいなさいよっ!」

『プシュュュュュュ!!』

あやかが顔面目掛けて殺虫スプレーを噴射する

「!? ケホッ!! ゲホッ!?」

あやかは顔面を押さえて身を捩る

「ハハッ バ〜〜カ! 何がごろーまるよっ! ゴミ! カス! ムシケラ!!」

さやかの中で積もりに積もった物が、一気に噴出した
完璧な美貌を備えて生まれた自分
その輝かしい筈の人生に於いて、汚点で足手まとい以外の何物でもない、知恵故障のキモい妹
やがて愛する者が現れた時、このクリーチャーを妹として紹介せねばならないのか…
そんな無念と口惜しさに枕を濡らしたのは、一晩二晩では無かった
いっそ死んでくれたらいいのに…
稀にこいつの帰りが遅い時は、どこかの路上で肉片になっているか、どこかの堤に浮いていてくれないかと、神に祈ったりもした
そして、呆けた笑顔でこいつが玄関先に現れる度に、この世には神も仏もないのかと落涙した
殺虫スプレーで死ぬ事はないとは、当然分かっている
でも死んで欲しいと心から願ってボタンを押したのだ
実の妹の死を願う、下衆極まる鬼畜姉!
私がこんな風になったのはあやか、アンタのせいなのよっ!!

「……ふんっ!」

殺虫スプレーの噴霧が終わると同時に、あやかは拳を振り上げた
生まれて初めて… 未だ嘗て、誰一人にも暴力など振るった事の無いあやかが、初めて人に… それも実の姉に危害を加える為に、拳を振り上げた
彼女の心の中でも、何かが音を立てて崩れ様としていた
実の姉に拳を振り上げる、下衆極まる鬼畜妹
あやかはこんな事したくないのだ… でも… さやか姉が… さやか姉が悪いのだ…!

「…………何よ? ぶつなら早くぶちなさいよ!」

さやかはズンと身を乗り出し、顔をあやかの眼前に差し出す
最早双方、感情に因ってのみ行動を制御されていた
そこに健常者と知恵故障の境は無かった
0039名無しさん@ドル箱いっぱい (スッップ Sdea-pi4+)
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2018/08/13(月) 17:35:46.53ID:usM3bz+sd
「ホラやれっ! 早くぶちなさいよっ! 意気地無し!」

さやかは更に顔を突き出し、あやかを全身で圧迫する
あやかの振り上げた腕が震える
さやか姉の報復を予見してではない
それはこの腕を振り下ろした後に訪れるであろう、未曾有の世界への恐怖によってであった
この腕を振り下ろしたらもう、元の場所には戻れない
あやかはそれでも、さやか姉が大好きなのだ
さやか姉をぶちたくなど無いのだ
幼い日、二人で遠くまで遊びに出掛け、揃って迷子になってしまったあの日…
さやか姉はずっとあやかの手を引き、歌を歌って励ましてくれた
もう疲れて歩けないと言うあやかを、小さな身体で背負ってくるた
あの歌声、あの温もり…
この腕を振り下ろした時、その全てを失う事だろう
あやかはそれを恐怖した

「苦しみながら死ねて良かったね、ごろーまる… ザマ〜ミロ!!」

『ペシッ』

「………………イタ……」

あやかはさやか姉の側頭部を軽く叩いた
もうどうしても我慢が出来なかった

「い… 痛い…? で、でも…… ごろーまるさんは… ごろーまるさんは、もっと痛かったんだよ…? 苦しかったんだよ…? ごろーまるさんに… ごめんなさい… してね…!」

痛い程の打撃では無い
だがあやかの声は完全に裏返っていた

「…………あたし… 妹にぶたれちゃった…… 何やってんだろ… あたし…… ダンゴ虫に負けちゃった……」

さやかの見せた反応は、あやかの予想した物とは全く異なっていた
否、正確に言えば、予想可能な物の中で最悪だった
ポリポリと叩かれた側頭部を掻きながら、さやかは玄関の中に消えて行った

「さ… さやか姉……!」

思わずその後を追うあやか
玄関を上がるさやか姉の寂しげな後ろ姿が、あやかの胸の中を滅茶苦茶に掻きむしった
0040名無しさん@ドル箱いっぱい (アウアウカー Sacb-3LOM)
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2018/08/14(火) 02:21:09.15ID:OHniyl/Ia
続きあく
0041名無しさん@ドル箱いっぱい (スッップ Sdea-FLZk)
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2018/08/14(火) 18:43:08.04ID:1LiARZ9md
「まどか姉ぇ……!」

廊下の突き当たりで奥に消えたさやか姉
その彼女の、今まで一度も聞かせた事の無い号泣が、玄関先まで響いて来た
あやかの全身がガタガタと震え始め、口の中で歯を鳴らした
自分の仕出かした事の大きさを、徐々に徐々に理解し始めた

「あぁ… さやか姉……」

そこで漸く自分が泣いている事に気が着いた
いつから泣いていたのかは分からない
ただ、あやかの顔は涙でぐじょぐじょだった
大きな足音が、さやか姉の消えた先から聞こえて、今度はそこにまどか姉の姿が現れた
遠すぎてその表情ははっきりとは分からない… 筈だった
だが何故か、これまた今まで見た事も無いような、般若の如き怒りの表情である事が読み取れた
そういうオーラを漂わせていた
超能力者で無くとも感じ取れる程の強烈なオーラ…
はっきりと特定は出来ないが、その手に何かが握られていた
多分それは包丁だと、あやかは根拠も無く思った
そのまどか姉が大股で此方に向かって来る

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

恐怖と後悔と絶望の織り混ざった、湿っぽい絶叫を上げて、あやかは庭から飛び出した
暗いアスファルトの地面を蹴り付けて、ネオンと車のヘッドライトが彩る夜の街へ、宛も無く駆け出して行った
0042名無しさん@ドル箱いっぱい (ワッチョイ 2a5d-kWrs)
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2018/08/14(火) 22:16:00.97ID:utWrDuZf0
ワイ先生・・・!?
0043名無しさん@ドル箱いっぱい (オッペケ Sr03-pMxJ)
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2018/08/14(火) 22:47:33.45ID:fk7zIG09r
まとめサイトも審議中だろ、こんなん
0044名無しさん@ドル箱いっぱい (アウアウカー Sacb-H/A7)
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2018/08/15(水) 02:35:41.16ID:QoHJW8fsa
続きあく
0045名無しさん@ドル箱いっぱい (スッップ Sdea-pi4+)
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2018/08/15(水) 18:24:10.16ID:4o4vkKDpd
甲虫が街路灯に身体を打ち付ける音が、異常な迄に大きく響く
何時の間にか忙しい車の往来も無くなり、そこが繁華街の片隅であった事を忘れさせる程の静寂が、辺りを包んでいた
どの位の時間が経った事だろう?
宛も無く走り回って辿り着いた小さな公園
その生垣の隙間に腰を降ろし、あやかはずっと膝に顔を伏せていた
藤棚の下の小さなベンチと水飲み場、小さな花壇と躑躅の低い生垣、そして小さなあやかの背中と影…
小さな小さなその世界…

「!?」

不意に肩を叩かれた気がして、思わず顔を上げる
何かを期待する微かな笑顔がそこに貼り付いていた
だが、あやかの肩を叩いたのは、白く優しい手では無く、闇の空から舞い降りた水滴だった

「………………」

程無く、ピタピタと雨粒が辺りに跳ね始めた
あやかはじっと暗い空を眺めたまま動かなかった
あやかが最初に縋ろうとしたのは、大好きな雫先生だった
だが知恵故障の彼女には、雫先生に連絡を取る術が思いつかなかった
それにもし連絡がとれても、雫先生はあやかの味方にはなってくれないのではないか、との思いもあった
何せ姉をぶつ様なとんでもない不良である
多分きっと間違いなく、雫先生はあやかを嫌いになるだろう
同じ理由でクラスメイト達を頼る事にも尻込みした
この世にあやかの味方など居る筈は無いのだ…
この広い世界で、独りぼっちなのだ…

何時しか雨は勢いを増し、本降りの様相となっていった
雨粒の刺激が心地良かった
雨があやかの涙とバイキンを、綺麗に洗い流してくれる様な気がした
濡れた身体が寒さにブルッと震えた
このままで良いのだ
きっと明日の朝には、自分は冷たくなって息絶えている事だろう
きっとその身体は、少しは綺麗な物になっている事だろう

やっとお母さんに会える…

早くお母さんに会いたい…

でも… きっとお母さんも……





「!?」

何者かの気配を唐突に側に感じ、そしてそれがあやかの頭上に傘を差した

「風邪、引いちゃうよ」

その声の方に顔を向ければ、あやかと同じ位の年頃の女の子が、優しい笑顔を湛えていた
0046名無しさん@ドル箱いっぱい (スッップ Sdbf-0Gel)
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2018/08/16(木) 18:47:53.39ID:1ZybIo9Pd
どこかのお嬢様の様な桃色のドレスを纏い、長く伸ばした髪が街路灯の明かりを受けて、まるで天使の様に神々しく輝いていた
あやかは嬉しかった
この世にまだ自分に優しさを向けてくれる人がいた事が…
こんな美しい世界に生まれた事が…
だから踏ん切りがついた もう未練は無い
この美しい世界に自分は不要なのだ

「いいのだ… エヘッ… あやかは風邪を引きたいのだ……」

再び駆け出そうと立ち上がるあやか
その眼前に女の子は純白のハンカチを差し出す
微かに香る甘い何かの香り

「面白いね、あやかちゃん ねぇ、今から私のお家に来ない?」
「えっ!?」

あやかが憧れたプリンセスのイメージ
こんな時間にこんな場所に等とは、知恵故障の彼女には思いもよらぬ発想である
只々優しい彼女の笑顔に魅了されていた
急に優しさに甘えたくなってきた

「う… うん…… でも……」

あやかはずぶ濡れの己の姿を見詰める

「やった! じゃあこっちだよ!」

女の子はそんな事は気にも止めなかった
あやかの手を引くと、二人の間に傘を差しながら、公園の裏手から奥路地へと向かって歩き始めた
彼女の手の温もりが、冷え切ったあやかの身体と心をぽかぽかと温めた

「あ… あの…… あやかはあやかなのだ…!」

良く分からない自己紹介をする

「あやかちゃん、宜しくね!」

女の子は更に丸い笑顔をくれた
触角の様な前髪が踊る様に揺れる

「あの… お名前……?」

知恵故障とは言え、初対面の挨拶は自己紹介を含む物だとは承知していた
相手が気付かないなら、教えてあげるのもマナーなのだ

「あぁ、私? 私は…… ご…… で…… ば…… ぱ… ぱーれんだよっ!」

人気の途絶えた裏道を相合い傘は進む

「ふふっ ぱーれん? 変わったお名前なのだ! ぱーれんちゃん、宜しくなのだ!」

あやかの顔に笑顔が戻った

「もう雨上がったね」
「ほんとなのだ」

その笑顔が雨雲を払拭したかの様に、何時の間にか暗い夜空にお月様が浮かんでいた
0047名無しさん@ドル箱いっぱい (スプッッ Sdbf-0Gel)
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2018/08/17(金) 18:48:14.45ID:4AF3p1vfd
「あやかちゃん、こっちだよ」

傘を畳んだぱーれんが再びあやかの手を取り、細い路地裏の更に脇道に導いて行く

「!?」

雑居ビルや草臥れた商店が、覆い被さる様に建ち並ぶその奥は、ぼんやりとした光によって満たされていた

「うわぁ! なんて綺麗な所なのだぁ!」

二人の行く先で路地は急に開けた
そこは、赤、青、黄、緑… 色とりどりのぼんぼりや提灯が辺り一面、頭上は空が見えなくなる程覆い尽くす、眩い光の世界だった
その光の中、真紅の柱ときらびやかな装飾を施された屋根を持つ荘厳な建物が、幾つも建ち並ぶ

「まるでお祭りなのだ!」

確かに何処からか賑やかな祭囃しも聞こえてきた気もする
あやかの興奮のボルテージは最高潮に膨れ上がる

「ふふっ 気に入って貰えて良かった」
「ここが全部ぱーれんちゃんのお家なのだ!?」
「ふふふっ」

ぱーれんはあやかの質問に答える代わりに彼女の手を引き、その中の一際大きな一軒にあやかを誘った
細かな銀の装飾が一面に施された大きな扉をぱーれんゆっくり押すと、音もなくそれは開いていった

「お… お邪魔しますなのだ!」

そこはまた、お伽噺の様な空間だった
緻密な風景画が描かれた天井から吊るされた橙色の大きな提灯が、それを支える青く塗られた太い木の柱と、隙間無く敷き詰められた真っ赤な絨毯を、色鮮やかに浮かび上がらせる
その提灯の真下に、白いテーブルと白い二脚の椅子が備えられていた

「凄いのだ… こんな所に住んでるなんて… ぱーれんちゃんはお姫様なのだ…」
「ふふっ 直ぐに温かい飲み物を用意するね あと着替えも…」

そう言うとぱーれんはあやかを白いテーブルに着かせ、自身は部屋の片隅に掛かる紫色の幕の奥に消えて行った

「凄いのだぁ……」

あやかは改めて周囲を見遣る
あやかの憧れる"西洋のプリンセス"とは趣が違うが、これはこれで十分にお洒落で素敵な世界だった

「!?」

暫く辺りに見入っていたあやかは、絨毯の上に落ちている何かを見つけた
真っ赤な絨毯の上で目立つ、白い塊…

(なんなのだ…?)

ゆっくりと近付き手を伸ばす

(…………?)

それはバリバリに乾いて固まった白米の塊だった
0048名無しさん@ドル箱いっぱい (スプッッ Sdbf-0Gel)
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2018/08/18(土) 21:59:32.32ID:oPU3Jg/ed
「あやかちゃん!」
「!?」

背後からのぱーれんの声に慌て振り返る

「私とおんなじ服でも良いかな?」

その手にはぱーれんと色違いの、菜の花色のドレスが掲げられていた

「うわぁ! ドレスなのだ! 菜の花のプリンセスなのだ!」

あやかは鼻孔を膨らませる

「ふふふっ …はいタオル、後ろ向いてるから着替えてね」

その言葉も終わらぬうちに、あやかはびしょびしょになったTシャツを脱ぎ捨て、身体を拭くのもそこそこに、ドレスの裾から頭を通す

「ドヤッなのだ! 似合うのだ!?」

サイズはあやかにピッタリだった
スカートを摘まんで持ち上げ、くるりくるりとその場で回って見せる

「似合うよ、あやかちゃん! …今、お茶も入れて来るね」

あやかの脱ぎ捨てたTシャツとタオルを拾い上げ、ぱーれんは再び幕の奥に消える
あやかはそんな事は気にせずに、念願のプリンセスに変身できた喜びを全身で表すかの様に、絨毯の上で小躍りしていた





「……そんなに嬉しい? あやかちゃん」

銀のトレイの上から、ティーカップをあやかの前に置く

「嬉しいのだ! ありがとうなのだ! 明日、学校に着て行きた……」

そこまで言ってあやかの顔は急に曇った
辛い現実に呼び戻された
家を飛び出して来たのだ 学校へなどどうやって行けるのか…

「……レモンティー、冷めないうちにどうぞ」

ぱーれんの勧めに、ティーカップを手に取り、口元へと運ぶ
芳しいレモンと紅茶の香りが鼻腔に広がる
またほんの少し、夢の世界に戻って来れた
0049名無しさん@ドル箱いっぱい (スプッッ Sdbf-0Gel)
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2018/08/19(日) 16:48:24.09ID:wo/a/mijd
「……美味しいのだ! あやか、こんな美味しい飲み物、飲んだ事ないのだ!」

決してお世辞ではなかった
温かい紅茶など飲んだのは何年前だろうか?
喉を通って胃に落ちる温かなうねりに、己の身体が冷えていた事を認識させられた

「……そ、そだっ あやか、ぱーれんちゃんの事、何も知らないのだ! 色々教えて欲しいのだ!」

それは本心だったが、あやかは現実逃避をしたかったのだ
自分の夢を現実にした様な、ぱーれんちゃんの世界に浸り、無惨な現実から逃れたかったのだ

「ぱーれんちゃんは… お家の人は…? 他の建物に居るのだ?」

お茶請けとして出されたクッキーをじっと眺めながら、あやかは切り出した

「ふふっ 安い物だけど、遠慮なくどうぞ」

ぱーれんはあやかの視線を察して、改めてお茶菓子を勧めた

「ほ… 本当にいいのだ? ぱーれんちゃんは優しいのだ!」

あやかにとってクッキーなどというものは、クラスメイトの家に遊びに行くか、お仕置きで大怪我を負った時にしか食べられない物だった
それが目の前の皿の上にどっさり…
あやかは自分のした質問の事など忘れて、その一枚に手を伸ばした

「お、美味しいのだぁ! 高級なお味なのだぁ!」

興奮気味に幸せを噛み締めるあやか
そんな彼女の姿を、ぱーれんはまた、優しい笑顔で見詰めた

「私は独りぼっちなんだ……」

ぱーれんはポツリと呟いた

「!? …ぱーれんちゃん、お父さんもお母さんも居ないのだ?」
「…うん」

小さく頷いて、ぱーれんもティーカップに口を付けた

「そーなのだ… あやかとおんなじなのだ」

今度はあやかが優しい笑顔を見せた
ぱーれんちゃんが己と同じ境遇にあった事が嬉しいのではない
彼女を励ましたかったのだ
0050名無しさん@ドル箱いっぱい (スプッッ Sdbf-0Gel)
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2018/08/20(月) 19:56:18.23ID:bmaUhbtmd
「でもあやかちゃんには、優しいお姉さん達が居るでしょ?」
「!? ……ど、どうしてぱーれんちゃん…?」

若干目を丸くしてぱーれんの顔を見詰めるあやか
彼女の言葉を遮ってぱーれんは続けた

「私にも、昔は沢山の兄弟姉妹が居たんだ… だけど、みんな居なくなっちゃった…」

悲しい筈のその言葉とは裏腹に、ぱーれんの顔はより一層慈愛に満ちて輝いた

「……ぱーれんちゃん… 可哀想なのだ……」

あやかはその彼女の顔を見続ける事が出来なくなり、俯いて目を閉ざした
現実を逃避した先で、自分と同じ様な辛い現実を見てしまった

「でも、あやかちゃんと出会えたから…」

その言葉にあやかは顔を上げた

「あやかも! あやかも、ぱーれんちゃんと出会えて良かったのだ!」

互いの笑顔を見詰め会う二人
そう、辛い現実の果てに出会った二人
あやかはこの出会いが、きっと二人の現実を良い方向に変えて行ってくれると確信していた

「ぱーれんちゃん、改めてお願いするのだ! あやかのお友達になって欲しいのだ!」

その言葉にぱーれんは大きく頷いた

「あやかちゃん、約束だよ ずっとずっとお友達でいてね」

その言葉に今度はあやかが大きく頷いた
0051名無しさん@ドル箱いっぱい (スプッッ Sdbf-0Gel)
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2018/08/21(火) 19:25:17.62ID:khAzUKYyd
『ゴ〜ン……』

壁掛け時計の鐘がなった
針は夜中の零時を指していた
あやかは意を決して、ぱーれんにお願いをする事にした

「ぱ、ぱーれんちゃん… あの… 今夜一晩、泊めて欲しいのだ… あやか、お家に帰れないのだ……」

永遠の友情を誓った直後、しかも独り暮らしなら他に迷惑を掛ける心配も無い
知恵故障なりに図々しいとは自覚しながらも、他に頼る術も無かった

「…………」

だがぱーれんは静かに首を横に振った

「ぱ、ぱーれんちゃん……」

よもや断られるとは思っていなかった
それまでのやり取りから、ぱーれんはあやかに同情をくれていると信じていた
それがきっぱりと拒絶された
やはり図々しかったのか…
せっかく築いた友情が、早くも幻となろうとしていると、あやかは感じていた

「あやかちゃんには、帰る所があるでしょ…?」

そう言うとぱーれんは立ち上がり、壁に掛かる藍色のカーテンの側に立つ
そして、その言動を訝しがるあやかを手招きする

「……!?」

誘われるままにあやかも立ち上がり、ぱーれんの元に歩み寄る

「ふふっ」

ぱーれんは悪戯っ子の様にウインクをして見せると、ゆっくりとその藍色のカーテンを引いた

「…………?」

カーテンの奥から現れた大きな窓
そこから見える光景にあやかは違和感を覚えた
物干し台と、その向こうに見える縁側
室内の照明に浮かび上がるリビングとカウチソファー
何処かで見覚えのあるそれらを、とても低い視点から見ていた

「……ほら、お姉さんが心配してる」
「!?」

ぱーれんが指差す方を見遣れば、玄関先で腕を組み、落ち着かない様な仕草を見せるさやか姉の姿…
もう然しものあやかも気が付いた

「こ、ここ… あやかのお家なのだ!?」

狐に摘ままれたかの様な表情を向けるあやかをを残し、ぱーれんは隣の深緑のカーテンの元に走る

「こっちこっち!」

訳も分からず、再びぱーれんの手招きに誘われて、そのカーテンの前に立つ
勢い良く引かれた先にある大きな窓
そこは紛れも無い、あやかの大好きな"仲良し学級"から校庭を望むそれだった
0052名無しさん@ドル箱いっぱい (スプッッ Sdea-wSpM)
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2018/08/23(木) 12:25:18.57ID:9Cbq4gOad
「なっ…!? いったい!?」

困惑するあやかを他所に、ぱーれんはまた指を指す
その先で光る物が右往左往している

「ま、まどか姉!?」

それが懐中電灯を片手に校庭を走り回る長姉の姿だと、直ぐに気付いた
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2018/08/23(木) 12:26:25.68ID:9Cbq4gOad
「あやかちゃんは、お姉さん達の所に帰らなきゃ!」

傍らのぱーれんは相変わらずの優しい笑顔を湛えていた

「ぱ… ぱーれんちゃん…? これっていったい…!?」

あやかの呼吸が早くなる
完全なパニックに陥り始めた
0054名無しさん@ドル箱いっぱい (スプッッ Sdea-wSpM)
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2018/08/23(木) 12:26:46.12ID:9Cbq4gOad
「…………神様にお願いしたの…」

「!?」

「……何度も何度もお願いして… ほんの少しだけ時間を貰ったの…」

ぱーれんの身体を淡い光が包み始めた

「……あやか、怖いよ… 訳が分か無いよ…」

「ごめんね、あやかちゃん …でも、私のせいでお姉さんと憎しみ合う事になったら… 死んでも死にきれないから… 大好きなあやかちゃんに、幸せになって欲しいから……」

「!! ……ぱーれん… ちゃん…?」

「約束の時間だわ… もう逝かなくちゃ……」

辺りの全てが輝きだした
祭囃しが近くに聞こえる

「あんまりお礼が出来なくてゴメンね… でも楽しかった…… 姉妹ってきっとこういう物なんだよね、あやかちゃん… 短い間でも、あやかちゃんと姉妹になれた気がして… 私嬉しかった!」

ぱーれんの頬を一筋の雫が伝う
0055名無しさん@ドル箱いっぱい (スプッッ Sdea-wSpM)
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2018/08/24(金) 22:04:24.47ID:qc/od0m4d
「海老シューマイ、美味しかったよ!」

「ご……… ごろーまるさん!!」

「ふふっ ぱーれんちゃんの方が嬉しいな…」

ぐにょりと辺りの景色が歪み、光の渦となる
その中で、あやかとぱーれんだけが浮かんでいた

「ぱーれんちゃん! 許して欲しいのだぁ! さやか姉を許して欲しいのだぁ! 守れなかったあやかを許して欲しいのだぁ!!」

あやかはその場に土下座した
ぱーれんはあやかにゆっくり近付き、屈んでその肩に手を置いた

「ううん… お姉さんを許せるのは、私じゃなくて、あやかちゃんなんだよ……」

「うぐぅ… ぱーれんちゃん……!!」

あやかの顔は涙に歪んでいた
そんなあやかの涙を、ぱーれんは両手の指で掬うと、立ち上がって背中を向けた
そしてそのままゆっくりと歩いて行く

「あやかちゃん、最期にじゃんけんだよ!」

ぱーれんは立ち止まり、再び振り替えって拳を掲げた

「うん!」

あやかも拳を掲げる

「じゃんけん!」「ぽんっ!」

「あいこだね…」

「……いつか決着を着けるのだ!!」

ぱーれんはあやかをの声に笑顔で頷いた
それと同時に強烈な光が何処からか流れ込み、全てを白濁の中に飲み込んだ
0057名無しさん@ドル箱いっぱい (スッップ Sd0a-wSpM)
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2018/08/25(土) 18:43:41.74ID:s3PHe9v5d
「あやか… あやか…!」

誰かが肩を激しく揺らす

「う… う〜ん……?」
『バチンッ!』
「びゃぁっ!?」

左頬全体に強烈な刺激が加わる

「あひゃ…? ここは…?」
「気が付いたのかしら?」

街路灯に照らされ、白磁の様に輝くまどか姉の顔が、目の前にあった

「!?」

慌て辺りを見回す
そこはあのぱーれんちゃんと出会った、小さな公園だった
あやかはその生垣に埋もれていた
背中に感じる躑躅の枝の痛覚
これは夢ではない
それはつまり……

「家に帰るのか、このままここで暮らすのか… 貴女が決めなさい…」

まどか姉の顔には疲労の色が滲んでいた
あやかをずっと探していたのは事実だった様だ
答えなど一つしかない
意地など張れば、今度こそ今生の別れだ
今のまどか姉相手なら間違いなくそうなる
あやかは躑躅の生垣から身を起こして、まどか姉に向き直る

「ごめんなさい… なのだ……」

深々と頭を下げた
どんなお仕置きも甘んじて受けよう
悪いのはやはりあやかなのだ

「ふぅ……」

肺に溜まった空気を吐き出すまどか姉
あやかの予想に反して、その表情には怒りの色も蔑みの感情も無かった
ただただ疲れ切った保護者の表情…
世話を焼かせる愚妹に悩まされる、賢姉の表情…
あやかは急に自分が情けなくなった
今日も今日とて、また一人で大空回り…
そんな無様なピエロのイメージに自分を重ねた
まどか姉が背中を向けて歩き始めた
あやかも直ぐ様後を追う
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2018/08/26(日) 18:16:49.54ID:u/vSX/rCd
「ごめんなさいなのだ… ごめんなさいなのだ…」

十歩歩く度に一回謝った

「……!? 貴女靴は…?」

たまたま振り替えったまどか姉に指摘され、あやかは命の次に大事なパンダのスニーカーが一方欠けている事に初めて気が付く
左足のソックスが泥塗れである

「うわぁ!? 待っててなのだ! 待ってなのだ!」

心当たりの公園まで戻り、垣根の側に転がるパンダのスニーカーを回収する

「待ってなのだぁ! ごめんなさいなのだぁ!」

泥だらけのソックスを脱ぎ、踵のはみ出るそれに足を入れて、あやかは向こうで待っててくれている、まどか姉の元に駆けて行く

「!?」

不意に誰かの視線を感じた気がして、あやかは足を止め振り返った

「………………?」

だが、そこには… 夜の公園には… 誰の姿も無かった
ただ何処かで嗅いだ気がする甘い香りが、雨上がりの夜風に乗って、あやかの鼻孔を一瞬擽った
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2018/08/27(月) 20:46:54.91ID:anGzBn4cd
「お疲れ様… まどか姉……」

玄関の脇に立つさやか姉が、漸く戻って来たまどか姉に労いの言葉を掛けた
二人は一言二言会話を交わすと、まどか姉だけが一人、先に玄関の中へ消えて行った

「……………………」

外にはあやかとさやか姉だけが残された
二人でちゃんとけじめを付けなさい
多分そんな長姉の意思表示なのであろう

「……………………」
「……………………」

気まずい沈黙が続いた
その均衡を破ったのはあやかだった
先に謝らねばならないのは、やはり姉に手を上げた自分であろう

「さやか姉… ごめんなさいなのだ……」

まどか姉の時より更に深く、頭を下げた

「ふんっ……」

さやか姉は腕を組み、長い髪を揺らして顔を背けた

「あやかが悪かったのだ… 許して欲しいのだ… ごめんなさいなのだ……」

今一度、さやか姉に正対し、あやかは頭を目一杯下げた

「…………くれるの…?」

さやか姉の呟きは小さ過ぎて聞こえ無かった

「……え?」

あやかは聞き直す

「…………許して… くれるの…?」

ばつが悪そうに横顔をしかめながら、さやかは先程よりほんの少し大きな声で尋ねた
0060名無しさん@ドル箱いっぱい (スッップ Sd0a-wSpM)
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2018/08/28(火) 20:13:12.55ID:IlsF/fYOd
「…………うん!」

あやかは大きく頷いた
謝罪の言葉など要らなかった
あのさやか姉があやかに許しを乞うのだ
もうそれだけで十分だった
きっと天国のごろーまる… ぱーれんちゃんも許してくれるだろう
さやか姉が組んだ腕を解いて、あやかの前に進み出た
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2018/08/28(火) 20:14:07.96ID:IlsF/fYOd
互いの顔を見詰め合う、姉と妹
そう言えばこんなに改まって互いを見詰める事など、今まであって無かった様なもの
なんだか気恥ずかしい…
やはりおかしな緊張の故か、ほんの少し強ばっているかの様に見えるさやか姉の表情
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2018/08/28(火) 20:15:48.18ID:IlsF/fYOd
次の瞬間、さやか姉はその妹の目にも十分美しい顔を、あやかの眼前にぐいと近付けてきた

シトラスの香りが、長い髪からふんわりと漂う

 

 

 

「私は絶対にゆるさないから……!!」

 

 

 

あやかの背中を冷たい一条が流れた



《あやかとごろーまる 完》
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2018/08/28(火) 20:21:50.54ID:IlsF/fYOd
《次回予告》

「あやかは菜の花のお姫様… プリンプリンセス…」

知恵故障の分際で底知れぬプリンセス願望を抱く風上あやか
人生そのものがオナニーともいうべき彼女のぶっ壊れた自我が、再び彼女と周囲こ人々を不幸へと誘う…



次回 『あやかは金色の国の夢を見る』
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