【萩尾望都】大泉スレPart77【竹宮惠子】
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萩尾望都・竹宮惠子・増山法恵
この三人を中心とした大泉時代のあれこれについて語りましょう
■参考文献
一度きりの大泉の話(萩尾望都)2021年4月発行
少年の名はジルベール(竹宮惠子)2016年1月発行
■資料まとめサイト
https://mototemplate.memo.wiki/
■参考ブログ
【村田順子ブログ魚拓】2021年04月26日
https://web.archive.org/web/20210426122201/https://blog.goo.ne.jp/rococom/e/4c12d956c4c795af772196a69e49a61b
【竹宮恵子マネージャーブログ(魚拓)】2021年05月25日
https://archive.is/VTNN0
■関連スレ>>2
■次スレ>>950踏んだ人(もしくはその前後でも)立ててください
■過去スレ
https://mototemplate.memo.wiki/d/%a1%da%b2%e1%b5%ee%a5%b9%a5%ec%a1%db
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■前スレ
【萩尾望都】大泉スレPart76【竹宮惠子】
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/gcomic/1670118763/ 竹宮さんを落とせば萩尾が浮上するという発想なのだろう
まるでお隣の国の国民性だな >>942
当然村田さんが知ってる範囲のことしか肯定し得ないのは言うまでもない
ただ村田さんは竹宮さんに「起きたことを直接聞いた」とも言っている
村田ブログ曰く
>ずっと後になって、竹宮先生からポツポツと大泉時代に起きたことを直接聞くことがありましたけど、
>ご自分が言ってしまった言葉に対して「私はこんな風なことをモー様に言ってしまったの」と言うだけでした。
その上で、「直接竹宮さんから聞いた【大泉時代に起きたこと】の経緯や【言ってしまった言葉】と
萩尾さんが大泉本でその件について描写した内容との間に【認識の解離もない】」
ということ
ここで最も大事なのは、村田さんは、萩尾さんが言われた【盗作】という重大なワードを竹宮さんが言ったことについて
【否定しなかった】 という事
もしも「盗作」なんていう重大なワード竹宮さんは使ってない!ということなら、
庇いたい村田さんとしては真っ先にそれを指摘した筈だからね >>945
村田マネは竹宮さんから「私はモーサマに盗作したなんて言ってしまったの」と後悔の弁を聞かされた
うん、それがどうかしたの?
その謝罪の気持ちを手紙にしたためて送ったら城マネに破り捨てられたんだよね
城のそっちの行為のほうが問題じゃないの? 村田マネは萩尾厨が主張するように竹宮さんが萩尾と絶交したなんて言ってないよ
風木を出すまでは自重してねという趣旨のことを正確に伝えられなかったということを裏打ちしてるだけ >>947
> 村田マネは萩尾厨が主張するように竹宮さんが萩尾と絶交したなんて言ってないよ
そうなの?
だったら竹宮さんに頼まれてもいないのに取ったと言うこの行動の意味するところは何?
竹宮さんはおろか、竹宮厨をも貶めるあなたの発言がもはや面白くて笑えるんだけど
>二人の和解のために暗躍するのをきっぱり断念したので
村田さんは二人の和解のために暗躍したんでしょう?
なぜ何のためにそんなことする必要があったんだろうねぇ 絶交していないのに、少なくとも2年と言う月日を同居していた仲間だった人と、その後50年も音信不通だったんでしょ
これを絶交と言わず何と言う?
もしや絶交の意味を知らない?
絶交=交際を断つこと。 交通をやめること。 大体村田マネって誰よw
わんマネと混ざってるのかな?
村田さんはFC会長とアシはした事あるけどマネはないよ >>948
何があったのか、くわしいことは分からなかったが、ふたりが喧嘩するなどして疎遠なことは知っていた
だから和解させるための暗躍を“画策”していたが、それを諦めたってことだろ
実際にはまだ行動には移してない
> ちょうど10年前、たまたま私は萩尾先生の住む飯能に気に入った土地を見つけて引越しました(まさに大泉学園から)。
> 近くに住む後輩の漫画家二ノ宮知子とのご縁でパーティーをご一緒したり、お互いの家を行き来したりするようになったので、
> なんとか竹宮先生と和解できないかとずっと心で願っていましたが、なかなか容易ではありません。
> どうしてこんなに頑ななのか?ノー天気な私には理解できなさ過ぎて(略)
>
> 4年前、九州に引っ越した竹宮先生の新居に遊びに行ったとき、先生から
> 「萩尾さんに謝罪の手紙を入れて『少年の名はジルベール』を送ったんだけど送り返されたの」と聞いて、
> 「えええ~?うそ~」と絶句。送り返してきたか~~!!しばらくうなだれました。
> そして湧き出る絶望。今回そのことも萩尾先生の本に書かれていました。
> それを機に私はお二人の和解のために暗躍するのをきっぱり断念したのです。 >>949
逆に言えば、たったの2年だろ
別居して欲しいと言って別れてから50年
向こうの方から会いに来ないのだから、わざわざこっちから出向くこともないと考えたのでは
あと、漫画家って忙しいんだよ
引退したとは言え元売れっ子漫画家の竹宮さんが萩尾に気を遣ったのかもしれん
手紙送っても城マネにシャットアウトされるしな
おそらく過去においても何度も接触を試みたが、都度、城に阻まれたのではないかと想像するに難くない >>951
> 何があったのか、くわしいことは分からなかったが、ふたりが喧嘩するなどして疎遠なことは知っていた
喧嘩するなどして疎遠
これを絶交と言うんだろ ふたりが喧嘩する“などして”疎遠なことは知っていた
“などして”
“などして”
“などして”
推測を断定するとは
最近の鮮人は日本語の勉強をしないのか >>952
> 逆に言えば、たったの2年だろ
> 別居して欲しいと言って別れてから50年
> 向こうの方から会いに来ないのだから、わざわざこっちから出向くこともないと考えたのでは
だったらそれを貫けよ、って話
> あと、漫画家って忙しいんだよ
> 引退したとは言え元売れっ子漫画家の竹宮さんが萩尾に気を遣ったのかもしれん
過去記事見ても竹宮さんが人に気を使うタイプの人間にはとても見えない
> 手紙送っても城マネにシャットアウトされるしな
百歩譲って城さんが、二人の間に立ってシャッターの役目を担ったとしよう
だけどそれは、竹宮さんに対しアレルギー反応を示す萩尾さんをおもんばかった結果であり、当然、萩尾さんもご了承のことかと
あるいは萩尾さんのアレルギーが凄まじく、竹宮さんのたの字を聞いても耳を塞ぐような状態であろうことは想像に難くなく、そんな萩尾さんのために汚れ役になって守ってくれたのかも
改めて城さんの存在は偉大だなと思う
萩尾さんを影に日向に支えてくれた、萩尾さんに代わって感謝の気持ちで一杯
> おそらく過去においても何度も接触を試みたが、都度、城に阻まれたのではないかと想像するに難くない
あり得ないあり得ない
あの竹宮さんだもん
今回ドラマ化や対談の話がなかったら、絶対に自分から下手に出て、嫉妬したことを告白する気にもならなかったでしょうよ >>954
> 喧嘩したってどこに書いてる?
>>951がいったことでしょ? >>957
> 竹宮さんに対しアレルギー反応を示す萩尾さんをおもんばかった
城が萩尾のお茶に毒を入れてるからジンマシンが出るんだろ
>>958
↓
>>955 >>951
> 何があったのか、くわしいことは分からなかったが、ふたりが喧嘩するなどして疎遠なことは知っていた
> だから和解させるための暗躍を“画策”していたが、それを諦めたってことだろ
> 実際にはまだ行動には移してない
喧嘩するなどして
喧嘩するなどして
喧嘩するなどして >>961
それは俺のただの推測でありブログに書かれた事実ではない
わかったか? 同意ですが……
すみません、どなたかスレ立て出来る方お願いいたします >>964
スレ立てします
みなさん、しばらく待っててください >>965
964です
お手数おかけしました
ありがとうございます >>963
ラコンブラード学院はコンブラード学院の事だと言ったり
西日本は関西のことだという萩尾擁護の人たちの方がアレですよ 大体村田マネって誰よw
わんマネと混ざってるのかな?
村田さんはFC会長とアシはした事あるけどマネはないよ >>966
スレ立て乙です
(すみません、スマホに前の書き込み残ってて重複しちゃいました) >>957
全文同意
竹宮さんが積極的に萩尾さんとの距離を縮めようとしたのは
2000年の教職転身がきっかけと思う
同年6月の週刊文春「家の履歴書」のタイトルは
「キャベツ畑の中の「大泉サロン」で70年代に萩尾さんと共同生活を」
大学で萩尾さんの漫画を教材に使い、同居時代を語って
萩尾望都の名を自分史に都合よく取り入れていったと思う
「24年組」と「大泉サロン」の2つがキーワードだった
萩尾さんは、恩のある山本氏や仲良しのささやさんの頼みで
やむなく同大に赴いた時も、竹宮さんとの接触は避けたと思われる
マネージャーの城さんは、そうした場合もつねに萩尾さんの傍らにいて
竹宮さんへの恐怖感、トラウマの深さを長年見てきたから
ジル本を送られてきた時、開封もできない萩尾さんに代わって自宅に持ち帰り
開封して、返送理由を書いた手紙を添えて送り返したと思われる
(おそらく手紙のコピーもとっていると思われる)
竹宮さんの自分史に萩尾さんを大きく登場させないで欲しい
という願いは伝わったと思っていたのに
2020年の読売新聞「時代の証言者」で竹宮惠子「マンガで革命を」が始まった
そこでも複数回にわたり萩尾さんの名が大きく出てくる
・「萩尾望都さんと出会う」
・「四畳半「サロン」で交流」
・「原稿料みんなの話題に」
・「スランプ欧州旅行へ」
・「真のプロへ「サロン」解散」とたたみかけた後で
・「野心作掲載への戦略」は
>「大泉サロンを解散した後、長年温めてきた仕事に取り組みます
と始まる。
この連載を読んだ読者の多くは、竹宮史観をすなおに受け取り
竹宮・萩尾が「この時代のマンガはすべてパターンでできあがっているように感じ
「私たちはそれを変えようと思った」に納得するでしょう
それを覆すためには、城さんの勧めに従い、大泉本を書くしかなかったと思います
読売連載をまとめた扉本と、大泉本の発刊が近いことは皮肉ですね
>>966
スレ立てありがとうございます 竹宮さん擁護スレが出れば出るほど、萩尾さんの創作に対する真摯な姿勢を改めて尊く感じる
萩尾さんをおとしめようとしている人は逆に竹宮さんを下げていることに気がついていない 971続き
竹宮さんが「24年組」「大泉サロン」について
萩尾さんを取り込んで語ることの恣意性、排他性、
さらには(おそらく無自覚の)暴力性について、読者は意識的であるべきと
長山氏は訴えたかったのでしょう
以上、長文失礼しました 昨日の話の流れで大泉本の、竹宮さんの自伝出版にあたって対談の依頼が来た辺りを読み返していて妙に引っ掛かるフレーズがありました
「伝説のトキワ荘になぞらえて大泉サロンは女性版のトキワ荘であったという新たな伝説を作りたいというお話でした」という文です
伝説って誰かが作るものなんですかねぇ
一体誰が?何のために?
子供時代から萩尾さんをはじめ大勢の漫画家さんの作品に育てて頂きました
その中で24年組、大泉サロンという言葉も自然に受け入れて来ました
24年組とは誰と誰じゃなくてその頃の作家さんすべてのことだと思っていたし、大泉サロンというのは作家さん達が仲よく集まってワチャワチャとしている(山岸凉子さんのゆうれい談みたいな)そんなところだと思っていました
それが全部嘘だったショックからこのスレにいるのですが、「伝説を作る」という思惑に今更ながら嫌悪を感じています 「花の24年組」の言い出しっぺ山田ミネコさんのTwitter
>同窓会感覚でふらよわー・チルドレンな感じだねと言ったんです
>なぜマニアックな漫画家の呼び名になったんだか
>「その人二十四年生まれじゃないじゃん」みたいな人も入ってたり
昭和24年生まれは山田さん本人、萩尾さん、一条ゆかりさん、岡田史子さん
樹村みのりさん、岸裕子さん、忠津陽子さん、山本鈴美香さん、飛鳥幸子さんなど
竹宮惠子は24年生まれじゃない。25年生まれ。増山さんも25年 編集者も同じ年代の人が多くて「私たちみんな24年生まれじゃない?24年組だね」となったんですよね確か
それ自体は微笑ましいと思うんですがねじ曲げて広めた人がいるのが悲しいです >>971
> 竹宮さんが積極的に萩尾さんとの距離を縮めようとしたのは2000年の教職転身がきっかけと思う
> 萩尾さんは、恩のある山本氏や仲良しのささやさんの頼みでやむなく同大に赴いた時も、
> 竹宮さんとの接触は避けたと思われる
> マネージャーの城さんは、そうした場合もつねに萩尾さんの傍らにいて
> 竹宮さんへの恐怖感、トラウマの深さを長年見てきたから
> ジル本を送られてきた時、開封もできない萩尾さんに代わって自宅に持ち帰り
> 開封して、返送理由を書いた手紙を添えて送り返したと思われる
> (おそらく手紙のコピーもとっていると思われる)
ソース(証拠や根拠)はあるの?
でないと、お前個人の感想ってことになるよ
> この連載を読んだ読者の多くは、竹宮史観をすなおに受け取り
> 竹宮・萩尾が「この時代のマンガはすべてパターンでできあがっているように感じ
> 「私たちはそれを変えようと思った」に納得するでしょう
それ読んだけど、竹宮さんと萩尾さんがタッグを組んで、なんて内容じゃなかったよ
>>973
真摯な態度で作画して、あのレベルじゃ引退した方がいいね<萩尾 山田ミネコさんが
>同窓会感覚
って言っているのなら、24年生まれは24年度生まれってことになるんじゃないの?
つまり昭和24年4月2日~昭和25年4月1日 に生まれた人たちってこと
竹宮さんは25年2月、増山さんは25年1月 だから当然含まれる
つか、別に言い出しっぺの山田ミネコさんがその後の定義をすべて支配するわけもない トーマで鞭打ち描写したり、わざとらしく「温室」っていうタイトルで男の裸が出てくる漫画を描いたり
竹宮さんが光瀬龍を好きなことを知り、あわてて百億読んで連載化にこぎつけたり
恐るべきこどもたちを漫画化したり、「吾妻鏡」にぶつけて、しかもそれより先に!!!「あぶない壇ノ浦」を描いたり
「夢の中悪夢の中」にそっくりの「イグアナの娘」を描いたり、しつこく鞭打ちの出てくる残神を描いたり
いったい萩尾さんのどこに創作に対する真摯な姿勢があるんだろう? 萩尾なんて、増山がいなけりゃ小鳥の巣、トーマの心臓も生まれなかった >>980-981、>>983
同感です。
あなたの言うことに全面的に賛成します。 新スレに早くもnoteさんが足跡つけてるから
見てみたけど フォロワー2名だったわ >>980
あなたが「24年度生まれの意味だから竹宮さんや増山さんも当然含まれる」
なんて勝手にが定義を支配すべきではない。あなた関係者?当人?
増山さんは「考えたら私たちも24年組よね」と勝手にあと乗り
竹宮さんは「私たちが言い出した」と主張して、問い直されて
「正確には増山さんが言い出した」なんて間違った説明を媒体に乗せた
当時は増山さんも生きていたのに確認しようともしない自己都合で捏造する体質 何だよもう
950過ぎても嵐が止まないから出来る人にお願いしてスレ立てて貰ったのにもう汚い足跡つけてんのかよ >>986
「同窓会」って生まれた年で区切るものじゃなくて、学校に通う同学年で区切るものでしょ?
山田ミネコさんが「同窓会感覚」って言ってるのなら、必然的に「年度」を指すでしょ
つか、日本では、誕生した年でなくて、学校に通う学年で「同い年」を用いるほうが多いわけで
>竹宮さんは「私たちが言い出した」と主張して、問い直されて
>「正確には増山さんが言い出した」なんて間違った説明を媒体に乗せた
単に間違えただけじゃん、最初に語った「私たち」の意味は、編集でも読者でも評論家でもなく
実際にマンガを描いている「私たち」程度の意味で
増山さんだと勘違いしたのは、増山さんが24年組を好んで使ってたからじゃないかな
(ただし、増山さんは自分の「24年組」だけが唯一絶対正しい24年組だなんて主張してない、あくまでも自分は自分が集めた人だけ24年組と呼んでると語っただけ)
以前も書いてるけど、竹宮さんの24年組観ってほんと適当だよ?
評論家が言っている24年組以外にも、自分はこの人たちも含めたい!程度
そこに長山が言ってる「排他性」も「恣意性」も感じないよ
つか、長山は>>933の質問にも答える気はないのかな >>989
竹宮厨は都合悪くなると話をそらす
長山さんに質問って出版社に手紙でも出したの?
自分の妄想に人巻き込むなよ気持ち悪い >>990
まあ パトリシアさんの妄想基地外っぷり
だけで持ってきた
このスレですからね
それを50年でしょう?
情けない一生やなあ。 >>987
> 萩尾って根に持つタイプだよね
違う
単に冷酷無比な竹宮さんとかかわり合いになりたくないだけ >>990
話そらしてるのはそっちでしょ?
「同窓会」云々の件にはなんもコメントなしかよ
べつに長山じゃなくてもいいけど、>>904は>>933の質問に答えてくれないかな
つか、>>904はあなたなの? >>976
ご指摘ありがとうございます。私も読み返しました。
ジル本企画はそもそも
「大泉サロンは女性版トキワ荘」伝説を作りたいという意図があったが
萩尾さんは城さんを通して「協力できない」と伝えたわけですよね
にも関わらず、ジル本には萩尾さんについて多くのページを割き
この本に沿ってドラマ化も可能とテレビ局から話が持ち込まれる結果になったと 994続き
萩尾さんの協力は得られないことを、小学館は竹宮さん側に伝えたはず
2014年の企画から2016年の発行まで、内容について
「姉にも迷いがあった」ことは妹さんブログ(削除)でも明らかです
が、最終的にドラマ化可能な3人の若い女性の青春ストーリーとして発刊。
これは、萩尾さんの意向(書くとしても数行にとどめてほしい)を
完全に無視した結果といえるでしょう 995続き
萩尾さんの意向を無視して多くのページを割く以上
相手を持ち上げ、自分は頭を下げる必要があった。
萩尾さんを褒めたたえ、距離を置いたのは「自分の嫉妬が原因」と認めることで
和解に持ち込み、協力を得られると期待しての献本と思われます
が、萩尾さんは読むどころか手元に置くことにも耐えられなかった(大泉本319p)
それほど過去の苦痛が大きかった、トラウマだったということでしょう 「嫉妬が原因」だなんてことは
ロンド・カプリチオーソでとっくに描写されているんだよね
(まあ、私は竹宮さん一人に原因を収束できるから、嫉妬にしたという面が大きいと思ってるけど)
山岸さんに「私は嫉妬がわからない」って言ったのもジル本出版後よりずっと前でしょ
当然、萩尾さんは竹宮さんの語る「嫉妬」を念頭に置いていたと思うし >が、萩尾さんは読むどころか手元に置くことにも耐えられなかった(大泉本319p)
だったら捨てればいいだけのことなのにわざわざ送り返したんだよ
ようするに「送り返してやりたかった」んだよね
それなのに「手元に置くことも耐えられなかった」とかさも自分が被害者のように描写する
萩尾さんってそういう人間 次スレでは
どこが「近年」でどこが「しきりに」なのか謎が解明されたらいいな このスレッドは1000を超えました。
新しいスレッドを立ててください。
life time: 41日 10時間 25分 57秒 レス数が1000を超えています。これ以上書き込みはできません。