萩尾望都【72】
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萩尾望都ムックの漫画家やアニメーターの寄稿で
萩尾さんの服やバッグが素敵だったみたいな話書いてあったし
結構オシャレな人なんじゃなかろうか 青池保子さんが自分とは真逆のお洒落な人だってほめてたな >>306
出版社のパーティーとかあるしね
近藤ようこさんが書いてたけど、女性の着物率は高いらしい >>285
うっかり思い出したバンパネラの君とさかさ食パンの君w
バンパネラ〜は萩尾さんだと思ってた モー様って和裁の学校に行ってたんじゃなかったっけ?
小夜の縫うゆかた、とかいい話だった >>311
美術系だと思って入ったデザイナー学院が服飾系だったという喜劇w
おかげでファッションの歴史には詳しくなって結果オーライ。 >>305
ウラケンの描く女性キャラってリアリティあるから姉妹いそうだと思ってた
両親がデザイナーだから少女漫画好きは両親の影響かもしれないけど なんかフォロワーとファンを同軸で語る人がちらほらいるなあ
フォロワーって、作風を引き継いだ創作者としての後継みたいな存在のことでしょ
好きとかファンとかは読み手としての目線だから、フォロワーとは別の話だよ >>314
そうですよね。
大島弓子の作品を映像化した監督がフォロワーとか言ってる人もいて、
ちょっとどーにかしろよと思っていたので
314さんの指摘にお礼を言います。 「わたしたちができるまで」で大島さんが
わたなべまさこさんをひたすらに模写したと語っていて
言われてみれば初期の瞳の描き方とかわたなべテイストだなぁと思ったが
大島弓子がわたなべまさこのフォロワーとは言わんな、ってズレててすまん。 ここの皆さんやっぱり色んな漫画だけじゃなく漫画家にも詳しい方も多くて勉強になります。
有名だけど長いし未完だし絵がパッと見の印象が苦手で読んだことなかったベルセルク、読んでみたくなってきました。 ベルセルク、少女漫画的エピがあると言ってもグロ描写エロ描写だらけだからねぇ
仲間はみんなエグい殺され方するし >>316
当時の少女漫画家さんの殆どは水野さんかわたなべさんのコピーから始まるでしょ
更に遡れば手塚治虫さんか石森章太郎さんにも行き着くけど、まあそれは共通の祖先
ちなみに星が輝くのが水野さんで、虹彩を細かく描くのがわたなべさんだったか?
皆さん目の表現に苦心してたよね >>253
ベルセルクの作者はインタビューで少女漫画も読むし
「24年組」の人たちには影響を受けたって云ってたよ ベルセルクはまだ続いてるの?
10巻あたりで投げちゃった キャスカの肌が黒くヒステリックなのは
NHKアニメのナディアに影響受けたからだしね
旧劇エヴァからも影響受けてるよ
父親のDVから現実逃避しようとしたジルに「現実の世界で戦え」と諭したり
ウラケンはその時々の流行りものをいち早く作品に取り入れる
FF10のユウナの魂送りや千尋のカオナシやら海賊ジョニデやら
間髪を入れずに描くから元ネタが分かってしまう 原発モノは家族が被災したから、よく描いてくれたと思ったと同時に、自分は故郷が好きではなかったから、なんだかよくわからない感情が湧いてきたな。 うちは遠いと思ってたら放射能汚染一応多少はあったので、ウラヌス伯爵の不気味さが身に染みたわ >>323
元ネタがわかるとゆーよりパロディの部類なのでは? >>318
バイオレンスがメインなのに少女漫画的エピソードを取り入れてるのが普通にすごいと思ったな
少女漫画的なエピは賛美両論あるけど
ロストチルドレン編と薺は本当に少女漫画っぽい あんまり続くとさすがに萩尾ネタ書き込みづらいよ
度々この流れだからそういうスレでやればいいのに、ないのかね >>331
> 遠慮なく書き込んで流れ変えればいいんじゃない?
遠慮ではなく待っていただけ(オスカー風に)
竹宮ネタからベルセルクまでが長かったなー
あのリンク2つは竹宮スレに貼ったほうが喜ばれると思う >>332
蛇足だよ
嫌ならその話題にもう触れなければいいのに
それとも饅頭怖いのパターン? 私ゃ渋いお茶が一杯怖い
リュス好きだな
服が派手だけどw トーマの心臓の連載開始が1974年
14歳のエーリクも今年で58歳
アンテ・ローエが童顔のままおっさんになってそうだなあ 案外禿げて恰幅のいいおじさんになってるかもしれない 同性愛をメインに扱った割りにはガチホモは一人も出てこないよなあ>トーマ
男ばかりの環境の中で思春期のほんの一時期に同性に惹かれたと言うだけで
誰も彼もが数年後には異性に目が行くだろうと言うのが分かる
ハンスに惹かれたトニオ・クレーゲルみたいに
風と木の詩もガチホモはボナール男爵位だったしな >>337
エーリクもオスカーもそこそこの地位を得ていい人生を送っていそう。 オスカーは独身で世界中を旅するような仕事をしてると思う。ただし恋人は何人かいそう。
エーリクは姉さん女房か?子供数人。
バッカスこそそのままオッさんになってそう。 粉末の青汁をお湯に溶かして飲もうとしてみたんだけど
色が不透明な深緑で
マーリーとジェイクがプロメで飲んでたビタミン飲料「コケ茶」って
こんな感じかとちょっと思った ネットで柳の木についての記事を見てたけど読む人によって解釈は色々と思った。
ある人は作中の顔のない男性は少年の祖父で両親は自動車事故で同時に亡くなったんだろうと。私は男性は父で母は自殺。その後父が再婚と思ってた。 >>344
本当に色々な解釈があるのですね
私は母親の死因までは考えてもみなかったけど
萩尾さんがフランスの有名な詩人の墓碑銘の詩からこの作品を構想したのではという説には心惹かれました
母親の死因が水死で流されて行く時最後に目にしたのが柳の木だったのではという想像もなるほどと思います >>339
同性愛というより「この少年のときとしての」だから、
いわゆるガチホモとは違うと思う
ベースとしてアガペーもあるようだし 20代の時に描かれた物だからサイファー以外はどのキャラも瑞々しいけど
今の萩尾さんならマリエとエーリクの近親相姦位描きそうだ
山岸さんのスピンクスも子供の頃に読んだ時は気付かなかったけど
あれも母子相姦ものだよな 人は寂しさ故に誰かを愛さなくては生きていけない。人間らしく幸福に生きるには愛が必要ーというのがトーマとポーに共通のテーマというか、あの頃の萩尾さんが送りたかったメッセージみたいなものだろう。
トーマもポーもその為に構築した壮大なファンタジーと言えるのではないか
別にリアルガチな少年の性の目覚めとかホモの生態なんて描く気はなかったと思う
ー所詮少年の姿を借りた女の子ですーと当時ご本人も何かのインタビューで言っていた そうなんだけど萩尾さんの持つ、今でいう腐女子みたいな部分を
あまり否定するのも違う気がするんだよね ヘッセの影響でしょう。
少年や青年が、友情のような恋のような気持ちで
惹かれ合う。 トーマの場合、表面に出てこない深刻なテーマをいくつも含んでいて、それが未消化に終わったから、のちに残神が描かれたんだと思う
昔安彦良和さんが萩尾さんに残神描いた動機聞いたら、社交辞令のつもりなのか、
「だって美少年いたぶるって気持ち良くないですか?」って答えたそうだけど >>350
同じ物語を現代アメリカのヤンキー少年で私服通学制共学アメリカンスクールを舞台に描いたら
主題はブレないかもしれないけど印象がかなり違うww
トーマの「70年代西ドイツ」「全寮制男子校」「ダークスーツにリボンタイの制服」って仕掛けは
重要ポイントだったと思う。 ちなみに当時西ドイツのギムナジウムは全校私服だったそうなので
あの制服はイギリスのパブリックスクール物の映画から萩尾さんの萌えを引っ張ってきたのかなとも思う。 散々既出だろうけど恩田陸のネヴァーランドがトーマっぽくて好きだった。 >>349
全面的に同意する
そして、あるテーマを描くためにどうそれを表現するかというところに作家性が出るのであって、
そこで>>350が言うような、今で言う腐女子みたいな部分が出てきてるんだと思う >>355
恩田さんは少女漫画好きだからね
ネヴァーランドはトーマへのオマージュだったと思う ミーハーな腐女子部分と格調高い文学性が同居するところに萩尾さんの魅力があるんだろうね
まあそれをいうならヘッセもそうだと思う
耽美な少年同士の歪んだ愛情が好きなおっさん >>340
オスカーはあのあと大人になって
探偵になって結婚したじゃん
長髪になってて
面影もなく
ただの同性ではなく本人て書かれてなかった?
一時期的なもの >>358
たぶんヘッセさん、そういう自覚ないと思う >>359
オスカー探偵、どの作品に出てるか教えて下さい
トーマの心臓スレ、ざっと検索してみたけどわからなかったw >>356
言いたかった事を的確にまとめてくださってありがとう オスカーは何でもそつなくこなしそうだけど
特にこれになりたいと言う職業は無さそうだから
ミュラー校長の後を継いで教師になりそうだ
義父の後を追いかけてカメラマンの可能性もあるけど >>365
あれはトーマのオスカーとは別キャラじゃないの?
11月とは同じかどうかはわからないけど 同じ名前の別キャラを出す意味も分からないから
でもあれで結婚したらすごく嫌だなとは思った
ファルカが時空を超える能力あるなら
アランの叫び声聞いて
アランもエドガーも助けてくれたと信じたい
そうでないと悲しすぎる ファルカは空間移動出来るけど時間はどれほど移動出来るのかね?
萩尾さんSFにも明るいから空間移動は時間移動と同義だって知ってるだろうし >>368
オスカーは初期の萩尾漫画では、手塚治虫のロックみたいに作品の枠を越えてあちこちに顔を出すキャラにしたかったらしいんだけど、トーマで萌えキャラになっちゃってさすがに使えなくなったんだと思う >>371
じゃあ、阿野オスカーは違うの?
仲間?の悲痛な声は聞こえるなら
時空は越えなくても空間越えで間に合うのでは?
まずアラン助けて次にエドガー LALATVで今マンガ夜話のポー回やってるけど
くっそつまらん番組だね
岡田ウザすぎる 女性コメンテーター2人の方がふざけんなだった
萩尾望都は読んでないって言うのをなんで呼ぶ?
もう1人も読んでないだろうお前!だったし むしろ萩尾さんがゲストで出た陰陽師の回が面白かったよ 録画したんだけど、見るのが面倒になったきたぞ
まぁ見てみたら面白いかもしれんのが頑張る
>>372
新作で「実はアランは助かってました」なんてやったら、
さすがに虚しいわ
ヤマトやエヴァじゃあるまいし >>373
ホントそう
ヘタな絵って表現使い方間違ってんだよあの豚 >>375
いしかわじゅんが萩尾先生のテンションについていけなくてw 萩尾さんがゲストで出たころの陰陽師はほんとに面白かったね >>376の萎えは私の萌
今でも生きてて欲しい二人には 私もアランには生きててほしい
あとエディスの最後のエドガーはなんだかんだ言って死んでないような気がする
オービン卿の葬式に巻き毛の少年がモブにいたりしたら最高だ >>382
仮に生きてても行かないと思うよ
エドガーにとってストーカー以外の何者でもないし、恨みこそあれ愛着なんてないでしょ 私もやっぱりアランには生きていて欲しい
ファルカの能力については…
初コミックス発売当時は、グレンスミスが後でポーの村を探しても発見出来ないのはバンパネラが大勢いるから可能なのかと思っていた
しかし新作で、大老ポーが1人で(しかも遠隔操作か)やっていたとは!あの服装じゃ汽車にも乗れないし壁抜けバンバンだろうね 萩尾さんは自分で漫画描いてないって検証してるブログあるけど
どこまでが本当なんだろうか? アラン死ぬのは既定路線だけど、あの場面でやけにぼーっとしてたように思えるんで、何考えてたかぐらいは知りたいな
あと、「エディス 」でエドガーが一番共感してたのは幼い妹を苦労して育てたヘンリーとロジャーだと思うんで、出来る事なら顔合わせる機会があればよかったなとは思う 今更だけど >>385
あじゃあ
大老ポーが助けてくれたかも知れない… アランは人間の大人になれずにバンパネラになって
エディスを好きになって葛藤したら
今度はバンパネラとして精神が成長する前に消滅してしまう。
ヘッセの車輪の下の主人公みたいに
大人になることを拒否して
子供のまま死んでしまうキャラなんじゃないかと…。( ̄人 ̄) 世の中には少しばかり神経が細いために育たない子供が確かにいるんだよ…
アランの神経は細くはなかったが、過敏ではあったかな 新設定の壁抜けは、どういうオチに繋がるのかわからんわ。
咄嗟にブランカ助けたり、キングポーの移動手段だけで
終わるとは思えんの。 >>382
エドガーが死んだ、
という解釈は自分にはなかった。このスレ見るまで >>392
でしょ
そして二人があの後生き残っていたら
また80年代とかの二人が見られるんだよ
冷戦時代とか壁に阻まれた東西のドイツとか
面白そうじゃない? 旧作第2シリーズが始まる前に別コミに載ったポーの伝説では、炎の中で消滅した少年は1人だったような
あとまだ出てこないエピソードが二つくらいあった気がする 「小鳥の巣」でエドガーが前に来たときは東西に分かれてなかったと言ってたが
今のドイツを見るに時の流れを感じる エディス連載終了後、ヨーロッパ旅行から帰った萩尾さんが
「なんでアランを殺したの」という読者の抗議手紙殺到に対して
ごめんなさい、遅くなったけどアランのお葬式します、と近況マンガに描いていた。
そこには萩尾さんと一緒にコタツに入ってるエドガーらしき少年がいる。
なので萩尾さん的にはアラン死亡、エドガー生存の設定だったんだと思う、当時はね。 エドガー死亡説を取ってる人は、アランが炎の中に消えた後のエドガーのモノローグ
(もう明日へは行かない)だっけ?手元に本がないからウロだけど
あれをエドガーが自ら死を選んだと解釈してるんじゃないかな、
自分もあのセリフの解釈としてはそれが妥当だと思うけど、なんかエドガーって自分から死のうとしても助かっちゃう気がする。
それでますますやさぐれる。 やさぐれたエドガーは40年ぐらいどっかでふて寝してるのではないかな 萩尾望都作品目録を作ってるファンのかたのサイト(講演レポートも詳しくて有り難い!)によると
少年たちは今どこに?(ポーの一族特別企画).
掲載誌「別冊少女コミック」1976年8月 号 p333〜337: 小学館 1976.8:
萩尾望都,羽仁未央: ※「ポーの一族」が終了した直後 の対談。
「エドガーは絶対に殺さない。作者の特権だから」と語っています。
ですって ポーの一族wikiにも掲載されてますね
萩尾「ふっふっふっ……。エドガーは大好きだから絶対に殺さないのじゃ。これ、作者の特権ね(笑)。」 アランも殺さないで欲しい
アランがいるからこそのエドガー
じゃあ、エドガーは何に依存して生きていくの
新な相棒を見付けるの?
それも嫌なのよ
消滅したのは実は墓場から掘って来た別人にして欲しい >>386悲しさを楽しまないと。
↑とかラストの美パーフェクトさとか、アラン消滅希望派の気持ちも良くわかる
でもアランファンとしては、1976年当時に別コミをワクワク買ってきて「エディス」最終回のあのシーンでの驚愕…エッ!エッ?!と前ページから読み返して確認して衝撃…
私は小鳥リアルタイム時にアランより1歳下で、エディス時には高校生だったけど、こんな結末ならシリーズ再開いらなかった!と泣いたよ
萩尾先生と羽仁未央の対談も当時読んで、先生めスッとぼけた事言ってんなと思ったし
あれから約40年、エドガーとアランは永遠であって欲しいと願わずにはいられん 私も小鳥の巣の終わり方の方が好き
あれだと幸せそうだもの だよね
悲しさを楽しむことなんて出来ないよ
だって生きてることが辛いんだもの
物語に癒しを求めて何が悪いの? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています