FSの機体が映ったディスプレイを眺めながら、積年の疑問を考えていた。
それは「なぜ飛行機は操縦桿を手前に引くと上を向くのか」という問いである。
簡単に見えて、奥の深い問題だ。
「上を向くから上を向くのだ。そんなものは習慣だ」などとトートロジーを並べて悦に入る浅薄な人間もいるが、
それは思考停止に他ならず、知性の敗北以外なにものでもない。
「赤方偏移」という現象がある。
宇宙空間において、地球から高速に遠ざかる天体ほどドップラー効果により、
そのスペクトル線が赤色の方に遷移するという現象である。
つまり、本来の飛行機の動きがどうであろうとも、飛行機が我々から
高速で遠ざかっているとすれば、毒々しく赤く見えるはずなのだ。
目の前の飛行機―C172は高速で動いているか否か?
それはC172の反対側に回ってみることでわかる。
運動の逆方向から観察することで、スペクトルは青方遷移し、
青く見えるはずなのだ。
ハットスイッチでC172の逆に回ってみたところ、同時にジョイスティックを少し傾けたためにエルロンが少し動いた。
よってこの飛行機は高速移動をしていないと言える。