コロナ後は賃上げを最優先せよ  デービッド・アトキンソン 小西美術工芸社社長
2021/06/11日経朝刊

先進国で「コロナ後」に関する話題が増えてきた。英オックスフォード・エコノミクスは
2021年の世界経済成長率を6%、米ゴールドマン・サックスは米国の成長率を7%と予想している。
欧米のコロナ後の経済政策は、(1)設備投資の喚起(2)労働分配率の引き上げという2つが柱だ。
これは1980年からスタートした新自由主義の修正を意味している。

80年以降、企業は労働分配率を下げたのにその分設備投資を増やしてこなかったので、資本家
の分配率が大きく上がった。半面、資本家の消費性向は相対的に低いので、需要側の低迷に
よってインフレ率が大幅に低下し、経済成長率も下がる結果となった。

日本は消費増税や長期のデフレの結果、個人消費が低迷したのだといわれるが、それはまさに
「井の中の蛙(かわず)」である。日本経済も消費税を上げていない国やデフレではない国と同じだ。

94年から2019年までの国内総生産(GDP)が50.3兆円増えている中、個人消費は63.8兆円の増加だった。
政府支出は8.3兆円増だ。一方、設備投資は12.1兆円の減、純輸出は9.7兆円のマイナスだ。
これは世界と同じ動向なので、消費税やデフレはそれを強めただけである。

労働分配率が下がっているのに、日本の個人消費が増えた要因は、主に貯蓄の減少と労働参加率の
上昇にある。1990年から2018年の間に、米国企業は設備投資を3.4倍も増やしているが、日本企業
は15%減らしている。対外直接投資を調整してみても、この差は変わらない。

この背景を正しく理解すれば、経済政策は設備投資と人材投資、すなわち労働分配率の引き上げに
尽きることがわかる。政府がリーダーとなり、企業の設備投資を徹底的に喚起することが重要だ。
菅政権でいえば、グリーン戦略とICT(情報通信技術)戦略の完遂が求められる。

その中で政府の投資も引き金となる。生産性向上を支援する支出を生産的政府支出というが、
政府支出の中で唯一、成長率向上に貢献するとされている。グリーン戦略は地球を救う役割だけではなく、
巨額のビジネスチャンスにもなる。ICTと同様に、今後の経済成長の柱となろう。

人口が減る中で企業の売り上げを持続的に増やすためには、労働分配率を引き上げるしかない。
労働分配率の引き上げは、もはや先進国のコンセンサス(合意)となっている。それを実現するために
、各国政府は最低賃金を引き上げているわけだ。

コロナ禍にもかかわらず、米国では20年に5.1%、21年には4.3%も最低賃金を引き上げている。
欧州連合(EU)も同様に5.2%、2.5%上昇させた。日本は20年において、わずか1円しか上がっていない。

特にコロナの影響を集中的に受けている宿泊・飲食・娯楽産業を支えるためにも、今年こそ最低賃金を
大幅に引き上げるべきである。賃金が先か、投資が先かと聞かれたら、答えは賃金だ。賃上げをする
企業は繁栄し、経済に貢献するのである。