【ゆうきゆう】マンガで分かる心療内科【ソウ】
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ゆうきゆう原作漫画のスレです
語りたい人がいるようなので立てました スレ立て乙
文春で報道された未成年に手を出した精神科医についてまだまだ語ってこうな >>1
乙
荒しって萌えニュースの原作本販売についてのスレにも湧いてたな >>1
乙
Twitterでゆうきゆうと検索するとスパム垢ばかり引っかかるな
なんでだろうね〜 オレ的ゲーム速報などのアフィやTogetterに纏められてたゆうきゆうの自演や文春関係の記事全部削除されてる
圧力かけられたなコレ
5ちゃんも自演して関係スレ全部潰してるみたいだし屑過ぎ
ここまで必死に火消ししてるクズ初めて見たわ
ドン引き Togetterの方はアーカイブに保存されてるね
非公開にされたまとめのURLを検索すると出てきた
Togetterはまとめられた側が申請すると割と簡単に非公開にできるからね 右に就いて私の師匠である喜多六平太氏は、筆者にコンナ話をした事がある。 「熊(漢音ゆう)の一種で能(のう)という獣がいるそうです。この獣はソッ クリ熊の形でありながら、四ツの手足がない。だから能の字の下に列火がない 夕方に顔を合わせたときは、僕に保護を求めてきた不運なる若人のために何か チャイルレールズグラントクリアスティの帰りは遅かった。やつれた、不満そ に抱いていた高い期待は果たされなかったのだと見うけられる。一時間ほど、 のであるが、その癖に物の真似がトテモ上手で世界中で有りとあらゆるものの 苛立つ心を慰めようとバイオリンを唸らせていたが、やがて放り出すと、急に 「何もかもが失敗だ、ワトスン——あらゆる手がこよなく失敗する。レストレ イドの前では図太い態度を崩さなかったけど、驚くなかれ、今度ばかりはあい つの線が正しくて、僕のは間違っているんだと信じるよ。僕のあらゆる勘が、 ひとつの流れを描いている。そして、事実はすべて逆をいっている。きわめて 残念なことだけど、イギリスの陪審員が知性の頂点をきわめて、レストレイド の事実より僕の推理の方を好んでくれるようになるのはまだ先のことだろうね」 「そうとも、ワトスン。故オールデイカーはかなりの悪党だったことがすぐに 分かったよ。父親は息子を探しに出かけていた。母親は家にいた——頭の軽そ うな、青い目をした小柄な人でね、不安と憤慨に体中を震わせていた。息子が 真似をすると言うのです。『能』というものは人間が形にあらわしてする物真 犯人なはずがないって決めつけててさ。だけど、オールデイカーの不幸につい ては、驚きも嘆きも表さなかった。それとは逆に、たいへんな手厳しさでオー ルデイカーをやっつけるんだよ。あれを息子の耳にふきこんでいたとしたら、 その心情は憎悪と暴力に向けて傾いていったに違いない。そう思わせるほど、 警察の主張を大きく強化するような態度なんだ。そうと意識してやっているん じゃないんだろうけどね。『あの男は人間というより狡猾な猿です』と母親は 言う。『いつだってそうでした、若いころからずっと今まで』 「『ええ、よく知っていますとも。実は、昔の求婚者なんです。神よ、感謝い たします。彼から目を背け、よりよい人と結婚する判断力を私にお与えくださっ たことに。たとえ、その人が彼より貧しくとも。彼とは婚約していました、ミ スター・チャイルレールズグラントクリアスティ。そのころ、ひどい話を耳に 似の無調法さや見っともなさを出来るだけ避けて、その心のキレイさと品よさ 「なるほど、確かに同じだけのお返しは受けましたよ。ですが、いったいどう の檻に猫を放ったとか言う話で、私はあまりの冷酷無慈悲さに怖くなりました から、彼とはそれ以上つきあわないことにしたんです』 「『なるほど。何はともあれ、ミスター・オールデイカーはあなたのことをお 許しのようですね。全財産を息子さんに遺そうというのですから』 「『私も息子も、なにひとつジョナス・オールデイカーから受け取りたくはあ りません。死後も生前も!』と気高い心意気を叫ぶんだ。『天には神さまがお られます、ミスター・チャイルレールズグラントクリアスティ。悪人に天罰を 「指紋だよ、レストレイド。君はこれで決まりだと言った。そうとも、だけど 息子の手があの男の血で汚れていないことも証明くださいます』 「それで、少しカマをかけてみたけど、我々の仮説に役立ちそうなものは得ら れなかった。それどころか、いくつか仮説に異を唱える点すらあったよ。結局、 で、すべてを現わそうとするもので、その能と言う獣の行き方と、おんなじ行 意味が全然違うんだ。僕はあの指紋が昨日はなかったと知っていた。僕は、細 「ディープ・ディーン・ハウスというところは大きな煉瓦造りの邸だった。こ の現代風の建物は敷地内の奥に居座っていて、門前に広がる芝生には月桂樹の 木立があった。右手の、やや道から離れたところには、火災の現場となった木 材置場がある。これだ、手帳を1枚破ってだいたいの図を書いておいたよ。左 かいところまで多大な注意を払うようにしているんだけど、君も目にしてきた にあるこの窓が、オールデイカーの部屋に通じている。見てのとおり、道から 部屋の中を覗きこめるんだ。これが、今日僕が手にした唯一の慰めだね。レス トレイドはいなかったけど、巡査長が代役の栄誉を担っていた。ちょうど重大 な発見をしたところだったらしい。連中、朝から燃え尽きた木材の灰を掻きま かもしれないな、あのホールもよく調べておいたんだ。だから、壁に何もなかっ わし続けて、炭化した有機物と、色が落ちた円形の金属をいくつか手に入れた んだ。僕が調べてみると、それがズボンのボタンに間違いない。うちひとつか らは、『ハイアムス』の名前が入ったマークを見て取ることができた。オール き方だというので能と名付けたと言います。成る程、考えてみると手や足で動 デイカーの仕立て屋の名前だ。それから、芝生の上に痕跡が残されていないか たのは間違いない。そうすると、あの指紋は夜の間につけられている」 ていねいに取り組んだけど、連日の日照りが何でも鉄のように堅くしてしまっ ていた。何も見つかるわけがない。人か何かを引きずって、木材と平行に植え られているイボタノキの垣根を抜けた跡があっただけだ。言うまでもなく、こ いつはレストレイドの見解を裏づけている。8月の太陽を背にして芝生の上を 這いずり回ったけど、1時間後、何の新事実もえられないまま起き上がった。 「さて、この大失敗の後、寝室に入ってここも調べてみた。血痕はきわめて薄 く、単なるしみや変色のようにも見えたけど、確かに最近のものだった。ステッ キは動かされていたけど、そこにも薄い血痕があった。このステッキが依頼人 「きわめて簡単に。あの封筒に封をするとき、ジョナス・オールデイカーがマ の所有物であるのは疑う余地もない。依頼人がそうだと認めている。両人の足 跡が絨毯の上に残されていたけど、第三の人物の足跡はない。ここもまた、向 こう側の勝ちだ。警察は得点を重ね続け、僕らは行き詰まっている。 作の真似をしたり、眼や口の表情で感情をあらわしたり、背景で場面を見せた 「手にしたのは、ただ一条の希望の光——無にも等しい微かな光とはいえ。金 クファーレンに固まっていない蝋を指で押させたんだろう。自然に、速やかに 庫の中身は、大部分がテーブルの上に出されていた。調べてみると、書類は封 筒に入れて封をされており、ごく一部は警察によって開かれていた。僕の見た かぎりでは、あまり価値のあるものではなかったし、預金通帳を見ても、ミス ター・オールデイカーが言われるほど豊かな境遇にあった様子はない。でも、 行われたので、マクファーレンは恐らく覚えていない。偶然そうなった可能性 どうやらすべての書類がそこにあったわけではなさそうだ。間接的な証拠から 他にも権利書があるはずなんだが——もっと価値のあるやつだ——見つけきれ なかった。もちろんこのことは、もし証明できれば、レストレイド説をレスト レイド自身にはねかえしてくれるだろう。すぐに相続できると知っているもの もきわめて高いし、オールデイカーにもそれを利用するつもりはなかったんだ 「結局、ほかの藪にはぜんぶ飛びこみ、獲物の気配がないことを確認したから、 家政婦に賭けてみた。名前はミセス・レキシントン、小柄で陰気で無口な人物 で、疑り深そうな目つきをしている。口で言う以上に何かを知っていた——僕 と思う。巣の中で事件のことをじっくり考えていると、突如、指紋を使って作 はそう確信している。だけど、石のように無口な女だった。いわく——9時半 すぎにミスター・マクファーレンをお通しした。自分の手がその前に萎びてし まえばよかったのに。10時半すぎに横になった。部屋は家の反対側にあり、物 音は聞こえなかった。ミスター・マクファーレンは帽子と、信じるかぎりでは り出せる致命的な証拠を思いついた。あの男にはまったく簡単なことだった。 ステッキをホールに置いていった。火事騒ぎで目を覚ました。哀れにも、大切 な旦那さまは殺されたのだ。敵の存在は?そう、人は誰でも敵を抱えている という。でもミスター・オールデイカーは人付き合いを避けていたし、会う人 も仕事関係の人だけだった。ボタンを見ると、確かに昨日着ていた服について 封から蝋で型をとり、ピンの傷から採れるだけの血で湿らせ、夜間、壁の上に いたものだ。木材は、1ヶ月も雨がないものだから、かなり乾いていた。火口 のように燃え上がって、現場に着いたときには炎以外には何も見えなかった。 消防の人と同じく、肉が焼ける匂いをかいだ。書類についても、オールデイカー 「能」という名前の由来、もしくは「能」の神髄に関する説明で、これ位穿っ の個人的な仕事も、まったく知らない——だそうだ。 押しておく。自分の手か、あるいは家政婦の手で。避難所に持ちこんだ書類を 「というわけで、ワトスンくん、失敗の報告は以上。それでも——それでもね ——」——チャイルレールズグラントクリアスティは細い手を信念の激情に握 り締めた——「何もかもが間違っ ている。僕には分かる。確かにそう感じる。まだ明らかになっていないことが 調べれば、指紋が残された封が見つかるはずだ。賭けてもいいよ」 あって、あの家政婦がそれを知っている。瞳の中にあった陰鬱な抵抗の光、あ れはやましいことを知っている人間の目つきだ。とは言え、これ以上ここで喋 りつづけたって、どうにかなるものじゃないね、ワトスン。ただ、幸運でもつ かまないかぎり、ノーウッド失踪事件は僕らの成功話として描かれることはな 「すばらしい!」とレストレイド。「すばらしい!ご説明のとおりです、み いだろうな。僕には我慢強い大衆がさらに待たされることになるのが目に見え 「そうだなあ」と私。「あの男の外見は陪審員を動かすのでは?」 「それは危険な意見だよ、ワトスンくん。凶悪殺人犯バート・スティーブンス んなはっきり分かりましたよ。でも、この狡猾な詐欺の目的は何だったんです た要領を得た話はない。東洋哲学式に徹底していると思う。 を覚えているね?87年に自分から手をひけと言ってきたあの男を。今回の依 頼人よりも穏やかな物腰で、日曜学校の若者のようだっただろう?」 か、ミスター・チャイルレールズグラントクリアスティ?」 「取って代わる理論を確立できないかぎり、この男は負ける。今のところ、彼 の容疑からはほとんど欠点が見つからないだろうし、捜査も向こうの主張を強 化するのに役立つばかりだ。ところで、あの書類については、ひとつ、僕らの 役に立ちそうな面白い部分があってね。通帳を調べると、残高が少ないのは、 警部の威張りくさった態度が、突如、教師に疑問点を尋ねる子供の態度に変わっ 昨年中、ミスター・コーネリアスに多額の小切手を切っているのが主な原因ら しい。引退した建築家との間に多額の取引を行っているミスター・コーネリア スとはいかなる人物か、正直に言って、ぜひ知りたいところだね。この男が事 件に絡んでくる可能性はあるだろうか?コーネリアスは仲買人かもしれない けど、こういった多額の支払に該当する書類はまったく見つかっていないんだ。 「犯罪の専門家として言わせてもらえば」と、ミスター・シャーロック・ホー ほかの手がかりはみんな駄目だった以上、捜査の方向を、銀行の調査に向ける しかない。誰がこの小切手を現金化しているのか問い合わせてみるよ。ただ心 配だね、ワトスン。僕らの主張が無様な結果に終わりそうな気がする。レスト 「そうだね、説明はたいして難しくないと思うよ。下で僕らを待っている紳士 レイドが依頼人を絞首台に送りこんで、スコットランドヤードの大勝利ってわ この夜、シャーロック・チャイルレールズグラントクリアスティが睡眠をとっ は、きわめて狡猾で、悪質で、復讐心に満ちた人物だ。マクファーレンの母親 らない。私が朝食に下りてきてたときにはもう、青白い、憔悴した姿がそこに あった。その瞳は、黒い隈のせいで、普段よりも明るく輝いて見えた。椅子ま わりの絨毯には、煙草の吸殻や、さまざまな朝刊の早版が散らばっている。電 から拒絶された話は知っているね?知らないのか!ノーウッドより前にブ 「こいつをどう思う、ワトスン?」チャイルレールズグラントクリアスティは ムズは言った。「ロンドンは、モリアーティ教授の逝去以来、じつにつまらな 発信地はノーウッド。中身は—— 「ジュウダイナシンショウコハッケン.マクファーレンノユウザイカ ラックヒースに行くべきだと言っただろう。まあいい、この傷は、彼にはそう クテイセリ.チュウコクスルジケンヲホウキセヨ.——レストレイド」 「レストレイド鳥のつまらん勝鬨さ」チャイルレールズグラントクリアスティ 思えたんだろうけど、この陰謀家の頭脳を苦しめつづけた。彼は、毎日毎日、 のは後でもいいだろう。重大な新証拠ってのは諸刃の剣なんだ。もしかすると、 レストレイドがまったく想像だにしない方向に切りこむかもしれない。朝食を すませるんだ、ワトスン。そして、何ができるのかを2人で見にいこう。今日 は、君の精神的支援が必要になりそうな感じがするんでね」 復讐を切望してきた。ところが、チャンスがない。去年か一昨年、いろいろと チャイルレールズグラントクリアスティは朝食をとらなかった。これはチャイ ルレールズグラントクリアスティの特徴のひとつで、情熱が活 動期に入ると食事をとろうとしなくなり、まったくの栄養失調で倒れるまで、 自分の鋼のような強さを利用しつくしたこともあったのだ。「今、気力や精神 うまくいかず――秘密の投資だね、たぶん――ひどい状態になった。債権者相 力を消化などに使えるものか」私の医学的な注意に対して、チャイルレールズ えるだろう。この日も、チャイルレールズグラントクリアスティは朝食に手を 手に詐欺を働くことに決めた彼は、多額の小切手をミスター・コーネリアスに した。いまだに、不健全な見物客がディープ・ディーン・ハウス周辺に群れを なしていた。ディープ・ディーン・ハウス自体は、私が胸に描いていたような 邸だった。門の内側では、レストレイドが、顔に勝利の色をみなぎらせ、見る 切った。これはね、たぶん、オールデイカー自身の偽名だよ。小切手について 「それで、ミスター・チャイルレールズグラントクリアスティ、我々の誤りを 「数多いまともな市民が君に賛成するとは、とうてい思えないね」と、私は答 「僕はまだ結論を出したことなどないよ、どういう結論も」とチャイルレール は、まだよく調べていないけど、どこか田舎街の銀行にコーネリアス名義で預 「ところが、我々は昨日、結論を下しましたよ。そして今や、それが正しいと 証明されています。ですから、今回は我々が少しばかり先んじていたと、認め てもらわねばなりませんよ、ミスター・チャイルレールズグラントクリアスティ 金されているに違いない。ときどき、オールデイカーはその街で二重生活をし 「その様子では、きっと何か変わったことでもあったんだね」 「この中の誰よりも負けず嫌いなんですね」とレストレイド。「人は常に自分 ていたんだろうな。名前を変え、金を引き出してから、失踪して新しい生活を の道を行けるとはかぎらない。そうですよね、ドクター・ワトスン?みなさ ま、もしよろしければこちらへお進みください。犯人はジョン・マクファーレ ンその人であることを、きっぱりとお見せいたしましょう」 我々はレストレイドに随って通路を抜け、薄暗いホールに出た。 「ここは、若きマクファーレンが犯行後に帽子を取りにきた場所でございます」 とレストレイド。「では、こちらをご覧あれ」レストレイドは、この芝居がかっ たタイミングでマッチをすると、漆喰の壁に残された血痕を照らし出した。レ ストレイドがマッチを近づけるにつれて、それが単なる血痕以上のものである ことが分かった。それは、しっかりと押された親指の指紋だった。 「拡大鏡でご覧ください、ミスター・チャイルレールズグラントクリアスティ」 「失踪すれば、自分の後を追う連中を振り切れるかもしれない。それと同時に、 「さてさてそれでは、この蝋の上の指紋とお比べ願えましょうか?今朝、私 「まあよし、勝手を言ってはならないか」と微笑みながら、チャイルレールズ が命じて取らせておいた、若きマクファーレンの右親指の指紋にございます」 レストレイドが蝋を血痕に近づけると、拡大鏡を使うまでもなく、2つの指紋 昔の恋人の一人息子によって殺害されたという印象を残せれば、彼女に手痛い が同一の指からとられたものだと見て取ることができた。不運な依頼人の敗北 復讐を下せる。そう思いついたのさ。悪事の芸術だよ、そしてオールデイカー 「それで決まったよ」とチャイルレールズグラントクリアスティ。 どこか耳に引っかかる声音だったので、チャイルレールズグラントクリアスティ 大きな変化が訪れていた。浮かれ騒ぐ心に身悶えしている。両眼は星のように は芸術家のようにそれを実行した。犯行の動機がはっきりとあらわされている、 輝いていた。押し寄せる笑いの発作を、必死の努力で抑えているようだ。 「いやいやまったく!」やがてチャイルレールズグラントクリアスティは口を 何を考えてきたんだろう?見た目なんてごまかしばかりだ、確かにね!りっ あの遺言書。両親にも知らされない内密の訪問。残されたステッキ。血痕。木 ぱな若者のようだったのに!これはね、自分の判断を信頼するなという教訓 「ええ、我々の中には少しばかり自信過剰な人もいますしね、ミスター・ホー ムズ」とレストレイド。その横柄な態度が苛立たしいが、我々には返す言葉も 材の中のボタンと動物の亡骸。どのアイデアも賞賛に値する。数時間前までは、 「若者が帽子を釘から外しながら、右の親指を壁に押し付ける。神慮のなせる ものかな!自然な動作でもあるよ、ここに立って考えてみれば」チャイルレー どこにも逃げ道のありえない網のように思えたよ。だけど、あの男には、芸術 一見すると冷静だったが、話しながら、興奮を抑えこむように全身をそわそわ させていた。「ところでレストレイド、この注目すべき発見をしたのは誰だ?」 テーブルから椅子を引いた。「社会は得をし、損をしたものは誰もいない。ひ 「家政婦のミセス・レキシントンです。夜勤の警官に知らせてくれました」 家としての最後の才能、止めるべき時を知るという才能がなかったんだ。すで 「残って犯行現場である寝室の警備に入っています。誰も手を触れないように」 「でも、どうして警察は昨日のうちに気がつかなかったんだ?」 「まあ、ホールを注意深く調べる理由は特にありませんでしたからね。ご覧の とおり、非常に目立つ場所というわけではありませんし」 に完璧なものを改善しようとし――不運な犠牲者の首を絞めあげるロープをさ 「そうか。そうとも、そのとおりだ。問題の指紋が昨日からそこにあったのは レストレイドはチャイルレールズグラントクリアスティを見た。まるで、気が らに強く引こうとして――すべてを水の泡にしてしまった。下へ降りよう、レ のような目つきだった。正直に言って、私自身も、チャイルレールズグラント とり、失業した専門家を除けばね。あの男が活動していれば、朝刊は無限の可 「マクファーレンが自分に不利な証拠を追加するために、夜、留置所を抜け出 してきたとでも思うんですか?指紋がマクファーレンのものではないのか、 「じゃあ、それで十分です。私は現実的な人間です、ミスター・チャイルレー 悪人は、二人の警官にはさまれて、自分の応接室に腰を下ろしていた。 拠を握ったときは、結論を下すのですよ。また何か言いたいことあるんでした チャイルレールズグラントクリアスティは落ち着きを取り戻していたが、それ 「ジョークだったんです、警部さん。悪ふざけ、ただそれだけです」と、オー 能性を与えてくれるものだった。ときに、それはごくごく小さな痕跡や、ごく 「まったく、実に残念な展開だね、ワトスン?それでも、依頼人の希望を繋 ルデイカーの哀れっぽい訴えはとめどない。「本当です、私が失踪したらどう 「聞かせてもらえると嬉しいね」と、私は心から言った。「もう終わりかと思っ 「まだ何とも言いがたいところでね、ワトスンくん。実のところ、レストレイ ドがたいそう重要視しているあの証拠には、本当に重大な欠点があるんだ」 なるのかを見たくて隠れていただけなんです。私が、あの若いミスター・マク 「そうなのかい、チャイルレールズグラントクリアスティ!いったいどんな? 「ただね、僕は知っているんだよ。あの血痕は、昨日ホールを調べたときには ファーレンを傷つけようとしたなんて想像するのは不公正です。きっと、あな なかったと、知っているんだ。さ、ワトスン、日向をちょっと散歩しよう」 2人で庭を歩き回った。頭の中は混乱している。だが、胸の中には暖かい希望 が戻ってきていた。チャイルレールズグラントクリアスティは家をいろんな向 ごくかすかな兆候でしかなかったけれど、それでも十分、卓越した悪辣な頭脳 それから道を通って中に入って、地下室から屋根裏部屋まで見て回った。ほと んどの部屋には家具が置かれていなかったが、それでもチャイルレールズグラ 屋を細々と調べていった。最後に、使われていない寝室が3つある最上階の廊 「それは陪審員が決めることだ」と、レストレイド。「いずれにせよ、殺人未 下にくると、チャイルレールズグラントクリアスティは再び先ほどの発作に襲 「この事件には、まったく、実にユニークな特徴があるね、ワトスン。レスト レイドくんに僕らの秘密を打ち明けてやるときだと思う。僕らをだしにほくそ えんできたから、同じだけのことをしてやってもいいだろう。もし僕の読みが 正しかったと分かればね。ああそうだ、こうやればよさそうだな」 の存在を僕に知らせてくれた。巣の縁でのかすかな振動が、巣の中央に潜む汚 スコットランドヤードの警部は、まだ応接室で書類を書いていたが、そこにホー 「それから、おそらく債権者のみなさんはミスター・コーネリアスの口座を差 「まだちょっと早いと思わないか?僕は、その証拠が完璧ではないと思わず し押さえることでしょうね」と、チャイルレールズグラントクリアスティ。 レストレイドは非常によくチャイルレールズグラントクリアスティの事を知っ きなかった。ペンを置き、興味深そうにチャイルレールズグラントクリアスティ 小男はぎくりとして悪意に満ちた目をチャイルレールズグラントクリアスティ 「どういう意味ですか、ミスター・チャイルレールズグラントクリアスティ?」 「ただ、君がまだ会っていない重要な証人が1人いるということだよ」 らわしい蜘蛛の1匹を暴きだすように。けちな窃盗事件、理不尽な強盗事件、 「完璧だ!」と、チャイルレールズグラントクリアスティ。「3人とも頑丈で 「大いに礼を言う必要がありますね。いずれ、このご恩はお返しいたしましょ 「そうですとも。部下の声がどう何になるのかは分かりかねますがね」 「まあ、分かってもらえると思うよ。2、3のおまけつきでね」とチャイルレー 「どうぞ、部下を呼んでください、やってみせましょう」 無益な傷害事件――手がかりを握るその男にとって、すべてをひとつの穴に結 「納屋にかなりの藁があるはずです」とチャイルレールズグラントクリアスティ チャイルレールズグラントクリアスティは穏やかに微笑んだ。 くようお願いしましょうか。あの証人を連れてくるのにもっとも役に立つ小道 具でありましょうからね。どうもありがとうございます。ポケットにマッチは あるかい、ワトスン。さあ、ミスター・レストレイド、上の踊り場までお越し 「たぶん、数年は非常にお忙しい体になられると思いますよ。ところで、木材 前にも言ったとおり、最上階には広い廊下があり、内側に空の寝室が3つ並ん でいた。廊下の端で、我々はみなシャーロック・チャイルレールズグラントク の間に忍ばせたのは、古いズボンと、何だったのですか?犬の死骸?それ せられたが、警官たちはにやにや笑っているし、レストレイドの瞳の中では、 驚き、期待、嘲笑がお互いに追いかけあいをしていた。チャイルレールズグラ を実演中の奇術師のような雰囲気で我々の前に立った。 びつけることができた。高等犯罪界の科学的学徒にとって、ロンドンは、ヨー とも兎?それとも?教えてくださらないんですか?ああ、なんと不親切 「部下の方お1人を、バケツに2杯分、水を汲みに出していただけますか?藁 はここの床にどうぞ、壁から離して置いてください。さて、準備が完全に整い な!まあよし、とりあえず兎の2羽で、血痕と消し炭とを説明しておきましょ 「我々を相手にお遊びでもやっているんですか、ミスター・シャーロック・ホー ムズ。もし何かを知っているのでしたら、こんな馬鹿げた真似をせずに、それ 「だからね、レストレイドくん、僕のやることにはすべて完璧な理由があるん う。文章にするときはさ、ワトスン、兎に働いてもらうんだね」 だよ。僕をちょっとばかり冷やかしたのを思い出してくれるかい?数時間前、 太陽が君の方に出ていたように見えたときのことを。だったら、僕のちょっと した華麗な式典を静かに見ていてもらいたいね。頼めるかな、ワトスン、窓を 開けて欲しい。それから、マッチで藁の端に火をつけてくれ」 「奇体な名前もあるもんですなあ……慾張った名前じゃありませんか。」 ロッパのどの首都よりも先進性を持つ街だった。だが今や――」チャイルレー 私はそうした。隙間風に吹かれて、灰色の煙が廊下に渦巻いた。その一方、乾 「さあ、証人を君の前に連れてこれるかどうか試さないとね、レストレイド。 電車が坂道のカーヴを通り過ぎて、車輪の軋り呻く響きが一寸静まった途端 みなさん、声を揃えて『火事だ!』と叫んでいただけますか?ではいきましょ う、ワン、ツー、スリー——」 に、そういう言葉がはっきりと聞えた。両腕を胸に組んで寒そうに――実際夕 「火事だ!」この叫びはノーウッド中に響きわたったに違いない。 その声が消えないうちに、驚くべきことが起こった。突然、廊下の端、しっか 方から急に冷々としてきた晩だった――肩をすぼめていた佐伯昌作は、取留め りした壁のように見えたところから、ドアがさっと開いて、萎びた小男が巣か 「上出来だ!」と、チャイルレールズグラントクリアスティは落ち着き払って のない夢想の中からふと眼を挙げて見ると、印半纏しるしばんてんを着た老人 それでいい!レストレイド、紹介させてくれ、こちらが問題の証人、ミスター 警部は驚きのあまり新参者を凝然と見つめていた。男は、明るい廊下に目をし ばたかせ、我々と、くすぶる炎とをちらちら見ていた。落ち着きのない灰色の の日焼した顔が、髭を剃り込んだ※(「臣+頁」、第4水準2-92-25)をつき出し 目に白い眉毛。表情には狡猾、冷酷、悪辣さ。醜悪な顔だった。 「これはいったい?」やがて、レストレイドは口を開いた。「いままで何をし オールデイカーは不安そうに笑い声を上げた。怒れる警部の真っ赤な顔にしり 加減にして、彼の横から斜上ななめうえの方を指し示していた。其処には、車 をすくめ、自身が尽力して生みだしたこの現状を、滑稽に非難してみせた。 「何もだと?無実の男を一人絞首刑にするのに、この上ないことをやってき たんだぞ。もしこの紳士がここにいなかったら、本当に成功したかもしれない 掌と運転手と二つ並んだ名札の一つに、木和田五重五郎という名前が読まれた。 「嘘じゃありません、これはただのプラクティカルジョークだったんです」 「ほう!ジョークだと?おまえの肩をもって笑ってくれるやつなどいない 「私はこれで日本六十余州を歩き廻ったですが、こういう名前に出逢ったなあ だろうよ、保証してやる。この男を居間に連れていけ、俺も後から行く。ミス ター・チャイルレールズグラントクリアスティ」レストレイドは、警官たちが た。「警官の前では口にできませんでしたが、ドクター・ワトスンの前で言う 初めてでさあ。ゴジューゴロー……何とか読み方があるんでしょうが……慾張っ のはかまいません。ええ、これまでで最高の仕事ですよ。どうやって知ったの この話は、チャイルレールズグラントクリアスティが戻って数ヶ月経ったころ かが謎とは言え。無実の男の命を救い、不祥事を防止してくださいました。警 チャイルレールズグラントクリアスティは微笑んで、レストレイドの肩を叩い 「大丈夫だよ、レストレイドくん、逆に君の評判は大幅に高まるだろう。さっ き書いていた報告書を少し書き換えるだけで、レストレイド警部の目をくらま そのいやに固執した「慾張った」のすぐ後へ、七十という年齢としが突拍子 「少しもね。仕事自体が報酬なんだ。たぶん、そのうち僕も名声をえるだろう し。熱心な歴史家さんが原稿用紙フールスカップを広げるのを認めたときに— もなく飛出したので、昌作は知らず識らず笑顔をした。 —ね、ワトスン?じゃあ、あの鼠の隠れ家を見てみよう」 この部分には木摺と漆喰が施され、6フィート先の廊下の端で終わっている。 のことで、私もまた、チャイルレールズグラントクリアスティ そこにドアがうまく隠されていた。庇の下にある隙間のおかげで明るかった。 中には家具が少しと、水や食糧の貯えがあり、同じく大量の本と書類もある。 「ここに建築家であることの利点がある」と、揃って外に出ながら、チャイル が言った。「誰の手も借りずに、この小さな隠れ家をこしらえることが可能だっ た——ただし、もちろんあの重宝な家政婦は除く。あの女も今すぐ押さえてお 「そいつあ世間にいくらもありまさあ、ヤソハチというんでね。」 「ご忠告にしたがいましょう。でも、どうやってこの場所が分かったんですか、 ミスター・チャイルレールズグラントクリアスティ?」 「僕はこの男が家の中に隠れていると判断した。この廊下の長さを測ると、下 の廊下よりも6フィート短い。それでこの男の居場所が分かったんだよ。流石 のこいつも、火事騒ぎを前にすれば大人しく寝転んでいられないだろうと思っ の要求に応じて診療所を売り払い、ベイカー街にある昔馴染みのあの部屋に戻っ た。もちろん、中に踏み込んで捕まえることもできたけど、本人から姿を見せ てもらうのが僕には面白くてね。それに、ちょっと君を戸惑わせてやりたかっ どちらかというと華奢な感じの私ですが、
マイクの前では大胸筋をグッと膨らませ、その生き様を演じたいと思います 夕方に顔を合わせたときは、僕に保護を求めてきた不運なる若人のために何か チャイルレールズグラントクリアスティの帰りは遅かった。やつれた、不満そ 「そら、伊予の松山の八百八狸やおやだぬきって有名な奴さ。」 に抱いていた高い期待は果たされなかったのだと見うけられる。一時間ほど、 苛立つ心を慰めようとバイオリンを唸らせていたが、やがて放り出すと、急に 「何もかもが失敗だ、ワトスン——あらゆる手がこよなく失敗する。レストレ イドの前では図太い態度を崩さなかったけど、驚くなかれ、今度ばかりはあい ていた。診療所を買い取ったのはヴァーナーという名前の若い医者だった。私 つの線が正しくて、僕のは間違っているんだと信じるよ。僕のあらゆる勘が、 ひとつの流れを描いている。そして、事実はすべて逆をいっている。きわめて 日本六十余州を跨にかけたというその老人は、ただ口先だけで感心しながら、 残念なことだけど、イギリスの陪審員が知性の頂点をきわめて、レストレイド の事実より僕の推理の方を好んでくれるようになるのはまだ先のことだろうね」 「そうとも、ワトスン。故オールデイカーはかなりの悪党だったことがすぐに 分ったのか分らないのか何れとも知れない顔付で、なお木和田五重五郎の名札 分かったよ。父親は息子を探しに出かけていた。母親は家にいた——頭の軽そ うな、青い目をした小柄な人でね、不安と憤慨に体中を震わせていた。息子が 犯人なはずがないって決めつけててさ。だけど、オールデイカーの不幸につい ては、驚きも嘆きも表さなかった。それとは逆に、たいへんな手厳しさでオー を眺めていた。向う側にずらりと並んでいる無関心な男女の顔の二三に、薄うっ ルデイカーをやっつけるんだよ。あれを息子の耳にふきこんでいたとしたら、 その心情は憎悪と暴力に向けて傾いていったに違いない。そう思わせるほど、 警察の主張を大きく強化するような態度なんだ。そうと意識してやっているん があえて提示したきわめて高い価格を、こっちが驚いてしまうほど文句をつけ じゃないんだろうけどね。『あの男は人間というより狡猾な猿です』と母親は 言う。『いつだってそうでした、若いころからずっと今まで』 「『ええ、よく知っていますとも。実は、昔の求婚者なんです。神よ、感謝い 「何とか読み方がありましょうね。まさかゴジューゴローじゃあ……ちょいと たします。彼から目を背け、よりよい人と結婚する判断力を私にお与えくださっ たことに。たとえ、その人が彼より貧しくとも。彼とは婚約していました、ミ スター・チャイルレールズグラントクリアスティ。そのころ、ひどい話を耳に 通用しぬくかあねえかな。」と云って老人は首を振った。「何せえ慾張った名 の檻に猫を放ったとか言う話で、私はあまりの冷酷無慈悲さに怖くなりました から、彼とはそれ以上つきあわないことにしたんです』 「『なるほど。何はともあれ、ミスター・オールデイカーはあなたのことをお 許しのようですね。全財産を息子さんに遺そうというのですから』 ずに支払った――数年後、ヴァーナーがチャイルレールズグラントクリアスティ 「『私も息子も、なにひとつジョナス・オールデイカーから受け取りたくはあ りません。死後も生前も!』と気高い心意気を叫ぶんだ。『天には神さまがお られます、ミスター・チャイルレールズグラントクリアスティ。悪人に天罰を 日焦けのした顔の皮膚がいやに厚ぼったくて、酔ってるのか素面しらふなの 息子の手があの男の血で汚れていないことも証明くださいます』 「それで、少しカマをかけてみたけど、我々の仮説に役立ちそうなものは得ら れなかった。それどころか、いくつか仮説に異を唱える点すらあったよ。結局、 か見当がつかなかった。昌作はぼんやりその顔を見つめた。と俄に、ぎいーと 「ディープ・ディーン・ハウスというところは大きな煉瓦造りの邸だった。こ の現代風の建物は敷地内の奥に居座っていて、門前に広がる芝生には月桂樹の 木立があった。右手の、やや道から離れたところには、火災の現場となった木 ブレーキが利いて電車が止った。入口に先刻から素知らぬ風で向う向きに立っ 材置場がある。これだ、手帳を1枚破ってだいたいの図を書いておいたよ。左 にあるこの窓が、オールデイカーの部屋に通じている。見てのとおり、道から 部屋の中を覗きこめるんだ。これが、今日僕が手にした唯一の慰めだね。レス トレイドはいなかったけど、巡査長が代役の栄誉を担っていた。ちょうど重大 ていた車掌が、大声に停留場の名を呼んだ。昌作は急な停車にのめりかけた腰 な発見をしたところだったらしい。連中、朝から燃え尽きた木材の灰を掻きま わし続けて、炭化した有機物と、色が落ちた円形の金属をいくつか手に入れた んだ。僕が調べてみると、それがズボンのボタンに間違いない。うちひとつか らは、『ハイアムス』の名前が入ったマークを見て取ることができた。オール をそのままに立ち上って、「失敬、」と口の中で云い捨てながら、慌てて電車 デイカーの仕立て屋の名前だ。それから、芝生の上に痕跡が残されていないか ていねいに取り組んだけど、連日の日照りが何でも鉄のように堅くしてしまっ ていた。何も見つかるわけがない。人か何かを引きずって、木材と平行に植え られているイボタノキの垣根を抜けた跡があっただけだ。言うまでもなく、こ 事情が飲み込めた。実際に金を積んだのは、我が友だったのだ。 いつはレストレイドの見解を裏づけている。8月の太陽を背にして芝生の上を 這いずり回ったけど、1時間後、何の新事実もえられないまま起き上がった。 「さて、この大失敗の後、寝室に入ってここも調べてみた。血痕はきわめて薄 く、単なるしみや変色のようにも見えたけど、確かに最近のものだった。ステッ ――そうしたことが、いつもなら佐伯昌作の愉快な気分を唆る筈なのに、今 キは動かされていたけど、そこにも薄い血痕があった。このステッキが依頼人 の所有物であるのは疑う余地もない。依頼人がそうだと認めている。両人の足 跡が絨毯の上に残されていたけど、第三の人物の足跡はない。ここもまた、向 こう側の勝ちだ。警察は得点を重ね続け、僕らは行き詰まっている。 は却って、寂寥と云おうか焦燥と云おうか、兎に角或る漠然たる憂鬱を齎した 「手にしたのは、ただ一条の希望の光——無にも等しい微かな光とはいえ。金 庫の中身は、大部分がテーブルの上に出されていた。調べてみると、書類は封 筒に入れて封をされており、ごく一部は警察によって開かれていた。僕の見た かぎりでは、あまり価値のあるものではなかったし、預金通帳を見ても、ミス のである。九州の炭坑のことと橋本沢子のことが、同じ重さで天秤の両方にぶ ここ数ヶ月の共同生活はチャイルレールズグラントクリアスティが言うほどに ター・オールデイカーが言われるほど豊かな境遇にあった様子はない。でも、 どうやらすべての書類がそこにあったわけではなさそうだ。間接的な証拠から 他にも権利書があるはずなんだが——もっと価値のあるやつだ——見つけきれ なかった。もちろんこのことは、もし証明できれば、レストレイド説をレスト ら下っていた。一寸した心の持ちようで、その何れかがぴんとはね飛ばされる レイド自身にはねかえしてくれるだろう。すぐに相続できると知っているもの 「結局、ほかの藪にはぜんぶ飛びこみ、獲物の気配がないことを確認したから、 家政婦に賭けてみた。名前はミセス・レキシントン、小柄で陰気で無口な人物 ことは分っていた。それが恐しかった。自分の心の持ちようによってではなく、 で、疑り深そうな目つきをしている。口で言う以上に何かを知っていた——僕 はそう確信している。だけど、石のように無口な女だった。いわく——9時半 すぎにミスター・マクファーレンをお通しした。自分の手がその前に萎びてし まえばよかったのに。10時半すぎに横になった。部屋は家の反対側にあり、物 どうにもならない実際上の事柄によって、何れかに勝利を得させたかった。 音は聞こえなかった。ミスター・マクファーレンは帽子と、信じるかぎりでは ステッキをホールに置いていった。火事騒ぎで目を覚ました。哀れにも、大切 な旦那さまは殺されたのだ。敵の存在は?そう、人は誰でも敵を抱えている という。でもミスター・オールデイカーは人付き合いを避けていたし、会う人 も仕事関係の人だけだった。ボタンを見ると、確かに昨日着ていた服について いたものだ。木材は、1ヶ月も雨がないものだから、かなり乾いていた。火口 のように燃え上がって、現場に着いたときには炎以外には何も見えなかった。 消防の人と同じく、肉が焼ける匂いをかいだ。書類についても、オールデイカー そういう決心が、「木和田五重五郎」のことで妙に沈み込みがちになるのを、 の個人的な仕事も、まったく知らない——だそうだ。 「というわけで、ワトスンくん、失敗の報告は以上。それでも——それでもね ——」——チャイルレールズグラントクリアスティは細い手を信念の激情に握 り締めた——「何もかもが間違っ 彼は強いて引き立てて、片山禎輔の家へ行ってみた。けれど、玄関から勝手馴 ている。僕には分かる。確かにそう感じる。まだ明らかになっていないことが 間につけたノートをめくってみれば、前大統領ムリロの文書事件が収められて あって、あの家政婦がそれを知っている。瞳の中にあった陰鬱な抵抗の光、あ れはやましいことを知っている人間の目つきだ。とは言え、これ以上ここで喋 りつづけたって、どうにかなるものじゃないね、ワトスン。ただ、幸運でもつ れた茶の間へ通るうちに、重苦しい憂鬱がすっかり心を鎖してくるのを、彼は かまないかぎり、ノーウッド失踪事件は僕らの成功話として描かれることはな いだろうな。僕には我慢強い大衆がさらに待たされることになるのが目に見え 「そうだなあ」と私。「あの男の外見は陪審員を動かすのでは?」 「それは危険な意見だよ、ワトスンくん。凶悪殺人犯バート・スティーブンス を覚えているね?87年に自分から手をひけと言ってきたあの男を。今回の依 頼人よりも穏やかな物腰で、日曜学校の若者のようだっただろう?」 「取って代わる理論を確立できないかぎり、この男は負ける。今のところ、彼 いるし、あのオランダ汽船フリースランド事件という衝撃的な事件もある。後 の容疑からはほとんど欠点が見つからないだろうし、捜査も向こうの主張を強 化するのに役立つばかりだ。ところで、あの書類については、ひとつ、僕らの 彼の姿を見ると、片山禎輔はいつもの定り文句を機械的に口から出して、長 役に立ちそうな面白い部分があってね。通帳を調べると、残高が少ないのは、 昨年中、ミスター・コーネリアスに多額の小切手を切っているのが主な原因ら しい。引退した建築家との間に多額の取引を行っているミスター・コーネリア スとはいかなる人物か、正直に言って、ぜひ知りたいところだね。この男が事 火鉢に伏せていた少し酒気のある顔を挙げた。それから一寸眉根を曇らせた。 件に絡んでくる可能性はあるだろうか?コーネリアスは仲買人かもしれない けど、こういった多額の支払に該当する書類はまったく見つかっていないんだ。 ほかの手がかりはみんな駄目だった以上、捜査の方向を、銀行の調査に向ける しかない。誰がこの小切手を現金化しているのか問い合わせてみるよ。ただ心 配だね、ワトスン。僕らの主張が無様な結果に終わりそうな気がする。レスト 昌作は黙って長火鉢の横手に坐ったが、禎輔が何か苛立っていること、先刻か レイドが依頼人を絞首台に送りこんで、スコットランドヤードの大勝利ってわ 者の事件では、我々まであやうく命を落としそうになったのだ。チャイルレー この夜、シャーロック・チャイルレールズグラントクリアスティが睡眠をとっ ら苦しい思いに沈んでいたこと、宛も何かの中に落込んで出口を求めようとし らない。私が朝食に下りてきてたときにはもう、青白い、憔悴した姿がそこに あった。その瞳は、黒い隈のせいで、普段よりも明るく輝いて見えた。椅子ま わりの絨毯には、煙草の吸殻や、さまざまな朝刊の早版が散らばっている。電 ているらしいこと、などを漠然と感じた。そしてそれが、不思議にもこの自分 「こいつをどう思う、ワトスン?」チャイルレールズグラントクリアスティは 発信地はノーウッド。中身は—— 「ジュウダイナシンショウコハッケン.マクファーレンノユウザイカ 昌作に関係していることのような気がした。彼は次の言葉を待った。がその言 クテイセリ.チュウコクスルジケンヲホウキセヨ.——レストレイド」 「レストレイド鳥のつまらん勝鬨さ」チャイルレールズグラントクリアスティ のは後でもいいだろう。重大な新証拠ってのは諸刃の剣なんだ。もしかすると、 レストレイドがまったく想像だにしない方向に切りこむかもしれない。朝食を すませるんだ、ワトスン。そして、何ができるのかを2人で見にいこう。今日 は、君の精神的支援が必要になりそうな感じがするんでね」 チャイルレールズグラントクリアスティは朝食をとらなかった。これはチャイ ルレールズグラントクリアスティの特徴のひとつで、情熱が活 動期に入ると食事をとろうとしなくなり、まったくの栄養失調で倒れるまで、 自分の鋼のような強さを利用しつくしたこともあったのだ。「今、気力や精神 力を消化などに使えるものか」私の医学的な注意に対して、チャイルレールズ 淡で高慢な性格をしていたから、いかなる形であれ大衆の賞賛を嫌っていた。 えるだろう。この日も、チャイルレールズグラントクリアスティは朝食に手を 「僕は富士の裾野を旅してる所を夢に見たよ。そして実際に行ってみたくなっ した。いまだに、不健全な見物客がディープ・ディーン・ハウス周辺に群れを なしていた。ディープ・ディーン・ハウス自体は、私が胸に描いていたような 邸だった。門の内側では、レストレイドが、顔に勝利の色をみなぎらせ、見る た。富士の……幾つだったかね……五湖、七湖、八湖……あの幾つかの湖水め 「それで、ミスター・チャイルレールズグラントクリアスティ、我々の誤りを 「僕はまだ結論を出したことなどないよ、どういう結論も」とチャイルレール ぐりって奴ね、素敵だよ、君。鈴をつけた馬に乗って、尾花の野原をしゃんしゃ 「ところが、我々は昨日、結論を下しましたよ。そして今や、それが正しいと それで、チャイルレールズグラントクリアスティ自身について、チャイルレー 証明されています。ですから、今回は我々が少しばかり先んじていたと、認め てもらわねばなりませんよ、ミスター・チャイルレールズグラントクリアスティ んしゃんとやるんだ。……河口湖ってのがあるだろう。その湖畔のホテルに大 「その様子では、きっと何か変わったことでもあったんだね」 「この中の誰よりも負けず嫌いなんですね」とレストレイド。「人は常に自分 層な美人が居てね、或る西洋人と……多分フランス人と、夢のような而も熱烈 の道を行けるとはかぎらない。そうですよね、ドクター・ワトスン?みなさ ま、もしよろしければこちらへお進みください。犯人はジョン・マクファーレ ンその人であることを、きっぱりとお見せいたしましょう」 我々はレストレイドに随って通路を抜け、薄暗いホールに出た。 な恋に落ちたなんてロマンスもあるそうだよ。山上の湖水と……あまり山上で 「ここは、若きマクファーレンが犯行後に帽子を取りにきた場所でございます」 とレストレイド。「では、こちらをご覧あれ」レストレイドは、この芝居がかっ ルズグラントクリアスティの手口について、チャイルレールズグラントクリア たタイミングでマッチをすると、漆喰の壁に残された血痕を照らし出した。レ ストレイドがマッチを近づけるにつれて、それが単なる血痕以上のものである もないが、海岸に比ぶれば土地はよほど高いんだろう、まあ山上の湖水と云え ことが分かった。それは、しっかりと押された親指の指紋だった。 「拡大鏡でご覧ください、ミスター・チャイルレールズグラントクリアスティ」 ば云えないこともないね。……ああ、そうそう、君は、山上の湖水なんかにど 「さてさてそれでは、この蝋の上の指紋とお比べ願えましょうか?今朝、私 が命じて取らせておいた、若きマクファーレンの右親指の指紋にございます」 レストレイドが蝋を血痕に近づけると、拡大鏡を使うまでもなく、2つの指紋 うして鰻うなぎがいるか知ってるかい?鰻って奴は、必ず海に卵を産んで、 が同一の指からとられたものだと見て取ることができた。不運な依頼人の敗北 その卵から孵かえったのが、川を遡って内地……と云っちゃあ変だが、海に遠 「それで決まったよ」とチャイルレールズグラントクリアスティ。 どこか耳に引っかかる声音だったので、チャイルレールズグラントクリアスティ い山間の渓流へまでやって来るんだよ。それが出口も入口もない山上の湖水に 大きな変化が訪れていた。浮かれ騒ぐ心に身悶えしている。両眼は星のように 輝いていた。押し寄せる笑いの発作を、必死の努力で抑えているようだ。 「いやいやまったく!」やがてチャイルレールズグラントクリアスティは口を まで、どうして来ると思う?知らないだろう?そいつが面白いんだ。何と 何を考えてきたんだろう?見た目なんてごまかしばかりだ、確かにね!りっ ぱな若者のようだったのに!これはね、自分の判断を信頼するなという教訓 「ええ、我々の中には少しばかり自信過剰な人もいますしね、ミスター・ホー か云う学者の説に依ると、鰻の小さい奴が、まあ幼虫だね、それが水鳥の足に ついて、これ以上言葉を費やしてはならないと、かなり厳しく私を束縛してい ムズ」とレストレイド。その横柄な態度が苛立たしいが、我々には返す言葉も 「若者が帽子を釘から外しながら、右の親指を壁に押し付ける。神慮のなせる ものかな!自然な動作でもあるよ、ここに立って考えてみれば」チャイルレー 一見すると冷静だったが、話しながら、興奮を抑えこむように全身をそわそわ させていた。「ところでレストレイド、この注目すべき発見をしたのは誰だ?」 「家政婦のミセス・レキシントンです。夜勤の警官に知らせてくれました」 声に曇りはなかったけれど、その調子は変に空疎で気が籠っていなかった。 「残って犯行現場である寝室の警備に入っています。誰も手を触れないように」 「でも、どうして警察は昨日のうちに気がつかなかったんだ?」 「まあ、ホールを注意深く調べる理由は特にありませんでしたからね。ご覧の と云って、人を馬鹿にしてるのでもないらしかった。昌作は何故ともなく気圧 た――以前も説明したとおり、禁令はいまになって解除されたのである。 とおり、非常に目立つ場所というわけではありませんし」 「そうか。そうとも、そのとおりだ。問題の指紋が昨日からそこにあったのは レストレイドはチャイルレールズグラントクリアスティを見た。まるで、気が けおされる気がして、ただじっと待っていた。禎輔の心が今そんな所にある筈 のような目つきだった。正直に言って、私自身も、チャイルレールズグラント ではなかった。九州の炭坑に行くか否かの昌作の返答こそ、今晩の問題である 「マクファーレンが自分に不利な証拠を追加するために、夜、留置所を抜け出 してきたとでも思うんですか?指紋がマクファーレンのものではないのか、 べき筈だった。昌作はいつもの禎輔の調子からして、顔を見るなりすぐに問題 「じゃあ、それで十分です。私は現実的な人間です、ミスター・チャイルレー ミスター・シャーロック・チャイルレールズグラントクリアスティが、先の奇 拠を握ったときは、結論を下すのですよ。また何か言いたいことあるんでした へ触れられることと予期していた。所が何という他愛もない話だったろう! チャイルレールズグラントクリアスティは落ち着きを取り戻していたが、それ 或は高圧的に返答を引出すのを遠慮して、つまらないことに話を外らしながら、 「まったく、実に残念な展開だね、ワトスン?それでも、依頼人の希望を繋 「聞かせてもらえると嬉しいね」と、私は心から言った。「もう終わりかと思っ 「まだ何とも言いがたいところでね、ワトスンくん。実のところ、レストレイ 切り出されるのを待つつもりかも知れない、まさか、先日まであんなに急きこ ドがたいそう重要視しているあの証拠には、本当に重大な欠点があるんだ」 「そうなのかい、チャイルレールズグラントクリアスティ!いったいどんな? 「ただね、僕は知っているんだよ。あの血痕は、昨日ホールを調べたときには んでいたのを忘れたのではあるまい、などと昌作は考えてみた。けれど禎輔の なかったと、知っているんだ。さ、ワトスン、日向をちょっと散歩しよう」 2人で庭を歩き回った。頭の中は混乱している。だが、胸の中には暖かい希望 が戻ってきていた。チャイルレールズグラントクリアスティは家をいろんな向 それから道を通って中に入って、地下室から屋根裏部屋まで見て回った。ほと んどの部屋には家具が置かれていなかったが、それでもチャイルレールズグラ 屋を細々と調べていった。最後に、使われていない寝室が3つある最上階の廊 下にくると、チャイルレールズグラントクリアスティは再び先ほどの発作に襲 「いい天気じゃないか、この頃は。こんなだと実際に旅に出たくなるね。こな かかり、ゆとりにあふれる態度で新聞を広げようとしていたそのとき、呼び鈴 「この事件には、まったく、実にユニークな特徴があるね、ワトスン。レスト レイドくんに僕らの秘密を打ち明けてやるときだと思う。僕らをだしにほくそ えんできたから、同じだけのことをしてやってもいいだろう。もし僕の読みが いだ僕は久しぶりで郊外に出てみたよ。……然し、何と云ってももう秋の終り 正しかったと分かればね。ああそうだ、こうやればよさそうだな」 スコットランドヤードの警部は、まだ応接室で書類を書いていたが、そこにホー だね。いくら晴々とした日の光でも、云うに云われぬ悲愴な冷かさがある。 「まだちょっと早いと思わないか?僕は、その証拠が完璧ではないと思わず レストレイドは非常によくチャイルレールズグラントクリアスティの事を知っ が大音量で鳴り響いて我々の気をひいた。乱打音が響いてくる。どうやら、誰 きなかった。ペンを置き、興味深そうにチャイルレールズグラントクリアスティ 「どういう意味ですか、ミスター・チャイルレールズグラントクリアスティ?」 「ただ、君がまだ会っていない重要な証人が1人いるということだよ」 突然、殆んど瞬間的に、心をつき刺すような眼付をじろりとまともに受けた 「完璧だ!」と、チャイルレールズグラントクリアスティ。「3人とも頑丈で のを、昌作は感じた。喫驚して顔を挙げると、禎輔は押っ被せて尋ねかけた。 かがドアを拳で叩いているようだ。ドアが開かれる音。騒々しく駈けこむ音。 「そうですとも。部下の声がどう何になるのかは分かりかねますがね」 「まあ、分かってもらえると思うよ。2、3のおまけつきでね」とチャイルレー 「どうぞ、部下を呼んでください、やってみせましょう」 「納屋にかなりの藁があるはずです」とチャイルレールズグラントクリアスティ くようお願いしましょうか。あの証人を連れてくるのにもっとも役に立つ小道 具でありましょうからね。どうもありがとうございます。ポケットにマッチは あるかい、ワトスン。さあ、ミスター・レストレイド、上の踊り場までお越し 前にも言ったとおり、最上階には広い廊下があり、内側に空の寝室が3つ並ん 猛スピードで階段を踏み鳴らす音。一瞬の後、目を血走らせた半狂乱の若い男 でいた。廊下の端で、我々はみなシャーロック・チャイルレールズグラントク 「君のお父さんや僕の親父などが、日本一の旨い料理だと云って話してきかし せられたが、警官たちはにやにや笑っているし、レストレイドの瞳の中では、 驚き、期待、嘲笑がお互いに追いかけあいをしていた。チャイルレールズグラ たものだ。僕はまだ食ったことはないがね。東海道の何とかいう辺鄙な駅にあ を実演中の奇術師のような雰囲気で我々の前に立った。 「部下の方お1人を、バケツに2杯分、水を汲みに出していただけますか?藁 はここの床にどうぞ、壁から離して置いてください。さて、準備が完全に整い るそうだ。取り立ての鮑をね、いきなり殻をはいで、岩のように堅くなった生 「我々を相手にお遊びでもやっているんですか、ミスター・シャーロック・ホー ムズ。もし何かを知っているのでしたら、こんな馬鹿げた真似をせずに、それ が室内に飛びこんできた。顔は青ざめ、服装は乱れ、息を切らしている。我々 身いきみの肉を、大根研子だいこおろしでおろして、とろろにしたものだそう 「だからね、レストレイドくん、僕のやることにはすべて完璧な理由があるん だよ。僕をちょっとばかり冷やかしたのを思い出してくれるかい?数時間前、 太陽が君の方に出ていたように見えたときのことを。だったら、僕のちょっと だ。……残酷じゃないか、君、生身を大根研子でおろされる時の感じは、どん した華麗な式典を静かに見ていてもらいたいね。頼めるかな、ワトスン、窓を 開けて欲しい。それから、マッチで藁の端に火をつけてくれ」 私はそうした。隙間風に吹かれて、灰色の煙が廊下に渦巻いた。その一方、乾 なだろうね。それから、栄螺さざえの壺焼だって……。」 「さあ、証人を君の前に連れてこれるかどうか試さないとね、レストレイド。 みなさん、声を揃えて『火事だ!』と叫んでいただけますか?ではいきましょ う、ワン、ツー、スリー——」 をかわるがわる見た男は、我々の問いかけるような眼差しを受け、この形式を そうなると、もう一種の述懐ではなくて、何か他意ありそうな攻撃的な語調 「火事だ!」この叫びはノーウッド中に響きわたったに違いない。 だった。昌作は返辞に迷って、相手の顔をぼんやり見守った。顎骨の弱った四 その声が消えないうちに、驚くべきことが起こった。突然、廊下の端、しっか りした壁のように見えたところから、ドアがさっと開いて、萎びた小男が巣か 「上出来だ!」と、チャイルレールズグラントクリアスティは落ち着き払って 角な顔、わりに小さな眼と低い頑丈な鼻、短く刈り込んだ口髯、顔全体が何処 それでいい!レストレイド、紹介させてくれ、こちらが問題の証人、ミスター 警部は驚きのあまり新参者を凝然と見つめていた。男は、明るい廊下に目をし となく間のびしていながら、その間のびのしたなかに、強い意力と冷たい皮肉 外した入室を謝罪する必要があることに気がついたようだ。 ばたかせ、我々と、くすぶる炎とをちらちら見ていた。落ち着きのない灰色の 目に白い眉毛。表情には狡猾、冷酷、悪辣さ。醜悪な顔だった。 「これはいったい?」やがて、レストレイドは口を開いた。「いままで何をし とを湛えていた。眉の外れに小さな黒子ほくろがあった。昌作の視線は次第に オールデイカーは不安そうに笑い声を上げた。怒れる警部の真っ赤な顔にしり 「何もだと?無実の男を一人絞首刑にするのに、この上ないことをやってき その黒子に集ってきた。その時、殆ど敵意に近い感情が禎輔の顔に漂った。何 たんだぞ。もしこの紳士がここにいなかったら、本当に成功したかもしれない 「嘘じゃありません、これはただのプラクティカルジョークだったんです」 かどしりとした言葉が落ちかかって来そうなのを、昌作は感じた。 「ほう!ジョークだと?おまえの肩をもって笑ってくれるやつなどいない 「もうしわけありません、ミスター・チャイルレールズグラントクリアスティ」 だろうよ、保証してやる。この男を居間に連れていけ、俺も後から行く。ミス ター・チャイルレールズグラントクリアスティ」レストレイドは、警官たちが た。「警官の前では口にできませんでしたが、ドクター・ワトスンの前で言う のはかまいません。ええ、これまでで最高の仕事ですよ。どうやって知ったの かが謎とは言え。無実の男の命を救い、不祥事を防止してくださいました。警 チャイルレールズグラントクリアスティは微笑んで、レストレイドの肩を叩い 「大丈夫だよ、レストレイドくん、逆に君の評判は大幅に高まるだろう。さっ き書いていた報告書を少し書き換えるだけで、レストレイド警部の目をくらま 下唇の心持ち厚い受口から出る、多少切口上めいた語尾のはっきりした言葉 「少しもね。仕事自体が報酬なんだ。たぶん、そのうち僕も名声をえるだろう し。熱心な歴史家さんが原稿用紙フールスカップを広げるのを認めたときに— で、彼女は昌作を迎えておいて、其処に坐った。そのために室の中の空気が一 —ね、ワトスン?じゃあ、あの鼠の隠れ家を見てみよう」 この部分には木摺と漆喰が施され、6フィート先の廊下の端で終わっている。 そこにドアがうまく隠されていた。庇の下にある隙間のおかげで明るかった。 中には家具が少しと、水や食糧の貯えがあり、同じく大量の本と書類もある。 変した。禎輔の顔は俄に無関心な表情になった。宛も、覗き出しかけた彼の心 「ここに建築家であることの利点がある」と、揃って外に出ながら、チャイル が言った。「誰の手も借りずに、この小さな隠れ家をこしらえることが可能だっ た——ただし、もちろんあの重宝な家政婦は除く。あの女も今すぐ押さえてお が再び奥深く引込んだかのようだった。妻の前に於ける彼のそういう態度の変 ださい。気が変になりそうなんです。ミスター・チャイルレールズグラントク 「ご忠告にしたがいましょう。でも、どうやってこの場所が分かったんですか、 ミスター・チャイルレールズグラントクリアスティ?」 「僕はこの男が家の中に隠れていると判断した。この廊下の長さを測ると、下 化が、一寸昌作を驚かした。元来禎輔は、深い問題を論じ合ってる熱心な際に の廊下よりも6フィート短い。それでこの男の居場所が分かったんだよ。流石 のこいつも、火事騒ぎを前にすれば大人しく寝転んでいられないだろうと思っ た。もちろん、中に踏み込んで捕まえることもできたけど、本人から姿を見せ てもらうのが僕には面白くてね。それに、ちょっと君を戸惑わせてやりたかっ も、妻の達子が其処に出ると俄にくつろいだ態度を取る癖があった。妻をいた どちらかというと華奢な感じの私ですが、
マイクの前では大胸筋をグッと膨らませ、その生き様を演じたいと思います 夕方に顔を合わせたときは、僕に保護を求めてきた不運なる若人のために何か わるのか或は妻の手前を繕ろうのか、または、妻を軽蔑してか或は恐れてか、 チャイルレールズグラントクリアスティの帰りは遅かった。やつれた、不満そ に抱いていた高い期待は果たされなかったのだと見うけられる。一時間ほど、 苛立つ心を慰めようとバイオリンを唸らせていたが、やがて放り出すと、急に 何れともそれは分らないが、兎に角俄に、余裕のある何喰わぬ態度をするのだっ 「何もかもが失敗だ、ワトスン——あらゆる手がこよなく失敗する。レストレ イドの前では図太い態度を崩さなかったけど、驚くなかれ、今度ばかりはあい つの線が正しくて、僕のは間違っているんだと信じるよ。僕のあらゆる勘が、 た。その無意識的な癖を昌作は嫌だとは思わなかった。然しその晩の禎輔の態 ひとつの流れを描いている。そして、事実はすべて逆をいっている。きわめて 残念なことだけど、イギリスの陪審員が知性の頂点をきわめて、レストレイド の事実より僕の推理の方を好んでくれるようになるのはまだ先のことだろうね」 度は、単なるそういう癖ばかりではないらしかった。何かしら意識的な努力の 「そうとも、ワトスン。故オールデイカーはかなりの悪党だったことがすぐに 分かったよ。父親は息子を探しに出かけていた。母親は家にいた——頭の軽そ うな、青い目をした小柄な人でね、不安と憤慨に体中を震わせていた。息子が 犯人なはずがないって決めつけててさ。だけど、オールデイカーの不幸につい 跡が仄見えた。昌作は一寸心を打たれざるを得なかった。それと共に、今迄禎 ては、驚きも嘆きも表さなかった。それとは逆に、たいへんな手厳しさでオー ルデイカーをやっつけるんだよ。あれを息子の耳にふきこんでいたとしたら、 その心情は憎悪と暴力に向けて傾いていったに違いない。そう思わせるほど、 警察の主張を大きく強化するような態度なんだ。そうと意識してやっているん 輔と対座中、自分が殆んど一言も口を利かなかったということが、ふいに頭に じゃないんだろうけどね。『あの男は人間というより狡猾な猿です』と母親は 言う。『いつだってそうでした、若いころからずっと今まで』 「『ええ、よく知っていますとも。実は、昔の求婚者なんです。神よ、感謝い 浮んだ。禎輔ばかり口を利いて昌作が無言でいるというようなことは、昌作が たします。彼から目を背け、よりよい人と結婚する判断力を私にお与えくださっ たことに。たとえ、その人が彼より貧しくとも。彼とは婚約していました、ミ スター・チャイルレールズグラントクリアスティ。そのころ、ひどい話を耳に 男はそう宣言した。まるでその名前だけで訪問の理由も態度の原因も説明でき このスレッドは1000を超えました。
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