主治医の迫力に恐れをなして、
僕と鈴木さんはパクさんとテーブルを挟んで向かい合った。
姿勢を正して話すなんて初めてのことだった。

「パクさんタバコを止めてください」と僕。
「仕事をするためにやめてください」。
これは鈴木さん。
弁解やら反論が怒涛のように吹き出てくると思っていたのに、
「ありがとうございます。やめます」。
パクさんはキッパリ言って頭を下げた。
そして本当に、パクさんはタバコをやめてしまった。
僕はわざとパクさんのそばへタバコを吸いに行った。
「いい匂いだと思うよ。
 でも、ぜんぜん吹いたくならない」とパクさん。
彼の方が役者が上だったのであった。
やっぱり95歳まで生きる人だなあと、僕は本当に思いました。

1963年、パクさんが27歳、僕が22歳の時、
僕らは初めて出会いました。
初めて言葉を交わした日のことを今でもよく覚えています。
黄昏時のバス停で、僕は練馬行きのバスを待っていた。
雨上がりの水たまりの残る通りを、ひとりの青年が近づいてきた。
「瀬川拓男さんのところへ行くそうですね」。
穏やかで賢そうな青年の顔が目の前に遭った。
それが高畑勲こと、パクさんに出会った瞬間だった。
55年前のことなのに、なんとはっきり覚えているのだろう。
あの時のパクさんの顔を今もありありと多い出す。

瀬川拓男氏は人形劇団「太郎座」の主催者で、
職場での講演を依頼する役目を僕は負わされていたのだった。