高畑勲さん「お別れ会」
宮崎駿監督は声を詰まらせながら、亡き盟友を偲んだ(追悼文全文)
「55年前に、雨上がりのバス停で声をかけてくれたパクさんのことを忘れない」
4月5日に肺がんで亡くなったアニメーション監督の高畑勲さんを偲ぶ「お別れの会」が、
5月15日に東京・三鷹の森ジブリ美術館で開かれ、
宮崎駿監督や女優の宮本信子さんなどが参列した。
会の冒頭で宮崎監督が"開会の辞"として挨拶した。
宮崎監督は高畑さんと出会った東映動画時代を振り返りつつ、
「パクさんは95歳まで生きると思い込んでいた」と、
声を詰まらせながら盟友を偲んだ。
全文を紹介する。
------
パクさんというあだ名の言われはですね、
まあ定かでない部分もあるんですが、
大体もの凄く朝は苦手な男でして、
東映動画に勤め始めた時も
ギリギリに駆け込むというのが毎日でございまして。
買ってきたパンをタイムカードを押してから
パクパクと食べて、水道の蛇口からそのまま溝を飲んでいたと。
それで、パクパク、パクになったという噂です。

追悼文という形ではありませんが、
書いてきたものを読ませていただきます。

パクさんは95歳まで生きると思い込んでいた.
そのパクさんが亡くなってしまった。
自分にもあんまり時間がないんだなあと思う。
9年前、私たちの主治医から電話が入った。
「友達なら高畑監督のタバコをやめさせなさい」。
真剣な怖い声だった。