【選抜】近畿>東海>四国>東京>関東≧中国>九州>北海道>北信越>東北【実績】

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1名無しさん@実況は実況板で2018/01/30(火) 19:35:52.27ID:dOibB+ZE
【《地区別センバツ勝利数 及び 1都道府県あたりの平均勝利数》】

【@】近_畿 610勝 平均102勝 〔優勝〕25回
【A】東_海 311勝 平均078勝 〔優勝〕18回 
【B】四_国 289勝 平均072勝 〔優勝〕15回
【C】東_京 124勝 平均062勝 〔優勝〕05回
【D】関_東 281勝 平均040勝 〔優勝〕10回
【E】中_国 199勝 平均040勝 〔優勝〕07回
【F】九_州 217勝 平均027勝 〔優勝〕07回
【G】北海道 045勝 平均023勝 〔優勝〕00回
【H】北信越 084勝 平均017勝 〔優勝〕02回
【I】東_北 087勝 平均015勝 〔優勝〕00回

591名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 00:46:30.81ID:vwbrN8a7
【<高野連>U18監督に永田裕治氏 「申告敬遠」導入見送り】

◇兵庫・報徳学園前監督、19年のU−18W杯まで指揮
日本高校野球連盟は21日、大阪市西区の中沢佐伯記念野球会館で理事会を開き、
9月初旬に宮崎で開催予定の第12回U−18(18歳以下)アジア選手権に出場する
高校日本代表の監督に兵庫・報徳学園前監督の永田裕治氏が就任すると発表した。
来年のU−18ワールドカップ(W杯)まで指揮を執る。
永田氏は報徳学園3年時の1981年に夏の全国選手権を制し、監督としても2002年の
センバツで優勝。04、05年に高校日本代表のコーチも務めている。
日本高野連の竹中雅彦事務局長は「昨年のU−18で彼が推した選手が活躍し、選手を
見る目が優れている。代表コーチを経験しているのも大きな要因」と説明した。
また、プロ野球などで今季から採用する「申告敬遠」について、今季は導入をしないことが
決まった。守備側の監督が敬遠する意思を球審に伝えれば投球せずに四球になる制度で、
国際基準に合わせて今年から公認野球規則に反映される。
日本高野連審判規則委員会の窪田哲之委員長は「高校野球は裾野が広く、加盟校が
4000校近くあり、運用した時に混乱を招きかねない。周知期間も必要」と理由を述べた。
ダッグアウト前での投手らのキャッチボールの禁止も同様の理由で見送った。
投手が投球に関連する動作を起こした際、途中で止めるなどの「2段モーション」に
ついても高校野球では従来通り、反則投球になることも決まった。

592名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 01:10:17.55ID:vwbrN8a7
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593名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 01:51:50.65ID:vwbrN8a7
【大阪桐蔭・中川主将センバツ連覇宣言、史上3校目へ】

第90回選抜高校野球大会(3月23日開幕、甲子園)に出場する大阪桐蔭が21日、
大阪府庁を訪れ、センバツ連覇を誓った。大阪府の公式マスコットキャラクター、
もずやんを伴って現れた松井一郎知事の激励を受け、直筆の色紙、記念品、硬式球を贈られた。
史上3校目の偉業を目指すナインを代表し、中川卓也主将(3年)は
「現在持っている優勝旗を開会式で返し、閉会式で取り返します」と約束。
「ずっと思っていたことをきょう言えてよかった」と話した。
有言実行で、2年連続で紫紺の大旗を大阪・大東市の学校に持ち帰る。

594名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 06:52:31.12ID:vwbrN8a7
申告敬遠見送り・二段モーションは反則・・・高野連

日本高校野球連盟(日本高野連)は21日、大阪市内で理事会を開き、監督が申告するだけで、
投手が投球せずに故意四球ができるルールを、少なくとも今年は導入しないことを決めた。
「故意四球の申告制」は、
1月のプロ・アマ合同の野球規則委員会で導入が決まったが、高校野球では
▽周知徹底をするのに時間がかかる
▽故意四球が少なく、実用性が低い――などを理由に今年の採用は見送った。
投手が足を上げてから動きを止めるなどして投げる「2段モーション」について、
同委員会で公認野球規則の「反則投球」から削除されることになったが、高校野球では
従来通り「反則投球」とすることも決めた。
日本高野連の窪田哲之・審判規則委員長は
「高校野球では、正しい投球を指導するべきだと考えた」と説明した。

595名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 07:49:49.69ID:vwbrN8a7
つなぐ
18センバツ国栃 一緒に戦おう! 生徒800人が人文字で応援 /栃木

第90回記念選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)に出場する
国学院栃木高(栃木市平井町)で16日、記念の人文字撮影が行われた。
この日は同校の1、2年生約800人が1週間前に新設された同校ラグビー場(人工芝)に集合。
「祝 2018 国栃 センバツ90」の人文字を作り上げた。
その後、毎日新聞社のヘリコプターから大久保謙亮主将(2年)の元へ記念のボールが
投下されると、生徒たちから拍手が湧き起こった。
18年ぶり4回目のセンバツに臨む野球部の柄目(つかのめ)直人監督は
「選手たちと生徒が同じグラウンドで一緒になって一つのことをできて、力をもらいました。
甲子園でもグラウンドとスタンドをつないで一緒に戦っていきたい」と意気込みを語った。
大久保主将は「学校を挙げてセンバツ出場を祝ってもらえて、とてもうれしいです。
応援してくれる学校の皆さん、地域の方々のためにも甲子園までの一日一日を大切に過ごし、
1勝でも多く勝ちたいです」と意欲を示した。

596名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 07:58:54.65ID:vwbrN8a7
がんばれ!英明
第90回記念選抜大会 高松市長、大西秀人さん /香川

・はつらつとプレーを
英明のセンバツ出場で高松市も盛り上がっていきます。
2年前のセンバツで高松商が準優勝し、野球王国と言われた地元のプライドが復活しました。
高校野球には、学校と地域が一丸となって応援できる良さがあります。
私もかつて母校・丸亀の応援に駆け付け、
2年前のセンバツでは甲子園に3回応援に行きました。
英明には野球王国・香川をアピールしてもらいたい。
秋からどれだけの実力を伸ばしたかも試されると思います。
練習で培った技術を本番で発揮し、はつらつとプレーしてほしい。
結果はついてきます。

597名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 08:12:56.61ID:vwbrN8a7
花巻東、日本一宣言 菊池&大谷の偉大な先輩超える

2人の怪物伝説を受け継ぐ。
6年ぶり3度目の選抜高校野球大会(3月23日開幕、甲子園)に出場する花巻東(岩手)で
19日、開会式の入場行進で掲げる選抜旗の授与式が行われた。
選抜旗を受け取った菅原颯太主将(2年)は、09年に出場した菊池雄星(西武)、
12年出場の大谷翔平(エンゼルス)を意識し「偉大な先輩に追いつきたい。
日本一を目指す」と宣言。怪物2人が1年夏に背負った17番をつけ、昨季東北大会で
活躍した西舘勇陽投手(1年)も、聖地での躍動を誓った。
菅原主将は、手渡された選抜旗を大事そうに抱えて、じっと見つめた。
「重みもそうですし、選ばれたことにより責任感を持った」
と引き締まった表情で感想を口にした。花巻東のセンバツを語る上で、
09年に準優勝に導いた菊池と、12年に大阪桐蔭・藤浪晋太郎(当時)から
本塁打を放った大谷は、強烈なインパクトを残した。
大谷以来6年ぶりの出場に「2人を誇りに思いながらプレーしたい。
自分たちの売りの全力プレーを甲子園でできたら」と誓った。
花巻東の新怪物と評判の西舘も、全校生徒とともにまじまじと選抜旗を見つめていた。
同校が誇る2大エースが1年夏につけた出世番号17を背負った右腕は「2人は偉大すぎる。
おこがましいです」と言った。しかし、続けて「先輩が成し遂げなかったものを目指す」と、
頂点を見据えている。
昨秋の東北大会で台頭した。途中登板した聖光学院(福島)との決勝こそ2失点したが、
3戦に登板し防御率は1・33と佐々木洋監督の抜てきに応えた。
右上手から投げ込む最速142キロの直球とスプリットが武器。
「投げる機会があれば優勝に貢献したい」と甲子園でも大暴れを目指す。
佐々木監督の母校・国士舘大などで、18日まで練習してきた。
西舘は「久しぶりにゲーム形式で投げ、バッターと対戦できてうれしかった。収穫もあった」と
調子は上向きの様子。捕手の菅原主将は「全国で通用するボールの投げ方が分かったと
思う」と評価している。
東北大会で背番号1の田中大樹(2年)、西舘ら投手陣の成長に期待した。
チームは来月4日から関西方面へ移動し、現地の高校と練習試合を重ねていく。
次は紫紺の優勝旗を手にするため、さらなるレベルアップを目指していく。

598名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 08:17:13.28ID:vwbrN8a7
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599名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 08:27:00.02ID:vwbrN8a7
日大山形センバツ2勝で春の東北最強だ 宮城抜くぞ

春の東北最強はオレたちだ! 
第90回記念選抜高校野球大会(3月23日開幕、甲子園)に36年ぶり4度目出場の
日大山形で20日、入場行進で掲げる選抜旗授与式と壮行会が行われ、斎藤史弥主将(2年)
が県勢最高タイの4強進出と、宮城県勢を抜く東北6県勝率1位達成を誓った。
過去無敗の初戦では、昨夏1回戦で惜敗した神宮大会王者・明徳義塾(高知)との雪辱戦も
熱望し、新たな歴史を刻むつもりだ。
真っ赤な選抜旗を手にし、斎藤主将が野心に燃えた。
「チームとしては山形県勢最高のベスト4が大事なワードになる。超えたい気持ちもある」。
04年の羽黒4強の快進撃は、今でも語り継がれている。
「自分たちの代で違った歴史を刻みたい」と力強かった。
日大山形は初出場の73年にも、大きな歴史の1ページを刻んでいる。
47都道府県で唯一未出場県だった山形の高校野球界を救った。
県勢初勝利も持ち帰った。
以降、県勢は10勝12敗。勝率4割5分5厘は、東北勢1位の宮城に肉薄する。
今大会は宮城県勢の出場がないため、2勝すれば上回り、トップに立つ。
斎藤も「そういう勝率を自分たちの手で残せることは、やりがいがある。
皆さんに喜んでもらいたい。輝きたい」と記録にもこだわる。
一方、夏の甲子園では49地区最低勝率の2割8分8厘。
負のイメージを払拭(ふっしょく)する好機だ。
例年よりも雪が多いため、今月18日に宮城県内に遠征し、今年初の実戦練習を行った。
夏は4度の経験がある荒木準也監督は「春は初めて。
あと1カ月でどう仕上がるのか不安しかない。
紅白戦やっても、思った以上にミスも多かった」と苦笑い。
その脇で斎藤は「自分は4打数3安打1四球。現時点では良いスタートを切れた」と強気を貫く。
週末の素振り1日1000回。室内での打撃練習中に補食する白飯1・5合。
今冬で5キロ増量にも成功した自信がみなぎっていた。
昨夏の悔しさも、いち早く晴らしたい。
「明徳のクジを引に言い続けてくって心います。自分が打って一泡吹かせる。打てる気しかしない」。
今週末に行う予定の“サバイバル紅白戦”で、来月上旬に始まる宮崎合宿メンバーが決定する。
「練習中は仲間に手を差し伸べている暇もない。生きるか死ぬか。全員がライバル」。
闘争心むき出しに、山形県勢の意地を甲子園で披露する。

600名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 09:33:20.40ID:vwbrN8a7
香川)春季四国地区高校野球県大会の組み合わせが決まる

春季四国地区高校野球県大会(県高野連主催)の組み合わせ抽選会が16日、
丸亀市内であり、各校の対戦相手が決まった。3月20日に開幕し、決勝は4月1日の予定。
選抜大会に出場する英明をのぞく37校の主将らが出席し、順番にくじを引いた。
昨年の優勝校、三本松は初戦で高松南と対戦する。三本松の下地海誠主将は「冬場は
実戦練習を積んで、勝つ意識だけをもってやってきた。先輩たちの期待にも応えられるよう、
優勝を目指したい」と話した。
シード1位の大手前高松は、初戦で小豆島中央と対戦。大手前高松の山本大輔主将は
「冬にやってきたことを試合で出すだけ。相手は関係なく、自分たちの野球をしたい」。
シード2位の高松商の米麦波留主将は「春も四国大会にいって他県のチームと戦い、
自分たちの力がどこまで通用するか試したい」と話した。
シード2位の高松商は高瀬と、3位の尽誠学園は寒川と、それぞれ対戦する。
大会優勝校と英明は、5月に高知県である四国地区大会に出場する。
また英明と上位3校は、夏の香川大会のシード校になる。

601名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 09:42:32.50ID:vwbrN8a7
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602名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 09:46:24.63ID:vwbrN8a7
がんばれ!中央学院
第90回選抜高校野球 選手の全食事を提供 学食を運営する「花悠房」社長・塚原良典さん /千葉

我孫子市でお店を始めたのが2010年。相馬幸樹監督に弁当の出前を届けるようになったことなどが縁で、
12年4月から学校の厨房(ちゅうぼう)を借りて朝昼晩の全食事を選手たちに出しています。
思い出深いのは、「高校生に戻れるなら、3食きちんとメシを食っとけばよかった」という監督の言葉。
成長期の高校時代にカップ焼きそばやジャンクフードをよく食べてたらしく、
社会人になったときには胃が悪くてご飯が食べられなかったというんです。
寮生や通い、主力や控えに関係なく、
全員にきちんとした食事を取らせたいというのは自身の体験をベースにした親心ですよ。
私は選手だけでなく関係者全員が主役だという考えです。
みんなが同じベクトルで取り組めばすごい力を発揮できると信じているからです。

603名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 10:17:04.10ID:vwbrN8a7
福岡)「甲子園でかっこよく輝いて」東筑で選抜の壮行会

第90回記念選抜高校野球大会(日本高野連、毎日新聞社主催、朝日新聞社後援)に出場する
東筑(北九州市八幡西区)で16日、入場行進に使う選抜旗の授与式と壮行会があった。
体育館には1、2年生ら約640人と教職員が集まった。県高野連の久保英二会長が「東筑には
ミスをしてもあっという間に取り消す強さがある。全国制覇を期待する」と激励。
松山智乃助主将(2年)が中島良博校長から選抜旗を受け取った。
生徒会長の松田紗代さん(同)は「世界は今、五輪で盛り上がっていますが、東筑が春にまた
盛り上がるのが楽しみ。甲子園球場でかっこよく輝いて下さい」と激励。
応援部が校歌とエールを送った。
松山主将は「勝ち抜いてきたことを自信に、1戦1戦全力でぶつかりたい」と決意を述べた。

604名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 10:24:38.39ID:vwbrN8a7
【中学時は日本代表の4番、大阪桐蔭・石川が控えから頭角】
■しまっていこー 大阪桐蔭

チームが強くなるために。大阪桐蔭の西谷浩一監督が重視するのが、「チーム内の競争」だ。
4強入りした秋の明治神宮大会から大阪へ戻った昨年11月14日から、
選手にはこんな言葉で競争を促してきた。
「ここからは個人の強化に入ろう。互いの仲が悪くなるくらい、
口も聞かんくらいに意識していい。チームの輪も、いらん」
部員の一人ひとりが、個々のレベルアップに取り組んだ結果、秋の控えメンバーから頭角を
現したのが2年生の内野手、石川瑞貴だ。年末に台湾に遠征して参加した親善大会で
「手応えをつかんだ」と、打率4割超。3番で主将の中川卓也に次いでチーム2位の数字を残した。
中学時代はボーイズリーグの日本代表で4番も務めた右の強打者。
だが、入学後は藤原恭大や根尾昂ら同級生の陰に隠れていた。
練習では素晴らしい打球を飛ばすのに、試合では結果が出なかった。
神宮大会後、木製バットで打撃練習を積み、右手の使い方のコツをつかんだことが、
台湾での好結果につながった。
選抜へ向け、秋に正一塁手だった井阪太一(2年)らとレギュラーを争う日々。
胸には、「甲子園で活躍する姿を父に見せたい」という思いを秘める。
父・義憲さんは小、中学校時代、仕事の合間を見つけては自分の打撃を見てくれた。
打っても、ほとんど褒められたことはないし、感謝の気持ちを伝えたこともないが、
「お前は引っ張った方が打球が飛ぶ。センターから左中間をイメージしろ」という父の教えは、
今も大切にしている。
2月10日は父の誕生日だった。
「おめでとう」と伝えると、「プレゼントはお前が甲子園で活躍することでいい」と言われた。
その約束を果たすため、就寝前の30分、1人で黙々とバットを振る毎日だ。

605名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 22:15:59.80ID:vwbrN8a7
次スレ

【甲子園】1位近畿、2位四国、3位東海>>関東・中国・九州・北海道・北信越・東北【成績】
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/hsb/1517402268/

【第90回センバツ】(前年覇者・大阪桐蔭)vs.(神宮王者・明徳義塾)【記念大会】part3
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/hsb/1519301001/

606名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 22:32:17.96ID:vwbrN8a7
センバツ・瀬戸内 選手紹介/ 福長竜二内野手 隙ない守り目指す /広島

頭から滑り込み、ボールを捕れた瞬間が「最高に気持ちいい」。
小学校からの夢である甲子園出場のために、瀬戸内を選んだ。
「今までやってきたことを全部出し切りたい」。
誰よりも大きく声を出し、全力疾走で駆け抜けるつもりだ。
中学1年で右肘を故障し、3年間ほとんどプレーできなかった。
中学3年の秋ごろからようやくテニスボールを投げられるようになり、高校から復帰。
内野手が一番捕球のタイミングを取りやすく、自分に合っていると感じる。
「ブランクが長かった分、誰よりも練習を楽しんでいる」と話す。
実家から通い、空いた時間に父とキャッチボールをするのが楽しい。焼き肉が大好物。
広島市立高陽中学出身。

607名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 22:43:29.84ID:vwbrN8a7
頂点めざして
【智弁和歌山 「大輪の花 咲かせて」 保護者ら応援会発足 /和歌山】

第90回記念選抜高校野球大会に出場する智弁和歌山(和歌山市冬野)で16日、
保護者らによる「応援会」が発足した。設立会議が同校で開かれ、出場に向けた寄付金集め
など結束して活動していく方針を確認した。
同校野球部には常設の後援会がなく、甲子園出場が決まる度に全校生徒・卒業生の保護者
で応援会を設立している。
この日の会議には約50人が出席。応援会長には、在校生の保護者らでつくる「育友会」会長
を務める前田泰道(たいどう)さん(紀三井寺貫主)が就任した。前田さんは
「前回優勝した1994年以来24年ぶりに今年は何かやってくれそうな気がする。ぜひ支援を
お願いしたい」とあいさつした。同席した藤田清司校長は「打線に爆発力があり投手もしっかり
している。一戦一戦勝ち上がり和歌山校創立40周年に大輪の花を咲かせてほしい」と期待を寄せた。
高嶋仁監督は「戦えるチームに順調に仕上がってきている。
今年のチームは昔の智弁に近いものがある。戦いぶりに期待してほしい」と決意を語った。

608名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 22:58:37.21ID:vwbrN8a7
翔べウイングス
’18センバツ創成館 第1部 創成館野球/2 競い合う右腕、左腕 /長崎

創成館の強みは厚い層を誇る投手陣だ。準優勝した昨年11月の明治神宮大会では計4人の
投手がマウンドに上がり、甲子園常連校の強力打線を翻弄(ほんろう)した。
昨秋、川原陸(投手(2年)が背負ったエースナンバー「1」を多彩な右腕・左腕が虎視眈々と狙う。
昨秋の九州大会決勝、富島(宮崎)戦では、右腕・伊藤大和投手(2年)の“二刀流”が注目を
集めた。伊藤投手は1点差に迫られた三回、2番手で登板した。打者の素振りや立ち位置を
見て、上手投げとサイドスローを併用する独特の投法で、4イニングを3安打無失点の好投。
富島打線の勢いを止めた。
元々は上手投げだったが、昨年6月に持病の腰痛が悪化した。体に負担のかからない投げ方
を模索する中で、生まれたのが、肘の柔らかさを生かしたサイドスローだった。
昨秋の長崎大会は大会途中からベンチ入り。決勝の長崎商戦では五回からマウンドに登った
が、七回に連打を浴び、同点に追いつかれた。「期待に応えなければと、力んでしまった」
その反省を胸に臨んだ九州大会。優勝に貢献し、続く明治神宮大会も準決勝までの3試合で
は計8イニングを5安打1失点に抑える好リリーフを見せた。九州大会は背番号19、神宮大会は11。
「背番号が若くなるのがうれしい。次は1を」と意気込む。
稙田龍生監督が「素質は一番良い」と評するのが、左腕・七俵陸投手(2年)。伊藤投手と共に
長崎大会途中からベンチ入りし、明治神宮大会の準決勝、決勝では先発を務めた。球威のある
直球と緩急自在の変化球が武器だ。さらに、昨秋の公式戦で191/3イニングを投げ、
防御率0・93と安定感抜群だった右腕・戸田達也投手(2年)、長崎大会で好投した
右腕・近藤聖真投手(2年)も控える。エースの川原投手は「ライバルが多くて気が抜けない」と話す。
短期決戦のセンバツで勝ち上がるためには継投の成否が鍵を握る。そのマウンドに立つのは誰か。
稙田監督は「紅白戦や練習試合でいかに結果を残せるかだ。少しでも気を抜いた球を投げたら代える」
と語る。センバツ開幕まであと約1カ月。投手陣の激しい争いは佳境に入った。=つづく

609名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 23:07:52.72ID:vwbrN8a7
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610名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 23:17:23.23ID:vwbrN8a7
春の舞台へ・18年センバツ
選手ら、甲子園での健闘誓う 知事を訪ね、出場報告 /宮崎

第90回記念選抜高校野球大会に出場する富島、延岡学園高校の選手らが河野俊嗣知事を
訪れ、センバツ出場を報告した。 2校の代表選手らは緊張した面持ちで知事と対面。
河野知事は「52年ぶりの2校出場で県民に元気を与えてくれた。今後は『勝つために
甲子園にいくんだ』という覚悟を持ち、決勝戦はぜひ2校で戦ってほしい」とエールを送った。
選手たちはその後、毎日新聞宮崎支局を訪問。宝満志郎支局長が「甲子園という夢の舞台
でリラックスして力を出し切れるように試合に臨んでほしい」と激励した。
富島の中川大輝主将(2年)は「秋の大会よりもレベルアップして県代表として恥じないプレー
をしていきたい」と話し、延岡学園の椿原塁主将(同)は「多くの方に恩返しできるよう全力で
思い切りプレーしたい」と意気込んだ。

611名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 23:23:33.84ID:vwbrN8a7
春に翔ぶ
富山商創部100年 選手紹介/ 福島幹主将(2年) 態度でチーム引き締め /富山

創部100年の主将。甲子園を目指して入部後、1年生の夏からレギュラーの座を射止めたが、
2年の夏までは「(甲子園出場の)結果を出せなかった」。
自身の代でようやくつかんだ「夢の舞台」に向け、チームを引き締める。
3年生の引退後、新主将に選ばれた第一印象は「不安」だった。
歴代の主将が「チームの成長のため」と、
仲間にきついことを言わなければならない場面を多々見てきたからだ。
「嫌われたらどうしよう」。だが、「一度も出たことのない甲子園に仲間と出場したい」。
気の緩んだ選手には厳しく接し、言葉よりも自身の態度でまとめてきた。
選手としては、北信越大会準決勝の日本航空石川戦で「同級生相手に負けた」悔しさを
原動力にしている。長打力を養おうと今冬は、おかずの肉の量を増やすなどして、7キロ
増量に成功した。
1、2学年上の歴代主将2人が、今でも良き相談相手。
練習を見てもらった上で、アドバイスをもらう。
主将としての悩みは尽きないが、湯船につかることが一番のリラックスタイム。

612名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 23:42:27.39ID:vwbrN8a7
若竹たちの挑戦
【2018センバツ乙訓 支える人々/ 木村雅浩トレーナー勝つ集団へ体をケア /京都】

乙訓野球部の毎週月曜の練習は、木村雅浩トレーナーの特別メニューから始まる。
ウオーミングアップで繰り返すさまざまなパターンのダッシュやジャンプなどの動きで、
瞬発力やスタートの反応を確認し、体のキレや調子も見抜く。「いいエンジンになってきたね」。
にっこり笑い、部員たちに次のトレーニングを指示した。
宇治高(現立命館宇治)野球部出身。
山口県の徳山大を経て1989年に社会人野球のJR西日本に入社し、投手として活躍した。
しかし、肘を痛めて手術をし、満足できる結果を残せないまま、27歳で引退した。
手術後のリハビリ施設で「スポーツトレーナー」の仕事を知り、「けがをしたからこそわかること
がある」と、その道に進むことを決意した。鍼灸(しんきゅう)師の資格を取り、自らの野球経験
と運動学を組み合わせた治療法やトレーニング方法を確立させた。社会人野球チームのほか、
プロ野球元広島の嶋重宣選手、フィギュアスケートの町田樹選手らのトレーナーも務めてきた。
乙訓野球部を担当するようになったのは2年半前。市川靖久監督に「勝てる組織を作ってほしい」
と依頼され快諾した。「選手のケアをするだけでなく、部全体の食事や健康管理への意識を高め、
全員で勝つ集団になる目標は、私の理想でもあった」と振り返る。
週に1度、練習に参加し直接指導するほか、日々のトレーニングメニューの指示も出す。
練習や試合では90分おきにバナナやおにぎりで糖質を摂取することも課している。
「脳が疲労し糖質が減ると思考力や集中力が低下する。試合開始から90分、つまり終盤に
エラーが多いのはその影響。逆に糖質を補給すれば疲労した相手に対し有利になる」と
説明する。筋トレも「利き腕によって偏る左右のバランスを整え、疲労を取るのが目的。
筋力アップは副産物」と語り、無理なウエートトレーニングを戒める。 木村トレーナーの指導も
あり、部員の平均体重は昨秋から冬にかけ約4キロ増えた。「身につけたパワーを、どうス
ピードに変換していくか。成長が楽しみ」とセンバツでの活躍に期待する。=つづく

613名無しさん@実況は実況板で2018/02/22(木) 23:56:48.71ID:vwbrN8a7
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614名無しさん@実況は実況板で2018/02/23(金) 00:00:15.06ID:pmxbwhS4
強者に勝て
’18センバツ下関国際 市役所に懸垂幕 ロビーには決定時の写真も /山口

3月23日に開幕する第90回記念選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高野連主催)への
下関国際(下関市伊倉)の出場を祝い、下関市は市役所本館に懸垂幕を掲げた。
新館1階ロビーには出場決定時などの写真も展示し、市スポーツ振興課は「下関の代表として
大暴れしてほしい。市民みんなで応援していきたい」と話している。
懸垂幕は長さ8メートルで校名とともに「祝 甲子園出場」と書かれている。
新館1階ロビーには、センバツ選考の指標となった秋の中国地区大会などの結果一覧と共に、
出場決定の通知を受けて、喜ぶ選手たちの写真が飾られている。
下関市貴船町の山本勝代さんは「残念ながら選ばれなかった下関西の思いも背負って、
1回戦は絶対勝ってほしい。応援しています」とエールを送った。 大会は3月16日に
組み合わせ抽選会があり、選手たちは3月17日に新下関駅を出発する予定だ。

615名無しさん@実況は実況板で2018/02/23(金) 00:13:13.68ID:pmxbwhS4
誠実に明朗に
【90回センバツ智弁学園 支える人たち/ 野球部トレーナー 藤本和秀さん=和歌山県岩出市 /奈良】

・身体の鍛え方アドバイス
「甲子園の舞台で経験を積んで伸びていくチーム。大舞台でどれだけできるか」。
週1回ほど学校に足を運んで選手たちの体に目を配り続ける専属トレーナーは、
期待を寄せる。
和歌山市出身。自身も小学4年で野球を始めた。右足の靱帯を切るなど中学・高校時代は
けがに苦しみ、なかなか思うようなプレーができなかった。それでも野球を通じ、チームワーク
や人間関係の中で競技する良さを知り、「スポーツに関わる仕事がしたい」と思うようになった。
高校卒業後、鍼灸師と柔道整復師の資格を取るためそれぞれの学校に通い、十数年前に
和歌山県岩出市に「ふじもと鍼灸整骨院」を開設。現在は和歌山市にも整骨院を開く。
5年ほど前、小坂将商監督から誘われ、専属トレーナーに。
「強豪のチームでできることにワクワクした」
練習中の選手たちに盛んに声を掛け、選手から「どうしたら体が大きくなるのか」などと相談を
受けると、熱心に応じる。体の痛みを訴える選手には治療を施すことも。「一つ一つの動作に
対し、どこを鍛えているのか意識することが大事。意識することで筋肉の付き方も変わってくる」
と選手たちには伝えている。「思い通りのプレーをしてほしい」との一心だ。
大会中はチームに帯同し、選手をサポートする予定。
「思いっ切り暴れて最高のパフォーマンスを見せてほしい。
一つでも多く勝つために体を整えてあげたい」と意気込む。=おわり

616名無しさん@実況は実況板で2018/02/23(金) 00:52:14.38ID:pmxbwhS4
次代への伝言
【戦後初の甲子園 センバツ90/3 空腹いつしか消え】

<第90回記念選抜高校野球>
甲子園に近づくほど、空腹感と不信感が募っていった。1947年3月。
兵庫・明石中(現明石高)の選手だった高木太三郎さんは第19回全国選抜中学野球大会に
向け、明石を出発したトラックの荷台にいた。周りにはチームメートだけでなく、野球道具や鍋、
釜、食料。道中、チームメートが言った。「米を取られたりしないかな」。不安が伝染していく。
「いつも空腹。野球より食べる方が大事だった」と高木さん。大なり小なりそれが当時の球児の本音だった。
終戦後、初めて甲子園で開かれた大会。戦争が終わって1年半が過ぎていたが、食料難は
続いていた。宿泊する旅館などには米がなく、各校が持参。配給制だった当時、大量の米の
持ち込みは、闇米として売買を警戒する警察に取り締まられる恐れがあった。カバンに大量の
食料を入れてきた選手が摘発されないよう、毎日新聞の関係者が大阪の曽根崎警察署に
陳情に行っていたほどだった。
明石中の選手らは大会に向けて出発する際、協力し合って食料を集めた。農家出身の選手は
野菜を持って来た。自宅でしょうゆの製造をしていた高木さんは、たるいっぱいのしょうゆを用意した。
不足したのが米。麦が多く入っていた配給米では足りず「闇市で買ってきた」。
西宮への移動はトラック。これも運転手付きで闇市で頼んだため、余計に米を取られてしまうのでは
という不安が増していた。
無事に到着したが、宿舎は戦火で一部が焼けたままの寺。食事も野菜と水を入れておじやにして
量を増やした。「空腹だから銭湯に入ったら浮いてしまった」と笑う高木さん。甲子園に一度も
行ったことがなく、「名前は聞いたことがあるぐらいで憧れはなかった。それよりもおいしい物を
食べたかった」と振り返る。
そんな思いを、甲子園が一変させた。大会前の練習で黒土に踏み入れた足に、未知の感触が宿った。
「こんな真っ平らなグラウンドは今までなかった。芋畑で畝ができていた学校や明石球場とは天と地の差」。
闇市で手に入れたグラブで二塁でノックを受けると、イレギュラーしないことにまた驚かされた。
「これが甲子園か」。今まで持ち続けていた空腹感と不信感は、いつの間にか消えていた。
いつの時代も、甲子園は球児たちをとりこにしてきた。=つづく

617名無しさん@実況は実況板で2018/02/23(金) 01:56:56.13ID:pmxbwhS4
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618名無しさん@実況は実況板で2018/02/23(金) 04:48:33.41ID:pmxbwhS4
挑む!
’18センバツ由利工 届けエール/ 野球部OBで審判員・須藤聖也さん 夢の舞台バックアップ /秋田

・厳しい判定姿勢崩さず
「ストライク!」。白球がキャッチャーミットに捕球された直後、大声が周囲に響き渡った。
2月初旬。にかほ市にあるTDKの屋内練習場。打撃練習中、マスクをつけた審判の右手が
上がった。野球部OBの須藤聖也さん。その声量はまるで試合本番のようだ。
センバツ初出場に「ついにやってくれたな」と喜んだ。判定の一挙一動にもより熱が入っている。
須藤さんは2007年卒で、現在はTDKに勤務している。
さらに県野球協会審判部に所属する審判員の顔を持つ。
野球を始めたのは小学4年のころ。由利工に進学し野球部に入ったが、2年のとき病が原因で
プレーを断念した。だが野球への情熱は冷めなかった。監督の誘いでマネジャーに転身し、
その後審判を勧められ、3年の春に資格を取得した。
卒業後、会社員として働きながら練習試合などで経験を積んだ。
今では夏の秋田大会や社会人野球の都市対抗予選など、重要な試合のジャッジを任される
ほどになった。昨秋、福島県で開かれた東北大会に派遣され、能代松陽対八戸学院光星(青森)
など4試合で球審や塁審を務めた。
特に高校野球の試合では「審判であり、先生でもある」と意識しているという。
攻守の交代が遅い時などは「頑張っていこう!」と優しく指導する。
出身校が出る公式戦の審判はできないが、練習試合は可能。
昨年9月には、由利工と甲子園常連の関東一(東京)の練習試合で球審を務めた。
大敗したが「母校が強豪に挑む一戦に立てて光栄でした」と喜びを語る。
「野球部の力になりたい」との思いが強く、練習でも公式戦同様の厳しい判定姿勢を崩さない。
その理由を「試合本番できわどいコースを見極め、打てるようになってほしいから」と語る。
普段の練習では審判役がいないため、選手たちは「(須藤さんが来てくれたときは)気合の
入り方が違ってくる」と感謝を口にする。
野球部OB会の事務局の仕事も引き受けている。センバツが決まり、若い世代のOBに
支援を呼びかけるなど多忙な日々が続く。
「限られた学校しか立てない夢の舞台。全力でバックアップしたい」=つづく

619名無しさん@実況は実況板で2018/02/23(金) 06:42:43.21ID:pmxbwhS4
けっぱれ!花東
’18センバツ 臆せずベスト尽くして トレーナー・小菅智美さん /岩手

2004年から花巻東のトレーナーとして選手たちの治療やトレーニング指導にあたっています。
どうやったら治るのか、選手自身が考えるくせをつけるよう、普段は厳しく接しています。
考える力は、高校卒業後も野球を続ける上で大切なものだと思っているからです。
昨年12月、学校近くに整骨院を開業し、今はそこで選手たちを見ています。
佐々木洋監督は黒沢尻北高校時代の同級生です。それぞれ違う東京の大学に進みましたが、
大学時代もよく一緒にいました。卒業後に佐々木監督が高校野球の監督を目指していると
知って、「いつか一緒に仕事がしたい」と思っていたこともあり、スポーツトレーナーになろうと
決心しました。だから、佐々木監督が花巻東で監督に就任したと聞いて、当時働いていた
整体院から花巻東へ移ったんです。
選手たちにはセンバツの大舞台に臆せず、ベストを尽くしてほしい。
そのためにも、残りの期間でパフォーマンスが向上するアドバイスをしていきたいです。

620名無しさん@実況は実況板で2018/02/23(金) 06:56:07.25ID:pmxbwhS4
アンビシャス日大山形!
センバツへのエール 野球部OB会長 前田稔さん /山形

・先輩乗り越える活躍を
全国津々浦々にいるOBは約1000人。
半世紀余りになる野球部の長い歴史の生き証人たちです。
今回は実に36年ぶりのセンバツ出場。甲子園の応援席に注目してください。
年季の入ったハチマキを締め、旗を振り、声を張り上げている高齢男性が必ずいるはずです。
私が選手だったころの練習ももちろん、きつかったです。それでも、グラウンドが使えない
冬季のランニングは最高だった。学校から、蔵王温泉までの約15キロ。汗だくで到着した後、
温泉に入る。帰りはヒッチハイクです。同じ湯につかると仲間との絆も深まった。
県勢初のセンバツとなった1973年の大会ではサードを任されました。球場入りした瞬間、
独特の雰囲気にのみ込まれましたね。当時のユニホームは灰色。境(鳥取)との初戦では
緊張のあまり、球場の白い背景に溶け込んでしまった。ファーストがどこにいるか分からず、
勘で投げてしまったことがありますよ。
その年の夏の甲子園も、出場することができました。2回目ともなれば緊張も解けたものです。
今回のチームの何人かは夏に大舞台の雰囲気を知ったうえで、春に挑むことになる。
しかも、率いる荒木準也監督は夏のベスト4の経験者だ。
平常心を忘れず、先輩たちを乗り越える活躍を祈っています。

621名無しさん@実況は実況板で2018/02/23(金) 07:19:07.74ID:pmxbwhS4
次スレ

【第90回センバツ】(前年覇者・大阪桐蔭)vs.(神宮王者・明徳義塾)【記念大会】part3
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/hsb/1519301001/

622名無しさん@実況は実況板で2018/02/23(金) 07:58:59.12ID:pmxbwhS4
頂点めざして
【智弁和歌山 兵庫のおっちゃん、見守り10年 大久保さん「控え選手こそ応援」 /和歌山】

第90回記念選抜高校野球大会に出場を決めた智弁和歌山にはこの10年間、
練習や試合で頻繁に応援に訪れる“名物おじさん”がいる。
兵庫県西宮市の会社員、大久保一志(かずし)さん。選手にもざっくばらんに声をかけて
打ち解け、甲子園では応援団とともにアルプス席から声援を送ることを心待ちにしている。
「その球とれたんちゃうかー。もういっちょ!」
和歌山市冬野の智弁和歌山グラウンドでは守備練習に励む選手に、フェンスを隔てた
バックネット裏から大久保さんの大きな声がかかる。その声に呼応するように、選手からも
「もういっちょ!」と声が上がった。
智弁ファンになったきっかけは2008年夏の甲子園でアルプススタンドから観戦していた時、
1年生の野球部員に「おっちゃんも一緒に応援しよう」と声をかけられたことだった。
高校野球ファンとして甲子園で何度も観戦してきたが、球児から声を掛けられたのは初めて。
「一緒に応援できたことがうれしくて」和歌山に足を延ばし、練習や試合で応援を始めるようになった。
現在は週1回のペースで智弁和歌山を訪れる。選手の動きや気付いたことをノートにメモする
熱心さだ。練習後には、グラウンドの外に飛んでいったボールを選手と一緒に探しながら
「最近はどう」「今日の球はよかったね」などと一人一人に声をかける。
中学まで球児だったという大久保さん。「うまくなかったので続けるのを諦めた。だから、
試合に出られへん選手も頑張っているところを見つけて声をかけてあげたい」と選手への
まなざしは優しい。
今春のセンバツも、「定位置」と決めている応援団の太鼓の後ろから観戦するつもりだ。
「普段応援している選手の名前が甲子園のボードに表示されるのが格好良くて仕方がない」。
あふれんばかりの“智弁愛”で選手たちを見守っている。

623名無しさん@実況は実況板で2018/02/23(金) 08:15:45.15ID:pmxbwhS4
若竹たちの挑戦
【2018センバツ乙訓 支える人々/ 中塚仁コーチ 佐藤将太コーチ /京都】

・悩みを聞くのも役割
監督と部員の間に入り良い兄貴分として慕われているのが共に乙訓野球部OBでもある2人だ。
中塚仁コーチは二塁手として、1学年下になる佐藤将太コーチは一塁手としてグラウンドで汗を流した。
2人の現役時代は乙訓高が大きく変わりつつある時だった。
中塚コーチが入学した2009年に新校舎が建ち、制服も新しくなった。
「グラウンドの芝生化も前の年から始まり、入部した頃はまだしっかり根を張っていなかった。
傷めてはいけないとスパイクで踏むことは禁止されていた」と振り返る。
翌年、スポーツ健康科学科が新設され、佐藤コーチは1期生として入学した。
「母が体育教師で、小さい頃から自分もそうなりたいと夢見ていたので、専門知識を得られる
のはうれしかった。野球部としても、広いグラウンドでの練習は魅力的だった」という。
11年秋には室内練習場も完成し、練習環境は更に充実した。
中塚コーチは「僕らの代が引退した後で、後輩がうらやましかった」と笑う。
卒業後、中塚コーチは滋賀のびわこ成蹊スポーツ大で、佐藤コーチは沖縄の名桜大で野球を続け、
指導者になろうと教員免許も取得した。中塚コーチは府立八幡支援学校で教員を務める傍ら、
16年夏から週末だけ乙訓で指導する。担当は決まっていないが内野守備を教えることが多い。
佐藤コーチは17年4月に乙訓高に体育教師として赴任。現役時は捕手も兼任していたことから、
バッテリーの指導に時間を割く。
「今の部員の方が、自分たちの時より考えて野球をやっている」と2人は口をそろえる。
「こうなりたいという明確な目標を立てて、意識高く取り組んでいる」と中塚コーチは評価する。
当時とは監督も替わり、練習方法にも違いはあるが、佐藤コーチは「普段のあいさつや
生活習慣を大事にする指導方針は変わらない」と話す。
年齢が近い分、監督や部長には言えない悩みを聞くのも役割と考える。佐藤コーチは
「監督にガツンと怒られた部員に、バカ話をして元気づけたり。いい潤滑油になれればうれしい」
と笑う。中塚コーチは「監督と部長は甲子園経験があるが、僕らには全く未知の舞台。
OBとして、この瞬間コーチでいられたことは本当に幸せ」と充実した表情を浮かべた。=つづく

624名無しさん@実況は実況板で2018/02/23(金) 09:43:30.38ID:pmxbwhS4
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625名無しさん@実況は実況板で2018/02/23(金) 10:42:47.94ID:pmxbwhS4
【U−18高校日本代表永田新監督への期待】
http://www.hb-nippon.com/news/36-hb-bsinfo/30777-bsinfo20180223001

626名無しさん@実況は実況板で2018/02/23(金) 13:06:20.19ID:pmxbwhS4
第90回選抜高校野球
【仮想「浜風」感じ練習 膳所が愛媛で合宿 /滋賀】

3月23日に開幕する第90回記念選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)に
出場する膳所は17日、大会に向けた2度目の合宿練習を愛媛県四国中央市川之江町で始めた。
選手たちは海沿いの球場で、センバツが開かれる阪神甲子園球場(兵庫県西宮市)と似た浜風を
感じながら汗を流した。
合宿練習には選手全26人と指導者3人が参加して18日まで実施する。主な練習場所は
浜公園川之江野球場。この球場は、右翼から左翼方向へ吹く風やグラウンドの土の硬さが、
阪神甲子園球場と似ているとされ、少しでも甲子園の雰囲気に慣れるようにと選んだという。
この日は好天で、風で流れるフライの捕球練習や、走者や守備を置いた試合形式の打撃練習
に多くの時間を費やした。昨年の秋季県大会の主力選手を中心に、鋭い当たりを連発していた。
外野手の伊東篤志選手(2年)は「思ったより打球が伸びて落下点に入りきれないことがあった。
学校より、甲子園に似ているので勉強になった」と話した。

627名無しさん@実況は実況板で2018/02/23(金) 13:18:30.66ID:pmxbwhS4
誠実に明朗に
【90回センバツ智弁学園 練習風景から 守備・ノック 懸命にボール追う /奈良】

守りを鍛える基本はノック。グラウンドの本塁付近でバットを手にした亀岡秀郎コーチから
ボールが放たれると、それぞれのポジションに散った選手たちが懸命に追う。捕球動作に
入ると、素早く一塁や中継に送球。何度も何度も繰り返し、体にたたき込む。 「ライトー」。
ボールを追う周囲の選手からも大きな声。「ナイスボールや」「今のはノーバン(ノーバウンド)
では無理。回り込んで」。亀岡コーチからはプレー一つ一つにアドバイスが飛ぶ。
外野を守る西田仁一郎選手(1年)は「コーチが最後までしっかり言ってくれるので、意識して
修正しやすい。本番でも守りからリズムが作れたら」。練習での積み重ねこそが試合で生きてくる。

628名無しさん@実況は実況板で2018/02/24(土) 04:47:14.00ID:kajFny+Q
日本は米国に抜かれ世界ランク2位 4年ぶり陥落

世界野球ソフトボール連盟(WBSC)は22日、最新の世界野球ランキングを発表した。
日本は14年11月から保っていた1位から2位に転落し、17年にワールド・ベースボール・
クラシック(WBC)やU18W杯などを制した米国が1位に浮上した。
3位は韓国、4位はキューバ、5位はメキシコ、6位は台湾、7位はカナダ、8位はオーストラリア、
9位はオランダ、10位はプエルトリコ、11位はベネズエラ、12位はドミニカ共和国。
18年末の上位12カ国が、19年11月のプレミア12に出場する。プレミア12の上位国は、
五輪出場のシード権を得る。

629名無しさん@実況は実況板で2018/02/24(土) 06:15:51.58ID:kajFny+Q
センバツ・瀬戸内 選手紹介/ 鶴岡健内野手 走者指示で後押し /広島

出塁したランナーは、一人きりで走るわけではない。
23得点の猛攻で勝利した昨秋の中国大会初戦で、三塁コーチャーを務め、ランナーに的確な
指示を出してサポートした。
「勢いのある攻撃を後押しできた」と、チーム全員でつかんだ勝利を振り返り、笑顔を見せた。
野球歴は11年で、小学1年から内野手一筋。
捕球直前にボールが跳ね、飛ぶ方向が変わっても予測して反応できる。
「長い経験のたまもの」と胸を張る。甲子園では与えられた役割に全力で取り組むといい、
「チームが勝てるように貢献したい」と意気込む。
一つの目標に向かって全員が必死になれる野球が大好きだという。
得意な英語を生かし、将来は海外で働きたい。
広島市立亀山中学出身。

630名無しさん@実況は実況板で2018/02/24(土) 06:54:28.46ID:kajFny+Q
第90回選抜高校野球
本来の力で思い切りよく 須崎市長・楠瀬耕作さん /高知

3月23日開幕の第90回記念選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催、
朝日新聞社後援、阪神甲子園球場特別協力)に出場する明徳義塾の地元、須崎市の
楠瀬耕作市長は1977年夏、もう一つの出場校高知の選手として甲子園に行った経験がある。
「二重の喜び」と話す楠瀬市長に両校への思いを尋ねた。
−−地元の学校と、母校、2校が出場することについて、今の気持ちは。
須崎市長として、明徳義塾は3年連続の出場で、誇らしい思いですね。
ぜひ頑張ってもらいたいです。また、母校は母校で、自分も出たという思いがあり、
頑張ってほしいですね。
−−今年のセンバツは応援に行きますか。
そうですね。スケジュールが合えば。まずは地元、明徳の試合をぜひ見たいですね。
前評判が高くて、非常に期待しています。応援は機会があれば行きたいなと思っています。
準決勝くらいまで進んでくれれば、できるだけ日程調整するつもりでいます。
もちろん、高知もそれぐらいまでいってくれれば、応援にも行きたいと思います。
−−県勢対決を期待しますか。
そうですね、「高知ダービー」になってくれたら、夢のような話ですね。
−−ご自身の時を振り返ってみるとどうですか。
当時はセンバツに山沖之彦さん(元・阪急ブレーブス)を擁する中村などが出場していて、
予選を突破できるだけで夢のようでした。ベスト8まで行きましたが、約2週間が3日くらい
に感じましたね。
−それを踏まえて、両校の選手たちに一言お願いします。
今の高校生は我々の時よりたくましく感じます。
野球自体も進化していると思いますし、バッティングフォームや球速などが良くなっていますね。
十分なトレーニングも積んでいると思うので、本来の実力を出せれば良い結果になってくれると
思います。ただ、甲子園は雰囲気が違いますから、本来の力が出せるように、そういう意味で
思いっきり暴れてもらいたいですね。

631名無しさん@実況は実況板で2018/02/24(土) 07:16:22.84ID:kajFny+Q
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632名無しさん@実況は実況板で2018/02/24(土) 08:01:47.26ID:kajFny+Q
燃えろ聖陵
初めての春 選手紹介/ 小畑拓巳外野手/大城碧生外野手 /愛媛

・筋トレで送球速く 小畑拓巳外野手(2年)
1年生の時は週5回ジムに通っていたという「ウエートトレーニング好き」。
ベンチプレスは入部前の50キロから100キロに。外野からの送球が「強く、速くなった気が
する」といい、「バックホームでチームのピンチを救いたい」と意気込む。
大阪府出身。小学3年生の時、父に連れられてプロ野球を観戦したのが野球を始めたきっか
けだ。その父は現在、東京にある大学で体操部の監督をしており、自身も小学生の時は体操
を習っていた。そのため、バック転が特技。「人工芝なら宙返りもできる」
「怒られ要員」といい、他の部員と「悪さ」をしても自分だけ怒られることもしばしばある。
座右の銘は「球際の執念」。将来の夢は消防士だ。

・母の言葉胸に努力 大城碧生(あおい)外野手(2年)
ベンチから積極的に声を出し、時には伝令として、チームがピンチを迎えた場面で監督の
指示を内野陣に伝える。土居豪人投手(2年)は「いつも笑顔で(マウンドに)来るので緊張が
ほぐれる」。本人は笑顔を意識していないという。
胸にとどめている言葉は「あおいくま」。「あせるな・おこるな・いばるな・くさるな・まけるな」の
頭文字だ。小学生の時、試合に出場できなかった自身に母が教えてくれた。その言葉を胸に
チームをもり立てる。
もちろんレギュラー争いを諦めたわけではない。「打撃が良くなれば狙える」と、練習後に
打撃練習を繰り返している。
沖縄県出身。祖父に教えてもらったゴルフが趣味。朝、卵かけご飯を食べるのが日課だ。

633名無しさん@実況は実況板で2018/02/24(土) 08:20:03.80ID:kajFny+Q
燃えろ聖陵
初めての春 選手紹介/ 安本雄亮外野手/松井翔磨外野手 /愛媛

・「夢叶うまで挑戦」 安本雄亮外野手(2年)
京都府の高校から昨夏に転校。打撃が得意といい、昨秋の県大会からいきなりベンチ入り。
「甲子園では自慢のパンチ力で貢献したい」と意気込む。
寮の部屋には、中学高校の同級生で、世代別のサッカー日本代表でもある上月壮一郎選手
のユニホームを飾っている。転校時に「頑張って甲子園に出ろよ」と手渡された大切なものだ。
毎朝それを見て、「俺も頑張らないと」と気合を入れる。
転校生ながら、今ではすっかりチームのムードメーカー。
本田裕大選手(2年)の父の物まねなどをして、場を盛り上げる。
座右の銘はグラブにも刻んでいる「夢叶(かな)うまで挑戦」。
将来の夢は教師になり、地元で野球部の監督をすること。

・打撃磨き本番臨む 松井翔磨外野手(1年)
体重は97キロで、選手の中で一番重い。
ベンチプレス105キロは本田裕大選手(2年)と並んでチーム一だ。
昨秋の公式戦では、聖カタリナ学園戦と新居浜南戦で先発出場。
計4回打席に立ったが、無安打に終わった。「緊張してしまった」。
練習後に横や後ろからボールをトスしてもらって打撃練習をするなど、修正を図る。
四国中央市出身。
中学時代には伊予三島リトルシニアの外野手として、全国大会で8強入りしたこともある。
「抜けている性格」といい、中学3年生の時、運動会でリレーのアンカーを任されたが、
バトンをもらい忘れてしまったこともある。
趣味は「食べること」。中でも母の作るオムライスが大好物だ。

634名無しさん@実況は実況板で2018/02/24(土) 08:41:55.10ID:kajFny+Q
次スレ

【第90回センバツ】(前年覇者・大阪桐蔭)vs.(神宮王者・明徳義塾)【記念大会】part3
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/hsb/1519301001/

635名無しさん@実況は実況板で2018/02/24(土) 08:53:43.77ID:kajFny+Q
次代への伝言
【戦後初の甲子園 センバツ90/4 聖地「奪還」に万歳】

甲子園球場は中学野球の全国大会を開くために1924年、誕生した。
しかし、戦争が始まると、軍需工場や陸海軍の施設として使われた。
内野は食料確保のため芋畑に。当時の甲子園球場長だった石田恒信さんが残した手記
「甲子園の回想」にはその様子が克明に記録されている。
43年にはスタンドの鉄傘も戦略物資調達として奪われ、終戦直前には空襲に遭い、
グラウンドには大量の焼夷(しょうい)弾が突き刺さった。
ようやく戦争が終わっても、甲子園の苦難は続いた。
45年10月、今度は米国の進駐軍によって接収された。
多い時で2000人以上の兵士が寝泊まりし、外野ではアメリカンフットボールを行っていた。
終戦から1年後の46年8月15日、夏の全国中学優勝大会が再開したが、
会場は接収を免れた兵庫県の西宮球場だった。
阪神電鉄は46年の2月に接収解除の嘆願書を出したが却下されていた。
「その年は結局あきらめた」と阪神電鉄の事業部長などを務めた長田陸夫氏は後年、
そう振り返った。甲子園でのセンバツ復活にこだわった毎日新聞は、事業部の藤村嘉夫や
社会部の大森実らが阪神電鉄と協力しながら、進駐軍の神戸ベースに何度も足を運んだ。
接収の一部解除が認められたのは47年1月10日。
聖地「奪還」の知らせを聞いた球場の職員たちはグラウンドに飛び出し、万歳を繰り返した。
その喜びようは毎日新聞も同じだった。23日付で掲載したセンバツ社告にはこうある。
「いま終戦後第二の春を迎えて本大会育ての親ともいうべき懐かしい甲子園に復活する
選抜大会こそまことに意義深いものがあります」
その後、連合国軍総司令部(GHQ)の民間情報教育局(CIE)から大会のあり方などを理由に
センバツ中止を通告されながらも、協議を重ねて戦後初めての甲子園開催にこぎつけた。
その日は前夜までの雨が上がり、薄雲の隙間(すきま)から春の日差しがグラウンドに注がれていた。
3月30日、第19回全国選抜中学野球大会の開会式。
10万人の観衆が集まったと当時の記事にある。
毎日新聞の本田親男・大阪本社代表の第一声は「みなさん、あの日の丸をごらんください」。
センターポールには進駐軍に許可を得て掲げた日章旗。
「スポーツの殿堂として新生日本の建設に役立てたい」と訴え、甲子園とセンバツを取り戻した
関係者らは感慨に浸っていた。=つづく

636名無しさん@実況は実況板で2018/02/24(土) 08:58:05.43ID:kajFny+Q
逆襲の花巻東
’18センバツ 守備練習中心に実戦意識 東京で合宿 /岩手

第90回記念選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)に出場する花巻東の
選手らは、佐々木洋監督の母校、国士舘大のグラウンド(東京都多摩市)を拠点に合宿を行った。
シートノックなどの守備練習を中心に実戦を意識。
「九回裏無死満塁、サヨナラのチャンス」などと場面を想定しながら、判断力を養っていた。
学校のグラウンドが積雪で使えないため、グラウンドでの本格的な守備練習は久しぶり。
選手たちは青空に向かって「もう1球!」「っしゃー!」と元気な声を響かせ、のびのびと
練習に取り組んでいた。
佐々木監督は「思ったよりいい仕上がり」と満足げ。菅原颯太主将(2年)も「選手同士の
コミュニケーションも活発になり、いい雰囲気になってきた」と手応えを感じているようだった。

637名無しさん@実況は実況板で2018/02/24(土) 09:06:35.52ID:kajFny+Q
挑む!
’18センバツ由利工 届けエール/ 歴代マネジャー 卒業後も世話焼き OBらの結束がより強く /秋田

野球部のマネジャーといえば、女子生徒をイメージするかもしれない。
だが由利工はこの数年、男子生徒が担っている。現在は多田歩矢(ふみや)さん(2年)。
仕事は練習時のタイムキーパーから、試合でのスコア記入など多岐にわたる。
チームの要となる重要なポジションだ。
創部56年の歴史では、女子生徒のマネジャーが何人もいた。
初代は由利本荘市の会社役員、鈴木真紀子さん。
2007年から野球部OB会の事務局長を務める。
普段なら会報の発送などが主な仕事だが、センバツ決定後は、
OB以外にも支援を呼びかける多忙な日々を送る。
野球部の「世話役」という意味では、今もマネジャーのようだ。
センバツ決定時は母校に駆け付け、保護者や部員らと喜びを分かち合った。
「私の在校時は夢のまた夢だった」と目を輝かせた。
入部のきっかけのひとつは、幼なじみの双子の男子生徒に誘われたから。
双子は野球部で甲子園を目指し、鈴木さんはナインの夢を支えた。
まるで漫画「タッチ」さながらの青春。ボールのほころびを縫い合わせたり、
やかんに水を入れて水分補給したり・・・。
地道な仕事だったが「みんなの役に立ててうれしかった」と振り返る。
本塁打を放った選手からボールをもらったことも、いい思い出だ。
OB会は約620人。出場をきっかけに、OBらの結束がより強くなったと感じる。
「みんなでまとまって応援していきたい」と気合を入れている。
◇  ◇
由利本荘市内のホテルで働く安保(あんぼ)奈美さんは、
14年卒業で「最後の女子生徒のマネジャー」。兄が由利工野球部OBだった。
補食のおにぎりを作ったり、選手の記録をまとめたりしてチームを支えた。
卒業後も後輩たちを気遣い、多い時で週に2回、練習試合に駆けつけた。
場内アナウンスなどをこなし、須田和仁部長は「試合がスムーズに進む」と感謝する。
甲子園出場に「喜びよりびっくりしたほうが大きかった」。
だが市内各所に張られた祝福のポスターを目にするたび次第に実感がこみ上げてきた。
「1勝にとどまらず、勝ち上がってほしい」。この思いをナインに届けるつもりだ。

638名無しさん@実況は実況板で2018/02/24(土) 09:14:31.42ID:kajFny+Q
第90回選抜高校野球
土の上、久々の感触 日大山形ナイン、宮城で今季初県外練習 /山形

第90回記念選抜高校野球大会に出場する日大山形は18日、今季初めてとなる県外練習を
宮城県角田市の同市野球場で行った。
ナインは久しぶりの土の感触を確かめながら、練習に汗を流した。
この日は、守備の連携の確認やシートノックなどに取り組んだ後、紅白戦で実戦感覚を
磨いた。雪のないグラウンドでの練習に、選手たちはうれしそうだ。近藤皓介投手(2年)は
「土に足を踏み入れるのは久しぶり。風が強くて捕球が難しかったが、わくわくしながら練習が
できた」と笑みを浮かべた。
ナインは24、25日にも福島、宮城両県で練習を行う。荒木準也監督は「守備の感覚を取り
戻し、来月の宮崎遠征までに、試合ができる状態に仕上げたい」と力を込めた。

639名無しさん@実況は実況板で2018/02/24(土) 11:13:11.93ID:kajFny+Q
次スレ

【甲子園】1位近畿、2位四国、3位東海>>関東・中国・九州・北海道・北信越・東北【成績】
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/hsb/1517402268/

【第90回センバツ】(前年覇者・大阪桐蔭)vs.(神宮王者・明徳義塾)【記念大会】part3
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/hsb/1519301001/

640名無しさん@実況は実況板で2018/02/24(土) 11:19:48.35ID:kajFny+Q
次代への伝言
【戦後初の甲子園 センバツ90/5 画期的、選考に地域性】

戦後初めて甲子園で行われた第19回全国選抜中学野球大会(1947年)には26校が出場した。
その最後に選ばれたのが広島商。地域性が考慮された。それは当時としては画期的なことだった。
戦前のセンバツの出場選考は実力第一。北海道と東北は寒冷地を理由に原則、対象外となっていた。
地域の偏りは考慮されておらず、第10回大会(33年)では和歌山から4校が選出された。
戦争での中断を経て、46年に夏の全国中学優勝野球大会が兵庫・西宮球場で再開。
京都では47年1月、センバツ再開を見越して「中学選抜大会京都銓衡(選考)試合」が開かれた。
京都二中(現鳥羽)は準優勝だったが、選手だった黒田脩氏は「負けても本当に実力があれば
選ばれるのがセンバツ。子どもながらに出られると思った」という。京都二中は前年夏の準優勝校。
実力が重視された当時の風潮を裏付ける。
第19回センバツの選考委員会は47年2月下旬に開かれた。
この時初めて選考に「地区別」という概念が持ち込まれ、
東日本▽東海▽北陸▽京津▽紀和▽大阪▽兵庫▽山陰▽山陽▽四国▽九州−−の
11地区に分けられた。日本高校野球連盟元会長の佐伯達夫氏は後年、
「毎年同じような顔触れになると、全国的な高校野球の振興という(選抜大会の)大理想に
逆行する」と理由を説明している。
実際の選考にもその意思は反映された。
50校から27校に絞った段階で京都4、和歌山3、九州4に対し、山陽は下関商(山口)の
1校しかないことに異論が出た。最終的に京都と九州を1校ずつ減らし、広島商を救済した。
選考委総会では「全国大会の特質から考えて今後は地域的な選出校のバランスをとくに
必要とする」と確認。新たな指針ができた瞬間だった。
第20回大会(48年)は「全国大会は1回でいい」と開催に反対する連合国軍総司令部(GHQ)
の民間情報教育局(CIE)に配慮し、大会名から「全国」を外さざるを得なかった。
地域性への配慮は足踏みした。
それを取り戻したのがサンフランシスコ講和条約が結ばれた翌52年の第24回大会。
北海道と東北を関東に組み込んで選考の対象とし、北海道の函館西を選出。
さらに3年後、東北から初めて一関一(岩手)が選ばれた。
第90回大会の今年は初めて東北の基本数が「3」に。
71年前の戦後初の選考で生まれた信念は、消えてはいない。=つづく

641名無しさん@実況は実況板で2018/02/24(土) 11:25:42.61ID:kajFny+Q
次代への伝言
【戦後初の甲子園 センバツ90/6止 存続、民主社会の礎に】
<第90回記念選抜高校野球>

戦後初めて甲子園で開かれた第19回選抜中学野球大会は1947年4月7日、盛況のうちに
終わった。ただ、関係者は喜んでばかりもいられなかった。開催は連合国軍総司令部(GHQ)の
民間情報教育局(CIE)からこの年に限り、特例で認められただけだった。大会存続へ向けて、
遮二無二奔走した。
CIEは「全国大会は年1回」との態度を変えなかった。夏の選手権大会との違いを際立たせるため、
当時の全国中学校野球連盟副会長だった佐伯達夫氏は、センバツをシーズン初めの野球祭と
位置づけた。公式戦のできる期間は49年に制度化され、12月1日から3月19日までの間は
原則試合を禁止する現在の「アウトオブシーズン」規定の土台となった。
大会名からは「全国」を外し、出場は近畿の学校を中心とした招待試合とし、北海道や東北を
除外した。現在の大会名に「全国」がないのはこの名残だ。さらに、それまでの通算回数を捨て、
48年の大会を第1回とする案も出した。
CIEとの交渉には佐伯氏が当たった。その裏で毎日新聞は衆院議員だった松本滝蔵氏に
協力を依頼。GHQにいる米ハーバード大留学時代の多数の同窓生に説明してもらった。
48年2月、数々の努力が実って大会は認められた。後援に回った毎日新聞は、高野連主催
をより明確にするためにホームベースにフェデレーション(連盟)の「F」をあしらった連盟旗を
作製した。
食料にすらことかく時代に、なぜそこまで必死に大会を存続させようとしたのか。
佐伯氏は45年8月15日に玉音放送を聞いた際、こう誓ったと自伝に記している。
「青少年たちが正しい進路を踏み外さぬように引っ張っていくべきだ。正しい民主社会を
目指すほどチームワークが大切。その大きな柱になるのが野球だ」
戦後初の甲子園に出場し、翌春の「第1回」大会で優勝した京都一商(現西京)の種田吉富氏
は「あの大会に出た選手はほぼ兵役に行かなかった世代。そんな我々に次代の日本を背負って
もらおうと考えてくれたのでは」と振り返る。種田氏は58年から甲子園大会の審判、その後は
センバツの選考委員を務めた。そのきっかけは、第19回大会の選考委員で、後に日本高野連会長
となった牧野直隆氏からのひと言だったという。「高校野球へ恩返ししなさい」
戦後初の甲子園大会の開催に関わり、大会を守った先人たちからの伝言は次代へつながれ、
センバツは今年、90回目の大会を迎える。=おわり

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