アンパンマンとタッチでわくわくトレーニング 回避
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こんな夢がいっぱい詰まったようなROMまで割れようとしやがって ゴ /〜〜〜\
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>>1
絶望したぁぁぁぁぁ!まささんそんなにもマジコンでアンパンマン遊びたいのかよ・・・ ???????? OC → 7A
?は自分で考えてください OC オーシー じゃなくて
0C ゼロシー でしょwww >>22 自己解決
a07に書き換えてやってたんだけどぜんぜん起動しないなと思ってたら
TTMenuだけ書き換えてTTdat書き換えんの忘れてた スマソ R4ユーザで動かなかったけど、YSMENUを使用したら動きました。
澤屋総本店には絶対応募しない方がいいぞ
未経験者OKと言いながら、実際は経験者だけに面接をして
未経験者は1週間待たせた挙句、「応募多数により」と断る会社だからな
人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!!! あーくーまーのー こーえ がー
さーさーやーくー よー
買ーうーとーかー はーんーざーい かー
割ーれーなーいー ヤツはー
みーんーなー 敵
あーおーいー ハートはー
割れる ハート もうすぐで落ちそうだったのに残念
ageテヤルデスw おん豚とかいう私怨豚は無職のアスペ引篭りだったのか
かわいそうっ!
おん豚の反論もどんどん苦しくなってきたなw
直接言えないで自演&AA連投するしか能がない雑魚おん豚w 裏技のように自動的にお金を収集してくれる方法とは
グーグル検索⇒『稲本のメツイオウレフフレゼ』
QNWMN そこへ向うからながらみ取りが二人、(ながらみと言うのは螺の一種である。)魚籃をぶら下げて歩いて来た。 彼等は二人とも赤褌をしめた、筋骨の逞しい男だった。 が、潮に濡れ光った姿はもの哀れと言うよりも見すぼらしかった。 Nさんは彼等とすれ違う時、ちょっと彼等の挨拶に答え、「風呂にお出で」と声をかけたりした。 僕は何か僕自身もながらみ取りになり兼ねない気がした。 何しろ沖へ泳いで行っちゃ、何度も海の底へ潜るんですからね。」 「おまけに澪に流されたら、十中八九は助からないんだよ。」 Hは弓の折れの杖を振り振り、いろいろ澪の話をした。 「そら、Hさん、ありゃいつでしたかね、ながらみ取りの幽霊が出るって言ったのは?」 しかし幽霊が出るって言ったのは磯っ臭い山のかげの卵塔場でしたし、おまけにそのまたながらみ取りの死骸は蝦だらけになって上ったもんですから、誰でも始めのうちは真に受けなかったにしろ、気味悪がっていたことだけは確かなんです。 そのうちに海軍の兵曹上りの男が宵のうちから卵塔場に張りこんでいて、とうとう幽霊を見とどけたんですがね。 ただそのながらみ取りと夫婦約束をしていたこの町の達磨茶屋の女だったんです。 それでも一時は火が燃えるの人を呼ぶ声が聞えるのって、ずいぶん大騒ぎをしたもんですよ。」 「じゃ別段その女は人を嚇かす気で来ていたんじゃないの?」 「ええ、ただ毎晩十二時前後にながらみ取りの墓の前へ来ちゃ、ぼんやり立っていただけなんです。」 Nさんの話はこう言う海辺にいかにもふさわしい喜劇だった。 のみならず皆なぜともなしに黙って足ばかり運んでいた。 僕等はMのこう言った時、いつのまにかもう風の落ちた、人気のない渚を歩いていた。 あたりは広い砂の上にまだ千鳥の足跡さえかすかに見えるほど明るかった。 しかし海だけは見渡す限り、はるかに弧を描いた浪打ち際に一すじの水沫を残したまま、一面に黒ぐろと暮れかかっていた。 HやNさんに別れた後、僕等は格別急ぎもせず、冷びえした渚を引き返した。 渚には打ち寄せる浪の音のほかに時々澄み渡った蜩の声も僕等の耳へ伝わって来た。 それは少くとも三町は離れた松林に鳴いている蜩だった。 それからMは気軽そうにティッペラリイの口笛を吹きはじめた。 僕の舌や口腔は時々熱の出る度に羊歯類を一ぱいに生やすのです。 一体下痢をする度に大きい蘇鉄を思ひ出すのは僕一人に限つてゐるのかしら? 僕は腹鳴りを聞いてゐると、僕自身いつか鮫の卵を産み落してゐるやうに感じるのです。 僕は憂鬱になり出すと、僕の脳髄の襞ごとに虱がたかつてゐるやうな気がして来るのです。 目のあらい簾が、入口にぶらさげてあるので、往来の容子は仕事場にいても、よく見えた。 その後からは、めずらしく、黄牛に曳かせた網代車が通った。 それが皆、疎な蒲の簾の目を、右からも左からも、来たかと思うと、通りぬけてしまう。 その中で変らないのは、午後の日が暖かに春を炙っている、狭い往来の土の色ばかりである。 その人の往来を、仕事場の中から、何と云う事もなく眺めていた、一人の青侍が、この時、ふと思いついたように、主の陶器師へ声をかけた。 陶器師は、仕事に気をとられていたせいか、少し迷惑そうに、こう答えた。 が、これは眼の小さい、鼻の上を向いた、どこかひょうきんな所のある老人で、顔つきにも容子にも、悪気らしいものは、微塵もない。 それに萎えた揉烏帽子をかけたのが、この頃評判の高い鳥羽僧正の絵巻の中の人物を見るようである。 「なに、これで善い運が授かるとなれば、私だって、信心をするよ。 日参をしたって、参籠をしたって、そうとすれば、安いものだからね。 つまり、神仏を相手に、一商売をするようなものさ。」 青侍は、年相応な上調子なもの言いをして、下唇を舐めながら、きょろきょろ、仕事場の中を見廻した。―― 竹藪を後にして建てた、藁葺きのあばら家だから、中は鼻がつかえるほど狭い。 が、簾の外の往来が、目まぐるしく動くのに引換えて、ここでは、甕でも瓶子でも、皆赭ちゃけた土器の肌をのどかな春風に吹かせながら、百年も昔からそうしていたように、ひっそりかんと静まっている。 どうやらこの家の棟ばかりは、燕さえも巣を食わないらしい。…… 「お爺さんなんぞも、この年までには、随分いろんな事を見たり聞いたりしたろうね。 昔は折々、そんな事もあったように聞いて居りますが。」 「どんな事と云って、そう一口には申せませんがな。―― しかし、貴方がたは、そんな話をお聞きなすっても、格別面白くもございますまい。」 「可哀そうに、これでも少しは信心気のある男なんだぜ。 捏ねていた土が、壺の形になったので、やっと気が楽になったと云う調子である。 「神仏の御考えなどと申すものは、貴方がたくらいのお年では、中々わからないものでございますよ。」 「いやさ、神仏が運をお授けになる、ならないと云う事じゃございません。 「それが、どうも貴方がたには、ちとおわかりになり兼ねましょうて。」 「私には運の善し悪しより、そう云う理窟の方がわからなそうだね。」 さっきから見ると、往来へ落ちる物の影が、心もち長くなった。 その長い影をひきながら、頭に桶をのせた物売りの女が二人、簾の目を横に、通りすぎる。 「今、西の市で、績麻のを出している女なぞもそうでございますが。」 「だから、私はさっきから、お爺さんの話を聞きたがっているじゃないか。」 青侍は、爪で頤のひげを抜きながら、ぼんやり往来を眺めている。 貝殻のように白く光るのは、大方さっきの桜の花がこぼれたのであろう。 日の長い短いも知らない人でなくては、話せないような、悠長な口ぶりで話し出したのである。 あの女がまだ娘の時分に、この清水の観音様へ、願をかけた事がございました。 何しろ、その時分は、あの女もたった一人のおふくろに死別れた後で、それこそ日々の暮しにも差支えるような身の上でございましたから、そう云う願をかけたのも、満更無理はございません。 「死んだおふくろと申すのは、もと白朱社の巫子で、一しきりは大そう流行ったものでございますが、狐を使うと云う噂を立てられてからは、めっきり人も来なくなってしまったようでございます。 これがまた、白あばたの、年に似合わず水々しい、大がらな婆さんでございましてな、何さま、あの容子じゃ、狐どころか男でも……」 「おふくろの話よりは、その娘の話の方を伺いたいね。」 そのおふくろが死んだので、後は娘一人の痩せ腕でございますから、いくらかせいでも、暮の立てられようがございませぬ。 そこで、あの容貌のよい、利発者の娘が、お籠りをするにも、襤褸故に、あたりへ気がひけると云う始末でございました。」 気だてと云い、顔と云い、手前の欲目では、まずどこへ出しても、恥しくないと思いましたがな。」 青侍は、色のさめた藍の水干の袖口を、ちょいとひっぱりながら、こんな事を云う。 翁は、笑声を鼻から抜いて、またゆっくり話しつづけた。 「それが、三七日の間、お籠りをして、今日が満願と云う夜に、ふと夢を見ました。 何でも、同じ御堂に詣っていた連中の中に、背むしの坊主が一人いて、そいつが何か陀羅尼のようなものを、くどくど誦していたそうでございます。 うとうと眠気がさして来ても、その声ばかりは、どうしても耳をはなれませぬ。 とんと、縁の下で蚯蚓でも鳴いているような心もちで―― すると、その声が、いつの間にやら人間の語になって、『ここから帰る路で、そなたに云いよる男がある。 その男の云う事を聞くがよい。』と、こう聞えると申すのでございますな。 「はっと思って、眼がさめると、坊主はやっぱり陀羅尼三昧でございます。 が、何と云っているのだか、いくら耳を澄ましても、わかりませぬ。 その時、何気なく、ひょいと向うを見ると、常夜燈のぼんやりした明りで、観音様の御顔が見えました。 日頃拝みなれた、端厳微妙の御顔でございますが、それを見ると、不思議にもまた耳もとで、『その男の云う事を聞くがよい。』と、誰だか云うような気がしたそうでございます。 そこで、娘はそれを観音様の御告だと、一図に思いこんでしまいましたげな。」 「さて、夜がふけてから、御寺を出て、だらだら下りの坂路を、五条へくだろうとしますと、案の定後から、男が一人抱きつきました。 丁度、春さきの暖い晩でございましたが、生憎の暗で、相手の男の顔も見えなければ、着ている物などは、猶の事わかりませぬ。 ただ、ふり離そうとする拍子に、手が向うの口髭にさわりました。 いやはや、とんだ時が、満願の夜に当ったものでございます。 「その上、相手は、名を訊かれても、名を申しませぬ。 ただ、云う事を聞けと云うばかりで、坂下の路を北へ北へ、抱きすくめたまま、引きずるようにして、つれて行きます。 泣こうにも、喚こうにも、まるで人通りのない時分なのだから、仕方がございませぬ。」 「それから、とうとう八坂寺の塔の中へ、つれこまれて、その晩はそこですごしたそうでございます。―― いや、その辺の事なら、何も年よりの手前などが、わざわざ申し上げるまでもございますまい。」 吹くともなく渡る風のせいであろう、そこここに散っている桜の花も、いつの間にかこっちへ吹きよせられて、今では、雨落ちの石の間に、点々と白い色をこぼしている。 青侍は、思い出したように、頤のひげを抜き抜き、こう云った。 「それだけなら、何もわざわざお話し申すがものはございませぬ。」翁は、やはり壺をいじりながら、「夜があけると、その男が、こうなるのも大方宿世の縁だろうから、とてもの事に夫婦になってくれと申したそうでございます。」 「夢の御告げでもないならともかく、娘は、観音様のお思召し通りになるのだと思ったものでございますから、とうとう首を竪にふりました。 さて形ばかりの盃事をすませると、まず、当座の用にと云って、塔の奥から出して来てくれたのが綾を十疋に絹を十疋でございます。―― この真似ばかりは、いくら貴方にもちとむずかしいかも存じませんな。」 「やがて、男は、日の暮に帰ると云って、娘一人を留守居に、慌しくどこかへ出て参りました。 いくら利発者でも、こうなると、さすがに心細くなるのでございましょう。 そこで、心晴らしに、何気なく塔の奥へ行って見ると、どうでございましょう。 綾や絹は愚な事、珠玉とか砂金とか云う金目の物が、皮匣に幾つともなく、並べてあると云うじゃございませぬか。 これにはああ云う気丈な娘でも、思わず肚胸をついたそうでございます。 「物にもよりますが、こんな財物を持っているからは、もう疑はございませぬ。 そう思うと、今まではただ、さびしいだけだったのが、急に、怖いのも手伝って、何だか片時もこうしては、いられないような気になりました。 何さま、悪く放免の手にでもかかろうものなら、どんな目に遭うかも知れませぬ。 「そこで、逃げ場をさがす気で、急いで戸口の方へ引返そうと致しますと、誰だか、皮匣の後から、しわがれた声で呼びとめました。 何しろ、人はいないとばかり思っていた所でございますから、驚いたの驚かないのじゃございませぬ。 見ると、人間とも海鼠ともつかないようなものが、砂金の袋を積んだ中に、円くなって、坐って居ります。―― これが目くされの、皺だらけの、腰のまがった、背の低い、六十ばかりの尼法師でございました。 しかも娘の思惑を知ってか知らないでか、膝で前へのり出しながら、見かけによらない猫撫声で、初対面の挨拶をするのでございます。 「こっちは、それ所の騒ぎではないのでございますが、何しろ逃げようと云う巧みをけどられなどしては大変だと思ったので、しぶしぶ皮匣の上に肘をつきながら心にもない世間話をはじめました。 どうも話の容子では、この婆さんが、今まであの男の炊女か何かつとめていたらしいのでございます。 それさえ、娘の方では、気になるのに、その尼がまた、少し耳が遠いと来ているものでございますから、一つ話を何度となく、云い直したり聞き直したりするので、こっちはもう泣き出したいほど、気がじれます。―― 「そんな事が、かれこれ午までつづいたでございましょう。 すると、やれ清水の桜が咲いたの、やれ五条の橋普請が出来たのと云っている中に、幸い、年の加減か、この婆さんが、そろそろ居睡りをはじめました。 一つは娘の返答が、はかばかしくなかったせいもあるのでございましょう。 そこで、娘は、折を計って、相手の寝息を窺いながら、そっと入口まで這って行って、戸を細目にあけて見ました。 外にも、いい案配に、人のけはいはございませぬ。―― 「ここでそのまま、逃げ出してしまえば、何事もなかったのでございますが、ふと今朝貰った綾と絹との事を思い出したので、それを取りに、またそっと皮匣の所まで帰って参りました。 すると、どうした拍子か、砂金の袋にけつまずいて、思わず手が婆さんの膝にさわったから、たまりませぬ。 尼の奴め驚いて眼をさますと、暫くはただ、あっけにとられて、いたようでございますが、急に気ちがいのようになって、娘の足にかじりつきました。 そうして、半分泣き声で、早口に何かしゃべり立てます。 切れ切れに、語が耳へはいる所では、万一娘に逃げられたら、自分がどんなひどい目に遇うかも知れないと、こう云っているらしいのでございますな。 が、こっちもここにいては命にかかわると云う時でございますから、元よりそんな事に耳をかす訳がございませぬ。 そこで、とうとう、女同志のつかみ合がはじまりました。 それに、こうなると、死物狂いだけに、婆さんの力も、莫迦には出来ませぬ。 間もなく、娘が、綾と絹とを小脇にかかえて、息を切らしながら、塔の戸口をこっそり、忍び出た時には、尼はもう、口もきかないようになって居りました。 これは、後で聞いたのでございますが、死骸は、鼻から血を少し出して、頭から砂金を浴びせられたまま、薄暗い隅の方に、仰向けになって、臥ていたそうでございます。 「こっちは八坂寺を出ると、町家の多い所は、さすがに気がさしたと見えて、五条京極辺の知人の家をたずねました。 この知人と云うのも、その日暮しの貧乏人なのでございますが、絹の一疋もやったからでございましょう、湯を沸かすやら、粥を煮るやら、いろいろ経営してくれたそうでございます。 そこで、娘も漸く、ほっと一息つく事が出来ました。」 青侍は、帯にはさんでいた扇をぬいて、簾の外の夕日を眺めながら、それを器用に、ぱちつかせた。 その夕日の中を、今しがた白丁が五六人、騒々しく笑い興じながら、通りすぎたが、影はまだ往来に残っている。…… 「所が」翁は大仰に首を振って、「その知人の家に居りますと、急に往来の人通りがはげしくなって、あれを見い、あれを見いと、罵り合う声が聞えます。 何しろ、後暗い体ですから、娘はまた、胸を痛めました。 あの物盗りが仕返ししにでも来たものか、さもなければ、検非違使の追手がかかりでもしたものか、―― そう思うともう、おちおち、粥を啜っても居られませぬ。」 「そこで、戸の隙間から、そっと外を覗いて見ると、見物の男女の中を、放免が五六人、それに看督長が一人ついて、物々しげに通りました。 それからその連中にかこまれて、縄にかかった男が一人、所々裂けた水干を着て烏帽子もかぶらず、曳かれて参ります。 どうも物盗りを捕えて、これからその住家へ、実録をしに行く所らしいのでございますな。 「しかも、その物盗りと云うのが、昨夜、五条の坂で云いよった、あの男だそうじゃございませぬか。 娘はそれを見ると、何故か、涙がこみ上げて来たそうでございます。 何も、その男に惚れていたの、どうしたのと云う訳じゃない。 が、その縄目をうけた姿を見たら、急に自分で、自分がいじらしくなって、思わず泣いてしまったと、まあこう云うのでございますがな。 まことにその話を聞いた時には、手前もつくづくそう思いましたよ――」 その女は、それから、どうにかやって行けるようになったのだろう。」 「どうにか所か、今では何不自由ない身の上になって居ります。 観音様も、これだけは、御約束をおちがえになりません。」 「それなら、そのくらいな目に遇っても、結構じゃないか。」 その中を、風だった竹籔の音が、かすかながらそこここから聞えて来る。 「人を殺したって、物盗りの女房になったって、する気でしたんでなければ仕方がないやね。」 翁も、もう提の水で、泥にまみれた手を洗っている―― 二人とも、どうやら、暮れてゆく春の日と、相手の心もちとに、物足りない何ものかを、感じてでもいるような容子である。 問題が大きいので、ちよいと手軽に考をまとめられませんが、ざつと思ふ所を云へばかうです。 元来芸術の内容となるものは、人としての我々の生活全容に外ならないのだから、二重生活と云ふ事は、第一義的にはある筈がないと考へます。 が、それが第二義的な意味になると、いろいろむづかしい問題が起つて来る。 生活を芸術化するとか、或は逆に芸術を生活化するとか云ふ事も、そこから起つて来るのでせう。 あなたの手紙にあつた芸術家の職業問題などは、それを更に一歩皮相な方面へ移して来ての問題だと思ひます。 だから「物心両面に於ける人としての生活と、芸術家としての生活の関係交渉」と云つても、それぞれの意義に相当な立場をきめてかからないと、折角の議論は混乱するより外にありますまい。 所で私は前にも云つたやうに、今さう云ふ問題を辯じてゐる暇がない。 が、強ひて何か云はなければならないとなると、職業として私は英語を教へてゐるから、そこに起る二重生活が不愉快で、しかもその不愉快を超越するのは全然物質的の問題だが、生憎それが現代の日本では当分解決されさうもない以上、 永久に我々はこの不愉快な生存を続けて行く外はないと云ふ位な、甚平凡な事になつてしまひます。 これでよかつたら、どうか諸家の解答の中へ加へて下さい。 「何しろ項羽と云う男は、英雄の器じゃないですな。」 漢の大将呂馬通は、ただでさえ長い顔を、一層長くしながら、疎な髭を撫でて、こう云った。 彼の顔のまわりには、十人あまりの顔が、皆まん中に置いた燈火の光をうけて、赤く幕営の夜の中にうき上っている。 その顔がまた、どれもいつになく微笑を浮べているのは、西楚の覇王の首をあげた今日の勝戦の喜びが、まだ消えずにいるからであろう。―― 鼻の高い、眼光の鋭い顔が一つ、これはやや皮肉な微笑を唇頭に漂わせながら、じっと呂馬通の眉の間を見ながら、こう云った。 何しろ塗山の禹王廟にある石の鼎さえ枉げると云うのですからな。 遠くで二三度、角の音がしたほかは、馬の嘶く声さえ聞えない。 「しかしです。」呂馬通は一同の顔を見廻して、さも「しかし」らしく、眼ばたきを一つした。 烏江に追いつめられた時の楚の軍は、たった二十八騎です。 雲霞のような味方の大軍に対して、戦った所が、仕方はありません。 それに、烏江の亭長は、わざわざ迎えに出て、江東へ舟で渡そうと云ったそうですな。 もし項羽に英雄の器があれば、垢を含んでも、烏江を渡るです。 「すると、英雄の器と云うのは、勘定に明いと云う事かね。」 この語につれて、一同の口からは、静な笑い声が上った。 彼は髯から手を放すと、やや反り身になって、鼻の高い、眼光の鋭い顔を時々ちらりと眺めながら、勢いよく手真似をして、しゃべり出した。 項羽は、今日戦の始まる前に、二十八人の部下の前で『項羽を亡すものは天だ。 その証拠には、これだけの軍勢で、必ず漢の軍を三度破って見せる』と云ったそうです。 そうして、実際三度どころか、九度も戦って勝っているです。 私に云わせると、それが卑怯だと思うのですな、自分の失敗を天にかずける―― それも烏江を渡って、江東の健児を糾合して、再び中原の鹿を争った後でなら、仕方がないですよ。 私が項羽を英雄の器でないとするのは、勘定に暗かったからばかりではないです。 蕭丞相のような学者は、どう云われるか知らんですが。」 呂馬通は、得意そうに左右を顧みながら、しばらく口をとざした。 一同は互に軽い頷きを交しながら、満足そうに黙っている。 すると、その中で、鼻の高い顔だけが、思いがけなく、一種の感動を、眼の中に現した。 黒い瞳が、熱を持ったように、かがやいて来たのである。 英雄と云うものは、天と戦うものだろうと思うですが。」 「天命を知っても尚、戦うものだろうと思うですが。」 劉邦は鋭い眼光をあげて、じっと秋をまたたいている燈火の光を見た。 愛憎の動き方なぞも、一本気な所はあるが、その上にまだ殆病的な執拗さが潜んでいる。 それは江口自身不快でなければ、近代的と云う語で形容しても好い。 兎に角憎む時も愛する時も、何か酷薄に近い物が必江口の感情を火照らせている。 見た所は黒いが、手を触れれば、忽その手を爛らせてしまう。 江口の一本気の性格は、この黒熱した鉄だと云う気がする。 繰返して云うが、決して唯の鉄のような所謂快男児などの類ではない。 それから江口の頭は批評家よりも、やはり創作家に出来上っている。 だから江口の批評は、時によると脱線する事がないでもない。 が、それは大抵受取った感銘へ論理の裏打ちをする時に、脱線するのだ。 作の力、生命を掴むものが本当の批評家である。」と云う説があるが、それはほんとうらしい嘘だ。 だからトルストイやドストエフスキイの翻訳が売れるのだ。 ほんとうの批評家にしか分らなければ、どこの新劇団でもストリンドベルクやイブセンをやりはしない。 作の力、生命を掴むばかりでなく、技巧と内容との微妙な関係に一隻眼を有するものが、始めてほんとうの批評家になれるのだ。 江口の批評家としての強味は、この微妙な関係を直覚出来る点に存していると思う。 これは何でもない事のようだが、存外今の批評家に欠乏している強味なのだ。 最後に創作家としての江口は、大体として人間的興味を中心とした、心理よりも寧ろ事件を描く傾向があるようだ。 「馬丁」や「赤い矢帆」には、この傾向が最も著しく現れていると思う。 が、江口の人間的興味の後には、屡如何にしても健全とは呼び得ない異常性が富んでいる。 これは菊池が先月の文章世界で指摘しているから、今更繰返す必要もないが、唯、自分にはこの異常性が、あの黒熱した鉄のような江口の性格から必然に湧いて来たような心もちがする。 同じ病的な酷薄さに色づけられているような心もちがする。 描写は殆谷崎潤一郎氏の大幅な所を思わせる程達者だ。 尤もその押して行く力が、まだ十分江口に支配され切っていない憾もない事はない。 あの力が盲目力でなくなる時が来れば、それこそ江口がほんとうの江口になり切った時だ。 その為に善くも悪くも、いろいろな誤解を受けているらしい。 それらの誤解はいずれも江口の為に、払い去られなければならない。 僕は「新潮」の「人の印象」をこんなに長く書いた事はない。 それが書く気になったのは、江口や江口の作品が僕等の仲間に比べると、一番歪んで見られているような気がしたからだ。 こんな慌しい書き方をした文章でも、江口を正当に価値づける一助になれば、望外の仕合せだと思っている。 槐と云ふ樹の名前を覚えたのは「石の枕」と云ふ一中節の浄瑠璃を聞いた時だつたであらう。 唯親父だのお袋だのの稽古してゐるのを聞き覚えたのである。 その文句は何でも観世音菩薩の「庭に年経し槐の梢」に現れるとか何とか云ふのだつた。 「石の枕」は一つ家の婆さんが石の枕に旅人を寝かせ、路用の金を奪ふ為に上から綱に吊つた大石を落して旅人の命を奪つてゐる、そこへ美しい稚児が一人、一夜の宿りを求めに来る。 婆さんはこの稚児も石の枕に寝かせ、やはり殺して金をとらうとする。 すると婆さんの真名娘が私かにこの稚児に想ひを寄せ、稚児の身代りになつて死んでしまふ、それから稚児は観世音菩薩と現れ、婆さんに因果応報を教へる、この婆さんの身を投げて死んだ池は未だに浅草寺の境内に「姥の池」となつて残つてゐる、―― 僕は少時国芳の浮世絵にこの話の書いたのを見てゐたから、「吉原八景」だの「黒髪」だのよりも「石の枕」に興味を感じてゐた。 それからその又国芳の浮世絵は観世音菩薩の衣紋などに西洋画風の描法を応用してゐたのも覚えてゐる。 僕はその後槐の若木を見、そのどこか図案的な枝葉を如何にも観世音菩薩の出現などにふさはしいと思つたものである。 が、四五年前に北京に遊び、のべつに槐ばかり見ることになつたら、いつか詩趣とも云ふべきものを感じないやうになつてしまつた。 高志の大蛇を退治した素戔嗚は、櫛名田姫を娶ると同時に、足名椎が治めてゐた部落の長となる事になつた。 足名椎は彼等夫婦の為に、出雲の須賀へ八広殿を建てた。 風の声も浪の水沫も、或は夜空の星の光も今は再彼を誘つて、広漠とした太古の天地に、さまよはせる事は出来なくなつた。 既に父とならうとしてゐた彼は、この宮の太い棟木の下に、―― 赤と白とに狩の図を描いた、彼の部屋の四壁の内に、高天原の国が与へなかつた炉辺の幸福を見出したのであつた。 彼等は一しよに食事をしたり、未来の計画を話し合つたりした。 時々は宮のまはりにある、柏の林に歩みを運んで、その小さな花房の地に落ちたのを踏みながら、夢のやうな小鳥の啼く声に、耳を傾ける事もあつた。 声にも、身ぶりにも、眼の中にも、昔のやうな荒々しさは、二度と影さえも現さなかつた。 しかし稀に夢の中では、暗黒に蠢く怪物や、見えない手の揮ふ剣の光が、もう一度彼を殺伐な争闘の心につれて行つた。 が、何時も眼がさめると、彼はすぐ妻の事や部落の事を思ひ出す程、綺麗にその夢を忘れてゐた。 彼はその生れた男の子に、八島士奴美と云ふ名を与へた。 八島士奴美は彼よりも、女親の櫛名田姫に似た、気立ての美しい男であつた。 その間に彼は何人かの妻を娶つて、更に多くの子の父になつた。 それらの子は皆人となると、彼の命ずる儘に兵士を率ゐて、国々の部落を従へに行つた。 彼の名は子孫の殖えると共に、次第に遠くまで伝はつて行つた。 それらの貢を運ぶ舟は、絹や毛革や玉と共に、須賀の宮を仰ぎに来る国々の民をも乗せてゐた。 或日彼はさう云ふ民の中に、高天原の国から来た三人の若者を発見した。 彼等は皆当年の彼のやうな、筋骨の逞しい男であつた。 彼は彼等を宮に召して、手づから酒を飲ませてやつた。 それは今まで何人も、この勇猛な部落の長から、受けたことのない待遇であつた。 若者たちも始めの内は、彼の意嚮を量りかねて、多少の畏怖を抱いたらしかつた。 しかし酒がまはり出すと、彼の所望する通り、甕の底を打ち鳴らして、高天原の国の歌を唱つた。 「これはおれが高志の大蛇を斬つた時、その尾の中にあつた剣だ。 これをお前たちに預けるから、お前たちの故郷の女君に渡してくれい。」と云ひつけた。 若者たちはその剣を捧げて、彼の前に跪きながら、死んでも彼の命令に背かないと云ふ誓ひを立てた。 彼はそれから独り海辺へ行つて、彼等を乗せた舟の帆が、だんだん荒い波の向うに、遠くなつて行くのを見送つた。 帆は霧を破る日の光を受けて、丁度中空を行くやうに、たつた一つ閃いてゐた。 八島士奴美がおとなしい若者になつた時、櫛名田姫はふと病に罹つて、一月ばかりの後に命を殞した。 何人か妻があつたとは云へ、彼が彼自身のやうに愛してゐたのは、やはり彼女一人だけであつた。 だから彼は喪屋が出来ると、まだ美しい妻の死骸の前に、七日七晩坐つた儘、黙然と涙を流してゐた。 殊に幼い須世理姫が、しつきりなく歎き悲しむ声には、宮の外を通るものさえ、涙を落さずにはゐられなかつた。 この八島士奴美のたつた一人の妹は、兄が母に似てゐる通り、情熱の烈しい父に似た、男まさりの娘であつた。 やがて櫛名田姫の亡き骸は、生前彼女が用ひてゐた、玉や鏡や衣服と共に、須賀の宮から遠くない、小山の腹に埋められた。 が、素戔嗚はその上に、黄泉路の彼女を慰むべく、今まで妻に仕へてゐた十一人の女たちをも、埋め殺す事を忘れなかつた。 女たちは皆、装ひを凝らして、いそいそと死に急いで行つた。 するとそれを見た部落の老人たちは、いづれも眉をひそめながら、私に素戔嗚の暴挙を非難し合つた。 第一の妃が御なくなりなすつたのに、十一人しか黄泉の御供を御させ申さないと云ふ法があらうか? 葬りが全く終つた後、素戔嗚は急に思ひ立つて、八島士奴美に世を譲つた。 さうして彼自身は須世理姫と共に、遠い海の向うにある根堅洲国へ移り住んだ。 其処は彼が流浪中に、最も風土の美しいのを愛した、四面海の無人島であつた。 彼はこの島の南の小山に、茅葺の宮を営ませて、安らかな余生を送る事にした。 が、老年もまだ彼の力を奪ひ去る事が出来ない事は、時々彼の眼に去来する、精悍な光にも明かであつた。 いや、彼の顔はどうかすると、須賀の宮にゐた時より、更に野蛮な精彩を加へる事もないではなかつた。 彼は彼自身気づかなかつたが、この島に移り住んで以来、今まで彼の中に眠つてゐた野性が、何時か又眼をさまして来たのであつた。 蜂は勿論蜜を取る為、蛇は征矢の鏃に塗るべき、劇烈な毒を得る為であつた。 それから狩や漁の暇に、彼は彼の学んだ武芸や魔術を、一々須世理姫に教へ聞かせた。 須世理姫はかう云ふ生活の中に、だんだん男にも負けないやうな、雄々しい女になつて行つた。 しかし姿だけは依然として、櫛名田姫の面影を止めた、気高い美しさを失はなかつた。 宮のまはりにある椋の林は、何度となく芽を吹いて、何度となく又葉を落した。 其度に彼は髯だらけの顔に、愈皺の数を加へ、須世理姫は始終微笑んだ瞳に、益涼しさを加へて行つた。 或日素戔嗚が宮の前の、椋の木の下に坐りながら、大きな牡鹿の皮を剥いでゐると、海へ水を浴びに行つた須世理姫が、見慣れない若者と一しよに帰つて来た。 「御父様、この方に唯今御目にかかりましたから、此処まで御伴して参りました。」 須世理姫はかう云つて、やつと身を起した素戔嗚に、遠い国の若者を引き合はせた。 それが赤や青の頸珠を飾つて、太い高麗剣を佩いてゐる容子は、殆ど年少時代そのものが目前に現れたやうに見えた。 「御前の名は何と云ふ?」と、無躾な問を抛りつけた。 「食物や水が欲しかつたものですから、わざわざ舟をつけたのです。」 若者は悪びれた顔もせずに、一々はつきり返事をした。 二人が宮の中にはいつた時、素戔嗚は又椋の木かげに、器用に刀子を動かしながら、牡鹿の皮を剥ぎ始めた。 それは丁度晴天の海に似た、今までの静な生活の空に、嵐を先触れる雲の影が、動かうとするやうな心もちであつた。 鹿の皮を剥ぎ終つた彼が、宮の中へ帰つたのは、もう薄暗い時分であつた。 彼は広い階段を上ると、何時もの通り何気なく、大広間の戸口に垂れてゐる、白い帷を掲げて見た。 すると須世理姫と葦原醜男とが、まるで塒を荒らされた、二羽の睦じい小鳥のやうに、倉皇と菅畳から身を起した。 彼は苦い顔をしながら、のそのそ部屋の中へ歩を運んだが、やがて葦原醜男の顔へ、じろりと忌々しさうな視線をやると、 「お前は今夜此処へ泊つて、舟旅の疲れを休めて行くが好い。」と、半ば命令的な言葉をかけた。 葦原醜男は彼の言葉に、嬉しさうな会釈を返したが、それでもまだ何となく、間の悪げな気色は隠せなかつた。 「ではすぐにあちらへ行つて、遠慮なく横になつてくれい。 素戔嗚は娘を振り返ると、突然嘲るやうな声を出した。 父親は彼女がためらふのを見ると、荒熊のやうに唸り出した。 葦原醜男はもう一度、叮嚀に素戔嗚へ礼をすると、須世理姫の後を追つて、いそいそと大広間を出て行つた。 大広間の外へ出ると、須世理姫は肩にかけた領巾を取つて、葦原醜男の手に渡しながら囁くやうにかう云つた。 「蜂の室へ御はひりになつたら、これを三遍御振りなさいまし。 葦原醜男は何の事だか、相手の言葉がのみこめなかつた。 が、問ひ返す暇もなく、須世理姫は小さな扉を開いて、室の中へ彼を案内した。 葦原醜男は其処へはひると、手さぐりに彼女を捉へようとした。 が、手は僅に彼女の髪へ、指の先が触れたばかりであつた。 さうしてその次の瞬間には、慌しく扉を閉ぢる音が聞えた。 彼は領巾をたまさぐりながら、茫然と室の中に佇んでゐた。 すると眼が慣れたせゐか、だんだんあたりが思つたより、薄明く見えるやうになつた。 その薄明りに透して見ると、室の天井からは幾つとなく、大樽程の蜂の巣が下つてゐた。 しかもその又巣のまはりには、彼の腰に下げた高麗剣より、更に一かさ大きい蜂が、何匹も悠々と這ひまはつてゐた。 が、いくら推しても引いても、扉は開きさうな気色さへなかつた。 のみならずその時一匹の蜂は、斜に床の上へ舞ひ下ると、鈍い翅音を起しながら、次第に彼の方へ這ひ寄つて来た。 余りの事に度を失つた彼は、まだ蜂が足もとまで来ない内に、倉皇とそれを踏み殺さうとした。 しかし蜂は其途端に、一層翅音を高くしながら、彼の頭上へ舞上つた。 と同時に多くの蜂も、人のけはひに腹を立てたと見えて、まるで風を迎へた火矢のやうに、ばらばらと彼の上へ落ちかかつて来た。…… 須世理姫は広間へ帰つて来ると、壁に差した松明へ火をともした。 火の光は赤々と、菅畳の上に寝ころんだ素戔嗚の姿を照らし出した。 素戔嗚は眼を娘の顔に注ぎながら、また忌々しさうな声を出した。 「私は御父様の御云ひつけに背いた事はございません。」 須世理姫は父親の眼を避けて、広間の隅へ席を占めた。 では勿論これからも、おれの云ひつけは背くまいな?」 素戔嗚のかう云ふ言葉の中には、皮肉な調子が交つてゐた。 須世理姫は頸珠を気にしながら、背くとも背かないとも答へなかつた。 素戔嗚の娘は素戔嗚の目がねにかなつた夫を持たねばならぬ。 夜が既に更けた後、素戔嗚は鼾をかいてゐたが、須世理姫は独り悄然と、広間の窓に倚りかかりながら、赤い月が音もなく海に沈むのを見守つてゐた。 翌朝素戔嗚は何時もの通り、岩の多い海へ泳ぎに行つた。 すると其処へ葦原醜男が、意外にも彼の後を追つて、勢よく宮の方から下つて来た。 彼は素戔嗚の姿を見ると、愉快さうな微笑を浮べながら、 素戔嗚は岩角に佇んだ儘、迂散らしく相手の顔を見やつた。 実際この元気の好い若者がどうして室の蜂に殺されなかつたか? 葦原醜男はかう答へながら、足もとに落ちてゐた岩のかけを拾つて、力一ぱい海の上へ抛り投げた。 さうして素戔嗚が投げたにしても、届くまいと思はれる程、遠い沖の波の中に落ちた。 素戔嗚は唇を噛みながら、ぢつとその岩の行く方を見つめてゐた。 二人が海から帰つて来て、朝餉の膳に向つた時、素戔嗚は苦い顔をして、鹿の片腿を噛りながら、彼と向ひ合つた葦原醜男に、 「この宮が気に入つたら、何日でも泊つて行くが好い。」と云つた。 傍にゐた須世理姫は、この怪しい親切を辞せしむべく、そつと葦原醜男の方へ、意味ありげな瞬きを送つて見せた。 が、彼は丁度その時、盤の魚に箸をつけてゐたせゐか、彼女の相図には気もつかずに、 ではもう二三日、御厄介になりませうか。」と、嬉しさうな返事をしてしまつた。 しかし幸ひ午後になると、素戔嗚が昼寝をしてゐる暇に、二人の恋人は宮を抜け出て彼の独木舟が繋いである、寂しい海辺の岩の間に、慌しい幸福を偸む事が出来た。 須世理姫は香りの好い海草の上に横はりながら、暫くは唯夢のやうに、葦原醜男の顔を仰いでゐたが、やがて彼の腕を引き離すと、 「今夜も此処に御泊りなすつては、あなたの御命が危うございます。 私の事なぞは御かまひなく、一刻も早く御逃げ下さいまし。」と、心配さうに促し立てた。 しかし葦原醜男は笑ひながら、子供のやうに首を振つて見せた。 「あなたが此処にゐる間は、殺されても此処を去らない心算です。」 「それでもあなたの御体に、万一の事でもあつた日には――」 「ではすぐにも私と一しよに、この島を逃げてくれますか?」 「さもなければ私は何時までも、此処にゐる覚悟をきめてゐます。」 葦原醜男はもう一度、無理に彼女を抱きよせようとした。 が、彼女は彼を突きのけると急に海草の上から身を起して、 「御父様が呼んでゐます。」と、気づかはしさうな声を出した。 さうして咄嗟に岩の間を、若い鹿より身軽さうに、宮の方へ上つて行つた。 後に残つた葦原醜男は、まだ微笑を浮べながら、須世理姫の姿を見送つた。 と、彼女の寝てゐた所には、昨夕彼が貰つたやうな、領巾がもう一枚落ちてゐた。 その夜素戔嗚は人手を借らず、蜂の室と向ひ合つた、もう一つの室の中に、葦原醜男を抛りこんだ。 が、唯一つ昨日と違つて、その暗黒の其処此処には、まるで地の底に埋もれた無数の宝石の光のやうに、点々ときらめく物があつた。 葦原醜男は心の中に、この光物の正体を怪しみながら、暫くは眼が暗黒に慣れる時の来るのを待つてゐた。 すると間もなく彼の周囲が、次第にうす明くなるにつれて、その星のやうな光物が、殆ど馬さへ呑みさうな、凄じい大蛇の眼に変つた。 しかも大蛇は何匹となく、或は梁に巻きついたり、或は桷を伝はつたり、或は又床にとぐろを巻いたり、室一ぱいに気味悪く、蠢き合つてゐるのであつた。 が、たとひ剣を抜いた所が、彼が一匹斬る内には、もう一匹が造作なく彼を巻き殺すのに違ひなかつた。 いや、現に一匹の大蛇が、彼の顔を下から覗きこむと、それより更に大きい一匹は、梁に尾をからんだ儘、ずるりと宙に吊り下つて、丁度彼の肩の上へ、鎌首をさしのべてゐるのであつた。 のみならずその後には、あの白髪の素戔嗚が、皮肉な微笑を浮べながら、ぢつと扉の向うの容子に耳を傾けてゐるらしかつた。 葦原醜男は懸命に剣の柄を握りながら、暫時は眼ばかり動かせてゐた。 その内に彼の足もとの大蛇は、徐に山のやうなとぐろを解くと、一際高く鎌首を挙げて、今にも猛然と彼の喉へ噛みつきさうなけはひを示し出した。 この時彼の心の中には、突然光がさしたやうな気がした。 彼は昨夜室の蜂が、彼のまはりへ群がつて来た時、須世理姫に貰つた領巾を振つて、危い命を救ふ事が出来た。 してみればさつき須世理姫が、海辺の岩の上に残して行つた領巾にも、同じやうな奇特があるかも知れぬ。―― さう思つた彼は咄嗟の間に、拾つて置いた領巾を取出して、三度ひらひらと振り廻して見た。…… 翌朝素戔嗚は又石の多い海のほとりで、愈元気の好ささうな葦原醜男と顔を合せた。 素戔嗚は顔中に不快さうな色を漲らせて、じろりと相手を睨みつけたが、どう思つたかもう一度、何時もの冷静な調子に返つて、 ではこれからおれと一しよに、一泳ぎ水を浴びるが好い。」と隔意なささうな声をかけた。 二人はすぐに裸になつて、波の荒い明け方の海を、沖へ沖へと泳ぎ出した。 素戔嗚は高天原の国にゐた時から、並ぶもののない泳ぎ手であつた。 が、葦原醜男は彼にも増して、殆ど海豚にも劣らない程、自由自在に泳ぐ事が出来た。 だから二人のみづらの頭は、黒白二羽の鴎のやうに、岩の屏風を立てた岸から、見る見る内に隔たつてしまつた。 海は絶えず膨れ上つて、雪のやうな波の水沫を二人のまはりへ漲らせた。 素戔嗚はその水沫の中に、時々葦原醜男の方へ意地悪さうな視線を投げた。 が、相手は悠々とどんなに高い波が来ても、乗り越え乗り越え進んでゐた。 それが暫く続く内に、葦原醜男は少しづつ素戔嗚より先へ進み出した。 素戔嗚は私に牙を噛んで、一尺でも彼に遅れまいとした。 しかし相手は大きな波が、二三度泡を撒き散らす間に、苦もなく素戔嗚を抜いてしまつた。 さうして重なる波の向うに、何時の間にか姿を隠してしまつた。 「今度こそあの男を海に沈めて、邪魔を払はうと思つたのだが、――」 さう思ふと素戔嗚は、愈彼を殺さない内は、腹が癒えないやうな心もちになつた。 あんな悪賢い浮浪人は、鰐にでも食はしてしまふが好い。」 しかし程なく葦原醜男は、彼自身がまるで鰐のやうに、楽々とこちらへ返つて来た。 彼は波に揺られながら、日頃に変らない微笑を浮べて、遙に素戔嗚へ声をかけた。 素戔嗚は如何に剛情を張つても、この上泳がうと云ふ気にはなれなかつた。…… その日の午後素戔嗚は、更に葦原醜男をつれて、島の西に開いた荒野へ、狐や兎を狩りに行つた。 二人は荒野のはづれにある、小高い大岩の上へ登つた。 荒野は目の及ぶ限り、二人の後から吹下す風に、枯草の波を靡かせてゐた。 素戔嗚は少時黙然と、さう云ふ景色を見守つた後、弓に矢を番へながら、葦原醜男を振り返つた。 「風があつて都合が悪いが、兎に角どちらの矢が遠く行くか、お前と弓勢を比べて見よう。」 葦原醜男は弓矢を執つても、自信のあるらしい容子であつた。 二人は肩を並べながら、力一ぱい弓を引き絞つて、さうして同時に切つて離した。 矢は波立つた荒野の上へ、一文字に遠く飛んで行つた。 が、どちらが先へ行つたともなく、唯一度日の光にきらりと矢羽根が光つた儘、忽ち風下の空に紛れて、二本とも一しよに消えてしまつた。 素戔嗚は眉をひそめながら、苛立たしさうに頭を振つた。 それより面倒でも一走り、おれの矢を探しに行つてくれい。 あれは高天原の国から来た、おれの大事な丹塗の矢だ。」 葦原醜男は云ひつかつた通り、風に鳴る荒野へ飛びこんで行つた。 すると素戔嗚はその後姿が、高い枯草に隠れるや否や、腰に下げた袋の中から、手早く火打鎌と石とを出して、岩の下の枯茨へ火を放つた。 と同時にその煙の下から、茨や小篠の焼ける音が、けたたましく耳を弾き出した。 素戔嗚は高い岩の上に、ぢつと弓杖をつきながら、兇猛な微笑を浮べてゐた。 鳥は苦しさうに鳴きながら、何羽も赤黒い空へ舞ひ上つた。 が、すぐに又煙に巻かれて、紛々と火の中へ落ちて行つた。 それがまるで遠くからは、嵐に振はれた無数の木の実が、しつきりなくこぼれ飛ぶやうに見えた。 素戔嗚はかう心の中に、もう一度満足の吐息を洩らすと、何故か云ひやうのない寂しさがかすかに湧いて来るやうな心もちがした。…… その日の薄暮、勝ち誇つた彼は腕を組んで、宮の門に佇みながら、まだ煙の迷つてゐる荒野の空を眺めてゐた。 すると其処へ須世理姫が、夕餉の仕度の出来たことを気がなささうに報じに来た。 彼女は近親の喪を弔ふやうに、何時の間にかまつ白な裳を夕明りの中に引きずつてゐた。 素戔嗚はその姿を見ると、急に彼女の悲しさを踏みにじりたいやうな気がし出した。 須世理姫は眼を伏せてゐたが、思ひの外はつきりと、父親の言葉を遮つた。 よしんば御父様が御歿くなりなすつても、これ程悲しくございますまい。」 が、それ以上彼女を懲らす事は、どう云ふものか出来なかつた。 彼は須世理姫に背を向けて、荒々しく門の内へはひつて行つた。 さうして宮の階段を上りながら、忌々しさうに舌を打つた。 「何時ものおれなら口も利かずに、打ちのめしてやる所なのだが……」 須世理姫は彼の去つた後も、暫くは、暗く火照つた空へ、涙ぐんだ眼を挙げてゐたが、やがて頭を垂れながら、悄然と宮へ帰つて行つた。 その夜素戔嗚は何時までも、眠に就く事が出来なかつた。 それは葦原醜男を殺した事が、何となく彼の心の底へ毒をさしたやうな気がするからであつた。 「おれは今までにもあの男を何度殺さうと思つたかわからない。 しかしまだ今夜のやうに、妙な気のした事はないのだが……」 彼はこんな事を考へながら、青い匂のする菅畳の上に、幾度となく寝返りを打つた。 眠はそれでも彼の上へ、容易に下らうとはしなかつた。 その間に寂しい暁は早くも暗い海の向うに、うすら寒い色を拡げ出した。 翌朝もう朝日の光が、海一ぱいに当つてゐる頃であつた。 まだ寝の足りない素戔嗚は眩しさうに眉をひそめながら、のそのそ宮の戸口へ出かけて来た。 すると其処の階段の上には、驚くまい事か、葦原醜男が、須世理姫と一しよに腰をかけて、何事か嬉しさうに話し合つてゐた。 二人も素戔嗚の姿を見ると、吃驚したらしい容子であつた。 が、すぐに葦原醜男は不相変快活に身を起して、一筋の丹塗矢をさし出しながら、 しかしその中にも何となく、無事な若者の顔を見るのが、悦ばしいやうな心もちもした。 あの火事が燃えて来たのは、丁度私がこの丹塗矢を拾ひ上げた時だつたのです。 私は煙の中をくぐりながら、兎も角火のつかない方へ、一生懸命に逃げて行きましたが、いくらあせつて見た所が、到底西風に煽られる火よりも早くは走られません。……」 葦原醜男はちよいと言葉を切つて、彼の話に聞き入つてゐる親子の顔へ微笑を送つた。 「そこでもう今度は焼け死ぬに違ひないと、覚悟をきめた時でした。 走つてゐる内にどうしたはずみか、急に足もとの土が崩れると、大きな穴の中へ落ちこんだのです。 穴の中は最初まつ暗でしたが、縁の枯草が燃えるやうになると、忽ち底まで明くなりました。 見ると私のまはりには、何百匹とも知れない野鼠が、土の色も見えない程ひしめき合つてゐるのです……。」 須世理姫の眼の中には、涙と笑とが刹那の間、同時に動いたやうであつた。 この丹塗矢の羽根のないのは、その時みんな食はれたのです。 が、仕合せと火事は何事もなく、穴の外を焼き通つてしまひました。」 素戔嗚はこの話を聞いてゐる内に、だんだん又この幸運な若者を憎む心が動いて来た。 のみならず、一度殺さうと思つた以上、どうしてもその目的を遂げない中は、昔から挫折した覚えのない意力の誇りが満足しなかつた。 が、運と云ふものは、何時風向きが変るかわからないものだ。…… 兎に角命が助つたのなら、おれと一しよにこちらへ来て、頭の虱をとつてくれい。」 葦原醜男と須世理姫とは、仕方なく彼の後について、朝日の光のさしこんでゐる、大広間の白い帷をくぐつた。 素戔嗚は広間のまん中に、不機嫌らしい大あぐらを組むと、みづらに結んだ髪を解いて、無造作に床の上に垂らした。 素枯れた蘆の色をした髪は、殆ど川のやうに長かつた。 かう云ふ彼の言葉を聞き流しながら、葦原醜男はその白髪を分けて、見つけ次第虱を捻らうとした。 が、髪の根に蠢いてゐるのは、小さな虱と思ひの外、毒々しい、銅色の、大きな百足ばかりであつた。 すると側にゐた須世理姫が、何時の間に忍ばせて持つて来たか、一握りの椋の実と赤土とをそつと彼の手へ渡した。 彼はそこで歯を鳴らして、その椋の実を噛みつぶしながら、赤土も一しよに口へ含んで、さも百足をとつてゐるらしく、床の上へ吐き出し始めた。 その内に素戔嗚は、昨夕寝なかつた疲れが出て、我知らずにうとうと眠にはひつた。 高天原の国を逐はれた素戔嗚は、爪を剥がれた足に岩を踏んで、嶮しい山路を登つてゐた。 岩むらの羊歯、鴉の声、それから冷たい鋼色の空、―― 彼の眼に入る限りの風物は、悉く荒涼それ自身であつた。 嫉妬心の深い、陰険な、男らしくもない彼等にある。」 彼はかう憤りながら、暫く苦しい歩みを続けて行つた。 と、路を遮つた、亀の背のやうな大岩の上に、六つの鈴のついてゐる、白銅鏡が一面のせてあつた。 彼はその岩の前に足をとめると、何気なく鏡へ眼を落した。 鏡は冴え渡つた面の上に、ありありと年若な顔を映した。 が、それは彼の顔ではなく、彼が何度も殺さうとした、葦原醜男の顔であつた。…… 広間には唯朝日の光が、うららかにさしてゐるばかりで、葦原醜男も須世理姫も、どうしたか姿が見えなかつた。 のみならずふと気がついて見ると、彼の長い髪は三つに分けて、天井の桷に括りつけてあつた。 咄嗟に一切悟つた彼は、稜威の雄たけびを発しながら、力一ぱい頭を振つた。 すると忽ち宮の屋根には、地震よりも凄まじい響が起つた。 それは髪を括りつけた、三本の桷が三本とも一時にひしげ飛んだ響であつた。 しかし素戔嗚は耳にもかけず、まづ右手をさし伸べて、太い天の鹿児弓を取つた。 それから左手をさし伸べて、天の羽羽矢の靫を取つた。 最後に両足へ力を入れて、うんと一息に立ち上ると、三本の桷を引きずりながら、雲の峰の崩れるやうに、傲然と宮の外へ揺るぎ出した。 それは梢に巣食つた栗鼠も、ばらばらと大地に落ちる程であつた。 彼は其処に立ちはだかると、眉の上に手をやりながら、広い海を眺め渡した。 海は高い浪の向うに、日輪さへかすかに蒼ませてゐた。 その又浪の重なつた中には、見覚えのある独木舟が一艘、沖へ沖へと出る所だつた。 素戔嗚は弓杖をついたなり、ぢつとこの舟へ眼を注いだ。 舟は彼を嘲るやうに、小さい筵帆を光らせながら、軽々と浪を乗り越えて行つた。 のみならず舳には葦原醜男、艫には須世理姫の乗つてゐる容子も、手にとるやうに見る事が出来た。 素戔嗚は天の鹿児弓に、しづしづと天の羽羽矢を番へた。 弓は見る見る引き絞られ、鏃は目の下の独木舟に向つた。 が、矢は一文字に保たれた儘、容易に弦を離れなかつた。 その内に何時か彼の眼には、微笑に似たものが浮び出した。 しかし其処には同時に又涙に似たものもないではなかつた。 さも堪へ兼ねたやうに、瀑よりも大きい笑ひ声を放つた。 素戔嗚は高い切り岸の上から、遙かに二人をさし招いだ。 素戔嗚はちよいとためらつた後、底力のある声に祝ぎ続けた。 この時わが素戔嗚は、大日貴と争つた時より、高天原の国を逐はれた時より、高志の大蛇を斬つた時より、ずつと天上の神々に近い、悠々たる威厳に充ち満ちてゐた。 あんなに金鼓をたたきながら、何だか大声に喚いてゐる。…… 幸ひ近くならぬ内に、こちらの路へ切れてしまひませう。 北の方や御子様たちは、さぞかし御歎きなすつたらう。 捨てられた妻子の身になれば、弥陀仏でも女でも、男を取つたものには怨みがありますわね。 山狩や川狩をするばかりか、乞食なぞも遠矢にかけましたつけ。 もう二三日早かつたら、胴中に矢の穴が明いたかも知れぬ。 油を商ふ主 それでも天狗はどうかすると、仏に化けると云ふぢやないか? 栗胡桃などを商ふ主 何、仏に化けるものは、天狗ばかりに限つた事ぢやない。 手に足駄を穿ける乞食 どれ、この暇に頸の袋へ、栗でも一ぱい盗んで行かうか。 若き尼 あれあれ、あの金鼓の音に驚いたのか、鶏が皆屋根へ上りました。 皮子を負へる下人 もうこの橋を越えさへすれば、すぐに町でございます。 その伴 おや、側見をしてゐる内に、何時か餌をとられてしまつた。 身共は阿弥陀仏を見奉るまでは、何処までも西へ参る所存ぢや。 では御坊は阿弥陀仏が、今にもありありと目のあたりに、拝ませられると御思ひかな? 五位の入道 思はねば何も大声に、御仏の名なぞを呼びは致さぬ。 唯一昨日狩の帰りに、或講師の説法を聴聞したと御思ひなされい。 その講師の申されるのを聞けば、どのやうな破戒の罪人でも、阿弥陀仏に知遇し奉れば、浄土に往かれると申す事ぢや。 身共はその時体中の血が、一度に燃え立つたかと思ふ程、急に阿弥陀仏が恋しうなつた。…………… 五位の入道 それから刀を引き抜くと、講師の胸さきへつきつけながら、阿弥陀仏の在処を責め問うたよ。 五位の入道 苦しさうに眼を吊り上げた儘、西、西と申された。―― 途中に暇を費してゐては、阿弥陀仏の御前も畏れ多い。 阿弥陀仏の生まれる国は、あの浪の向ふにあるかも知れぬ。 もし身共が鵜の鳥ならば、すぐに其処へ渡るのぢやが、…… しかしあの講師も阿弥陀仏には、広大無辺の慈悲があると云うた。 して見れば身共が大声に、御仏の名前を呼び続けたら、答位はなされぬ事もあるまい。 老いたる法師 あの物狂ひに出合つてから、もう今日は七日目ぢや。 何でも生身の阿弥陀仏に、御眼にかかるなぞと云うてゐたが。 おお、この枯木の梢の上に、たつた一人登つてゐるのは、紛れもない法師ぢや。 餌袋も持たぬ所を見れば、可哀さうに餓死んだと見える。 老いたる法師 この儘梢に捨てて置いては、鴉の餌食にならうも知れぬ。 この法師の屍骸の口には、まつ白な蓮華が開いてゐるぞ。 さう云へば此処へ来た時から、異香も漂うてはゐた容子ぢや。 では物狂ひと思うたのは、尊い上人でゐらせられたのか。 それとも知らずに、御無礼を申したのは、反へす反へすもわしの落度ぢや。 覚え書を覚え書のまま発表するのは時間の余裕に乏しい為である。 しかし覚え書のまま発表することに多少は意味のない訣でもない。 芸は錺屋の槌の音と「ナアル」(成程の略)といふ言葉とを真似るだけなり。 両国より人形町へ出づる間にいつか孫娘と離れ離れになる。 その側に面せるに顔、焼くるかと思ふほど熱かりし由。 又何か落つると思へば、電線を被へる鉛管の火熱の為に熔け落つるなり。 この辺より一層人に押され、度たび鸚鵡の籠も潰れずやと思ふ。 丸の内に出づれば日比谷の空に火事の煙の揚がるを見る。 芝の上に坐りしかど、孫娘のことが気にかかりてならず。 大声に孫娘の名を呼びつつ、避難民の間を探しまはる。 「人形町なり両国なりへ引つ返さうといふ気は出ませんでした」といふ。 鸚鵡の籠を枕べに置きつつ、人に盗まれはせぬかと思ふ。 桜田より半蔵門に出づるに、新宿も亦焼けたりと聞き、谷中の檀那寺を手頼らばやと思ふ。 「五郎を殺すのは厭ですが、おちたら食はうと思ひました」といふ。 九段上へ出づる途中、役所の小使らしきものにやつと玄米一合余りを貰ひ、生のまま噛み砕きて食す。 又つらつら考へれば、鸚鵡の籠を提げたるまま、檀那寺の世話にはなられぬやうなり。 即ち鸚鵡に玄米の残りを食はせ、九段上の濠端よりこれを放つ。 意気な平生のお師匠さんとは思はれぬほど憔悴し居たり。 家を出て椎の若葉におおわれた、黒塀の多い横網の小路をぬけると、すぐあの幅の広い川筋の見渡される、百本杭の河岸へ出るのである。 幼い時から、中学を卒業するまで、自分はほとんど毎日のように、あの川を見た。 水と船と橋と砂洲と、水の上に生まれて水の上に暮しているあわただしい人々の生活とを見た。 真夏の日の午すぎ、やけた砂を踏みながら、水泳を習いに行く通りすがりに、嗅ぐともなく嗅いだ河の水のにおいも、今では年とともに、親しく思い出されるような気がする。 あのどちらかと言えば、泥濁りのした大川のなま暖かい水に、限りないゆかしさを感じるのか。 自分ながらも、少しく、その説明に苦しまずにはいられない。 ただ、自分は、昔からあの水を見るごとに、なんとなく、涙を落したいような、言いがたい慰安と寂寥とを感じた。 まったく、自分の住んでいる世界から遠ざかって、なつかしい思慕と追憶との国にはいるような心もちがした。 この心もちのために、この慰安と寂寥とを味わいうるがために、自分は何よりも大川の水を愛するのである。 銀灰色の靄と青い油のような川の水と、吐息のような、おぼつかない汽笛の音と、石炭船の鳶色の三角帆と、―― すべてやみがたい哀愁をよび起すこれらの川のながめは、いかに自分の幼い心を、その岸に立つ楊柳の葉のごとく、おののかせたことであろう。 この三年間、自分は山の手の郊外に、雑木林のかげになっている書斎で、平静な読書三昧にふけっていたが、それでもなお、月に二、三度は、あの大川の水をながめにゆくことを忘れなかった。 動くともなく動き、流るるともなく流れる大川の水の色は、静寂な書斎の空気が休みなく与える刺戟と緊張とに、せつないほどあわただしく、動いている自分の心をも、ちょうど、長旅に出た巡礼が、ようやくまた故郷の土を踏んだ時のような、さびしい、自由な、なつかしさに、 大川の水があって、はじめて自分はふたたび、純なる本来の感情に生きることができるのである。 自分は幾度となく、青い水に臨んだアカシアが、初夏のやわらかな風にふかれて、ほろほろと白い花を落すのを見た。 自分は幾度となく、霧の多い十一月の夜に、暗い水の空を寒むそうに鳴く、千鳥の声を聞いた。 自分の見、自分の聞くすべてのものは、ことごとく、大川に対する自分の愛を新たにする。 ちょうど、夏川の水から生まれる黒蜻蛉の羽のような、おののきやすい少年の心は、そのたびに新たな驚異の眸を見はらずにはいられないのである。 ことに夜網の船の舷に倚って、音もなく流れる、黒い川をみつめながら、夜と水との中に漂う「死」の呼吸を感じた時、いかに自分は、たよりのないさびしさに迫られたことであろう。 大川の流れを見るごとに、自分は、あの僧院の鐘の音と、鵠の声とに暮れて行くイタリアの水の都―― バルコンにさく薔薇も百合も、水底に沈んだような月の光に青ざめて、黒い柩に似たゴンドラが、その中を橋から橋へ、夢のように漕いでゆく、ヴェネチアの風物に、あふるるばかりの熱情を注いだダンヌンチョの心もちを、いまさらのように慕わしく、 この大川の水に撫愛される沿岸の町々は、皆自分にとって、忘れがたい、なつかしい町である。 吾妻橋から川下ならば、駒形、並木、蔵前、代地、柳橋、あるいは多田の薬師前、うめ堀、横網の川岸―― これらの町々を通る人の耳には、日をうけた土蔵の白壁と白壁との間から、格子戸づくりの薄暗い家と家との間から、あるいは銀茶色の芽をふいた、柳とアカシアとの並樹の間から、磨いたガラス板のように、青く光る大川の水は、その、冷やかな潮のにおいとともに、 昔ながら南へ流れる、なつかしいひびきをつたえてくれるだろう。 ああ、その水の声のなつかしさ、つぶやくように、すねるように、舌うつように、草の汁をしぼった青い水は、日も夜も同じように、両岸の石崖を洗ってゆく。 班女といい、業平という、武蔵野の昔は知らず、遠くは多くの江戸浄瑠璃作者、近くは河竹黙阿弥翁が、浅草寺の鐘の音とともに、その殺し場のシュチンムングを、最も力強く表わすために、しばしば、その世話物の中に用いたものは、実にこの大川のさびしい水の響きであった。 十六夜清心が身をなげた時にも、源之丞が鳥追姿のおこよを見そめた時にも、あるいはまた、鋳掛屋松五郎が蝙蝠の飛びかう夏の夕ぐれに、天秤をにないながら両国の橋を通った時にも、大川は今のごとく、船宿の桟橋に、岸の青蘆に、 猪牙船の船腹にものういささやきをくり返していたのである。 ことにこの水の音をなつかしく聞くことのできるのは、渡し船の中であろう。 自分の記憶に誤りがないならば、吾妻橋から新大橋までの間に、もとは五つの渡しがあった。 その中で、駒形の渡し、富士見の渡し、安宅の渡しの三つは、しだいに一つずつ、いつとなくすたれて、今ではただ一の橋から浜町へ渡る渡しと、御蔵橋から須賀町へ渡る渡しとの二つが、昔のままに残っている。 自分が子供の時に比べれば、河の流れも変わり、芦荻の茂った所々の砂洲も、跡かたなく埋められてしまったが、この二つの渡しだけは、同じような底の浅い舟に、同じような老人の船頭をのせて、岸の柳の葉のように青い河の水を、 自分はよく、なんの用もないのに、この渡し船に乗った。 水の動くのにつれて、揺籃のように軽く体をゆすられるここちよさ。 ことに時刻がおそければおそいほど、渡し船のさびしさとうれしさとがしみじみと身にしみる。―― 低い舷の外はすぐに緑色のなめらかな水で、青銅のような鈍い光のある、幅の広い川面は、遠い新大橋にさえぎられるまで、ただ一目に見渡される。 両岸の家々はもう、たそがれの鼠色に統一されて、その所々には障子にうつるともしびの光さえ黄色く靄の中に浮んでいる。 上げ潮につれて灰色の帆を半ば張った伝馬船が一艘、二艘とまれに川を上って来るが、どの船もひっそりと静まって、舵を執る人の有無さえもわからない。 自分はいつもこの静かな船の帆と、青く平らに流れる潮のにおいとに対して、なんということもなく、ホフマンスタアルのエアレエプニスという詩をよんだ時のような、言いようのないさびしさを感ずるとともに、自分の心の中にもまた、情緒の水のささやきが、 靄の底を流れる大川の水と同じ旋律をうたっているような気がせずにはいられないのである。 けれども、自分を魅するものはひとり大川の水の響きばかりではない。 自分にとっては、この川の水の光がほとんど、どこにも見いだしがたい、なめらかさと暖かさとを持っているように思われるのである。 海の水は、たとえば碧玉の色のようにあまりに重く緑を凝らしている。 といって潮の満干を全く感じない上流の川の水は、言わばエメラルドの色のように、あまりに軽く、余りに薄っぺらに光りすぎる。 ただ淡水と潮水とが交錯する平原の大河の水は、冷やかな青に、濁った黄の暖かみを交えて、どことなく人間化された親しさと、人間らしい意味において、ライフライクな、なつかしさがあるように思われる。 ことに大川は、赭ちゃけた粘土の多い関東平野を行きつくして、「東京」という大都会を静かに流れているだけに、その濁って、皺をよせて、気むずかしいユダヤの老爺のように、ぶつぶつ口小言を言う水の色が、いかにも落ついた、人なつかしい、 そうして、同じく市の中を流れるにしても、なお「海」という大きな神秘と、絶えず直接の交通を続けているためか、川と川とをつなぐ掘割の水のように暗くない。 しかもその動いてゆく先は、無始無終にわたる「永遠」の不可思議だという気がする。 吾妻橋、厩橋、両国橋の間、香油のような青い水が、大きな橋台の花崗石とれんがとをひたしてゆくうれしさは言うまでもない。 岸に近く、船宿の白い行灯をうつし、銀の葉うらを翻す柳をうつし、また水門にせかれては三味線の音のぬるむ昼すぎを、紅芙蓉の花になげきながら、気のよわい家鴨の羽にみだされて、人けのない廚の下を静かに光りながら流れるのも、 その重々しい水の色に言うべからざる温情を蔵していた。 たとえ、両国橋、新大橋、永代橋と、河口に近づくに従って、川の水は、著しく暖潮の深藍色を交えながら、騒音と煙塵とにみちた空気の下に、白くただれた目をぎらぎらとブリキのように反射して、 石炭を積んだ達磨船や白ペンキのはげた古風な汽船をものうげにゆすぶっているにしても、自然の呼吸と人間の呼吸とが落ち合って、いつの間にか融合した都会の水の色の暖かさは、容易に消えてしまうものではない。 ことに日暮れ、川の上に立ちこめる水蒸気と、しだいに暗くなる夕空の薄明りとは、この大川の水をして、ほとんど、比喩を絶した、微妙な色調を帯ばしめる。 自分はひとり、渡し船の舷に肘をついて、もう靄のおりかけた、薄暮の川の水面を、なんということもなく見渡しながら、その暗緑色の水のあなた、暗い家々の空に大きな赤い月の出を見て、思わず涙を流したのを、おそらく終世忘れることはできないであろう。 「すべての市は、その市に固有なにおいを持っている。 フロレンスのにおいは、イリスの白い花とほこりと靄と古の絵画のニスとのにおいである」(メレジュコウフスキイ)もし自分に「東京」のにおいを問う人があるならば、自分は大川の水のにおいと答えるのになんの躊躇もしないであろう。 大川の水の色、大川の水のひびきは、我が愛する「東京」の色であり、声でなければならない。 自分は大川あるがゆえに、「東京」を愛し、「東京」あるがゆえに、生活を愛するのである。 或秋の夜、僕は本郷の大学前の或古本屋を覗いて見た。 すると店先の陳列台に古い菊判の本が一冊、「大久保湖州著、家康と直弼、引ナシ金五十銭」と云ふ貼り札の帯をかけたまま、雑書の上に抛り出してあつた。 中は本の名の示す通り、徳川家康と井伊直弼とに関する史論を集めたものらしかつた。 僕はこの雑文の一つにかう云ふ名のあるのを発見した。 勝つ事ばかり知てまくる事をしらざれば害其身に至る。 負くる事に安んじて勝つ事を知らざれば損其身に至る。 この湖州大久保余所五郎なるものは征夷大将軍徳川家康と処世訓の長短を比べてゐる。 しかも彼の処世訓は不思議にも坊間に行はれる教科書の臭気を帯びてゐない。 何処か彼自身の面接した人生の息吹きを漂はせてゐる。 情熱に富んだ才人の面かげはかう云ふ一行にも見えるやうである。 「若し徂徠にして白石の如く史を究めたらんには、其の史眼は必ず白石の上に出づべし。 日本政記の論文にも、取るに足らざる浅薄の見多し。」 水戸黄門この書を思ひ立ちしは、伯夷伝を読みて感ずる所ありてなりといふ。 伯夷は時の強者を制し、名分を正さんとして用ゐられざりし男なり。 黄門何とてさる支那の一不平党に同感して、勤王の精神を現せる国史を編まんとはしけるぞ。 このスレッドは1000を超えました。
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