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アンパンマンとタッチでわくわくトレーニング 回避
レス数が1000を超えています。これ以上書き込みはできません。
0001名無しさん@お腹いっぱい。2009/09/26(土) 18:28:45ID:f9kGFysN
回避出来ますか?
0003名無しさん@お腹いっぱい。2009/10/01(木) 11:47:28ID:fMZ2PrC7
4ならトンスル飲む!
0005名無しさん@お腹いっぱい。2009/10/02(金) 13:10:42ID:aU1DhVPZ
ゴ  /〜〜〜\
  / ∫√   ヽ|
ゴ | ∫-■⌒■ |
ゴ C∫   ↓  |
ゴ |∫ /…\|
  |\|  ⊆ / 呆れるほどチョロイ>>1乙だよい
     \__/ 
0006名無しさん@お腹いっぱい。2009/10/02(金) 13:12:02ID:aU1DhVPZ
     ▲▼▲
    δ=Θ Θ=
     \__/

ゴ  /〜〜〜\
  / ∫√   ヽ|
ゴ | ∫-■⌒■ |
ゴ C∫   ↓  |
  |\____↓__/|
  \_________ノ



ゴ |∫ /…\|
  |\|  ⊆ / 呆れるほどチョロイ>>1乙だよい
     \__/ 

0007名無しさん@お腹いっぱい。2009/10/02(金) 13:13:53ID:aU1DhVPZ
ゴ  /〜〜〜\
  / ∫√   ヽ|
ゴ | ∫-■⌒■ |
 |\_____↓__/|
 \__________ノ
ゴ |∫ /…\|
  |\|  ⊆ / 呆れるほどチョロイ>>1乙だよい
     \__/ 


ゴ C∫   ↓  |
0008名無しさん@お腹いっぱい。2009/10/02(金) 13:14:34ID:aU1DhVPZ
ゴ  /〜〜〜\
  / ∫√   ヽ|
ゴ | ∫-■⌒■ |
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 \___________ノ
  |\|  ⊆ / 呆れるほどチョロイ>>1乙だよい
     \__/ 
0009名無しさん@お腹いっぱい。2009/10/02(金) 13:16:11ID:aU1DhVPZ
ゴ  /〜〜〜\
  / ∫√   ヽ|
ゴ | ∫-■⌒■ |
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 \__________ノ
  |\|  ⊆ / 呆れるほどチョロイ>>1乙だよい
     \__/ 
0010名無しさん@お腹いっぱい。2009/10/02(金) 13:17:40ID:aU1DhVPZ
ゴ  /〜〜〜\
  / ∫√   ヽ|
ゴ | ∫-■⌒■ |
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 \___________ノ
  |\|  ⊆ / 呆れるほどチョロイ>>1乙だよい
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0011名無しさん@お腹いっぱい。2009/10/02(金) 13:19:32ID:aU1DhVPZ
ゴ  /〜〜〜\
  / ∫√   ヽ|
ゴ | ∫-■⌒■ |
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0012名無しさん@お腹いっぱい。2009/10/02(金) 13:20:33ID:aU1DhVPZ
ゴ  /〜〜〜\
  / ∫√   ヽ|
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0013名無しさん@お腹いっぱい。2009/10/02(金) 13:23:04ID:aU1DhVPZ
ゴ  /〜〜〜\
  / ∫√   ヽ|
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0014名無しさん@お腹いっぱい。2009/10/02(金) 13:24:22ID:aU1DhVPZ
ゴ  /〜〜〜\
  / ∫√   ヽ|
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0015名無しさん@お腹いっぱい。2009/10/10(土) 22:21:38ID:6y6SFxT6
あげパーンチ
0017名無しさん@お腹いっぱい。2009/10/11(日) 12:53:10ID:LN6cZWpp
あそびたいいい!
0018名無しさん@お腹いっぱい。2009/10/11(日) 13:47:50ID:3wWCva4I
???????? OC → 7A

?は自分で考えてください
0020名無しさん@お腹いっぱい。2009/10/11(日) 18:21:05ID:LN6cZWpp
自分で考えるには、つらすぐる・・・もう少し
0023212009/10/13(火) 07:19:27ID:POBXV/5Y
>>22 自己解決
a07に書き換えてやってたんだけどぜんぜん起動しないなと思ってたら
TTMenuだけ書き換えてTTdat書き換えんの忘れてた  スマソ
0024名無しさん@お腹いっぱい。2009/12/12(土) 17:37:13ID:0IGbd9W2
R4ユーザで動かなかったけど、YSMENUを使用したら動きました。
0026名無しさん@お腹いっぱい。2010/02/05(金) 08:56:28ID:3QhdS2oO
澤屋総本店には絶対応募しない方がいいぞ
未経験者OKと言いながら、実際は経験者だけに面接をして
未経験者は1週間待たせた挙句、「応募多数により」と断る会社だからな
人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!!!
0027名無しさん@お腹いっぱい。2010/05/29(土) 17:50:30ID:/IfUBXS0
cfs
0028名無しさん@お腹いっぱい。2010/05/29(土) 18:19:21ID:zchFmey+
神スレだ
0029名無しさん@お腹いっぱい。2010/05/29(土) 18:37:59ID:2X778DZp
あーくーまーのー こーえ がー
さーさーやーくー よー
買ーうーとーかー はーんーざーい かー

割ーれーなーいー ヤツはー
みーんーなー 敵
あーおーいー ハートはー
割れる ハート
0030名無しさん@お腹いっぱい。2010/09/06(月) 18:19:11ID:+lxgRlpO
もうすぐで落ちそうだったのに残念
ageテヤルデスw
0031名無しさん@お腹いっぱい。2010/12/26(日) 14:28:37ID:B7FF06YP
わらた
0032 2011/02/22(火) 18:08:30.74ID:G2IKBE8I
0034名無しさん@お腹いっぱい。2011/06/06(月) 03:33:21.74ID:ewEkRYq8

0038名無しさん@お腹いっぱい。2013/01/08(火) 23:36:12.93ID:uHbr3xUZ
ユーザ
0039名無しさん@お腹いっぱい。2013/01/08(火) 23:44:11.72ID:VThAiGK3
◎◎◎■月日が経っても色褪せないものは?■◎◎◎
http://sentaku.org/topics/45288206
0040名無しさん@お腹いっぱい。2013/10/08(火) 13:34:19.69ID:UP4eVimH
0041名無しさん@お腹いっぱい。2013/11/23(土) 17:53:12.79ID:MjgewUMh
age
0046名無しさん@お腹いっぱい。2015/03/05(木) 10:15:18.89ID:pBWYz/qB
おん豚とかいう私怨豚は無職のアスペ引篭りだったのか


かわいそうっ!


おん豚の反論もどんどん苦しくなってきたなw

直接言えないで自演&AA連投するしか能がない雑魚おん豚w
0047 ◆DZSlZwCPPNzz 2016/01/18(月) 01:50:07.68ID:5bRGYbVh
ここ?w
0048名無しさん@お腹いっぱい。2016/01/26(火) 04:38:09.60ID:FvWrV9mO
 
http://homepage2.nifty.com/e-d-a/scurl/SW-pos.html
http://homepage2.nifty.com/e-d-a/scurl/SW-sp.html
http://homepage2.nifty.com/e-d-a/scurl/SW-BB8.html
 
管理会社、仲介業者が苦情に対応せず困っています
これらの人と知人,家族,親類の方はお知らせ下さい。
 
●浪速建設
南野 東条
http://www.o-naniwa.com/index.html
社長 岡田常路
http://www.o-naniwa.com/company/
 
●アパマンショップ八尾支店
加茂正樹 /舟橋大介
http://homepage2.nifty.com/e-d-a/scurl/ays.html
社長 大村浩次
http://www.data-max.co.jp/2010/10/01/post_11983.html
 
●クリスタル通り122号室の入居者
 
hnps203@gmail.com
 
http://homepage2.nifty.com/e-d-a/scurl/ia-1-3.html
http://homepage2.nifty.com/e-d-a/scurl/ia-2-1.html
http://homepage2.nifty.com/e-d-a/scurl/ia-3-1.html
0050名無しさん@お腹いっぱい。2017/06/03(土) 18:40:57.96ID:VYTlWV6A
良スレage
0051名無しさん@お腹いっぱい。2018/01/13(土) 12:24:58.65ID:UqbGYntv
裏技のように自動的にお金を収集してくれる方法とは
グーグル検索⇒『稲本のメツイオウレフフレゼ』

QNWMN
0055名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:00:46.65ID:BzRlVluz
そこへ向うからながらみ取りが二人、(ながらみと言うのは螺の一種である。)魚籃をぶら下げて歩いて来た。
0058名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:01:34.90ID:BzRlVluz
Nさんは彼等とすれ違う時、ちょっと彼等の挨拶に答え、「風呂にお出で」と声をかけたりした。
0067名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:03:59.38ID:BzRlVluz
「そら、Hさん、ありゃいつでしたかね、ながらみ取りの幽霊が出るって言ったのは?」
0072名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:05:19.68ID:BzRlVluz
しかし幽霊が出るって言ったのは磯っ臭い山のかげの卵塔場でしたし、おまけにそのまたながらみ取りの死骸は蝦だらけになって上ったもんですから、誰でも始めのうちは真に受けなかったにしろ、気味悪がっていたことだけは確かなんです。
0073名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:05:35.68ID:BzRlVluz
そのうちに海軍の兵曹上りの男が宵のうちから卵塔場に張りこんでいて、とうとう幽霊を見とどけたんですがね。
0076名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:06:23.81ID:BzRlVluz
それでも一時は火が燃えるの人を呼ぶ声が聞えるのって、ずいぶん大騒ぎをしたもんですよ。」
0078名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:06:55.80ID:BzRlVluz
「ええ、ただ毎晩十二時前後にながらみ取りの墓の前へ来ちゃ、ぼんやり立っていただけなんです。」
0083名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:08:17.01ID:BzRlVluz
僕等はMのこう言った時、いつのまにかもう風の落ちた、人気のない渚を歩いていた。
0085名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:08:49.09ID:BzRlVluz
しかし海だけは見渡す限り、はるかに弧を描いた浪打ち際に一すじの水沫を残したまま、一面に黒ぐろと暮れかかっていた。
0087名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:09:21.16ID:BzRlVluz
渚には打ち寄せる浪の音のほかに時々澄み渡った蜩の声も僕等の耳へ伝わって来た。
0098名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:12:17.78ID:BzRlVluz
僕は腹鳴りを聞いてゐると、僕自身いつか鮫の卵を産み落してゐるやうに感じるのです。
0099名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:12:33.80ID:BzRlVluz
僕は憂鬱になり出すと、僕の脳髄の襞ごとに虱がたかつてゐるやうな気がして来るのです。
0100名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:12:49.91ID:BzRlVluz
目のあらい簾が、入口にぶらさげてあるので、往来の容子は仕事場にいても、よく見えた。
0105名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:14:10.33ID:BzRlVluz
それが皆、疎な蒲の簾の目を、右からも左からも、来たかと思うと、通りぬけてしまう。
0106名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:14:26.32ID:BzRlVluz
その中で変らないのは、午後の日が暖かに春を炙っている、狭い往来の土の色ばかりである。
0107名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:14:42.31ID:BzRlVluz
その人の往来を、仕事場の中から、何と云う事もなく眺めていた、一人の青侍が、この時、ふと思いついたように、主の陶器師へ声をかけた。
0111名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:15:46.49ID:BzRlVluz
が、これは眼の小さい、鼻の上を向いた、どこかひょうきんな所のある老人で、顔つきにも容子にも、悪気らしいものは、微塵もない。
0113名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:16:18.68ID:BzRlVluz
それに萎えた揉烏帽子をかけたのが、この頃評判の高い鳥羽僧正の絵巻の中の人物を見るようである。
0119名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:17:55.76ID:BzRlVluz
青侍は、年相応な上調子なもの言いをして、下唇を舐めながら、きょろきょろ、仕事場の中を見廻した。――
0121名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:18:27.89ID:BzRlVluz
が、簾の外の往来が、目まぐるしく動くのに引換えて、ここでは、甕でも瓶子でも、皆赭ちゃけた土器の肌をのどかな春風に吹かせながら、百年も昔からそうしていたように、ひっそりかんと静まっている。
0124名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:19:16.12ID:BzRlVluz
「お爺さんなんぞも、この年までには、随分いろんな事を見たり聞いたりしたろうね。
0129名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:20:36.50ID:BzRlVluz
しかし、貴方がたは、そんな話をお聞きなすっても、格別面白くもございますまい。」
0136名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:22:28.89ID:BzRlVluz
「神仏の御考えなどと申すものは、貴方がたくらいのお年では、中々わからないものでございますよ。」
0147名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:25:26.02ID:BzRlVluz
その長い影をひきながら、頭に桶をのせた物売りの女が二人、簾の目を横に、通りすぎる。
0158名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:28:22.81ID:BzRlVluz
日の長い短いも知らない人でなくては、話せないような、悠長な口ぶりで話し出したのである。
0162名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:29:27.16ID:BzRlVluz
何しろ、その時分は、あの女もたった一人のおふくろに死別れた後で、それこそ日々の暮しにも差支えるような身の上でございましたから、そう云う願をかけたのも、満更無理はございません。
0163名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:29:44.00ID:BzRlVluz
「死んだおふくろと申すのは、もと白朱社の巫子で、一しきりは大そう流行ったものでございますが、狐を使うと云う噂を立てられてからは、めっきり人も来なくなってしまったようでございます。
0164名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:30:00.00ID:BzRlVluz
これがまた、白あばたの、年に似合わず水々しい、大がらな婆さんでございましてな、何さま、あの容子じゃ、狐どころか男でも……」
0167名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:30:48.20ID:BzRlVluz
そのおふくろが死んだので、後は娘一人の痩せ腕でございますから、いくらかせいでも、暮の立てられようがございませぬ。
0168名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:31:04.31ID:BzRlVluz
そこで、あの容貌のよい、利発者の娘が、お籠りをするにも、襤褸故に、あたりへ気がひけると云う始末でございました。」
0170名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:31:36.38ID:BzRlVluz
気だてと云い、顔と云い、手前の欲目では、まずどこへ出しても、恥しくないと思いましたがな。」
0172名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:32:08.44ID:BzRlVluz
青侍は、色のさめた藍の水干の袖口を、ちょいとひっぱりながら、こんな事を云う。
0175名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:32:56.52ID:BzRlVluz
「それが、三七日の間、お籠りをして、今日が満願と云う夜に、ふと夢を見ました。
0176名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:33:12.51ID:BzRlVluz
何でも、同じ御堂に詣っていた連中の中に、背むしの坊主が一人いて、そいつが何か陀羅尼のようなものを、くどくど誦していたそうでございます。
0180名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:34:16.62ID:BzRlVluz
すると、その声が、いつの間にやら人間の語になって、『ここから帰る路で、そなたに云いよる男がある。
0184名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:35:20.78ID:BzRlVluz
その時、何気なく、ひょいと向うを見ると、常夜燈のぼんやりした明りで、観音様の御顔が見えました。
0185名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:35:36.81ID:BzRlVluz
日頃拝みなれた、端厳微妙の御顔でございますが、それを見ると、不思議にもまた耳もとで、『その男の云う事を聞くがよい。』と、誰だか云うような気がしたそうでございます。
0187名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:36:08.99ID:BzRlVluz
「さて、夜がふけてから、御寺を出て、だらだら下りの坂路を、五条へくだろうとしますと、案の定後から、男が一人抱きつきました。
0188名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:36:25.12ID:BzRlVluz
丁度、春さきの暖い晩でございましたが、生憎の暗で、相手の男の顔も見えなければ、着ている物などは、猶の事わかりませぬ。
0193名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:37:45.49ID:BzRlVluz
ただ、云う事を聞けと云うばかりで、坂下の路を北へ北へ、抱きすくめたまま、引きずるようにして、つれて行きます。
0194名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:38:01.58ID:BzRlVluz
泣こうにも、喚こうにも、まるで人通りのない時分なのだから、仕方がございませぬ。」
0196名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:38:33.74ID:BzRlVluz
「それから、とうとう八坂寺の塔の中へ、つれこまれて、その晩はそこですごしたそうでございます。――
0197名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:38:49.73ID:BzRlVluz
いや、その辺の事なら、何も年よりの手前などが、わざわざ申し上げるまでもございますまい。」
0200名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:39:37.68ID:BzRlVluz
吹くともなく渡る風のせいであろう、そこここに散っている桜の花も、いつの間にかこっちへ吹きよせられて、今では、雨落ちの石の間に、点々と白い色をこぼしている。
0204名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:40:42.07ID:BzRlVluz
「それだけなら、何もわざわざお話し申すがものはございませぬ。」翁は、やはり壺をいじりながら、「夜があけると、その男が、こうなるのも大方宿世の縁だろうから、とてもの事に夫婦になってくれと申したそうでございます。」
0205名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:40:58.16ID:BzRlVluz
「夢の御告げでもないならともかく、娘は、観音様のお思召し通りになるのだと思ったものでございますから、とうとう首を竪にふりました。
0206名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:41:14.25ID:BzRlVluz
さて形ばかりの盃事をすませると、まず、当座の用にと云って、塔の奥から出して来てくれたのが綾を十疋に絹を十疋でございます。――
0210名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:42:18.55ID:BzRlVluz
「やがて、男は、日の暮に帰ると云って、娘一人を留守居に、慌しくどこかへ出て参りました。
0214名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:43:22.88ID:BzRlVluz
綾や絹は愚な事、珠玉とか砂金とか云う金目の物が、皮匣に幾つともなく、並べてあると云うじゃございませぬか。
0218名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:44:27.24ID:BzRlVluz
そう思うと、今まではただ、さびしいだけだったのが、急に、怖いのも手伝って、何だか片時もこうしては、いられないような気になりました。
0220名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:44:59.34ID:BzRlVluz
「そこで、逃げ場をさがす気で、急いで戸口の方へ引返そうと致しますと、誰だか、皮匣の後から、しわがれた声で呼びとめました。
0221名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:45:15.30ID:BzRlVluz
何しろ、人はいないとばかり思っていた所でございますから、驚いたの驚かないのじゃございませぬ。
0222名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:45:31.40ID:BzRlVluz
見ると、人間とも海鼠ともつかないようなものが、砂金の袋を積んだ中に、円くなって、坐って居ります。――
0223名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:45:47.50ID:BzRlVluz
これが目くされの、皺だらけの、腰のまがった、背の低い、六十ばかりの尼法師でございました。
0224名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:46:03.60ID:BzRlVluz
しかも娘の思惑を知ってか知らないでか、膝で前へのり出しながら、見かけによらない猫撫声で、初対面の挨拶をするのでございます。
0225名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:46:19.60ID:BzRlVluz
「こっちは、それ所の騒ぎではないのでございますが、何しろ逃げようと云う巧みをけどられなどしては大変だと思ったので、しぶしぶ皮匣の上に肘をつきながら心にもない世間話をはじめました。
0226名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:46:35.60ID:BzRlVluz
どうも話の容子では、この婆さんが、今まであの男の炊女か何かつとめていたらしいのでございます。
0228名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:47:07.85ID:BzRlVluz
それさえ、娘の方では、気になるのに、その尼がまた、少し耳が遠いと来ているものでございますから、一つ話を何度となく、云い直したり聞き直したりするので、こっちはもう泣き出したいほど、気がじれます。――
0230名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:47:39.82ID:BzRlVluz
すると、やれ清水の桜が咲いたの、やれ五条の橋普請が出来たのと云っている中に、幸い、年の加減か、この婆さんが、そろそろ居睡りをはじめました。
0232名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:48:12.01ID:BzRlVluz
そこで、娘は、折を計って、相手の寝息を窺いながら、そっと入口まで這って行って、戸を細目にあけて見ました。
0234名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:48:44.19ID:BzRlVluz
「ここでそのまま、逃げ出してしまえば、何事もなかったのでございますが、ふと今朝貰った綾と絹との事を思い出したので、それを取りに、またそっと皮匣の所まで帰って参りました。
0235名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:49:00.32ID:BzRlVluz
すると、どうした拍子か、砂金の袋にけつまずいて、思わず手が婆さんの膝にさわったから、たまりませぬ。
0236名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:49:16.41ID:BzRlVluz
尼の奴め驚いて眼をさますと、暫くはただ、あっけにとられて、いたようでございますが、急に気ちがいのようになって、娘の足にかじりつきました。
0238名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:49:48.60ID:BzRlVluz
切れ切れに、語が耳へはいる所では、万一娘に逃げられたら、自分がどんなひどい目に遇うかも知れないと、こう云っているらしいのでございますな。
0239名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:50:04.60ID:BzRlVluz
が、こっちもここにいては命にかかわると云う時でございますから、元よりそんな事に耳をかす訳がございませぬ。
0245名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:51:41.11ID:BzRlVluz
間もなく、娘が、綾と絹とを小脇にかかえて、息を切らしながら、塔の戸口をこっそり、忍び出た時には、尼はもう、口もきかないようになって居りました。
0246名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:51:57.22ID:BzRlVluz
これは、後で聞いたのでございますが、死骸は、鼻から血を少し出して、頭から砂金を浴びせられたまま、薄暗い隅の方に、仰向けになって、臥ていたそうでございます。
0247名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:52:13.33ID:BzRlVluz
「こっちは八坂寺を出ると、町家の多い所は、さすがに気がさしたと見えて、五条京極辺の知人の家をたずねました。
0248名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:52:29.42ID:BzRlVluz
この知人と云うのも、その日暮しの貧乏人なのでございますが、絹の一疋もやったからでございましょう、湯を沸かすやら、粥を煮るやら、いろいろ経営してくれたそうでございます。
0251名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:53:17.62ID:BzRlVluz
青侍は、帯にはさんでいた扇をぬいて、簾の外の夕日を眺めながら、それを器用に、ぱちつかせた。
0252名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:53:33.71ID:BzRlVluz
その夕日の中を、今しがた白丁が五六人、騒々しく笑い興じながら、通りすぎたが、影はまだ往来に残っている。……
0254名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:54:05.91ID:BzRlVluz
「所が」翁は大仰に首を振って、「その知人の家に居りますと、急に往来の人通りがはげしくなって、あれを見い、あれを見いと、罵り合う声が聞えます。
0256名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:54:37.95ID:BzRlVluz
あの物盗りが仕返ししにでも来たものか、さもなければ、検非違使の追手がかかりでもしたものか、――
0258名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:55:10.01ID:BzRlVluz
「そこで、戸の隙間から、そっと外を覗いて見ると、見物の男女の中を、放免が五六人、それに看督長が一人ついて、物々しげに通りました。
0259名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:55:25.98ID:BzRlVluz
それからその連中にかこまれて、縄にかかった男が一人、所々裂けた水干を着て烏帽子もかぶらず、曳かれて参ります。
0260名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:55:42.00ID:BzRlVluz
どうも物盗りを捕えて、これからその住家へ、実録をしに行く所らしいのでございますな。
0261名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:55:58.10ID:BzRlVluz
「しかも、その物盗りと云うのが、昨夜、五条の坂で云いよった、あの男だそうじゃございませぬか。
0265名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:57:02.20ID:BzRlVluz
が、その縄目をうけた姿を見たら、急に自分で、自分がいじらしくなって、思わず泣いてしまったと、まあこう云うのでございますがな。
0276名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 02:59:58.81ID:BzRlVluz
「人を殺したって、物盗りの女房になったって、する気でしたんでなければ仕方がないやね。」
0279名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:00:47.15ID:BzRlVluz
二人とも、どうやら、暮れてゆく春の日と、相手の心もちとに、物足りない何ものかを、感じてでもいるような容子である。
0287名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:02:55.70ID:BzRlVluz
問題が大きいので、ちよいと手軽に考をまとめられませんが、ざつと思ふ所を云へばかうです。
0288名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:03:11.79ID:BzRlVluz
元来芸術の内容となるものは、人としての我々の生活全容に外ならないのだから、二重生活と云ふ事は、第一義的にはある筈がないと考へます。
0290名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:03:44.02ID:BzRlVluz
生活を芸術化するとか、或は逆に芸術を生活化するとか云ふ事も、そこから起つて来るのでせう。
0291名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:04:00.11ID:BzRlVluz
あなたの手紙にあつた芸術家の職業問題などは、それを更に一歩皮相な方面へ移して来ての問題だと思ひます。
0292名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:04:16.30ID:BzRlVluz
だから「物心両面に於ける人としての生活と、芸術家としての生活の関係交渉」と云つても、それぞれの意義に相当な立場をきめてかからないと、折角の議論は混乱するより外にありますまい。
0294名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:04:48.54ID:BzRlVluz
が、強ひて何か云はなければならないとなると、職業として私は英語を教へてゐるから、そこに起る二重生活が不愉快で、しかもその不愉快を超越するのは全然物質的の問題だが、生憎それが現代の日本では当分解決されさうもない以上、
0295名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:05:04.63ID:BzRlVluz
永久に我々はこの不愉快な生存を続けて行く外はないと云ふ位な、甚平凡な事になつてしまひます。
0298名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:05:52.90ID:BzRlVluz
漢の大将呂馬通は、ただでさえ長い顔を、一層長くしながら、疎な髭を撫でて、こう云った。
0299名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:06:08.91ID:BzRlVluz
彼の顔のまわりには、十人あまりの顔が、皆まん中に置いた燈火の光をうけて、赤く幕営の夜の中にうき上っている。
0300名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:06:25.01ID:BzRlVluz
その顔がまた、どれもいつになく微笑を浮べているのは、西楚の覇王の首をあげた今日の勝戦の喜びが、まだ消えずにいるからであろう。――
0301名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:06:40.97ID:BzRlVluz
鼻の高い、眼光の鋭い顔が一つ、これはやや皮肉な微笑を唇頭に漂わせながら、じっと呂馬通の眉の間を見ながら、こう云った。
0314名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:10:09.90ID:BzRlVluz
「しかしです。」呂馬通は一同の顔を見廻して、さも「しかし」らしく、眼ばたきを一つした。
0319名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:11:30.16ID:BzRlVluz
それに、烏江の亭長は、わざわざ迎えに出て、江東へ舟で渡そうと云ったそうですな。
0326名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:13:22.55ID:BzRlVluz
彼は髯から手を放すと、やや反り身になって、鼻の高い、眼光の鋭い顔を時々ちらりと眺めながら、勢いよく手真似をして、しゃべり出した。
0329名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:14:10.73ID:BzRlVluz
その証拠には、これだけの軍勢で、必ず漢の軍を三度破って見せる』と云ったそうです。
0332名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:14:58.81ID:BzRlVluz
それも烏江を渡って、江東の健児を糾合して、再び中原の鹿を争った後でなら、仕方がないですよ。
0341名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:17:22.98ID:BzRlVluz
すると、その中で、鼻の高い顔だけが、思いがけなく、一種の感動を、眼の中に現した。
0354名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:20:52.13ID:BzRlVluz
愛憎の動き方なぞも、一本気な所はあるが、その上にまだ殆病的な執拗さが潜んでいる。
0367名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:24:20.74ID:BzRlVluz
作の力、生命を掴むものが本当の批評家である。」と云う説があるが、それはほんとうらしい嘘だ。
0370名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:25:08.88ID:BzRlVluz
ほんとうの批評家にしか分らなければ、どこの新劇団でもストリンドベルクやイブセンをやりはしない。
0371名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:25:24.88ID:BzRlVluz
作の力、生命を掴むばかりでなく、技巧と内容との微妙な関係に一隻眼を有するものが、始めてほんとうの批評家になれるのだ。
0372名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:25:40.96ID:BzRlVluz
江口の批評家としての強味は、この微妙な関係を直覚出来る点に存していると思う。
0374名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:26:13.06ID:BzRlVluz
最後に創作家としての江口は、大体として人間的興味を中心とした、心理よりも寧ろ事件を描く傾向があるようだ。
0376名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:26:45.13ID:BzRlVluz
が、江口の人間的興味の後には、屡如何にしても健全とは呼び得ない異常性が富んでいる。
0377名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:27:01.13ID:BzRlVluz
これは菊池が先月の文章世界で指摘しているから、今更繰返す必要もないが、唯、自分にはこの異常性が、あの黒熱した鉄のような江口の性格から必然に湧いて来たような心もちがする。
0381名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:28:05.47ID:BzRlVluz
尤もその押して行く力が、まだ十分江口に支配され切っていない憾もない事はない。
0382名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:28:21.60ID:BzRlVluz
あの力が盲目力でなくなる時が来れば、それこそ江口がほんとうの江口になり切った時だ。
0391名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:30:46.36ID:BzRlVluz
それが書く気になったのは、江口や江口の作品が僕等の仲間に比べると、一番歪んで見られているような気がしたからだ。
0392名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:31:02.35ID:BzRlVluz
こんな慌しい書き方をした文章でも、江口を正当に価値づける一助になれば、望外の仕合せだと思っている。
0393名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:31:18.51ID:BzRlVluz
槐と云ふ樹の名前を覚えたのは「石の枕」と云ふ一中節の浄瑠璃を聞いた時だつたであらう。
0396名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:32:06.72ID:BzRlVluz
その文句は何でも観世音菩薩の「庭に年経し槐の梢」に現れるとか何とか云ふのだつた。
0397名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:32:22.84ID:BzRlVluz
「石の枕」は一つ家の婆さんが石の枕に旅人を寝かせ、路用の金を奪ふ為に上から綱に吊つた大石を落して旅人の命を奪つてゐる、そこへ美しい稚児が一人、一夜の宿りを求めに来る。
0399名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:32:55.05ID:BzRlVluz
すると婆さんの真名娘が私かにこの稚児に想ひを寄せ、稚児の身代りになつて死んでしまふ、それから稚児は観世音菩薩と現れ、婆さんに因果応報を教へる、この婆さんの身を投げて死んだ池は未だに浅草寺の境内に「姥の池」となつて残つてゐる、――
0401名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:33:27.18ID:BzRlVluz
僕は少時国芳の浮世絵にこの話の書いたのを見てゐたから、「吉原八景」だの「黒髪」だのよりも「石の枕」に興味を感じてゐた。
0402名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:33:43.28ID:BzRlVluz
それからその又国芳の浮世絵は観世音菩薩の衣紋などに西洋画風の描法を応用してゐたのも覚えてゐる。
0403名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:33:59.38ID:BzRlVluz
僕はその後槐の若木を見、そのどこか図案的な枝葉を如何にも観世音菩薩の出現などにふさはしいと思つたものである。
0404名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:34:15.35ID:BzRlVluz
が、四五年前に北京に遊び、のべつに槐ばかり見ることになつたら、いつか詩趣とも云ふべきものを感じないやうになつてしまつた。
0407名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:35:03.76ID:BzRlVluz
高志の大蛇を退治した素戔嗚は、櫛名田姫を娶ると同時に、足名椎が治めてゐた部落の長となる事になつた。
0411名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:36:07.81ID:BzRlVluz
風の声も浪の水沫も、或は夜空の星の光も今は再彼を誘つて、広漠とした太古の天地に、さまよはせる事は出来なくなつた。
0413名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:36:39.91ID:BzRlVluz
赤と白とに狩の図を描いた、彼の部屋の四壁の内に、高天原の国が与へなかつた炉辺の幸福を見出したのであつた。
0415名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:37:11.87ID:BzRlVluz
時々は宮のまはりにある、柏の林に歩みを運んで、その小さな花房の地に落ちたのを踏みながら、夢のやうな小鳥の啼く声に、耳を傾ける事もあつた。
0416名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:37:27.98ID:BzRlVluz
声にも、身ぶりにも、眼の中にも、昔のやうな荒々しさは、二度と影さえも現さなかつた。
0417名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:37:43.98ID:BzRlVluz
しかし稀に夢の中では、暗黒に蠢く怪物や、見えない手の揮ふ剣の光が、もう一度彼を殺伐な争闘の心につれて行つた。
0418名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:38:00.08ID:BzRlVluz
が、何時も眼がさめると、彼はすぐ妻の事や部落の事を思ひ出す程、綺麗にその夢を忘れてゐた。
0424名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:39:36.37ID:BzRlVluz
それらの子は皆人となると、彼の命ずる儘に兵士を率ゐて、国々の部落を従へに行つた。
0427名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:40:24.65ID:BzRlVluz
それらの貢を運ぶ舟は、絹や毛革や玉と共に、須賀の宮を仰ぎに来る国々の民をも乗せてゐた。
0433名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:42:01.13ID:BzRlVluz
しかし酒がまはり出すと、彼の所望する通り、甕の底を打ち鳴らして、高天原の国の歌を唱つた。
0436名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:42:49.41ID:BzRlVluz
これをお前たちに預けるから、お前たちの故郷の女君に渡してくれい。」と云ひつけた。
0437名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:43:05.51ID:BzRlVluz
若者たちはその剣を捧げて、彼の前に跪きながら、死んでも彼の命令に背かないと云ふ誓ひを立てた。
0438名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:43:21.50ID:BzRlVluz
彼はそれから独り海辺へ行つて、彼等を乗せた舟の帆が、だんだん荒い波の向うに、遠くなつて行くのを見送つた。
0441名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:44:09.77ID:BzRlVluz
八島士奴美がおとなしい若者になつた時、櫛名田姫はふと病に罹つて、一月ばかりの後に命を殞した。
0442名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:44:25.87ID:BzRlVluz
何人か妻があつたとは云へ、彼が彼自身のやうに愛してゐたのは、やはり彼女一人だけであつた。
0443名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:44:41.95ID:BzRlVluz
だから彼は喪屋が出来ると、まだ美しい妻の死骸の前に、七日七晩坐つた儘、黙然と涙を流してゐた。
0445名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:45:14.15ID:BzRlVluz
殊に幼い須世理姫が、しつきりなく歎き悲しむ声には、宮の外を通るものさえ、涙を落さずにはゐられなかつた。
0446名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:45:30.23ID:BzRlVluz
この八島士奴美のたつた一人の妹は、兄が母に似てゐる通り、情熱の烈しい父に似た、男まさりの娘であつた。
0447名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:45:46.33ID:BzRlVluz
やがて櫛名田姫の亡き骸は、生前彼女が用ひてゐた、玉や鏡や衣服と共に、須賀の宮から遠くない、小山の腹に埋められた。
0448名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:46:02.40ID:BzRlVluz
が、素戔嗚はその上に、黄泉路の彼女を慰むべく、今まで妻に仕へてゐた十一人の女たちをも、埋め殺す事を忘れなかつた。
0450名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:46:34.43ID:BzRlVluz
するとそれを見た部落の老人たちは、いづれも眉をひそめながら、私に素戔嗚の暴挙を非難し合つた。
0452名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:47:06.63ID:BzRlVluz
第一の妃が御なくなりなすつたのに、十一人しか黄泉の御供を御させ申さないと云ふ法があらうか?
0458名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:48:42.70ID:BzRlVluz
が、老年もまだ彼の力を奪ひ去る事が出来ない事は、時々彼の眼に去来する、精悍な光にも明かであつた。
0459名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:48:58.80ID:BzRlVluz
いや、彼の顔はどうかすると、須賀の宮にゐた時より、更に野蛮な精彩を加へる事もないではなかつた。
0460名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:49:14.78ID:BzRlVluz
彼は彼自身気づかなかつたが、この島に移り住んで以来、今まで彼の中に眠つてゐた野性が、何時か又眼をさまして来たのであつた。
0463名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:50:02.97ID:BzRlVluz
それから狩や漁の暇に、彼は彼の学んだ武芸や魔術を、一々須世理姫に教へ聞かせた。
0464名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:50:18.98ID:BzRlVluz
須世理姫はかう云ふ生活の中に、だんだん男にも負けないやうな、雄々しい女になつて行つた。
0465名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:50:35.08ID:BzRlVluz
しかし姿だけは依然として、櫛名田姫の面影を止めた、気高い美しさを失はなかつた。
0467名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:51:07.08ID:BzRlVluz
其度に彼は髯だらけの顔に、愈皺の数を加へ、須世理姫は始終微笑んだ瞳に、益涼しさを加へて行つた。
0468名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:51:23.18ID:BzRlVluz
或日素戔嗚が宮の前の、椋の木の下に坐りながら、大きな牡鹿の皮を剥いでゐると、海へ水を浴びに行つた須世理姫が、見慣れない若者と一しよに帰つて来た。
0469名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:51:39.30ID:BzRlVluz
「御父様、この方に唯今御目にかかりましたから、此処まで御伴して参りました。」
0470名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:51:55.41ID:BzRlVluz
須世理姫はかう云つて、やつと身を起した素戔嗚に、遠い国の若者を引き合はせた。
0472名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:52:27.52ID:BzRlVluz
それが赤や青の頸珠を飾つて、太い高麗剣を佩いてゐる容子は、殆ど年少時代そのものが目前に現れたやうに見えた。
0481名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:54:52.08ID:BzRlVluz
二人が宮の中にはいつた時、素戔嗚は又椋の木かげに、器用に刀子を動かしながら、牡鹿の皮を剥ぎ始めた。
0483名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:55:24.28ID:BzRlVluz
それは丁度晴天の海に似た、今までの静な生活の空に、嵐を先触れる雲の影が、動かうとするやうな心もちであつた。
0485名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:55:56.48ID:BzRlVluz
彼は広い階段を上ると、何時もの通り何気なく、大広間の戸口に垂れてゐる、白い帷を掲げて見た。
0486名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:56:12.46ID:BzRlVluz
すると須世理姫と葦原醜男とが、まるで塒を荒らされた、二羽の睦じい小鳥のやうに、倉皇と菅畳から身を起した。
0487名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:56:28.56ID:BzRlVluz
彼は苦い顔をしながら、のそのそ部屋の中へ歩を運んだが、やがて葦原醜男の顔へ、じろりと忌々しさうな視線をやると、
0488名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:56:44.69ID:BzRlVluz
「お前は今夜此処へ泊つて、舟旅の疲れを休めて行くが好い。」と、半ば命令的な言葉をかけた。
0489名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:57:00.84ID:BzRlVluz
葦原醜男は彼の言葉に、嬉しさうな会釈を返したが、それでもまだ何となく、間の悪げな気色は隠せなかつた。
0496名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:58:53.39ID:BzRlVluz
葦原醜男はもう一度、叮嚀に素戔嗚へ礼をすると、須世理姫の後を追つて、いそいそと大広間を出て行つた。
0497名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 03:59:09.47ID:BzRlVluz
大広間の外へ出ると、須世理姫は肩にかけた領巾を取つて、葦原醜男の手に渡しながら囁くやうにかう云つた。
0507名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:01:49.94ID:BzRlVluz
すると眼が慣れたせゐか、だんだんあたりが思つたより、薄明く見えるやうになつた。
0508名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:02:05.94ID:BzRlVluz
その薄明りに透して見ると、室の天井からは幾つとなく、大樽程の蜂の巣が下つてゐた。
0509名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:02:21.93ID:BzRlVluz
しかもその又巣のまはりには、彼の腰に下げた高麗剣より、更に一かさ大きい蜂が、何匹も悠々と這ひまはつてゐた。
0512名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:03:10.11ID:BzRlVluz
のみならずその時一匹の蜂は、斜に床の上へ舞ひ下ると、鈍い翅音を起しながら、次第に彼の方へ這ひ寄つて来た。
0513名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:03:26.09ID:BzRlVluz
余りの事に度を失つた彼は、まだ蜂が足もとまで来ない内に、倉皇とそれを踏み殺さうとした。
0515名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:03:58.18ID:BzRlVluz
と同時に多くの蜂も、人のけはひに腹を立てたと見えて、まるで風を迎へた火矢のやうに、ばらばらと彼の上へ落ちかかつて来た。……
0531名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:08:15.55ID:BzRlVluz
夜が既に更けた後、素戔嗚は鼾をかいてゐたが、須世理姫は独り悄然と、広間の窓に倚りかかりながら、赤い月が音もなく海に沈むのを見守つてゐた。
0533名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:08:47.72ID:BzRlVluz
すると其処へ葦原醜男が、意外にも彼の後を追つて、勢よく宮の方から下つて来た。
0541名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:10:56.23ID:BzRlVluz
葦原醜男はかう答へながら、足もとに落ちてゐた岩のかけを拾つて、力一ぱい海の上へ抛り投げた。
0543名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:11:28.45ID:BzRlVluz
さうして素戔嗚が投げたにしても、届くまいと思はれる程、遠い沖の波の中に落ちた。
0545名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:12:00.54ID:BzRlVluz
二人が海から帰つて来て、朝餉の膳に向つた時、素戔嗚は苦い顔をして、鹿の片腿を噛りながら、彼と向ひ合つた葦原醜男に、
0547名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:12:32.77ID:BzRlVluz
傍にゐた須世理姫は、この怪しい親切を辞せしむべく、そつと葦原醜男の方へ、意味ありげな瞬きを送つて見せた。
0548名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:12:48.87ID:BzRlVluz
が、彼は丁度その時、盤の魚に箸をつけてゐたせゐか、彼女の相図には気もつかずに、
0550名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:13:21.06ID:BzRlVluz
しかし幸ひ午後になると、素戔嗚が昼寝をしてゐる暇に、二人の恋人は宮を抜け出て彼の独木舟が繋いである、寂しい海辺の岩の間に、慌しい幸福を偸む事が出来た。
0551名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:13:37.18ID:BzRlVluz
須世理姫は香りの好い海草の上に横はりながら、暫くは唯夢のやうに、葦原醜男の顔を仰いでゐたが、やがて彼の腕を引き離すと、
0553名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:14:09.27ID:BzRlVluz
私の事なぞは御かまひなく、一刻も早く御逃げ下さいまし。」と、心配さうに促し立てた。
0566名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:17:38.27ID:BzRlVluz
その夜素戔嗚は人手を借らず、蜂の室と向ひ合つた、もう一つの室の中に、葦原醜男を抛りこんだ。
0568名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:18:10.23ID:BzRlVluz
が、唯一つ昨日と違つて、その暗黒の其処此処には、まるで地の底に埋もれた無数の宝石の光のやうに、点々ときらめく物があつた。
0569名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:18:26.22ID:BzRlVluz
葦原醜男は心の中に、この光物の正体を怪しみながら、暫くは眼が暗黒に慣れる時の来るのを待つてゐた。
0570名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:18:42.32ID:BzRlVluz
すると間もなく彼の周囲が、次第にうす明くなるにつれて、その星のやうな光物が、殆ど馬さへ呑みさうな、凄じい大蛇の眼に変つた。
0571名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:18:58.42ID:BzRlVluz
しかも大蛇は何匹となく、或は梁に巻きついたり、或は桷を伝はつたり、或は又床にとぐろを巻いたり、室一ぱいに気味悪く、蠢き合つてゐるのであつた。
0573名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:19:30.40ID:BzRlVluz
が、たとひ剣を抜いた所が、彼が一匹斬る内には、もう一匹が造作なく彼を巻き殺すのに違ひなかつた。
0574名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:19:46.48ID:BzRlVluz
いや、現に一匹の大蛇が、彼の顔を下から覗きこむと、それより更に大きい一匹は、梁に尾をからんだ儘、ずるりと宙に吊り下つて、丁度彼の肩の上へ、鎌首をさしのべてゐるのであつた。
0576名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:20:18.60ID:BzRlVluz
のみならずその後には、あの白髪の素戔嗚が、皮肉な微笑を浮べながら、ぢつと扉の向うの容子に耳を傾けてゐるらしかつた。
0578名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:20:50.78ID:BzRlVluz
その内に彼の足もとの大蛇は、徐に山のやうなとぐろを解くと、一際高く鎌首を挙げて、今にも猛然と彼の喉へ噛みつきさうなけはひを示し出した。
0580名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:21:22.98ID:BzRlVluz
彼は昨夜室の蜂が、彼のまはりへ群がつて来た時、須世理姫に貰つた領巾を振つて、危い命を救ふ事が出来た。
0581名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:21:39.05ID:BzRlVluz
してみればさつき須世理姫が、海辺の岩の上に残して行つた領巾にも、同じやうな奇特があるかも知れぬ。――
0582名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:21:55.14ID:BzRlVluz
さう思つた彼は咄嗟の間に、拾つて置いた領巾を取出して、三度ひらひらと振り廻して見た。……
0583名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:22:11.23ID:BzRlVluz
翌朝素戔嗚は又石の多い海のほとりで、愈元気の好ささうな葦原醜男と顔を合せた。
0586名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:22:59.46ID:BzRlVluz
素戔嗚は顔中に不快さうな色を漲らせて、じろりと相手を睨みつけたが、どう思つたかもう一度、何時もの冷静な調子に返つて、
0587名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:23:15.43ID:BzRlVluz
ではこれからおれと一しよに、一泳ぎ水を浴びるが好い。」と隔意なささうな声をかけた。
0590名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:24:03.77ID:BzRlVluz
が、葦原醜男は彼にも増して、殆ど海豚にも劣らない程、自由自在に泳ぐ事が出来た。
0591名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:24:19.78ID:BzRlVluz
だから二人のみづらの頭は、黒白二羽の鴎のやうに、岩の屏風を立てた岸から、見る見る内に隔たつてしまつた。
0597名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:25:56.48ID:BzRlVluz
しかし相手は大きな波が、二三度泡を撒き散らす間に、苦もなく素戔嗚を抜いてしまつた。
0602名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:27:16.90ID:BzRlVluz
しかし程なく葦原醜男は、彼自身がまるで鰐のやうに、楽々とこちらへ返つて来た。
0606名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:28:21.19ID:BzRlVluz
その日の午後素戔嗚は、更に葦原醜男をつれて、島の西に開いた荒野へ、狐や兎を狩りに行つた。
0609名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:29:09.48ID:BzRlVluz
素戔嗚は少時黙然と、さう云ふ景色を見守つた後、弓に矢を番へながら、葦原醜男を振り返つた。
0610名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:29:25.58ID:BzRlVluz
「風があつて都合が悪いが、兎に角どちらの矢が遠く行くか、お前と弓勢を比べて見よう。」
0615名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:30:45.91ID:BzRlVluz
が、どちらが先へ行つたともなく、唯一度日の光にきらりと矢羽根が光つた儘、忽ち風下の空に紛れて、二本とも一しよに消えてしまつた。
0622名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:32:38.49ID:BzRlVluz
すると素戔嗚はその後姿が、高い枯草に隠れるや否や、腰に下げた袋の中から、手早く火打鎌と石とを出して、岩の下の枯茨へ火を放つた。
0629名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:34:30.83ID:BzRlVluz
それがまるで遠くからは、嵐に振はれた無数の木の実が、しつきりなくこぼれ飛ぶやうに見えた。
0630名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:35:02.89ID:BzRlVluz
素戔嗚はかう心の中に、もう一度満足の吐息を洩らすと、何故か云ひやうのない寂しさがかすかに湧いて来るやうな心もちがした。……
0631名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:35:19.05ID:BzRlVluz
その日の薄暮、勝ち誇つた彼は腕を組んで、宮の門に佇みながら、まだ煙の迷つてゐる荒野の空を眺めてゐた。
0633名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:35:51.26ID:BzRlVluz
彼女は近親の喪を弔ふやうに、何時の間にかまつ白な裳を夕明りの中に引きずつてゐた。
0634名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:36:07.23ID:BzRlVluz
素戔嗚はその姿を見ると、急に彼女の悲しさを踏みにじりたいやうな気がし出した。
0645名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:39:03.63ID:BzRlVluz
須世理姫は彼の去つた後も、暫くは、暗く火照つた空へ、涙ぐんだ眼を挙げてゐたが、やがて頭を垂れながら、悄然と宮へ帰つて行つた。
0647名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:39:35.70ID:BzRlVluz
それは葦原醜男を殺した事が、何となく彼の心の底へ毒をさしたやうな気がするからであつた。
0650名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:40:24.23ID:BzRlVluz
彼はこんな事を考へながら、青い匂のする菅畳の上に、幾度となく寝返りを打つた。
0654名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:41:28.15ID:BzRlVluz
まだ寝の足りない素戔嗚は眩しさうに眉をひそめながら、のそのそ宮の戸口へ出かけて来た。
0655名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:41:44.24ID:BzRlVluz
すると其処の階段の上には、驚くまい事か、葦原醜男が、須世理姫と一しよに腰をかけて、何事か嬉しさうに話し合つてゐた。
0660名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:43:04.45ID:BzRlVluz
しかしその中にも何となく、無事な若者の顔を見るのが、悦ばしいやうな心もちもした。
0664名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:44:08.73ID:BzRlVluz
私は煙の中をくぐりながら、兎も角火のつかない方へ、一生懸命に逃げて行きましたが、いくらあせつて見た所が、到底西風に煽られる火よりも早くは走られません。……」
0665名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:44:24.69ID:BzRlVluz
葦原醜男はちよいと言葉を切つて、彼の話に聞き入つてゐる親子の顔へ微笑を送つた。
0667名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:44:56.90ID:BzRlVluz
走つてゐる内にどうしたはずみか、急に足もとの土が崩れると、大きな穴の中へ落ちこんだのです。
0668名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:45:13.51ID:BzRlVluz
穴の中は最初まつ暗でしたが、縁の枯草が燃えるやうになると、忽ち底まで明くなりました。
0669名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:45:29.61ID:BzRlVluz
見ると私のまはりには、何百匹とも知れない野鼠が、土の色も見えない程ひしめき合つてゐるのです……。」
0676名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:47:22.12ID:BzRlVluz
素戔嗚はこの話を聞いてゐる内に、だんだん又この幸運な若者を憎む心が動いて来た。
0677名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:47:38.22ID:BzRlVluz
のみならず、一度殺さうと思つた以上、どうしてもその目的を遂げない中は、昔から挫折した覚えのない意力の誇りが満足しなかつた。
0681名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:48:42.64ID:BzRlVluz
兎に角命が助つたのなら、おれと一しよにこちらへ来て、頭の虱をとつてくれい。」
0682名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:48:58.63ID:BzRlVluz
葦原醜男と須世理姫とは、仕方なく彼の後について、朝日の光のさしこんでゐる、大広間の白い帷をくぐつた。
0683名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:49:14.63ID:BzRlVluz
素戔嗚は広間のまん中に、不機嫌らしい大あぐらを組むと、みづらに結んだ髪を解いて、無造作に床の上に垂らした。
0686名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:50:02.80ID:BzRlVluz
かう云ふ彼の言葉を聞き流しながら、葦原醜男はその白髪を分けて、見つけ次第虱を捻らうとした。
0687名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:50:18.86ID:BzRlVluz
が、髪の根に蠢いてゐるのは、小さな虱と思ひの外、毒々しい、銅色の、大きな百足ばかりであつた。
0689名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:50:51.11ID:BzRlVluz
すると側にゐた須世理姫が、何時の間に忍ばせて持つて来たか、一握りの椋の実と赤土とをそつと彼の手へ渡した。
0690名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:51:07.22ID:BzRlVluz
彼はそこで歯を鳴らして、その椋の実を噛みつぶしながら、赤土も一しよに口へ含んで、さも百足をとつてゐるらしく、床の上へ吐き出し始めた。
0691名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:51:23.32ID:BzRlVluz
その内に素戔嗚は、昨夕寝なかつた疲れが出て、我知らずにうとうと眠にはひつた。
0692名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:51:39.33ID:BzRlVluz
高天原の国を逐はれた素戔嗚は、爪を剥がれた足に岩を踏んで、嶮しい山路を登つてゐた。
0700名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:53:48.05ID:BzRlVluz
と、路を遮つた、亀の背のやうな大岩の上に、六つの鈴のついてゐる、白銅鏡が一面のせてあつた。
0703名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:54:36.08ID:BzRlVluz
が、それは彼の顔ではなく、彼が何度も殺さうとした、葦原醜男の顔であつた。……
0706名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:55:24.49ID:BzRlVluz
広間には唯朝日の光が、うららかにさしてゐるばかりで、葦原醜男も須世理姫も、どうしたか姿が見えなかつた。
0707名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:55:40.60ID:BzRlVluz
のみならずふと気がついて見ると、彼の長い髪は三つに分けて、天井の桷に括りつけてあつた。
0713名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:57:16.92ID:BzRlVluz
最後に両足へ力を入れて、うんと一息に立ち上ると、三本の桷を引きずりながら、雲の峰の崩れるやうに、傲然と宮の外へ揺るぎ出した。
0720名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:59:09.27ID:BzRlVluz
その又浪の重なつた中には、見覚えのある独木舟が一艘、沖へ沖へと出る所だつた。
0723名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 04:59:57.56ID:BzRlVluz
のみならず舳には葦原醜男、艫には須世理姫の乗つてゐる容子も、手にとるやうに見る事が出来た。
0739名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 05:04:14.41ID:BzRlVluz
この時わが素戔嗚は、大日貴と争つた時より、高天原の国を逐はれた時より、高志の大蛇を斬つた時より、ずつと天上の神々に近い、悠々たる威厳に充ち満ちてゐた。
0761名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 05:11:44.41ID:BzRlVluz
捨てられた妻子の身になれば、弥陀仏でも女でも、男を取つたものには怨みがありますわね。
0800名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 08:35:00.29ID:BzRlVluz
では御坊は阿弥陀仏が、今にもありありと目のあたりに、拝ませられると御思ひかな?
0806名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 08:36:36.41ID:BzRlVluz
その講師の申されるのを聞けば、どのやうな破戒の罪人でも、阿弥陀仏に知遇し奉れば、浄土に往かれると申す事ぢや。
0807名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 08:36:52.51ID:BzRlVluz
身共はその時体中の血が、一度に燃え立つたかと思ふ程、急に阿弥陀仏が恋しうなつた。……………
0811名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 08:37:56.82ID:BzRlVluz
五位の入道 それから刀を引き抜くと、講師の胸さきへつきつけながら、阿弥陀仏の在処を責め問うたよ。
0828名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 08:43:01.97ID:BzRlVluz
して見れば身共が大声に、御仏の名前を呼び続けたら、答位はなされぬ事もあるまい。
0888名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 08:59:06.01ID:BzRlVluz
桜田より半蔵門に出づるに、新宿も亦焼けたりと聞き、谷中の檀那寺を手頼らばやと思ふ。
0890名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 08:59:38.01ID:BzRlVluz
九段上へ出づる途中、役所の小使らしきものにやつと玄米一合余りを貰ひ、生のまま噛み砕きて食す。
0891名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 08:59:54.11ID:BzRlVluz
又つらつら考へれば、鸚鵡の籠を提げたるまま、檀那寺の世話にはなられぬやうなり。
0901名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:02:34.49ID:BzRlVluz
家を出て椎の若葉におおわれた、黒塀の多い横網の小路をぬけると、すぐあの幅の広い川筋の見渡される、百本杭の河岸へ出るのである。
0903名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:03:06.57ID:BzRlVluz
水と船と橋と砂洲と、水の上に生まれて水の上に暮しているあわただしい人々の生活とを見た。
0904名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:03:22.60ID:BzRlVluz
真夏の日の午すぎ、やけた砂を踏みながら、水泳を習いに行く通りすがりに、嗅ぐともなく嗅いだ河の水のにおいも、今では年とともに、親しく思い出されるような気がする。
0906名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:03:54.72ID:BzRlVluz
あのどちらかと言えば、泥濁りのした大川のなま暖かい水に、限りないゆかしさを感じるのか。
0908名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:04:26.84ID:BzRlVluz
ただ、自分は、昔からあの水を見るごとに、なんとなく、涙を落したいような、言いがたい慰安と寂寥とを感じた。
0909名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:04:42.97ID:BzRlVluz
まったく、自分の住んでいる世界から遠ざかって、なつかしい思慕と追憶との国にはいるような心もちがした。
0910名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:04:58.98ID:BzRlVluz
この心もちのために、この慰安と寂寥とを味わいうるがために、自分は何よりも大川の水を愛するのである。
0911名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:05:15.07ID:BzRlVluz
銀灰色の靄と青い油のような川の水と、吐息のような、おぼつかない汽笛の音と、石炭船の鳶色の三角帆と、――
0912名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:05:31.18ID:BzRlVluz
すべてやみがたい哀愁をよび起すこれらの川のながめは、いかに自分の幼い心を、その岸に立つ楊柳の葉のごとく、おののかせたことであろう。
0913名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:05:47.17ID:BzRlVluz
この三年間、自分は山の手の郊外に、雑木林のかげになっている書斎で、平静な読書三昧にふけっていたが、それでもなお、月に二、三度は、あの大川の水をながめにゆくことを忘れなかった。
0914名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:06:03.28ID:BzRlVluz
動くともなく動き、流るるともなく流れる大川の水の色は、静寂な書斎の空気が休みなく与える刺戟と緊張とに、せつないほどあわただしく、動いている自分の心をも、ちょうど、長旅に出た巡礼が、ようやくまた故郷の土を踏んだ時のような、さびしい、自由な、なつかしさに、
0915名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:06:19.35ID:BzRlVluz
大川の水があって、はじめて自分はふたたび、純なる本来の感情に生きることができるのである。
0916名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:06:35.44ID:BzRlVluz
自分は幾度となく、青い水に臨んだアカシアが、初夏のやわらかな風にふかれて、ほろほろと白い花を落すのを見た。
0917名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:06:51.42ID:BzRlVluz
自分は幾度となく、霧の多い十一月の夜に、暗い水の空を寒むそうに鳴く、千鳥の声を聞いた。
0918名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:07:07.41ID:BzRlVluz
自分の見、自分の聞くすべてのものは、ことごとく、大川に対する自分の愛を新たにする。
0919名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:07:23.52ID:BzRlVluz
ちょうど、夏川の水から生まれる黒蜻蛉の羽のような、おののきやすい少年の心は、そのたびに新たな驚異の眸を見はらずにはいられないのである。
0920名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:07:39.65ID:BzRlVluz
ことに夜網の船の舷に倚って、音もなく流れる、黒い川をみつめながら、夜と水との中に漂う「死」の呼吸を感じた時、いかに自分は、たよりのないさびしさに迫られたことであろう。
0921名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:07:55.76ID:BzRlVluz
大川の流れを見るごとに、自分は、あの僧院の鐘の音と、鵠の声とに暮れて行くイタリアの水の都――
0922名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:08:11.75ID:BzRlVluz
バルコンにさく薔薇も百合も、水底に沈んだような月の光に青ざめて、黒い柩に似たゴンドラが、その中を橋から橋へ、夢のように漕いでゆく、ヴェネチアの風物に、あふるるばかりの熱情を注いだダンヌンチョの心もちを、いまさらのように慕わしく、
0924名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:08:43.71ID:BzRlVluz
この大川の水に撫愛される沿岸の町々は、皆自分にとって、忘れがたい、なつかしい町である。
0925名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:08:59.79ID:BzRlVluz
吾妻橋から川下ならば、駒形、並木、蔵前、代地、柳橋、あるいは多田の薬師前、うめ堀、横網の川岸――
0926名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:09:15.80ID:BzRlVluz
これらの町々を通る人の耳には、日をうけた土蔵の白壁と白壁との間から、格子戸づくりの薄暗い家と家との間から、あるいは銀茶色の芽をふいた、柳とアカシアとの並樹の間から、磨いたガラス板のように、青く光る大川の水は、その、冷やかな潮のにおいとともに、
0928名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:09:48.02ID:BzRlVluz
ああ、その水の声のなつかしさ、つぶやくように、すねるように、舌うつように、草の汁をしぼった青い水は、日も夜も同じように、両岸の石崖を洗ってゆく。
0929名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:10:04.14ID:BzRlVluz
班女といい、業平という、武蔵野の昔は知らず、遠くは多くの江戸浄瑠璃作者、近くは河竹黙阿弥翁が、浅草寺の鐘の音とともに、その殺し場のシュチンムングを、最も力強く表わすために、しばしば、その世話物の中に用いたものは、実にこの大川のさびしい水の響きであった。
0930名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:10:20.24ID:BzRlVluz
十六夜清心が身をなげた時にも、源之丞が鳥追姿のおこよを見そめた時にも、あるいはまた、鋳掛屋松五郎が蝙蝠の飛びかう夏の夕ぐれに、天秤をにないながら両国の橋を通った時にも、大川は今のごとく、船宿の桟橋に、岸の青蘆に、
0933名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:11:08.47ID:BzRlVluz
自分の記憶に誤りがないならば、吾妻橋から新大橋までの間に、もとは五つの渡しがあった。
0934名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:11:24.58ID:BzRlVluz
その中で、駒形の渡し、富士見の渡し、安宅の渡しの三つは、しだいに一つずつ、いつとなくすたれて、今ではただ一の橋から浜町へ渡る渡しと、御蔵橋から須賀町へ渡る渡しとの二つが、昔のままに残っている。
0935名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:11:40.56ID:BzRlVluz
自分が子供の時に比べれば、河の流れも変わり、芦荻の茂った所々の砂洲も、跡かたなく埋められてしまったが、この二つの渡しだけは、同じような底の浅い舟に、同じような老人の船頭をのせて、岸の柳の葉のように青い河の水を、
0939名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:12:44.65ID:BzRlVluz
ことに時刻がおそければおそいほど、渡し船のさびしさとうれしさとがしみじみと身にしみる。――
0940名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:13:00.76ID:BzRlVluz
低い舷の外はすぐに緑色のなめらかな水で、青銅のような鈍い光のある、幅の広い川面は、遠い新大橋にさえぎられるまで、ただ一目に見渡される。
0941名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:13:16.85ID:BzRlVluz
両岸の家々はもう、たそがれの鼠色に統一されて、その所々には障子にうつるともしびの光さえ黄色く靄の中に浮んでいる。
0942名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:13:32.83ID:BzRlVluz
上げ潮につれて灰色の帆を半ば張った伝馬船が一艘、二艘とまれに川を上って来るが、どの船もひっそりと静まって、舵を執る人の有無さえもわからない。
0943名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:13:48.94ID:BzRlVluz
自分はいつもこの静かな船の帆と、青く平らに流れる潮のにおいとに対して、なんということもなく、ホフマンスタアルのエアレエプニスという詩をよんだ時のような、言いようのないさびしさを感ずるとともに、自分の心の中にもまた、情緒の水のささやきが、
0944名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:14:05.04ID:BzRlVluz
靄の底を流れる大川の水と同じ旋律をうたっているような気がせずにはいられないのである。
0946名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:14:37.17ID:BzRlVluz
自分にとっては、この川の水の光がほとんど、どこにも見いだしがたい、なめらかさと暖かさとを持っているように思われるのである。
0948名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:15:09.35ID:BzRlVluz
といって潮の満干を全く感じない上流の川の水は、言わばエメラルドの色のように、あまりに軽く、余りに薄っぺらに光りすぎる。
0949名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:15:25.36ID:BzRlVluz
ただ淡水と潮水とが交錯する平原の大河の水は、冷やかな青に、濁った黄の暖かみを交えて、どことなく人間化された親しさと、人間らしい意味において、ライフライクな、なつかしさがあるように思われる。
0950名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:15:41.47ID:BzRlVluz
ことに大川は、赭ちゃけた粘土の多い関東平野を行きつくして、「東京」という大都会を静かに流れているだけに、その濁って、皺をよせて、気むずかしいユダヤの老爺のように、ぶつぶつ口小言を言う水の色が、いかにも落ついた、人なつかしい、
0952名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:16:13.46ID:BzRlVluz
そうして、同じく市の中を流れるにしても、なお「海」という大きな神秘と、絶えず直接の交通を続けているためか、川と川とをつなぐ掘割の水のように暗くない。
0954名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:16:45.56ID:BzRlVluz
しかもその動いてゆく先は、無始無終にわたる「永遠」の不可思議だという気がする。
0955名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:17:01.56ID:BzRlVluz
吾妻橋、厩橋、両国橋の間、香油のような青い水が、大きな橋台の花崗石とれんがとをひたしてゆくうれしさは言うまでもない。
0956名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:17:17.70ID:BzRlVluz
岸に近く、船宿の白い行灯をうつし、銀の葉うらを翻す柳をうつし、また水門にせかれては三味線の音のぬるむ昼すぎを、紅芙蓉の花になげきながら、気のよわい家鴨の羽にみだされて、人けのない廚の下を静かに光りながら流れるのも、
0958名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:17:49.80ID:BzRlVluz
たとえ、両国橋、新大橋、永代橋と、河口に近づくに従って、川の水は、著しく暖潮の深藍色を交えながら、騒音と煙塵とにみちた空気の下に、白くただれた目をぎらぎらとブリキのように反射して、
0959名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:18:05.92ID:BzRlVluz
石炭を積んだ達磨船や白ペンキのはげた古風な汽船をものうげにゆすぶっているにしても、自然の呼吸と人間の呼吸とが落ち合って、いつの間にか融合した都会の水の色の暖かさは、容易に消えてしまうものではない。
0960名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:18:22.01ID:BzRlVluz
ことに日暮れ、川の上に立ちこめる水蒸気と、しだいに暗くなる夕空の薄明りとは、この大川の水をして、ほとんど、比喩を絶した、微妙な色調を帯ばしめる。
0961名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:18:38.02ID:BzRlVluz
自分はひとり、渡し船の舷に肘をついて、もう靄のおりかけた、薄暮の川の水面を、なんということもなく見渡しながら、その暗緑色の水のあなた、暗い家々の空に大きな赤い月の出を見て、思わず涙を流したのを、おそらく終世忘れることはできないであろう。
0963名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:19:10.11ID:BzRlVluz
フロレンスのにおいは、イリスの白い花とほこりと靄と古の絵画のニスとのにおいである」(メレジュコウフスキイ)もし自分に「東京」のにおいを問う人があるならば、自分は大川の水のにおいと答えるのになんの躊躇もしないであろう。
0965名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:19:42.21ID:BzRlVluz
大川の水の色、大川の水のひびきは、我が愛する「東京」の色であり、声でなければならない。
0966名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:19:58.21ID:BzRlVluz
自分は大川あるがゆえに、「東京」を愛し、「東京」あるがゆえに、生活を愛するのである。
0968名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:20:30.34ID:BzRlVluz
すると店先の陳列台に古い菊判の本が一冊、「大久保湖州著、家康と直弼、引ナシ金五十銭」と云ふ貼り札の帯をかけたまま、雑書の上に抛り出してあつた。
0970名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:21:02.54ID:BzRlVluz
中は本の名の示す通り、徳川家康と井伊直弼とに関する史論を集めたものらしかつた。
0979名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:23:27.18ID:BzRlVluz
この湖州大久保余所五郎なるものは征夷大将軍徳川家康と処世訓の長短を比べてゐる。
0987名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:25:36.09ID:BzRlVluz
「若し徂徠にして白石の如く史を究めたらんには、其の史眼は必ず白石の上に出づべし。
0996名無しさん@お腹いっぱい。2018/03/03(土) 09:28:00.59ID:BzRlVluz
黄門何とてさる支那の一不平党に同感して、勤王の精神を現せる国史を編まんとはしけるぞ。
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