幼い頃に父が亡くなり、母は再婚もせずに私を育ててくれた。学もなく、技術もなかった
母は、個人商店の手伝いみたいな仕事で生計を立てていた。それでも当時住んでいた
土地は、まだ人情が残っていたので、何とか母子二人で質素に暮らしていけた。

娯楽をする余裕なんてなく、日曜日は母の手作りの弁当を持って、近所の河原とかに
遊びに行っていた。給料をもらった次の日曜日には、クリームパンとコーラを買ってくれた。

ある日、母が勤め先からジャンプフェスティバルのチケットを2枚もらってきた。私は生まれて初めての
コンサートに興奮し、母はいつもより少しだけ豪華な弁当を作ってくれた。

会場に着き、チケットを見せて入ろうとすると、係員に止められた。母がもらったのは
招待券ではなく優待券だった。チケット売り場で一人1000円ずつ払ってチケットを買わ
なければいけないと言われ、帰りの電車賃くらいしか持っていなかった私たちは、外の
ベンチで弁当を食べて帰った。電車の中で無言の母に「楽しかったよ」と言ったら、
母は「母ちゃん、バカでごめんね」と言って涙を少しこぼした。

私は母につらい思いをさせた貧乏がとことん嫌になって、一生懸命に絵の練習をした。
手塚賞で入選し、いっぱしの漫画家になった。
ジャンプ本誌デビューして、母に単行本を見てやることもできた。

そんな母が去年の暮れに亡くなった。死ぬ前に一度だけ目を覚まし、思い出したように
「ジャンプフェスティバル、ごめんね」と言った。私は「楽しかったよ」と言おうとしたが、最後まで声にならなかった。