【アックスボンバー】昭和の新日本プロレス50【三叉槍】
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
>>99
夏以降というのがいつを指すのかによるが、
猪木の復帰戦(vsラッシャー)の特番でvs藤波・前田で
藤波の回転エビ固めで浜口がフォール負けをしている。 >>111
あー、ハンセン自身の問題ね。でも全日ですっかり定着できたし転出はおおむね正解なんだろう。 >>113
ハンセンも気にしてNWAスタイルでやるのかと聞いたら新日本でやってたようにやってくれと言われたとか 猪木の名勝負を挙げるとなった場合、対外国人と対日本人どちらを挙げる人が多いのかな
時代的背景もあって対戦カード自体は対外国人のが圧倒的に多いだろうけど、名勝負となると票はそれなりに割れそう 前者はロビンソンで後者は小林との初戦というのが多そう >>116
猪木本人はロビンソン戦を一番には挙げないんだよな。
猪木としてはプロレスで一番快心の試合はドリー戦で
最高のライバルはシンだとか。 猪木的にはロビンソン相手に思う様な試合運びが出来なかったからかな? >>117
タイガー・ジェット・シンはあの当時のまだ勢いのない新日本をめちゃ稼がせてくれた救世主的存在だったから、みたいなことはピーターも言ってたね
だから猪木がシンを最も印象深い対戦相手に挙げるって >>112
サンクス。見てないかなんだか、ともあれ記憶になかったわ。 猪木vsアンドレで反則以外で決着がついた試合って
1、格闘技世界一決定戦として行われた試合で猪木のレフェリーストップ勝ち
2、猪木がギブアップ勝ちした試合
3、85年IWGP公式戦で猪木のエプロンカウント勝ち
4、坂口とフランクバロアが戦い始め、アンドレが坂口を追いかけていってリングアウト負け
5、フランクバロアが猪木の足を掬って、そこにアンドレがジャイアントプレスを決めてフォール勝ちした試合
6、2の近い前後に何かのトーナメントでアンドレの勝ち
まだまだ有るはずだが。 >>122
場外でカナディアンバックブリーカー→リバーススープレックスで返してリングアウト勝ちってなかったか?第1回MSGシリーズ決勝かな? ジャイアント・マシーンがワカマツの援護受けてフォール勝ちはある >>125
生中継に収めようと無理矢理決着つけたせいで会場が暴動寸前になったみたいね。 >>125
>>126
大木も猪木相手に秒殺リングアウト勝ちってあったよね。蔵前でのワールドリーグ開幕戦だったかな?
猪木が目当てで会場に来たファンからしたら、ああいう結末は「金返せ!」って感じるだろうな。 >猪木が目当てで会場に来たファンからしたら、ああいう結末は「金返せ!」って感じるだろうな。
そういうことならもっと酷いのは84年の3月だったと思うが
猪木が試合前に維新軍に襲撃で試合が出来なくなり、坂口に代わったやつ。
あれは猪木がよっぽど体調悪かったのかな?
確か翌週の中継も欠場だったはず。 対ハンセン戦の戦績という視点からいえば、あきらかに猪木>馬場となってしまうわけだが
馬場的には何の葛藤もなかったんだろうか。 >>128
坂口と谷津がテレビで当たったのはあの時だけか >>128
坂口と谷津がテレビで当たったのはあの時だけか >>129
全日本に来た時のハンセンはむしろアンドレと名勝負をやったハンセンの印象だからな
あれが無かったらまた扱いも違ったかも >>128
この試合の前日は大阪城ホールで初めてのプロレス開催だった
この大会って観客多かったのかな >>129
馬場自身はハンセンとの試合は楽しんでおり「負けても口惜しくない相手」とまで讃えている。
ヘンな話、馬場が初シングル戦でフォール勝ちしていたらファンの興味は半減し、ハンセンの商品価値も落ちていただろう。
それは超獣コンビの商品価値にも直結するから、ハンセン、ブロディに立ち向かう馬場、鶴田、ファンクスという図式を維持することが商売になると踏んだのだ。 >>134
馬場はキニスキーとかブルーザーとかハンセンみたいな真っ向勝負の相手を好んでたんだよな
その意味でブッチャーはあまり格好の相手ではなかったらしい >>129
残念ながら名勝負という視点になれば馬場>猪木になってしまう >>135
>キニスキーとかブルーザーとかハンセン
>みたいな真っ向勝負の相手を好んでたんだよな
>ブッチャーはあまり格好の相手ではなかったらしい
ブッチャーも真っ向勝負型だと思うが?
そうだとしても、キニスキー、ブルーザーは、
もう日プロ時代(〜72年夏まで)のライバル、まぁ全日時代も対戦したが
すでにピークは過ぎていた。そしてハンセンは82年以降、
全日の72年秋〜81年の馬場の相手は主にブッチャーだった。
格好の相手ではない選手と8年も抗争を繰り返したことになる。
あとレイスやドリーか?彼等こそ、真っ向勝負型ではないだろ? ハンセン離脱はかなり痛かったろうけど、それによって新日マットは誰でもラリアットを使用できる状況になった
長州は迫力不足を連発式で魅せ、ホーガンはただ真似るだけでなくエルボースタンプとの合体フォームでオリジナリティをアピール
ラッシャーは得意技が一つ増え、アドニスオートンは仰天ツープラトンを発明
特にホーガン長州はハンセン並みの注目選手として格上げに成功し
現有戦力で人気維持に成功した“持たざる者“新日の錬金術
ただし人気選手が一斉に抜けた84年以降はどうしようもなかったというオチもつく >>135
馬場は著書でブッチャーと対戦した期間を「レスリングしなくなった」と自虐していた。
たぶんグラウンドの攻防ができなかったことを指しているのかと思う。
ブルーザーとのグラウンドも想像できないが、キニスキーとハンセンはグラウンドの攻防ができたから馬場的には満足度が高かったのだろうね。 >>139
長州が連発するようになったのは平成に入ってからだけど >>137
そんなわけあるかw
馬場なんてずっと笑われてただろ >>128
1982年に歩くことさえおぼつかなくなって糖尿病で入院した時に
医師から引退勧告をされたからね。
糖尿病は完治しない事に加えて、加齢もあって、もうコンディションは戻らなかった。
個人的には猪木の実質的な引退試合は1983年のホーガン戦だったと思っている。 >>142
いや、そこは認めようよ
猪木ハンセンより
馬場ハンセンははるかに熱いよ
だいたいラリアットを首をかがめてかわすなんて、プロなら絶対やっちゃいけないこと
馬場は100%受け止めてた >>144
だから馬場の試合はつまらない
必殺技はくらったら大変なことになるから必殺技なんだよ
馬場なんて前田のキックをノーガードで受けてしらけさせた上田と同レベル 猪木VSハンセンの方が、馬場VSハンセンよりはるかにスリリングで面白いと思う。この辺りは新日派と全日派の違いかな >>145
でもYouTubeが出てきてアメリカのファンとかが馬場の試合を投稿してるのとか観てると、やっぱり迫力が猪木とは違うよ
そりゃ同日にデビューしても馬場が前面になるのは仕方がない
それほどの開きがあったってことだ
俺らは世代的に馬場の衰えた後しか知らないのと、ギリギリ猪木が健在の時期しか知らないんだこら 猪木VSハンセンはマタドールVS猛牛
馬場対ハンセンは巨象対猛牛 >>147
UWFの使い方でも猪木のほうが圧倒的にセンスがある
馬場のプロレスはつまらない >>149
残念ながらプロレスのセンスでも馬場が一枚上かな
ハヤブサや人生といきなり6人タッグになっても馬場は本当にプロレスがうまい >>150
それはハヤブサや人生がうまいだけ
猪木は前田みたいに不器用なレスラーも強豪に仕立て上げた
猪木のほうが圧倒的に上 >>148
ハンセンを猪木が調教したから、馬場はハンセンと好勝負ができたんじゃないかな。
猪木からNWFを奪取したころのハンセンの暴れっぷりは馬場じゃ制御できない。 晩年の馬場しか知らないけど本当にしんでしまうのではないかと心配になる演技力だったけど、猪木のは何となく白々しいなと思って見ていた。毎週45分に逆転するし。渕さんの本読むと馬場は猪木の演技を真似しろと教えていたそうだが 全日移籍して馬場と対戦したハンセンによって落ち目と見られてた馬場が蘇った、と当時評価されたらしいね
新日に居続けても早い段階で日本人対決の波で下の世代の格上げのために使われてそうだし、あのタイミングでの全日行きはハンセンにとってベストだったのかもね 転生したら昭和中堅レスラーだった件・第1話〜第5話 85IWGPタッグリーグ幻のフルメンバー
猪木&坂口
藤波&木村
ナガサキ&ポーゴ
ブロディ&スヌーカ
マードック&アドニス
アンドレ&スーパースター
カネック&ドスカラス
ヒギンズ&バーバリアン 85アイダブタグリでぇハルホーがぁー参戦しちょればぁ凄かったぞぇ。
そぉなりゃあシンニプロレの歴史ん残る大会んなっただろぉしぃ。
しかしぃハルホーはぁダブエ王者んなっちょったからぁフル参戦もぉ無理だったらかんな。
しかもぉシンニプロレとダブエはぁ契約がぁー切れちゃったんよぉ。 >>157
これ実現してたら凄かっただろうね。
アンドレとスーパースターはマシーンでの参加だったんだろうか? >>55
おじいちゃんリアルタイマーじゃないけど、
あの時代のホーガンが一番輝いていた
魅力的だったって人多いぞ >>138
ブッチャーのプロレスはむしろ間合いと緩急だと思う >>148
馬場とハンセンの初対決で一番繰り返される場面は序盤の十六文
あれに馬場ハンセン戦の醍醐味が一番出ていた >>151
見てねーだろ
馬場最後の東京ドームの試合
馬場の最後の輝きだったわ
新日ファン、いや猪木オタは馬場という名前が出るだけで攻撃的になるからなあ
BI砲と言ったところで、10年間馬場が上だったことへのコンプレックスじゃねーか
認めたくないのはわかるがもういい爺さんだろ、お前らも シンニプロレでぇハルホーとブルブの試合はぁ見たかったかんな。
ブルブのシンニプロレ移籍で実現するっちゅうにぃ期待しちょったぞぇ。
ハルホーやアンジャやマエアとの試合はぁ見たかったんよぉ。 >>168
そう、パンフでは組み合わせこそ変わっていたが選手の説明文は猪木藤波と坂口木村だった。
前年のファン投票で見たいタッグマッチの第一位が猪木坂口vs藤波木村だったし、
藤波木村は新日限定とはいえインタータッグのチャンプでもあったんだから、
この組み合わせで行くことが本来の姿だったはずだよな。
もし当初の予定通り猪木藤波と坂口木村だったとして、
決勝でブロディ・スヌーカがボイコットしてしまったら、
決勝戦は猪木・藤波vsマードック・スーパースターってことになってたわ。
これだったらいくら大人しい仙台のファンでも激怒したのに違いない。 >>152
当時のハンセンはまだバタバタした動きだった
最終的にハンセンをスーパースターにしたのはやはり田コロのアンドレの印象 86年IWGPでのアンドレvs藤原ってどういう試合だったのかね? >>171
この年のリーグ戦では他にも坂口対藤原、前田対スヌーカ、猪木対ワラスなど見てみたいカードが多かった
あと名古屋での藤波対上田がやったとしての結果が気になる >>171
アンドレが藤原になんか挑発されて場外に追って行って
両リンに持ち込まれたみたいな展開だったかな
すぐ終わったのと、その前の高田vs越中が消化不良なのが残ってて
記憶が正確じゃないかも >>173
それだったらツマラン試合だな。
ワラスといえば、柔道時代に山下から幻の一本を取ったんだよな
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%83%A9%E3%82%B9
新日も全日もプロレスマスコミもワラス本人もなんでそっちを強調しなかったのかね?
当時山下ってロス五輪の後で国民的ヒーローみたいな感も有ったから、
「山下から幻の一本を取った男!」は凄いアピールになっただろうに。 坂口が猪木をアトミックドロップの体勢から股間をトップロープに打ち付けてリングアウト勝ちしたのは、猪木がシリーズ中に写真週刊誌に女性との密会写真を撮られたバツの為とかホントかね。 >>173
もしアンドレ−ブロディ戦が組まれたらワカマツに挑発されたブロディがリング下に降りて、
そんな感じの消化不良の試合で終わる予感しかないな。 >>175
>坂口が猪木をアトミックドロップの体勢から股間をトップロープに打ち付けて
そのムーブって、猪木はバックランドにもやられたことあったよね?猪木がWWF奪取した後のリターンマッチだっけ? 86IWGPの前田藤波戦 藤波負傷はガチなのかカットなのか
当時はみんな事故と思っていたがこの年決勝で猪木藤波戦やったとは思えないんだよな
後年マードックが全日行きをマスコミに流してランクアップさせたとか話がでてきて
あの傷がカットなら藤波の演技力は凄いなと ビデオなんかでは大車輪キックの次のシーンでいきなり流血になってるが、実は大車輪キックのあと一旦藤波はリング下に落ちてその周りでセコンドとレフリーがワチャワチャやってる >>178
前田が猪木に従順だったら、決勝で猪木、前田戦だったのかなと何となく思う。 >>179
大車輪キックの後場外に落ちてまたコーナーポストに同じ体勢でいるのは無理があるのでは? >>178
アクシデントとしか思えない、あの二人の対決にヘビージュースが必要とは思えんしなぁ >>178
アクシデントでしょ?
ガチ流血でそれ以降の試合欠場してるし。
次のシリーズでジョージが同じ状況で大車輪キック喰らって流血した時はミスター高橋が何かやってたけどw >>184
怪我により藤波が欠場したことで上田に不戦敗
結果マードックが決勝へ進んだでしょ
それがアクシデントかブックなのかってことです >>185
藤波の怪我はアクシデントだろうけど、リーグ戦の星取りは予定通りでしょ?
本来の予定だと藤波vs前田は時間切れ引き分けとかだったのが
藤波の怪我というアクシデントが起こったので咄嗟の機転でああいう形で収めたのだと思う。
リーグ戦の途中で予定を変更したんじゃないかな?と思うのは84年初頭のWWFジュニアのそれ。
当初コブラが優勝する予定だったけど、コブラが人気が上がらず、キッドが予想以上の人気だったので途中で変更したんじゃないかな? 途中で予定変更と言われるのは1981年のMSGタッグ
ハンセンが年末になっても離婚問題を理由に契約更新を拒んでいたので
流石に全日移籍を感づかれて、アンドレ、グレイ組の優勝に変更したと言われている。
負け要員のグレイと組ませていたのにアンドレ組の優勝は不自然だものね。 >>180
前田はあの後マードックに勝てば決勝進出で猪木と対戦だった。
UWFから戻ってきていた時期、前田は二度「これに勝てば猪木とのシングルマッチ」というケースが有ったけど、それがこのマードック戦と藤原戦。高橋は『伝説の四十番』で「猪木と前田が対峙するときは必ず藤原やマードックのような前田をコントロールできるレスラーを一枚かませるようにした」と書いていたが、それと合わせて考えると面白い。 猪木とマードックの決勝は良いんだけどやっぱジャーマンで終わるべきだったな 反応ないからって何回も同じ書き込みしなくていいよお爺ちゃん
399 名前:お前名無しだろ (ワッチョイ 5524-TT6p)[] 投稿日:2023/10/05(木) 07:19:27.53 ID:yuIx7Qmq0
高橋の一連の書籍を頭に入れた上で過去の試合を考えると色々と辻褄が合う部分がある。
例えば、猪木と前田が対峙する時は、藤原やマードックのような前田の暴走を抑えることが出来るレスラーをかませるようにした、と書いていたが、
UWFとして新日に上がっていた時代に前田には「この試合に勝てば猪木とシングル対決」というのが2回有り、
その相手が藤原とマードックだった。
972 名前:お前名無しだろ (中止 5321-zW/F)[sage] 投稿日:2023/10/31(火) 07:20:40.92 ID:wb9FAqEF0HLWN
「これに勝てば猪木VS前田が実現」って試合で前田に当てたのが藤原とマードックなのが露骨
恐くてブック破りなんてできない相手を当てている
こういうのもプロレスの面白さ
139 名前:お前名無しだろ (ワッチョイ 62eb-ZTan)[sage] 投稿日:2023/11/05(日) 11:39:44.52 ID:jE8yIAPf0
>>137
武藤は若手の頃から道場最強クラスの強さだった事は色々な人が言っているから
ブック破りまで考えて武藤を当てたんだろうね
そのへんを見返すのもプロレスの面白さ
「これで前田が勝てば猪木VS前田が実現」って試合で前田に当てたのが藤原とマードックだったり。 リーグ戦で途中帰国とかあるけどほとんど事前にそういうスケジュールだったというのはよくあるケースじゃない?
なんつうか85年IWGPタッグの当初発表のメンツもなんか怪しいなw アンドレとブロディ同時来日ってちょっと時期的に早いのではと
それ以下の外人もかなり豪華だし、今となっては何とでも思えるが、まあ期待を持たせて変更と言うのは詐欺に近いかもだが。 1984年のMSGタッグでのホーガンは明らかにそうだが
(開幕戦で猪木組vsホーガン組の公式戦をやるのが不自然)
83年IWGPのオットーワンツもそうなのかな?
ディノブラボーの「自宅が泥棒に入られて不安だから」というのはガチかな?後に射殺されたようにブラボーはヤバい連中に関わっていたようだし。 藤波が名古屋で上田からクリーンフォールを取れば前田やマードックより上位になったんじゃなかったっけ。さすがにあそこで上田に足を引っ張られるとは思えんし、猪木vs藤波の決勝だったんじゃないか、86年は 第2回MSGタッグのパターソンとサモアンズもそうだな。
負傷帰国になってるけど2日後くらいにはWWFのサーキットに合流してる。
あと前年のベーカーもそうじゃないかと。
元々スーパースターの代打探しで片っ端から声かけたら1週間だけ引っかかったのがベーカーだったと、確か当時ロスのトップヒールだったと思う。
お荷物になったパワーズには難癖付けて切ったんだろう。 >>192
ワンツは試合ではなく何かのアクシデントでけがをしたと思われ
俺の兄貴の友人がワンツにサインを貰ったそうだが
その時若手二人に両側から支えられていたそうだ >>192
IWGPのお返しに鉄柱にぶつけるという猪木ファンの溜飲が下がる形だったな >>192
あらためて。
85年新春ではバスの事故で上田やブッチャーがけがをして病院に運ばれてるんだけど、
数日欠場しただけで普通に試合してるんだっけ。
するとワンツがけがをしたというのもなんか怪しくなってきたな。
兄友人がサインを貰ったのは選手が宿泊していたホテルだから演技ではないと思うが、
欠場して帰国なんてよほどの大けがでないとあり得んよね。 >>193
藤波が85年のタッグリーグ決勝の星を返す予定だったのかな。藤波が嫌がりそう、 >>192
開幕戦なら猪木、ホーガンの絡みは目玉だから不自然ではないと思う。
翌年の新春も短期間来てるし。
むしろその前の9月にビンズと来日したあたりから関係が怪しかったとは思う。 ホーガンのパートナーがワイルドサモアンってだけで、すでに怪しさ満載。いくらなんでもそれほどの格下をあてがわない。 >>199
元日が再戦だったな
ホーガンが後楽園に出た最後の試合だったか >>199
でも猪木組とホーガン組といえば共に本命だと思うけど、
昭和新日のその手のリーグ戦で本命同士が開幕戦で当たることって有った? >>201
番組前半がMSGからで、後半が後楽園からだったっけ?
猪木、ホーガン、コブラ等は二試合が放送されることになったんだけど、
そうでもしなけりゃ特番としての試合数が組めないぐらい当時の新日は選手層が薄くなっていたな。
一番印象に残っているのはストロングマシーン1号2号の替え玉騒動かな。
ホーガンvsアイアンシークは良かった。 >>193
藤波の足を引っ張るのが上田の役割じゃない? >>202
一応優勝候補同士ってのは、81年開幕戦の猪木&藤波vsアンドレ&グレイがそうだよね。結果的に決勝も同カードになった。 >>202
第三回タッグリーグでは開幕戦で猪木組とアンドレ組だね。
グレイと組んでるアンドレを優勝候補とは呼ばないだろという意見はなくもないけど。 >>193
私も1点差で藤波が決勝進出のブックだったと思う。ケガで欠場したのがアクシデント。猪木vs前田はできないからマードック。 >>207
テレビで観ていたのに忘れていた。
結構優勝候補同士が開幕戦でぶつかるって有ったんだな。
84年MSGタッグのホーガンが最初から開幕戦だけの契約だったと思うのには変わりないけど。 >>200
ホーガン、サモアン組は100%1試合だけ試合して帰る予定だったんだろうね
当時はWWFが全米侵攻を開始していて日本にかまっていられなかった
親日家で一流レスラーをバンバン日本に送ってくれたビンス・シニアと違って
ジュニアは親日家ではなかった。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています