【天才コンビ】 三沢、川田組ベストバウトを語るスレ 【王道プロレス】
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キッドがこの二人はとにかくハードワークで素晴らしかったて自伝で書いてたけど
実はブリティッシュブルドッグスVSタイガー川田組が80年代に実現してて
スミスが川田を本部席でバイルドライバーした無茶な試合をYOUTUBEで見た 91年最強タッグ優勝戦だな。負けたけど、感動した。 >>5
実況含めて良かったですね。プロレスは、若貴には、負けない。by若林 92年では殺人魚雷との同点決勝を期待したんだがな
初優勝はしたものの実際は秋山の御披露目の相手役にされてしまった感じだが >>8
川田がホントは前の年に優勝しなくちゃいけなかった、って言ってたね >>9
初優勝の時には既に次が迫りつつあるという印象 三沢は昭和57年のロッキー羽田戦。
川田は昭和58年の百田戦。 >>8
元々、千秋楽の武道館は、鶴田組対三沢組だったんだよな。
鶴田の休場がなければ、鶴田が秋の世界タッグでのギブアップ負けのリベンジか?
それとも三沢たちの初優勝か?で、まだ盛り上がったんだろうがな。
三沢も巡業中に、得意技である『しょうもない怪我』で片足び○こなって精彩欠くし、
思えばこの最強タッグがSWSバッシングを切欠に盛り上がってきた全日フィーバーの翳りが、
段々と如実になってきた時期だったのかもな。
次の年から、三沢川田が解消されて所謂四天王プロレスが始まり、
全日信者内部は盛り上がり訳だが、番組放送枠自体は30分に縮小されてしまうしな。 >>14
パンフレットの都合か分からんが、あそこはメインとセミを逆で試合してほしかった。
盛り上がらないの100%わかるだろうに...あれはダメだよ ハンセン・エースと殺人魚雷が引き分けで三沢・川田優勝となるか
実際の待機組優勝は翌々年で実現だったが 分裂後のドームシングル
三沢も川田もコンディション最悪。
三沢のコンディションは川田以上ハニトーの食いすぎで、ですぎたハラで、パンツのゴムが切れて
試合中はんケツ晒して、エルボーしてはズリあげ、ねっ転んで休憩してはズリあげ
花道では、動けなくなくて、川田が迎えに行く始末。川田の試合後の「この一戦でやってきたことが全部台無しになった」は
当然。パンツのゴムと半ケツ気にしながら試合する滑稽な三沢が最高の試合だった。ワーストじゃなく、ベストバウト >>14
鶴田のギブアップ負けはその1年前の9月。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています