大会場なのにカードがショボかった大会 part2
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>>1乙
良いスレだった
1000行くの速かったな >>1
乙です
>>2
てか、みんなよく覚えてるな 86年4月 両国
メイン 猪木、上田対ジャイアント、ワカマツ
いま思えば斬新なメインだ… スレ立て乙です。
前スレはホント、いいスレだった。 前のスレで新日のドーム開催が話題になっていたけど、
昔の週プロかゴングに長州が現場監督のときは
ナゴヤドームや大阪のドームの方から新日に「使ってください」と
営業があったと載っていた。凄い時代だな。
>>6
若松、自慢の試合らしい。 >>6
でもあのタイミングでは受けたカードだと思うよ。
国際の前座レスラーが両国のメインとか、そらあ一世一代の試合だろう。 >>9
上田も蔵前、両国でメイン張れて嬉しかっただろうな。 >>9
その頃にはUWFも帰ってきてたろうに、当時はワカマツに一発制裁加えないと収まらないムードだったんだろうね。
その前年はブロディの来ないシリーズが大変で、前スレにもあった猪木とマシン2号が東体のメインだった事もあったしね。 >>6
この時のセミやセミ前はどんなカードだったんだろう。 スレ立て乙です!
1990年12月 両国
藤波、木村vs長州、木戸
と
両国7連戦七日間
全部観戦した俺は前スレではエリートなんだと思ったw >>14
エリートかどうかは知らんが、こんなカードを両国でぶつけてくるのも、七連戦する団体も今後ないだろうから、そういう意味では貴重な経験だな 両国七連戦は最終戦が取れなかったから諦めたんだが、今思うと取れなくて良かったと思う 90年12月の両国、ノートンのデカさは2階席からでも凄かった。 ゴマシオ永島は両国7連戦は全部超満員だったと大嘘ついてたな。 >>17
見た見た、両国行ったよ。
後藤じゃ勿体なかった。
せめてマシーンかなんかと当てれば。
試合後にノートンが退場した時に奥にウイリアムスの姿が見えた。
ノートン入場コーナーの対角の位置に座ってたから。
ノートンとウイリアムスは全く絡みがなかったが。
ウイリアムスはこのシリーズが新日最後に。 それから10年後にウイリアムスVSノートンは実現したがしょっぱかったな >>19
ノートンの対戦相手、最初、マサかと思ったんだよ。
確かに、後藤じゃ勿体無かった。
Uインターでのベイダー初戦の中野と一緒w 2016年のSUPER JCUP有明コロシアムは最悪な大会だったわ。
しょーもねー6人タッグやら、IWGPJr.王者優勝とか。
ノアが、できもしないのに会場おさえて新日本に丸投げとか、かつて夢の祭典のような、JCUPも価値さがるわ。
実際、新日本とノアの両方でFC先行予約していた。
だけど、予約日程は新日本の先。
おもしろいね、ノアって。
それにどう考えても、1000人もいないような会場で、3000人やら発表されていた。
まあ、1万人規模の有明で3000人もガラガラだけどね。 ノアの武道館大会の方が、メイン糞以下だっただろ?
メインが、なんか訳のわからんJr.リーグ戦の一試合だった。
その翌年に三沢が死亡したね。 ノアの有コロも酷かったけどな
何で有コロでビッグマッチやろうとしたんだろ? ノアの有コロでやった秋山vs小川も大概じゃね?
観戦してた友人から小川勝ったって連絡もらって、はぁ?ってなったわw 両国7連戦は二日目が結構空いていたが
馳が橋本に勝つ番狂わせがあって内容的には良かった 94年のG1、観戦したのは何日目か忘れたけど、橋本vs パワーが組まれてて、ラッキーって思ってたら、両者ヘロヘロになった挙げ句、ドローw
でも、馳vs越中が凄かったから満足。
あ、武藤が長州に勝った日ね。 武藤のサソリ返しとか馳の裏STFとか
大舞台で新技の発表は良いね >>10
馬之助の蔵前のメインってどんなのがあった?
武道館なら猪木とのネールデスマッチがあったけと。 シン上田vs馬場サンマルチノ 81/10/9蔵前国技館メインイベント >>30
猪木、坂口vsシン、上田の北米タッグとか蔵前じゃなかったっけ >>26
2日目観戦した!
藤原対彰俊 藤波、ライガー対天龍、北原
ホーク、パワー対ノッブス、サッグスなど公式戦以外にも好カードが多かったので当たりだった
あと武藤も6人タッグだけど第2試合目に出てた >>28
入場の際の大越中コールに鳥肌立った思い出が…つくづく名曲だなぁ 越中って、ごくたまにファンの気持ち一身に背負うような試合するよね。 >>35-36
越中コールが一番凄かったのは
大阪城ホールの天龍戦(年内最終戦)だったと思う。
相手が外敵だから越中への応援が凄かった。
両国の高田戦もUインター主催じゃなくて、新日主催だったら凄かったはず。 >>37
それGスピリッツで見たら
府立体育会館開催だね
その時なんで外様同士の試合がメイン云々で揉めたとか >>37
場所は府立だよ
もっともあの時は関係者が、「城ホールでやれば良かった」と言ったほどチケットバカ売れだったそうだけど >>36
95年のG1開幕の武藤戦も勝った瞬間に会場大爆発したなぁ
武藤が優勝したときよりも盛り上がり上だった気がする ただ蝶野によると、あの頃は控え室で武藤橋本と「エッチューさんマジプロレスヘタクソだよなー」とこぼしていたらしい。
こないだもカブキを呼んだCSの特番で、維震軍のVを見ながら、
「越中さんなんで人気あるの?試合ヘタクソなのに」とぼやいていた 蝶野は結構越中をディスるなwグレートムタの初戦がサムライシローだった事も酷評してた 蝶野-越中戦は、越中の方が勝つ試合多かったイメージがある。
そのせいでは… 蝶野・越中といえばブレーンバスター合戦だな
蝶野のブレーンバスターが見られるのはこの試合だけ 昭和41年3月26日
蔵前国技館
馬場、大木vsGグラブマイヤー、Bリバー
外人が無名すぎる・・ 94年2月新日 武道館
メイン 橋本対ライガー
セミ 藤波、長州、木戸対パワー、野上、飯塚
蝶野対後藤 馳対安田忠夫
ファン感謝デーで入場料安かったんだけど、
ちょいショボかった…
セミは藤波、長州対ムタ、パワーの予定がムタの怪我で一気にショボいカードに変更された >>37
ムタvs馳(第二戦)のあった大阪府立やな。
新日は、その時の旬な選手同士を当てるし、メインでもやるよな。ドームの冬木vs安生とかね(新日関係ないよな)。
逆に旬でなければいいカードでも下の方で組むし。96年末の蝶野・天山vsロードウォーリーズみたいね。 >>47
大宮で蝶野、天山対スタイナーズもあったね 武道館
天龍、アニマル、ホークvs鶴田、谷津、高野
武道館のメインで高野負け決まってる6人タッグって・・・
しかも高野か奮起するならまだしも・・・
ただの豪華な6人タッグ・・・ >>49
セミはリッキースティムボート対タイガーマスクだったね >>49
日本のプロレス史上最初にブーイング(ヤジではなくBoooo)が飛んだ日 >>52
そのシリーズ開幕2戦目の五輪×義兄弟の世界タッグ戦じゃなかったか?日本初のブーイング。
もしくは開幕戦の五輪×天龍川田の世界タッグ戦だったか。直前のカンザス遠征(ハンセンゴディ×五輪)をオンエアーしたときに現地のブーイングが放送されて日本に輸入されたんだよな >>49
試合自体は面白くて録画したビデオ何度も再生したな ブーイングといえば新日両国大会でのターザン山本への大ブーイング
山本が没落する直接的なキッカケになったと思う 越中が嫌われたのは段取り無視して2カウントで返すから >>56
>越中が嫌われたのは、段取り無視して
ファンが声を掛けても無視するので
嫌われている。
そこは悪い意味で馬場譲り >>46
セミのカード変更はいただけなかったけど(怪我だから仕方ないけど)、この時は今と違ってヘビー王者vsジュニアヘビー王者の対決無かったし、安田のデビュー戦も期待されてたからそんなに悪いカードでは無かったとは思う
武道館のムタ&パワーvsスタイナーズがムタ&ライガーvsスタイナーズに代わったのに比べたらがっかり度高いが(JJジャックス本当にダメだったし) 去年の新日本 神戸ワールド記念ホール
ジュースvsケニーのUS選手権ってのもまぁまぁひどいよね >>52
ブーイングって平成になってからなの?昭和時代の悪役レスラーもブーイングを浴びていたという記事度々目にしてたけど、実際はブーイング浴びてなかったってことかな。 >>60
この時はライガー&パワーでスタイナー兄弟とやってたね。 >>43
95年1月のUインター武道館。
ベイダーvsオブライトの選手権試合。
派手な試合を期待してたら10分弱、フィニッシュは胴締めスリーパー。
会場、ざわついてたわw >>61
昭和のブーイングは罵声や野次「バカヤロー!」とか「死んじまえ!」「百田パンツ汚ねぇぞ!」など
平成に広まったブーイングは文字通り「boo〜!」と叫ぶ。 >>37-38 >>47
府立の方だったか、すまん。
そんな年内最終戦のメインを務めた越中が、
その後の1.4東京ドームでは第1試合だったりするから、会社から見れば便利な選手だったんだろうな。
>>43
蝶野の首が悪い時だったから、「蝶野が越中との対戦で分が悪いのは
首にダメージが残るパワーボムを得意とするから」と勝手に思っていたわ。
>>58
ムタ&パワーのタッグって記憶ないけど、その後は組んだことあったっけ? >>60
間違えた
>>62 の指摘にあるようにパワー&ライガーになった 蝶野の越中評て不思議だな
G1では外れ無しで手が合うしヒール像も対比して映える
ナイトスクープの依頼者が越中ファンで「俺が一番嫌いなレスラー」と返して認めてると思ってたらCSでナチュラルな悪口多くて一貫して試合が下手だと言ってる 越中は反体制を気取りながら、裏では長州とベッタリなんで意外とレスラー間では嫌われてた。
橋本もボロクソに言ってたし、気が合わなくてクビにされた青柳に恨まれたり。 >>70
小判ザメタイプだったんだね、意外だ…
後楽園で長州が「カブキてめぇーもだ」たか狭いところで言い争ってたのになぁ >>63
それは「メインの試合内容が悪かった大会」であって
(それは同感)、「大会場なのにカードがショボかった
大会」ではない。Uインターの外人頂上対決だ。
俺も期待していった。 92年6月の新日武道館
橋本、武藤対飯塚、キャット
まあ第6試合あたりだったけど…
野上が壊されての変更カードだけどキャットは渋いなぁ〜 >>72
申し訳ない
勘違いしました。
Uインターもトーナメントを武道館でやってたけど、2回戦なんかは他の会場でも良かったんじゃないかと思ったな。
(それでも行ったけど) 95年最強タッグ武道館、セミファイナルで多聞×オブライト
メインの四天王優勝戦1本で勝負する日かも分からんけど、こんなん武道館のセミでやるカードじゃねぇー。
そのメインの優勝戦も時間無制限1本勝負だったから、昨日のオカダケニーじゃないけど65分くらいの決着を期待してたら27分くらいであっさり終了。
18時開始でメインが始まったときに20時半を回ってたから30分前後で終わりそうだな、とは(当時プロレスの仕組みを完全に理解してなかったにしろ)薄々分かってたけど・・・ >>70
復帰戦の相手を務めたりドラゴンボンバーズのメンバーとして真っ先に手をあげたりとバリバリの藤波派だと思ってたから、WJに移籍した時は本当にビックリした >>76
あの年は四天王絡みで60分フルタイム連発してたんよ >>70
なるほどね。
蝶野と揉めたときは、まさに越中は反体制派そのものだったけど、
それで長州とベッタリだと蝶野は気に食わないよな。
長州も昭和維新軍を再結成して自分が楽しみつつ、越中を助けたことにもなるが。 >>37
大阪府立
当日券目当てで会場行ったがチケット買えなくて渋々帰った ((T_T))
あれから数年後の大阪府立のG1
越中がフワァーとしたゆっくりしたパワーボムで蝶野を仕止めた。蝶野の首をかばうやさしいパワーだった。今思えば。 越中はリアリティというか人間臭さがファンに人気あった要因よね
逆に業界人気あったヒロはプロレスやってますって感じで感情移入してる人はいなかったと思う 日本初のブーイングは百田の世界Jr.挑戦(六時半の男からの脱却)だと思うが。
後楽園ホール。
相手にとんだ。マイティだっけ? 1995.1.4ドーム
橋本vs健介
武藤・馳vsスタイナーズ
猪木vsホーガンをブッキング失敗したらしいけど、それにしても地味なカードが並んだ印象 >>78
新日本に移籍していた当初は藤波派だったけど
段々藤波のこんにゃくな態度に嫌気がさし、また
反選手会同盟あたりから長州の信頼を得られるようになって
長州派になったような気がする。 >>84
少なくとも、武藤・馳vsスタイナーズ まで地味だというのなら
あんたには何も言えねぇわw >>84
調べたら第一試合が大谷vsサムライ、第二試合が保永vsサスケっていう渋いカードだし、
猪木vsゴルドーやスティングの異種格闘技戦も有ってそんなにショボいとは思えなかった
ただ、ホークvsノートンや金本vs永田とかのカード見るとかなりカード編成苦労したのは感じる >>84
現場にいた。
ホント、武藤- 馳vs スタイナーズが地味って(笑) 95年ドームは猪木とスティングに無茶させた大会だったと思う
猪木が花道で膝をついて動けなくなるシーンが1番のハイライトでは?
スティングは猪木との試合で毒を注入されて後に黒スティングになるというのがオレ個人の解釈 トーナメント一回戦でスティングと対戦した怪しげな格闘家がいなかったっけ? >>90
トニー-パルモラ
モンスターマンの弟子という触れ込みで来た。
てか、モンスターマンをどれだけの人が理解出来てたんだろうw スティングはあの時初めての異種格闘技戦ってことで凄くナーバスになってたそうだが、猪木引退カウントダウンの相手に選ばれた理由が今でも謎 >>87
試合数が多かったよね、12試合くらい…
確かに藤波、平田対蝶野、サブー
越中、小原対シン親子、長州、谷津対木村、後藤など普通のタッグマッチが並んでいた
天山の帰国第一戦はインパクトあったなぁ
入場曲がカッコいいなと思ったと >>84
95年の1・4は天龍(WAR勢)との
抗争が収まり、高田(Uインター)との
対抗戦の前で、外敵がいなかった時だな。
武藤&馳対スタイナー兄弟はその前年の1.4にも
組まれていたし、もうこの兄弟もいささか飽きられ
始めていた時だ。 あの頃の新日は東京ドームよりも福岡ドームのほうにいいカードを組んでた
93、94、95とどれも同時期のドーム(新日VSインター除く)よりお祭り感ある大会だった
福岡だと東京よりチケットが動きにくいと判断していいカード持ってきてたのだろうか? >>95
福岡で5万人集めるには東京で15万人集めるのと同じといろんなイベントで言われていた 確かにスタイナーズvs武藤・馳は目新しくなかっただけで、地味・・じゃないか(笑)
ホークvsノートンとか猪木vsスティングとか、内容もアレだったし、超目玉カードがなくて全体に寂しかった印象が残ってます。 >>86
武藤&馳vsスタイナー兄弟は前年のドームから四試合目(直前の12月にも、ノンタイトルでやってた)なので新鮮味がなかったよな 試合時間も25分くらいと長めで疲れてしまい集中力ない状態で観戦した覚えが… 武藤&馳なら外れないだろうっていう新日フロントの安易な考えがうかがえる ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています