馬場が死ぬ直前の三沢の1試合当たりのギャラが12〜13万円だった
みたいだな。年間だと1600万円ぐらいになり、そこに役員手当や
ボーナスが加算されて2000万円に届くぐらいだったらしい。

馬場は内訳は知らんが、全日本プロレスから年間5000万円の報酬を
受け取っていた。そこに、ジャイアントサービスのロイヤリティと、
テレビの出演料が加算されれば、年収は1億円を超えていただろう。

三沢もノアを創って独立してからは、年間3000万円程度の年収が
あったみたいだが、地上波テレビ中継を打ち切られ、それから
数ヶ月でリング上に散った。その後のノアの凋落ぶりは周知の通り。

三沢が馬場の死後、独立したくなった気持ちも分かるけど、経営者
として団体を継続させ、何十人ものレスラーや社員の雇用を守るのは、
周囲が思うほど簡単ではない。