日本でウケなかった外国人選手
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ジェフハーディ
調子悪かったんだろうけど、内藤戦に期待してたのに…
怪我かなんかあったんだっけ? >>396
欧州出身でも、キッドやスミスはカルガリー色が強いし、
ロビンソンはAWA色が強いから、自分の中では「欧州勢」の
括りに入らない。 >>397
熱あったとかなんとか、と聞いた
本調子ではなかったみたい
でも元々兄貴と違ってプロレスそのものや試合の流れで魅せるタイプじゃなく
はっちゃけた動きや自爆自殺ムーブでウケたタイプだからな
日本には馴染まなかったろう >>394
IWAジャパン辺りに似合いそうなキャラクター とりあえず洋物はありがたく頂いてた昔と今とじゃ
今のほうがハードルは高いかもしれない >>394
ローデスは既出だが、
ある程度、受けたことは受けたが
「アメリカでスーパースターと言って、
有り難がって拝んでいる痛い日本のファン」がいたなぁ。www
アメリカでは、南部の配管工の息子、不格好なブ男が
派手なコスチュームでアメリカンドリームを気取って
尻を振っているのが受けていたというより
笑われていたんだよwww
それを格好良いと思った日本のファンって、、 マリガンはそこそこ来日してるけどダメだったな。
馬場好みっぽいけど結果はPWF戦でストレート負け。 ヒルビリージムって来日してたっけ?日本で受けなそう >>397
そもそも、あの頃の内藤、クオリティ低かったと思う。ムタ戦も微妙だったし。 >>397
TNA時代のジェフはコンディション酷すぎる
RVDと矢野の試合は面白かった 蝶野が一生懸命売り出してた、GシルバとGシンのT2000巨人コンビ。
意外にも陽気なシンと、暗くて巡業中でも孤独なシルバは相性最悪だったらしい。 >>410
あれでも、エル・ヒガンテと比べりゃだいぶマシな扱いだったぞ。 >>403
尻振りが笑われてた?
ホンマかいな。
しかし超ベビーフェイスでアメリカで人気があったのは確かだからなあ。
適当なこと言ってんやないぞ。 ローデスの本領はアウトローズだと思うけどなあ。
実は新日、全日、国際の全団体で実現してるチームなんで、どこでも継続参戦してたらタッグ戦線掻き回すコンビになったろうに。 バーン・ガニア
そもそも来日回数自体少ないが、鶴田の十番勝負の初戦と馬場の記念試合以外印象が薄い 新日時代のリックルードは勧善懲悪のいい試合が多かった
G1の蝶野戦とか東体の馳戦とか試合時間が経つに連れて興奮して見てたなぁ >>394 >>403 >>413
今当時の映像を見直すとローデスはむしろ新日側が上手く使いこなした感があるね
シリーズにフル出場させずに短期間の特別参戦扱いをし続けたからボロが出ずに済んだとも言えるし
猪木藤波等と大会場のメインで対戦させる月並みなマッチメークだったらマニア層にもすぐ厭きられていただろうけど
猪木との決着戦を先送りする形でバックランドシンハンセンブッチャーとのシングルを組んだおかげでトップ外人としての「鮮度」を保ち続けられた >>419
何言ってるんだ。
フル参戦させなかったのは、ギャラが高すぎただけだろ。
色んな選手と当たっても一つも名勝負無かったし。何をもって上手く使ったというのかよくわからん。 >>418
福岡ドームでのスティングvsルードはWCW直輸入て感じの好勝負だった >>419
>猪木との決着戦を先送りする形で
それが分からんのだが?
猪木対ローデスのシングルマッチは
昭和54年秋、新日初来日で11月1日、札幌
NWF選手権、猪木の反則勝ち、
11月8日、小樽で猪木のリングアウト勝ち、
フォール、ギブアップではないが猪木が2戦2勝なのだが?
反則、リングアウト含みでも一勝一敗なら分かるんだが?
で、翌年、55年5月MSG公式戦では栃木、猪木のリングアウト勝ち。
このシリーズで、やはりMSG公式戦でハンセンにリングアウトだが破れた。
「プロレスだ!(真剣勝負ではない!)「ケツ決めはあったはず!」と
反論されようが、実力的(単にスタミナだけを取り上げても)ハンセンの方が
ずっと上だった。これで、もう「ボロを出した」と思うんだよ。
当時、ストロングスタイルを標榜する新日としては、どんなにアメリカで
人気があっても、これは使えないよ!
まぁフォールを取らないだけ温情だな。
図らずも、馬場も「ローデスよりハンセンの方がずっと上。
あんな尻振りダンスが流行るなんてアメリカのマット界はどうなっているんだ?」
とぼやいたとか。
その後、暮れのMSGタッグリーグなんかに特別出場して、賑やかせたが、
猪木とのシングルは無かったと思う。
最後のシングルは昭和59年1月後楽園両リン ローデスって、血ダルマになってる姿は絵になってたよな。
クルクルパンチや尻振りも、個人的には好きだった。 ローデスは日本向きの選手じゃなかったよね
ましてや猪木全盛の新日では…
確かNWAの選手だと思うんだけど何で全日じゃなかったんだろうか ケンドール・ウインダム
まあ日本はおろか向こうでもウケなかったろうけど・・・
俺は好きだったよ >>425
俺も単に楽しむだけなら
’80年前後の全日向きだと思う。
全日に来なかったのは423でも書いたが
馬場が認めていなかったからだ。 ネグロカサス、好きだったなあ
浅井との幸せはよかったよ
TNTのトラースキックもカッコ良かった
残念なのはジプシー ジョーの花柄パンツ ポールオンドーフ。
日本では前田日明のジョバーみたいな扱いだったけど、一応WWE殿堂入りしている。 >>424
当時はガキでローデスの良さがよく分からなかったが、今見返すと面白さは分かる。
懐かしさもあるかもしれないけど、いいエンターテイナーだよ。自分も嫌いじゃない。
82年頃にハンセン&ブロディvsジ・アウトローズは見たかったな。 >>421
>フル参戦させなかったのは、ギャラが高すぎただけだろ。
そういった裏事情を逆用してローデスの参戦にプレミア感を醸し出していたんだから
上手い事使いこなしたと云えるんじゃないの?
>色んな選手と当たっても
「色んな選手」と当たったからこそ話題が途切れずにトップ外人のイメージをキープ出来た
アウトローズ再結成もタイミング的には最高の時期だったしね
>一つも名勝負無かったし。
80年代前半までは配信どころかビデオデッキの普及率さえ低かったんだから
猪木馬場藤波鶴田等が絡んでない外人同士の試合にまで内容がどうこうと論じていたマニアは今現在思われてるより遥かに少数派だったよ
ローデスがコンスタントに来日していた79〜82年頃は「ガイジンで客を呼ぶ」事が出来た云わば最末期だったしね
>>423-425
>それが分からんのだが?
あの時代だと蔵前クラスの会場でのシングルで雌雄を決しでもしないと「ケリをつけた」イメージにはならないよ ローデスの話題が出ると毎回同じケチつける人がいるね
飽きないのかなあ ローデスのホーム、フロリダ(エディ・グラハム)はニューヨーク(ビンス)同様、新日と提携していたから ローデスは会場人気はかなりあったよね。
NWAっぽいのに新日本に来てくれてありがたやー
って感じもあったと思う。 ビッグ・タイトン
FMWでもてはやされたけど、新日で実際の試合みたら
3流レスラーでびっくりした >>437
いい選手だと思うけどね。
向こうじゃスーパースターなのに、負けブックは飲むし
入場もかっこいいし。辻が興奮するのもわかる。 本物のスティングよりパチもんのnwoスティングのほうが印象深い 向こうで見るスティングは素晴らしいって、WCWに遠征した新日の選手は皆絶賛してた。 >>440
青ムタと組んだ、ドームでのスタイナーブラザーズ戦の入場は良かったなぁ。 >>444
あの入場シーンなんで会場暗くしなかったのかね
show-yaのミニコンサートでは会場暗くしたのに
そこだけ少し悔やまれる メドゥーサ。
ロッシー小川とか斉藤文彦が推してたけど。 >>433=>>419
>猪木との決着戦を先送りする形で (419)
>>猪木との決着は初来日でついている(猪木の2連勝)(423=俺)
>(決着とは)蔵前クラスの会場でのシングルで雌雄を(433)
で、結局、猪木対ローデスの蔵前級の決着戦は最後まで
行われなかったわけだが。先送りって言っても、
ローデスは、その価値がなかったのではないか?
決着戦というからには、一度くらいローデスに勝たせなければ
(反則、リングアウトでも)
俺も、大会場で猪木ローデス戦をみたいとは思わなかったし。
初来日で、猪木はフォール、ギブは取らないものの連勝。
半年後に再来日させ、そこでも勝っている。ハンセンにも勝たせている。
もうファイターとしてのローデスの力を見限ったと思うんだね。
まだパフォーマーとしてなら、あの尻振りダンスは
使えると思っただろうが。 >>407
翌年の武藤戦のことか?
しれっと嘘書くなよ >>422
その試合現地で観たけど、スティングがしょっぱ過ぎて見てられなかったな。
スティングはノートンとも糞試合やらかしてたし。 フランクランカスター
なぜ天龍のUNタイトルに挑戦したりタイガーマスクの猛虎七番勝負の相手に抜擢されたか分からない >>411
ヒガンテとドームで戦ったビックキャットヒューズも中々だったような ハクソーブッチリード
シリーズを通して見てみたかった
ロンシモンズと比べたらどっちが日本向けだったのかな 話ずれるが何でジョーサンってTバックだったんだろな 需要なかったろうに ランカスターが来たシリーズは、輪島が巡業に同行する初のシリーズ
だったから、そっちが目玉だった。
でも、輪島の抗争相手としてシンが来ていたし、2番手として
ヘニングも来ていた。ランカスターは初来日で3番手の位置付け。
天龍へのUN挑戦も、猛虎七番勝負の相手(飛行機が飛ばずに
札幌入り出来なかった原の代役)も、ヘニングが適任だった。
何でランカスターが抜擢されたのか、いまだに謎。その後に全日本に
呼ばれる事も無かったから、馬場が高く評価していたとも思えない。
雪崩式ブレーンバスターを使っていたのと、天龍のテキサスクローバー
ホールドでギブアップした事しか印象に無い。
受けなかったというより、本来の格よりも上の扱いを受けて、観客が
不思議がってた感じだった。 >>457
馬場が海外遠征のとき実際のファイトを見て惚れ込んでブッキングした、という話だったが… >>483
新日だからそういう扱いされるんだろ。しかもnWoだったから。
全日に行ったグラジも。
キング・ハク、タイトンもジェリコもWARが経営的に苦しくなったから
天龍が長州に頼んだんだ。「イイもの持ってるから試してみてくれ」って >>458
なるほど。そういう事情があったから、ヘニングよりもチャンスを
貰えたのか。プエルトリコを主戦場にしていた記憶がある。
長年の謎が解けたよ。サンクス。 新日本に来日したザ・ソウルテイカー
一応来日外人エース格でしたよね
あまりパッとしませんでしたね😅 >>443
馳とかライガーが言ってたよね。
日本で見るのと、全然違うって。
日本でもケーブルとかビデオで、WCWのベイダーとの抗争なんかをちゃんと観てた人は、スティングの凄さがわかると思う。 >>461
ソウルテイカーとか、ダイスモーガン、ビシャスウォリアーみたいに若い頃少し来日したけど
WWF入りして来なくなった人ってのはこのスレの主旨に合ってるのか難しいね。
もし来日が続いてたらどうなったかな。 フレアーの面白さはWCWワールドワイドがなかったら理解不能だった 言い方はあれだけど、フレアーは晩年のが響く試合してた
テイカーオートンHHHとかと ディック・ザ・ブルーザーの娘婿、スパイク・フューバー
売りがそれしか無かった 昔は前半戦は勝ち星多いのに後半に来て中堅にコロコロ負ける外人レスラーも多かったよね
全日に来たモンゴリアンストンパーとかマイクドケンドルフとかドンムラコあたりが思い出される >>467
結構いいレスラーだったんだけどな、エースで木村とやるには手が合わなかった。
荒っぽいタイプで身体も大きくないんで、原、井上、浜口とガンガンやる方が合ってただろう。
雑誌に“新日で藤波とやった方が…”と評価していたが、それもまた違うと思った。 >>470
新日が売り出し下手くそだっただけだろ。
坂口に負けなんてどういうつもりなのか。 全日ではアイドルっぽい扱いだったのに、NWA王者になった途端アンチが増えたリッキースティムボート
試合の大半がやられまくりで、最後に逆転勝ちするスタイルが日本人には弱く見えたのかね https://www.youtube.com/watch?v=9py4aMK3aIU
リアルタイム世代じゃないから本国でダスティがどんな評価を受けてたのか知らんが、このhard timesってプロモは未だにレスラーやファンに大絶賛されてる 良いスレだな。
やっぱり、全日本と新日本が張り合い、シリーズ毎に「未知の強豪」や
「とんだ一杯食わせ者」を招聘して
全国を巡業していた熱い時代を
懐かしむ人が、一定の割合でいるんだな。 >>234
ウォーロードってこんなキッスみたいなペイントだったのか。すっかり忘れてたw >>475
いい時代だったね〜
あの頃に大人だったら、末期の国際プロレスとか行ってみたかったなぁ… 次期シリーズ参戦予定の外国人レスラーを一挙公開!!
とか言って怖い顔してポージングしてるモノクロ写真を紹介していくの好きだったわ ジェシー・バーっていい選手なんだけどウケなかったよね。
素顔の時もJJの時も。 ジェシーバーは、最強タッグにレイスと組んで出場した時は、
将来性を感じた。
その後、ジミージャックファンクとして来日した時は、シンの
パートナーで負け役に成り下がってしまった。せめて、ドリーの
パートナーとして再来日してほしかったな。
その後は、オリエンタルプロレスやサムライプロジェクトで、
剛の盟友として来日。
いま、生きてれば58歳。どうしてるんだろう。プロレスは
やってないだろうな。 >>480
初来日でのラリアットな受けは素晴らしかったよね。
ヘビー級でありながら鮮やかな一回転受け身。 >>464
WCWワールドワイド組ではテリー・テイラーの扱いが酷かったね。
ウケなかったというより扱いがね。 >>469
なるほど。同じ時期に国際に参加していた
マイク・ジョージに比べると印象が薄かったん
でね
経歴を調べると義父のブルーザーからは、
かなり可愛がられてチャンスも与えられて
いたみたい
動画どこかにあるかな? >>481
あの受け身はテレビで観たけど素晴らしかったね。ハンセンの
ラリアットを食らった後、リング上で苦悶の表情でドロッとした
血ヘドを吐いてる写真が週プロかゴングに載ってた。
「あ、血ヘドって、こういうものなんだ」と、初めて認識した。 ヒューバーは、何年後かに離婚して、ブルーザーを怒らせて
干されてしまい、ブロディが助けてあげたりしてたはず。
日本で売れるには、体が小さかったな。 国際の末期に来たカールファジーってどんなレスラーだったのかなぁ…
ポスターでドイツ軍みたいな格好で移ってたのが気になってたので… パワーズオブペイン、コピーなのにウォリアーズより強そうだったな。 >>478
ワクワク感半端なかったよね!
今じゃもう無理だろうけど
マードックとか宣材写真、怪奇派みたいだったよね ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています