【横内】国際プロレスpart14【清美川】
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その点、WWWF⇒WWF⇒WWEは、現役トップレスラーでも元トップレスラーでもない
マクマホン親子孫3代で、よく隆盛誇ったと思うわ。初代の興行師としての経営手腕が
圧倒的にうまかったんだろね。 >>755
新日本の社長になった草間はうまくいかなかったな。 サンマルチノ「スタン、ビンスにとって全てのレスラーはボーイズにすぎない。私ですらそうなんだよ。」 人間的には問題は有ったがバーンガニアは 流石に一代でAWA王国を築き上げただけの事は有るな
レスラーを見る目や育成には長けていたし オーナーレスラーとしても全米有数じゃないのかな
交渉上手でもあったし >>759
テキサス出身のジョン・スタンリー・ハンセンII世さん(68)の事じゃないか? 吉原氏は日プロ時代に肘を負傷して試合を休んだ時
力道山から「それぐらいで試合を休むな」と叱責され
そういう体制に反発して国際プロレス設立に走ったわけだが
結局はうまくいかなかった。 >>763
1971年3月、まだ足の骨折が
完治していないR木村を
金網デスマッチで復帰させたのは
(少なくとも、それを許可したのは)
吉原社長ではないのかい?
吉原が必死で止めたのに
木村が振り切って出場したのかな?ww
G・馬場だって、若手時代力道山の
「怪我しても試合に出ろ!」という考えに
疑問を持ったと言うが、全日の社長として
三沢や川田には怪我していても大きな試合の
メインが決っていたならある程度、
無理をしても試合に出させただろう。 >>766 ガチンコやる訳じゃないんだよ
プロレスをやるんだよ
ギミックにマジになるなよ なんかここは草津がテーズに失神させられたとか、大木がテーズにガチしかけて半殺しとか、いまだファンタジーを信じる流信者が多いな 怪我をしていても試合に出ろ、という
まぁ心掛けというか前向きの姿勢みたいなものを
逆手にとって味付けにしてしまったのが猪木だな。
大試合の前に変に体調を悪くしたり、身体のどこかを怪我したり
暴漢に襲われて包帯ぐるぐるになったりした。 >>769
「怪我をしていても試合に出ろ」というのは、
前売りチケットを買ったお客様に対するプロとしての責任という意味が大きいのでは? 所詮はガチじゃないんだから多少怪我してても上手くやれよという意味もあるんだろうな
演技でカバーしろよと >>768
>なんかここは草津がテーズに失神させられたとか、大木がテーズにガチしかけて半殺しとか、いまだファンタジーを信じる流信者が多いな
こんな断定的な書き込みをするならば、自分で調べたネタ元も表記して欲しい。その上で、流の間違いを指摘すれば、
このスレの話も盛り上がる。何せ流智美なる人物のうさん臭さは、国際ファンの間でも共有されているんだから。 >>772 すまんがネタ元は言えない
関係者の名前を出すわけにいかんのでね
スマンな 流れ切って申し訳無いが、阿修羅原のプロレス転向時
(年齢的に)遅い、遅くないと意見が二手に分かれたみたいだけど
欲を言えばやっぱり26歳位で転向してほしかったなあと今更ながら思う。 26歳で仕事とラグビー捨ててプロレスに来ないと思う
当時から借金まみれだったんだろうけど 原はなんで若い時からそんなに借金まみれだったのかいな?
博打で大損こいたか? >>773
お前は
その話が本当だとしても
単なるほら吹き野郎だとしても
このスレで書き込む資格はないよ。 井上が原に聞いた話では2、3年に1度大博打をしてしまうと言っていた
わかってるけど勝ち目0の勝負に大金をかけてしまう
病気が出てしまうんですって言ってたらしい >>777 関係者から話を聞けることを妬む気持ちはわかるよ
素人か妄想を繰り返して何十年なんだ? >>780 アイドルは糞しないみたいなのを、ずっと信じてるみたい奴だな
アイドルと付き合ったこともなく、出待ちしてて、手を振ってくれたことに感動してるような奴
そのアイドルと親しい奴が現れると、嫉妬を抑えられなくなる 大木金太郎がテーズにノックアウトされた話は本当だと思うよ
生傷男ディックザブルーザーもテーズに仕掛けたら強烈な逆襲食らった
凶暴な奴だよと証言している
みんなアタシの一挙手一投足に夢中なのよ世界中がアタシを妬むわよと
自意識過剰のドブスみたいな自称関係者と違うよ >>783
晩年のテーズの行動を見れば人格者ではないとわかる。
むしろイージーで自己中心的であると。 原の借金は表向きは面倒見が良すぎて後輩に奢りまくっていたので
金がなくなったと言われているね
(同郷の長与に奢っていたって話だがクラッシュギャルズ全盛期なら
長与の方が稼いでたんじゃないかって気がするが)
同じように借金があってプロレス入りしたのが安田
これはギャンブル依存症が原因
あれはほとんど精神病のようなもん 原はヤクザが開帳してる賭場にも出入りしてたと聞いたけど本当かね? テーズと大木の試合の写真は格通の創刊二号の特集の「シュートとは何か?」に載ってたな
書いたのは流だけど写真はモノクロで大木が大流血してた >>785
実際には稼いでいたが、原には「会社にほとんど持っていかれて、自分達はあまり貰ってない」
とウソをついて奢ってもらっていたと酷い中傷記事があったな、まぁ真実かもしれんが
実際証拠がないんで、原も死んでしまったし…長与は一生否定し続けるだろうし 原が呑みに誘ったり大盤振る舞いしだしたのは天龍同盟の時からで、その前は皆で呑んでても一人カウンターとかで静かに呑んでる感じだったらしいよ
レスラーとしては天龍と組んで良かったけど、私生活の面では良い影響は無かったって話
井上談 おっさんが同郷の長与と後輩にいい顔したくておごってたのを長与たちがたかったとかいうのはないだろ
世の中には借金してんのにまわりにいい顔したくておごりまくって夜逃げしちゃう人ってのはいるんだよ そもそもプロレス入りも借金が原因だったし
金銭感覚が普通の人とは違っていたんだろうな。
全日では馬場に気に入られてギャラも上げてもらったのに
それでも借金を重ねた。 どこかの製紙会社の御曹司が、マカオのバカラ賭博で百億円の負け作って
会社に大穴開けたけど、博打はそれこそあっという間に大きな借金になる
場合がある。 豊登など、昭和四十年代に競馬や競艇の一回の掛け金だけで
数十万円もかけてたっていうし。それで日プロのカネにまで手を出して
辞めさせられたから原に似てる。 飲む打つ買うは三つやったら破滅するっていうからな。
原の場合に、買う、はどうなのかわからんが、
打つ、の額はその気になれば青天井だからなあ。 >>798
基本的にこの3つは不治の病だからな、死んでもなおらない〜♪ >>774
年齢を気にしてプロレス入りを躊躇する原を口説き落としたのは吉原社長だった。
草津のラブビー人脈の先輩ラガーマンが経営する飲み屋で知り合った。原の獲得に
成功すると「俺は伊達に飲み歩いているんじゃない!」と話していたらしい。
ロイヤル戦が見ると原の動きは悪くないし鶴田の新人時代ばりの女性応援団が
ついたり国プロレスラーズの中では数少ないスター性のある存在だったから国プロ
崩壊までの時間が無かったのとスランプ、草津の育成を感じられない謎のマッチメーク
等が悔やまれる。 改めて思うけど最強タッグの開幕戦で解雇発表ってガチすぎるな。
しかも龍原砲は武道館メインだったし、おそらく優勝ブックだったんじゃないかと思う。
代役の川田も明らかに役不足だったし、そうせざるを得なかったんだろうけど、馬場もよく川田起用の決断をしたもんだ。 役不足=実力>ポジション
力不足=実力<ポジション >>800
詳しい説明有り難うです
所で、原にしても草津にしても、他のスポーツである程度名を売った後のプロレス転向って
ある程度名が売れてるから売り出し易いってメリットがある一方、どうしても年齢的ハンデがあるのが難点だよね。
馬場は21歳、サンダー杉山は25歳位?やっぱり10代で入って来た選手に比べてちょっとキツいかなと言う印象。 入門から一年たたないうちにデビュー、そして遠征して英連邦ジュニア奪取、凱旋してのWWU王座戴冠、
新人としては破格の出世コースだったが、逆に急ごしらえな次代エース育成ゆえの人気先行イメージもあって
藤波や剛といった先輩レスラーとの試合内容には手厳しい声も多かったように思う。
カンケー無いが「ゆき子」つうEP盤も出してたっけw 年齢的な入門のことで言えば、剛はけっこう若かったよ。
でも、大成しなかったのは・・・身体的なものと精神的なことが、
大きかったんだろうな。
ラッシャーが絶対王者で、阿修羅・剛がマイティ、アニマルに挑みつつ、
何時かは打倒ラッシャーってのが、70年代の社長の夢だったと思いたい。 ルー・テーズ杯争奪戦で原が優勝して
木村とのエース交代が行われるのは既定路線だったからな。
あのまま国際が存続したとして、原エース路線でどこまでやれたか…。 エース原、ギャンブルで失踪→国際プロレス崩壊
とかだったりして 破天荒さはレスラーとしての華みたいなものとも近いから
うまくリンクしていればいいんだよね。
自分が破滅型で逃げてしまうようでは結局だめだよなあ。
猪木や大仁田みたいに他人を破滅させて平気なタイプならいいわけだが。 >>801
あれもまたピンチの際にはむしろ思い切って橋を飛び越える馬場ならではだよな
ああいう大胆な抜擢に成功してきたから全日本は長く持って来たわけで
天龍のパートナーに起用されなかった冬木としては不満だったろうが >>807
原は井上より2歳年上でキャリアでは11年も下でパワーファイターというには体も小さかった。
全日移籍後のファイトからしても団体のトップとしてはキツかったかな。 @テーズ対草津
A原対剛
B井上浜口対木村健永源
C木村対小林 オールスター
D星野山本対草津浜口
が国際5大屈辱試合かな。ほとんど79年、80年に集中してるがw >>811
トップはきつかったかもね。
ただし移籍直後の原はかなりいい選手だったと思う。
天龍との初対決でも動きに関しては明らかに原の方がいい。
ラリアットやトップロープからのダイブでも身体でぶつかっていく感じでバネが無い天龍より数段ダイナミックだった。
感情も出せるしヘビー級のキッドみたいな感じだったり
失踪した頃はウェイトが増えて膝も悪そうだった。レスラーとして先が見えてきたのも原因のひとつかも。 >>811
>パワーファイターというには体も小さかった。
長州と同じくらいだったからそこは何とかなったんじゃないか。 >>812
Dは井上が小鉄の4の字で秒殺ギブアップした「小鉄&星野vs井上&浜口」では?
国際以外のオールスター戦も入ってるから他団体での試合で
馬場戦のエプロン宙吊りリングアウト、ブッチャー乱入・流血でのフォール負け。
新日で猪木との3vs1、木村がボックに秒殺負け、キラーカーンにもフォール負け。 >>812
@を除いて、すべて新日との提携がもたらしたもの。全日との提携時は木村が
馬場や鶴田に負けても、面子が立つような結末の配慮があったが、新日との試合は
そんな配慮は何もなし。あのまま全日との提携を続ける意味はなかったかも
しれないが、新日との提携が国際の崩壊を早めたのは間違いないだろうな。 全日移籍後の天龍の下で石川より上ってのは適正な格付けだったと思う
正直メジャー団体のエースはキツい >>817
国際崩壊時の原はパワーでは木村、浜口に劣り、テクニックでは井上、寺西に劣っていた。
原をエースにという気持ちは分かるが、藤波、剛に劣勢という実力からもエースはちょっと厳しかった。 >>812
木村対ジョニー・パワーズもなかなか屈辱的だった。
新日で用済みになってたパワーズにかなり痛めつけられて、
両者リングアウト寸前に辛うじてリングに飛び込んで勝っ
たけど、印象はものすごく悪かった。 >>812
日本人選手じゃないけど、オックス・ベーカーが猪木に
秒殺に近い扱いを受けたのも、何か屈辱的だった。 逆に高評価だったのが、井上vsアンドレ。
アンドレが親友井上の技を受ける受ける。
回転エビ、カナディアンバックブリーカーをリバーススープレックス、サマーソルトドロップ・・・
井上もアンドレのパンチでぶっ飛び、ブレーンバスター喰らい、カウント2で場外までぶっ飛ぶ。 >>815
木村がキラーカーンにあっさりフォール負けした時は驚いたな。
まだ、猪木とのシングルでも十分メインで成立してる時だったのに 81年からの親日での国際軍団の扱いについて、同年末タッグリーグや翌82年第5回MSGでまるで
親日とのリーグ星取りにうまく絡ませる事もなく、国際勢はただただ消化試合に甘んじる結果となった。
当時、営業戦略としてはまずアンドレとカーンの因縁に焦点を当て、対抗として猪木&藤波という色合いだった。
思うに、ここは一旦国際勢とのアングルは小休止を選択しても当代、親日の安定した人気は揺るぐことはない、
82年秋以降のヘアベンドマッチ等の抗争で再活動させればいいという目途が立ってたのかも。
まあ確かにあのころの親日は何をどうやっても話題になったんだからすごいね。 >>815
星野は偶にメインやテレビマッチの試合に出ていたり常に試合が組まれていたけど
小鉄はカードから外れる事もしばしばあったから、草津・井上・浜口が小鉄に翻弄されているのは見ていてきつかったな。 >>822
その試合ってTVマッチではないよね?
82年だかのMSGシリーズ中のワープロで、古舘が
カーンが木村、戸口から勝利したと他の試合中に
話してたのは覚えてるけど。
戸口が新日に来てカーンとのシングルがごつい試合だったから
その後、戸口が負けたのかよと思ったので覚えてる >>818
実力ワロタ
お前今時プロレスをガチかなんかと思ってるのかよ >>826
日本語読めるかな、お馬鹿さんwww
誰もガチなんて書いてよwww >>825
テレビはなくて、東スポで結果見て驚いた。第二回IWGPの公式戦かな?カーンのコーナポストからのニードロップであっさりフォール負けだったと思う。場所は豊橋だったか?ぐぐっても一切情報無いので、間違ってたらすいません。 >>823
髪切り拒否逃亡で一気に国際軍団のヒール人気に火が付いたんだよな
特に煽り役としての浜口が良かった >>827
実力w
馬鹿だろお前www
>>829
唐突に現れて意味不明
頭大丈夫? >>831
IDコロコロセンパイは今日も職場でぱしらされたんですか?
職場があればの話だけど www まぁまぁ仲良くしろよ
ちょっとした言葉の行き違いじゃないか
せっかく関係者から聞いてきた話を披露してくれる人がいても、自分のプロレス観に合わないとムキなるようなオタクとは違うんだろ? >>833
やっぱり意味不明
頭が悪いってのは大変ですね(笑) ついでにワッチョイ出てるスレでID必死に気にしてるとか情弱過ぎて笑える >>833-836
せめて今日ぐらいは煽らないでいてくれよラッシャー木村の命日なんだから >>837
もう七回忌終わってんだな、早いなぁ…合掌 プロレスは真剣勝負で最強の格闘技
ラッシャー木村が日本最強プロレスラーだった時期もあったと思うよ >>840
それ見た。新日10周年記念のS57.3.6大田区体育館
倒れた木村にカーンがロープに飛んでのWニードロップでフォール勝ち。
MSGシリーズ予選 長州(両者リングアウト)谷津
セミがタイガーマスク(流血でのレフェリーストップ)グラン浜田
メインが大塚リングアナで猪木、藤波、木戸の創成期トリオvsアトラスと誰か2人だった。 鶴田が三沢のフェイスロックでギブアップしたのとプロレス的な意味合いが同じじゃないのか?
まさかモンゴリアンチョップでピン許すブックは誰も呑まないだろう
木村の優しさで受けちゃったんじゃねーの
全日で寺西と組んでカーン組と当たった時に意趣返しみたいな意味わかんない熱さがあった気がするし >>842
全日で木村と寺西が組んだなんてあるの?
カーンと寺西は両方ジャパンなのでは? 新日本だったみたいだな
失礼
つべの動画が削除されてて確認出来なかったが79年辺りだったみたい
要はキラーカーンはギミックだけのストロングスタイルの欠片も無いデカイだけの木偶の坊って話し
アンドレの脚破壊ったってそれ自体がアレなんだから
マッチメークもブックも周りで苦労しまくりだったろう
日本じゃ受けないスタイルだろうもん >>844
その時の山本小鉄の解説も無茶苦茶でラッシャーがダブルアームスープレックスを
出した時、「木村はスープレックスの練習なんかしてないけど、闘争心から出た」
みたいなことを言っていた。それを聞いて、やっぱり山本小鉄はバカ、バカの見本
だなって思った。 冬木は外様だったからな。
全日に入ってもデビューしたての三沢よりも格下。
フットルースでも川田、冬木組だった。
逆にそのことが国際血盟軍に入れられなくて整理解雇
されなかった。 >>846
ダブルアームスープレックスはラッシャーの得意技のひとつで、国際時代にフィニッシュ・
ホールドのひとつにしていた。解説者のくせにそんなことも知らないのかと思った。 選手がダブついた時に菅原高杉はリストラされたが
冬木は残れたし馬場自らサムソンと命名したり
馬場夫妻が仲人をしたりと外様としては気に入られていた方だったんじゃね>冬木 国際時代はもちろん、全日時代もあんまり冬木に関して注目した事が無くて
理不尽大王になってから新日に上がったりした時によく見たけど、あの体型で結構器用なんだよね
フライングボディアタックなんかマスカラス並みに綺麗だったし >>848
使ってはいたが、得意技ならもっと綺麗に投げろよ・・・みたいな感はあった。
ブリッジも効いてなく、持ち上げて落とすだけだった。 >>812
その時期のパワーズにしちゃ相当に張り切った試合だったのだが
当時の雑誌記事(読者の投書含め)はパワーズ健在・まだやれるみたいな物はなくひたすら
「パワーズ程度に苦戦する不甲斐ない木村」の論調一色だった
そしてその年末MSGタッグリーグでパワーズ・ベーカー組は成績不振を理由に途中帰国させられる…
>>822-823
木村は「狙いは猪木の首一つ」で猪木相手に異常な執念を燃やす設定だったから
外国人トップどころとかとの力関係はけっこう緩いというかそんな強キャラ扱いでもなかった ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています