G SPIRITS vol.3
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旧ゴングの清水、小佐野派が細々と作り続けるプロレス雑誌『G SPIRITS』
現在リング上で進行中の最新のプロレスの話題には一切触れず、毎号、既に何度か読んだことがあるような回顧特集、
インタビューに登場するのはいつもだいたい同じようなメンバー、
代わり映えしない国際ネタ、ルチャネタ中心のオーソドックスな誌面だが、
竹内、金沢派の『Gリング』が早々と休刊になった後も年に4回、着々と刊行を重ねているプロレス雑誌界の「昭和全日」
前スレ
Gスピリッツを語るスレ その2 [無断転載禁止](c)2ch.net
http://medaka.5ch.net/test/read.cgi/wres/1494330831/ 上田もあれだけ馬場の悪口言いながら、16文に思いっきり突っ込んでひっくり返るインチキ男 >>652
全日本に移った時もそうだがまるでラッシャーを避けてるようにも見える >>574
猪木は実際にはそんなにもらってなかったと思うよ
銀行など借金するための信用としてもらっていたように誇大申告していただけで
借金しなきゃいけない自営業者には多い手口だよ
その結果税金が多くなっても目先の運転資金を借りなくちゃいけない >>654
ブロディとのシングルもランボーサクラダだったから、1シリーズだけではなかったのでは。 >>662
そのシリーズでのサクラダ×ブロディなのだが >>662
バーニングスピリット・イン・オータム1シリーズだけだよ なるほど、そうだったか。
後藤達俊が凱旋帰国第一戦でサクラダと組んで初来日のコンガ・ザ・バーバリアンとタッグで対戦するも
肩をケガして売り出し失敗のイメージが強くて、ブロディが来てたのは別のシリーズだと記憶してた。 ライジングサンズだったかナガサキと後藤のタッグ。マシーンのマスクをかぶってた 大木も猪木の話だと優しい先輩だけど戸口いわく「ガウンの畳み方が1ミリズレただけで殴られた」とグチグチ言ってたな >>665 後藤の凱旋帰国第1戦って華やかでもなく水色のロングタイツ?がダサくてね。
失敗だったな。それから87年にプチブレークしてブロンドっていう流れになるんだけど。 確か前田のインタビューだったと思うけれど、新日道場内にはコリアンクラブらしきものがあった
在日レスラー同士が「チョン野郎」とか呼びあうの
黒人同士が「ヘイ、ニガー」って呼びあうみたいに 藤井に横内。遂にそこまで来たかw
これが終わると、いよいよ皆さんお待ちかねの松岡厳鉄伝説が披露されそうだなwww >>671
松岡って存命なのか?
ぜひインタビューして欲しいな。
ついでに田中忠治も。 >>667
インタ・タッグの馬場鶴田相手のソウルでの防衛戦で、試合後
大木からもらったギャラが3千円だったので、それから大木とは
どんどん疎遠になってしまった。 前号の大剛インタビューでさらっと松岡が在日であることが暴露されてて「あっ・・・(察し)」っとなった プロレスラーの在日と同和率が高いのは、いまさらだろ >>それから87年にプチブレーク
同期の山ちゃんといい試合で前座の名物試合みたいになってた
猪木も社長賞出してたし、後藤はこの頃に実父が亡くなってしまって
心労でジュニアクラスまで体重が落ちたんだとか >>667
冬木も大木が国際に来た時に同じ事されたって、でも毎晩焼肉食わしてくれるし
太いタニマチが居たから高級クラブも初めて連れて行ってもらえたとか 後藤はMr.BDよりジュニアの頃のテーマ曲の方が好き。 >>676
山崎と後藤は1年以上入門時期が離れてるよ
確かに大阪府立で好試合して社長賞もらったけど前座の名物試合になってた?
当時の山崎は前座じゃないでしょ >>680
山崎のすぐ下が後藤で後藤が年上だからさん付けで呼んで雑用教えたって
府立の前に地方会場で何回か組まれてて週プロの注目!この一番で取り上げられてたね >>681
山崎は三沢と同時期、後藤は川田の数ヶ月後入門
同期はあり得ない
ブレイジング・チェリー・ブロッサム・ビガロと87IWGPの熱戦譜調べたが
山崎vs後藤のシングルは大阪府立1回だけ、
週プロの注目!この一番で取り上げられのもその試合 >>673
むしろ挑戦で二度目の奪取じゃなかったっけ >>684
そうだったか。じゃ、馬場が花持たせたんだな。 >>683
はちベェなんでしょ山田。なぜはちベェなの >>686
うっかり八兵衛役の高橋元太郎に似てるからじゃなかったっけ?
間違ってたらスマン 藤波はカンピオン、小林邦昭はサンペイ、藤原はドモヤス、前田はトンパチ、平田はオッさん、
ヒロ斎藤はチョビ、佐山は珍念、山崎はシロネコ、山田は八兵衛、蝶野はラーメンマン、橋本はブッチャー 「ズッコケ三人組」のハチベエから 人格対格等のイメージからしてじゃなかったか>山田 何故藤原はニューリーダーではなく、ナウリーダー側なのか説。 佐山が「ティグレ」これはスペイン語の「タイガー」
これは、控え室やオフィスでタイガーマスクをうっかり本名で呼ばないように、
しかし「おい、タイガー」とか「タイガーさん」とか佐山と分かりきっている人物をそう呼ぶのも恥ずかしいので、
日本人には馴染みのない「ティグレ」「ティグレ先輩」ならなんとかということで自然発生したアダ名。
猪木はいまだに佐山を「ティグレ」と呼んでいるはず。 >>690
そんなこと言えば高田と越中と武藤はナウリーダー ナウリーダーとニューリーダーのくくりがカオス
なんで武藤さんがナウの方にw 藤原に長州にお前はどっちだと言って、うるせーとナウリーダー側
このIWGPでの大阪大会の特別試合は壮絶だったな。長州が大ヒール フラフラの藤原→リキラリアット→脇固めで切り返す
この時の盛り上がりもかなりのもの。 >>693
高田は最初のビッグ・サマー・ファイト・Sではニュー、次の戦国合戦シリーズでは掛け持ち
越中は全く絡んでない。欠場中に世代闘争始まって復帰1週間後に終わったから 藤原はナウリーダーではなく反長州の客分だからな
それにしてもここに武藤が加わってる事の意義の大きさはむしろ後になってから分かる感じ サマーナイトフィーバーを会場で見ていた天山も武藤にブーイングしたのかな >>700
意義なんかないだろ。
マサさんの代わりになるナウリーダーが居なかっただけ。 マサ斎藤って俺は猪木と闘いたいとか巌流島の伏線あった。大阪府立の最期のイルミネーションマッチのズンドコはまた見たい。 >>702
あの時点であの中に武藤が既に入っていたという点
つまりそれだけ武藤は早くから大物扱いされていたんだなって
それこそ平成以降が実質スタートの他の二人とは違うって 武藤はヤングライオン杯関係なく海外にでで、その分思いっきり客に嫌われてた。全日本ぽいことするのが嫌いな時代 ニューリーダーナウリーダー云々て猪木が狙われて自分がシンドイから
周りを巻き込んで疲労を分散したいだけの誤魔化しでしかなかった
マイクでは「勝ち取ってみろコノヤロー」とカッコばかり付けて
前田とのシングルでさえ一度もやろうとせず逃げ回ってたくせに ローンウルフ時代の武藤は普通にしょっぱかったもんな
いつもオドオドしながら試合してたから同じことやってもショボく見えた >>710
ローンウルフ時代の武藤は後ろ受け身が取れなかった。
ロープワークの時に綺麗にバッタンと倒れられなかった。 武藤って84年10月デビューの85年10月海外修行だっけ?コブラのライバルを育てようと
したのかな? スペースローンウルフ時代のコスチュームのヘルメットはどういうコンセプトなの?
オーバーマスクみたいなもの? 猪木の考えで、もしかしたらヘルメット屋がスポンサーに付くかもしれないって事じゃなかったっけ。 そもそも“スペースローンウルフ”というコンセプト自体が… >>714
宇宙だからだろ
コンセプトも糞もあるか 人間発電所ブルーノサンマルチノさんがお亡くなりに。
WWEの歴史連載でも話が出て来て
朝ドラひよっこでもポスターに出て来たのを思い出す。
追悼記事やって欲しい。 スペースローンウルフは月曜夜8時の目玉的な狙いがあったんだろうけどねぇ ムーンサルト着地
カチアゲエルボー
カチアゲエルボー
逆さ押さえ込み 武藤の凱旋後楽園、セコンドのゴタツが終始映ってて、
あの醜男の嘲笑がやたら記憶に残ってて気分悪いわ スペースローンウルフと有明の三銃士と赤パンのNKホールと何回も凱旋 >>713
UWFと対峙してロープから跳ね返らないとかやってる時にアメプロ武藤が帰国したから違和感あったな。
先を見据えて失敗したのがジョージ高野なんだよな。
若手時代、前田に35勝1敗15分で断トツのポスト猪木最有力候補でドラマの主役、
地方では藤波と組んでセミ、海外では猪木とタッグ、WWFライトヘビー王者決定リーグ出場、
ムーンサルトプレス開発、猪木のセコンドにつかせてテレビに写す・・・
凱旋帰国第1戦で顔も体もいいのにマスク被らせてスミスのブック破りで膝を大怪我。 違和感なぁ…
逆にUWF人気の中であのスタイルだから…そりゃあ人気出るでしょって話…
ムーンサルトはともかく…絶対真似したいもんスペースローリングエルボーとか 東京ドーム出場に駄々こねて帰らなかったから全日本参戦。グレートムタさん >>726
対UWFでローリングエルボー、ムーンサルトもスカされてばかりで、そんなに人気なかったじゃん。
演歌歌手の集いコンサートでジャズを歌うような感じで浮いてた。 実際、世代闘争から高田と組んだタッグリーグの頃は
前田の蹴撃事件でかなりゴタついてたから再度海外に
出たかった気持ちは解るけどね 山田もせっかく帰国したのに先輩たちから星貰えなくて
格は上がらなかったな、越中に負けて再度海外に行っちゃたけど 保永さん また変わった? 現役時代からえらい変わったな 後楽園ホールでの、ムーンサルトとシューティングスターの共演は凄かった。 今回のサブ特集
全日の放送時間についての話が面白い。
いまの名探偵コナンの時間帯にプロレスか。 ローンウルフってノリとしてはナイトライダーとか80年代特有のダサダサっぷりだったよなw >>731 そのころにはジュニアタイトル戦線から脱落してたヒロ斎藤に負けてたもんね。
序列は越中=馳=高田、小林、山崎、斎藤、山田、保永って感じ >全日の放送時間
なんか土曜17時半から全国ネットみたいなこと言ってたけど、そんなことないからね。
系列局によってバラバラだし、未放送だった時期もあるよ。YBSでの話。 山田と船木が高田・山崎に勝ったのはDVDで残っている。
山田、船木は大阪のファン感謝祭で猪木とやった。後藤達俊は藤波だったか。長州が呑気にフットサルしてたのと、リング設営を延々と見せられて場をつなぐため猪木が出てきた >>617
これ買ったけど全然面白くなかった
各々の聞き飽きた定番の自慢話と悪口ばっか >>740
同感
完全にネタ切れよね
ひとつひとつのエピソードもさらっとなぞるだけだし、
谷津の打ち明け話も個人の見解にすぎない感じ ケン・ウェイン・シャムロックがストリップダンサーだったくらいかな カブキは馬場のことがかなり嫌いだったんだなあ
いつも悪口 そのカブキが嫌いな?悪口を言う
馬場についてだが、
こと「強さ」については
(「巧さ」もさることながら)
カブキはテーズwなどと異なり
結構一貫していて
馬場>猪木なんだよな。
(ただし「馬場の衰えが見えはじめた80年代半ば過ぎ?は知らないが」とも「二人が日プロにいた頃なら」と語る度条件がつくことも)
もっとも60代以降の馬場全盛期をリアルタイムで見ている人・レスラーにはそんな意見も多い(少なくない)が。。 俺たちのプロレス VOL.9
最後の漫画、意味不明だったわ
あれ、一般的には楽しいのか? ジャパンプロレス テレ東でも特番してたのかぁ~ 全く知らなかった
音楽鳴る所は音声カットしてあるけど、この動画激レア
https://www.youtube.com/watch?v=H1ZuwDVEW3w 馬場のスパーと言うか、ガチでの得意技はボディシザースだったそうだ。
渕も道場のスパーで、鶴田からギブ取ってるの見たとか、Gスピでも確か話してたな。
全日旗揚げした頃、既に全盛期過ぎてたろうし、アマレスやってた鶴田相手にホントに極められたか話盛ってた気もするが。 >>749
佐山「猪木さんはボディシザースが得意だった」
藤原「そう、ボディシザース。あれキツイんだよな」 >>750
猪木も得意だったか。
腕は細いものの馬場の脚力は凄かったそうだが、
ボディシザースという技に関しては、力技にも見えるけど絞めるポイントもあるんだろうな、やっぱり。 〉〉646
トライデントシュガーレスガムのトレーナー着てたしな。 猪木のボディシザースと言えば
組長のお願いで石川と公開スパーした時に使って
石川が即刻ギブアップした記憶。 >>730
改めて注目されたのは後のドームでの歴史的対抗戦の前だったか 全日のスパー最強馬場
新日のスパー最強藤原
谷津は藤原じゃなく荒川て言ってたなあ 元子が亡くなった。
死人に口なしで色々と出てきそうだな。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています