美しい短歌・俳句
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これは、嘘でしょ??
本当だったら、ショックだわ。。 「長谷川櫂」とやらいう変態山出しオカマは、
石をもて熊本県下の片田舎部落を追われた為に
熊本県で地震が起きる都度、大喜びで欣喜雀躍しているそうだ。
やはり、この「長谷川隆喜」とも呼ばれる長谷川チョンは、
おぞましくも卑しい化け物でしかないようだ。
読売新聞紙上にも「子供は皆な母親の味方をするし」云々と
ぼやいていたが、己れが妻子に隠れてハッテンバに頻繁に出入りしては
他の男性の股間に「悪戯」を繰り返したり、東海大学の体育会系学生たちの部室に
忍び込んで汗まみれの下着やケツ割れサポーターなどを盗み取ったりしている事実を忘れているみたいだ。
それに藤沢近くの海岸のゲイ・ビーチにまで出かけて行っては、全裸の男性たちの写真を盗撮しているとか
まったく変質者のやらかす行為は理解が出来ないぞ!
ついでながら長谷川チョンの口臭は加齢や朝鮮料理の大蒜のせいではなくして、腹の底から腐敗した悪臭そのものだ!
肛門性交も始終やらかしているらしいし。 子守歌
背負う孫子のいく末を
願う響きに
安堵のこころ >>4
明暗をわけし道のり回り道
湖畔に波打つ人の響きよ 回文のような言葉のあそびに終わっててうつくしくないな、
ことばを、もてあそんじゃだめあるよ。
回文やだじゃれは、うつくしくない 鉛雲 風が切る手に にじむ紅
ふと気づく 木の間の暗がり 死霊かな
風の音 たれか非業の その末路 ササキミヒトってなに、タレント要素だけで選者やってない?短歌そのものは糞?wwww
それよりきもいのは、ぶさいくの詠む相聞歌wwwww
ツイッタ―にもいるけど。
あと、既婚者のくせに相聞歌とか、連れ合いを馬鹿にし過ぎ。 森山明の歌集「雨女の恋」は、これが短歌かっていうくらい自由でワクワクするよ! 行く先はいつも傷の痛みが決めるの海鳴りの日は遠くまで行く (森山明の短歌) ブートヒルに花を棄てたら消去する。ためらいは既読スルーの中にだけ(森山明の短歌) 行く先はいつも傷の痛みが決めるの海鳴りの日は遠くまで行く (森山明の短歌) 樹林深くおまえの木を探すおまえの傷を持つ木を探している(森山明の短歌) はつなつは睫毛にふれて行きすぎるレースのストールいつも編みかけ(森山明の短歌) すれ違い様目を伏せる振り向いてなお目を逸らす。ため息のメデューサ(森山明の短歌) きらめく星をつかまえてぬばなまの闇に沈めたらそれが恋なの私は夜空(森山明の短歌) 森山明は短歌そのものの可能性に挑戦している。たまに、これ短歌かなって思うのもあるけど、やっぱり短歌になっているところがすごい! 「雨女の恋」は「森山明」ではなく「森村明」が正しい 俺もよくわからないが、仮に男だとしたらすごいと思う。 確かに、森村明の世界は実に柔軟性があり、且つ自由奔放である。この広がりを読むとき発想の驚きを感じる。ただ歌を詠むのではなく、彼女の精神構造の複雑ささえも感じる。今後の展開に注目したい! やはり、女性かなあ?男という線もまだ否定できない。なんか複雑なんだよね。そこがまた魅力なんだけど。 女性だと思います。タイトルと装丁、これは男性ではないと思いますが… 確かにそれはそうなんだけど、森村明の「雨女の恋」は、作者(男性)が女性に仮託して歌った作品群のような気がしてならない みづたまる池の静けさ群青の恋ひ初むふたりいと面映ゆし 恋をする気持ちはいつもうぶなまま閉じる瞼に映る憧憬 森山明の短歌、サイコー!!!男なのか女なのか教えてくれ〜 熱い風海辺の町の国道で振り向きざまにカツラが飛んだ もし、森山明が女流だとしたら、与謝野晶子、俵万智、森山明と22世紀の国語の教科書に並び評されることであろう。 月の夜の恋に恥じらう乙女抱き眸に映る火照るかんばせ 色ふかく我が子にそよと連れ立ちて裾にからまる笑顔がうれし 色ふかく我が子をそよと連れ立ちて裾にからまる笑顔がうれし 月の夜の恋に恥じらう乙女寄せ瞳がはゆるかんばせ見つむ 糾える恋の呪縛に捕らわれて行き場をなくす朝焼けの街 マスコミの作りて捏ねた偶像はゲスのキムタクバカの深きょん 朝焼けにくちづけ交わし糸をひく淫らな恋に溶ける心地よ 俳句のようにどんどんもうかるほうほうとか
グーグルで検索⇒『羽山のサユレイザ』
HP94M つらつらとしたたむ文に陽のいずる窓に目をやり朝を迎へん たらちねの母の願いはすこやかに育てばよいと赤子の寝顔 チンポジを
直す姿の
美しさ
がに股姿勢で
クイクイクイッ ゆかしげな面持ちあげりゃ細雪げにも艶やかよたりのをみな 焼きそばに揚げ玉少し鰹節とオタフクソースマヨネーズなり 梅干しに鰹節かけて醤油差し
銀シャリの上赤きダイヤぞ たらちねの鱈は乾燥水に漬けひと煮立ちさせ出汁を摂りけり 焼きそばの肉の少なき海の家カレーライスも肉見当たらず 食いたしと願ふ想ひは夢の中覚めてもたげる牛丼の味
願ひとくれば想ひだな たらちねの母の笑顔が大好きなややこのはしゃぐ姿が愛し 雪の降る街路の樹木淋しげに声には出さぬ凍える気持ち 朝帰り呑み屋の軒にふて寝して昨夜の愚痴に拳固を振るう 手作りの想いを込めしチョコレートほころぶ笑まい甘党の彼 義理チョコと称して渡す人の目を気にして実は甘い関係 『切り裂くと反り返りナイフの刃に絡み付くサテンの肌。私の男』(森村明)←この歌の作者は絶対に女性でしょうね。 森村明女性説のほうが有力みたいですね。でも、ひょっとしたら男性かなって思うような歌もあるんですよ。 今日の東京新聞朝刊の東京歌壇に「雨女の恋」がわりと大きく紹介されてたよ〜森村明もメジャーになってきたよなあ〜 ミイラ男の繃帯はほどかないでね。ほんとは私、女だから(森村明) 身の奥にくすぶり消せぬ火がありて四十路の夏の海迫りくる >>341
> 身の奥にくすぶり消せぬ灯のありて四十路の夏を海迫りくる かすかなる痛みをもちて疼きくる過の日に母へ投げし言葉が 確かに「長谷川櫂(長谷川隆喜)」の妻子が見捨てて逃げ出すのも当然だ。
夫や父親が肉親に隠れてハッテンバへ頻繁に出入りし、
他人の男性器を舐め回したり、肛門に一物を挿入して貰ったり等々といった行為を
哀願・懇願していたのだから。
家族に対する裏切り行為以外の何物でもないしネ。
ここ何十年かは相手をしてくれる人など誰ひとり居ない為、金銭を払って売り専とやらを買っているとか。
見下げ果てたクズ、下の下だ! アルマゲドン星降る夜は猫の暖(森村明)←これは俳句?何故歌集に入っているのだろう。「君の名は。」の一場面をイメージさせる。映画に猫はいなかったけど。 夜更け時犬の遠吠えかまびすし我の孤独の音叉に耐えず ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています