トキがサウザーの秘密を知っていたことに関して少々触れておきます。

何故トキがそれを知っていたのか、というのは全ての読者が持つ疑問ですが、
最も重要な事は、その経緯を知る手がかりが全く述べられていないことなんです。
つまり、その経緯に沈黙を貫くことにこそ、作者サイドの重大な意図が込められているんです。

どういうことかと言うと、トキがその秘密を知りえた経緯を描くと、このエピソードの
もつ意味の比重がトキの秘密を見抜いた眼力か、もしくはサウザーの秘密を見抜かれた失態に
移ってしまうのです。少なくとも何割かは。が、敢えてその経緯には一切触れないことにより、
トキが知っていたという事実の適示がサウザーの慢心を象徴的に描く表現に100%注力されるのです。
これは、敢えて周縁の事情の説明はしない、という表現技法のひとつなんです。

上でも述べましたが、トキが何故知っていたのかが大事なのではなくて、
トキが知っているのに、「絶対に知られるはずがない」と高を括っていたサウザーの
傲慢さに起因する愚かさを鮮烈に表現するために、敢えてその経緯には一切触れていないことを
味わうことなんです。これが、フィクションの読み方というものなんです。