●インドや中国東南部でもユダヤ民族の末裔が見つかっている。中国東南部→沖縄→大分県国東半島→剣山(そして熊野
古道を通って奈良か?邪馬台国東遷説や神武東征とも合致する)。
●神武天皇の東征を支えたのも「八咫烏」と呼ばれた賀茂氏の「賀茂建角身命」。熊野神社の社紋も「3本足の烏」で、東征
の道筋は今では「熊野古道」として残されている。八咫烏は賀茂氏の集団。日本書紀によると、初代から4代までの天皇の
後ろ盾は賀茂氏(八咫烏)が務めている(5代天皇からは尾張氏がつき、崇神天皇の辺りからは物部氏が天皇家の後ろ盾に
なっている)。
●「沖縄県浜比嘉島の洞窟の奥には住民が崇める鍾乳石がある。その名も『八幡(ヤハタ)キリスト』。また、沖縄県の『与那
国島海底遺跡』は2200年前に大陸から鉄器を持った人達が来て作った。2500年前に沖縄にユダヤの人々が秘宝を
持ってやって来たのだ。琉球文化とユダヤ文化は共通点が多い」(紀元前722年から1年半かけて移動したとして紀元前約
720年。1939年なら2659年前、2010年なら2730年前。よって「2700年前」とするのが正しい)。
●大分県国東半島真玉地区で古くから伝わる雨乞いの儀式には「ダビデの星(イスラエルのダビデの王の紋章)」の木組み
が使われる。また、大分県宇佐市の北辰神社(大陸から渡来した民族が北極星=天帝を崇める信仰)にも「ダビデの星」の
神紋がある。あと、大分県の宇佐神宮は全国の八幡神社の総本部である。4万社以上と日本に最も多い八幡神社は海を
越えて来た渡来民族を表わしている。イエハダ(ユダヤの民)→ヤワタ・ヤハタ→八幡。「邪馬台国は大分県にあった」という
人もいる。