ピダハン語には数を表す言葉がないためか、ピダハン族の人々は4個以上の個数を把握したり覚えることができない
彼らは自分の子供の人数さえ覚えていない
また再帰する文法を持たないので複雑な思考をすることもできない

低知能勢は同じ日本語や英語を使っているはずだが、ピダハン族と似たような事が起きているのではないか?
ようするに頭が悪いのではなく、そういった概念を得る機会がなかったのではないか?